花見にはジンギスカンだべや!

    作者:海あゆめ


     北海道にも、ようやく花見の季節がやってきた。桜の咲く公園は、お花見とジンギスカンを楽しむ北海道民で賑わっている。
     そんな中、普通のお弁当を持ち込み、軽いピクニックのようなノリでお花見を楽しむグループもちらほらと……。
    「ね、たまにはいいよね。こういうお花見もさ」
    「ねー。ジンギスカンより後片付けも楽だしねー」
     そんな風に言いながら、若い女性のグループが手作りのお弁当を広げて笑い合っていた、まさにその時である。
    「アンタら! それでも道産子か!!」
     いきなり現れた一人の少年が、女性達の目の前に、ガスコンロにかけられたジンギスカン鍋を、ドン! と置く。
    「花見にはジンギスカンだべや! 異論は認めねぇ!!」
    「えっ」
    「な、なに……?」
     困惑する女性達にもお構いなく、少年は温まったジンギスカン鍋の上でラム肉を焼き始める。
    「……よし、これでまたひとつ、北海道の花見を救った……! したっけ、さらば!!」
     ジュウジュウといい音をさせているジンギスカン鍋をその場に残し、少年は走り去っていく。
    「……な、何だったの、アレ」
    「うん……ていうか、これ、どうするの……?」
     女性達は途方に暮れた。
     せっかく、後片付けが楽なお弁当を選んでお花見を楽しんでいたというのに……。
     

    「北海道のお花見会場でね、闇堕ちしかけてる男の子がジンギスカンを強要してみんなに迷惑かけてるみたい」
    「花見でジンギスカンしてない奴なんていんのか?」
    「もぉ、やぁね。これだから北海道の男の人って……」
     純粋に疑問符を浮かべている、緑山・香蕗(大学生ご当地ヒーロー・dn0044)に、班目・スイ子(高校生エクスブレイン・dn0062)は軽く茶化すように言って、やれやれと教室の空いた席に腰をかけながら手にしたノートを開く。
    「その子、お花見会場でお弁当広げてる人を狙ってくるみたいだね。歳は……高校生くらいかな。元気な感じの男の子だよ」
     お花見といえばジンギスカン。そんな道産子ソウルが暴走して、闇に身を委ねてしまったのだろう。このまま放っておけば、彼は間違いなく、もっと迷惑な存在へとその身を堕としてしまう事になるだろう。
    「闇堕ちしかけ、っつたな。ってこたぁ、まだ助けられんのか?」
    「うん。まだ間に合うと思う。ただ、彼が完全にダークネスになっちゃうようなら、その時はみんなに灼滅してもらうしか……けど……」
     できれば、助けてあげて欲しいと言って、スイ子は灼滅者達に向かって頭を下げた。
     
    「でね、助けるためには、一回、彼を倒す必要があるの。お花見会場で、お弁当広げて待ってれば、会えるはずだよ」
     そうして現れる少年は、有無を言わさずジンギスカンを強要してくる。そこを何とか取り押さえ、彼を正気に戻す。
    「闇堕ちは完全じゃないし、そんなに強い能力はないけど、ジンギスカンのタレのビームとかしてくるから気をつけてね」
     少年も、それなりの抵抗はみせる。だが、強く呼びかけたり、説得したりすることによって、彼の戦闘能力を下げることも可能だという。
     
    「無事に彼を助けてあげられたらさ、せっかくだし、みんなでお花見楽しんでおいでよ。にひっ♪ お弁当、あたしもひとつ作ったげる♪」
     手の中のノートをパタンと閉じて、そう、スイ子は悪戯っぽく笑ってみせる。
    「まぁ、な。花見にはジンギスカンは付き物だけどよ、それを強要すんのは良くないよな……っしゃ、したっけ行くべか!」
     香蕗も気合を入れつつ、力強く頷いた。
     ひとりの少年を闇から救うため、灼滅者達は桜の季節を迎えた北海道へと向かう……!


