お護りしますよ俺の姫

    作者:桐蔭衣央

    ●ワルの俺が王女様のSPになったわけだけど
    「見つけましたよ、王女。私たちと一緒に来てもらいましょうか」
    「嫌です、行きません。きゃっ、やめてください!」
     亜麻色の髪の少女が、黒服サングラスの男たちに腕を掴まれ、連れ去られようとしていた。
     白昼堂々、学校の2階のバルコニーで。はっきり言って、外から丸見えなのだが。
    「やめろ! 日芽さん、こっちへ!」
     バルコニー目がけて、校庭をまっしぐらに駆けてきた学生がいる。学ランの前ボタンを開けて、ちょっとワルっぽく髪を逆立てた少年だ。
    「一輝さん!」
     日芽(ひめ)と呼ばれた少女が少年を見て、目を輝かせた。
     少女は黒服の腕を振りほどき、バルコニーの手すりを越えて空中に身を投げた! つやつやストレートの長い髪が、羽のように広がった。
    「受け止めて下さい!」
    「わっ!」
     とっさに両手を広げて、少年は日芽の身体を受け止めた。
    「無茶をする」
    「えへへ」
     腕の中で、日芽は信頼しきった顔で笑う。胸がときめいたが、それは苦笑いで隠して、少年は日芽をお姫様抱っこしたまま、校外へと駆けだした。
    「一輝さん、ケガしてますよ」
    「ああ、俺も黒服に襲われてな」
    「そんな……」
     申し訳なさそうな顔で額の傷に手を触れ、日芽がピンクの唇から歌を紡ぎ出した。綺麗な声が耳元に響くと、不思議なことに傷口が塞がっていった。

     実は、日芽はとある小国の王女様で、そこの王族は代々魔法が使えるらしい。
     しかしそれを利用しようとする悪い大臣や他国のエージェントが、日芽を付け狙っている。

     日芽を守る少年の名は軍畑・一輝(いくさばた・いっき)。幼い頃から武道をやっていたので腕っぷしは強い。
     一匹狼だが、街の悪ガキから一目置かれる存在だ。だがまあ、少し荒んだ生活をしていたのは認めよう。
     そんなある日、お姫様みたいな女の子が転校してきた。
     ずばり日芽(ひめ)という名のその子は、やたらと誘拐されそうになったり、酔っ払いに絡まれたりする子で、何故かその場に一輝が居合せることが多く、その都度助けてやって、彼女の秘密を知ることになったのだった。

     今では、一輝は専属SPのようになっている。
     こんな美少女に頼られて実はかなり嬉しいし、守ってやりたい、とも思う。
     できればこのまま、ずっと。

    ●武蔵坂学園
    「ちょいワル男子学生がお姫様の護衛になり、守っているうちに愛が育まれていく……。まあ、悪いシチュエーションじゃないな。だけどこれ、淫魔の罠なんだぜ」
     神崎・ヤマトが窓の外を見て、ため息をついた。
    「男の純情を弄ぶなんて許せないよな」
     淫魔の名前は日芽。
     罠にかけられている男子学生の名前は軍畑・一輝、中学2年生。ケンカが強く、アンブレイカブルか灼滅者になる素質を持った少年だ。

    「淫魔は一輝をたぶらかした状態で闇堕ちさせて、自分の忠実な手駒にしようと企んでいるんだ。
     黒服に狙われている魔法王女という設定で、一輝が日芽を守るために戦闘をせざるをえない状況にもっていき、闇堕ちさせようというんだな。黒服は実は自分の配下だったりするんだが。
     だが、淫魔の胸キュン演出をうまく利用して、俺たちのペースに乗せれば闇堕ちを防ぐことができるかもしれない。
      闇堕ちを防ぐことができれば、淫魔を灼滅するだけで済むが、闇堕ちしてしまえば、淫魔以外に、闇堕ちした強力なダークネスと戦わなければならなくなる。
     解決の手法はいくつかあるので、皆で相談して欲しい」
     ヤマトは方法をいくつかあげた。

     方法その1:問答無用で灼滅
     有無を言わさず淫魔を灼滅。一輝が闇堕ちするようならば、彼も灼滅。
     闇堕ちする隙を与えずにスピード灼滅できるかどうかが勝利の鍵になるだろう。

     方法その2:引き離して各個撃破
     朝、一輝が登校する前に日芽を撃破。日芽は「校門前で黒服に連れ去られそうになる演出」をやろうと待ち構えているので、そこを狙う。
     日芽が倒されたことを知った一輝は闇堕ちする可能性があるので、ラブコメ的なフォローをして日芽がいなくなった事を納得させたり、登校時にイベントを起こしてラブラブゲージを下げておく必要がある。

