●
その女は霧に紛れて現われると、古い同僚から聞いたことがあった。
だからだろうか。警備員の男は警棒を持っていながらにして、手がしきりに震えていた。
「と、止まれ。止まらないと……!」
彼が聞いたのは単なる怪談話である。身も蓋もない話である。
しかし現実とは往々にして架空のそれを超えるもので、男が出会ったのがまさに『それ』であった。
「止まらないと、どうなるんだよ。ニンゲン?」
フリルがついたシックなドレスにハイヒール。
歳にして二十代のなかごろといったところだろうか。女は巨大なパイルバンカーとハンマーをそれぞれ片手で持ち上げていた。
いや、それぞれが腕と一体化していたのだ。
男が恐怖のあまり逃げだそうとしたその瞬間、女はかなりの距離を一瞬にして縮め、ハンマーを上から下へと降った。
ただそれだけで、男は原型の分からない姿になったのだった。
「……」
女はものいわぬ肉塊をしばらく見つめてから、汚らしくつばを吐き捨てた。
「ツマンネエ。日本ってこんなツマンネエ場所だったかねえ」
くい打ち機を腕からパージして、肩を押さえつつ首をこきりと慣らす。
ドレスの胸元から煙草を取り出し、口にくわえ、腰や胸を叩いた後、マッチもライターもないことにきづいて苦々しい顔をした。
試しに今し方肉塊にしたばかりの相手を探ってみるが、缶バッチのように平べったくなったジッポライターが出てきてまたも苦い顔をする。
「どいつもこいつもプライドばっか口ばっかで楽しくもなんともねえよ、ったく……」
そこまで言ってから、彼女は自分の首輪を指で引っ張った。蒸れた空気を入れ換えるためだ。
まがまがしい首輪である。
いっそのことハッキリ述べてしまうが、この首輪を嵌めた人物からの命令で、彼女はここを訪れていた。
が、訪れる目的も、その内容も、なにもかもが彼女にとってどうでもよかった。
暴れて壊して刺激があればなんでもよかったのだ。
故に、『おつかい』を真面目にこなすつもりはない。こなしているフリをいつまでも続けて遊んでいるつもりだ。
「灼滅者とかゆーのは来ないのかねえ。退屈で死にそうだ」
●
「『アリス』ってのは欧州じゃ一般的過ぎる名前でな、『Aさん』くらいの不特定単数の女性をさす代名詞だったりするんだ。今回のケースで言えばこいつは『重武装した女』って意味になる」
新潟ロシア村での戦いから暫く経った今、弱体化装置を巡って新たな動きが捕捉されている。
なんでも、爵位級ヴァンパイアによって力を制限されたヴァンパイアが日本に訪れ、快楽目的の破壊活動を起こしているという。
「今回のケースも例外じゃない。おつかいを頼まれたが真面目にやる気が無く、サボるついでに遊び呆けようってハラなんだな。まあ、余計な思考が挟まらない分こちらとしてはやりやすいんだが」
アリス・ヘビーウェポンズ。
重武器の扱いを得意とするヴァンパイアである。
ニトロの予知によれば、町外れの小さな工場を襲って数人の従業員を殺害しつつ工場を破壊、暫く遊んで飽きたら帰るという行動に出るそうだ。
時間は夜。それも深夜帯である。
「相手は刺激大好きの快楽主義者だ。戦いが激しければ激しいほど逃げる気をなくす。そういうタイプのヤツだ。細工を巡らせるよりは、できるだけ勢いよく派手にぶつかって行く方がコトはうまく進みやすいだろう」
最後の資料一式を手渡してから、ニトロはパッと手を振った。
「どのみち全てはお前次第だ。頼んだぜ!」
参加者 | |
---|---|
影道・惡人(シャドウアクト・d00898) |
バジル・クロケット(蒼灼紅雷・d02754) |
笙野・響(青闇薄刃・d05985) |
海堂・月子(ディープブラッド・d06929) |
阿剛・桜花(目指すは可愛い系マッスル女子・d07132) |
碓氷・炯(白羽衣・d11168) |
園観・遥香(夜明けのネコ・d14061) |
神代・城治(紅蓮の騎士・d24369) |
●Ignite the heart
人間が歩いて通り抜けられそうなほどの巨大なパイプが十メートルほどの高さに渡されている。
その上に片膝と顎肘をつく女がいた。
