豪腕の達人

    作者:波多野志郎

     ぐしゃり、と水溜りに、『ソレ』が転がった。
     深夜の廃工場。人気のないそこにやってきたのは、巨大な肉塊だ。その中心に埋まるのは霊玉――そう呼ばれる存在である。
     しばらく停止した後、ミシリ……! と、その肉塊が軋みを上げた。それは、早送りの映像を見るかのような光景だった。ミシミシミシ――瞬く間に、肉塊は新たな形を得ていく。
    『――――』
     バシャン、と地面を打ったのは、巨大な爪だ。それは、まるでからくり人形のような巨大な腕――縛霊手だ。ガリガリガリ、とアスファルトを鉤爪で削りながら、『ソレ』は立ち上がった。
     身長なら、二メートル近いだろう。全身を鎧武者の甲冑で包んだ者だ。特に、その両腕に装着されたその巨体にさえ不釣合いな長大な縛霊手を地面に引きずり、ガシャンと、元肉塊は歩き出した……。

    「本当に、厄介なモノばっかり遺すっすよ、スキュラは……」
     深いため息と共に、湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)はそうため息をこぼす。
     今回、翠織が察知したのは大淫魔スキュラの仕掛けだ。
    「八犬士が集結しなかった場合に備えて生前に、「予備の犬士」を創りだす仕掛けを遺していたみたいなんすけどね?」
     スキュラのの放った数十個の「犬士の霊玉」は、人間やダークネスの残骸を少しづつ集め、新たなるスキュラのダークネスを産み出すものだという。予知が行われた段階では、この霊玉は「大きな肉塊」となっているが、この段階で倒してしまうと、霊玉はどこかに飛び去ってしまう。加えて、このダークネスは誕生後しばらくは力も弱いままだが、時間が経つにつれ、「予備の犬士」に相応しい能力を得るのだ。
    「なんで、肉塊から生まれた瞬間のダークネスを待ち構え、短期決戦で灼滅するしかないっす」
     しかし、もし戦いが長引いてしまったら、闇堕ちでもしない限り勝利することはできなくなる――その事は忘れないで欲しい。
     みんなに担当してもらうのは、深夜の廃工場へと姿を現わした肉塊だ。
    「スキュラダークネスは、「ダークネス種族に対応するルーツ」と「霊玉に対応した武器」のサイキックを使用するらしいっす」
     霊玉の文字は『仁』、使うのはアンブレイカブルと縛霊手だ。元々、このダークネスは、スキュラによって「八犬士の空位を埋めるべく創られた存在」である。仮に力で八犬士に及ばなかったとしても、野に放てばどれ程の被害を生み出すか、想像もできない――翠織の表情の厳しさが、それを物語っていた。
    「光源は、必須っす。不幸中の幸い、住宅地からは離れてるので人払いはしなくてもいいっすけど……」
     もしも、ここから逃がしてしまえば――どのような被害が出るかは、想像もつかない。翠織は、真剣な表情で告げた。
    「厳しい戦いっすけど――頑張ってくださいっす」


    参加者
    東雲・由宇(終油の秘蹟・d01218)
    苑田・歌菜(人生芸無・d02293)
    中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248)
    室武士・鋼人(ハンマーアスリート・d03524)
    村瀬・一樹(ユニオの花守・d04275)
    北逆世・折花(暴君・d07375)
    ヴァルケ・ファンゴラム(大学生サウンドソルジャー・d15606)
    アンジェリカ・トライアングル(天使の楽器・d17143)

