求めるは赤

    作者:灰紫黄

     赤、赤、赤。
     見渡す限りの赤だった。店から赤い絵の具だけを持ち出してぶちまけたような赤。その部屋の元々の色彩はすでに消え失せ、やはり赤こそがこの部屋の主だった。
     もうどうしようもないほど赤であり、赤である以上は赤でしかなかった。
     その赤につき従う男は、それでもまだ足りないと叫ぶ。
    「ああああ、赤、赤、赤! まだだ、飢えを癒やすにはもっと赤が必要だ!」
     男は全身に赤を浴びていた。けれど、その首にはめられた首輪だけは赤に染まらず、漆黒の輝きを放っていた。首をガリガリと引っ掻き、男は獣のような呻き声を上げる。
    「もっとだ、もっと……」
     足りない赤を満たすため、男は新しい絵の具を求めて外に出た。首のない死体と、そして赤。

     赤を視た、と口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)は青ざめた顔で言った。
    「ヴァンパイアが無差別の連続殺人を起こそうとしているわ。……被害が大きくなる前に止めて」
     被害が出る前に、とは言わなかった。
     先の『ゴッドモンスター』の戦いで行方不明になったロシアンタイガーの弱体化装置を狙い、爵位級ヴァンパイアが自らの奴隷を放ったのだ。だが、長く自由を得られなかった鬱憤から、彼らの中には任務より自分の欲求を優先する者もいた。その一体が、目が察知したヴァンパイアである。
    「放っておいても、そのうちロシアンタイガー捜索に戻るだろうけど、その前に何人殺されるか分からないわ」
     目は硬く拳を握る。彼女は血を視るのは嫌いで苦手だ。油断すれば卒倒してしまいそうだ。それでもここに立っているのは、怒りからだ。
     ヴァンパイアの名はハブラム。見た目は白人の若い男だ。得物は両手に持ったナイフだ。ESPを利用して一般人を拉致し、根城に運んでから殺害。その犠牲者の血によって自らの世界を赤く染めて喜んでいる。
    「みんなが突入するときには、ハブラムは私と同じくらいの歳の女の子を部屋に監禁しているわ。助けられるかどうかはみんな次第よ」
     灼滅者達が現れても、ハブラムは少女から関心を外さない。助けるには、徹底して庇うか、注目をそらす必要がある。ただし、少女の安否は依頼の成否には関わりない。少女を無理に助けて、不利に陥るなら、それは本末転倒である。
    「どうするかは、みんなに任せるわ。私にできることはここまでよ」
     エクスブレインはそう言って説明を終えた。目はうつむいたまま、それきり何も言わなかった。


    参加者
    榎本・哲(狂い星・d01221)
    赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)
    行野・セイ(オブスキュラント・d02746)
    クラウィス・カルブンクルス(他が為にしか生きれぬ虚身・d04879)
    高峰・緋月(全身全霊の突撃娘・d09865)
    船勝宮・亜綾(天然おとぼけミサイル娘・d19718)
    月代・蒼真(旅人・d22972)
    アレン・クロード(チェーンソー剣愛好家・d24508)

