投げられた賽の目の一つ

    作者:ねこあじ

     海波を利用して浜辺にごろりと転がったそれは、止まることなく砂浜を進んでいく。
     それは止まった事が無い。常にごろりごろりと日本の陸地を転がり、海面を漂い、たくさんのモノを巻き込んできた。やがて肉塊となって。
     だがこの日、砂浜を転がっていたそれは岩場に入る前『初めて』ぴたりと停止する。西日本に位置するある海岸。
     大きくなった肉塊からは、薄汚れた骸骨が産み出された。岩に手を掛け立ち上がる骸骨。
    「主、ドコ」
     星空を仰いだ骸骨の左眼窩には『智』と書かれた玉がはめこまれている。
     骸骨は左眼窩に、やはり骨だけの手をかざし――次の瞬間には、黒いローブに頭から足元まで覆われていた。
     骸骨の手には大鎌。誰かが見れば、死神だと判断するような装いだった。


     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は、集まった灼滅者へと一つ頷き、説明を始めた。
    「灼滅された『大淫魔スキュラ』は、やっかいな仕掛けを遺していたらしい」
     新宿防衛線にて灼滅されたスキュラ。彼女は生前、八犬士が集結しなかった場合に備えて『予備の犬士』を創りだす仕掛けを用意していた。
    「スキュラが放った数十個の『犬士の霊玉』は、人間やダークネスの残骸を少しづつ集め、スキュラの新たなる配下――ダークネスを産み出すものらしい。
     俺たちが行った予知の段階では、霊玉は『大きな肉塊』となっているが、この状態で倒してしまうと、霊玉はどこかへと飛び去ってしまう」
     霊玉を逃せば、また日本のどこかで転がり始めてしまうだろう。
    「産み出されたこのダークネスは、誕生後しばらくは力も弱いままだが、時間が経つにつれ『予備の犬士』に相応しい能力を得ることになる――故に、短期決戦。待ち構え、産まれた瞬間のダークネスを灼滅してほしい」
     ヤマトは拳をつくる。
    「もし戦いが長引けば、闇堕ちでもしない限り勝利することはできなくなる。
     素早く、確実に、この敵を灼滅してくれ」
     言い終わると同時に、息を吐き出すヤマト。灼滅者一人一人と目を合わせた。
    「では、この霊玉について説明しよう」
     海岸の岩場まで転がってきたそれは、ノーライフキングである骸骨を産み出す。
    「時間帯は真夜中。満月の近い日だ。肉塊は静かに砂浜を転がってきて、岩場前で停止する。
     攻撃するタイミングは任せるが、産み出されるまでは姿を見せないようにしておいた方がいいだろう」
     骸骨はエクソシストと咎人の大鎌に似たサイキックを扱う。
     敵だと認識すれば積極的に攻撃を仕掛け、戦闘能力は徐々に高くなる。
    「このダークネスは、スキュラの保険だった。八犬士の空位を埋めるべく創られた存在。
     仮に力で本来の八犬士に及ばなかったとしても、野に放てばどれ程の被害を生み出すか、想像もできない。
     この敵を予知できた今が好機だ。しかし油断することなく、戦いに挑んでほしい」


    参加者
    御子柴・天嶺(碧き蝶を求めし者・d00919)
    フィクト・ブラッドレイ(猟犬殺し・d02411)
    志賀野・友衛(高校生神薙使い・d03990)
    住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)
    炎導・淼(武蔵坂学園最速の男・d04945)
    ヘキサ・ティリテス(白熱の道・d12401)
    高辻・優貴(ピンクローズ・d18282)
    オフィーリア・レーグネン(沈み征くローレライ・d26971)

