「あなたのせいよ!」
女は男を責める。
「お前だって楽しみにしてただろ!?」
男は言い返して、割れた水槽の向こうに泳ぐモノを、息を呑んで見つめた。
骨――。
白骨化した標本のような魚が無数に、何もない中空を群れて泳いでいるのである――。
「幻想的な光景ですね! ……ではなくて、そう、早く助けにいかなくては!」
多和々・日和(ソレイユ・d05559)は気合いを入れるように腰の脇で拳を握りしめた。
時は夜、場所は埠頭に近い半島の水族館跡地。
取り壊される前に肝試しにでもいかないか、と地元の大学生たちが企画した肝試し大会が事の発端だった。
「全部で十人。中に取り残されてるのは国東さんという女性と安達さんという男性ですね。残りの八人はのん気にビールを飲みながら、建物の入り口辺りで二人が戻ってくるのを待っているようですが……そうですね、まずは何かしらの策を用意して水族館の中に入ることが必要でしょうか?」
水族館のなかはまるで朽ちた迷路。
あふれかえる白骨の魚は十や二十では効かない。
巨大なウミガメ、サメ、一匹は小さいが巨大な群れをつくるイワシや熱帯魚といった小魚たち。
「小魚はかなり弱いですから、取り囲まれても何とかなるだろうとエクスブレインの方もおっしゃってました! 問題はサメとウミガメですね、これは強い、です」
ウミガメは化石のような卵を爆弾のようにばらまくし、サメはその獰猛な牙で頭から丸かじり! だ。
前者は悠々と水族館のどこかを回遊しているが、サメは侵入者の気配を察知して獲物を虎視眈々と探している。
「サメよりも早く、取り残された二人を見つけてあげましょうね」
日和は真剣な面持ちで言った。
「他の小魚は倒してもきりがないので、この都市伝説の主と思われるサメとウミガメの討伐を目指しましょう。皆さん、どうか力を貸して下さい!」
参加者 | |
---|---|
レニー・アステリオス(星の珀翼・d01856) |
透純・瀝(エメラルドライド・d02203) |
函南・喬市(血の軛・d03131) |
多和々・日和(ソレイユ・d05559) |
攻之宮・楓(攻激手・d14169) |
椎名・梅生(梅暦・d19084) |
宍戸・源治(羅刹鬼・d23770) |
空本・朔和(安全第一・d25344) |
●知る者と知らぬ者
「ちょっといいかな?」
暗闇から声をかけられた女学生は一瞬顔を強張らせて――次の瞬間、頬を朱に染めた。レニー・アステリオス(星の珀翼・d01856)がラブフェロモンを解き放つ、廃墟の水族館前。
既に日は暮れている。
酒盛りをしていた大学生たちは、突然の闖入者に驚きはしたものの、敵意の類を抱くには至らなかった。
「え、あ、はい……」
もじもじと互いの肘をぶつけ合う二人の女学生。
その隙に別の男子学生へと話しかけた攻之宮・楓(攻激手・d14169)は、関係者――この場合は地元の学生にでも見えたかもしれない――を装って親しげに情報を集める。
「私たちも肝試しに来たのですが、皆さんはどんなルートで回られているのですか?」
「俺たち? えっとー、普通に2人ずつ、ぐるっと時計回りにこうさ。中に回る順番書いた看板出てるからその通り行くわけ」
「なるほど……」
頷き、椎名・梅生(梅暦・d19084)は照明を腰にくくりつける。
「なら、見取り図や案内図などもなかにありそうですね」
「ああ、入り口のホールにでっかいのがあるよ。あ、でも入るのちょっと待ってくんない? いま国東と安達が入ってったところでさ」
「国東さんと安達さん……」
空本・朔和(安全第一・d25344)が呟くと、学生たちは「そうそう」と気さくに言った。
「だからそいつらが出て来るまでちょっと待ってて欲し……」
だが、話している途中でふっとその場にいた全員が意識を失い倒れ込んでしまった。
――魂鎮めの風。
「悪いなあ」
宍戸・源治(羅刹鬼・d23770)は軽く手を掲げて眠りの淵に落とした彼らに謝ると、急ぐぞとばかりに背を向けた。
「入り口はすぐそこか」
「だな」
と、勇んで駆け込んだ透純・瀝(エメラルドライド・d02203)は眼前に広がる光景――否、『世界』にひゅうっと口笛を吹いた。
海原の代替物としての闇を泳ぐ掠れた白の魚たち。
詳しいものならば、標本のような白骨からも元の種類を言い当てることができるかもしれない。
異なる種の白骨魚が織り成す群れは幻想的というよりは――頽廃的。
「すっげ、壮観」
「こんな場所で肝試しなど物好きなと思ったが……」
函南・喬市(血の軛・d03131)は誰に言うともなしに呟いた。都市伝説に巻き込まれた当人たちにとっては皮肉だが、確かにこの幽玄なる世界はそのような用途にこそふさわしい。
初めて見る、山の緑とは異質な青の光景に喬市は瞬間、魅せられた。
「あっ、これが案内板ですね」
多和々・日和(ソレイユ・d05559)が見つけたのは館内図とルート表示坂だ。梅生が携帯のシャッターを切る。
「どの辺りで囲まれてしまったのかな……」
「ったく、俺らが辿り着くまで見つかるんじゃねえぞ……!」
急げ、と源治は同じ班の4人とともに駆け出した。残りの4人とは最初の分岐で海洋ルートと淡水ルートに手分けする。
●暗海
朔和を乗せたライドキャリバーが照らす廃墟の闇。
「いたっ、あいたたた!」
明かりに集まって来た骨魚の突っつき攻撃から逃げつつ、彼らは声を上げて2人を探すことにした。
「国東さーん、安達さーん、いたら返事をしてください」
「ナノッナノッ」
「落ち着けよ、もう」
興奮気味の梅丸を小突いて、梅生はそっと耳を澄ます。
――ズイィッ。
妙な移動音。
重厚感のある――。
「伏せてくださいませっ!」
とっさに楓が警告して、物陰に隠れた頭上を泳ぐ巨大なウミガメ――!
