月夜の演奏家

    作者:天木一

     コツコツとハイヒールがアスファルトを規則正しく叩く。
     その音にカツンと別の音が混じった。先に行く音に合わせる様に音が追いかけて来る。
    「誰か……いるの?」
     夜道を一人歩く女性が足を止めて振り返る。音が止み、月明かりが照らす道には誰も居ない。
     女性は少し速度を上げて歩き出す。すると音がまた聞こえ始め、女性の後ろを追いかけるように別の足音も速度を上げて続く。
    「はぁっはぁっ……」
     不安に苛まれ女性は息を乱しながら走る。怖くて振り返る事は出来ない。毎日通る道なのに、今はまるで見知らぬ場所に思えた。
     その時ヘッドライトの強い光と共に、一台の車が前からやって来ると通り過ぎていった。女性は振り返り車の照らす先は見る。だがそこには誰も居なかった。
    「気のせい……だったのかな……」
     暫く佇むと、何もない事に女性は安堵の息を吐き前を向く。
    「やあ、こんばんは、今日はいい夜だと思わないかい?」
     女性の目の前には音も無く黒ずくめの長身痩躯な男が立っていた。くすんだ金髪に彫りの深い顔。一目で西洋人だと分かる顔つき。だが何よりその瞳が特徴的だった。赤い宝石のような瞳が女性を見下ろす。
    「ひっ……」
     驚き叫ぼうとするが、その男に見つめられると声が出ない。それどころか体も動かなくなっていた。
    「こんな月の美しい夜には、素晴らしい音楽が聴きたくなるものだ」
     男は口の端を吊り上げて笑みを作る。そこから長い牙が覗いた。
    「さあ、君がどんな素敵な音を奏でるのか、楽しませてもらおう」
     男は女性を抱き寄せると、その細い首筋に牙を突き立てた。悲鳴が激しく空気を震わせ、深い闇夜を彩った。
     
    「新潟ロシア村の戦いの後で行方不明になったロシアンタイガーを捜索しようと、ヴァンパイア達が動き出したみたいなんだ」
     教室で灼滅者を前に、能登・誠一郎(高校生エクスブレイン・dn0103)が事件について説明を始めた。
    「ヴァンパイアは強い力を持っているせいで普通は動く事はできないんだ。でも今回事件を起こすのは、爵位級ヴァンパイアの奴隷として力を奪われる事で動けるようになったヴァンパイア達みたいなんだ」
     奴隷からの解放を条件に、単独での捜索任務を行なっているようだ。
    「でも、問題は手綱が緩み自由行動を満喫しようとしている事なんだよ。今まで奴隷として縛られていた分、仕事の前に羽目を外して人を襲い始めてしまうんだ」
     襲われた一般人はヴァンパイアの思うがままに蹂躙される事になる。
    「満足すれば探索の仕事に戻るだろうけど、それまでにどれだけの人が犠牲になるか分からないんだ。だからみんなにはヴァンパイアの行動を阻止して灼滅をして欲しい」
     概要を聞いた灼滅者達は真剣な表情で頷く。
    「事件現場の詳細についてはわたしから話そう」
     静かに話を聞いていた貴堂・イルマ(中学生殺人鬼・dn0093)が立ち上がって話を始める。
    「敵が現われるのは夜の住宅地だ。遅い時間なので人気は少ないが、一般人を巻き込まないよう気をつけたい」
     現場に女性と車が通る事は確定している。何かしらの対処が必要だろう。
    「敵の目的は女性を襲い、その生き血を吸い尽くしてしまう事だ。上手くすればこちらに注意を引けるかもしれないな」
     女性ならば一般人の代わりに囮となる事も出来る。
    「相手は本来は強力なヴァンパイアだが、弱体化している今なら倒す事が可能だ。今回はわたしも同行させてもらう。皆でヴァンパイアを倒し人々を守ろう、よろしく頼む」
     イルマが一礼して下がると、誠一郎が声をかける。
    「これは普通なら倒せないようなヴァンパイアを倒すチャンスでもあるからね。この機に敵の戦力を少しでも減らして欲しい。お願いするね」
     誠一郎に見送られ、灼滅者は事件の起こる街へと向かった。


