不死鳥を射て

    作者:温水ミチ

     運命の道から放り出された『霊玉』は、あてどなく転がり続ける。
     ときに人の屍の上を、ときに同胞の残骸の上を、ころり、ころり。
     数多の死を巻き込んで、絶望や無念に比例するように霊玉は肥大した。
     ――そうして、ついに霊玉が辿りついた終着点は山深き、美しい水辺。

     ギャァと名も知れぬ鳥が鳴いた時、肉塊と化した霊玉から少女は生まれた。
     その背には、白い骨に水晶の薄膜が張った小さな翼。
    『……主様』
     呆然とか細い声で呟く、その喉元には『悌』の字の『霊玉』が。
     羽ばたきが起こしたかすかな風に、ふわりと淡い金の髪が揺れていた。

    「さあて、お耳を拝借。……大淫魔スキュラは、とんだ厄介事を遺してったらしいねえ」
     九郎の言う厄介事――それは、生前にスキュラが放っていたという『犬士の霊玉』だ。
     霊玉はそもそも、八犬士が集結しなかった場合に備えてスキュラが用意していたのだという。放たれた数十個の霊玉は人間やダークネスの残骸を少しづつ集めながら転がり、最終的に大きな肉塊となるようだ。そして、そこから生まれるのは『予備の犬士』となる新たなダークネス。
    「このダークネス、生み出されてから時間が経つにつれ予備の犬士に相応しい能力を得ちまうらしい。かと言って生まれる前……肉塊の状態で倒しちまうと、霊玉はどこかに飛び去っちまう」
     つまり、と前置いて九郎は言った。このダークネスを倒すならば、肉塊から生まれた直後を狙い撃つしかない。そして、ダークネスが相応しい能力を得てしまうよりも早く灼滅してしまう必要があると。
    「生み出されたダークネスはノーライフキングの少女だ。幼い外見をしてるがねえ……舐めてかかれば、痛い目を見るどころじゃすまなくなるよ」
     渋い顔でそう告げる九郎。
     生み出されたノーライフキングの少女は淡い金の髪に、水色の大きな目。白くゆったりとしたローブを纏い、身体よりも大きな杖を握る手は白骨化している。そして、背中には白骨に水晶の薄膜が張った小さな翼。
     彼女が『主』を探す姿はあどけない。しかし杖を振るい繰り出す攻撃は強力で、さらに時間の経過と共に重さを増していくのだ。何より、さっさとカタをつけたいというのに少女は自らを癒す術に長けている。
    「八犬士の空位を埋めるべく創られたダークネス……野に放たれれば、どうなっちまうか」
     例え力では八犬士に及ばずとも、一体どれほどの被害が出るか分からない。だからこそ放置はできないと九郎は言う。だが、そのダークネスを倒すということは教室に集った灼滅者達の身に危険が及ぶという意味でもあった。
    「戦いが長引いちまえば、お前さん達は圧倒的に不利だ。不利になっても勝ちを掴みたいなら、闇堕ちの覚悟すら必要になっちまう」
     だが、そんな事態にはなってくれるなと九郎は祈るように呟く。
    「だから、さっさと片付けちまってさ。……そんで、皆で無事に帰ってきておくれよ」
     励ますように笑った九郎に見送られ、灼滅者達はダークネスの元を目指すのだった。


    参加者
    由津里・好弥(ギフテッド・d01879)
    アリス・セカンドカラー(不可思議の森の吸血姫・d02341)
    姫条・セカイ(黎明の響き・d03014)
    高峰・紫姫(白銀の偽善者・d09272)
    レナ・フォレストキャット(山猫狂詩曲・d12864)
    廣羽・杏理(トリッククレリック・d16834)
    リリー・アラーニェ(スパイダーリリー・d16973)
    馬場・万(思念体バナーブ・d19989)

