首輪付きの自由

    作者:れもん汁

     くす、くすと――堪えきれぬ笑いが路地に響く。
     ワインレッドのドレスに身を包んだ長身の女。艶やかに波打つ銀色の髪。整った、彫りの深い顔に嵌め込まれたアイスブルーの瞳は、喜悦に歪んでいた。
     やはり、自由は素晴らしい。例えそれが制限付きのものであったとしても。
     彼女が掲げる左手には、首の骨を折られた男がぶら下げられている。別に殺す理由があった訳でもない。ふと目があったというだけのことだ。
     いや楽しむ事が目的なのであるから、やはり殺す理由はあったという事か。既に男は動かないが、それだけで投げ捨てる気にもなれず、女は思案するように男の死体を眺める。癖なのだろう、右の指先で己の首筋を撫で……。
     そこで、凍りついたように女の表情は固まっていた。指先には複雑な、忌まわしい意匠が彫り込まれた首輪が触れている。
    「ち……」
     女は舌打ちし、死骸を投げ捨てた。そして、冷めてしまった昂ぶりを再び呼び起こそうとしてか、自分に言い聞かせるように独りごちていた。
    「いやなことを思い出してしまった。……ええ、仕事はちゃんと果たしてみせるわよ。元より逃げる事など出来ないし、成功報酬は魅力ですものね。けれど、折角解き放たれたのだから。気の済むまで遊んでからでも、構わないわよねぇ」
     先程までよりはやや強張った微笑を口元にのせ、彼女は歩き出す。
     次の玩具を求めて。

    「おいっす。お仕事だよん」
     長谷部・桐(中学生エクスブレイン・dn0199)は空き教室へと灼滅者達を招き入れる。
    「えーっと、新潟ロシア村での戦いって覚えてるかな。あの後行方不明になってるロシアンタイガーなんだけど、何やらアイツを探してるヴァンパイア達が居るみたいなんだよね」
     強大な力を持つヴァンパイアは、それ故に多くが活動を制限されている。よって今回捜索に動員されているのは、とある爵位級ヴァンパイアによって奴隷化された者達である。
     ぶら下げられた餌は、奴隷からの開放。
     よって彼らは嬉々としてそれに飛び付いた……のだが。
    「でも、ま。奴隷の日々ってのは大分鬱憤が溜まってたんだろうねえ。一時的にでも解放された喜びから、好き放題に暴れ回ってる連中多数。夏休みの宿題も遊んでからやろうってタイプだったんだろうな。ちなみにぼかぁ9月から本気出すタイプだけど」
     おそらく、彼らもある程度満足すればロシアンタイガーの捜索に全力を傾けるだろう。そうなれば事件は自然収束する。が、それを待つ訳にもいくまい。
    「君等としてもね。……ダークネスは灼かねばならないもの、だろ?」
     桐はそう言っていた。
     さて、今回標的として告げられたヴァンパイアであるが。
     名はイェルデ・アールグレーン。20台前半ほどの容姿。長身を昏い赤のドレスに包み、豊かな白銀の髪をそなえた美しい女吸血鬼。
    「その姿に似合わずって言った方がいいのかな。それともイメージそのままなのかな。気まぐれであまり深く考える方じゃない、とりあえず行動して後で理由を考える感じ」
     イェルデは、ふらふらと人気のない深夜のオフィス街を彷徨い、不運にも遭遇してしまった人間を遊びの相手とする。
     特に目的も効率も考えていない行動だが、彼女はその期待と偶然、もどかしさを楽しんでいるようだった。
     それは、個体としての強さを背景とした傲慢さかもしれない。どうやら配下を作る事は許されていないようだが、もしそれが無かったとしてもイェルデが気まぐれ以外で配下を連れる事はなさそうに思える。
    「うん、強いよ。奴隷化によってだいぶ能力抑制されてるみたいだけど、それでも。君達がこの人数で撃破出来るダークネスとしてはぎりぎりかな」
     使用するサイキックについてはダンピールに酷似した物。また、一般人相手に武器を使う事はないが、クルセイドソードに似た物を所持している。
     接触に関しては、普通に待ち構えれば良かろうと桐は言っていた。変に策を弄そうとしない限り察知される事はないだろう。
     また、戦闘において彼女が逃亡を試みる可能性は低い。多少旗色が悪くなったとしても食い破って死地を脱する事を選ぶだろう。
    「こんな所かな。それじゃ、お願いね」
     桐はそう言って、灼滅者達を送り出す。


