デッドラインは乗り越えない

    作者:飛翔優

    ●籠もり描きし同人作家
     中学の頃より、姉の手伝いで同人業界に足を踏み入れていた少年、赤坂楓。
     高校に入学、親元を離れ一人暮らしを初めて早一年。高校二年生を迎えた彼に、人生最大の危機が迫っていた!
     何故、こんな自体に陥ってしまったのかは分からない。しかし、拒否しなければならない状態なのは分かる。全力で抗わなければならない物だということは分かる。
     だから学校を休み、人との関わりを断ち同人誌執筆に没頭したのだ!
     誰かと会えば、心の中に宿りし闇に抗えなくなってしまいそうだから。事実、共に本を作る友人との電話でも、度々強い衝動に襲われていた。
     故に、彼は執筆に没頭する。心の闇、ノーライフキングの魔手に抗うため。……いつ、壊れてしまってもおかしくはない状態だけれども……。

    ●放課後の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、静かな笑みを湛えたまま説明を開始した。
    「とある郊外のアパートで、ノーライフキングに闇堕ちしようとしている少年がいます」
     本来、闇堕ちしたならばダークネスとしての意識を持ち、人としての意識は掻き消える。しかし、彼は闇堕ちしながらも人としての意識を持ち、ダークネスになりきっていない状態なのだ。
    「もしも灼滅者としての素養を持つならば、救いだしてきて下さい。しかし……」
     完全に闇堕ちしてしまうようならば、灼滅を。
     葉月は地図を広げ、件のアパートを指し示した。
    「少年の名は赤坂楓、十六歳の高校二年生男子。楓さんはこのアパートで、親元を離れ一人暮らしをしています」
     性格的には明るく、人当たりのよい好青年。同人誌作成という趣味を除けば、普通の高校生男子と変わらない。
    「同人誌の内容も、人柄が反映されてか明るいものが主みたいですね」
     今現在、楓は学校へ通わず家にこもり、同人誌執筆に没頭することで衝動を押さえ込んでいる。人に会えば力を用いてしまいたくなる……眷属にしてしまいたくなるからと、友人とも電話でしか連絡を取り合っていない状態だ。
    「ですので、まずはインターフォン越しの接触を。その際に上手く説明して、対面での説得を……と言った形になるのではないかと思います」
     仔細は任せる。そう告げた後、葉月は説得が成功するにせよ失敗するにせよ戦うこととなる、ノーライフキングと化した楓の戦闘能力を説明し始めた。
     力量は八人ならば倒せる程度で、破壊力に秀でている。
     動きを止める瘴気、毒に侵す息吹、防具を腐食させる霧、の三種を使い分けてくる。また、この全ての力は一定範囲内に存在する全員に向けられるため、留意しておく必要があるだろう。
    「以上で説明を終了します」
     小さく頭を下げた後、葉月は地図など必要な物を手渡した。
    「ノーライフキングのことがなければ、きっと、友人と明るく楽しい日々を過ごしていた……そう思います」
     ですので、と、葉月は静かな声音で締めくくる。
    「どうか、全力での救済を。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    アプリコーゼ・トルテ(三下わんこ純情派・d00684)
    姫乃木・夜桜(右ストレート・d01049)
    空飛・空牙(影蝕の咎空・d05202)
    志那都・達人(菊理の風・d10457)
    ミリー・オルグレン(妖怪顔面置いてけ・d13917)
    桜庭・遥(名誉図書委員・d17900)
    櫻井・椿(発育はいいほう・d21016)
    影龍・死愚魔(ツギハギマインド・d25262)

