Target 607

    作者:佐伯都

     GW真っ最中の高速道路を爆走する、緑色のロードローラー。それに追い立てられるように、セーラー服の女子高生が全力疾走していた。
     高速道路を爆走というロードローラーにあるまじき猛スピード、しかも前方上部にへばりつく人の頭。それだけでもロードローラーが色々な意味でまともであろうはずがないが、追われる女子高生も負けていない。
    「なんなのこいついきなり追っかけてきてマジ訳わかんないッ……!!」
     右腕がどう見ても機能していなさそうだったり、とても全力疾走などできるはずがない出血が脇腹やこめかみに見られる。
     視線だけで人一人くらいは射殺せそうな殺気をこめ、女子高生は肩越しに背後のロードローラーを睨みつけた。
    「さあそろそろ限界かな♪」
     緑のロードローラーは外法院・ウツロギ(毒電波発信源・d01207)が闇墜ちしたことにより発生した分裂体のうちの一つで、追われる女子高生もまたダークネス。
     六六六人衆・序列六〇七、霜月・小春(しもつき・こはる)は急に脚を止め、迫るロードローラーをぎりぎりまで引きつけてから高く跳んだ。
     高架から下、一般道へ降り立った小春は、肩で大きく息をついて周囲を見回す。
     引き返してくるまで少しなら時間があるはずだ、その間にもっと距離を取って逃げのびなければならない。さすがに序列二八八位とやりあって、勝機があるとは思えなかった。
     
    ●Target 607
     分裂という特異能力を持つ六六六人衆、序列二八八位『ロードローラー』が現れると告げた成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)は、教卓にルーズリーフを置きやや考え込むような顔をする。
    「元々二八八位は『クリスマス爆破男』が保持していて、しばらく前に灼滅されたきり空席のままだった。今回、似た能力を持つ六六六人衆が誕生したことでそれが埋まった、らしい」
     しかも新たな序列二八八位を生み出したのは、謎に包まれた高位の六六六人衆『???(トリプルクエスチョン)』。灼滅者、外法院・ウツロギは今や序列二八八位『ロードローラー』として日本各地に散り、次々に事件を起こそうとしている、というわけだ。
    「このロードローラー、車体の色である程度取る行動が決まっているらしい。緑色のものはダークネスを倒すことでサイキックエナジーを得、それを糧に分身体を生み出そうとする」
    「では、先回りしてそれを阻止、ですか?」
     松浦・イリス(ヴァンピーアイェーガー・dn0184)の声に樹は、正解、と小さく首肯する。
    「追い回されてるのは六六六人衆・序列六〇七、霜月・小春。本来なら灼滅できる相手じゃないけど、追い回されていた間に結構消耗したようで、接触した時点で体力は半分近く削れている」
     小春には煮え湯を飲まされた者も多いはずだ。前回初めて闇墜ちを出すことなく撤退させたが、ゆえに武蔵坂の成長を感じた者もいるだろう。
     今から向かうと、ちょうど小春が高架の高速道路から一般道に飛び降りてきた、まさにその瞬間に強襲できる。かつ、ロードローラーが目標のロストに気付き、小春を発見するまではおおよそ10分。
    「つまりその10分以内に小春を灼滅し、のち撤退する。小春の消耗具合から言って不可能な目標じゃない」
     しかし、もし時間内に灼滅できなかった場合は即刻撤退するべきだ。しかも撤退が失敗した場合、小春と戦う灼滅者の背後を取る形でロードローラーは襲いかかってくる。そうなれば一体どうなるか。
    「迎え撃ってもいいけど、そうなったら間違いなく小春には逃げられる。いくら力をつけてきたとは言っても序列二八八位を相手取るのがどれだけ無謀かは、説明するまでもないね」
     前回短時間ではあるが小春と矛を交えた記憶が蘇ったのか、イリスの表情が硬くなる。
    「もし、もしもの話ですけど。追われてたんですよね? 灼滅できなかったとして、次の機会は」
    「撤退が成功したとしても、ロードローラーは小春を諦めない」
     だから今回は小春を武蔵坂の手で灼滅できる最初で最後の機会、と続けた樹はいくぶん表情を厳しくした。
     しかもこれまでの経験で、小春は武蔵坂が一般人を見捨てられないことは熟知している。一般道を走る車や周囲の一般人の避難を呼びかけるのは任せてほしい、とイリスは背すじを正した。
     これまでと同じく殺人鬼・解体ナイフ・影業からサイキックを五つ選ぶが、相変わらずどれを使うかはわからない。さすがにある程度の好みと言うか、傾向は見えてきてはいるが。
    「避難誘導は松浦に任せて、ともかく主力は小春の撃破に全力を傾けてほしい。落ち着いていけば灼滅は充分に可能な状況なんだから」