    ■リプレイ

    ●数多の屍肉より孵る
     暗い夜を、山の奥深くへ向かって灼滅者達が歩いていく。どうやら彼らが目指す水辺は近いようだ。生き物達の気配に交じって、サアサアと水の流れる音が静かに響いている。
    「スキュラも困ったものを遺してくれます」
     道を確かめるようにしてランタンを掲げながら、廣羽・杏理(トリッククレリック・d16834)が呟いた。それに、先を歩いていたレナ・フォレストキャット(山猫狂詩曲・d12864)がくるりと振り返って頷く。
    「あの灼滅されたスキュラが、こんな形で霊玉を残していて、それがダークネスを生み出す装置になってるなんて、思えなかったにゃん」
     負の遺産とも言うべき『霊玉』――何とかして破壊できないものかとレナ。
    「予備の犬士のために数十個ですか。随分用意周到……というか多くないですか? スキュラ自体の予備がいても驚かないですよ」
     カンテラの光に浮かび上がる木の根をひょいと避けながら、由津里・好弥(ギフテッド・d01879)は溜息をもらす。
    「今の犬士さん達も結構霊玉出身なんじゃないですか? 勧誘されて違う種族の傘下に加わる程、スキュラに魅力があった様には思えないですし」
     さらに好弥は肩をすくめながら、そう続けた。
     ともあれ、間もなく霊玉から生まれてくる雛鳥――ノーライフキングの少女はスキュラの灼滅された今、生まれながらにして主のいない『予備の八犬士』となる。
    「親を求める雛鳥の如く、か。思うところも無くはないが、そんなもん全くの無意味だよな……」
     探せども親鳥はもうこの世にない雛鳥を思って、馬場・万(思念体バナーブ・d19989)が表情を曇らせれば。
    「ダークネスとはいえ生まれたての魂の灼滅。人の世に仇なす存在といっても……」
     姫条・セカイ(黎明の響き・d03014)もそっと目を伏せたが。
    「いえ、その罪は甘んじて受けましょう」
     何かを断ち切るように言ったセカイの、ランタンを持つ手にほんの少し力が入る。同時にセカイの目がちらりと背後を見た。
     そこに伸びるのは、灼滅者達が辿ってきた道を示す赤い糸だ。もしも雛鳥との戦いに敗北するようなことがあれば、この糸が文字通り灼滅者達の生命線となるはずだった。自分の足に繋がるこの糸が役に立たなければいいと、セカイは再び行く手を真っ直ぐに見据える。
    「そうだね。生まれたてで悪いけど……野に放つわけにはいかない」
     道を塞ぐように伸びた木の枝を避けながら杏理もそう続けた。
    「それに、今回求められるのは短時間での決着よ。見た目や境遇に躊躇すれば……こちらの敗北に繋がりかねないわ」
     リリー・アラーニェ(スパイダーリリー・d16973)の言葉に灼滅者達は頷いて応える。
    「ふふ、何して一緒に遊ぼうかしら♪」
     一方で、まだ見ぬ雛鳥の姿を思い描いたアリス・セカンドカラー(不可思議の森の吸血姫・d02341)が楽しげな笑みを浮かべた。――と、その時。
    「見つけました……。あれが、スキュラの遺産……」
     囁いた高峰・紫姫(白銀の偽善者・d09272)の指差した先に、確かにそれはあった。最早『霊玉』と呼ぶには禍々しい屍肉の塊。肉塊はドクリドクリと胎動するように震え、よく見ればその一部に亀裂が入り、雛鳥と思しき姿が見えている。
    (「どうしてだろう……。スキュラの名前に心が疼く……なぜ……?」)
     紫姫は心のまま誘われるように霊玉へと足を踏み出し、仲間達もまた武器を手にそれに続こうとしたが。
    「待つにゃん!」
     それを制したレナの手。雛鳥はまだ完全に孵ってはいない。今のまま攻撃を仕掛ければ、雛鳥を灼滅することができない可能性があると。灼滅者達はその言葉に足を止めた。
     そしてもう少し、もう少し、灼滅者達がじりじりと時を待つ一方酷くゆっくりと崩れていく霊玉。――やがて屍肉の中で膝を抱えていた雛鳥が、ついに立ち上がった。
    「今だにゃん!!」
     瞬間レナが仲間達に時を告げれば、灼滅者達は弾けるように走り出した。

