深夜のノックス

    作者:温水ミチ

     黒衣の男が『隠れ家』から外へと出るのは、決まって夜だった。
     何故なら、男は太陽の光を何よりも嫌っているからだ。
     フードを目深に被っても、外へと出れば忌まわしい陽光が己を照らす。
     だからこそ、ほんの少しも光の入り込まぬように窓という窓をカーテンで覆い、隙間という隙間を塞いだ『隠れ家』の中で日々『愛すべき暗闇』に紛れて過ごしてきたというのに。
     男の『愛すべき暗闇』は、男の『隠れ家』は、忌まわしい『ロードローラー』によって破壊された。――そう、破壊しつくされたのだ。
    『更なる高みを目指し、混沌を駆け巡ろうか! 身を守る隠れ家など、六六六人衆には必要ないのだ』
     高らかに告げ、騒音と共に走り去る赤いロードローラー。
     土埃を上げて遠ざかるそれを呆然と見送っていた男はふと天を仰ぎ――。
    『何てことだ……ッ! ボクの愛すべき闇が……ッッ!!』
     そこに輝く夕焼けを絶望に満ちた表情で見て、絶叫した。

    「さぁて、お耳を拝借。とりあえず、お前さん達の記憶を掘り起こしてもらいたいんだがねえ……」
     そう言って、尾木・九郎(若年寄エクスブレイン・dn0177)が黒板へと書いたのは『???』の三文字。だが集まった灼滅者達の中には、それを見て『あ』と声を上げた者もいた。そう。九郎が書いたのはただの疑問符ではない。『?』が3つ連なれば、それは『トリプルクエスチョン』で。
    「ピンときたようだねえ。……恐らくは、お前さんの思い浮かべた通りだよ」
     ご名答と少しばかり皮肉気な笑みを浮かべて、九郎は説明を始めた。
     そう、今回動き出したのは『???(トリプルクエスチョン)』と呼ばれる謎に包まれた六六六人衆なのである。『???』はなんと、特異な才能を持っていた灼滅者『外法院ウツロギ』を闇堕ちさせ、分裂という稀有な特性を持つ六六六人衆を生み出したらしいのだ。その六六六人衆こそ、序列二八八位『ロードローラー』である。
    「そうそう……覚えてるかねえ。二八八位と言や、あのクリスマス爆破男が灼滅されて以来、名乗る六六六人衆も現れてなかったろ?」
     九郎の言うように、二八八位の序列は『クリスマス爆破男』が灼滅された後、空席となっていた。だが『ロードローラー』の誕生により、その空席が埋まったらしい。
    「それでだよ。このロードローラー、どうやら分裂して各地で事件を起こそうとしてるらしい。そのうちの1つを僕が予知したって訳さ」
     黒革の手帳を広げた九郎によると、ロードローラーが現れるのは随分と前に閉鎖された『廃工場』なのだという。そこは現在『深夜のノックス』と呼ばれる六六六人衆の隠れ家となっている。
    「この深夜のノックス、四二九位とかなりの序列だ。普段なら灼滅の可能性はほとんどないと言っていいんだが」
     しかしである。近々その隠れ家を分裂したロードローラーのうちの1体が襲い、何とノックスの隠れ家を破壊してしまうらしい。哀れノックスは呆然としている間に隠れ家を失い、夕焼けの美しい更地に放り出されることになる。
    「それとねえ……確かにノックスは序列こそ高いが、それには理由があるのさ」
     何でも『深夜のノックス』は極端な『太陽嫌い』らしい。その為、隠れ家はピッタリと隙間なく塞がれ昼夜問わず真っ暗闇。そしてノックスは、隠れ家に訪れた敵を闇討ちすることで序列を上げてきたようだ。
    「つまり、大好きな暗闇からお天都さんの下に放り出されちまったノックスは色んな意味で本領が発揮できないってことだよ。だからこそ、今が灼滅の好機という訳だ」
     しかし、同時に油断は禁物だとも九郎は告げる。例え本領を発揮できないからとは言え、相手は本来『序列四二九位の六六六人衆』だ。舐めてかかれば、悲惨な結果を招くだろう。
    「こんな事態を引き起こしたロードローラー、いや、外法院君にも何か思惑はあるんだろうさ。けどねえ、残念ながら今回は彼と接触することはできない」
     髪をぐしゃぐしゃと掻き回す九郎。だが、やがて小さく息を吐く。
    「ま、考えていても仕方ない。彼の思惑がどんなもんにせよ、お蔭さんで高位の六六六人衆を灼滅するチャンスに恵まれた訳だからねえ。この機を逃す手はないだろ?」
     何より、ノックスは夜を待ち――そして再び、どんな手段を使おうとも新たな隠れ家を手に入れるつもりだ。そうなれば、どんな惨劇が引き起こされるか分からない。
    「大変な戦いになるだろうが……相手には逃げようって気もないようだしねえ。真っ向から攻めて、ノックスを叩き潰しちまっておくれ。ひとつ、よろしく頼んだよ」
     どうか気をつけてと九郎は微笑んで、灼滅者達の背を見送るのだった。