    参加者
    花藤・焔(魔斬刃姫・d01510)
    黒鐘・蓮司(狂冥縛鎖・d02213)
    忍長・玉緒(しのぶる衝動・d02774)
    楯縫・梗花(なもなきもの・d02901)
    雪片・羽衣(朱音の巫・d03814)
    幸・桃琴(桃色退魔拳士・d09437)
    曙・加奈(房藤の香纏う虚姫・d15500)
    興守・理利(明鏡の途・d23317)

    ■リプレイ

    ●逃亡者
     高速道路を見上げつつ走る幸・桃琴(桃色退魔拳士・d09437)たちの目に、青空を背にし今まさにフェンスを跳びこえようとするセーラー服の誰か、の姿が飛び込んできた。
    「必ずやっつけるよ!」
     高架下のポイントへ急行する黒鐘・蓮司(狂冥縛鎖・d02213)や花藤・焔(魔斬刃姫・d01510)達の手に次々と得物が握られる。
     ほぼ同時に、周囲の一般人を退避させるため、松浦・イリス(ヴァンピーアイェーガー・dn0184)をはじめとした太郎や灯火らのサポートが周囲に散った。
    「時間制限とか燃えるし上等じゃん!」
    「直接、この手で殺したかったですね」
     錠が車列の前へ立ち引き返すよう誘導に向かう脇をすりぬけた舞は、随分ぼろぼろな霜月・小春を一瞥する。
    「まさかこんなことになるとはね」
     小春と初めて相対したのが、楯縫・梗花(なもなきもの・d02901)にはまだついこの間のような気もするし、割とそうでもないような気もする。
     どこかスローモーションのように一般道へと落ちてくる小春の着地点めがけ、興守・理利(明鏡の途・d23317)が一矢を放った。
     あろうことか高速道路から飛び降りてきた人影に気付いたのか、それとも突如炸裂した『何か』に対して驚いたのか、定かではない。わっ、と波が広がるようにその場に居合わせた一般人から悲鳴が上がった。
     突如始まった、何やら不可解な現象を操る人間たちの戦いに唖然とするもの、生命の危険を感じたのか悲鳴をあげて逃げだそうとするもの。ラピスティリアは手際よくそんな一般人を眠らせ、心得た柚羽が怪力無双で次々と離れた所へ運び出していく。
     忍長・玉緒(しのぶる衝動・d02774)は胸元にさがった鍵をたぐり、どこか祈るようにして殺意を解放した。
    「初めまして」
     着地の瞬間、その絶妙すぎるタイミングで飛来した矢に小春は一瞬よろけ、そして疾走する慣性に逆らわず肉薄してきた玉緒の声に目を剥く。
    「弱ってるところ悪いけれど、灼滅されて頂戴」
    「なん、――」
     これまでに二度ほど曙・加奈(房藤の香纏う虚姫・d15500)は小春の事案に関わっているが、あの奇妙にごわついたスカーフがない姿を見るのは初めてかもしれない。もっとも、雪片・羽衣(朱音の巫・d03814)にとってはスカーフなど今となってはどうでも良かった。こんな形で小春を潰される悔しさに比べれば。
     玉緒の放った黒死斬を回避不可能と見てとるや、逆に小春は右腕を当てに行く形で相殺を試みる。
     どう見ても機能していなさそうな右腕も、二の腕だけはまだ上げる事ができたらしく辛くも小春は玉緒の初撃を受けきった。しかし次はない事が、骨が砕けるような音と共に力なく下がったそれが物語る。
    「きてやったわ! 小春!!」
    「おまえ、『うい』とか言ってた半端者……っ」
     畳みかけるように縛霊手で殴りにきた羽衣に気がついたのだろう、小春の表情がさらに歪んだ。
    「あんたらと遊んでる場合じゃないんだよっ! なんでこんな時に!」
    「殺れる時に殺る。アンタと同じですよ」
     淡々とそんな台詞を口にした蓮司の手元で【無哭兇冥 -穿-】が唸りを上げる。高速で突き出された槍を避けきれずに、セーラー服の脇腹が抉られた。
    「風通しは良くなりましたでしょーかね。卑怯と言いたけりゃどーぞ、ご勝手に」
    「こいつ……っ」
     ぎら、と小春の双眸が尋常ならざる光を帯びる。周囲の一般人を誘導していたティルメアは、悪寒じみた殺気を感じて振り返った。にやあ、と自らの血で染まった反面が凄惨な笑みでゆがみ、小春は解体ナイフを握った左手を大きくひらめかせる。炯はその動きに見覚えがあった。
     ……小春は武蔵坂が、一般人を見捨てられない事を知っている。