    参加者
    天上・花之介(連刃・d00664)
    紗守・殊亜(幻影の真紅・d01358)
    立見・尚竹(非理法権天・d02550)
    逆霧・夜兎(深闇・d02876)
    雲母・凪(魂の后・d04320)
    刻漣・紡(宵虚・d08568)
    アリアーン・ジュナ(壊れ咲くは狂いたがりの紫水晶・d12111)
    東久世・界(眞紅の刃・d20840)

    ■リプレイ

    ●準備
     月光が地を照らす。多くの人は既に帰宅し、辺りは静寂に包まれていた。
     そんな夜の住宅地で、工事の看板を持ち歩く若者達がいた。
    「あの、この先は工事中だから回り道した方いいですよ? 痴漢も多いらしいし……」
    「その通りだ、一人でこんな暗い道は危ない、向こうの大通りを行くといい」
     ロープを設置していた紗守・殊亜(幻影の真紅・d01358)と、貴堂・イルマ(中学生殺人鬼・dn0093)が歩いてくる女性に声をかける。女性は素直に来た道を戻って行った。
    「……首輪付きヴァンパイアは何を知っているだろうか……。個人的な事も、彼が所属している組織の事も聞きたいな……」
     物思いに耽るアリアーン・ジュナ(壊れ咲くは狂いたがりの紫水晶・d12111)は、ヴァンパイアがそう簡単に口を割るまいと自己完結すると、意識を戻して作業を続ける。
    「うん、これで大丈夫だな」
     工事中と書かれた看板を道路の真ん中に設置した天上・花之介(連刃・d00664)が、少し離れて確認しながら頷く。
    「こちらも準備終わりました」
     反対側で設置を手伝っていた雲母・凪(魂の后・d04320)が戻ってくる。
    「自ら進んで人を傷付けて、玩ぶような者は許せないの」
     隷属されてきたことには同情するが、それとは話が別だと刻漣・紡(宵虚・d08568)は憤る。そこに手伝いに参加していた3人が顔を出す。
    「こっちは任せて一般の人は誰も通さないから!」
    「念のため程度ですが……お手伝いをさせてもらいます」
     登が元気一杯に胸を張り、その横で拓はぺこりと頭を下げた。仁も寡黙にそれに倣って3人は一般人の通行止めに向かう。
    「お任せする、よろしく頼む」
     イルマは頭を下げて3人を見送る。
    「これで全て準備は整ったな、では始めよう」
     皆が戻ってきたのを確認すると、立見・尚竹(非理法権天・d02550)が目を閉じ一つ息を吸い、かっと目を見開き殺気を放つ。殺気に当てられ空を飛ぶ蝙蝠が逃げ出し、辺りに人が近づく様子もなくなった。
    「そろそろ時間だ。敵を待ち構えるとしよう」
     そろそろ敵が現われるはずと、逆霧・夜兎(深闇・d02876)が皆に呼びかけ、自らの姿を蛇へと変える。
    (「たまにはこういう姿も……悪くない」)
     敵の驚く姿を想像して蛇は目を細めた。
    「ここにするか」
     周囲を調べた東久世・界(眞紅の刃・d20840)が屈み、人一人隠れられそうな茂みに身を隠す。他の仲間達も各々身を隠し、薄暗い道には誰も居なくなった。

