ころころ。『それ』は坂を転がる雪玉のように少しずつ大きくなりながら世界を転がっていく。ただし、巻き込むのは諸々の残骸。悪食、暴食。あれやこれやを食いながら、『それ』は人知れず存在感を増していく。
『忠』である。やがて『それ』は個として最低限の力を得ると、書かれた『忠』の字が輝き、それにふさわしい姿をとった。青い体躯の、犬のような、けれど犬と呼ぶにはあまりにも巨大な『それ』が産声を上げる。
ゴオオオオオオオオォォォォッ!!
背に負った砲が空に向かって火を噴いた。
教室に入ると、口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)と猪狩・介(ミニファイター・dn0096)の二人が灼滅者達を出迎えた。
「集まってくれてありがとう。大淫魔スキュラは覚えてるかしら? 彼女がらみの事件よ」
「あれ? スキュラって灼滅しなかったっけ?」
介の言った通り、スキュラは『新宿防衛戦』で灼滅されている。目はそれに頷きつつも、説明を続ける。
「スキュラには強力なダークネスの配下『八犬士』がいたけど、彼らが合流できなかったときのために保険を用意しておいたようなの」
スキュラは『予備の犬士』を生み出す『犬士の霊玉』をばらまいていたらしい。霊玉はダークネスや残骸を少しずつ集めて大きな肉塊になり、いずれダークネスになる。このダークネスは誕生後しばらくは本領を発揮できないが、時間が経てば『予備の犬士』にふさわしい力を扱えるようになる。
「肉塊の状態で攻撃しても逃げられるだけだから、ダークネスが生まれた瞬間に叩く以外にないわ。ただし、時間がかかると普通に戦っても勝てないくらい強力な敵になる」
「……つまり、闇堕ちしないと勝てないってこと?」
介の問いに再度頷く目。その表情はひどく硬かったが。
「今回、生まれるのは『忠』の字を持ったデモノイドよ。形は犬に似てるけど、大きさはけた違い。背中に生えたガトリングガンを武器にしているわ」
デモノイドはデモノイドヒューマン及びガトリングガン、シャウトのサイキックを使う。攻撃力が高く体力もあり、総じて高い戦闘能力を持っている。
「デモノイドが生まれるのは海辺の断崖の上よ。幸い周りには人の気配はないし、ここで確実に倒して」
「さてと、説明は以上かな。早く倒せば問題ないんでしょ、大事になる前にさくっと倒しちゃおう」
「もうっ、甘く見てたら痛い目を見るわよ。みんなは気を付けてね」
介以外に小さく手を振って、目は灼滅者達を見送った。
参加者 | |
---|---|
久遠・翔(悲しい運命に抗う者・d00621) |
羽柴・陽桜(ひだまりのうた・d01490) |
神條・エルザ(クリミナルブラック・d01676) |
空井・玉(野良猫・d03686) |
星野・優輝(戦場を駆ける喫茶店マスター・d04321) |
フィア・レン(殲滅兵器の人形・d16847) |
黒影・瑠威(月華の狂乱者・d23216) |
清浄・利恵(根探すブローディア・d23692) |
●青き魔物
波が岩壁にぶつかり、轟音を立てて砕け散る。灼滅者達は犬士の霊玉を灼滅するためにここに赴いた。支援に来てくれた者を含め、十人以上の灼滅者が集まったが、それでも万全とは言い難い。
「あれでしょうか」
険しい表情の黒影・瑠威(月華の狂乱者・d23216)の視線の先には、青い肉塊があった。形は球体というには、少し歪。質感も肉というには、どこか作り物のようだ。まだ生まれ出でぬダークネス。だが、その鼓動は瑠威の本能に警告する。一切の油断はできぬ、と。
「……めんどう。……早く、帰りたい」
心底うとましげな声。フィア・レン(殲滅兵器の人形・d16847)である。霊玉を放っておくわけにはいかないが、帰りを待っている人のためにさっさと処理してしまいたいところだ。戦う力を持つとはいえ、彼ら彼女らは青春を謳歌する学生でもあるのだから。
「あ、生まれるかな?」
戦場とも思えない呑気さで介が言った。途端、霊玉が巨大な犬の姿になった。その過程は分からない。ただ、一瞬にしてそれが現れたことは分かった。力の気配が、灼滅者達の肌を舐める。
「禍根を断つために、ここで必ず打ち砕く」
呟き、神條・エルザ(クリミナルブラック・d01676)は武装の封印を解く。その表情には思いつめたものがあり、強敵を相手にする以上の意味があるようだった。あるいは、宿敵たる淫魔、つまりスキュラを連想しているのかもしれない。
「行くよクオリア。為すべき事を為す」
身体が強張る。緊張、恐怖? いや、そのどれもだ。ひょっとすると、空井・玉(野良猫・d03686)は戦いに向いていない人間なのかもしれない。右手で前髪をいじりながら、左手で相棒のキャリバーを撫でる。すると、エンジン音で応えてくれた。たぶん肯定か叱咤。