    参加者
    斎賀・なを(オブセッション・d00890)
    字宮・望(穿つ黒の血潮・d02787)
    村山・一途(静止領域・d04649)
    永瀬・京介(孤独の旅人・d06101)
    ヴィルヘルム・ギュンター(グラオギフトイェーガー・d14899)
    高柳・一葉(ビビッドダーク・d20301)
    雨時雨・煌理(南京ダイヤリスト・d25041)

    ■リプレイ

    ●愛しき闇の残骸
     粉々になったコンクリートやガラスの破片、ひしゃげた鉄骨がめり込んだ大地が視界一杯広がって、美しい夕日に照らされている。かつての工場にして、六六六人衆『深夜のノックス』の隠れ家であったこの場所は今――清々しいほどに破壊され尽くし、清々しいほどに整地され尽くしていた。
    (「ウツロギは堕ちてから随分とやりたい放題みたいだが……今回に限っては感謝しておこう」)
     字宮・望(穿つ黒の血潮・d02787)は闇に堕ちた知人に思いを馳せつつ、小さく微笑んだ。戦場の音を漏らさぬよう遮断する彼女の視線の先には、平らになった地面に落ちている何やら『黒い塊』がある。
    「もしやと思ったが……やはり、あれがノックスなのか?」
     やはり『それ』に気づいたヴィルヘルム・ギュンター(グラオギフトイェーガー・d14899)が疑うような声で言って目を凝らした。
     だがそう、灼滅者達の位置からはまだ黒い塊にしか見えない『それ』こそが、今回彼らが倒すべき六六六人衆『深夜のノックス』なのである。
     ロードローラーによって隠れ家を奪われ、何よりも嫌いな日光の下に放り出されることになった絶望は深いらしい。黒いフードつきのマントにすっぽりと隠れたノックスは、その場からピクリとも動こうとしない。
    「あれが暗闇の、ああ違う深夜のノックスか。不健康め。何故こうも不良な奴ばかりが私の敵なのだ……!」
     不健康を通り越して病的ですらある敵に雨時雨・煌理(南京ダイヤリスト・d25041)は眉を顰め。
    「うーん、高位の六六六人衆も形無しだね」
     情けない六六六人衆の姿に高柳・一葉(ビビッドダーク・d20301)も苦笑を浮かべたが、次の瞬間よしっと気合を入れる。
    「可哀想にすら思えるけど、そうも言ってられない相手だし。夜になる前に叩いちゃおう」
     一葉の言う通り、今は情けないこと極まりないノックスも本来は序列四二九位の六六六人衆。本調子でないとは言え、脅威であることは間違いない。
    「アジトを失い意気消沈している所、悪いがな。こちらとしては折角の好機だ。遠慮無く叩かせて貰うぞ!」
     エリスフィール・クロイツェル(蒼刃遣い・d17852)も殺気を迸らせながら力強く言う。
     見上げれば、まだ燃える様に明るい橙色の空もそのうちに闇へと染まってしまうだろう。暗闇はノックスの領域。ならば日が暮れる前に速攻で決着をつけなければならない。