    ■リプレイ

    ●同人少年へのいざない
     抜けるような青空が広がる快晴の日、学生たちが勉学に励んでいるはずの午前中。
     ノーライフキングという闇を抱いてしまった少年、赤坂楓が住んでいるアパートの扉を前にした灼滅者たちのうち、ミリー・オルグレン(妖怪顔面置いてけ・d13917)が表情を仮面の内側に隠したままインターフォンを押していく。
     程なくして、内部との回線が開かれた。
    「はい、どちら様でしょうか?」
    「私達は――」
     ミリーは語る。己等の立場を。
     楓の力になるためにここへ来たことを。解決できる学園のものであることを。
    「君にはまだ理性があるはずだ。望むなら元の生活にも戻れる。けれどここで理性を失えい悪となるなら二度とかつての生活は戻らない。私たちは君を助けるためにここへ来たんだよ」
    「……」
     流れるままに綴った言の葉に、返答はない。ただ、息を呑むこともなく、かと言って耳を塞ぐ様子もなく、静かに聞き入ってくれているようだ。
     だから、ミリーは続けていく。
    「私達も同じ苦悩を持っている。苦しい時は私達が傍に居るよ。そうやって支えあってみんな生きているんだ。私はもう幸せを無くしてしまったけれど、君にはまだ取り戻せる可能性があるよ」
    「わたしたちなら力になれます。開けてください」
     ミリーの言葉が終わると共に、桜庭・遥(名誉図書委員・d17900)が精一杯の大きな声で最初の一歩を歩みだしてくれるよう願い出た。
     しばしの時が過ぎた後、楓は何かを考えながら……と言った調子で話し始めていく。
    「にわかには信じがたいけど……うん、全部合ってる。けど……」
     信用して良いものか。途切れた言の葉は、若干の疑念を持っているように感じられた。
     不安を吹き飛ばさん勢いで、空飛・空牙(影蝕の咎空・d05202)がけらけらと笑い告げていく。
    「大丈夫だって。割と何人も通ってきた道だ。なるようになるし何とかしてやる! ……なに、無理に俺らを信じろとは言わねぇよ。初めて合ったんだしな。ただ、あんた自身の未来くらいは信じようぜ?」
    「とりあえず、証も見せるっすよ」
     アプリコーゼ・トルテ(三下わんこ純情派・d00684)がわんこ耳をぴょこんと立てながら、一本の杖を握りしめた。
     ドアスコープの前に楓が移動した気配を感じた上で、地面に光の魔法陣を描いていく。
     魔力の矢を立ち上らせ、明後日の方向にぶっ放した。
     息を呑む音を聞いた上で、アプリコーゼは改めて語りかけていく。
    「これがその力っす、あっしらはこの力をもちながら人として生活をしているっす、抑える方法を知っているっす」
     返答は、それから一分後。
    「……分かりました。それで、僕はどうすれば」
    「できれば人気のない場所に移動したいわね。周囲に被害を出す訳にはいかないし」
     姫乃木・夜桜(右ストレート・d01049)が願い出れば、即座に返事が返って来た。
    「なら、裏の駐車場が良いでしょう。今の時間帯は、皆さん仕事に行っているはずですから」
     同時に鍵が開かれて、中から楓が顔を出す。
     頬はこけ、目元にはクマが浮かんでいたけれど……瞳には、力強い光が宿っていた。

