甘夢のくちづけ

    「ん……」
     口の中に桃のような甘さが広がれば、温かな舌が絡みつく。塞がれた口の隙間から僅かな声が漏れた。呼吸が上手く出来ない。押し付けられた柔らかでふっくらとした胸。体の芯からどんどん熱くなっていく。
     たった一つのベッドの上。外界と自分達を遮るものはぴたりと閉めた薄いカーテンだけ。開けられた窓から涼しい風が入り込んでくれば、心もとない布の壁がふわりゆらりとずれていく。
     ちゅ、と音を立てて口の中から温かで甘い舌が出ていけば、その人は緩やかな笑みを浮かべて抱きついてきた。
    「アナタはどうしてそんなに悲しい顔をしているの? 昼間にアナタを見たの。……とても寂しそうな目をしていた」
     細い指が服の上を滑り、ひんやりとした指先が直接、肌に触れてくる。
    「音楽をする人だったんでしょう?」
     過去の形で紡がれた言葉が胸に刺さる。
     包帯に包まれた真白い手は医師から以前のように動かす事は不可能だと、断言されている。事実、動かそうとしても、もう殆ど動かせない。
    「……かわいそう。酷い事故だったものね……」
     ――でもね、だいじょうぶ。
     黒い瞳は外からの光にきらめいて、その人は儚く笑った。
    「私の眷属になってくれるなら、救ってあげる。……アナタの音楽を聞いてみたいな」
     
    「淫魔ってなんであんなにハレンチなんだろうな」
     そんな事を呟いた墨野・桜雪(小学生エクスブレイン・dn0168)は溜息を零すと、一枚目の資料を捲った。
    「ある病院に看護師に扮した淫魔が現れるんだ。今回、みんなにはこの淫魔の灼滅をお願いしたい。……みんなは『いけないナース』と呼ばれる淫魔達の事は知っているか?」
     病院に現れ、プラチナチケットにも似た能力で自由に病院内を活動することの出来るナースな淫魔――いけないナース達。いけないナース達は病や怪我に苦しむ者達を誘惑し、ある契約を結ぼうとする。
    「病気や怪我を治す代わりに配下になって欲しい。……この契約を淫魔と結ぶ事で、契約者は強化一般人になり淫魔の配下となる。強化一般人になった結果、病気や怪我が完治するんだ」
     夢のようなナースの言葉。それは病や怪我に悩み、絶望している程に甘く優しい誘いとなるであろう。そうして病院を退院すると、契約者達に待っているのは行方不明になるという未来である。
    「淫魔は病院にいる者を次々と自分の配下にし始めている」
     だからこそ、いけないナースの行動を見逃がす訳にはいかないのだ。
    「まず、淫魔だが病院内では日野道・小春(ひのみち・こはる)という名前で活動しているみたいなんだ。病院はそれなりに大きく人も多い。人払いをすればバベルの鎖の影響で感付かれる。日中に病院内に潜入しても良いが、灼滅は無理だと思ってくれ」
     人が少なくなり、バベルの鎖を掻い潜れる時間は真夜中以降。この時間帯であれば、灼滅者達は自由に動く事が出来、淫魔は新たな配下を求めて病院内を闊歩しはじめるだろう。
     ここまでの情報を黒板に纏めた桜雪は、一度チョークを置いて灼滅者達の方へと視線を向けた。
    「真夜中であっても、看護師や警備員が巡回をしている。淫魔にはそれを何とか出来る能力があるが、みんなの場合はそうじゃない。その点には気をつけてくれ」
     色の違うチョークで黒板にその事を書けば、淡々と説明は続けられていく。
    「いけないナース自体、実はそんなに戦闘には強くないんだ。普通のダークネスよりも少し弱いくらいだと思って良い。次に戦場についてだが、戦闘に支障が無い場所と限定すると大分選択肢が限られてくるんだ」
     戦える広さをもつ空室は各階にいくつか。後は屋上に出るか、病院の外に出るかのいずれかとなるであろう。
    「……今挙げた場所以外でも戦う事は可能だが。そうすると病院に被害を出すことになるから、避けてくれると嬉しい」
     病院内の簡易な地図や情報を黒板に片隅に描けば、桜雪はそれと、と言葉を繋げていく。
    「淫魔と戦闘になった場合。淫魔と契約を結んだ患者達が多分、みんなの背後から現れる事になるんだ。形としては淫魔とその配下の強化一般人にみんなが挟み込まれる形になると思う」
     どこで戦ったとしても、それは避ける事の出来ない陣形である。
     どこでどの様にして戦うかで、戦況は大きく変わって来るであろう。
    「このいけないナースと呼ばれる淫魔達が誰の命令で動いているかは不明だ。ただ、その事を聞いても答えてはくれない。……淫魔に声を掛けるよりも、強化一般人達に掛けた方が良いかもしれない、な」
     淫魔と契約を結び強化一般人になった者達は倒されることで元の一般人に戻ってしまう。いけないナースの治療により、症状が軽くなる者もいるが、全員そうなる訳では無い。
     多くの契約者達にとって、強化一般人となったからこそ得た健康な身体は倒して時点で失われる。
     甘い夢物語のような奇跡は、唐突に終わってしまうのだから。