アリス・ヘビーウェポンズ。彼女にとって名前は意味を成さないが、ここでは『アリス』と呼ぶことにする。
「へえ、こいつは驚いた。バベルチェインを抜けてきたのか。アンタら、そういうアレなのかい。おっと、皆まで言うな。カッコつけてものを喋るとトチった時につらいぜ。アタシはお前の体面なんてどーでもいーけどな。さて」
立ち上がる。
そんな彼女の背後に、緋色のマントが広がった。
神代・城治(紅蓮の騎士・d24369)のものである。
彼はマントの内側から物理的に矛盾した大きさの杭打ち機を引っ張り出すと電動ドリルのように回転させながら叩き込んだ。
アリスは素早く腰をひねり、振り向きざまに杭を『手のひら』で受け止めた。
「よう首輪つき(slave man)」
「よう成り損ない(odd man)」
手のひらを貫通した杭をそのまま握り込むと、回転とは反対側に腕を捻った。
おぞましい音と共に城治とアリスの腕が拉げ、肘の骨が露出した。
途端、足下のパイプからスパークが走り金属面を破壊しながら剣が突き出てきた。
ぐるんと鉄板を切断。落下しそうになったアリスは直前で跳躍。すると穴からバジル・クロケット(蒼灼紅雷・d02754)が飛び出してきた。
剣を溶接機のごとく発熱させながら、彼はそれをアリスめがけて振り込んだ。
空中で接触。アリスは片腕をハンマーに変えて、彼の剣を受け止めた。飛び散るスパーク。
更にアリスは握ったままにした杭を反転させ、バジルの胸に突き立てた。
杭の先が背中へ貫通。吹き出た血が炎となり、空中に大きな花火を作った。
互いにもつれあったまま地面へ落下。下はワゴン車である。
着地寸前に身体をひねり、アリスはバジルをワゴン車へ叩き付けた。喰いが突き刺さり、まるで標本のように縫い付けられる。
その杭めがけてハンマーを振り上げるアリス。
が、そんな彼女の側頭部めがけて飛来するものがあった。銃の弾頭である。回転しながら接近する弾をスローモーションで認識したアリスは腕が折れるほどの無理矢理さでハンマーの軌道を修正。弾丸を弾き落とす。その直後、弾に重ねる形で飛来したオーラキャノンがアリスの側頭部に直撃した。
電子レンジに入れすぎた肉のようにこげついた顔半分をぎろりと動かして見やれば、パイプの上を走るライドキャリバー・アームド・ザウエルとそれに跨がる影道・惡人(シャドウアクト・d00898)の姿があった。
パイプの上から飛び上がり、機銃射撃をつつけながら周回機動をとる惡人とザウエル。
猛一方の腕も杭打ち機に変えてガードするアリスだが、その隙にバジルに蹴り飛ばされた。腹に靴底を当て、突っ張るようにである。
だが結果的に飛んだのはバジルの方である。つまり、離脱したのだ。
何からの離脱か?
「――ん」
空中に躍り出た園観・遥香(夜明けのネコ・d14061)である。
虚空に翳した彼女の腕へ巻き付くように金属製のプロテクターが出現。更に無数の部品が瞬間的に組み合わさり、巨大なバベルブレイカーと化した。空圧噴射によって遥香はアリスの背骨めがけて杭を叩き付けた。脊髄を破壊する勢いでぶつけられたためか、アリスは車のルーフに身体を押しつけられた。
「バベブレくん。インパクト」
遥香がそう言うやいなや激しいモーター音と共に杭を高速押出。自動車内部にまで杭がめり込んだ。
もう一発、とエネルギーを伝達させようとした所で、遥香の目の前に光が発生した。
具体的にはアリスの肩口と遥香の顔面にちょうど挟まるような位置に、ギルティクロスが突如出現。空間ごと彼女を引き裂いた。
が、遥香に傷はなかった。横から飛び込んできた海堂・月子(ディープブラッド・d06929)が彼女を抱えて離脱したからだ。だがその際に被弾したらしく、ジャケットの背中は大きく十字に引きちぎれていた。肉体はいわずもがなである。
春香を抱えたまま地面を滑る月子。
「激しいのね、ゾクゾクしちゃう」
上唇をちろりと舐めると、足下から影のツタを高速で射出。起き上がったばかりのアリスの足首に巻き付くと、車のルーフから彼女を引きずり下ろした。