     方法その3:説得しつつ撃破
     目の前で日芽の正体を暴き、説得しつつ撃破。
     説得が不十分だった場合は闇堕ちしてしまうが、ここで闇堕ちしなければ以後も闇堕ちすることはない。ドラマチックだが、説得の難易度はやや高い。内容をよく考えたほうがいいだろう。

    「仕掛けるタイミングは、いずれも数日後の登校時間だ。
     敵は日芽と、日芽の配下である黒服が6体。黒服は一輝の暴力性を引き出す装置なので、あまり強くはない。
     あと、一輝が闇堕ちした場合、彼はアンブレイカブルになる。戦って勝てないことはないが、結構強いぜ。
     一輝は正直、日芽に惚れてる。もし闇堕ちしたとしても責めはしない。今回は淫魔を倒すことが最大の目的だ。だが、お前たちの説得やラブコメスキルでなんとかフォローを試みてやってくれないか。頼む」


    参加者
    エステル・アスピヴァーラ(おふとんつむり・d00821)
    西・辰彦(ひとでなし・d01544)
    聖刀・凛凛虎(黒夜の暴王・d02654)
    星陵院・綾(パーフェクトディテクティブ・d13622)
    八神・菜月(徒花・d16592)
    久瀬・隼人(反英雄・d19457)
    桜乃宮・萌愛(閑花素琴・d22357)
    龍宮・白姫(白金の静龍・d26134)

    ■リプレイ

    ●通学路に魔法の国のひとが
     小鳥のさえずる午前の日差しの中、軍畑・一輝が気だるそうに歩いている。学生鞄は肩に引っかけ、前ボタンを外したちょいワルっぽい恰好で、彼だとすぐにわかった。
     一輝が通り過ぎた角の陰から、様子を伺っている者たちがいる。エステル・アスピヴァーラ(おふとんつむり・d00821)、聖刀・凛凛虎(黒夜の暴王・d02654)、久瀬・隼人(反英雄・d19457)、桜乃宮・萌愛(閑花素琴・d22357)、龍宮・白姫(白金の静龍・d26134)、功刀・真夏(肝っ玉お姉さん・dn0132)の5人だ。
     彼らの視線の先、一輝の歩む方向に、3人の人影が現れた。
     西・辰彦(ひとでなし・d01544)と星陵院・綾(パーフェクトディテクティブ・d13622)、八神・菜月(徒花・d16592)だ。

     学校にほど近い通学路の途上、一輝に綾が駆け寄った。息せききって必死な表情で言う。
    「軍畑・一輝さんですね。私、とある小国で日芽様の侍女をしております星陵院と申します」
    「なんだって? 日芽さんの侍女……?」
     プラチナチケットの効果で何らかの関係者だとは思ったようだが、本当に日芽の国の者かどうかは一輝にはわからない。唐突な事に彼は戸惑っているようだ。
    「はい。実は、日芽様は今朝早くに賊に攫われ、隣町の廃工場に囚われております。仲間が現在救出に当たっておりますが……」

    「日芽さんが?! 俺の知らない所でホントに攫われちまっただと!? 本当か!?」
     驚きと疑念で目を白黒させる一輝に、SPっぽいスーツを着た辰彦がずいっと近づいた。
    「僕は今日到着したSPだが、交代の隙をつかれて日芽を攫われてしまった。軍畑君の事は日芽から聞かされており、この危機に頼れるのは君しかいない。助けてくれ」
     辰彦も必死の表情と口調だ。でも内心は、
    (こんな夢見がちな話に骨抜きにされるとか、どンだけチョロいんだよ男子中学生……お姫様とか空想上の生物だろJK)
     とか思っている。
    「王女を呼び捨て……? ああ日芽じゃなく姫か。ってか、助けに行かないと!」
     チョロい。
     今まで日芽に仕掛けられた非日常なシチュエーションのせいで、まともな現実認識能力がマヒしてしまっているらしい。
    「どこにいるって?!」
    「となり町」
     菜月が、学校とは逆の方向をマテリアルロッドで指して、短く言った。一輝の目には魔法の国の住人に見えたかもしれない。
    「自分達は土地勘もない。君の力が必要なんだ。僕たちは周辺を捜す。手分けしよう。連絡先を教えてくれないか」
     辰彦は自分の携帯を見せた。一輝はうなずいて、自分の携帯の番号を渡す。
    「俺は1人でいい。今までもそうだった」
     一輝はそう言って、全速力で駆けだしていった。日芽がいる学校とは、まったく逆の方向に。