    ●襲撃者
     まさか、一般人を殺し無理矢理隙を作らせるつもりか。
    「お行きなさい!」
     叱咤するように叫んだ炯の背後。
     腰を抜かしたのか動けずにいた何人かの小学生を、かっさらうようにして太郎が走り抜けた。どす黒い怨恨の叫びが荒れ狂い、炯は苦痛を奥歯で噛み殺す。全員分には太郎の腕が足らず、ぎりぎりで気付いたイリスが身を投げ出してきた気がするが、残った子供は、果たして。
    「あのビルの角までいけば平気。お兄ちゃんだから大丈夫だね?」
     鏖殺領域からなんとか庇いきった兄妹を前に、イリスは不自然に身体をねじりながら笑顔で諭す。
     半分泣き出しながらも気丈に首肯してみせ、妹の手を引いて走り去った少年を見送ってから、イリスはアスファルトへ両手をつき全身で喘ぐ。自分の背面が一体どんな事になっているか想像もつかないが、少なくともいとけない子供に見せてもいい物でなくなっている事だけは確かだった。
    「この太刀からは逃げられませんよ」 
     鞘走りの音も高らかに抜刀した焔の刃先を、小春は解体ナイフで受けて凌ぐ。そのまま力任せにさばき焔の体勢がわずかに崩れた瞬間、小春は焔の脇をあざやかに抜きさった。
     しかし突破されることを充分に予測していた理利と蓮司に行く手を阻まれ、小春は足元の影を使役しての強制排除を選んだらしい。
    「グシャグシャにしますか」
     蛇のように、しかし昏い閃光のようにアスファルトを這った闇色の触手を蓮司は逆に間合いを詰めることでかわし、オーラをまとわせた拳で返礼する。
    「守りは任せ、攻撃に集中を。冷静に詰めてゆけば勝てる相手です」
    「……まだあたしに勝てると思ってんの?」
     半分前衛に、残り半分は小春当人に聞かせるつもりで理利が言い放った台詞は、彼女の機嫌をいたく損ねたらしい。
    「ばあぁっかじゃないの! なりそこないの半端者が勝つとか、考えらんない!」
    「アンタの殺られる順番が来た。それだけっすよ」
     ――そう、アンタに狩られた奴らみたいに。
     表情も揺るがせず、当たり前の事実のように淡々と語る蓮司に小春は逆上した。『殺される順番』まではまだしも、『アンタに狩られた奴ら』という灼滅者や下位の六六六人衆を思わせる表現が、ダークネスとして完全体であるという小春のプライドを刺激したことは想像するまでもない。
     主なダメージディーラーは梗花に、そして傍らを羽衣と加奈に任せておけば大きな心配はないはず、と理利は戦況を読んでいた。
     羽衣と加奈は主力メンバー中、最も小春と多く相対してきた事実がある。なかなかに悪知恵が働き予測がききにくい部分のある相手とは言っても、これまでの三回で以前のデータを大きく裏切るような行動は少なかったのもやはり事実だ。
     そして梗花は文字通り攻撃力において頭一つどころか抜きんでて突出しており、前回小春を壁へ叩き伏せた張本人でもある。もっとも、退避を急がせる体育館の中で聞いたあの二回目の破砕音がそれであった事は、理利も後日報告書で知ったのだが。
     すでに小春は大きく消耗しており、守るべき一般人はイリスを含めたサポートに任せておける。闇堕ちゲームのように八人の中から退避や避難のために人数や作戦を割かなければならないならともかく、時間制限があるとは言え戦闘に集中できるのは何より大きい。これだけの判断材料が揃っていて、攻勢に移らぬ理由はどこにも思い当たらなかった。