    参加者
    龍宮・神奈(戦狩の龍姫・d00101)
    九条・龍也(真紅の荒獅子・d01065)
    陽瀬・すずめ(パッセロ・d01665)
    古樽・茉莉(百花に咲く華・d02219)
    ミネット・シャノワ(白き森の旅猫・d02757)
    山田・菜々(元中学生ストリートファイター・d12340)
    豊穣・有紗(小学生神薙使い・d19038)
    佐久間・天草(黒の探究者・d23244)

    ■リプレイ


    「ヴァンパイア、か……」
     無人の路地に呟きが落ちる。
     ビルが立ち並ぶオフィス街。居酒屋やゲームセンターなどが集まる繁華街は、線路を隔てた向こう側である。
     ちらほらと存在する店舗も、未だ光を放っているのはコンビニくらいのもの。大通りから1~2本の小道を挟んだ此処には、まばらな車の排気音しか聞こえてはこなかった。
     こんな場所に、徘徊するダークネスが一体居るのだという。ロシアンタイガー捜索の任を与えられながら、まずは自分の快楽を得る事を優先させた吸血鬼。
    「長期休みの宿題って言われると分かるなぁ。ボクは見せてもらうために本気出す」
     豊穣・有紗(小学生神薙使い・d19038)はそんな事を言っていた。ぽふりと、鼻先を足に押し付ける霊犬、夜叉丸
    「しかし随分と慎ましやかじゃねぇか。憂さを晴らすって割にはさ。それとも、どんな風に自由を謳歌するか、そいつを考えるのを楽しんでる段階ってのかね」
     殺界を広げ、周辺の人払いを行いながら、九条・龍也(真紅の荒獅子・d01065)。
     標的として告げられた『首輪付き』は、そのような性格をしていると云えた。
     さほどの計画性もなく、群れもせぬ。
     或いは、奴隷とされるのに至ったのはそのような性質が原因であったのかもしれない。
    「でも、後先考えないタイプの人としても実力だけは並以上です」
     油断なく返り討つべしとミネット・シャノワ(白き森の旅猫・d02757)は言う。
    「けれど、焦ったりはしないんですかね。……他の奴隷吸血鬼に先を越される、とか」
     古樽・茉莉(百花に咲く華・d02219)は疑問を口にしていた。
     奴隷からの解放がロシアンタイガーを、否――『弱体化装置』を見つけた成功報酬なのだとしたら、放たれた奴隷吸血鬼のうち誰かが先にそれを発見した場合、他の者は解放されるのだろうか?
     普通に考えて、そんな事は無いだろう。
    「他にも同じ任務を与えられてる者が居るって知らない? ……流石に無いっすかね」
    「いや、それかもな」
     山田・菜々(元中学生ストリートファイター・d12340)の言葉に、あっさりと頷いてみせる龍宮・神奈(戦狩の龍姫・d00101)。
     このように、放った奴隷が仕事を後回しとする事を危惧するのであれば競い合わせて効率を高めるのが当たり前だろうが、実際事件は相次いでいる。
     大半が自分だけにこの仕事が与えられたと思っているのではないか。
     その想像はあながち間違ってもいないと思えた。
    「ともかく……雑談タイムはこれで終わりだ」
     思考を断ち切ったのは、こつりと、やけに高く響いた靴音。
     そこには、ワインレッドのドレスが半ば闇に溶け、揺れていた。
     銀の髪に縁取られた女の顔は、待ち構える8人の灼滅者達を見て笑みに綻ぶ。
    「吸血鬼みーつけた! お楽しみに向かう悪いけど、ここでバッサリ死んでもらっちゃうよ?」
     じゃらり、とチェーンソー剣を抜く陽瀬・すずめ(パッセロ・d01665)。
     あからさまな嫌悪と敵意を叩き付けられ、ヴァンパイア――イェルデはやや戸惑ったような、嘲るような色をその瞳に浮かべていた。
    「何かと思えば、野犬の群れ。たかが出来損ない風情が頭数を揃えた程度で私の前を塞ぐなんて。自殺志願かしら?」
     ミネットは無言でイェルデを見る。こちらを侮っていてくれるのなら有り難いのだ。
    (「……貴女の知らない間に……灼滅者も狩人となり得るまでには成長したのですよ」)
     心中の呟きに気付いたという訳ではあるまいが、言っていろとばかりに返答を返さない灼滅者達に、イェルデの顔から笑みが消える。
    「不愉快だわ」
     一言吐き捨てて、彼女は魔霧を纏っていた。
    「はじめましてイェルデ。そして、さようならだ」
     クルセイドソードを抜き放つ佐久間・天草(黒の探究者・d23244)。
     無造作に突進するイェルデを、灼滅者達は包囲するように散開する。