     一輝を見送って、陰に隠れていた灼滅者たちがぞろぞろと出てくる。「チョロすぎだろ」という空気が漂っていなくもなかったが、どうやら、一輝を日芽と別の場所に誘導する作戦は成功したようだ。
     呆れた口調で凛凛虎が言う。
    「……魔法の国があると信じるとは、純粋というか、馬鹿というか」
    「アウトローぶってやがるがハニトラにかかるようじゃァガキだな。「護ってあげたい願望」なんつーもんはもっと精神的に成熟してから口にしやがれ」
     隼人が、一輝が去った方角を見て言った。
     萌愛が首を傾げる。
    「こういうの、男の子はあこがれるんですね。いまどき魔法の国の王女とか……」
     といいつつ、自信は夢の中で見た王子様に恋したりしてる……がそれは別物と思ってる萌愛である。
    「……男の人って……守ってあげたい女性の方が……好みなんでしょうか……?」
     白姫が疑問を口にした。しかし白姫の口調も金の瞳も表情にとぼしい。
    「……まあ……今回には……関係ない話……」
     結論も感情うすく片付けて、日芽のいる校門に向けて歩き出した。

     目的地へ向けて移動する最中、辰彦が功刀・真夏(肝っ玉お姉さん・dn0132)に話しかけた。
    「どうも僕は守られるだけの女子とか正直ナイワーなのですが。僕だったら寧ろ積極的に敵を排除するなあ」
     真夏は笑った。
    「私も守られるより敵をどつきたいわねー。うーんでも、かよわい一般人の子だったらホイホイ守っちゃいそうね、私。弱いものを守るのって、一種快感があるのよねきっと」
     と、真夏がお節介な自分を戒めるように言った。

     一同はすでに、校門の見える位置まで来ていた。そっと様子を伺うと、校門前に日芽が立っているのが見える。そこから少し離れた電柱の陰に、黒服サングラスの男達が6人。男達は6人とも「電柱から様子を伺う姿勢」で並んで出番を待っていた。かなりシュールな光景である。
     淫魔・日芽とその配下は今か今かと一輝の登校を待っているようだ。

     今こそ戦端を開くときだ。そう判断して、白姫に声が届くところまで進み出た。
    「……一輝さんは……来ませんよ」
     ゆっくりと告げて、スレイヤーカードを解放する。
    「……灼滅者!」
     日芽は目を見開き、片腕をあげて黒服を呼び寄せた。黒服が日芽の周りを固める。
     白姫は自身を餌に日芽を校門から少し引き離すつもりだったが、相手がこちらに来る気配はない。ならば、余り固執はしない。即座に戦闘を開始するのみだ。味方に向かって目配せする。
     凛凛虎が凶暴な笑みを閃かせ、殺界形成を発動した。
    「あんたが日芽さん? ……それじゃ、行こうか、黄泉の国へさ!」

    ●校門の前で刃と魔法が
     空気がピリピリと帯電する。
     不敵な笑みを危険な双眸にたたえた隼人が先陣をきった。
     全身に仕込まれた投げナイフを手に出現させたかと思うと銀色の木の葉のようにあやつり、敵全体に浴びせかけた。だがこの妙技も牽制。身を庇って動きを止めた敵の目前にしなやかな身のこなしで進み出ると、瞬間、SCを解放する。
     現れた槍を軽々と回転させ、螺穿槍で黒服の1人の腹を抉った!
     まったく予測のできない隼人の攻撃に、早くも敵が一体葬られた。

    「何なのですあなた方。狼藉は許しませんよ!」
     日芽がディーヴァズメロディを放った。悲鳴に似た声の波動が菜月を叩く。隼人が菜月を気配だけで振り返った。
    「菜月」
    「大丈夫」
     眠たげな声で答えて、菜月は攻撃を仕掛けてきた黒服と対峙する。黒服はガンナイフを繰り出してきたが、菜月は身をひらりとかわす。
    「見えてた。つまんないね」
     菜月の動きは最小限だ。つまり、それだけ効率がよい。眼前の敵は無視して、短い詠唱でフリージングデスを発動した。恐るべき低温地帯が敵のど真ん中に現れる。
    「もっと予測を超えた行動できないの?」
     敵の阿鼻叫喚を見やって、菜月はやはりつまらなそうに呟いた。