頭からコンクリートの地面に落下するアリス。顔面を血まみれにして起き上がった彼女に、歩くような静かさで碓氷・炯(白羽衣・d11168)が接近した。しかし速さは常人の全力疾走より更に早い。腕二本分の間合いまで接近したところで抜刀。ハンマー型の腕が肘部分から切断し、返す刀でアリスの首を切りつけた。
首半分まで刃が食い込んだところで、それは止まった。
壊れた消火栓の如く吹き上がる血液。
ぎろりと視線が炯に向く。
刀が離れない。首の筋肉を瞬間的に硬化させたのか、もしくは常識から外れたなにがしかか。炯は切れ長の目を更に細くした。
ぬっと伸びてくる腕。
通常状態に戻した腕が炯の頭を掴み、刀の食い込んだ首を無理矢理動かして彼の肩口に噛みつこうと……したところで、アリスの背中に小刀が突き刺さった。と同時にスパーク。
逆回しのような不自然さで手元に小太刀を戻した笙野・響(青闇薄刃・d05985)が、炯に離脱するようにアイコンタクトを飛ばした。
刀を引き抜いて飛び退く炯。
追いすがろうとしたアリスの前に、阿剛・桜花(目指すは可愛い系マッスル女子・d07132)が割り込んだ。繰り出されたパンチを赤い円形シールドでガード。
「阿剛流奥義――!」
利き腕を異形化させると、アリスの顔面めがけて拳を叩き付けた。
スイカ割りに使う棒を盛大に間違えたような音がしてはじけ飛ぶアリスの頭部。
アリスはよろよろと後じさりしたあと、仰向けに倒れた。
形容しがたい物体の破片が飛び散り、血液が大きく広がった。
「ふう……」
桜花は手首をぱたぱたと降ると小さなため息をついた。
「なんだか拍子抜けですわねえ。能力が制限されてるとこのレベルなのかしら」
「おつかれさま」
後ろから手を掲げてやってくる遥香。反射的にハイタッチの構えをとる桜花。
遥香はここぞとばかりに桜花の乳房を掴もうとし――た、ところで。
周囲一帯が異常なまでの濃霧に包まれていることに気づいた。
それも赤い霧である。
眼球にカラーフィルタでも通したかのように周囲が赤く、そしてむっとするような鉄の臭いに包まれていた。
「おいヤローども」
惡人は銃底で自分の額をこつこつ叩いて、あくびをかみ殺したような口調で言った。
「そいつ全然生きてんぞ」
そう言われて、桜花はハッと目を見開いた。ほぼ本能だけで遥香を異形化した腕で突き飛ばす。胸を突かれ、数メートルほど吹き飛ぶ遥香。
だがそれでいい。
桜花の頭上。直上。血液が硬化したかのような異形のハンマーが今まさに降ってきた所だったのだ。
それも、彼女を一瞬で肉塊にできるほどの、建設重機かというほどのものである。
シールドを巨大化して翳す桜花。が、ハンマーは彼女をものともせず、地面へずしんと押しつけられた。
「HA-HAHAHA」
非人間的な、泥のような声色が聞こえてくる。
空間全体から聞こえてくるのだ。
バジルは剣を構えて視界を巡らせた。
彼に背をつけるように両手を広げて構える月子。
沈黙一秒。
直後、ハンマーが落ちた地点を中心に地面が震動し、地面から大量の杭が飛び出してきた。フレシェット弾のような小さな杭が大量に射出された状態である。
言葉を発している暇はない。響は即座に夜霧隠れを発動。血液の霧と混じり合って月子たちの姿を隠した。
直後、響の腕があった場所が空間ごと断裂。自分の腕が回転しながら飛んでいった。
「――!」
「そこか」
腕の切れ目を押さえてリカバリーをはかる響とすれ違うように城治が手刀を繰り出した。
赤いオーラを纏わせた手刀が『がしり』と掴まれる。
血液を凝固させたような手にである。
そこを中心に血液が収束し、人の形になり、肉と皮膚が生まれ、やがてそれはアリスとなった。
まるで傷の無い、白くて透き通った肌の女である。
「ちょうどいい」
泥のような声でそう言うと片腕を再び血液化。そして開口ドリルのように円錐形に整えると、凄まじい速度で螺旋回転させた。
「『抑制された』アタシの相手にちょうどいい」
眼球めがけて突き込まれるドリル。が、それを月子が横から掴み取った。
高速で螺旋回転した開口器具を掴めばどうなるかなど誰でも分かる。月子の手首から先が無残に千切れ飛んだ。
が、月子は自分の腕などどうでもよいと言う顔で回し蹴りを繰り出した。
