あなたの生血で晩餐を

    作者:織田ミキ

    「久しぶりの自由だっていうのに、嫌ね。どうせなら、もっと良いレストランへ来たかったのだけれど」
     高い鼻先をつんと上げて言ったブロンドの女は、小さなファミリーレストランの入口で毛皮のコートを脱いだ。当然のようにそれを渡され、案内役のアルバイトの少女が戸惑っている。
    「まぁいいわ。こういう場所の方が、かえって私の口に合う新鮮な食事が愉しめそう」
     赤いドレスの裾から覗くハイヒールを鳴らし、女は勝手に窓際の席へ陣取った。そうして窓に映る自分の姿を見て、首に嵌められた輪に苛々と爪を立てる。
    「……お、お決まりになりましたら、そちらのボタンでお呼びくださいっ」
     メニューとコートを持って小走りでついてきた少女の台詞に、女は高慢な目つきで彼女を見上げ、口元を笑みに歪めた。
    「メニューはいらないわ。それより貴女、おいくつ?」
    「え、と……十六、です」
    「そう。素敵ね。オードブルに丁度良いわ」


    「みんな、お願い! レストランで大量殺人事件を起こそうとしてるヴァンパイアを、なんとか灼滅してきてほしいの!」 
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)の話によると、爵位級ヴァンパイア達がロシアンタイガーの持つ『弱体化装置』を狙って動き出したらしい。新潟ロシア村の戦いの後に行方不明となっているロシアンタイガーを捜索するため、彼らが日本に送りこんできた配下のヴァンパイアが今回の事件の原因だ。
     捜索の任に当たっているのは、首輪を嵌められ『奴隷化』されたヴァンパイア。一体何人が送り込まれているのかはわからないが、その一部に「任務遂行の前に久々の自由を満喫してやろう」と蛮行に及ぶ者が出てきたらしい。今回ファミリーレストランに現れるアリシア・ブライスもその一人。
    「ずーっと奴隷として仕えさせられてきて、きっと日頃の鬱憤を晴らしたいんだろうね……」
     アリシアの好みは若く美しい人間。男でも、女でも良い。生血を啜りながらナイフで残酷に弄び、絶命したら次へと移る。
    「最初に襲われるのはウェイトレスの女の子のはずだよ。アリシアはエスコートされるのが好きみたいだから、入口で上手く入れ替われるといいんだけど……。ねぇ、みんなの中に、女性のエスコートが得意な人いないかな? 戦闘前に隙を作れれば、先手が取れるかもしれない」
     いずれにせよ、一般人に被害を出さないよう事前準備が必要だ。小さなファミリーレストランなので、八人もいればアリシアが現れる前に客と店員を避難させ、自分たちがそれらに成り済ましておくことも可能かもしれない。ウェイトレスやウェイターのユニフォームも、何着かバックルームで手に入る。
    「アリシアが使ってくるのはヴァンパイアと解体ナイフのサイキックだよ。すっごくプライドが高いから、挑発とかすればきっと逃げられずに灼滅できるんじゃないかな!」
     成功すれば忌々しい首輪から開放される。彼女はその条件と報酬を目当てに捜索を請け負い、バベルの鎖対策として配下を連れることも許されず単独行動を強いられている。しかし『奴隷化』で能力を抑制され弱体化しているヴァンパイアとはいえ、それでも充分に強敵のため注意して戦ってほしい。
    「ちょっと危険だけど、みんなならきっと何とかなると思う! 大きな怪我しないように、協力して頑張ってね!」


    参加者
    六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)
    天城・桜子(淡墨桜・d01394)
    霈町・刑一(本日の隔離枠 存在が論外・d02621)
    マリア・スズキ(悪魔殺し・d03944)
    咬山・千尋(中学生ダンピール・d07814)
    虹真・美夜(紅蝕・d10062)
    焔宮寺・花梨(珈琲狂・d17752)
    夜川・宗悟(詐術師・d21535)