(「ほっ、ほね……」)
違う、と自分に言い聞かせる。
「あ、あれはアンデッドではなくとしでんせつ、としでんせつ……」
「と、都市伝説でもこわいよ!」
ひしっ、と楓にしがみついて、朔和も涙目だ。
「大丈夫か、おい?」
源治の問いかけに、「うううううん!」と震えながらも答える。やれやれと肩を竦めた梅生はウミガメが通り過ぎたのを確かめてから、もう一度声を張り上げた。
「いないんですかー? 変な魚が出現していると聞いて、助けにきたんですが……」
と、その時。
「こ、ここだー」
恐いのか、抑えた男の声が鼓膜を掠める。
「あっちだな」
「あっ、お、お待ちになって!」
楓は源治の服を掴んでその広い背中についていった。高校生とは思えないガタイの源治の後ろに続く、三人の小学生たちというこの状況。
「……た、助けてくださいお父さん!!」
などと、震える男が開口一番に言ってしまったのも無理はない。二人は頼もしそうな救援者に抱き着くようにして、がたがたと震えていた。
「もう大丈夫だよ!」
「無事でよかったですわ」
朔和がなぐさめ、楓は胸を撫で下ろす。
大学生の二人はこくこくと頷いた。出口まではアリアドネの糸が確実に路を繋いでくれる。
「それじゃ、戻りましょうか」
「ああ。もう1班にも連絡を入れねえとな」
梅生に頷き、源治は懐から携帯を取り出した。
「二人とも見つかったって?」
「ああ、無事だってさ」
レニーの問いに瀝は笑顔で請け負い、携帯をポケットにしまい込んだ。
「渓流コーナーってあっちかな。――あっ」
「どうした?」
敵でも現れたのか、と身構える喬市に瀝は「あれあれ!」とばかりに興奮した様子で指を指した。
「小さいけどマンボウじゃね!? すげー」
「…………」
仲間と合流するため駆け出しながら、その群れの脇をすり抜ける。それぞれの主人の後を、黒と茶の霊犬が颯爽と追いかけた。
「あっ!」
きゅっ、と日和の運動靴が急ブレーキに呼応した高い音を立てる。後ろの仲間を庇うように右手を広げたのは、あと少しで仲間と合流できるという曲がり角――その先に、獰猛な牙を持つ巨大なサメの白骨体を見つけたからだった。
●闘魚区域
甲高いブザーが廃墟の標本水族館と化した戦場に鳴り響くなか、解除コードが次々と唱えられる。
「っ……!!」
おおきい、と日和は口には出さず思った。
「すっげ、ホオジロザメかなシュモクザメかな、あるいはメガマウス!?」
瀝は鼻歌すら歌いだしかねないノリでカードの封印を解除、――倒すのが勿体ない! 本音が顔に出てしまっている。レニーは軽く嘆息の後、周囲を埋め尽くす有象無象の白骨魚をヴォルテックスの嵐によって蹴散らした。道が切り拓かれる。
「どうぞ」
「行くぜ!」
瀝の縛霊手が展開すると同時に傍らの虹が六文銭を射出。子どもっぽい興奮と『倒しきれる』という自信の入り混じった一撃がサメの全身を絡め取り、拘束する。
「――」
喬市の視線がそれを捉えた直後、フォースブレイクの激しい魔力の奔流がサメの頭部を殴打。三連撃のラストは日和のシールドバッシュだ。
「出会いがしらに失礼します!」
ドッ!!