    「きゃあっ、冷たい! 一輝さんがいればあなた方を悪党認定したでしょうね! 遊んでないでもっと早く闇堕ちさせておけばよかった! そうすれば片時も離れず私を守らせていたのに!」
    「む~、純情な男の子の心を弄んで悪い人なのです、ダークネスだからあたりまえだと思うけど私達が燃やしちゃうのね~」
     勝手なことを言う日芽に、真っ白可憐な少女・エステルが、オーラキャノンを黒服に向かって放つ。純白の炎が黒服の背広を包み込み、黒服はもがきながら燃やし尽くされた。
     怒った日芽がエステルに向かって鋭く叫ぶ。その叫びは刃となって空気を切り裂いた。その刃がエステルに届く寸前、霊犬「おふとん」が身がエステルの前に身を躍らせて、その攻撃を受けた。
    「おふとんちゃーん!」
     かわいいわんこさんが傷を受けたのをみて、真夏が叫ぶ。
     七里・奈々が走り出て、おふとんに向かってガンナイフを構えた黒服の手首を封縛糸で絡めとり、縛り上げた。その隙に真夏がおふとんの傷を治す。傷口に気を集めるうち、そこは元のふかふかの毛並みに戻った。
    「むい、おふとん前がんばれ~、後できれいきれいに洗ってあげるの、だからどんどん前になの~」
     エステルが自分の霊犬に声援を送った。

     奈々に手を絡めとられた黒服が、高速で回転する炎の輪に引き裂かれ、燃やされた。ダークネスの手下として生まれたその罪を、綾のグラインドファイアが断罪したのであった。
    「眷属を使って新たなダークネスを生み出すなんて、しかも種族の違うダークネスを言いなりにしようだなんて……」
     綾がその指をびしっと日芽に突きつけた。
    「貴方の企みは丸っとお見通しですよ、日芽さん!」
     だが、日芽はうそぶいた。
    「それが彼の幸せなんですもの。強い力を手に入れて、可愛い私を守るのが」

    「恋愛小説シリーズにありそうなネタで純真な少年をたぶらかそうなんて……。ほんとに淫魔の考えることって…呆れます」
     ため息をついた萌愛が、ダンスを踊るような足取りで目前の黒服の死角に回り込む。優雅な動きとは裏腹の強烈な閃光百裂拳を脇腹に叩き込んだ!
     黒服は呻いて崩れ落ちる。黒服はあと2体。

     白姫が白と朱色の巫女服を風にはためかせ、愛用の弓である空龍【穿つ者】を天に向け、弓弦の音を響かせた。
     空に吸い込まれた矢が、無数の矢の雨となって黒服2体と日芽に降りそそぐ。黒服が1体、背中を射抜かれて倒れた。もう1体も大ダメージを受けた。
     日芽もただでは済まなかった。口の端から血を滴らせ、白姫をにらみつける。

    「自分でヤるのもいいけど……他人がヤってるのを観るのも中々オツな趣向だね。んひひひひ、散らされる花ってな矢ッ張いいモンだなあ!」
     それまで回復役にまわっていた辰彦が、日芽の様子を見て笑い声をあげた。彼女は味方の傷があらかた問題ない程度になったのを見て、除霊結界を発動した。
     日芽と黒服の位置が、ちょうど一列になったのを辰彦は見逃さなかったのだ。目に見えない壁に押しつぶされるような、容赦のない力に圧迫されて、最後の黒服が倒れた。

    「ハハハ! 弱い、弱いぞ黒服!」
     高笑いをあげて、凛凛虎が日芽との間合いを一気に詰めた。
    「次は姫さん、あんたの首だ。フハハハ! 地獄へは無料で送ってやるぜ!」
     凛凛虎は手負いの日芽に、鋼よりも固い鋼鉄拳をお見舞いした。
    「くっ! 私は守られる専門なのに!」
     額に苦しい汗を浮かべた日芽は、拳をかろうじて受け止めた。
     だが、攻撃の手を緩める凛凛虎ではない。彼は鋼鉄拳の勢いもそのまま、無敵斬艦刀「Tyrant」の柄を両手に握って背中から振り下ろした! 
    「地獄にいきな。男を誑かした罪を償って来い」
     凛凛虎の戦艦斬りは、日芽を肩口から斬り下した。まぎれもない致命傷を受けた日芽が、アスファルトの上に膝をついた。亜麻色の髪を振り乱して荒い息をついた。