     振り下ろされた刃を、真正面から受けるすずめ。
    「おねぇさん、見かけによらず脳筋? 私と一緒だね!」
     ぎしぎしと噛み合う鋸刃と十字剣。刃越しに掛けられた言葉に、イェルデは笑う。
    「そう?」
     呆気無く鋸刃は弾かれていた。半透明に揺らぐ刃がすずめの左肩に埋まる。
    「ならきちんと同族になっていれば、お友達にもなれたかもしれないのに」
     ふつ、と。抵抗もなく斬り下ろし、イェルデは踵を返す。後背には食らいつくように彼女を追う、神奈の姿があった。迎撃に刃を振り上げようとして――
     背中から、チェーンソー剣のエンジンが始動する低い轟きをイェルデは聞いていた。
    「ッ……!」
    「やったと思った? ざーんねん!」
     すずめは漆黒に染まる鋸刃を存分に、無防備な背中へと振り下ろす。
    「貰った!」
     次いで、やや動きを鈍らせたイェルデを神奈の振るう槍が灼く。
     何が――と、後退しながら女吸血鬼は必死で現状を理解しようとしていた。有り得ないことだ。この私が、出来損ない如きに遅れを取るなどとは。
     指先は知らず、首の違和感へと伸びる。
    「素敵な首輪ですね、吸血鬼のお姉さん」
     嘲弄の言葉を放つ茉莉。烈火の如き視線を浴びて、展開する前衛の裏へと紛れる茉莉だが、イェルデの口から吐き出された言葉は存外にも静かなものだ。
    「そう。ここまで落ちるものなのね。忌々しい」
     強者としての傲慢さが剥がれ落ちたか。空気が一変するのをミネットは感じる。それはイェルデが単なる玩具としてではなく、敵として灼滅者達を認識したということ。
    「退屈してるんだろ、俺らと遊ぼうぜ!」
    「ええ……楽しみましょう」
     その上で、彼女は再び余裕を纏った。獰猛な笑みが表情に貼り付けられる。
     日本刀を振るう龍也。斬撃に浅く胸元を刻まれながら、斬り返す赤い剣閃。単純な削り合いでは分が悪い事を知るには、その一撃で十分。
     尤も、それは龍也の口元に深い笑みを刻むだけであったが。
    「お前には何の恨みもないが……」
     呟きながら振るう十字剣が、アスファルトを刻む。目の前で消えた敵の姿を追って、天草は天を仰いだ。有紗の放つリングスラッシャーが宙を舞う吸血鬼を追尾してゆく。
    「大人しく、大地に縫い付けられなさい!」
     着地点に待ち構えるミネット。抗雷撃がイェルデに突き入れられ、吸血鬼はくぐもった声をあげた。
     言うまでもなく、この戦いにおいて重要なのは手数。そしてその使い道である。
     モノによっては都市伝説なども同じことだが、8対1で『戦闘が成立し得る』というだけで単体としての力には圧倒的な隔たりがあるのだ。好機と呼べるものは極めて少なく、その少ないチャンスをかき集めて敵の動きを鈍らせてゆく事が勝利への道となる。
     そして、灼滅者側の選んだ戦い方はまさにそれを意図していた。
     ならば、何の問題も無いのか――答えは否。
    「ヴァンパイアの貴族っていうのも大したことないんすね」
     祭霊光で仲間の傷を癒しながらの菜々の挑発。イェルデは喉奥でくつくつと笑う。しかし視線がたしかにそちらへ流れたのを見、龍也は間合いを更に詰める。
    「よそ見してる余裕はねぇぞ!」
     鍔迫り合いに持ち込み、後衛への攻撃を妨害しようという心算。だが、吸血鬼は特に拘りもなくそれに応じた。別に、狙う者はそちらでなくとも良い。
     抵抗が消える。すり抜けた女吸血鬼は天草の背後にその身を躍らせていた。
    「ち……ぃ!」
     その背を、深く深く刻みながら。