    参加者
    喚島・銘子(掌の鋏・d00652)
    硲・響斗(波風を立てない蒼水・d03343)
    神楽火・天花(和洋折衷型魔法少女・d05859)
    久鷲見・珠郎(マッジョーレ・d15514)
    鷹月・漣(静観する影の処刑人・d15806)
    空木・亜梨(ホワイトスケープ・d17613)
    神子塚・湊詩(藍歌・d23507)
    雨宮・栞(雨と紡ぐ物語・d23728)

    ■リプレイ


     時刻は既に夕刻を指しているというのに、窓の外から見える空は未だに明るく、夏の近づきを静かに告げていた。
    「……まだ片付いていなかったなんてね」
     喚島・銘子(掌の鋏・d00652)が屋上へと続く扉のノブを回し引いても、掛けられた鍵のせいで扉が開くことは無かった。
     いけないナース事件と総称される淫魔達が病院で起こす事件。それが未だに続いていた事に僅かに息を吐きだせば銘子は階段を降りて行く。途中、見知った者達と擦れ違えば視線を一度そちらに向け、警備室へと足を向かわせた。
    「あのすみません。これ、日野道さんに渡して欲しいんですけど……」
     マスク越しの言葉はいつもよりもくぐもっていて。ナース センターにいる看護師へと空木・亜梨(ホワイトスケープ・d17613)が声をかければ、看護師がくすりと笑みを零した。
    「ラブレターなら直接渡してくださいね。日野道さんを狙っている人って多いから、そんなんじゃ振られちゃいますよ」
    「直接渡せないからお願いしてるんです」
     腕に巻かれた包帯とパジャマとスリッパ姿の亜梨に向けられた言葉は、どこか親しみのあるもの。困ったように空色の瞳を向ければ、看護師の指が亜梨の持つ手紙へと伸ばされた。
    「今日だけですよ。後でちゃんと渡しておきますね。……隣の子はお友達ですか?」
    「そうだよー。今日はお見舞いに来たんだー。あのさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
     看護師に向けられた視線に硲・響斗(波風を立てない蒼水・d03343)は一度頷けば、看護師の言葉に話を合わせそうして身を僅かに乗り出して声を潜める。
    「ここにヴァイオリンを弾く人とか入院していないかな?」
     知り得た情報の中でも最も特徴的な情報を告げれば、看護師は自身の背後――ナースセンターへと視線を向け緩やかに首を振る。
    「ごめんなさい。そういう事はあまり言えないんです」
    「そっかー。変なお願いしてごめんねー、でも他に頼れる人いなかったから……」
     礼を告げてナースセンターから離れようとすれば、響斗達を呼び止める声に二人は足を止めた。
    「良かったら、四階のカフェで待ってて」
     ――ここじゃ少し話しにくいの。お友達くんも一緒で良いから一緒にお茶しましょう?
     小さな手招きに呼ばれた響斗に、僅かに頬を染めた看護師の言葉がこっそりと告げられた。
     