    ●夜道
     夜道を歩く学生服の少女。少女の足音を追うように別の足音が追いかける。
    「誰か……いるの?」
     少女が後ろを振り向く。だがそこには誰も居ない。前を向いて歩き出すと、音だけが後ろから追いかけてくる。
    「誰?」
     少女はもう一度振り向く。だが誰も見つからない。諦めて前を向くと、音も無く男が立っていた。
    「やあ、こんばんは、今日はいい夜だと思わないかい?」
     目の前の男は白い肌をした西洋人だった。そのルビーのような瞳で少女を見下ろす。
    「こんな月の美しい夜には、素晴らしい音楽が聴きたくなるものだ」
     男が口の端を吊り上げると、長い牙が覗く。
    「さあ、君がどんな素敵な音を奏でるのか、楽しませてもらおう」
     男が少女を抱き寄せようと手を伸ばすと、その手を振り払われた。
    「残念だけど鳴くのは貴方よ」
    「なに!?」
     手を振り払った凪はカードを取り出し解除する。モダン柄の着物を肩に掛け、手にした剣に緋色のオーラを纏わせると横に薙いだ。男は咄嗟に後ろに飛び退く。だが胸に赤い線が奔った。
    「貴様、ダークネスか! 私が高貴なるヴァンパイアと知っての狼藉なのだろうな?」
     誰何しながら男は胸に手をやり、べったりと付いた血を舐めた。
    「知ってたとしたら?」
    「日が昇るまで貴様の音色を楽しんでやろう!」
     鉤爪のように鋭く爪を伸ばして男が襲い掛かる。
    「貴様の演奏会はここで終わりだ」
     物陰に隠れていた尚竹が現われ弓を引く。放たれた矢は男の足を射抜き、バランスを崩して膝をつかせる。
     その時、男の足元にいつの間にか忍び寄っていた蛇が人の姿へと化けると、鋼糸が腕に巻き付き動きを封じる。
    「仲間か!」
    「さて、お前はどんな音楽を聴かせてくれんのか……楽しみだな」
     夜兎は糸を引き寄せると、男も対抗し膠着する。そこへ猫の鳴き声が響く。1匹の猫が男を見つめていた。
     猫が飛び掛ると、みるみるうちに人へと変わり巨大な杭を腕に装着した少年の姿になる。螺旋状に捩れた杭は回転しながら装填され、ガチリと音が鳴る。花之介は拳を打ちつけるように杭の先端を叩き付けると、高速回転を始めた杭が撃ち出された。
    「そのまま貫くぜ!」
     男は爪で守るようにガードしたが、杭の回転が爪を弾き腕を貫いた。
    「ぐぅぅぁ……」
     驚きと苦痛に顔を歪めた男の左右から挟撃する。
    「女性の悲鳴を音楽に喩えるとは随分悪趣味だね」
    「弱き女性を襲うなど、許してはおけない」
     殊亜が光輪を投げると、イルマは影の獣を走らせる。男が爪で払おうとしたところへライドキャリバーのディープファイアが機銃を撃ち牽制すると、光輪は男の肩を裂き、獣は脚に喰らいついた。
    「まだ仲間がいたのか! だが同じ事、この程度の力ではな。たっぷりと演奏を楽しませてもらおう!」
     男は爪を振るい赤きオーラを殊亜に向けて放つ。キャリバーが横切ってその攻撃を受けて吹き飛ばされる。
    「今宵の旋律は、貴方の悲鳴を、添えて……私達が、奏でてあげるの」
     紡は巨大な杭を男の背中に刺し込む。杭は回転しながら体内へとめり込んでいく。
    「貴様等……何人いるのだ!」
    「……静かな夜に。azurite!」
     アリアーンが右手の人差指と親指で挟んだカードを左胸に当て、祈りながらカードを解除する。すると足元から伸びた白薔薇の如き影が花開き男を呑み込んだ。
    「雷迅」
     界に手に剣を握り、隣に霊犬のタコが現われる。
    「タコ、がんばろうな」
     その言葉に返事するように元気良く咆えるタコ。界は魔弾を撃ち。タコは弾を追い駆ける。魔弾は動けない敵の胸を穿ち、タコは走る勢いのまま咥えた刀で脚を斬った。
    「全く好き勝手にしてくれる……まあいい、何人いようと構わんとも」
     影から爪が突き出ると、力強く引き裂き男は跳躍し界に真紅のオーラを放つ。守るように前に出た霊犬タコが受け止める。
    「そうだな、何人だろうとお前がやられる事には変わりないからな」
     男が着地したところへ、花之介は杭から刃に武装を切り替え、薙ぎ払う。
    「女性以外の楽器には興味がないのでね、男性諸君には早々にご退場願おう」
     男は爪で受け止め、反対の手の爪を振り下ろす。
    「張り切り過ぎだ、少し大人しくしてろよ」
     夜兎が鋼糸を両手でピンと張り、爪を受け止める。だが爪が伸びると切っ先が肩に食い込んだ。ぐっと声を堪えて夜兎は鋼糸を巻きつかせようとすると、男は腕を引いて飛び退く。
    「やはり男は駄目だ。苦しみ悶える声に色気がない」
     やれやれと首を横に振る男を、キャリバーが撥ね飛ばす。
    「本当に悪趣味だね、だけど助かるよ」
     遠慮なく叩き潰せるからねと、跳躍した殊亜は炎を纏った拳を振り下ろす。男は地面に叩きつけられ塀に衝突した。
     その間にナノナノのユキがハートを飛ばして夜兎の肩の出血を止める。
    「その首を貰おう」
     尚竹が抜いた大太刀を一閃。避けようと男は下がる、だがその足が止まった。見ればイルマの影が脚に牙を突き立てていた。
    「自らが悶え苦しんでみるがいい」
     気を取られた瞬間。太刀の切っ先は男の喉を掻き切った。動脈から血が噴出す。