    ■リプレイ


     煌々とした月の明かりからも隠れるように、灼滅者たちは岩場の影に身を潜めていた。
    「(塵も残さず殲滅する)」
     フィクト・ブラッドレイ(猟犬殺し・d02411)が解除コードを小声で呟く。同様にそれぞれ武装をはじめる七人。
     絶え間なく響く波音が世界を支配しているかのようだ。よせては返す波にオフィーリア・レーグネン(沈み征くローレライ・d26971)は惹かれるが、すぐに注意深く、砂浜へと視線を移した。
     ほぼ丸い月、快適な夜の空気と涼しい風。これが普通の日常における夜だったならば、気持ちよくギターを弾くのに適した夜だなと、やはり警戒している高辻・優貴(ピンクローズ・d18282)は思った。
     霊犬のモモも大人しく伏せている。
     岩と岩の隙間から砂浜を観察していた炎導・淼(武蔵坂学園最速の男・d04945)が近付く肉塊に気付き、軽く手をあげた。その合図が緩やかに身を潜める七人へと伝播していく。
     と同時に波とは違う、砂を踏みしめ続ける音が聞こえ始め、やがてぴたりと止まった。
     肉壁を破り、中から骸骨が這い出てくる。肉厚な音、乾いた音、両方とも気持ちの悪い音だ。
     様子を窺っていた志賀野・友衛(高校生神薙使い・d03990)は、詰めていた息をそっと吐いた。
    (「魂が無ければダークネスは生まれない。――だとしたら、残骸から生まれたこれは一体何者だ?」)
     御子柴・天嶺(碧き蝶を求めし者・d00919)は、骨の手が岩に乗るのを視認する。
    (「生まれたばかりで少し気は引けるが……貴方の存在は危険すぎるので」)
     敵が立ち上がり――その瞬間、天嶺が構え、月光を照り返す薙刀の刃が闇を切るように一閃した。
    「螺旋を描き敵を貫け……」
     岩場から跳躍する勢いそのままに、真下に位置した敵を穿つ。
    「俺の槍でさっさとくたばっとけよ!」
     逆に突き上げるのは住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)。捻りを加えた一撃に、乾いた骨の音が鳴る。
     そのまま真横へと槍を薙ぐ慧樹。空を切る音と骨の砕ける音が響いた。
     二人の攻撃とともに骸骨の胴を『鞘』で打った友衛は、そのまま片手半剣を引き抜いた。青の剣身が、仲間の炎に煽られ輝く。
     その身ひとつで飛び退く骸骨に、炎を纏う淼とヘキサ・ティリテス(白熱の道・d12401)が大きく跳躍した。
    「ウサギとの共闘ってのは初だな。俺、足速いからな? しっかりついて来いよ!」
    「それはこっちの台詞だぜェ、炎導サン!」
     着地したヘキサのレガリアが、摩擦により火花を散らし一瞬で燃え輝く。
    「喰い千切れェ! 火兎の、『牙』ァアアアッ!!」
     敵の懐に滑りこんだヘキサの蹴りが、白き一閃を描き肋骨部分に喰い込む。
     そのまま振り切るヘキサから間髪入れずに踏みこんだ淼が拳を撃ち、引き抜けば宿した炎の残滓が隙間だらけの骸骨から垣間見えた。
     影を蝙蝠羽のように携えたフィクトが、闇から抜け出る。炎に目を奪われていたらしき骸骨の胴を彼の影が貫いた。
     薙ぎ払えば影が闇に散るように溶け、フィクトの持つ槍が姿をみせる。
     浜を駆けたモモが斬魔刀で斬りこむなか、二重の音波が厚みをもって骸骨を叩いた。
    「夜の海でセッションできるとは、な!」
     重低音を放つ優貴と、透き通るような音を放つオフィーリア。音楽に対して優れた感性を備えているかのような二人の音は、不思議と調和していた。
     ――この時、オフィーリアの首から提げた防水のタイマーが一分を表示しようとしている。
     骸骨は今だ武器を出現させることなく、その隙に灼滅者たちは畳みかけるように攻撃を続けた。