    ■リプレイ

    ●赤い闇
     世界は赤い闇に満ちていた。箱庭は閉ざされ、蓋を失ったボトルはだらしなく中身を垂らし、新たなボトルは今まさに封切りのときだった。赤の中に、鋭い銀色が閃く。が、その刃が振り下ろされるより早く。その世界を切り裂く者が現れた。
    「はいどーも、お届けでーす」
     ドアを蹴破り、ひどく不機嫌な顔の榎本・哲(狂い星・d01221)が入ってきた。手には白いペンキで満たされた缶があって、迷わずぶちまける。
    「トーラ、後でちゃんと洗うからちょっと我慢してくれな」
     さらに小さな影が侵入した。霊犬だ。脚にペンキが塗ってあるようで、駆けるたびに赤を踏み潰していく。続いて主の月代・蒼真(旅人・d22972)、そして灼滅者の仲間達も姿を見せた。
    「何者だ、貴様ら!?」
     彼がまず見せたのは、当惑。ハブラムの眼には見えていた。彼らがダークネス未満の灼滅者であることが。だが、灼滅者が群れてダークネスに、よもやヴァンパイアに刃向かおうなぞ、考えもしなかった。
    「失礼ですが、答える必要を感じません」
     口調は慇懃、けれどその裏には僅かに苦い感情が滲む。クラウィス・カルブンクルス(他が為にしか生きれぬ虚身・d04879)の服は上から下まで真っ黒。赤の世界に異を唱える黒の装束。ハブラムはそれが挑発だと、正しく受け取った。
    「灼滅者ごときが、私の邪魔をするというのか!」
    「たりめーだろ。テメーの好きにさせるかよ!」
     スレイヤーカードから武装を呼び出しながら、赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)が吠えた。右の縛霊手に光が宿り、主の怒りに共振してぶるぶると震える。恐れはない。ただひたすらムカつく。
     ハブラムの隙をつき、行野・セイ(オブスキュラント・d02746)は気絶した少女に駆け寄る。外傷はないようだ。一応、赤い布をかけ、肩に担ぐ。が、見逃すはずもなく、青白い逆十字が放たれる。ビハインドのナツが身を呈して守る。その一瞬に、セイと少女は外に出た。
    「ッ! ッ、ッ、ッ!」
     屈辱は声にならない叫びとなって吸血鬼の内側を駆け巡る。
    「そんなに怒るなって。カッコイイ首輪が台無しだ」
     ニタリ、としたり顔のアレン・クロード(チェーンソー剣愛好家・d24508)。詳しくは知らないが、ハブラムにとってそれが最大の屈辱だということは理解していた。案の定、吸血鬼の白い肌が怒りで赤く染まる。
    「まぁまぁ、カッカしてもいいことないですよ、と烈光さんが言ってました」
     いきなり発言をなすりつけられ、吸血鬼の殺意に満ちた視線が霊犬に向く。びくっと震えるが、それでも船勝宮・亜綾(天然おとぼけミサイル娘・d19718)は気にした様子はない。
    「赤い色は絆の色だから、欲望で染めさせはしないから!」
     高峰・緋月(全身全霊の突撃娘・d09865)の赤い瞳がきっとハブラムをにらむ。姉と同じ瞳の色。だから、緋月にとって赤は繋がりの色だ。
    「ウルサイウルサイウルサイウルサイ! この血袋どもが! この私を侮辱したこと、貴様らの血で償わせてやる!」
     吸血鬼の怒りに呼応するように、赤い壁から血煙が染み出し、そして灼滅者に襲いかかった。

    ●赤は踊る
     ハブラム一人に対し、灼滅者側はサーヴァントも入れて、セイも戻ってきたので十一。前衛が七で、残りは後衛だ。数の多い前衛が血煙から後衛を守る。
    「恨みはないけどさ、とりま死ね」
     チェーンを巻きつけた剣を手に、アレンが一歩踏み出す。力任せに振り下ろした剣を、ハブラムは優雅なナイフ捌きで逸らす。そこに後衛からの狙撃。今度は避けない。代わりに霧を振りまいて相殺する。ハブラムには確信があった。いかに力を制限されていようと、灼滅者に負けることはないと。
     だが、次の瞬間にはそれが誤りだと思い知らされる。
     クラウィスのロッドがハブラムの鳩尾を捉えた。かは、と息の漏れる音がした。
    「宿敵である以前に貴方を野放しにはできません」
     ダンピールとヴァンパイアの関係以上に、一般人を理不尽に殺害する存在を見過ごすわけにはいかない。もし取り逃がせば、また被害が出るに違いない。
     白い外套の上に青いオーラをまとった緋月が赤い壁を蹴った。吸血鬼の頭上から機関銃めいた乱打を繰り出す。
    「うおおおおっ!!」
     本当は戦いなんて好きじゃない。怖い。でも、それじゃ何も守れないから、戦う。
    「あーもう、うっぜぇな」
     嫌悪からだろうか、哲の表情は苦い。早く終われ、とありったけの殺意をこめてガトリングのトリガーを引く。炎の群れが巨大なヘビのようにハブラムを飲み込んだ。
    「おのれぇっ!」
     吸血鬼は苛立ちを隠そうともしない。首輪がなければ、こんな半端者など敵ではないのに、と。ナイフに赤いオーラをまとわせ、手近な敵からエネルギーを奪う。
    「受け取ってくれ、ないよりマシだろ」
     すかさず蒼真から守りの符が飛ぶ。全ての傷を癒やすことはできないが、それでもかなりのダメージを軽減することがきた。
    「じっとしててくださいねぇ」
     霊犬を盾にしながら、亜綾は虚空を指さした。すると、そこから大気が凍り、霜がハブラムを包む。ばきばきと音を立て、壁にまとわりついた血が凍ってはがれていった。
    「私の、私の聖域が……っ!」
     吸血鬼の声にははっきりと落胆が表れていた。久方ぶりの自由は、されど婿の人々にとっては災厄でしかない。
    「テメー、悪趣味ってレベルじゃねーんだよ!」
     布都乃の両手から気の弾丸が発射される。弾丸は血の霧を貫き、ハブラムの胴を打った。布都乃は口は悪いが、性根は悪くない。むしろ真面目で熱血。だから、吸血鬼の所業を許せるはずもない。
    「……ナツさん、合わせて」
     窒息しそうなほど苦しそうに言う。ナツはそれに気づかずに、あるいは気付かないふりをしてその言葉に従う。セイのチェーンソーが唸るのと同時、ナツは敵の背後から攻撃を仕掛ける。
    「ええぃ、鬱陶しい! 楽には死なさんぞ!」
     吸血鬼の怒りに満ちた叫びが氷を吹き飛ばす。まだまだ倒れる気配はない。だが、先刻までの余裕がないのも確かだった。