     駐車場へと移動し、改めて楓と対面した灼滅者たち。
     更なる言葉を投げかけようとしている仲間たちを一歩引いた場所で見守りながら、影龍・死愚魔(ツギハギマインド・d25262)は念のため……と周囲に殺気を放っていく。
     人が寄り付かないようにした上で、櫻井・椿(発育はいいほう・d21016)が裏のない笑顔で口を開いた。
    「顔を見せたって事は思い当たる節があるっちゅう事やね?」
    「色々とね。今もちょっと、頭がいたい。徹夜のせいかもしれないけど」
     冗談を飛ばすくらいには、余裕がある。
     椿は親指を立てて労った。
    「衝動に流されずに友人を遠ざけたのはファインプレイやね。けどそのまま放置しててもえらい事なるんわかる?」
    「ああ、もちろん」
    「なら後は……衝動に流されず……律し、抗い、抑えて……適当に気合や!」
    「……え?」
     決して間違ってはいないが全てを語っているわけでもない椿の言葉に、楓が驚いた表情を浮かべていく。
     どう説明するべきか。頭から煙を出しそうな椿に変わり、志那都・達人(菊理の風・d10457)が穏やかな調子で説明した。
    「傷つけたくなくて籠もったんだよね。でもそれじゃ、いつかパンクしちゃう。だから吐き出してほしい、君の中にある闇を、俺達がソレを受け止めるから」
     現状から抜け出すための方法を。
     そのための力と覚悟があると、改めて。
    「だから信じて。君自身の、人の心を。それがあれば、きっとまた友達と楽しい日々を過ごせるから」
     力強い視線を送ったなら、楓は拳を握っていく。
     真剣な眼差しも返してくれた。
     後は最後の……最初の一歩を踏み出させるだけだからと、夜桜が声をかけていく。
    「己の闇を抑え続け、理解されない恐怖と独りで戦い続けたのね。本当、感心する。そして何よりも、人を傷付けまいとするアナタの強さに、心から敬意を表するわ」
     折り目正しく、敬意を表して一礼。
     顔を上げると共に、照れくさそうに頬を掻く楓に手を伸ばした。
    「でも、もう独りで戦わなくても良いのよ。あたし達が、一緒に戦えるから、ね!」
     歩き出すことができるよう。
     光ある未来へと誘うことができるよう。
    「……うん」
     戸惑いながらも、手を伸ばしていく楓。
     力強く握りしめられた時、遥が精一杯の声で励ました。
    「大丈夫です。赤坂さんは戻れます」
    「ああ、その覚悟で……やるよ。後を……よろしく頼みます……」
     夜桜の手を離すと共に、楓の表情が変化する。
     ノーライフキングが顕現したのだと、椿はスレイヤーカードを引き抜いた。
    「死の幕引きこそ唯一の救いや」
     愛用のガンナイフ二丁を楽しげに太もものホルスターへと収めながら、ノーライフキングとの距離を取っていく。
     達人もまた風を纏い、静かな言葉を紡いでいく。
    「さあ、風を吹かせようか!」
     心の臓より十字架上で淡緑色の光剣を抜き放ち、ライドキャリバーの空我を召喚する。
     次々と武装し、陣を敷いていく灼滅者たちを前にして、ノーライフキングは何も語らない。あるいは、語れない。
     楓が抑えこんでくれているのだと、空牙が口の端を持ち上げた。
    「そんじゃ……狩らせてもらうぜ? 少年の中のその闇を」
     意気揚々と剣を構え、仕掛ける隙を伺っていく。
     一秒でも早くノーライフキングを倒すこと。それこそが、楓の救いになるのだから。

    ●不死の王の力はおぼろげで
     初手は、ノーライフキング。
     戦場へと漂い始めた瘴気を浴び、若干のしびれを感じながらも、達人は揺るがず淀まず歩み出た。
    「さあ、全部吐き出してぶつけてきなよ。受け止めるから!」
     呼びかけると共に淡緑色に輝く剣で指し示し、己の影と空我を導いた。
     影に縛られ鋼鉄の肉体にぶちかまされ、一歩下がった後動きを止めた刹那を見逃さず、ミリーが赤き爪を持つ篭手に霊力を宿して殴りかかった。
     脳天を思いっきりぶん殴り、全身を霊力で縛り上げていく。最中にはナノナノがハートを飛ばし、ミリーのしびれを拭い去った。
     縛られながらも、静止を受けながらも、ノーライフキングは交戦の意志は崩さない。その場から動くことはせず、ただただ息を大きく吸っていく。
    「やらせはしないっすよ」
     喉元へと、アプリコーゼが魔力の矢を差し向けた。
     強打し吐き出そうとした毒素が霧散していく様子を眺めつつ、静かな調子で告げていく。
    「人として人でありたいとの意識を強くもつっす」
     楓が抗いきる事ができるよう。
     戦いが終えた後、笑顔で元の生活へと戻ることができるよう。
     救済のための攻撃が続いていく前線を眺めながら、死愚魔は清らかなる風に聖なる言葉を乗せていく。
    「大丈夫、勢いはこちらにある。このままなら……」
     仮にノーライフキングの攻撃が完全なる形で襲いかかってきたとしても、己が支え続けていくと。
     だから気にせず攻撃を。そのための力を皆に託すと。
     ……そう。己は、仲間たちが全力で戦うための舞台作り。楓を救いだすための道を整えるための役目を担う。
     静かなる瞳が見つめる中、ノーライフキングの放つ瘴気も、吐息も、腐食をもたらす霧ですら、大きな被害をもたらすことはなく……。