    ●本能の目覚めへと、時を刻む
     涼やかな水音を背に、屍肉の中に立つ雛鳥。淡い金の髪の少女は、駆けてくる灼滅者達を大きな水色の目でじっと見つめ――不意に、抱きしめるようにして握っていた杖を、カンと大地に打ちつけた。すると、杖は激しい雷を呼び起こし。
    「……っ! レナさん危ない!」
     轟く雷鳴。咄嗟に伸ばした杏理の手がレナの身体を引き寄せ、代わりに杏理の身体を激しい雷が打つ。歯を食いしばり衝撃に耐える杏理へと、セカイはすぐさま癒しの矢を放った。
    「狙うならこちらですよ。……私にも、誰かを守るくらいはできるから」
     ランプを点し戦場にまた1つ明かりを投じた紫姫が、縛霊手を振り上げ雛鳥の視線を引きつけるようにして飛び出していく。
     しかし雛鳥は灼滅者達の攻撃にも大きな動揺は見せず、ただ『何か』を探すように視線を彷徨わせていた。
    「主を探しているのかしら?」
     雛鳥の様子を注意深く見つめていたリリーはそう推測しつつ、炎をその身に纏うと雛鳥へと飛びかかる。
     瞬く間にリリーの炎を包まれた雛鳥は初めてその顔を苦痛に歪め――次の瞬間、まるで獰猛な獣のように灼滅者達へと吠えた。
    「へぇ、可愛い顔して中々……えげつねぇじゃねぇか!」
     ビリビリと空気を震わせる声に驚きの表情を浮かべた万だったが、すぐに可笑しそうに笑い出す。それに、くすりと杏理の小さな笑いが重なって。
    「可愛い顔して、ってのは僕が一番知ってることです」
     言いながら杏理は破邪の斬撃を繰り出し、間髪入れずに好弥の槍も雛鳥を穿った。白いローブを血に染めた雛鳥は歯を剥き出して威嚇するが、次いでそれを牽制するように万が手裏剣を放つ。雛鳥へと刺さった手裏剣が爆ぜれば、雛鳥の身体は爆風に煽られるように吹き飛んだ。
    『……主様以外、何人たりとも、わたしの前に立ちはだかることは許さない』
     地面へと倒れた小さな身体へ絡みつく、レナの影。雛鳥はそれを振り払い立ち上がると、幼い容姿にはまるでそぐわない剣呑な視線で灼滅者達を睨みつけた。
    「ねぇ、アリスと遊びましょ?」
     そんな雛鳥を、拒否権などないとばかりに遊戯と言う名の殺し合いへと誘うアリス。
    「あはははは♪ 切り刻んであげる☆」
     素早く死角へ回り込んだアリスは、険しい表情の雛鳥を切り裂こうとした――が。
    『なら、遊んでやる。そして地に伏し、主様のあゆむ道となれ』
     ひらりと身をかわした雛鳥が、唇を歪めて笑う。その身体は癒しの力を宿した光を纏い――冴え冴えと輝いた。

     時間が経てば経つほど、力を増していくという雛鳥。ならば一気にカタをつけるまでと灼滅者達はひたすらに雛鳥の命を削ぎ落していく。だが雛鳥は癒しの力を持ってそれを補い、時折激しい攻撃を放っては少しずつ灼滅者達の力を奪っていた。
     そしてまた、降臨した十字架から放たれる無数の光が前衛達へと間断なく襲いかかる。
    「うにゃん、とりあえず、がんがん行くにゃん」
     痛みに顔を顰めながら、それでも挫ける訳にはいかないとレナはロッドをぎゅっと握りしめた。狙うは雛鳥の喉元『悌』の霊玉。叩きつけたロッドの先から雛鳥へと魔力は流れ込む。
     雛鳥が爆ぜ、たたらを踏んだ。その隙に杏理は前線に立つ仲間達へと祝福の言葉を唇に乗せる。吹き渡った癒しの風を受けた万は腕を鬼の物へと変じると、雛鳥を渾身の力で薙ぎ払った。
    「悪くない悪くないわあなた。さぁ、この殺し愛をもっと、もっと愉しみましょう♪」
     可愛らしい見た目からは想像もつかぬほどに重い雛鳥の力。それを間近で味わったアリスは楽しそうにぺろりと唇を舐め、雛鳥へ絡みつくと注射器を突き刺し命を吸い上げた。
     雛鳥はセクハラ紛いのアリスを苛立たしげに振り払うと、奪われた力を補填するように裁きの光条をその身に降らせる。
     セカイもまた、消耗の激しい前衛達を励ますように浄化の風を招いた。優しく傷を癒していく風をその身に受けながら、紫姫が深く息を吸い込んだ。――だがその脳裏に過るのは、雛鳥ではなく。
    (「心が疼く理由……本当はわかってる。彼女に惹かれる部分があったから」)
     対峙することもないままに灼滅されたスキュラ。相容れないとは理解していても、せめて言葉を交わしてみたかったと、闇を望む心を内包する紫姫は思う、けれど。
    「でも私は灼滅者。闇に飲まれるわけにはいかない。……スキュラの遺産を見逃すわけにはいかない」
     紫姫は自身を支えるように言葉を紡ぎ、そして歌う。仲間達を癒す歌を。
    「……そう簡単には倒れてくれないわね」
     時間は刻々と過ぎていく。リリーは呟くと、唸りを上げて回転する杭を雛鳥へと捻じ込んだ。
    「闇落ちさせる手間もないインスタントダークネス……なのに強いなんてずるい」
     好弥がぽつりと言いながら呼び起こした渦巻く風の刃を、しかし雛鳥はまるで舞うように交わした。その軽やかな動きに、灼滅者達は悟る。時間と共に雛鳥は確かに強さを増していることを。急がなくてはと誰もが思ったその時、雛鳥はすっと天へと伸ばし――。
    「いけません……!」
     好弥を突き飛ばした紫姫が、放たれた光条を一身に浴びた。痺れるよう痛む身体。ぼやけ揺れる視界に紫姫は雛鳥の姿を見て。
    「貴女の主人はもう居ないんです。貴女も早く……」
     紫姫は意識を失うと、力なく大地へと倒れた。