    ●吸血鬼
    「ぐふっこんな……馬鹿な……なんてね」
     男の体中に出来た傷が、まるで逆再生するように治っていく。
    「効きませんねぇ。力が封じられ全力を出せないといっても、この程度の攻撃では倒せませんよ」
     余裕の笑みを浮かべた男は、両手を広げて掛かってこいと挑発する。
    「あら、効いてない割りには、足が震えてるんじゃないかしら?」
     凪は冷静に男を観察していた。派手な傷は消えたが、その体に蓄積されたダメージは確実に残っているのだ。
    「おや、バレましたか」
     おどけるような男に、凪の足元から飛び放たれる鳥達の影が襲う。男は爪を振るいながら躱す。凪が追うように踏み込むと、その足元に違う影が伸びているのに気付いた。月光に照らされ、男の影が届いていたのだ。影は翼を持ち、蝙蝠の姿となって飛び出す。
     凪が剣で蝙蝠を斬り裂くと、裂けた蝙蝠は分裂し無数の蝙蝠となって凪に襲い掛かった。体中に無数の浅い傷が刻まれる。
    「くっ……」
    「いいですね、その怒りに震える声も美しい……」
     傷つきながらも殺気を強める凪を見て、恍惚の表情で男は唇を舐めた。
    「……ユリアーン・ジュナというヴァンパイアを知らないか? あるいは僕と同じ瞳のヴァンパイアを……」
    「さて、どうでしたかね。しかし、もし知っていたとして、私が君に答えるメリットはなんですか?」
     尋ねるアリアーンに男は揶揄するように曖昧な返事をする。
    「……なら、力尽くで聞こう……」
     縛霊手で男の腹を殴りつける。だが同時に男の爪もアリアーンの腕に刺さっていた。傷口をぐりぐりとかき回されて苦痛に息が漏れる。
    「君が女性だったなら、今の音色で十分なんですが、男ではどうしようもありませんね。まあ答えてあげましょう、そんな名前は聞いたこともありませんよ」
     止めとアリアーンの顔目掛けてもう片方の爪を振り下ろす。しかしその爪は横から差し込まれた大鎌に弾かれた。そして引き戻す鎌が男の胸を引き裂く。
    「ぐぅぅぅっ……!」
    「ほんとなの、そんな醜い音じゃどうしようもないの」
     紡は反す刃で逆袈裟に男を斬り付ける。男は吹き飛ばされ地面に爪を突き立てて堪える。
    「ここで食い止めよう。僕は小さな明日を護るために剣を振るう」
     界が剣を掲げる。すると剣に刻まれた言葉が光った。風が優しく吹き抜け、仲間の傷を癒していく。
    「ふぅ……さて、どうしたものですかね。私の力は思ったよりも弱くなっているようですし、邪魔な男も多い。このままでは満足のゆく演奏にはならなさそうですね」
     そう言うと、男は全身を影で包み、無数の蝙蝠が周囲を埋めるように飛び回る。灼滅者達はそれを斬り払い、吹き飛ばす。すると男の姿が消えていた。周囲を見渡す、すると包囲を抜けた場所に男は立っていた。
    「残念ですが演奏はまたの機会にしましょう」
     男は月に向かうように大きく跳躍する。だがそこに人影が飛び込んだ。
    「退路はもう残ってないんだよ」
     いろはが大太刀を振るう。月光が反射する刃は男を撃墜した。それを機に隠れていた灼滅者達が現われる。
    「今日は美しい月夜……冥土の土産にちょうどいいでしょう」
     璃理は巨大な杭を男へ叩き込む。男が転がって避けると、地面に放射状のひびが走った。
    「ま、まだ仲間がいたのか!?」
    「女性ばかりを狙うとは卑劣な野郎だ。俺はお前を許さない!」
     ミストが大剣を振り下ろす。男はぎりぎりで避けると、地面に亀裂が奔る。
    「あまり好き勝手をされては困ります」
     周囲を警戒していた優歌が銃撃で男の足を止めた。
    「余計な手間をかけさせないでください」
     そこへ悠花の影が男を斬りつける。
    「馬鹿な、どれだけ潜んでいたというのだ!」
     次々と現われる灼滅者達に男の顔に焦りが浮かぶ。手伝いに来ていた灼滅者は十名を超える。もはや逃げ道は何処にも無かった。
    「悲鳴を奏でる演奏家……か。……悪趣味な」
    「ぐぅぉっ目がッ」
     直人の放った光に目を照らされ、男は涙を流しながら後退する。
    「闇に断罪と死を!!」
     その背に白雛がビームを放ち、男はよろめく。
    「ここは行き止まりだ」
     海が影を伸ばし、男の体に巻きつけて動きを止めた。それでも男は何とか動こうともがく。
    「それでは、影ながらお手伝いさせていただきます」
     そこへ裕也の影が重なり、男を呑み込む様に戒めを補強する。
    「死出の花道を飾ってやる事は出来ませんが……貴族を自称するならせめて此処で華々しく死ね」
     絶奈の冷たい言葉と共に放たれた大きな杭の一撃が、動けない男を貫き吹き飛ばす。地面を転がる男が服を泥だらけにして止まる。見上げるとそこは灼滅者の包囲の中だった。

