ころり、ころり。
巨大な肉塊が、夜の町を転がって行く。
人の亡骸。灼滅されたダークネスの残骸。そんな、忌むべきものを巻き込んだ肉塊は、人の目を避けるようにして公園の中へ入って行った。
ころり、ころり。
まだしばらく転がっていたそれは、公園の遊具にぶつかってその動きを止めた。
湿った地面を踏み締めた時のような音を立てて、肉塊に裂け目が走る。そこから覗いたのは、山猫の前足。その足がまっすぐに振り下ろされて、肉塊は二つに割れた。
肉塊より出し山猫は、炎をまとっていた。暗色の縞模様をなぞるように噴き出すそれは、夜の公園をあかく照らしている。
「スキュラサマ……」
唸りにも似た声で呟き、山猫はふるりと身を震わせる。喉元に付いた玉に浮かぶ文字は智。やがてその中から、小さな光輪がふわりと躍り出た。
大淫魔スキュラに関わる事件が感知されました。
五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は、集まった灼滅者達にそう告げた。
「先の戦いで灼滅されたスキュラの仕掛けが、どうやら今になって動き出したようなんです」
それは、八犬士が集結しなかった場合に備え、予備の犬士を創り出す仕掛け。かつてスキュラの放ったいくつもの霊玉に人の亡骸やダークネスの残骸を少しずつ集め、やがて新たなるスキュラのダークネスを産み出すという仕組みだ。
「現在、この霊玉は大きな肉塊となっています。けれど、この段階で倒してしまうと、霊玉はどこかへ飛び去ってしまうんです」
倒すならば、ダークネスが誕生する時。ダークネスが肉塊から生まれ落ちる瞬間を待ち構え、短期決戦で灼滅するしかない。
「このダークネスは、生まれてしばらくは力も弱いままですが、時間が経つにつれて予備の犬士にふさわしい能力を得てしまいます。戦いが長引くほど、皆さんにとっては不利になるでしょう」
戦いが長引き、ダークネスが予備の犬士としての力を取り戻した時。それでも勝利を望むのなら――闇堕ちも覚悟しなければならないだろう。
「皆さんに向かっていただきたい場所は、ある町の公園です。時刻は夜になります」
人影絶えた公園に生まれ落ちるのは、山猫の姿をしたイフリート。使用するサイキックはファイアブラッドとリングスラッシャーのものと同一だが、威力は桁違いだ。
公園の中にはいくつか遊具が置かれているものの、戦闘に支障が出るような事は無い。
「このダークネスは、スキュラによって八犬士の空位を埋めるべく創られた存在です。力では八犬士に及ばないとしても、取り逃がせばどれほどの被害を出すか分かりません。どうか、ここで仕留めてください」
強敵相手の短期決戦。厳しい戦いになるのは目に見えているが、やるしかない。
気をつけてくださいねと、姫子は灼滅者達を見送った。
参加者 | |
---|---|
天城・桜子(淡墨桜・d01394) |
鏑木・カンナ(疾駆者・d04682) |
大御神・緋女(紅月鬼・d14039) |
安藤・小夏(片皿天秤・d16456) |
南谷・春陽(春空・d17714) |
菊水・靜(ディエスイレ・d19339) |
夜桜・紅桜(純粋な殲滅者・d19716) |
多鴨戸・千幻(超人幻想・d19776) |
●
夜の公園に人影は無かった。公園内の照明に照らされて、いくつかの遊具が地面に長く影を伸ばしている。
「予測っつうのは本当に頼りになるよな」
仲間達と共に遊具の陰に身を隠しながら、多鴨戸・千幻(超人幻想・d19776)は呟いた。
「災いの芽、早めに摘めると良いけど」
鏑木・カンナ(疾駆者・d04682)がそう言って頷く。スキュラの仕掛けた予備の犬士。その芽を灼滅者達が摘めるのは、エクスブレインの未来予測があればこそ。折角与えられた一度きりのチャンスを、逃すわけには行かない。
「スキュラも厄介な遺産残してくれたなぁ……」
「まあ、頑張って灼滅するだけだけどね!」
ふうと細い息を吐く安藤・小夏(片皿天秤・d16456)に、夜桜・紅桜(純粋な殲滅者・d19716)が笑って見せる。
置き型のランプを設置し、明かりを灯したのは菊水・靜(ディエスイレ・d19339)。柔らかな光は、公園のはかない照明を優しく補った。
滑り台の下で、大御神・緋女(紅月鬼・d14039)は腕時計を確認した。これから現れるイフリートは、時が経つと共に予備の犬士としての力を取り戻してしまうという。時間の確認は必要だ。
「えっへへー、南谷さんと一緒だぁ」