ハイソックスのように影業を纏わせた足が、アリスの身体を斜めに切り裂いていく。
続けて城治がライフブリンガーを繰り出した。
アリスの身体がはじけて飛び散る。肉片としてではない。血液としてだ。
血液は再び彼らの頭上に収束。両腕を巨大な鎖鉄球へ変えると、月子たちへと振り下ろしてきた。
が、そんな彼女の身体にアームド・ザウエル(ライドキャリバー)が身体ごとぶつかった。そこに跨がった惡人が零距離から銃を連射。
かっさらうようにして地面に叩き付けようとしたがアリスが空中で溶け、惡人の後ろに跨がるようにして再構築された。
あんぐりと口を開けるアリス。
が、その首は途中で切断され、空中へと飛んだ。
炯がすれ違いざまに首を切断したのだ。
アリスはキャリバーから転げ落ちたが、回転しながら落ちてきた首をキャッチし、再び自らの首に押しつけ、再構築させた。
再構築の直後、炯が刀をずぶりと胸に突き刺した。キンという空気の凍る音と共にアリスの胸部が凍結。
更に背後に急接近していたバジルが剣を反対側から突き刺し、激しい熱を送り込んだ。
彼の全身からは壊れたストーブのように火が噴き出している。
「派手なのが好きなんだろ?」
「――」
目を見開くアリス。
彼女の身体が複雑に爆発し、かけらになって周囲に散らばった。
かろうじて残った液体が寄り集まり、幼い娘の形になって再構築される。
短い腕を引き絞り、拳をハンマー化。バジルと炯それぞれを殴り飛ばした。
が、それが彼女の限界であったようだ。
めまいを起こしたように身体をよろめかせ、口からどす黒い血を吐いた。
そんな彼女に、ゆっくりと歩み寄る遥香。彼女の腕に装着されていたバベルブレイカーが瞬時に分解、オーラの粒子になって再構築。遥香は駆け出し、オーラを纏った腕でもってアリスの顔面を殴りつけた。
インパクト。
オーラの杭がアリスを貫き、アリスの身体は粉々に爆砕した。
同時に周囲を包んでいた鉄臭い霧も消え、夜の静寂が戻ってきた。
戦いは終わった。
めまぐるしい戦いは、終わったのだ。
「お疲れ様、やりましたわね!」
ふと振り返ると、桜花が手を掲げていた。
遥香は無表情のままハイタッチの構えをとり。
「えい」
桜花の乳房をおもむろに掴んだ。
きゃーきゃーと騒ぐ桜花たちを背に、城治はふとあるものを発見した。
血まみれで転がるアリスの首である。
「おい、首輪つき(disabled man)」
城治は首を片足で踏みつけて話しかけた。
「ローゼンクロイツを知っているか?」
首は眼球を動かして彼の顔を見ると、黙って目を閉じた。
「……フン」
一息に踏み砕く城治。
飛び散ったものは、跡形も無く溶けて消えた。
「帰ろう。シャワーを浴びたくて仕方ないよ。腹も減ったし」
「こんな戦いのあとなのに、よく食欲がわくわね」
バジルや響たちは『それなり』の処置をして戦場跡を離れるところだった。
「生きていれば腹は減るさ。そういうお前だって表情一つ変えてないぜ」
「そんなことないわ。今でもあのヴァンパイアを憐れんでるもの。『もうこんな退屈なところにきませんように』って」
「退屈なところ、ねえ」
小さくあくびをする月子。
ふと、地面に血まみれの煙草が落ちているのと発見した。拾い上げる。セブンスターだ。
「彼女のものですか?」
それを横からのぞき見て、炯は眉を上げた。
「確かにキツい煙草吸ってそうな奴だったな」
反対側から覗き込む惡人。
「ま、どうでもいいやな」
月子の手から煙草を取り上げると、暫く眺めてからその場に投げ捨てた。
その一秒足らずの間にどんな想いが巡ったものか、余人にはわかり得ぬことである。
惡人は頭の後ろで手を組んで、皮肉っぽく笑った。
「勝ちゃいいんだ、勝ちゃあ」
作者:空白革命 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年5月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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