    「大丈夫っすか?」
     展開される削り合い。一撃の重さに菜々は舌打ちを送りながら祭霊光を用いた。
     それでも、足りない。そう直感したミネットは自身も回復に加わる。
    「やらせるかよ!」
     イェルデを追い、槍を閃かせる神奈。
    「結構強いじゃないですか……首輪付きの飼い犬さんなのに」
     動きが直線に変わったのを見て取り、茉莉は周囲に護符を投じる。迎え撃つように展開された防壁が吸血鬼を絡め、その肌を灼く。
    「夜叉丸、行って!」
     足元を滑り抜ける霊犬。有紗の放つリングスラッシャーに援護を受けながら、夜叉丸は口に咥えた斬魔刀を振るった。
    「今日は帰さないよ? なーんてね!」
     退路へ飛んだすずめは大きく振りかぶったチェーンソー剣をイェルデへと振り下ろしていた。次々と叩き込まれる打撃。目に見えて鈍る吸血鬼の動き。だが――、
    「まずは、一人」
     今度こそとばかりに響く声音と共に、天草の背から赤黒い刃が生える。
     くずおれる天草を置いて、イェルデは跳んだ。牽制の斬撃を交わしながら龍也と並走し、その左手は赤い逆十字を刻む。
    「っ……こっち!?」
     標的は菜々。はっと顔色を変えた神奈は、イェルデの鼻面にシールドバッシュを叩きつける。口の端から一条の朱を垂らした女吸血鬼は、神奈を睨みつけた。
    「私の顔に……!」
    「ああ。もう少し早くブン殴ってやれば良かったか?」
     不敵な笑みを向けながら、内心舌打ちを送る神奈。その言葉は半ば以上本心だった。
     ぴったりと張り付いて追走、攻撃を加えながら、逆にイェルデが神奈を攻撃対象として選んだのはこれまで皆無。
     それはそうだろう。これだけ挑発が飛び交い、攻撃対象にも事欠かない中、あえて盾役を殴らねばならない理由が何処にあろうか。鬱陶しくも妨害エフェクトを複数積むミネットの方が、まだ優先度は高いというものだ。
     そしてそれ以上に――
    「待った、九条!」
    「……面白ぇ!」
     すずめの警告。龍也は、眼前の吸血鬼が『狙っている』事に気付きながら、それを押して飛び込んでいた。振り上げた直刀がまともにイェルデを捉え、大量の血を吹き上げる。
    「二人」
     同時、斬り下ろしの一閃。白光と化した刃は龍也の体力を削りきり、彼は地に伏せる。
    「……ッ!」
     無言のまま、ミネットはマジックミサイルを放っていた。アスファルトが抉れ、断ち切られた銀髪が房となって宙を舞う。
    「お願い、気を引いて」
     有紗の言葉に応えた夜叉丸が斬魔刀を振るい、イェルデから盾の加護を奪い去る。同時、伸ばした影は吸血鬼に絡み、その動きを僅かに鈍らせていた。
    「っ、なんで……」
     未だ、倒れないのか。茉莉の台詞は当初考えていたような演技ではない。
     そも逃走妨害としての挑発はこれほどまで必要だったのだろうか。寧ろそれは気を惹くだけに留まり、狙撃が役割であった茉莉の攻撃に身構えさせただけであったように思う。
    「残り、6人? 骨が折れるわね……」
     吸血鬼は自らの血に塗れ、やや短くなった髪をかきあげながら、軽い溜息を吐いた。
    「出来ると……思っているんですか?」
     ミネットは低く冷えた声音を選んで告げる。
     くつ、とイェルデは喉を鳴らす。
    「下衆からの侮辱に応えるは、決闘でなく。鞭打ってわからせること」
     指先は喉の首輪に触れていた。言葉には今や、自嘲の色が濃い。
    「……ふ。今宵、何一つ面白い事はなかったわね」
     そして彼女は、無造作に灼滅者へと突進する。
     応じて、彼等は各々の得物を閃かせていた。


     指先が三角帽子の端を捉える。
     刃風に舞い上がったそれをかぶり直し、引き下げながら、ミネットは告げていた。
    「……首輪を付けた者に、伝えたい言葉はありますか?」
     足元には灰と化しつつあるイェルデ。
     灼滅者達は倒れた仲間を助け起こしながら、その周囲に集まる。
     返答は、馬鹿馬鹿しげに鼻を鳴らすだけだった。否、思い直したかのように、彼女は口を開こうとする。崩れゆく舌が言葉を紡ぐ。
    「そんな事を訊くから……お前達は半端者、だと――」
     言い終わる前にイェルデは溶けた。崩れた灰も風に流され消失してゆく。
     その中に残る物、忌まわしい意匠が刻み込まれた首輪を、茉莉は拾い上げていた。
    「あ~もう、終わったねー」
     ぺたりとその場に座り込む有紗。夜叉丸はその側に寄り、伸ばした足に顔を寄りかからせている。
    「ち……言いたかった事は幾つかあったが、言えず仕舞いかよ」
     僅かに足をふらつかせながら、踵を返す龍也。
    「おつかれ。さあ、帰ろうぜ」
     そして、神奈に支えられながら天草はそう告げ、灼滅者達はその場を後にしていた。


    作者:れもん汁 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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