    ■リプレイ


     深夜の廃工場。その暗闇の中で、光源を床に置いて中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248)は周囲を見回した。
    「ったく厄介な置き土産をしてくれたもんだな。なんとしても復活を阻止しねーといけねぇ」
    「ええ、灼滅してなお、その影は消える事無く……と、言ったところですかね?」
     室武士・鋼人(ハンマーアスリート・d03524)も爽やかな笑みを浮かべたまま、工場の中を確認する。暗く淀んだ闇が広がるそこは、かつて誰かがここで生活していたのだろう生々しい痕跡を残していた。油汚れに塗れた壁と床、明確に色が違う場所は、そこに物が置いてあったからだろう――しかし、放置された時からの埃は、同じように積もっている。
    「時間と場所が厄介ね……」
     東雲・由宇(終油の秘蹟・d01218)は、ため息とともにそうこぼした。足場は障害物のない環境はいい、しかし、この闇という視界の悪いさは面倒だ。加えて、十五分という時間制限があるのだ――村瀬・一樹(ユニオの花守・d04275)は、その事を意識して、知らずに力のこもった拳をゆっくりと開いた。
    「……いや、弱気になっちゃダメだよな」
     戦いそのものは好きな方だ、しかし、今回は闇堕ちのリスクが伴うのだ――その緊張は、自身が思っていた以上のものだった。
     ――パシャン、と不意に水音が闇の中に響き渡る。その音に、灼滅者達は反応した。ごろり、と肉塊が闇の向こうから光の下に転がり出るのを見やって、ヴァルケ・ファンゴラム(大学生サウンドソルジャー・d15606)は言い捨てる。
    「あれがそうか。しかし、暗闇の中での戦闘とは、時間もかけられんし、中々にきびじい闘いになりそうだ」
     肉塊の状態で、ヴァルケは既に強い殺意を感じていた。ミシリ、と肉塊が軋みを上げて変形していく――バシャン、と地面を打ったのは、巨大な爪だ。それは、まるでからくり人形のような巨大な腕、縛霊手だ。ガリガリガリ、とアスファルトを鉤爪で削りながら立ち上がる鎧武者の甲冑をまとう巨体を見上げて苑田・歌菜(人生芸無・d02293)は呆れたようにこぼす。
    「スキュラの置き土産ってやつかしら……これって本人が生きてなきゃ、意味がないと思うのだけど」
    「スキュラも随分と面白いものを残していったね……。相手にとって不足なし、さっさと片を付けるとしようか」
     北逆世・折花(暴君・d07375)がそういい捨てた瞬間だ、灼滅者達を敵と認識したのだろうスキュラダークネスが、地を蹴った。
    「奏でよ、……天使のしらべ」
     トライアングルの澄んだ音色と共に、アンジェリカ・トライアングル(天使の楽器・d17143)が普段の稽古着から演奏用のドレス姿に瞬時に変わる。直後、ガシャガシャガシャガシャン! とスキュラダークネスの両腕、縛霊手が展開された。
     ズン! という、鈍い衝撃――灼滅者達を圧し潰すように、除霊結界が張り巡らされた。


     ガラン、と地面に置かれたランタンが倒れそうになる。鋼人はそれを器用に爪先で受けて立て直しながら、ムロブシハンマーを構えた。
    「さあ、一人も欠けることなく仕事を終わらせましょう」
     ゴォ! と、鉄球から展開されたロケット噴射が加速する。鋼人は、その遠心力を利用しながら落下してくるスキュラダークネスへと豪快にロケットスマッシュを叩き込んだ。
    「!?」
     が、その一撃をスキュラダークネスは右の鉤爪でキャッチ、受け止める。ガシャン、と着地した瞬間、ムロブシハンマーごと鋼人を放り投げ――られない!
    「力比べ、ですか?」
     片腕と両腕の差はあるが、鋼人とスキュラダークネスが綱引き状態で硬直状態に陥った。その間隙に、折花は一気に踏み込む。
    「悪いね、ボクはお前以上の圧力を経験しているんだ」
     折花が下段からふりまわすように、異形の怪腕を振るった。それは全体重を乗せるような、ロシアンフックにも似た鬼神変だ。踏み込み、タイミング、体重の乗せ方、角度――申し分のない、一撃だ。
     だが、その拳は振り切れない。武者鎧の胴部に強打こそすれど、スキュラダークネスは一歩も退かなかった。
    「誓いのしらべ、第二楽章【制約】」
     リン、とアンジェリカのトライアングルの音色に乗って、制約の弾丸がスキュラダークネスを襲う。スキュラダークネスは引き戻した左の鉤爪でそれを受け止め――。
    「この距離は私の距離だ!」
     そこへ、重ねるように遠距離からヴァルケが撃ち込んだ漆黒の弾丸が着弾した。それに左の鉤爪が弾かれると、スキュラダークネスは大きく後方へ跳んだ。その動きを、ヴァルケはガンナイフに装着させたライトで追う。ガシャン、と片足で着地したスキュラダークネスに、歌菜が駆け込んだ。
    「本当は、絡め手が好きなのだけど――」
     その歌菜の首を刈るように、スキュラダークネスの後ろ回し蹴りが放たれる。着地と共に繰り出す牽制に、歌菜は沈むように身を屈め潜り抜けた。
     そして、下段から跳ね上がったマテリアルロッドがスキュラダークネスの軸足を殴打する。それにわずかにスキュラダークネスの膝が揺れたところへ、縛霊手を掲げた銀都が、名乗りを上げた。
    「平和は乱すが正義は守るものっ! 中島九十三式・銀都、参上! 悪いが再びおねむについてもらうぞっ」
     キン! と銀都の除霊結界に、スキュラダークネスが地面を踏みしめ踏ん張る。そこに、由宇と一樹が同時に駆けた。
    「速攻で行くわよ?」
    「はい」
     左右から挟撃するように、由宇と一樹が破邪の白光を放つ斬撃を左右から繰り出す。それをスキュラダークネスは両手でガード、ギギギギギギギギン! と鈍い火花を散らせた。
    「死せる孔明、生ける仲達を……というわけではありませんが、振り回されるわたくしたちはたまったものではありませんね」
     トライアングルを手に身構えながら、アンジェリカは言い捨てる。たった一分の攻防――それでわかった事は、明解だ。
    「並みのダークネスより、強力だね」
     目覚めたばかりだというのに、折花は確かにその実力の高さを手応えから感じていた。これが、時間の経過で強くなっていく――確かに、制限時間内に倒し切れなければ、手に負えないだろう。
    「来るわよ?」
     ガンナイフの銃口を外さず、ヴァルケが告げる。同時に、低く身構えたスキュラダークネスが疾走した。その加速を利用した右のストレートを、鋼人は真正面から受け止め――弾かれる!
    「見事、と言いたくなりますね」
     宙に浮かされながらも、鋼人の笑みは崩れない。その踏み込みは荒々しくはあるが、打撃の瞬間に拳に捻りを入れる一打は理にかなった拳打だ。
     イメージと現物を確実に修正し、灼滅者達はスキュラダークネスを囲むように展開していった。