もんどりうって吹き飛ぶサメの額に青筋が浮かんだような錯覚。
「そろそろ二人の避難は終わったかな?」
再びヴォルテックスを呼びながら、レニー。
途中でサメと交戦した場合、遭遇した1班がそのまま引き付けて撃破するとの打ち合わせ通りだ。もし救助よりそれが早かった場合でも、成り行きは変わらない。
最悪の危険物を一方が引き受けている限り――もう一方は最上の安全を保持できるのだから。
「げっ」
だが、瀝がセイクリッドクロスの聖光で白骨魚の群れを拡散させた時、暗闇の向こうから二体のウミガメが泳いでくるのが見えた。
「さすがにこれ全部相手すんのはきついぜ……」
――返答は、背後から届いた吹きすさぶヴォルテックスの暴風と乱れ飛ぶしゃぼん玉。除霊結界に囚われた魚の群れがピチピチと打ち震えた後、数体ずつまとめて落ちる。
もう1班のメンバーが駆け付けたのだ。
「いくよ、すわん!」
無事に二人を外まで送り届け、引き戻って来た朔和は勇ましく名乗りを上げた。――機銃掃射!!
怯むウミガメの顔面に叩き込まれる、梅生の百裂拳。
「なんか、本当ちょっとしたホラーですよね。この光景って」
「ホ、ホラーなんかじゃありませんっ!! これはアンデッドじゃなくてただの標本なのですわ! 粉砕されておしまいなさいっ!!」
サメの突撃は日和ががっぷりと四つに組み合う形で引き受ける。
その隙に飛び出した楓は喬市の張り巡らせた血色の結界を器用にくぐり抜け、サメの背後に回り込み――一刀両断!!
「あっ」
瀝が悲しそうな声をあげた。
「まだ告白してなかったのに――!」
「次へ行きましょう」
冷静な喬市、指先で器用に鋼糸を操り一瞬にしてウミガメを捕縛。驚いたウミガメは無造作に卵を放出するが、既に源治が万全の体勢で風を呼んでいた。
「ほう、骨んなっても卵は産めるんだなあ」
人造灼滅者として晒す、『羅刹鬼』の背中は広く大きい。彼らの前で戦うはめにならなくてよかったと、僅かな安堵が胸をよぎった。
「あとはこいつらを倒すだけだな。回復は任せとけ、存分に戦ってくれりゃあいい」
「はい!!」
威勢よく叫び、朔和は再び除霊結界で魚群を牽制。
「……どこに刺すべきなの、これ?」
レニーは首を傾げつつ、「まあいいか」と適当な骨に注射器をぶっ刺した。間断なく、喬市は鋼糸を操る指先をキュィ、と腕ごとひねりあげる。――骨の砕ける音。空中でウミガメの巨体がバランスを崩した。
今しかない、と日和が跳躍する。
それはまるで縛霊手というよりも獣の巨腕――!!
「この拳骨を、召し上がれ!」
ボキッ、バリッ……。
咀嚼するような音と共にウミガメの甲羅が半分欠け落ちた。グロテスクな光景に楓が息を呑み、梅生は「よいしょ」とばかりに縛霊手を振るう。更に欠ける骨の甲羅。
「はい、あともう一息」
跳び込むのは瀝と、目をつぶってロッドを振り回す楓だ。
「動く標本は面白いですけど、アンデッドと紛らわしいですし――」
「カルシウムになっちまいなっ!」
輝く十字架が魚を吹き飛ばす中心で、楓のフォースブレイクがウミガメの頭部を横殴りに殴り飛ばした。
パラパラと硝子のように骨が飛び散る。
まるで、海に消える星々のように……。
「あ、まだ寝てる」
こそっと建物の影から外を覗いたレニーはぐーすか寝入っている大学生たちを確認してそのままにしておくことにした。
「でも女性は体を冷やすといけないし……」
「なんだよこの手?」
「僕のだけじゃ足りないでしょ」
「えっ、でもこれは大切な兄貴のお古で」
「ほら、君も」
「…………」
レニーと瀝と喬市は何やら三人で話し込んでいる。
一方、朔和と日和は「お疲れさまでした!!」と朗らかに斉唱して仲間たちに怪我がないかとか、霊犬やライドキャリバー、ナノナノといったサーヴァントたちにも丁寧に労いの言葉をかけていった。
「肝試しは都市伝説の素ですね……次がありませんように」
「本当ですわ。初めてきた水族館がこれでは……」
はあ、と楓の溜息は重い。
「終わってみれば哀れな都市伝説でしたね」
褒めろ、と偉そうに胸を張る梅丸をあしらいつつ、梅生は小さく嘆息する。
「まあ、犠牲者が出なくてなによりだなあ」
源治は豪快に笑ってから、ふと考え込むように顎を撫でた。
「しかし、肝試しとしてはちと面白みがなくなっちまったかもな」
「トップバッターのふたりは災難だったよね……」
闇を泳ぐ白骨魚の群れを思い出して、朔和はぶるりと体を震わせる。しばらくは油断すると夢に出てきそうだ――忘れようとするかのように、頭を何度も横に振るのだった。
作者:麻人 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年5月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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