    ■リプレイ


    「……あ、美味しい。これってマリアさんが作ったのかな」
     天城・桜子(淡墨桜・d01394)は、ウェイトレスに扮した焔宮寺・花梨(珈琲狂・d17752)が運んでくれた小奇麗なパフェを一口食べ、思わず呟いた。アリシアが現れるまでの間、キッチン担当者のふりを買って出たのはマリア・スズキ(悪魔殺し・d03944)。日頃から教会で働いているとは聞いていたが、確かに中々の腕前だ。添えられた珈琲も実に美味しい。これはきっと花梨か淹れてくれたものだろう。この洗練された香しさもまた、簡単に真似できるものではない。
     王者の風とプラチナチケットを使った作戦は無事に成功。おかげで今、灼滅者たちは各々店員と客に成り済まして敵の登場を待っている。小さな桜子と共に窓際の席で待機しているのは咬山・千尋(中学生ダンピール・d07814)。壁際には音楽を聞きながら頬杖をつく夜川・宗悟(詐術師・d21535)。料理待ちに見えるのでよし。そうしてその反対側のテーブルでは、霈町・刑一(本日の隔離枠 存在が論外・d02621)が同じく「お一人様」のふり。
    「んー、メニュー……悩みますね~」
     言いながら刑一が自分たちの真ん中に位置する、無人のテーブルへ視線を流す。そこへ案内されるべき女が、そのときついにやってきた。
     虹真・美夜(紅蝕・d10062)が口にした「いらっしゃいませ」の声の後、高慢な女の台詞がホールにまで聞こえてくる。
    「久しぶりの自由だっていうのに、嫌ね。どうせなら、もっと良いレストランへ来たかったのだけれど」
     王者の風で幾度となく一般客を追い返していた六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)は、現れたターゲットを丁寧に迎えた。
    「お客様、コートをお預かりいたします」
     まるで貴族のお嬢様を相手取るような、卒の無い静香のエスコート。優雅な仕草でテーブルへ案内する美夜。オードブルの品定めでもしているのだろうか、アリシアが口元を弛めて二人を交互に見比べているが、しかし――。
    「メニューはいらないわ。それより貴女方、おいくつ?」
     そう言ってダークネスが椅子に腰を下ろした瞬間。
     静香は一転した態度で言い放った。
    「――残念ながら、貴女のような低俗なスレイヴに飲ませる血はありませんよ」


    「ヴァンパイア用のメニューは、ねえって言ってんだよ……!」
     隣で立ち上がった千尋が、先手を取って力任せに斬りかかる。
     静香から投げつけられたコートに視界を奪われながら、己の正体を暴く侮言に両目を見開くアリシア。千尋の斬撃と同時に静香が至近距離から放った氷に射抜かれ、女は大作りの派手な顔を痛みと屈辱に歪めた。
    「やれやれ、大人しくトマトジュースでも飲んでればいいものを。弱体化装置とやらを探す最中に寄り道したのが運の尽きでしたね~。……さてと、しっかり狙いを定めておきましょう」
     遣り取りを眺めながら殺界形成を展開していた刑一が、自らに放った矢で超感覚を呼び起こす。
    「爵位級に隷属してる身分で、はしゃいでるんじゃないわよ?」
     ドッ、と胸に突き刺された槍を忌々しそうに見下ろしたアリシアは、生白いこめかみに青筋を立ててそれを引き抜いた。そうして槍ごと吹き飛ばされた桜子が、長い髪をなびかせてしなやかに着地する。続けて背後から宗悟のティアーズリッパーを喰らい、ヴァンパイアの口の端から一筋の血が伝い落ちた。
    「ちょっと……何よ。食事が台無しじゃない」
     あからさまな怒りを顔に貼り付けたまま口元を拭い、女は唇を不敵な笑みに歪めた。弱体化しているとはいえ、敵は強力なダークネス。気を抜けば、こちらも無事では済まないだろう。
    「燃え咲かれ、我が焔!」
     花梨は顔を引き締めてカードを解除し、間合いを図った。時を同じくして、マリアも霊犬と共に姿を現す。
    「……。フン、貴女方のお相手なんて、時間の無駄だわ」
     包囲された状況を見て踵を返そうとしたアリシアの前に回り込み、美夜は縛霊手をその鼻先で止めた。
     まずは、聞きたいことがある。ヴァンパイアとあらば、一人残らず。
    「あんたの仲間に、真っ赤な髪と目をした紅魔って吸血鬼いる?」
     美夜は探し続けている弟の名を口にした。しかしアリシアは興味深そうにこちらの首筋を見下ろしてくるだけ。
    「仲間? 下僕たちのことかしら? もっとも、名前なんていちいち覚えていないけれど」
    「ッ……もう、いい」
     縛霊撃の衝撃で、隣のテーブルが形ばかり据えられていた食器ごと派手な音を立てて倒れた。話にならぬと悟った美夜の容赦ない一撃だ。それでも、アリシアの歩みは止まらない。
    「灼滅者程度から逃げるつもり? 飼われてる吸血鬼って、どこまでも無様ね」
     わざと溜息交じりに言って見せた美夜の台詞に、女は顔をひきつらせた。侮辱を聞き流せる臨界点まで、あと少しと言ったところか。滅多に出てくることがないヴァンパイアだからこそ、やっと灼滅できるこの機を逃したくはない。それにここで倒さなくては、別の場所で被害が出るだけだ。
    「ふふ、ヴァンパイアってば臆病なのね。けど、仕方ありません。私みたいな燃え滾る血は、その可愛いお口じゃ火傷しちゃいますもの。ほんと、残念ね」
     まるで悪人のするような笑みを浮かべ、花梨もレーヴァテインと共に挑発の追い討ちをかける。思惑通り、アリシアはいよいよ立ち止まって灼滅者たちを振り返った。
    「……。……馬鹿な子たち。この私を……怒らせるなんて」