    (「何やの? これ――」)
     Judicium Universaleを握る手に力を込めながら、由宇は心中で唸る。
     廃工場内、由宇と歌菜が足を止めてスキュラダークネスと打ち合っていた。左右に武器を振り分け、タイミングをずらし、由宇と歌菜はスキュラダークネスに斬撃を打ち込んでいる――そのはずだった。
     しかし、構えたスキュラダークネスはその場から動いていない。左右の縛霊手が、二人の攻撃に舞うように対応する――その動きは、明確に技術が伴い始めていた。
    「連なり、紡いで、我が敵をまどわせ!!」
     ヴァルケの歌姫がごとき歌声が、スキュラダークネスを惑わせる。わずかに鈍った動きに、歌菜が強引に動いた。
    「ここ――!」
     隙を見せた胴に、歌菜は燃え盛るクルセイドソードを叩き込む。ザン! と胴をレーヴァテインが削る、その瞬間にスキュラダークネスの肘が歌菜の頭上へ落とされようとした。
    「させないわよ!」
     その腕を、歌菜の頭に落ちるより早く由宇のJudicium Universaleが薙ぎ払う。ギン! と火花が散った瞬間、由宇と歌菜が左右に散った。
    「いきますよ?」
     そして、鋼人がムロブシハンマーを構えて横回転する。その加速を得て速度を増した、二回転。踏み込みながらの三回転目に、スキュダダークネスは右の鉤爪で掴もうとするが、鉤爪は空を掴んだ。
     角度を変えて、地面スレスレの下段から振り上げた四回転目。フェイントを入れてのマルチスイングが、スキュラダークネスの顎を打ち抜き――!
    「ッ――!」
     のけぞりながら繰り出された、スキュラダークネスの雷をまとったアッパーが鋼人の胴を強打する。スキュラダークネスは鎧武者の姿でありながら軽々とバク宙、間合いをあけた。
     そして、再行動する。横回転で加速を得る、鋼人のそれと折花が見せた鬼神変の拳打を合わせたような動きで、鋼人へと迫った。
    「それは、させないよ!」
     その覆いかぶさるようなスキュラダークネスの鋼鉄拳を、一樹が強引に割り込んで受け止めた。そのまま壁に吹き飛ばされそうになるのを、鋼人が背を支え逃れる。
    「くぞ、回復が追いつかないぞ、これ!」
     鋼人を祭霊光で回復させながら、銀都が唸る。それに見て、アンジェリカもトライアングルを鳴らし、優しい風を吹かせた。
    「ですが、これでは焼け石に水ですね」
     アンジェリカの言葉に、折花の心の中で同意する。覚悟しなければいけないのだ――安全に倒せる、そういう相手ではないのだ、と。
    「もちろん、覚悟の上だけどね」
    「そうだね」
     折花が槍を突き出し妖冷弾の氷柱を射出すると同時に、一樹が駆け込む。唸りを上げる鮮血輪舞を踏み出したと同時に、袈裟懸けに振り下ろした。
     ――戦況は互角、だからこそ灼滅者達は圧されていた。
    (「このままでは、時間が足りませんね」)
     アンジェリカの感覚が、そう訴えていた。そして、それはアンジェリカだけではない。時間によって強さが増していく、そんな相手に互角の状況では埒があがない。
    「じゃあ、前のめりにやらせてもらおうか!」
     銀都が吼える、それが全てだ。安全策など投げうった全員での総攻撃――灼滅者達はそれを選択した。
     ――ガシャン! と、スキュラダークネスの両腕が展開する。直後、除霊結界の圧力が灼滅者達を襲った。しかし、それでスキュラダークネスは止まらない、再行動と共に由宇へと挑みかかった。
     攻撃一辺倒に前のめりで来たからこそ、その鋭い鉤爪の一撃に由宇は耐え切れない。誰もがそう思った、その時だ。
