美味にさらなる彩りを

    作者:鏡水面

    ●混ざる赤
     都内某ホテルのレストランにて、その事件は起こる。
     ほとんどの客が寝静まった深夜のことだ。最上階のレストランでは、ラストオーダーの時間をとうに終えて、店じまいの準備をしていた。
     そんな時間に、一人の客が訪れる。扉が開く音に、片付けをしていたホールスタッフの青年が顔を上げた。
     すらりとしたスーツに白いワイシャツ、深紅の生地に白いストライプが印象的なネクタイを締めた男が、ゆったりとした動作で窓際の席に腰かける。年は四十代半ばくらいだろうか。明るいブラウンの髪に、青い瞳。ヨーロッパから出張に来たビジネスマンかもしれない。
    「お客様、大変申し訳ございませんが、ラストオーダーのお時間を過ぎておりまして……」
    「悪いが、一杯だけ飲ませてはくれんかね」
     青年が客席まで向かい丁重に頭を下げるも、男は引き下がらない。有無を言わせない、強烈な視線に青年は凍り付いた。
    「……ご注文はいかがなさいますか?」
     青年の緊張に満ちた言葉に、男はニコリと満足そうな笑みを浮かべる。
    「ワインを頼むよ。この店で一番オススメのやつを」 
    「かしこまりました。少々お待ちください」
     青年は一度カウンターに引っ込んだあと、グラスとワインをテーブルに運ぶ。シャンデリアの燈色の灯りが、グラスをきらめかせる。
    「どうぞ、こちらになります」
     グラスにワインを注ぐ。フランス産の葡萄を使った四十年モノの赤ワインだ。男はグラスを傾け、ワインの色を見る。次いで香りを嗅ぎ、そっと一口含んだ。
    「うむ、実に美味だ……しかし、少々物足りない」
     直後、グラスにさらに液体が注がれる。注がれたのは鮮やかな赤。それは飛沫のように、グラスを激しく染めあげた。
     テーブルの足元に青年が転がっている。赤い絨毯に、さらに鮮明な赤がじっとりと沈んでいく。
    「ふむ、ワインに若い男の血も悪くないな」
     赤みを増したワインを口に含み、ごくりと飲み下した。男はグラス内の液体を回し、葡萄と血の混じった香りを楽しむ。

    ●悪飲のヴァンパイア
    「ホテルのレストランで、ヴァンパイアによる殺人事件が起きようとしている」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は、険しく眉を寄せ、ゆっくりと話し始める。
    「事の発端は、新潟ロシア村の戦いのあと、行方不明になったロシアンタイガーが持つ『弱体化装置』を狙って、ヴァンパイアたちが動き出したことだ。……今回灼滅して欲しいヴァンパイアも、その中の一人」
     ヴァンパイアの名はジョアン・マクファーレン。彼は爵位級ヴァンパイアの奴隷として、ロシアンタイガー捜索の仕事を請け、来日した。
     爵位級ヴァンパイアたちは、その多くがサイキックアブソーバーによって活動を制限されているため動けない。だから彼らは、彼らが奴隷化し力を奪ったヴァンパイアたちを使い、ロシアンタイガーの捜索を行っているようだ。
    「奴隷のヴァンパイアたちは、奴隷からの解放と引き換えに、この仕事を請け負ったようだが……ジョアンは本来の任務を放り出して、己の欲求を満たそうとしている」
     長期に渡り奴隷として抑圧されてきた憂さ晴らしか、彼は捜索よりも、自らの楽しみを優先した。その結果、事件が起こってしまうという。
    「お前たちが到着する頃には、残念だがホールスタッフが一人殺害された直後だろう。……これ以上、奴に好き勝手させてはいけない」
     ジョアンのポジションはクラッシャーだ。ダンピール系のサイキックと、マテリアルロッド系のサイキックを使ってくる。
    「店内には殺された店員以外に、店員が三名いる。ラストオーダーが終了した深夜だから、新しい客が来ることはない。駆け付けた段階では、店員たちは厨房にいて殺人には気付いていない。しかし、気付くまでそう長くはかからないだろう」
     一呼吸置いた後、ヤマトはさらに顔を顰める。
    「……彼らの救助について、どうするかは任せる。助ける余裕など、ないかもしれないからな」
     生き残っている店員の安否については問わない。いくら奴隷化されて力を失っているとはいえ、相手は高い戦闘力を持つヴァンパイアだ。全力で行かなければ、勝てない。
    「レストランがある最上階までは、エレベーターを使っていくといい。警備員が巡回しているかもしれないが、不審な行動を取らなければ、ホテルに泊まっている客だと思われるだろう」
     一通り説明を終えて、ヤマトは眉間を指でぎゅっと押さえた。予知で視た光景を思い返し、どこか耐えるように目を瞑る。
    「……グラスに血を注ぐなんて、悪趣味ってレベルじゃないな。こんな蛮行が二度と繰り返されないよう、奴を灼滅してくれ。よろしく頼む」