    ●そして、雛鳥は主の元へ
     紫姫が倒れ、戦いは一層激しさを増していった。雛鳥は全身に傷を負いながらも着々と本来の力に目覚めていき、灼滅者達には消耗の色が滲み始める。
     最早、残された時間は少ない。レナは思いごと叩きつけるようにロッドを振り下ろした。
    (「急がなくちゃ、いけないみたいですね……」)
     杏理の目にも明らかな、仲間達の消耗。かと言って守りを固めれば、その間に雛鳥は手の届かぬ力を手にしてしまうだろう。意を決し固めた拳で雛鳥の身体を打ち抜けば、その手に伝わる感触に杏理は顔を顰めた。
    「どうした? かなり辛そうだな。それじゃ、そろそろ終わりにしてやるよ!」
     声を張り上げ、ふらついた雛鳥をジグザグに斬り裂いた万の胸中にも『もしも』の思いが過る。もしも、このままで雛鳥を倒すことができなければ、その時は――と。
    「気持ちよーく逝かせてあ・げ・る♪」
     押し切れるか、それとも傷を回復するか。アリスは逡巡し――ボロボロになった雛鳥を見て攻めることを選んだ。手中の注射器を突き刺した先は雛鳥の静脈。注ぎ込まれた毒が体内を巡り、雛鳥は苦しげに身悶えた。だが、杖を支えに荒い息を吐きながらも雛鳥はまだ――倒れない。
    『……そろそろ……遊ぶのにも飽いた』
     雛鳥が殺し合いの終わりを告げ、アリスの身体へと打ちつけられた杖。そこから溢れた魔力がアリスの体内を暴れまわり――爆ぜた身体が崩れ落ちた。
     いよいよ、仲間達の顔に滲み始めた『覚悟』の色。だが、セカイはそれを断ち切るように声を張り上げる。
    「まだです! まだ終わりではありません! 確かに強い……でも、だからといって誰1人の犠牲も、闇堕ちも出したくありません!」
     だからどうか諦めずに。セカイの思いは浄化の風と共に、仲間達の元へと届く。
    「皆で、全員で笑顔で帰るのですッ!」
     その声に応えるようにリリーは己の利き腕を雛鳥へと突きつけた。巨大な砲台を飲み込んだそこから放たれる『死の光線』は真っ過ぐに雛鳥へと放たれる。
    (「力不足で死ぬ覚悟も、犠牲を背負って生きる覚悟もあります」)
     だからこそ、と好弥は槍を手に雛鳥へと走り、そして。
    「最後まで、諦めることはしません」
     杖に体重を預け立つ雛鳥の急所を、好弥は断った。槍を引き抜けば雛鳥の口から血が溢れ、そして白いローブを赤で染める。白骨化した手からは力が抜け――杖と共にドサリと倒れた雛鳥の目が焦点を失った。
    「なんとかなったにゃん」
     動かなくなった雛鳥にほっとしたように笑顔を浮かべ、倒れた仲間達の元へと駆けていくレナ。
    「不死鳥の雛って言う位ですからね……」
     倒れた雛鳥を油断なく見つめていた好弥も、やがてその身体がボロボロと朽ち始めたのを見て安堵の溜息を漏らす。
    「貴女をスキュラの呪縛から解き放ちたい……。灰の中から産声を上げる不死鳥の如く、今度は戦わなくても良い生き方を……」
     崩れゆく亡骸の側へと膝をついたセカイは、そっと雛鳥の喉に触れた。しかし『悌』の霊玉もまた、雛鳥の身体と同じようにボロボロと砂の如く朽ちていき――程なく、雛鳥は闇に溶けるようにして消滅した。
    「僕が君にしてあげられるのは、十字を切るくらいだけど」
     祈りを捧げる杏理を包むのは、涼やかな水音。耳を澄ませば山のどこかで、ギャァと名も知らぬ鳥が鳴いている。

    作者:温水ミチ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