    「アンブッシュが得意戦術か。だが、今回は不利な状況からスタートだな」
     常ならば待ち伏せしての闇討ちを好むというノックス。だからこそ今回は灼滅の好機。そう分析した永瀬・京介(孤独の旅人・d06101)は一方で、ノックスが物音や気配に敏感な可能性を危惧していた。
     その可能性を示唆された灼滅者達は、足音や気配を殺して確実に、包囲するような陣形でノックスとの距離を縮めていく。――そして。
    「格好つけて生きて潔く死にましょう」
     真っ先に仕掛けたのは村山・一途(静止領域・d04649)だった。赤マントを翻してノックスとの距離をゼロにした一途は、掬い上げるように縛霊手でノックスの身体を打つ。その一打に跳ね上げられたノックスは驚いた顔で灼滅者達を見た。
    『こ、今度は何だッ!? 次から次へとッ!?』
    「殺したら殺されるんですよ。常識です」
     状況がよく理解できないらしいノックスに、一途はただそう告げる。
    「同じように理不尽に奪ってきたのでしょう? 断罪ってわけでもないですが、だからあなたも、穏やかには死なせない」
     そんな一途の言葉を聞いているのかいないのか。ノックスの意識は灼滅者達よりも、うっかり浴びてしまった夕陽の方に向いているようだ。ノックスは慌てて立ち上がると暗闇を探すように足を踏み出したが。
    「余り動くな……」
     足元から這い寄っていた望の影に拘束され、ノックスは動きを封じられてしまう。
    「このチャンスを活かさない手は無いな」
     その背後から叩きつけられる、雷を宿したヴィルヘルムの拳。余裕をとり戻す暇など与える気はないと、灼滅者達は次々に攻撃を繰り出していく。
    「挨拶代わりだ。受け取るが良い!」
     エリスフィールは唸りながら回転する杭でノックスの身体を貫き。
    「私がお日様の下に釘づけにしてあげる。そして大人しく灼滅されてください!」
     一葉は仲間達を守るようにシールドを広げた。その傍らを、土煙を上げながらライドキャリバーのキャリーカート君が走り抜け、ノックスへと突進していく。
    「俺はエクソシストでありながら殺人鬼でもある。生かす為に殺す業。その身で味わうがいい」
     足元の瓦礫を鳴らして、斎賀・なを(オブセッション・d00890)が一歩踏み出し。
    「我は照らす黎明の光。暗闇を得意とする殺人鬼に光を」
     容赦なく放たれる、裁きの光条。
    「さあ、旅を始めようぜ」
     さらに、バサリとコートを翻した京介が迸らせるドス黒い殺気がノックスを覆う。
    『失意の底にいるボクを襲うとは外道共め。今日は厄日か……?』
     ただ全身で灼滅者達の攻撃を受け止め弱々しく毒づいたノックスへ、今度は彼を石へと変える呪いが襲いかかる。
    「ふふふ……聖職者と言っても私は搦め手好きでな。汚いか? 嵌る方が悪いのだ」
     寝惚けたようなその目を心底楽しげに細めて、煌理が笑った。