    参加者
    時宮・霧栖(紅色の忘れ形見・d08756)
    彩辻・麗華(孤高の女王を模倣せし乙女・d08966)
    霧野・充(月夜の子猫・d11585)
    シグマ・コード(フォーマットメモリー・d18226)
    久条・統弥(槍天鬼牙・d20758)
    鮫嶋・成海(マノ・d25970)
    狗山・小春(紡ぎ唄・d26717)
    ペリザリス・ペリガン(氷蛇のプリベンター・d27077)

    ■リプレイ

    ●接触
     白銀色の満月が浮かぶ深夜。ホテルに向かい、灼滅者たちはエレベーターへと乗り込んだ。幸いにも警備員に見つかることなく、エレベーターは静かに上昇していく。最上階に到着した彼らは廊下を走り抜け、レストランの扉を強引に開け放った。    
     即座に鮫嶋・成海(マノ・d25970)が防音の壁を張り巡らせると同時、狗山・小春(紡ぎ唄・d26717)はインラインスケートで滑走し、レジの横から厨房に侵入する。
    (「ゴメンナサイ、しばらく眠っててくださいッス!」)
     厨房の中央へと滑り込み、魂に響く爽やかな風を巻き起こした。店員たちは心地良さに意識を遠のかせ、床に倒れていく。
     小春が厨房に入った直後、灼滅者たちに気付いたジョアンはグラスから顔を上げた。
    「おや、大勢でどうしたのかね?」
     逃げ場を塞ぐように囲まれるも、ジョアンは低く穏やかな声で話す。
    「あんたに用があってきた。人の趣味をとやかくいうつもりはねぇんだけどな……」
     シグマ・コード(フォーマットメモリー・d18226)はジョアンを見やり、苦笑する。ジョアンは首を傾げ、何か考えるように瞳を細めた。
     直後、時宮・霧栖(紅色の忘れ形見・d08756)が、客席に腰かけるジョアン目がけシールドバッシュを繰り出す。ガキン! と甲高い金属音が響くと同時、霧栖の盾はジョアンの杖と交差した。グラスに入ったワインが、振動で僅かに零れ落ちる。
    「久しぶりに羽を伸ばしてる所申し訳ないけど、ちょっとアタシ達と付き合って貰おうか?」
     ギリギリと金属が擦れる音の中、さっぱりとした口調で霧栖が告げる。
    「随分と刺激的なお誘いだね、ワインが零れてしまったじゃないか。……ああ、君らが奴の言っていた灼滅者か」
     ジョアンは霧栖の盾を弾き、立ち上がった。そうして興味深げに、灼滅者たちを眺める。舐めるような視線から目を逸らさず、久条・統弥(槍天鬼牙・d20758)は言葉を投げかける。
    「質問していいだろうか。あなたは誰の差し金ですか? そして、装置で何をするつもり?」
     湧き立つ怒りを抑え紡がれた統弥の問いに、ジョアンはワイングラスを揺らした。
    「私を楽しませてくれたならば、教えてやってもいい」
    「……交換条件、というわけでしょうか」
     成海の言葉にジョアンは頷き、嘲るような笑みを浮かべた。
    「そういうことになるかな。ふふ、ワインに君らの血は合うだろうか……」
     刹那、ペリザリス・ペリガン(氷蛇のプリベンター・d27077)のビハインド、ララエッグが霊撃を繰り出す。次いでペリザリスが接近し、風のような斬撃を振り下ろした。鋭い斬撃をジョアンは杖で防ぎ弾く。
    「まったく、グラスくらい置かせてくれよ。また零れてしまうじゃないか」
     厨房から戻った小春も背後に回り込み、奇襲を仕掛ける。異形化させた腕を振るうも、ジョアンは素早く身を翻し杖でこれを防いだ。
     小春はジョアンの杖に、魔力が集束していく様子を捉える。瞬間、本能が警鐘を鳴らした。とっさに離れ、ジョアンから距離を取る。赤い魔力を帯びた杖が空気を焼くように目の前を通り過ぎた。
    「ふむ、味見をし損ねた」
     避けてもなおビリビリと伝わる魔力……当たればタダでは済まないだろう。
    「……やっぱ強いッスね。でも、人の命を弄ぶようなマネはさせないッス!」
    「ほう? 具体的にはどうするのかね?」
    「灼滅……ここで終止符を打たれるってことッスよ!」
     これ以上の犠牲は許さない。強い信念の元、小春は嘲笑うジョアンの顔を睨み付けた。
    「目先の欲求に負け、無為な殺しを繰り返す。まさに外道の所業にございますね。ルールを逸脱した輩は、ゲームから降ろさせてもらいますよ、ジョアン様」
     淡々と告げ、ペリザリスは刀を構え直す。
    「君たちのルールなど知らないよ。私は私のルールの中で生きる……絶対に」
     ジョアンはグラスをテーブルに置き、ワインボトルはテーブルの下に移動させた。この状況下でワインを気にかける余裕に、霧野・充(月夜の子猫・d11585)は眉を寄せる。
    「……血を求める気持ちはわからないでもないですが、こんなやり方は悪趣味です」
     その余裕は、侮りの感情と同時に力の大きさを示していた。警戒をさらに強め、充は武器をしっかりと握る。
    「悪趣味とは心外だな。まあ、君たちにはわからないだろう」
     両腕を広げるジョアンの杖に、魔力が集束していく。
    「貴方の行い……必ず、止めてみせますわ」
     彩辻・麗華(孤高の女王を模倣せし乙女・d08966)は凛と言い放ち、ジョアンをまっすぐに睨み据えた。麗華の剣に映るジョアンの顔が、狂気じみた笑みを浮かべる。
    「さあ、パーティーを始めよう」