    参加者
    九条・風(紅風・d00691)
    皆守・幸太郎(モノクロームの幻影・d02095)
    御剣・レイラ(中学生ストリートファイター・d04793)
    波織・志歩乃(ポラリスに願いを・d05812)
    廻谷・遠野(架空英雄・d18700)
    神隠・雪雨(ブラックアンプル・d23924)
    フーゴ・クラフト(ヴィントシュトゥース・d24450)
    武藤・雪緒(道化の舞・d24557)

    ■リプレイ


     五月。まだ少し肌寒さは残っているものの、吹く風は柔らかく、陽射しもポカポカと暖かい。
    「桜だ!」
    「桜です……!」
     廻谷・遠野(架空英雄・d18700)が叫んだその横で、神隠・雪雨(ブラックアンプル・d23924)は目をキラキラと輝かせる。
    「おーおー、流石北海道……まだ咲いてんだなァ」
     九条・風(紅風・d00691)も、満開になった桜の木を見上げて笑った。
     遅ればせながら、北海道にもお花見の季節がやってきたのだ。
     ひらひら舞い散る桜の花びら。そして、もうもうと立ち上る白い煙。
    「はわー、やっぱり皆さんジンギスカンをしてますね」
    「当たり前っしょやー! これぞ北海道のお花見っ! だよっ!」
    「ま、当然だな」
     物珍しげに辺りを見回して言う、御剣・レイラ(中学生ストリートファイター・d04793)の言葉に、生粋の道産子である、波織・志歩乃(ポラリスに願いを・d05812)は、えへん、と胸を張り、皆守・幸太郎(モノクロームの幻影・d02095)も、何てことないように深く頷いてみせた。
     この季節、ここ北海道では、桜のある大きな公園は立派なお花見会場となる。ついでに普段は火気厳禁の公園内も、この季節だけは例外になる所も少なくない。
     何故かといえば、北海道民にとってお花見にはジンギスカンが欠かせないものだからである。
     あちらこちらで焼かれているジンギスカンの香ばしい匂いが、春のそよ風に乗って漂ってくる。
    「本当に花見でジンギスカン食べるんだな」
    「ね。どういうことなの。花より団子って事なの?」
     視界が霞むほどの煙。思わず目を細めた、フーゴ・クラフト(ヴィントシュトゥース・d24450)の呟きに、武藤・雪緒(道化の舞・d24557)も唖然としながら頷いた。
     お花見会場で、桜を眺めるのも程々に肉を焼く人々。確かに異様な光景ではあるが、北海道ではこのスタイルが普通なのだろう。若者のグループも、小さな子どもを連れたファミリーも、皆、笑顔で楽しそうだ。
     灼滅者達も、適当な場所を見つけてさっそく準備に取り掛かる。地面にシートを敷いたところに、各自持参したお弁当を広げていく。
     定番のからあげ弁当や各種おにぎり。鶏と蛸のザンギにポテトサラダ、山菜の天ぷらからアスパラの肉巻き、自家製小麦のバターロールまで、道産食材をふんだんに使用した一品の数々。色とりどりの春野菜を詰め込んだヘルシーなお弁当も並んで、食後のデザートには、お団子や桜餅、餡子の入った北海道的おやきなどの甘味も揃った。
     ジンギスカンだけがない、一般的なお花見スタイルが完成した、まさにその時である。
    「なあ、あれ……」
     気が付いたフーゴが、指を差した。遠くの方から、誰かが何かを叫びながら、こちらに向かって走ってきている。
    「うおおおぉっ! ちょっと待ったあぁぁぁっ!!」
     人ごみを器用にすり抜けながら物凄い勢いで走ってきた少年が、灼滅者達の前で止まった。
    「アンタら! まさか内地から来た人かっ!?」
     少年は手近にいたフーゴの肩をがっしりと捕まえて、ガクガクと激しく揺さぶる。
    「な、内地……?」
    「北海道以外ってことだよ! やっぱりそうか! あ、危ないところだった……!」
     そう、少年は大げさに息をついてみせると、背負っていたリュックを降ろし、中をガサゴソと漁り始めた。
    「見ててくれ。よく、覚えておいてほしい」
     そうして、おもむろに取り出したカセットコンロの上に、重たそうな鉄製のジンギスカン鍋をドドンと置く。
    「北海道で花見をする時は、ジンギスカンが付き物なんだ……いいか? 北海道で花見をする時は、ジンギスカンが付き物なんだ!」
     温まった鍋の上に、野菜とお肉が投入されると、ジュウジュウと肉の焼けるいい音と食欲をそそるいい匂いが、たちまちに広がっていく。