     三度目の攻撃。
     異形巨大化させた腕を振り抜いた友衛は、骸骨が彼女の攻撃に構うことなく左眼窩に手をかざすのを視認した。
     智の霊玉から大鎌が出現する。一瞬だった。瞬く間に黒の衣も、鎌も、装備されている。
    「……っ」
     鬼の腕を引き、離脱しようとする友衛の身体を大鎌がとらえた。咄嗟に一歩を踏み出した友衛の背に刃は回りこみ、長柄に強打され体勢を崩す彼女を黒き波動が追う。
     そのまま波動は走り、前衛の灼滅者を薙ぎ払っていった。
     だが。
    「……?」
     骸骨が首を傾げた。
    「ウマク、当タラナイ……?」
     思っているよりも致命傷となる攻撃にならなかったことが、不満のようだ。それもそのはず、エクスブレインの予知がある以上、灼滅者は万全の態勢で依頼に挑むのだから――。
    「智の犬士はまだ死んでねーぜ?」
     接敵した慧樹の言葉にやはり骸骨は不思議そうにしていたが、同じく間合いに飛びこんだ淼の纏う炎へとすぐに意識を逸らす。
     振られる鎌を潜り抜け腰を落とした淼が、真っ直ぐに、正中を突く。回転する鎌の長柄に腕を払われるもその身はすでに距離を取っている。
     この間、死角に位置取った慧樹が骸骨の殺戮経路を辿った。死角から前方に移動した慧樹は、今だ回転する鎌から逃れるように砂を蹴り大きく跳んだ。
    「カンナビスが居るし、お前が生まれても意味ねーんじゃねーのっ!」
    「主ノ駒ニナルノガ、我ガ望ミ」
     犬士がいようがいまいが、戦力の一つになれるのなら、と。灼滅者の牽制を捌きながら骸骨はたどたどしく答えた。
    (「生まれたてでこの忠義心かよ」)
     淼が考えるのと同時に、フィクトもまた、影を展開させながら冷静な目で敵を観察している。影が地を走った。
     あえて、スキュラの灼滅については語らない。
    (「忠誠を誓っているダークネスなのだろうか?」)
     フィクトの影が形を変える。地面を走る影がぶわりと地上這い出し、そして羽を模す影が敵に噛みつき覆った。


     最初に攻撃を仕掛けたタイミング。
     そして装備により、回復手も手番をかなりの確率で攻撃にまわすことができた。
     優貴は、仲間が骸骨の隙を、鎌の間合いを抜けるべく支援、牽制していたガトリングガンの銃口をあげた。
    「俺の歌を聴きやがれ!」
     夜空に大きく銃の音が響き渡った。それと同じ音階を一つ、優貴は声にのせ歌い出す。
     神秘的な歌声を敵に聴かせるように、そして惑わすように。
     モモが六文銭を撃ちながら駆け抜けた。
     その攻撃を振り切る動きで骸骨が駆け、大鎌を振り上げる。回転させたのち、間合いを取る灼滅者たちの一人へと一気に距離を詰めた。刃先が定めたのは天嶺。
     大鎌は予測のできない動きで、簡単に軌道を変更する。
     かろうじて手にある武器を間に滑り込ませるも自身の肩にも刃を受け、止めた天嶺だったが衝撃は大きい。血が鎌の刃を伝っていく。
     消耗の始まる前衛――この時は天嶺へと、オフィーリアは天使を思わせる天上の歌声を届けた。
     癒しの力を内包する声、詞はドイツ語で表現され丁寧に歌い上げられる。
     そうしながらも敵を注視するオフィーリアは、骸骨が攻撃するたびに巻き上がる炎に気が付いていた。
     身を焦がす炎は着実に灼滅の道へと導く、標のようだった。
     攻める敵の背後をとる、ヘキサ。
    「ドクロはドクロらしく、あの世で大人しくしてろっつーの!」
     回し蹴りを一つ、もう一回転したヘキサは跳躍し流れるような蹴りの乱舞へと移行する。
    「ホラホラ、どーしたァ! 捌きが追いついてねェぜェ!」
     そこに態勢を立て直した天嶺の拳が、紫のオーラを纏い敵を貫く。
    「無数の拳の前に打ち砕かれよ……」
     続く連撃に打ちのめされる敵が、二人の攻撃を振り切ったのは残り数発というところだった。
    「主ガ来ル前ニ、殺ス……!」
     初手、次手ともに攻撃を重ねられたのは、敵にとって痛手でもあった。大鎌を振れば、付着していた灼滅者の血が飛沫し砂浜に落ちる。
     骸骨の主は、来ない。
     それを知っているが故に、敵の言動を気にすることもなく灼滅者たちは攻撃に専念する。