「全員、無事に帰ろう」
清浄・利恵(根探すブローディア・d23692)が決意を込めて言う。灼滅者達の脳裏には闇堕ちの言葉がちらつく。だが、当然、闇堕ちしないで勝てればそれが一番だ。カードから武器を呼び出すのと同時、デモノイドの形質が身体に表れる。
「はなうたさん、いっしょにがんばろーね!」
愛用の霊縛手に話しかける羽柴・陽桜(ひだまりのうた・d01490)。拳を突き上げると、自身の名と同じく桜色の霊縛手がしなり、ぶおんと風を巻き起こした。その風に乗った花弁が緩やかに青い空を泳ぐ。
「スキュラめ、うぜぇマネしやがって」
眼鏡を外した久遠・翔(悲しい運命に抗う者・d00621)は、レンズの奥の粗暴さを露わにする。殺人鬼の性質だろうか、その裸眼は殺人経路を絶え間なく検索している。といっても、簡単に見つかるものでもないが。
「ミッション・スタート!」
翔とは逆に、星野・優輝(戦場を駆ける喫茶店マスター・d04321)は緑の眼鏡をかけた。両手には銀の武器に、装束は黒。これが優輝のスタイルだ。自分が闇堕ちする気もないし、仲間を闇堕ちさせる気もない。
「オオオオオオオォォォオオッッ!!」
灼滅者達の戦意を感じ取り、デモノイドが吠えた。肩の忠の字が淡く光り、ガトリングが火を噴いた。
●時間との戦い
デモノイドの青い炎が陽桜を襲うが、寸前で前衛が受け止めた。
「スキュラの残滓、か」
エルザの紡ぐ歌に憂いの色が混じる。かつて闇堕ちした苦い記憶は、戦う動機のひとつになっていた。淫魔に連なるものを倒すのは贖罪のためでもある。
「長引かせるわけにはいかないな」
銀の刃が半透明になり、その刀身が伸びた。そのままデモノイドに突き立てれば、魂の身を貫く剣戟となる。エクスブレインが提示したタイムリミットは15分。だから、優輝は攻撃力の高いサイキックを用意してきた。
ガチャリ、と金属音。再び狙いは後衛。だが、今度はクオリアがその鉄のボディで庇う。
「こっち向いてよ、っと」
主の玉も光の盾でデモノイドをぶん殴る。気を引くことに成功する。そのせいだろうか、忠の字が赤く点滅していた。ぐるる、殺気に満ちた唸り声も聞こえる。
そこに介が飛び込んだ。ロケット噴射でネズミ花火のように地を這い、側面から回転の勢いを叩き込む。が、その瞬間にはデモノイドは背後にいた。巨体だが動きは素早い。爪が華奢な体を抉る。
それから少しして、ピピピ、と電子音が鳴った。5分経過。翔のアラームだった。いくらか攻防を重ねたが、デモノイドに疲弊した様子はない。攻撃が効いていないわけではない。ただ、体力が凄まじいのだ。
「っ、喰らえ!」
翔のナイフが炎をまとう。赤い軌跡を描きながら、青い筋肉を切り裂いた。炎はやがてデモノイドの全身を包む。
「……手強いですね」
灼滅者達の眼にはデモノイドの力が見えていた。ついさっき生まれたとは思えないほどだ。しかもまだ本領を発揮できていないとは。瑠威の手に汗が滲んだ。でも、退くわけにはいかないし、元よりその気もない。薄色のオーラの刃が後ろ脚を切り裂く。
「ちょっと試してみるか」
利恵の足にはエアシューズが装備されている。灼滅者が新たな仲間とともに得た、新たな武器。甲高い駆動音とともに最短距離を疾走、加速を活かして飛び蹴りを放った。散る火花は星の光を軌跡として残す。
「……さっさと、潰れて?」
寄生体がフィアの腕を飲み込み、身の丈と同じくらいの巨大な太刀と化した。口元に小さく可憐な、けれど酷薄な笑みが浮かぶ。主を失ったデモノイドへの嘲笑か、はたまた敵を屠る歓喜か。
「アォォォォォッ!!」
デモノイドの遠吠え。ここに来て、デモノイドが初めて回復を行った。一瞬遅れてアラームの音が聞こえた。10分。デモノイドもやっと消耗してきた。しかし、消耗はしているのは灼滅者も同じ。陽桜のおかげで持ちこたえている。
「まだまだこれからだよ!」
誰かが傷つけば、軽やかな歌が踊って仲間の傷を癒す。
あと5分。灼滅者達に、少しずつ焦りが見え始めていた。
●烈青
青い奔流が走り、灼滅者を吹き飛ばす。灼滅者側は数で優るが、しかしデモノイドの力は圧倒的だ。次第にタイムリミットは迫ってくる。
そして、三度の電子音。残り数分。今度は優輝のものだった。残り時間が少ないとき、全員で攻撃を仕掛けると決めていた。防御も回復も捨てた、捨て身の攻撃だ。
デモノイドの口から放たれた光線を受けても、玉は止まらなかった。相棒のクオリアも一緒だ。騎乗したまま突撃し、玉だけ跳ぶ。クオリアはそのまま体当たり、玉は頭上から盾で殴りつける。
「そろそろ倒れてもらわないとね」
さらに、優輝のロッドがデモノイドの顔面を捉えた。
「弾けろ!」
瞬間、先端に秘められた魔力が銀色の輝きとともに炸裂する。全身全霊で放たれる必殺の一打。さすがのデモノイドも、苦鳴を上げた。
ゴオオオオオオオオォォォォッ!!!