     ここまでくれば間違いない。彼が、件の闇堕ち少年だ。この機を逃がしてはいけない。あらかじめ決めておいた通り、灼滅者達はとりあえず少年を花見の席へと引き入れる作戦に出る。
    「わああー、ジンギスカンだー! どんなどんなー?」
     興味津々に目を輝かせた志歩乃が、用意されたジンギスカン鍋の中を覗き込むと、少年は得意げに鼻を鳴らしてみせる。
    「花見にはやっぱり味付きだろう! 生ラムとか冷凍ロールのも美味ぇけど、タレとか回したりすんのあずましくねぇべ?」
    「わっ、嬉しいっ! うちもタレ派だよー! お肉はこれってやっぱりラムー?」
    「おう、もちろんだ! マトンより柔っこいから食いやすいぞー!」
     はしゃぐ志歩乃に乗せられて、心底嬉しそうに語った少年が、最高にいい決め顔を作って灼滅者達に向き直る。
    「ようこそ、北海道へ! これは俺からの差し入れだ! 楽しんでいってくれ! したっけ……」
    「ちょっと待てそこの学生。この鍋と肉を置いて行ってどうする気だ?」
     立ち去っていこうとする少年をすかさず呼び止めた幸太郎が、少し厳しさを含んだ口調で問いかける。
    「どうするって……アンタらそれ、食うだろ?」
    「ああ、そうだな。だが、俺たちがこれを食べなければ、お前は単に食べ物を置いていっただけ……いや、捨てていったに等しい。そうなったら誰がこれを片づける? 公園の掃除のオバちゃんの手間を増やすな」
    「うえっ? あ、う……」
     言いよどみながら、少年はしょんぼり項垂れた。まさかそんなに怒られるとは思っていなかったのだろう。
     何だか可哀想な感じになってしまった少年。風はさりげなく近づいて、落ち込んだその肩を軽く叩く。
    「まァまァ座れよ、とりあえず一杯やんな。焼き方くらい教えてってくれよ」
     調子よく笑って、手渡した紙コップにジュースを並々と注いでやる。
    「あっ、それいいですね! あ、あの、焼き加減とか、よくわからないので……教えてほしいです」
     雪雨が、少年の顔を覗き込んで小さく笑った。
    「えっ、けど……」
    「さあ来るがいい道産子少年! みんなで一緒にジンギスカンと弁当食おうぜ!」
     続いて雪緒も、シートの空いている場所を叩いて少年に座るようにと促す。
    「せっかくですし、一緒に食べましょうっ!」
    「そうだね、貰ってばっかりじゃ悪いし、一緒に食べようよ」
     明るく笑ったレイラの横で、遠野が新しい取り皿にお弁当のおかずを盛り付け始める。
    「野菜、多めにしておくね。ジンギスカンと一緒に食べるのに、ちょうどいいでしょ?」
    「え、あ、ちょ、ちょっと待った! 待ってくれ、俺には北海道の花見を守る使命が……」
    「いいから食べてけ。そしてどれだけジンギスカンが美味しいか力説しろ」
     幸太郎が、袋から出した割り箸を、ずい、と差し出した。
    「う、ま、まぁ、そこまで言うなら……」
     少年は若干迷ったような素振りをみせつつも、灼滅者達の強い押しに負けてシートの上に腰を下ろした。
    「……緑山くん」
     ちらりと、遠野は側にいた、緑山・香蕗(大学生ご当地ヒーロー・dn0044)に視線を送った。
     今はまだ分かりにくいが、現れた少年はその身を闇に堕としているのだ。そこから彼を救うには、言われていた通り彼を一度どうにかしなくてはいけない。お花見を楽しむ一般客も多い。万が一の事を考えて、辺りの警戒も多少する必要があるだろう。
    「おう、わかった」
     頷いて、香蕗は少年に気取られないように立ち上がる。
    「お願いしますね。あ、あと、お花見で食べられそうな北海道名物があればご馳走して頂きたく♪」
     香蕗をそっと見上げて、雪雨は少し悪戯っぽい笑みを浮かべてみせる。
    「よっしゃ、したっけついでに何か買ってくる。そっちは任せたぜ」
     にっと笑って返して、香蕗は何気なくその場を離れていく。
     一方で、花見の席に加わった少年は、灼滅者達の意図にまだ気が付いてはいない。
    「よし、とりあえず食おうぜ、話はそれからだ」
    「ジンギスカンを頂いたお礼もしたいですし……ね? 私のおにぎりも、ぜひ食べてってください」
    「いいよ、どんどん食べて! 大丈夫! 遠慮は要らないよ!」
    「あ、ああ、何か悪いな」
     風に促されるまま、レイラには美味しそうなゴマのおにぎりを差し出され、雪緒にも取り分けたお弁当を強く勧められて。当の少年もまんざらではない様子だ。
     ここからが勝負。何とかできるだけ穏便に済ませられるよう、灼滅者達は少年の説得に取り掛かる……。