    ●演奏会
    「さあ、決着をつけようぜ」
     花之介が剣を振り下ろす。刃が男の背中に赤い線を描いた。
    「……楽しいねえ! もっと僕と遊んでぇえ!!」
     自らの血の香りに酔ったように、アリアーンは凶暴に襲い掛かる。手にしたガンナイフを振り回し、男の肩に突き刺した。
    「まったく、それでは血に餓えたケダモノですよ」
     男の爪がアリアーンの肩を貫くと、より一層の苦痛を与えようと指を傷口に突っ込む。
    「うふふ……最期に良い声で鳴いて頂戴ね?」
     そこへ凪が剣を腹に突き立てた。捻るように手首を回すと男の腹から鮮血が溢れる。
    「貴様等の血を吸い尽くしてこの場を去るとしよう」
     男は腹を刺されたまま凪に組み付き、その首筋に牙を突き立てた。凪の口から思わず出る吐息を感じ、厭らしく笑みを浮かべる。だが凪もまた手にした剣に力を籠め、赤きオーラを纏った剣は相手の命を吸う。
    「快楽に耽るなんて、貴族と称されるダークネスにしては些か品位に欠けると思うぞ」
     界は挑発しながら剣を振り下ろすと、切っ先が男の肩を抉った。
    「愉悦に耽溺せずに何が貴族か。いかに耽美な嗜好を持つかが貴族の自慢なのだよ」
     男の放つ赤いオーラを、界に届く前にタコが庇って受ける。
    「その手を離すの」
     紡の影が茨のように伸びて男に巻き付き、凪から引き離した。男は惜しむように凪の首筋を見つめ手を伸ばす。その爪が長く伸びて凪の喉を襲う。
    「……っ! 大丈夫か?」
     夜兎が代わりにその爪を腕で受け止める。腕を貫かれた夜兎は一瞬顔を歪ませるが、振り向いて凪の安否を確かめる。
    「ええ、ちょっと蚊に吸われただけよ」
     気丈に弱った顔をみせない凪の傷口を、ユキがハートを放って癒す。
    「そろそろ……終りだ。断末魔を聴かせろ」
     夜兎は影で男を覆い尽くす。
    「まだですよ、私はまだ満足していない、もっと素敵な夜の演奏を楽しみましょう!」
     幾重にも影に縛られながらも、男は口に付いた血を舐める。
    「月夜が美しくても、奏者が駄目だね」
     殊亜が蔑むように言い捨てて光輪を投げる。男は爪で弾き飛ばそうと構える。
    「月に狂う獣はここで断つ!」
     背後からイルマが青く輝く剣を構え、体当たりするように深く腰に突き刺した。衝撃で動きが止まり、光輪は男の顔に突き刺さった。
    「いぃっ、私の顔がぁ! 血で贖ってもらうぞ!」
    「女性への接し方も分からないヴァンパイア。奴隷にピッタリだと思うよ」
     イルマに伸ばす手を殊亜の影が幻獣の姿となり、喰らいつき噛み千切った。ぼとりと左腕が地面に転がる。
    「あ? ああ! 腕ぇ!」
    「良い声で鳴くのね、もっと聴かせて頂戴」
     凪は自らの掌に息を吹きかけ氷の礫を繰り出すと、傷口を抉るように殴りつけた。
    「っぅああっ!」
     男に巻きついていた影の茨が無数の蝶となって視界を塞ぐ。
    「今日で貴方は自由。何にも、縛られず、永遠の眠りへ……」
     紡が終幕への言葉を紡ぐと、男の背後から突き出された杭が胸の中心を撃ち抜いた。
    「捉えたぜ、血を吸う鬼の弱点をな」
     花之介の杭は心臓を貫いた。男は口から、目から血が溢れ出る。
    「ま、まさか、私は誇り高きヴァンパイアですよ? それがこんな島国で、こんな訳の分からない連中に、まさかありえません!」
     いやいやと首を振り、杭を刺したまま逃げようと走り出す。だがその動きは緩慢だった。
    「この一太刀で決める 我が刃に悪を貫く雷を 居合斬り 雷光絶影!」
     尚竹が柄に手を掛け鯉口を切る。抜く手も見えぬ速さ、まるで雷光の如く剣閃が奔り、首は両断され地面へと転がり落ちる。それを拾おうとする姿勢のまま、男は停止した。