    「どうせなら、ほら。赤いハイヒールを、もっと赤く染めてみては?」
     目にもとまらぬ豪速でヴァンパイアの脚を深々と斬り裂いた刑一が、その背後にふと立ち上がり平然と言ってのける。火に油を注ぐことは承知だ。それでいい。
     次の瞬間、唸るような音を立て、ここが室内であることを一瞬忘れるほどの強風が吹き荒れた。一体これまで何人の命をそのナイフで奪ってきたのか。犠牲者達の呪いたる毒の風が強力な竜巻となって灼滅者たちを襲う。
    「……毒が、強すぎる」
     竜巻が消えた後、マリアはそう言ってすぐに仲間たちを清らかな風で癒した。そんな中、傷付いた仲間たちの間を駆け抜けた静香が、実体のない刀身を敵の魂に深々と突き刺す。
    「その首輪の、主の名は? ……貴女の趣味でしたら、センスが悪いですね」
     言ってみたのは賭けだった。もし日本で奴隷達を纏め上げ指揮する存在がいるとすれば、せめてその名くらい聞き出せないものか、と。
     苛々と首輪に爪を立てたアリシアに向かって、宗悟も言う。
    「でも、おばさん。その首輪、似合いますよー」
    「本当……まるで、犬みたい」
     マリアも淡々と挑発に参戦した。おばさんという言葉に思いきり眉を吊り上げた女に、クラッシャーの宗悟が集中攻撃されてはいけないからだ。
    「まぁ僕が興味あるのは、犬じゃなくて飼い主の方ですけど」
     宗悟の台詞に、一度口を開いた女は牙を剥いて歯列を食いしばり、再び退路へ視線を彷徨わせた。
    「やっぱり……怖いと、逃げるの? 獣には、お似合い……だね」
    「それとも、僕がご主人様に対する愚痴でも、聞いてあげましょうかー?」
     己の意志か、破ることが叶わぬ命令か。アリシアは口を割らない。そうこうしている内にも、足の運びが撤退を予見させるたび、花梨の霊犬・コナに阻まれている。
    「何なのさっきから、この犬は……! ~ッ!!」
     ドス!!
    「……余所見、してるからよ」
     間近から鋭い視線でヴァンパイアを射た美夜が、そう気だるげに言い、女の胸からガンナイフを引き抜いて跳び退る。驚きと悔しさを露わにしたアリシアの目を覗き込み、桜子も果敢に距離を詰めた。
    「隷属、辛いわよね。私たちが、自由にしてあげるわ」
     言いながら大きな弧を描き、赤いドレスに包まれた身体をロッドで思い切り叩く。
    「――灼滅って形で、だけどッ!」
     身の内で爆発を起こした桜子の魔力に、女は仰け反って口から煙を吐いた。それでも向き直りざま、赤いオーラを帯びたナイフで斬りかかってくる。
     ガ……キンッ!!!
     鈍い金属音を上げ、狙われた宗悟の盾となったのは、テーブルに乗り上げて跳んだライドキャリバー・バーガンディだった。
     相棒が作ってくれた隙を無駄にせず、千尋がすかさず足元から鋭利な影を伸ばす。そこから散り散りに生まれたコウモリの群れに取り巻かれたダークネスに、さらに花梨は眩しい拳を止め処なく喰らわせた。