    「遅かったな」
     病院に潜入していたのは銘子と響斗と亜梨。亜梨達が遅れて仲間達と合流すれば、久鷲見・珠郎(マッジョーレ・d15514)のかけた言葉はぶっきらぼうなものであった。
    「すみません。ちょっとナースさんから話を聞いていたら長くなっちゃって……。でも、情報はばっちりです」
    「そうか」
     亜梨達が戻ってくるまで、内心落ち着かなかい様子であった珠郎はほっと静かに胸を撫で下ろす。
     互いに得た情報を仲間達に伝え、準備をしていけばゆっくりとけれども確実に時間は過ぎていく。
    「時間だね。さあ、屋上に行こうか」
     神楽火・天花(和洋折衷型魔法少女・d05859)が時計をしまえば、下ろした視線の先にある大きく開いた胸元に思わず動きを止めた。緋色の花をモチーフに作られた衣装は華やかかつ大胆なもの。そんな服装で異性と二人乗りをする事に、少女の心は恥ずかしさに揺れる。
    「久鷲見さんは兎変身を使って貰っても良いでしょうか? 神楽火さん、三人で行きましょう?」
     天花の様子に気がついたのか、雨宮・栞(雨と紡ぐ物語・d23728)が珠郎に声を掛ければ、細めた青空の瞳を向けた。
     灼滅者達がいけないナースを待つ場所は病院の屋上。人目につかぬようにと考えられた手段は魔法の箒で屋上まで飛んで行く事だった。順番に仲間達を運んでも、時間は十分にある。
    「湊詩が最後ね。行きましょう 」
    「よろしく、頼むよ」
     順番に仲間達を運んでいけば、最後に残った神子塚・湊詩(藍歌・d23507)に銘子が声をかけた。涼やかな初夏の夜風に青空を思わせる水色の髪が弄ばれる。
    「二人共こちらです」
     屋上へと降り立つ二人に、給水タンクの裏から姿を見せた鷹月・漣(静観する影の処刑人・d15806)の声。
     いけないナースはまだ来ていない。灼滅者達は気配を消し、給水タンクの影に隠れながらその時を待てば、重い金属が跳ねる音。静かな屋上に重たい扉を開く音が響く。
    「素敵な男の子の友達。治らない病気の男の子……恥ずかしがり屋さんかな。どんな子だろう」
     軽やかな足取りは楽しげで、手にする便箋に綴られた文字を読み上げながらくすくすと零されていく笑み。黒い瞳に長い髪。見た目だけならば、普通の看護師であろう。だが、続く言葉がそうでない事を告げていた。
    「お爺ちゃんはそろそろ退院だから、その子とお友達も……二人共眷属にしたいな」
    「ごめんねー。小春ちゃんの眷属にはなれないんだ」
     いけないナース――日野道・小春の前に一番始めに姿を現したのは響斗。その後に続き現れる灼滅者達の姿を見れば小春の顔に不敵な笑みが浮かぶ。
    「……この手紙は嘘? 折角、今日も素敵な事が出来ると思ったのに」
     ちゃんと小春へと渡った手紙。小春はそれを寂しげに破っていけば、紙片が風に乗って散っていく。
    「それに私の敵、みたい」
     陣形を整えつつ武器を構える灼滅者達に視線を向ければ、灼滅者達を通り越しその先にある屋上への扉へ。
    「悪い人たちがいるの。約束した、よね?」
     小春の声とともに再びゆっくりと開けられた屋上と院内を繋ぐ扉。現れたのは小春の配下となった者達であった。
     