     敵の一撃が重くなっていた。
     滴る血が、砂に吸収されていく。灼滅者の攻撃は当たる、だが敵の精度もまた増加していた。
     夜空をさっくりと裂くように一つ二つと無数の刃が出現するさまにフィクトが気付く。
    「来るぞ」
     落ち着き払った声で告げ、一瞬の判断で、フィクトはクルセイドソードをかざした。ゆるゆるとした風が発生するも、風はすぐに前衛を包むべく冴え冴えとした空気を纏い駆け巡る。
     優貴が淼へと癒しの歌声を、オフィーリアが仲間に立ち上がる力をもたらす音を奏でた。

     緋色の輝きが弧を描く。
     駆け抜け様に斬りつけた友衛は、炎を纏う骸骨を肩越しに視線を滑らせる。衣の面積が少なくなってきている。それを確認した視界の端に、いくつもの刃が空に在るのを友衛は見た。
    「気をつけるんだっ」
     次の瞬間、上空から無数の刃が前衛へと降り注いだ。鋭く空気を切る音が灼滅者の耳を打つ。
    「倒ス……殺ス!!」
     攻撃をしながらも炎に襲われている骸骨が、高々に声をあげた。
    「……ッ、今よ」
     オフィーリアの特徴的な声が耳に届く。彼女の声に促されて敵を見れば、骸骨のローブが焼け落ちていくところで。そして彼女のタイマーが一度目のアラームを鳴らした。
     慧樹めがけて振り落とされる刃を跳躍したモモが受け、明慧黒曜をぐっと握り慧樹は駆ける。
    「行って来い! ウサギ!!」
     淼の組んだ手に足を掛けたヘキサは、助力を得て高く跳躍した。モモと同様地面に縫いとめられるように、淼の腕に刃が突き刺さる。祝福の言霊を含む風が、歌声が、音が彼らを包みこんだ。
     自力で降る刃を弾いた天嶺も接敵する。
    「炎には浄化の力があるんだ……焼き尽くせ!」
     着地と同時に足を大きく捌いたヘキサがレガリアを駆る。
    「キモいドクロだぜ、キレーに骨まで焼いてやらァ!」
     喰い込む牙のような一撃を放てば炎のなかで骨が砕ける音がする。ヘキサが間近に見る霊玉は、炎に煽られ輝いているようにも思えた。
    「主ニ、会ウ、マデハ……!」
    「スキュラも面倒なことをしてくれたもんだぜ――この炎で燃え尽きろ!」
     炎を宿した慧樹の一突きが骸骨を貫く。
     この一撃で事切れたのか、慧樹の腕に武器だけではない重さが加わった。そのまま軽く払えば、骨は細かな粒となって散っていく。
     だが、まだ終わりではない。確認せねばならないことが彼らにはあった。
     探しはじめる三人と駆け寄る五人と一匹。
    「霊玉は」
     フンフンと灰のような山をモモが嗅ぐも、出てきたのは砕けてしまった霊玉。
     それもまた徐々に細かな粒となっていき、骸骨の灰と同化し、最終的には消えた。

     傷だらけだが全員無事――そのことに大きく息をついて安堵する友衛。
     灼滅された骸骨が消え去るのを確認したあと、破れ、砂だらけの制服をパンと叩いた。
     優貴も砂だらけになっているモモの体を、優しく払っている。
    「この骸骨は、スキュラの灼滅を知らなかったようだな」
     フィクトが言う。
     スキュラ健在のなかスキュラダークネスが作り出されていれば、一体どうなっていたことか。
     ついそんなことを考えてしまう。
    「まァ、その本人がとっくに死ンでるンじゃ、今となっては意味ねーけど」
     頭の後ろで両手を組み、背筋を伸ばすヘキサが言った。ウサギの耳がぴこっと動く。
    「ですが、犬士補充用の霊玉がまだ無数に在るなんて……」
     スレイヤーカードに武器をおさめながら言った天嶺は短く息をついた。
    「……やっかいな仕掛けだな」
     見つけ次第一つ一つ、潰していくしかないと淼が続ける。
     うんうんと頷く慧樹。
    「何にせよ、敵は潰すだけ!」
     敵は強いが、きちんと力を合わせれば灼滅も可能だ。
     波音が響く夜の海に静寂が戻る。オフィーリアは、タイマーを見た。
     十二分、三十秒と少し。
     この日。予備の犬士スキュラダークネスが一体、灼滅された。

    作者:ねこあじ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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