    ●開幕
    「何があってもあんたを此処で倒す!」
     統弥は床を蹴り、風のごとく駆ける。螺旋のようにうねる魔槍を繰り出し、ジョアンの体へと突き刺した。
    「ほう……なかなか痛いものだな」
     ジョアンは冷静に呟き、腹に刺さる得物をぐっと掴んだ。力任せに引き抜き、統弥ごと投げ飛ばす。
    「くっ……!」
     統弥は宙を舞いながらも体勢を整え、着地を試みた。着地点に向かい、ジョアンが雷撃を放つのが見える。爆ぜながら迫るそれに、統弥は耐えるべく身構えた。
     雷撃は統弥に到達する直前、軌道上に割り込んだシグマの影に行く手を阻まれる。紫と黒が混ざり合った異形の腕が、雷撃を巻き込んで四散した。体に走る痺れと衝撃に、シグマは足を踏みしめ堪える。
    「自ら割って入るとは……痛いのが好きなのかね?」
    「そんなわけねぇだろ。これが俺の役目だからだ」
     明らかな挑発に、シグマは内心では冷静に、かつ意図的に棘を含んだ声音で答えた。
    「シグマさん! 回復します!」
     成海がシグマに向け、癒しの力を込めた光の輪を放った。放たれた輪はくるくると回りながら飛翔し、シグマを守るように包み込む。精神を研ぎ澄まし、成海は仲間のダメージを癒すことに徹する。
    「便利なサイキックを持っているじゃないか」
     杖を掲げ、ジョアンが感心したように言った。直後、成海に向かって放たれた赤い光線を、霧栖が盾でしっかりと受け止める。
    「させないよっ!」
     脳に響くような衝撃波に意識が揺らぐも、何とか持ち堪えた。ジョアンは一瞬眉を寄せるも、スッと口元を吊り上げる。
    「……君の血は美味しいだろうか?」
    「そんなに血を飲みたいなら、自分の血でも飲んで我慢するんだね」
     霧栖が淡々と告げる中、麗華は客席の陰からウロボロスブレイドを抜き放った。ジョアンの足に麗華の剣が蛇のように巻き付き、鋭い刃を喰い込ませる。
    「この剣からは逃れられませんわよ」
     無理やり振り解かれ、力負けしないよう強く柄を握り締め、麗華はジョアンを視界に捉える。
    「っ、ふふ……おとなしそうな顔をして、過激なことをする」
    「貴方を灼滅するためならば、全力で戦いますわ」
     麗華は凛と宣言し、さらに深くジョアンの足を抉った。動きが鈍ったジョアンの背後を狙い、充が駆ける。魔力を込めた杖を振りかざし、ジョアンの背へと叩き込んだ。
    「ぐっ……」
     麗華の剣に気を取られていたのだろう。充の一撃はジョアンに命中し、大きなダメージを与える。
    「あまり余所見をされては、いけませんよ」
     背に捻じ込むような一撃を入れてもなお、充は力を緩めない。
    「……誰が灼滅などされるものか!」
     ジョアンの瞳に凶暴な光が宿る。刹那、魔力を凝縮した竜巻が解き放たれた。竜巻は充を吹き飛ばし、さらにテーブルや椅子、灼滅者たちを巻き込んで激しく吹き荒れる。
    「みなさんっ、大丈夫ですか!」
     レスポール型のギターを落とさないようにがっしりと掴み、成海が精神を集中させる。回復のタイミングが遅れれば、状況が不利になる可能性もある。そして今が、回復すべき時だ。
    「小春さん! 合わせて回復を!」
     一人ではフォローしきれない。周囲の状況を確認し、成海は小春へと声をかける。
    「わかったッス!」
     小春は竜巻が吹き付ける中、清めの風を発動させた。竜巻の間を縫うように温かな風が吹き上がり、傷を癒していく。
     清めの風に合わせるように、成海がリバイブメロディを奏でた。明るくエネルギーに満ちた旋律が温かな風に乗り、傷付いた仲間に届く。
    「鮫嶋さん、狗山さん。回復感謝いたしますわ。……さあ、行きましょう」
     麗華は己の槍に影を宿し、ジョアンに向かって走る。数秒先の未来を予測し、しっかりと狙いを定める。
    (「確実に射抜くべき、ですわね」)
     純白のドレスと漆黒の髪が流れるように舞うと同時、標的の腹を迷いなく貫く。
     余裕めいた笑みを浮かべていたジョアンの表情が、ピシリと凍り付いた。麗華が付けた傷口から、影が噴き出す。それはジョアンの目前を暗く覆った。
    「!? ……謀ったな、ッ! ボスコウッ……く、そ、やめろ! 力を奪うなッ! この下衆めがああぁああ、ッ……」
     掻き毟り引きちぎった襟の隙間から、首輪が露出する。奴隷化したときの記憶だろうか。正気を失い叫ぶジョアンに、大きな隙が生まれる。
    「過去が何であろうと、お前の行為は許されない!」
     統弥は『霊刀・陽華』を腕と一体化させ、巨大な刀を形成する。鏡のような刀身にジョアンを映し、胸部を鋭く斬り裂いた。同情心がないわけではない。だが、犠牲者が出た以上、許すわけにはいかない。
     大きなダメージを受けよろめくジョアンに、小春が追い打ちをかける。
    「ここに乗り込んだのが、運のツキってやつッスよ!」
     インラインスケートを加速させながら、拳に闘気から生み出した雷を宿す。ジョアンの懐まで滑り込み、鋭いアッパーカットを繰り出した。衝撃にジョアンの体は宙に浮き、電流が体にバチバチと流れる。
    「悪いな。手加減はしねぇから」
     シグマも影の腕を放ち、黒死斬を繰り出した。それは大きく手を広げ、確実にジョアンの首元を斬り裂く。
    「さっき吹き飛ばされたお返しです」
     この機を逃すはずがない。充は非物質化させた剣を閃かせ、ジョアンの邪な魂をまっすぐに貫く。口から血を零しながら、ジョアンは激しく咳込んだ。
    「な、んで……たかが、灼滅者、に……!?」
    「敗因は明らかでございます」
     ペリザリスの日本刀が弧を描き、ジョアンの首を深く斬り裂いた。彼女は宿敵に、冷めた眼差しを向ける。
    「『たかが、灼滅者に』。……貴方が抱いた慢心でございましょう」
    「ぐう……この……ッ!!!」
     余裕の微笑はもうどこにも存在しない。力のかぎり杖に魔力を込め、侮りのない破壊力を以て振り抜いても、焦点の合わない視界では誰にも当たらない。
    「フフ、ざーんねーんでーした。……行って!」
     ニッと強気な笑みを浮かべるも、霧栖はすぐに表情を引き締めた。渾身の力を込めた剣の輝きが、ジョアンを眩い光と共に斬り裂く。
     ジョアンは力を失い、その場にドサリと崩れ落ちた。
     