背中のガトリングが回転し、無数の弾丸を吐き出す。介が受け止め、代わりに意識を失った。防御を捨てた今、何度も耐えられるものでもない。
「肉を切らせて骨を断つ、ですね」
灼滅者に無事な者はいない。全員が消耗し、手傷を負っていた。どちらにせよ長くはもたない。ならばその前に、倒す。瑠威はまるで空から盗んできたような、三日月の鎌を振り下ろした。
「ひおもこーげきするの!」
縛霊手にオーラが集まり、動きを加速させる。一瞬に何発、何十発、何百発、それこそガトリングじみた連打を繰り出す。打撃の度に桜の光が散り、花弁の嵐が舞う。
「滅び去れ、主の罪ごと!」
一閃。真紅の光刃がデモノイドめがけて飛ぶ。贖罪だけではない。もし万が一、このデモノイドを取り逃がせば大きな被害が出る。淫魔のために犠牲になる人を、エルザはもう見たくなかった。
「いい加減しつけーんだよ!」
翔の苛立ちを表すように、ナイフからどす黒い血煙が滲み出る。毒は渦を巻いて加速し、デモノイドを飲み込む。毒にむしばまれ、青い身体に黒い斑が表れていた。
「……もう、お終い」
二振りを鞘に納め、フィアがデモノイドノ懐に飛び込んだ。踏み込みは軽く、そして素早く。一、二…………三歩目でフィアの姿は消え、デモノイドの背後に表れていた。その両手には日本刀が握られており、デモノイドには並行した裂傷が刻まれている。
「同じデモノイドとしての好だ。主の下へ旅発つといい」
寄生体が利恵の腕ごと剣を飲み込み、さらに大きな剣となる。青い闇の中にあっても、剣は輝きを失わない。振るわれる様は、まさしく雷。上段から叩き下ろされた大剣は真正面からデモノイドを両断した。
デモノイドの体は霞のように消え、最後に残った忠の字も結局は同じように消えていった。
●潮風
デモノイドの灼滅を確認した灼滅者達は、脱力してその場に倒れた。
一息つこう、と誰もが思ったところでまたピピピ、と電子音。最後のアラームだった。
「あれ、もう朝?」
気絶していた介がその音で目を覚ました。寝ぼけているが。
「今は昼間だ。しっかりしろ」
ふぅ、息を漏らすエルザ。呆れたのかほっとしたのか。少なくとも、張りつめた空気はない。
「……疲れた」
早く帰りたがっていたフィアだが、疲労が蓄積して動けないようだ。他の灼滅者もだいたい同じような感じだ。
「同じく疲れた。……こんなのが無数に存在しているなど、考えたくもないな」
やれやれ、と利恵は座ったまま横に首を振る。流石は大淫魔、といったところか。厄介な仕掛けだが、放っておくわけにもいかない。
「そうだね。ひとつでも生き残ったらまずいかも」
クオリアに身体を預けつつ頷く玉。もし生き残って成長すれば、元の犬士のように他勢力に合流することもあるかもしれない。当然、それは避けたい状況だ。
「ふぅん、何もなさそうだな」
念のため、疲れた体に鞭打って霊玉が残っていないか周りを捜索していた翔だが、それらしいものは見付からず。霊玉ひとつひとつは使いきりの存在のようだ。
「……さよなら」
陽桜がデモノイドのいた場所を見つめて呟く。脳裏には昨年の阿佐ヶ谷のことがあった。敵であったが、あまり苦しまずに逝けたのならいいけれど。
「さて、そろそろ行きましょうか」
砂を払いつつ、瑠威は重い腰を持ち上げる。潮風は心地いいけれど、ずっといると風邪を引いてしまいそうだ。
「お、みんな来たな」
続いて優輝も立ち上がる。同時、周辺で待機していた灼滅者も戦闘が終わったことに気付いて戻ってきた。
ここへ来た十数人は、誰ひとり欠けずに来た道を戻る。それはダークネスを倒したことと同じくらい大きな武勲だった。
作者:灰紫黄 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年5月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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