和やかな声を上げ、天城・桜子(淡墨桜・d01394)は南谷・春陽(春空・d17714)の首に手を回して抱き付いた。春陽は彼女の長い髪を撫でて、ほら、と公園の中央へ注意を促した。
「もうすぐ、来るわよ」
ころり、ころり。
公園の中に巨大な肉塊が転がり込んで来たのは、それから間もなくのこと。ころころと緩やかに転がり続けていた肉塊は、やがて公園の遊具にぶつかって動きを止めた。
その肉塊は、人を不安にさせるいびつさを持っていた。
人の亡骸。ダークネスの破片。そんな禍きものをどれほど巻き込めば、こんな忌むべき姿になるのだろう。
千幻は目をすがめ、腰のLEDランタンのスイッチを入れた。カンナも彼の隣で、持ち込んだ照明を灯す。
やがて、湿った音を立てて、肉塊に裂け目が走る。そこから覗いたのは、山猫の前足だった。それがまっすぐに振り下ろされ、肉塊は二つに裂けた。
灼滅者達が遊具の陰から飛び出したのは、その直後。
小夏が鋭い殺気を放つのに続いて、春陽がサウンドシャッターを展開する。これで、万一にも一般人を巻き込む心配は無くなった。
曙光を思わせる巨大な刀を振り上げ、緋女は足元から影を伸ばす。生まれ落ちた山猫に、細く伸びた影が触手のごとく絡み付いた。
「スキュラサマ……」
「折角生まれて来たとこ悪いけど、あんたのご主人様はもういないのよ!」
懐に飛び込んだカンナのバベルブレイカーが、山猫の肩を深くえぐった。
●
桜子が妖の槍を繰り、妖気のつららを山猫にぶつける。喉元に付いた玉から小さな光輪がふわりと躍り出て、前衛を担う者達を切り刻んだ。
ぶん、と風を切ったのは、小夏の振り上げた縛霊手。右肩を掠めた爪の先から網状に霊力が放射され、山猫を縛る。
目覚めたのに、仕えるべき主はもういない。少し寂しい気もするけれど。霊糸に縛られた山猫へ、春陽は炎をまとった蹴りを放つ。放っておけば、何をしでかすか分からない。眠らせるのなら、ここで。自らのものでない炎に焼かれる山猫を、春陽はまっすぐに見据えた。
「喰ろうて見よ」
靜が抑えた声音で言い、螺旋のごとき捻りを加えた一撃を繰り出す。槍の穂先は山猫の背を削り、白く妖しく輝いた。紅桜の小太刀から夜霧があふれ、仲間達を包む。
斬魔刀を振るうさんぽに続いて、千幻の蹴りが山猫の鼻面を捕らえる。縞模様の体に新たな炎が追加された。
「紅蓮の如く燃ゆるがよい」
灰も残さぬと決意して、緋女は深紅の刀身に炎を宿した。真上から振り下ろされた一撃に、山猫が甲高い声を上げた。
スキュラサマ。首をふるりと振った山猫が、既にいない主を呼ぶ。
生まれた時には存在意義を失っている。その事実には同情しないでもないけれど。喉元に付いた智の字を刻む玉に目をやって、カンナはマテリアルロッドを握り締める。燃え盛る山猫の前肢を殴り付ければ、かん、と硬い音が鳴った。ただでさえ、犬士たちが残っているのだ。これ以上、厄介なものに増えられては困る。
雁字搦めになりなさいと、桜子は解体ナイフの刃をジグザグに変形させ、山猫の背を刻む。山猫の体を包む炎と氷が、その厚さを増した。
シャアッ、と蛇めいた声で山猫が鳴き、炎をまとう光輪が春陽を襲う。
「ハヤテ!」
カンナの呼び声に応じ、炎が少女の体へ届く寸前、ハヤテがその間に割り込んだ。黒いボディを包む炎を、ヨシダが浄霊眼で消し去る。
ありがとう、とハヤテに礼を述べて、春陽は寄生体の肉片から強酸性の液体を滴らせる。腕を振り抜き飛ばしたそれは、山猫の毛皮に大きな焦げ跡を作った。
わずかに身を引いた山猫を待っていたのは、異形化した靜の右腕。殴り付けると、かしゃんと氷の爆ぜる音がした。その靜の背を、紅桜は癒しの矢で射る。
エアシューズで地を蹴る寸前、千幻は腕時計に目をやった。焦るなと己に言い聞かせ、彼は軽く跳躍する。今やるべき事は、落ち着いてこの蹴りをぶつけて行く事。流星のきらめきを宿した一撃は山猫の足を穿ち、その機動力を奪う。
山猫が吼え、姿勢を低くする。獰猛な瞳の狙いを悟った小夏は、直後にほとばしった炎の行く手をさえぎる位置に己が身を移動させた。文字通り身を焼かれる痛みに顔をしかめると、緋女から防護の符が飛んで来る。
カンナがジェット噴射の勢いで山猫との距離を詰め、死の中心点を貫く。非物質と化した小夏のクルセイドソードが山猫の体を透過して、その魂を傷付けた。春陽のバイオレンスギターが真横に振られ、山猫の脇腹を叩く。
青い細身の杖を振るったのは靜。流し込まれた魔力が暴れるのに合わせ、かしゃんかしゃんと氷が鳴った。紅桜が喉を震わせて、仲間へ天上の歌声を届ける。千幻は縛霊手を振るい、山猫の胸元を強かに打った。