     いい具合に仕上がってきたジンギスカン鍋の中を覗いて、風は興味深げに声を漏らす。
    「花見にジンギスカン、ねェ……」
    「いいもんだろ? 食ってみろって!」
    「……うん、確かに美味い。けどな、強引に押し付けてくのは、違うんじゃねェの?」
     ぽつりと、風は切り出す。少年は驚いたように目を丸くした。
    「えっ……?」
    「私もそう思う。無理やり押し付けるのは、やっぱ違うんでないかなっ」
     呆然と固まっている少年の顔を見上げて、志歩乃は曖昧な表情を浮かべる。同じ道産子として、彼の気持ちも分からなくはないのだ。それは志歩乃に限らず、幸太郎にも言える事だった。
    「俺も道産子だからな。花見にジンギスカンは定番だ。異論はない」
    「な、なら……!」
    「だが、この時期には観光で来ている奴も多い。強要なんてしたら悪印象を持たれる。お前はそんな事すら考えられなくなったのか」
    「くっ……」
     何も言い返せなくなった少年の表情が微かに歪んだ。
    「実は私、ジンギスカンは去年のお花見で初めて食べたんですよ、その時もとっても美味しかったんです!」
     少年の瞳の奥にちらつく闇に、レイラは必死に訴える。
    「お花見が楽しいのは皆でいるから……ジンギスカンも、きっとジンギスカンだけじゃなく色んな物と一緒だともっと美味しいんじゃないでしょうか?」
    「ああ、そうさ……ジンギスカンは美味しいんだ! だから皆食べるべきなんだ! いや、食べなければならないんだ! 絶対に……!」
    「ジンギスカンは確かに美味しい。それを愛する君の気持ちも分かる……けど、私達のお弁当も悪くなかったよね?」
    「っ、それは……」
     うつむく少年の肩に、遠野はそっと手を置いて続ける。
    「色んな楽しみ方があってもいいと思うんだ。お花見は、皆で一緒に楽しむのが一番だよ」
    「…………っ」
    「……貴方の体の異常、気付いていますか?」
     微かに身を震わせ、思い詰めた顔をする少年に、雪雨は真っ直ぐな視線で向き合った。
    「そのままだと、貴方はジンギスカンを間違った方法で広めてしまいます」
    「……間違った……? 俺は、ただ……」
    「まあまあ、もっと気楽に考えようよ!」
     何だかすっかり暗くなってしまった少年を元気づけようと、雪緒は明るく声を弾ませる。
    「周りの大人数グループや家族連れが焼くジンギスカンの香りをおかずにお弁当を食べる……そんな楽しみ方があってもいいじゃないか! というか花見なんだからもっと桜を愛でて! あっ、やべっ……」
     そうして、思わず本音が飛び出してしまった。雪緒は慌てて滑った口元を押さえるも時すでに遅し。ついに堪えかねたらしい少年が、勢いよく顔を上げて叫ぶ。