     彼女は命乞いをしなかった。そこだけは本物の姫らしく、強い瞳で灼滅者たちを見つめた。
    「私はこれで終わりね。でも、完全に負けたわけじゃないわ」
     日芽はどこか得意げなようにも見えた。
    「いい所まで行ったけど、あなた方は一輝さんの心を私から奪えていない。彼の心はわたくしのものよ」
     最後は笑みさえ浮かべて、淫魔・日芽は細かい光の粒子となり、溶けて消えていった。

    ●のこされたもの
    「むい、これで何とかなったの。でもまだまだこんな淫魔が増えそうで面倒なの」
     エステルが戦闘態勢を解いた。その足元に、光るものがあった。日芽の髪飾りのようだ。
     日芽が灼滅され消えた後には、彼女の小さな髪飾りだけがのこされたのだった。
     辰彦はそれを手に取る。これを一輝に渡して、別れの証拠にするつもりだった。髪飾りを眺めやりながら、携帯電話を発信する。

     しばらくして、辰彦から連絡を受けた一輝が校門の前に姿をあらわした。彼は見慣れない者が増えていること、日芽の姿が見えないことに不安そうな顔になった。
     綾が進み出て言った。
    「日芽さんは囚われていた所を、別の仲間により救出されました」
    「……日芽さんはどこにいる?」
     それに答えたのは、アルティメットモードで空飛ぶ放棄に腰かけた菜月だ。その姿は魔法の国の戦士に見えた。
    「日芽は魔法の国に帰った。今までありがとう。あとはその力をまた別の誰かのために使ってあげてね。もうこっちへ来ることはできないけどそのほうが日芽も喜ぶよ」
    「……」
     一輝はショックを受けた顔で黙り込んでいた。
    「軍畑さん、日芽様と親しくして下さった貴方にこれ以上危険な目にあっていただくのは忍びありません。日芽様の事は我々に任せ、これまで通り普通に学業にお励み下さい」
     そう言って、綾は日芽からの手紙を装った別れと感謝の手紙を差し出す。
    「日芽は心から感謝していました」
     辰彦が、髪飾りをそっと渡した。

    「…………嘘だ」
     髪飾りを握りこんだ一輝が、うつむいて蚊の鳴くような声で言った。
     萌愛が一輝の顔を覗き込む。
    「彼女にしかできない大切な役目があるんです。沢山の国民を守るという……」

    「そんな大切な役目がありながら、日芽さんが俺を頼らないハズはないッ!!!」
     顔を上げると同時に、一輝は拳を突き出した。仲間に腕を引っ張られたおかげで萌愛はその攻撃を避けたが、信じられない速さだった。その拳が闘志と雷電をまとっているのを、灼滅者は見た。
     それは、ダークネスの力。
    「堕ちたな」
     間髪を入れず、隼人が針のような杖身を一輝に突き刺した。隼人は一輝が納得せず闇堕ちするようなら手早くトドメをさすため、気取られないように武器の間合いに陣取っていたのだ。

     小爆発が起こり、驚いた一輝が飛び退いた。急所を狙ったはずだが、アンブレイカブルと化した一輝は一撃では討ち取れない。
    「嘘だ嘘だ嘘だ。日芽さんが直接別れも言わず消えるわけがない。お前ら、本当は日芽さんの敵だろう!! お前たちが日芽さんを呼ぶとき、敬意がこもっていなかった!」
     一輝は言い募る。灼滅者たちに対する疑念もあったが、日芽が突然失われたという喪失感のほうが強い。
     自分の中に目覚めた大きな力と衝動に戸惑って、まだうまくコントロールできていないようだった。それでも灼滅者の防御を打ち砕く強力な攻撃で、包囲を突破した。

     怒り狂い、混乱した一輝はしかし、灼滅者たちを恐れてもいた。魔法のような力を使い、いかにも戦い慣れているように見えたからだ。
    「本当のことを言え……!」
     灼滅者に相対した一輝は、泣き出しそうな顔をしていた。
     凛凛虎が一輝に肉薄する。一輝は凛凛虎の閃光百裂拳を鋼鉄拳で相殺し……突然、身を翻した。

    「つぎに会うときは、きっと……」
     苦しげな言葉は、誰に向けられたものか。
     一輝は全速力で学校の中に走っていき、勝手知ったる学び舎の一画に姿を消した。と思うと、裏門の塀を飛び越え、街に逃走する一輝の姿が、遠く小さく見えた。
     灼滅者は、今はただ、その姿を見送ることしかできなかった……。

    作者:桐蔭衣央 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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