    ●月夜
    「こいつの主とも決着をつけないとな……これ以上の好き勝手、許すわけにはいかねえ」
     灰となって消えていく男を見ながら、花之介が裏で操る黒幕に闘志を燃やす。
     影を一輪の薔薇に変え、紡はそっと男の消えた場所に添えた。
    「安らかな眠りを……」
     解放された魂が静かに眠れるよう、胸元の月光を受けて光る十字架を握り祈った。
    「抑えられてた奴が、羽目を外すとタチが悪いな……」
     夜兎はこんな奴らが他にもいるのかと、嫌そうに肩を竦めた。
    「それにしてもこれで3連続で夜戦か……」
     最近の戦いを振り返り、夜戦王とでも名乗れそうだと尚竹は呟き、剣を納める。
    「イルマさんも夜の一人歩きには気をつけるんだよ? 女の子なんだし」
    「こんな変質者が他にもいるとは思いたくないが、気をつけるとしよう。だがこうしてみんなと一緒なら夜の散歩も悪くない」
     殊亜の心配そうな言葉にイルマは素直に頷き、ステップを踏むように月の照らす道に足を踏み入れる。
    「お疲れ様」
    「ありがとうございます!」
     海からドリンクを受け取り凪は嬉しそうに一息つく。
    「……疲れたね。片付けたら帰ろう……?」
     血が騒いだ所為か、気だるそうにアリアーンは設置した看板を片付け、荷物を皆で持つ。
    「せっかくの月夜だ、少し散歩しながら帰ろうか」
     吹き抜ける夜風が、戦いに熱くなった体を冷ますのを界は気持ち良さそうに浴びる。
     静寂の戻った夜道を、灼滅者は月を見上げながら歩き出した。

    作者:天木一 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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