    「そうだよ! ああ、ああ! 薄々分かってはいたさ! 北海道の花見は、花見っていうよりジンギスカンだってこと! だからこうして……!」
    「ごっ、ごめんってば! 同じ釜の飯を食った仲じゃないか、もうちょっと話を聞いてくれ!」
    「私だって花見ったらジンギスカンだよー! でもそれはみんなそうとは限らねっしょやー!」
     雪緒の制止を振り切る少年を黙らせようと、志歩乃も必死に食い下がる。
    「ええい! うるさいうるさーい!!」
     それでも暴れだそうとする少年の手から、ジンギスカンのタレと思わしきビームのような何かが飛び出した。
    「ぎゃっ! おいおい、どうした! 何かちょっと見ねぇうちに盛り上がってんな」
     ちょうどそこに戻ってきた香蕗が、お土産に買ってきた出店の揚げ芋を飛んできたタレから庇いながらその輪に加わった。
    「やれやれ、仕方がないな……」
     こうなってしまっては、もう、やるしかない。細くため息をついたフーゴが、バベルブレイカーを腕に装着し、ガチリと鳴らして構える。
    「悪いな、少し手荒になるとは思うが……」
    「体の中の悪いもの、全部だしちゃいましょう」
     剣を手に、雪雨がにこりと微笑む。
    「大丈夫、大丈夫! 怖くないからねー」
     雪緒に至っては、その体が見る見るうちに異形化していく始末。カタカタ不気味に鳴る髑髏の下。半透明のスライム状のところから、にゅっと銃口が飛び出した。
    「なっ、何だそれ!? ア、アンタら……!」
    「北海道は全てを受け入れる度量に満ちた雄大で自由な場所だ。他人の価値観を否定するな。それを受け入れてこそ、この北海道に相応しい男ってもんだ」
     ぎょっと目を剝く少年を諭すように、静かにそう言って聞かせた幸太郎の影が、ゆっくりと伸びてくる。
    「なァに、じっとしてりゃ一瞬さ。ちィと我慢してくれりゃそれでいい」
     口の端を持ち上げ、影を纏った風が妖しく笑うと、桜の木の下に停めてあった彼のライドキャリバーが、エンジン音を轟かせる。
     可哀想なほどの、一方的展開。
    「目を覚まして下さいっ! お花見の場を荒らすことはお互い望んでないはずです!」
     身構えた少年の後ろに素早く回り込んだレイラが、そのまま少年の体をしっかりと捕まえた。背中に当たるラッキースケベを堪能する余裕もなく、空中に投げ出された少年を目掛けて志歩乃が斬り込む。
    「ジンギスカンもいいけどっ! お弁当にはお弁当のよさがあるべさー!」
    「うあっ……!」
    「北海道のお花見パワーを私に……! 桜前線キぃーックっ!!」
     追い打ちをかけるように、遠野の跳び蹴りが鮮やかに決まった。