    ●血戦
     一進一退の攻防。灼滅者は手数が、吸血鬼は力が武器になる。
     血霧がナイフに集まり、幾重もの刃に分身する。赤い刀身が灼滅者の肌を食い破る度、ハブラムはその傷を癒す。一撃の威力も灼滅者の比ではなく、こちらの前衛より高い攻撃力を持っていた。
     対して灼滅者一人一人の力は小さい。だが。
    「行くよ!」
    「ご一緒します」
     緋月が真正面から飛び込んだ。けたたましく叫ぶチェーンソーで霧ごと斬りかかる。同時、右から影の拳を構えたセイが迫る。チェーンソーは身をひねって回避。だが、拳は裂け損ねた。ハブラムの脳裏に、奴隷の身に落ちた悪夢が蘇る。喚きながらナイフを振り回す。
    「ぐ、あああああああああ!!」
     目の前にいた緋月に刃が深々と刺さる。血がこぼれ、小さな流れとなって、床を這う。それを見て、ハブラムはわずかに笑んだ。
    「無理だけはすんなよ?」
     布都乃の縛霊手から癒しの光が飛ぶ。ぶっきらぼうな物言いだが、心配しているようだった。さらに霊犬達からも回復が届く。
     一人一人は弱くとも、お互いの役割をこなすことで実力以上の力を発揮することができる。一般に灼滅者十人分以上ともされるダークネスとも互角に戦い、そして灼滅できるのはそのためだ。
    「ほら、まだやれるだろ」
    「そろそろきついんじゃね?」
     蒼真の符の援護を受けた哲の縛霊手がハブラムの横面を殴り飛ばした。哲自身も額から血を流していたが、先に倒れるわけにはいかない。意地でも本能でもなく、『ノリ』だ。なんか気に入らないから。
    「この、程度で……っ」
     蓄積されたダメージは吸血攻撃だけで回復できる範囲を大きく上回っていた。さしもの吸血鬼も膝をつく。だが、まだ倒れない。
    「烈光さん、こっちこっち。とりゃっ」
    「なんのつもりだ!?」
     亜綾はあろうことか相棒であるはずの霊犬をハブラムに投げつけた。吸血鬼は舌打ちして、腕で払う。が、その瞬間には腕は同じくらいの太さの杭に貫かれていた。本命は当然、バベルブレイカーでの攻撃だ。
    「くっ、この首輪さえなければ!」
    「それはお気の毒でした。早く終わってください」
     吸血鬼の苦鳴に、クラウィスは同情の欠片もない返事をよこした。ついでに十八番の吸血攻撃も返してやる。今度は灼滅者ではなく、ハブラムの血が赤い世界に散らばる。
    「その首輪を付けたのは誰なんだ? ぶっ殺してやるから教えろよ」
     とアレン。チェーンを巻いた剣がが吸血鬼を貫く。答えを期待しているわけではない。とりあえず聞いてみたという風だった。どうせ吸血鬼なら、いずれ自分が殺すから。
    「ハッ、知りたければ自分で調べろ」
     壁に手を突きながら、吸血鬼はまだ立った。憎しみと殺意を双眸に光らせながら、未だ赤を求める。