    ●ボクは光を憎む
     今このとき、この戦場にノックスの愛する暗闇は存在しないに等しかった。さらには絶え間なく、苛烈に繰り出される攻撃にノックスは最早泣き出しそうな表情を浮かべている。その姿は哀れにすら感じられた――けれど。
    「得意な戦法が使えないとはいえ、油断できない相手だ。精神的に弱っている今を逃してはならない」
     灼滅者達が、攻撃の手を弱めることは決してない。なをはノックスの死角へ駆けその身体を切り裂く。
    『ど、どうしてボクが……クソ、あの忌々しいロードローラーのせいでッ!』
     傷口を押さえ怨嗟の叫びを上げたノックス。
    「暗がりで1人待ち伏せって、そんな日常に明日はあるのか」
     隠れ家さえあれば、せめて夜でさえあればと繰り返すノックスに京介は肩をすくめ。
    「引きこもり君! おウチが恋しい? でも日に当たることも覚えた方が良いって。不健康すぎ!」
     ひょいと取り出したクッキーを口に放り込んで、ノックスを挑発するように一葉が笑う。
    「六六六人衆にしてはカッコ悪いよね。女の子にモテないでしょー」
     そう言うなり、縛霊手を振り上げ勢いよく走り出した一葉。それを援護するようにキャリーカート君が弾丸を掃射し。
    「そんな卑怯っぽい方法で序列を上げるからこうなる。お前が次に闇を拝めるのは死んだ時だけだ、覚悟するんだな」
     初めて怒りの色を覗かせたノックスに、望も言葉を重ねた。――すると。
    『……ボクを、舐めるな』
     低く、地を這うようなノックスの声。それは、先程までのノックスからは想像もできない程の禍々しさで。灼滅者達は様子の変わったノックスを警戒するように見つめたが――次の瞬間、押し寄せた漆黒の殺意に前衛達から苦悶の声が上がった。
    『散々ボクを虚仮にしてくれたが、見ろ……夜は間もなくやってくる。ボクの愛する暗闇はすぐそこだ』
     ノックスの青白い指が差す茜空。その裾野は確かに夜の色に染まり始めている。
    『ボクは、光が嫌いだ。それに……オマエ達も、嫌いだな』
     だったらせめて、その表情を深い絶望の闇色に。くっと笑ったノックスの足元で、その影がぞわりと蠢く。
    (「これが……六六六人衆、深夜のノックス……」)
     初めて対峙した宿敵の、宿敵たる姿を目にした京介の口元が笑みの形に歪んだ。果たして四二九位を相手に自分はどこまで戦えるのか。だが、京介は1人ではない。
    「そう……オレの役目は、全員が戦い続けられるようにすることだ」
     ノックスの力は、かなり削げたはずだ。後は時間との闘い。京介は戦場を見渡して、なをへと癒しの矢を放った。
    「雁字搦めのまま倒れろ!」
     煌理も蒼く輝く縛霊手を振りかざしてノックスへと飛びかかる。同時にビハインドの鉤爪の放った霊障波がノックスを呑み込んだ。
     再び、灼滅者達の猛攻。だがノックスはそれらを受けながら、影へと逃げる素振りも見せずに灼滅者達へと重い一撃を返してくる。
    『夜が来たら……そうだな。どこかまた、居心地のいい隠れ家を探しに行こう』
     また一撃、ノックスは楽しげに独り言を呟きながら鋼糸を繰り、張り巡らせた糸の檻で灼滅者達の身動きを封じた。
    (「ノックス君が殺しをする気持ちは、分かる。六六六人衆として息をするってことに等しいから」)
     嬉々として灼滅者達を切り裂き夜を待つノックスを横目に、傷ついた仲間達を包み込む一葉のシールド。そんな一葉の胸中を知らず、ノックスは手中の血に濡れたナイフでエリスフィールを切り裂こうとした、が。
    「だけど、仲間のことは傷つけさせないんだから!」
     両手を広げ飛び出した一葉を凶刃は深々と抉る。一葉は傷口を押さえ、キャリーカート君を支えに踏み止まろうとした。しかしその膝ががくりと折れ、一葉が地面へと倒れる。
    「くっ……! 派手にねじ切れろ!!」
     倒れた仲間と、愉快と言わんばかりの笑みを浮かべたノックス。望は眉根を寄せて駆け出すと、高速で回転する杭をノックスへと捻じ込んだ。途端、笑みを苦痛へと転じたノックスの腱を、さらに一途の刃が断つ。
    「この程度で止まるとか思ってんじゃねぇぞ!? そこは俺の間合いだッ!」
     腱を断たれぐらりと体勢を崩したノックス。その『死の中心点』を飛び込んできたヴィルヘルムが貫く。前線に立っているヴィルヘルムとて無傷ではない。けれど今、多少の傷を無視してでも――と、ヴィルヘルムは突き出した腕に力を込めた。