    「うぅ……焼肉とジンギスカンの違いってなんだべか……ぐぎぎ……! ……っ、はっ!? あ、あれ……?」
    「……あ、気が付きました?」
     ぱちぱちと瞬きを繰り返す少年の頭を膝にのせたまま、レイラはにこりと笑ってみせた。
    「えっと……俺……」
    「怪我は……大体治っているな。気分はどうだ?」
    「あ、うん、大丈夫」
     フーゴの問いかけに、まだ少しぼんやりしながらも、少年はしっかりと答える。
    「起きられそう?」
    「あ、ありがとう……」
    「本当に大丈夫? 無理しないでね!」
     雪緒の手を借りて、少年は半身を起こした。憑き物が落ちたような、とはまさにこの事だろうか。どこかすっきりした顔つきで、少年はゆっくりと辺りを見回す。
    「よかった……!」
     少年の中でくすぶっていた闇を払うことができた確信。雪雨は胸に両手を当てて、安堵の息を漏らした。
    「ごめん、俺さ、何か迷惑かけたっぽい……?」
    「ふふっ、愛ってね、押し付けたって意味が無いんだよ。自分が好きなものを好きになって欲しいって気持ちはわかるけどね」
     困ったように眉を曲げて自分の頬を指で軽く掻いている少年に、遠野は少し可笑しそうに言いながら手を差し伸べる。
    「ま、ゆっくり勉強していこうよ。一緒に、さ」
    「え……?」
    「お花見の続き、一緒に楽しみましょう!」
     遠野の手を取って立ち上がった少年のもう片方の手を、レイラが引っ張っていく。
    「行きましょう。美味しい物は、皆で食べたいです」
     雪雨も少年の背中を押して促した。
     その先にあるのは、お花見を楽しむ皆の笑顔。
    「追加の肉も野菜も、まだまだあるぜ!」
     せっせと焼き役に回って、できたものを振舞う熱志。
    「……っ、なに本気にしてんのよバカ!」
    「うわっ! なにすんだこのバカつぐ!」
     言い合いながらも、焼けたジンギスカンをつつき合う鶫と誠の姿は、見ていてとても微笑ましい。
    「はいどうぞ! 君も、道産子ならわかるでしょう? 花と人の笑顔があるからこそ、ジンギスカンは美味しいんです」
     そっと近づいてきた徹が、甘納豆の入ったお赤飯のおにぎりを差し出してくれる。
    「ていうか、花見しながら焼肉できるだけありがたいよねー……私の実家って農家だからこの時期忙しくて……やっと落ち着いたと思ったら花なんてもう散ってるしー……えへへっ、だからさ、今日はすっごく楽しいっ!」
     志歩乃も嬉しそうに笑って、取り分けたお弁当のおかずを少年にしっかりと手渡した。
    「はい、これっ!」
    「あ、ありがとう……」
     ひとくち。またひとくちと。少年は皆から貰ったおにぎりやお弁当のおかずを口にした。噛みしめる少年の瞳が、じわりと滲む。
    「綺麗な花の下で食う飯はどれも美味いもんだなァ」
     わざと顔を見ないようにしてやりながら、風は少年に新しく買ってきたジュースを差し出し、にっと笑う。
    「けどよ、一番はこうやって楽しんで食うことが花見のメインなんじゃねェの?」
    「うん……そうかもしれないな……」
     少年はこの日、全てを知った。自分を救ってくれた灼滅者の事。そして、彼らが通う、学園の事も。
    「武蔵坂学園、か……」
    「学園に来たらちゃんとジンパで歓迎してやるよ」
     小さく呟く少年を見やり、幸太郎はやれやれと息をつく。そうして、缶コーヒーをひとくち啜ってから、仰向けに寝転んだ。
    「桜の舞う中を寝れるなんて贅沢だな……」
     聞こえてくる楽しげな笑い声。柔らかい春の風と、舞い散る桜。
     それから、ジンギスカンの焼ける音と美味しい匂い。
     色んな楽しみ方はあるけれど、北海道のお花見は、これがなければ始まらないようだ。

    作者:海あゆめ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 1
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