     ノーライフキングの体から漂い始めていく、ライトグリーンの霧。
     腐食をもたらす霧の中心に、空牙が毒の風を送り込んだ。
    「ダメ元って奴だ。うまくいけば儲けもん」
     上手く毒素が噛み合ったか、強い光を湛えた空牙が見守る中、腐食をもたらす霧は霧散する。
     ニヤリと口の端を持ち上げて、けらけらと笑いながら呼びかけた。
    「ほら、なるようになったろ? だからお前もなるようになる!」
    「ハハハ、ほな、行くで! 射撃って遠距離からだけやあらへんのや!」
     椿も笑いながら晴れた戦場を駆け抜けて、ノーライフキングの懐へと入り込む。
     二丁のガンナイフを突きつけて、ゼロ距離から力強き弾丸を撃ち出した。
     衝撃に負け一歩、二歩と下がっていくノーライフキングの背後に遥が回り、焔滾る杖で殴りかかっていく。
    「燃やします」
     右肩を強打し、炎上させた。
     炎に巻かれ、膝をついていくノーライフキング。
     容赦せず、ただ救いだすと、夜桜が正面に飛び込み腰を落とした。
     言葉紡がず、脇腹へとえぐり込むようなコークスクリュー。
     ノーライフキングが身をかがめると共に引き抜いて、静止。
     一瞬だけ溜めた後、頬へと右ストレートをぶっ放す!
     爆発する魔力にさらされて、吹き飛んでいくノーライフキング。
     達人は空我を向かわせて、ノーライフキングを……楓を受け止めた。
    「……おかえり、楓さん」
     シートに背を預けながら瞳を閉ざしていく楓へと、達人が手を伸ばしていく。
     手を伸ばし返す代わり微笑んでくれたから、引っ張りあげて引き寄せた。
     心穏やかに耳をすませば、安らかな寝息が聞こえてきて……。

    ●新たな仲間とともに
     駐車場の片隅、小さな庭となっている場所に、楓を寝かせた灼滅者たち。
     介抱を行い始めてから程なくして、楓は目覚めた。
    「ありがとうございます。お陰で助かりました」
    「まぁこれで友人と仲良ぅ同人誌作れる様になった訳やな」
     照れ隠しか、あるいは単にそういう性格なのか。感謝を述べていく楓の背中を椿がバンバンと笑いながら叩いていく。
     楓は驚いた様子ながらも、どことなく嬉しそうな苦笑いを浮かべていた。
     だからだろう。改めて、アプリコーゼが語りかける。
    「あっしらは不安定な存在っす、心に巣食う闇がまたいつ出てくるかわからないそんな存在っす、それを抑えるためにもあっしらの学園、武蔵坂学園に来ることをお勧めするっすよ、こんなあっしらをサポートするための体制ができてる唯一のところっすよ」
     学園への誘いを。
     新たな仲間への導きを。
     返事は、是。
     力強い頷きがその証。
     灼滅者としての最初の一歩を歩み始めた楓を眺め、ミリーは静かに瞳を閉ざす。
     ――いつかの私も、彼のような選択を迫られたのだろうか、と。もう覚えていないけれど、失うだけの道を歩むのは誰だった辛いはず。人であるのなら、まだ人に戻れるのだから、彼にはまだ人であってほしい。私とは違う未来を……。
     笑顔で語り合う仲間たち、追憶に沈んでいくミリー。
     事件の終りを無事迎えた光景を、死愚魔は穏やかな微笑みを浮かべながら見つめていた。
     全ては彼らが、もちろん死愚魔もが選び掴み取ったベストの結末。さあ、心が高揚するままに、武蔵坂学園へと導こう!

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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