    ●赤の果て
     ナイフが霊犬を貫き、サイキックエナジーへと変えた。同時にハブラムの傷も癒える。追い詰められながらもハブラムはまだ倒れない。長期戦に向いた、すなわちより多くの血を吸うためのサイキック。
    「私を虚仮にしおって!」
     再び毒の風が舞う。二体のサーヴァントが主と仲間を守り、赤に飲まれた。これで残るは八人の灼滅者達だけとなった。ハブラムと同様、消耗は濃い。
     勝者を決めるのは、もはや思いの強さ。吸血鬼の妄執と、灼滅者の矜持。
     吸血鬼の刃が閃く度、あるいは毒の風が吹く度、仲間の盾となるクラウィスとアレンは傷を増やしていく。だが倒れぬ。
    「もうちょっとだ。耐えてくれ」
     蒼真の符が、
    「ここまで来てくたばんなよ」
     布都乃の癒しの光がその背中を支えるから。
    「この程度で沈みはしません」
     クラウィスは知っている。この赤い世界と同じ闇が自分に眠っていることを。負けられない。これは自分との戦いでもある。
    「こんな小物、すぐ殺してやる」
     この吸血鬼に首輪をはめたヤツがいる。いずれそいつも殺すのだ。アレンは舌舐めずりした。こいつごときに、いつまでもかかずらっていられない。
    「行きますよぉ」
     相棒も倒れた。眠いからもう帰りたい。でも、ダメだ。まだ吸血鬼が動いているから。亜綾の表情からはあまり感情は読み取れない。けれど、その想いを乗せたバベルブレイカーは深々とその胸を貫いていた。
     さらに、吸血鬼の死角にセイが飛び出した。
    「落ちろ」
     連刃が吸血鬼の肉に食い込み、骨まで達そうとしていた。ぶらんと下がった腕はもう動きそうにない。
    「もう沈めや」
     哲のガトリングガンが吸血鬼に死の接吻。零距離で炎の塊がぶつけられる。全身が黒焦げになってもやめない。やめてやるものか。
    「お願い、当たって!」
     血を流し過ぎて、視界もかすんできた。でも、緋月は自らの感覚を信じて銀の連刃を振り下ろす。吸血鬼はナイフで弾こうとする。だが、連刃はそれすら砕き、吸血鬼を両断してみせた。
    「首輪が、首輪さえければ! おのれボ……」
     断末魔は、最後が途切れて何を言おうとしたのかは分からなかった。二つに分かれた上と下も、結局は赤い砂となった。
     灼滅を確認した八人は、力なくそこに倒れようとして……できなかった。血にまみれ、死体が散らばっていたから。
    「もうひと働きですね」
     とセイ。埋葬するにしろ警察に通報するにしろ、まだやることが残っていた。
    「そうですね……」
     アレンは記録蝶に名前を増やしながら、ぼんやりと頷いた。疲労のせいで頭はよく動かない。
    「こうして見ると、やっぱひでーな」
     布都乃の表情は怒りに満ちていた。殺された人々にもそれぞれ人生があっただろうに。今はもう、どこの誰かも分からない姿に変わり果ててしまった。
    「……ああ」
     どこも見ていない目で、哲が生返事。すぐにでも出たいのに、体は言うことを聞かないあるいは、この光景を忘れるなと、心のどこかが言っているのだろうか。
    「……女の子は元気かな」
     不意に思い出し、緋月が呟いた。こんなにも犠牲が出たけれど、救ったものも確かにあったのだ。
    「眠ってますねぇ……うらやましい」
     先に外に出た亜綾は少女の頬をつんつん突いていた。蒼真もそれに加わり、つんつん。やがて少女は目を覚ました。
    「こんなところで寝てると風邪ひくよ?」
     何も知らない風に言う。少女は不思議な顔で家路に着いた。なぜ自分がこんなところにいるのか、それは知らなくていいこと。
    「私達も……早く帰りましょうか」
     クラウィスが言った。やるべきことをやったら、帰るべきところに帰ろう。明日もまた日常が続くのだから。
     風が、吹く。春を迎えたにしては冷たい。ごうごうと吹き荒ぶ風は、けれど、彼らの足を止めるほどではなかった。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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