    ●最期
     灼滅者たちは警戒を解かぬまま、倒れ伏すジョアンを囲み静かに見つめる。
    「貴方はやりすぎたんだ。素直にさっさとタイガーの奴を探しに行けば良かったのに」
    「……後、悔など、していない……」
     見下ろす霧栖に、ジョアンは途切れ途切れに言葉を返す。疲れ切ったような、諦めたような表情で床を見つめていた。
    「灼滅する前に、先ほど質問したことを聞かせてもらおうか」
     槍の先を床にトンと下ろし、統弥が静かに、それでいてはっきりとした口調で告げる。
    「私が、言うと思うかね……」
    「楽しめたなら教える、という約束でございましたね。どうでしたか?」
     冷静かつ淡々とした口調で、ペリザリスが問う。ジョアンは否定も肯定もせず、ただ沈黙した。
    「ボスコウ、と言っていましたね。何者ですか?」
     麗華が、ジョアンがトラウマに苛まれる中叫んだ名前を口にする。ジョアンは僅かに息を詰めた後、ぽつりぽつりと話し始める。
    「……忌々しい、私の主……同胞を、奴隷と、する能力で……爵位を、得た者……」
     服が裂け露出した首輪を震える指で指さす。
    「爵位……、あんたらは……朱雀門とは違うんスか?」
    「スザクモン? ……知らんな……」
     小春の問いに、ジョアンは弱々しく首を振る。
    「弱体化装置を……何に使う気かは、知らん。私は奴に、あまり、信、用されていなかったからな……ただ……この国……日本に、強い興味を、抱いて……」
     血を吐きながら咳込むと同時、ジョアンは眠るように目を閉じる。
    「……他に情報はなさそうですね」
     様子を観察しながら、成海は静かに呟いた。ジョアンはもはや虫の息だ。
    「そうですね……それにこの状態ではもう、知っていたとしても話せないでしょう」
     充は剣を静かに構え、ジョアンにその切っ先を向けた。確実に止めを刺せるようにと、その心臓に狙いを定める。
    「……まさか、このよう、なかたちで、奴隷から、解放され、るとは……な……」
    「さよならだ、ジョアン。……安らかに眠れ」
     シグマが耐えるように言葉を紡ぐと同時、充が剣を振り下ろした。聖剣に胸を貫かれた瞬間、ジョアンの体は赤い砂と化した。