雄叫びを上げる山猫の背に、燃え盛る翼が現れる。しかし大仰な仕草の割に、塞がった傷の数は多くなかった。癒しを阻む力が功を奏していたのだろう。
それでも灼滅者達の付けた傷を完全ではないにしろ癒した山猫は、再び剣呑な眼差しを彼らに送った。
●
山猫の鋭い叫び声が、夜の空を裂く。
数多くの霊糸や炎にまみれてなお、山猫は闘志を失っていなかった。前肢から奔流のごとくほとばしった炎が、後衛の灼滅者達を薙ぐ。
「わらわは紅月鬼! お主ごときに遅れをとる悪鬼ではないぞ!」
真紅の瞳で山猫を見返し、緋女は清めの風を呼んだ。炎の威力は戦い始めた当初より上がっている。だが、まだ灼滅者達がどうにか出来る範囲だ。
「やってくれるわね」
静かな怒りをマテリアルロッドに込めて、カンナはその先端で山猫の頭を思い切り殴りつけた。その動きに合わせて、ハヤテの機銃が火を噴く。傷付いた仲間に手を差し伸べられないのは歯痒いが、攻撃の手を休める訳には行かないのだ。
さすが、強いわ。溜め息混じりに呟いて、桜子が妖の槍をくるりと回す。涼やかな音を立てて山猫の体に付与された氷は、もはや幾つ目になるのか分からない。
今度こそ。小夏は終の名を持つ縛霊手を叩き込みながら、つり上がった山猫の瞳を睨めつけた。今度こそ、誰も闇には堕とさない。仲間が闇堕ちしてしまう結末がどれほど痛いかは、彼自身がよく知っている。
ダークネスを産み出すスキュラの霊玉って、どう言う仕組みなのかしら。喉元に付いた智の文字に目をやって、春陽はバイオレンスギターをかき鳴らす。ダークネスはヒトの魂の奥底に宿るもの。だとすれば、霊玉が魂の代わりを果たしているのだろうか。考えても答えは出ない。
靜がほのかに輝く橙のオーラを手に集束させ、山猫の胸を打ち上げる。紅桜の紡いだ夜霧に、前衛を苛んでいた炎が消えた。
10分だと、千幻が告げた。仲間達が表情を引き締める中、彼は蹴りを放つ。ローラーとの摩擦が火を呼んで、山猫を包む炎が大きさを増した。
暗色の縞模様からなおも炎を噴き出しながら、山猫は靜へ喰らい付いた。牙のかたちに開いた傷へ、緋女が符を飛ばす。
カンナのバベルブレイカーが耳を貫き、山猫が悲鳴じみた声を上げた。その傷口を、桜子が広げる。するりと音も無く滑り込んだのは、小夏の神霊剣だ。
「あと一息だ!」
千幻の飛び蹴りを受けて、山猫が大きく体勢を崩した。
「これで、仕留める……!」
その隙を逃さず、異形化した靜の腕が凄まじい膂力で山猫をえぐる。
一際高い声を上げ、山猫の体がふるりと震える。やがて糸が切れるように、山猫はその場に崩れ落ちた。
●
山猫の体が消えた後、そこには何も残っていなかった。二つに裂けた肉塊も、山猫の喉元に付いていた玉も、消え去ってしまっている。
「さっすが八犬士候補……そこらの雑魚とは違ったわね」
疲れ切った様子で、桜子が溜め息と共に言葉を吐き出した。誰も欠けてはいない。誰も堕ちてはいない。それでも、疲れは隠せなかった。
「すきゅらの遺した八犬士か。よもや主がおらずとも復活するようになっておったとは驚きじゃ」
「そう言えば、正規の智の犬士ってカンナビスだっけ? なにしてるんだか」
緋女に続いて紡がれた小夏の言葉に、カンナが目を瞬かせた後、頭を軽く振った。
「あいつ、名前被ってて気に入らないのよね」
自分の名前と重なる音には、つい反応してしまっていけない。
「南谷さん大丈夫? 前衛だったし、怪我してない?」
桜子がそう言って、ぺむぺむとてのひらで春陽の体を優しく叩く。彼女自身がそうであるように、多少の傷はあるものの、大きな怪我は無いようだった。
「スキュラも鬱陶しいの残してくれたよねー」
「今回はなんとか叩き潰せたけどな」
仲間の負傷状態を確認しつつの紅桜の言に、千幻が頷く。
もしも、あと少し戦いが長引いていたら。灼滅者達の背筋を、薄ら寒いものが駆け抜ける。少なくとも、一人は心を闇へと傾けてしまっていただろう。
学園へ戻ろうと、靜が仲間達を促した。皆が頷く中、一人手を挙げたのは春陽だ。
「私、この辺りを見て回って来るわ」
気を付けてねという仲間の声に、春陽は大丈夫と返す。
夜の公園にはもう、禍きものの姿は無かった。
作者:牧瀬花奈女 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年5月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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