    ●殺人者
     桃琴は左手の時計を気にしつつ、忙しく視線を巡らせる。加奈が妖冷弾で小春の足元を凍らせたようで、ひやりとした風が頬を撫であげていった。
    「邪魔っつってンのがわかんないかなあっ」
     悲鳴、怨嗟、そんな声が蟲毒じみた嵐となって襲いかかってきて息が詰まる。一度加奈はその威力を目にしているが、あれから自分自身も力をつけたとは言えそれでも小春の背負う業の深さ重さを知るような気分だった。
     桃琴がすぐに回復にまわるが、明らかに『生命を削られた』感触が伴う、あの独特の感覚。
    「ういはお前が大嫌いだわ……最後の最後まで、大嫌い!」
     大喝した羽衣の周囲に疾風が集まり、刃となって襲いかかる。その怒りと悔しさをそのまま凝らせた激しさで、小春を切り刻んだ。
    「だからこんなふうに、何かに弱ったお前につけこむように倒すのを、残念に思う」
     残酷なゲームを、きちんと全部ぶち壊しにして。
     そして、その上で灼滅したかった。こんな風に、うまうまと誰かの行為に乗じるような手段ではなく、きちんと、真正面から戦って証明したかった。まさかこんな形での終わりが待っているだなんて、羽衣だけではなく加奈も想像していなかったはずだ。 
    「甘ちゃんが何言ったって、負け惜しみにしかならないんだよっ!」
    「甘ちゃんで半端者で、それがどうした! 私たちは、半端なままでいる覚悟があるのよ! 私たちは捨てずに生きていくの!」
     たとえそれが弱さだと嗤われてもいい。
     なりそこないの半端者と嘲笑されたってかまわない。
    「捨てないまま戦うの!!」
     とうに、ある意味で『まともな』『ヒト』ではなくなっている事など羽衣だって知っている。それでも『ヒト』を捨てないことを選んだ。『ヒト』であり続けようとする事を選んだ。
    「大好きでも、違うのよ――」
     それしか道がなかったのでもない。選ぶことのできる未来は、灼滅者には必ず二つ用意されてある。幸せなまま堕ちていくか、傷つき血を吐いて抗うか。その上で、選んだ。
    「私たちのほうが、強いのよ!!」
     それは単純な、与えられるはずのダメージ量だとか、そんな話ではない。
     もっと根源的な。もっと、魂の深い場所にあるものの強さだ。
     きっと、それでも羽衣の言葉は小春には理解できないだろう。どこまでも堕ちていった側が小春で、血を流して抗い続けている側が灼滅者である以上、その間には深く昏い川が横たわる。
    「負け犬がッ……」
     すれちがいざま小春の解体ナイフに抉られた加奈の傷。桃琴からのジャッジメントレイだけでは足らないと見るや、すかさず理利が癒しの矢でカバーに入った。
    「その負け犬に」
     正面を受け持つ梗花の右腕が見る間に異形の様相を伴って膨れあがる。
    「気を取られている暇は、あるの?」
     梗花の鬼神変。そのサイキックに苦い、そして屈辱的な記憶を思い出したのか、小春は全力でそれをかわそうと身をよじる。
     これから最大火力のサイキックを眼前の敵へ見舞おうという瞬間にしては、ずいぶん穏やかすぎる声だった。一歩前へ踏み込む慣性を上乗せした鬼の腕が振りおろされる。
     避けられない躱せない、真正面から食らう、と悟ったのか小春は左腕を掲げ少しでもダメージを減らそうとしたようだった。その願いもむなしく、掲げた腕ごと小春は地べたへ叩きつけられる。
    「ああァっ」
     悲鳴は本物だった。肩の上から長い髪を払い、玉緒は妖の槍から小春へ無数の氷柱を撃ちだす。
    「……弾けろ」
     ひくく囁かれた蓮司の声に小春は目を剥き、動物的な勘であろうか、すぐさま地面を叩いてはね起きようとした。しかし蓮司の手に握られた【幻葬 -鳴-】からあふれ出す魔力が、ようやく体勢を立て直しつつあった小春を容赦なく内部から打ちのめしにかかる。