    ●祈り
     レストランは、荒れた店内を残してしんと静まり返っている。厨房から離れて戦うよう誘導した甲斐あって、眠らせた店員たちは無事だ。
    「……首輪だけはきれいに残ってますね」
     店内を片付けつつ、充はジョアンが嵌めていた首輪をそっと拾い上げた。貴重な手掛かりとして、学園に持ち帰ることにする。
    「……ゴメンね。こんな事しか出来ないけど、せめて最後はどうか幸せな夢を」
     霧栖は犠牲となった店員に近寄り、肉体を再生する。しかし、それは仮初の命だ。もって数日……その後は、穏やかな死を迎えるだろう。
    「できるなら、余生を楽しく過ごしてもらいたいね」
     統弥はどこか悲しそうな声音で呟いたあと、そっと手を合わせ黙祷した。
    「この人のことも、助けたかったッスね……」
     ボソリと呟いて、小春も手を合わせると冥福を祈るように瞳を閉じる。
    「そうですね。……残りの人生に、幸がありますように」
     報われるようにと、心の内で成海は強く願うのだった。
    「……どうか、余生を安らかに」
     皆の黙祷に合わせ、麗華も静かに祈りを捧げる。
     黙祷を捧げる中、シグマは最初にジョアンがいた席へと目をやった。激しい戦闘後にも関わらず、ワインが無傷でテーブルの下に転がっている。
    「……本当にワインが好きだったんだな」
     ダークネスとはいえ、一つの命だ。消えた命への手向けとして、シグマは別のグラスにワインを注ぎ、赤い砂の傍に供えるのだった。
     各々が事後処理を行う中、ペリザリスはテーブルに放置されていた、血とワインの混ざったグラスを持ち上げる。濃厚な血の香りに、ペリザリスは耐えるように眉を寄せた。
    「……なるほど、抗い難しは血の宿命、でございますか」
     静かに呟いて、グラスを床に落とす。グラスは鈍い音を立てながら絨毯に転がり、赤黒い液体を奥深くへと沁み込ませるのだった。

    作者:鏡水面 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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