    「クラッシャーを狙って来る、そう思いましたよ?」
     笑みを浮かべ、鋼人が我が身を盾にその一撃を受け止める! しかし、鋼人であってもその一撃には耐え切れない――はずだった。
    「一人も欠けることなく終わらせると、誓ったのですよ!」
     倒れそうになるのを凌駕で踏みとどまり、炎をまとったショルダータックルで鋼人はスキュラダークネスを壁際まで押し切った。
    「残り一分よ!」
     腕時計を確認した由宇の言葉に背を押され、アンジェリカがトライアングルを掲げた。
    「夜闇のしらべ、第二楽章【斬刃】」
     虚空に五線譜の影が舞い躍り、スキュラダークネスの鎧を音符が切り刻んでいく。鋼人が退いた瞬間、ヴァルケが入れ替わりにその懐に潜り込んだ。
    「接近戦が苦手な訳じゃないんだよ」
     反応して振り下ろしたスキュラダークネスの拳打を横へステップ、巻き込むように腕をガンナイフで切り裂き、更に跳ね上がったスキュラダークネスの膝へとナイフを突き刺し引き金を引いてヴァルケは跳んだ。
     その零距離格闘に振り回されるように体勢を崩したスキュラダークネスへ、歌菜が踏み込む。その足元からDeneb Algediが複雑な軌道を走り、スキュラダークネスの胴体へと炎が燃え上がった影が集中して叩き込まれた。
    「お願い」
     歌菜が、横へ舞うように跳ぶ。そして、それを受けた一樹が深々とスキュラダークネスの胸へと鮮血輪舞を突き刺し――柄の歪曲を利用して手首で鮮血輪舞を回転、切り刻んだ。
     そして、折花がそこへ大蛇のオーラをまとわせた異形の怪腕を振り上げた。
    「後、少しだよ……!」
    「頼むよ」
     スキュラダークネスが、折花の鬼神変に地面から足を引き剥がされる。空中、そこへ銀都と由宇が同時に跳んだ。
    「俺の正義が真紅に燃えるっ! 眠りにつけよと無駄に叫ぶっ! 食らえ、必殺!おやすみなさい、明日はおはようだっ」
     燃え盛る敷島九十一式特戦「爆龍」――銀都の渾身のレーヴァテインが、スキュラダークネスを貫く。
    「……ま、「おはよう」は永遠にないんだけどな」
     それを逆手で銀都が引き抜いた瞬間、由宇の非実体化したJudicium Universaleの斬撃がスキュラダークネスの胴を薙ぎ払った。
    「土は土に、灰は灰に、塵は塵に……ま、主の祝福も永遠の命に至る希望も貴方には訪れないけどね」
     ギン、と肉ではなく魂を断ち切った手応えを、由宇は確かに感じる。それが、生まれる事もなかったスキュラダークネスの最期の瞬間だった。


    「…………」
     由宇が、完全に消え去ったスキュラダークネスに黙祷を捧げる。その元となった人への黙祷を捧げ終え、重いため息をようやくこぼせた。
    「最後まで思いきり遊ばせてくれたわね……」
     冗談交じりに、歌菜が力なく笑う。無傷なものなど居ない、紙一重で耐え抜いた――ある意味で、幸運を味方につけた薄氷の勝利なのだ。
    「僕が倒れていれば、届かなかった……ですか」
    「うん、だろうね」
     爽やかな笑みを崩さない鋼人の独白に、一樹も小さく微笑んだ。それほどまでに際どい戦況だった。
    「霊玉も残らない、か。本当に、何も残らないんだね」
     折花も、そう肩をすくめる。灼滅者達は、疲労した体でその場を後にした。まずは、未来の強敵が生まれる前に終わらせられた――その戦果を、喜びながら……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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