    ●人格者
     視界内から人の気配が消えたことを確認し、イリスはそのまま踵を返した。背中のひどい裂傷も、いつのまにやら桃琴か誰かが癒やしてくれたらしい。
     焔のDESアシッドか何かだろうか、蛋白質が酸化し灼ける嫌な匂いがする。
    「私は貴女に因縁もなにもない。確実に、ここで灼滅するために動くだけよ」
     私の糸から逃れられるなんて思わないことね、と続けた玉緒の指に鋼糸が絡みついた。満身創痍の小春は、喘鳴を漏らしながらなんとか距離を取ろうと地面を蹴る。
     イリスに続き炯と錠も小春へ攻撃を加える中、加奈は玉緒のティアーズリッパーへ上乗せするように影喰らいを見舞った。黒いトラウマの幕の向こうへ閉じ込められた小春が、過去どんな心的外傷を負ったかどうかなどはさすがに想像するしかない。
    「こんな形にはなってしまいましたが、ここで終わりにしたいところです」
     羽衣のオロピカが斬魔刀で斬りかかる、その瞬間。
    「8分!!」
     桃琴の声に加奈は一瞬身を震わせたようだった。
     小春を時間内に倒すため闇へ堕ちる意志をもってこの場に臨んだ者もいたが、元来切迫した生命の危険などがないかぎりは、そう簡単に堕ちようと思って堕ちられるものではない。
     リミットまでの残り二分、灼滅者たちは回復すら捨てた。
     何度か夜霧隠れで小春はこの場を凌いできたものの、死へ至るダメージは確実に蓄積されているはずだ。野球場での一件やクリスマス市での事件ではこうも消耗した状態を見る事はできず、直近の小学校の卒業式での件でようやく劣勢を悟らせるまでに削れた。
     正直小春と因縁ある者でも、ここから先には何が待っているのか想像もつかない。
     加奈は神霊剣で小春の自己強化を崩しに行く。残り二分、という数字がどうしても重くのしかかる。
     これまでにはらってきた大きすぎる犠牲。目の前で遭遇した闇堕ち。
     こんな形でそれらの借りを返す日が来るなんて夢にも思っていなかった。
    「どうですか、追い詰められる側の気分は?」
    「悪いこといっぱいいっぱいしてきて、おこなの! ここでやっつけられちゃえっ」
     血に汚れた頬を拳で拭った理利のすぐ脇、桃琴は両手の間で練り上げたオーラを小春めがけて放つ。がつりと硬質の音がして大きく上半身を揺らした小春は、血みどろの顔で桃琴を睨んだ。
     焼け焦げや血痕でひどく汚れたアスファルトを、凶器と化した小春の影が疾走する。それはこの場で彼女が最も脅威と感じた相手、梗花に向けられた。
    「――今、とてもとても、君のことを殺してしまいたいよ」
     防具が派手に引き裂ける衝撃で数歩たたらを踏むが、まるで表情も変えずに梗花は小春の自由を奪いに行く。
    「君の考えも何もかも生理的に受け付けないし、かと言ってロードローラーの錆になられるのは癪だ。……ああ、こんな半端者に同情されるのは嫌だよね」
    「うるさい……!」
    「大丈夫」
     喘鳴の混じった、ひどく濁った叫びをあげた小春に梗花はその時、うすく笑ったかもしれない。ただそれは嘲笑でも自嘲でもなく、梗花自身にすらどんな意味での微笑であったのかはわからなかった。
    「僕だって君には、わかられたくないんだ」
     ぼろぼろに傷つき、立っていることも奇跡的に思える小春の脚を影の触手ががんじがらめに縛りあげる。さらに蓮司がダメ押しとばかりに神速の連打を繰り出してきては、小春にはもう声すら出ない。
     イリスが手にした咎人の大鎌の刃へ赤いオーラが宿り、羽衣の神薙刃で片膝をついた小春の残りわずかな生命力を刈り取っていく。
    「オ、ぁ」
     びしゃん、と濡れた音をたてて、小春もはや腕の形状を残していない右腕を地面につく。
     漏れるのは切れ切れの喘鳴だけ。
     ひどく気分を逆撫でする歌声も、もはや聞こえない。
     オロピカを下がらせた羽衣はひどく激怒しているような、それでいて泣き出しそうな、なんとも表現できぬ表情で小春の前に立った。
     涙ではなく血が溜まった目が見上げてくる。
     ……きちんとお前のもくろみを全部潰して、そして真正面から正々堂々戦って灼滅したかったけれど。
    「私たちの勝ちよ。序列六〇七」
    「……」
     華奢で小柄な彼女の体躯にはおよそ似合わぬ鬼の腕、しかし彼女の魂に刻まれたサイキックとしては、これ以上似合いのそれは無く。
    「さよなら」
     こはる、と最後の言葉を羽衣は呑み込んだ。
     ついに六六六人衆の口から、敗北を認める台詞は出なかった。単にもう何も言えなかったのか、それとも言わずにいたのかは、もう誰にもわからない。

     遠く遠く、どこかから緑のロードローラーのものらしき地響きに似た音が聞こえていた。
     間違いなく全員が揃っているか確認している加奈の後ろ、玉緒は肩越しにもう見えなくなりつつある戦場を振り返る。力尽きた小春は一瞬で跡形もなく消滅してしまい、まるで夢か何かのようでいまいち実感が薄かった。
    (「必ず探し出します。だから待っていてください」)
     まだロードローラーの本体たる、外法院ウツロギ自身の情報は掴めていない。徐々に遠ざかる地響きを聞きながら焔は瞼を伏せた。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