     もう一息。そう感じてからが、長い。
    「やっぱドレインがうっとうしいわね……」
     激しい攻撃を繰り出した後、桜子が口元を手の甲で拭いながら言う。瞬く間に募る催眠はマリアが優先的に解除してくれてはいるが、奪われる体力がそのままダークネスに吸収されるのを止める術はない。
     一方で、千尋は得物からダークネスの血を振り落とし、敢えてこちらの余力を見せつけた。そうしてアリシアの自尊心を逆撫でする。
    「効かねえなあ、お前の攻撃なんか!」
     灼滅できそうで、できない。こちらとて倒れそうで倒れない。互いの体力の上限を削り合いながらのサドンデス。これがどこまで続こうとも、必ず、勝って見せる。刑一は何度目かになるペトロカースを飄々と口にしながら、女の顔色を窺っていた。
    「このレストランを飾る石像になって下さいね~」
     ぐ、とアリシアの指が強張る。
     その言葉通り、蓄積された石化がアリシアの動きを鈍らせる頃合いなのだ。灼滅者たちは、それを見逃さなかった。総攻撃をかけるなら今しかない。
     花梨の足元から素早く床を伝って伸びた影が、容赦なくダークネスを呑み込む。続けて美夜がヴァンパイアの胸に噴き上げさせた逆十字の上を、宗悟が解体ナイフで斬り刻む。
     アリシアは己の血が流れる口元もそのままに、壊れたような笑い声を上げた。
    「若い血を……ちょうだい……。……死に恐怖し、痛みに喘ぐ人間の血を……!」
     心を失くし己が欲望の為だけに人を傷つける本性。目の前のヴァンパイアがこれまで繰り返してきたであろう罪と、闇に堕ちた兄の記憶が重なり、静香がぐっと一度両目を閉じてからゆっくりとそれらを開く。ゆらりと聖なる光を放つ白刃の先には、闇に己を明け渡して久しい哀れな女。
     愛や祈り、絆や魂さえ呑む吸血鬼の闇。私自身も抱える、その闇を――。
    「血染斬闇……愛を忘れた闇の吸血鬼を、斬り捨てましょう」
     交差する、紅の閃光。どす黒い魂を深々と突き刺され、ナイフを取り落としたアリシアは断末魔の悲鳴を上げた。
    「おのれ……本当の、私なら……こんな、ことには……ッ」
     奴隷の証にギリリと立てる爪。弱体化されていなければ、今頃倒れていたのはこちらだったと言いたいのか。
     おぞましい表情で恨み言を口にしながら。身の内から滅ぶように灰と化したアリシアの身体は、バラバラと剥がれ落ち、その場に崩れた。
     胸のクロスを手に、感情の読み取れぬ静かな表情でマリアがそちらへ歩み寄る。そうして灰の中からそっと拾い上げたのは、一本のアンティークな首輪。マリアはそれをハンカチで包み、鞄に仕舞った。
     一体、何人のヴァンパイアがこうして日本へ送られてきているのだろう。行方の知れぬロシアンタイガーとの接触に成功する者は、果たして現れるのか。万が一、爵位級ヴァンパイアの手に『弱体化装置』が渡ってしまったら、どうなるのか――。
     強敵を倒した勝利の余韻と共に、次々とわき上がる疑問。灼滅者たちは散らかったレストランの床をしばし無言で見据えた後、一つ、また一つと倒れた椅子やテーブルを立て直した。

    作者:織田ミキ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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