    ●幸福のブラックアウト
     太陽が、地平線の向こうへ消えようとしていた。
    「このまま……撃ち貫く」
     焦がれるように空を見上げたノックスを貫こうと宙を舞ったエリスフィール。しかしノックスは鋼糸でその杭先を絡めとり。
    『面倒だな……。早く、オマエ達を絶望の底に叩き落してやりたいというのに』
     唇を尖らせながら繰る糸に斬り裂かれたヴィルヘルムから、血が流れる。
    「残念ながら、そう簡単には倒れませんよ」
     そう言って一途が槍を振るうと、放たれた氷柱がノックスを穿つ。ノックスは苛立ちを露わに一途に向かって吠えたが。
    「何処を見ている? 俺はここだ」
     その肩口に突き刺される注射器。ヴィルヘルムは削がれた分を奪い返そうとノックスから力を吸い上げた。だがそれでも癒せぬほどに傷は深い。
    「悪りぃ。回復頼む……」
     このままでは自身が危ないと判断したヴィルヘルムは仲間達に声をかけ――しかし、真っ先に動いたのはノックスで。瞬く間にヴィルヘルムの背後をとったノックスと、溢れ出る鮮血。切り裂かれたヴィルヘルムの身体は、力を失い地面に横たわった。
    「一葉嬢に次いでヴィルヘルム殿まで……。これ位の負傷で、寝ていられぬな」
     これで自分が倒れれば、灼滅者達の戦力は大幅に下がってしまう。エリスフィールは痛みに軋む身体を叱咤し、ノックス目がけて『死の光線』を放つ。
    「そろそろ決着をつけようか!」
     日暮れが近い。なをは仲間達を励ますように声を上げ、ロッドをノックスへと叩きつけた。そこから流れ込む魔力がノックスの身体の中で爆ぜる。
    「アンタの微かな光、奪わせてもらうぞ」
     祝福の言葉を唇に乗せ、仲間達を癒す京介。
    『光など、好きなだけくれてやる……。ボクが欲しいのは闇、それだけだッ!』
    「ええい、ならばさっさと倒れろ! ひかり、という私の名の下に!」
     じゃらりと鎖の連なった指輪を鳴らし、解き放たれる呪い。同時に、煌理は自分を庇うようにノックスと対峙している鉤爪の背に触れた。
    「大丈夫か鉤爪……! 私達は必ずチャンスを叩けるようになるのだ……」
     仲間達を庇い、消耗している鉤爪を励ますように煌理は言う。鉤爪はそれに頷いて、ノックスへと霊撃を放ったが。
    『オマエが光だと言うのなら……』
     吐き捨てるように言ったノックスは、真っ直ぐに煌理を見ていた。そして、同時に動いたノックスの影が煌理へ迫る。
    『ボクは、オマエを殺す』
     ノックスの宣言通りに煌理を切り裂こうとした影。けれど、その一撃は咄嗟に身を挺した鉤爪によって受け止められる。鉤爪はそのまま宙に霧散するようにして消滅し。
    「煌理嬢、まだだ……!」
     響いたエリスフィールの警告。しかしノックスの影はそれよりも早く、煌理の身体を切り裂いていた。鉤爪を追うように、煌理の意識もまたそこで途切れる。
    『フ、これでまた光が消えた』
    「それでも、明けない夜など無いそうですよ。光もまた灯るでしょう」
     夕闇を見つめ微笑むノックスを、一途の縛霊手が薙ぎ払う。すると宙を吹き飛んだノックスは地面へと叩きつけられ――。
    『まさか、このボクが敗北する……? 冗談だろう……?』
     力の入らない自身の身体に不思議そうな表情を浮かべ灼滅者達を見上げた。まるで自身の限界を知らなかったかのように、ノックスは本気で困惑しているようだった。
    「少しサービスだ。闇で包んでやる……解けたらまた眩しいがな」
     望は言うなり、自分の影で地に膝をついたノックスの身体を食らう。影に呑み込まれる刹那に見えたのは、どこか安堵したようなノックスの顔で。
    「おい。ノックス、最期に言葉はあるか?」
    「遺言ありましたら、どうぞ」
     再び、夕陽の下へ放り出され横たわるノックスへ京介、そして一途は声をかけた。するとノックスは、フフと楽しそうに笑って焦点の合わない瞳を細める。
    『ボクの勝ち、だ。……闇がき、た』
     嬉しそうにかすかな声で、ノックスは言い――それが彼の最後の言葉となった。
    「そうですか。冴えない遺言ですね」
     一途の言葉がノックスへと届くことは、もうない。

    「それにしても……ロードローラーとなった者が何を思ってこのような行動に出たのか。意図があってのものか、それとも……?」
     さらさらと砂のように消滅していくノックスの身体。吹く風がその欠片を巻き上げるさまを見つめながら、なをが呟く。倒れた仲間達の容体を確かめていたエリスフィールも、その言葉にふと顔を上げて。
    「六六六人衆は同族の仲間意識は薄い様だが、しかし同族のアジトを破壊して、どうするつもりなのだろうな……? 単なる個人の主義か、他に意味があるのか……」
     思考すれども、その答えは未だ分からないままだ。
    「さあ、ロードローラーの思想はよくわかりませんし知ったことではありませんが」
     一途はふいとノックスの亡骸から視線を外すと、仲間達へひょいと肩をすくめてみせ。
    「そんなものでしょう、殺人鬼って、六六六人衆って」
     さらりと、そう言い切った。
     ふと空を見れば黒衣の六六六人衆が待ち焦がれた夜が、今ようやく訪れようとしている。

    作者:温水ミチ 重傷:ヴィルヘルム・ギュンター(ナイトノッカー・d14899) 雨時雨・煌理(南京ダイヤリスト・d25041) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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