     指先は金の羽根。手も腕も白き翼と変化して、その足は鳥のもの。それは普通であれば伝説でしか存在し得ぬ姿。
    「その力は、きっとだれかを傷付けてしまうもの」
     倒す事で小春と契約していた者達の未来は変わってしまう。攻撃の届かぬ青年の代わりと老人へ捻りを加えた槍の一撃を繰り出す湊詩が瞳を僅かに歪めれば、その背後から飛ばされるのは青年の心を惑わせるための亜梨の護符。
    「ひと時の夢を壊すようで悪いけれど……」
     治らないとされた怪我や病気、それが完治した一時は夢の様な時間であろう。しかし亜梨達はその先にあるものを知っている。だからこそ、こうして戦わなくてはいけないのだから。
    「ねえ。アナタ達、本当にそれでいいの?」
     真っ直ぐに天花が青年へと視線を向ければ、雷鳴の様な音を立てガトリングガンから吐き出される大量の弾丸。込められた魔力が青年の身を緩やかに焦がし始めていく。
     しかし、相手もやられているばかりでは無い。
    「姉ちゃんたちさ、何しようとしてるのか分かってんの?」
     少年が栞の元へ駆け行けば手にしたバットを大きく振りかぶる。細い身体に叩き込まれた衝撃は強烈そのもので。
    「……その力に頼れば、本当に、大切な人も、大切な事も失う。……それでも良いのですか?」
     痛みに体を曲げながら、栞は言葉を吐いていく。
    「意味が分からん。小春ちゃんは儂らを治してくれたんじゃ。お前達に何が分かるんじゃ!」
     軽快な足音を立てながら老人が突き出す拳は銘子の着物の裾を掠めるばかり。小さな鈴音を残し、銘子は真っ直ぐに配下達へと視線を向ける。
    「貴方方は縋る藁を間違えているわ。彼女と契約をしてもこの先使い捨ての駒にされるだけ」
     ――快癒を望んだ理由である夢ともお別れよ。
     言い切った言葉に老人と少年の動きが僅かに止まれば、その奥に控える小春は大仰に溜息を吐き出した。
    「でも、皆、私がいなかったら元に戻らなかったよね? ……ね?」
     小春の黒い瞳は未だ言葉を紡がない青年へと向けられれば、二人の視線は交わっていく。言葉無く構えられたヴァイオリンから、奏でられるのは浄化と癒しの力を持った旋律。そしてその旋律に乗せられた小春の声は灼滅者達を惑わる甘い歌声。
    「……つらいですね、演奏できなくなるのは……」
     艶やかな赤はまるで鮮血の様。漣が放つ赤の逆十字が青年を身と精神を切り裂けば、青年の体が耐え切れぬように一歩後ろへと下がった。
    「俺はあなたにはもっと他に自分にできることがあると思います」
     諦めた先で見つけた今の希望。しかしそれは、他人から与えられたもの。だからこそ、漣は言葉を投げかける。与えられるのではなく、自分の手で希望と未来を掴み作ることが出来るのだと。
    「夢物語はこれにて終幕です」
     それが出来ると思っているからこそ、この甘い夢物語を終わらせなければならないのだから。
     単体であればそれほど困らぬ相手であろうが、それが纏まり一つとなれば灼滅者達を手こずらせる相手となる。攻撃しては癒され、癒しては攻撃される。
     四本の弦が生み出す音楽。何度もそれを耳に入れ、そしてまた終わったメロディーに天花はゆるりと否定をするように首を振れば、作り出した魔法の矢は青年へと放った。
    「……ダメね。音楽で本当に大切なのは、アナタの音楽にこめられた、アナタ自身の魂。……なのに今のアナタの音楽は、空っぽだよ。……それなのに小春さんは本当にアナタの音をちゃんと聴いているのかしら?」
    「五月蠅い」
     ヴァイオリンから顎を外せば、片膝を付いた青年は天花へと視線を注ぎ発した言葉はまるで酷く不愉快そうなもので。
    「俺にはヴァイオリン――こいつしか無いんだ。医者からはもう以前の様には弾く事は出来ないと言われている。なのに何故邪魔をする。何故また絶望へと突き落とそうとする」
     絶望の中で唯一、差し伸ばされた手。
     誰もが思った事であった。倒せば元に戻る体。小春との手を取り歩む道にも、その手を振りほどき歩む道にも付きまとう重い現実。
     謝罪の言葉を掛けたとしても、それは灼滅者達の中に伸し掛かる。
     静かな言葉は鋭く重く、静まり返った戦場で小春だけが無言の微笑みを浮かべていた。
    「逃げるな、諦めるなとは言えない」
     似た絶望を珠郎は知っていた。戦う力を持てど、音楽の才能は持たず。だからこそ珠郎は音楽家への道を閉ざした。
      あの時の感情が自然と珠郎の言葉を紡がせる。
    「逃避だって常に後悔が付きまとう重い決断だ。それを他者の、しかも下僕になれという言葉によって行うのか?」
     青年が選ぼうとしている道には常に淫魔の影が付き纏う。夢の対価は淫魔の下僕。その道の先には苦痛しか待っていない。
     青年の顔が僅かに曇ったその瞬間、その身に魔槍の妖気が作り出した氷柱が突き刺さる。
    「偽物の奇跡などなくとも、人はまた立ち直るものです」
     それはすぐに、とは言えないけれども。
     栞の瞳に映った青年の顔は驚いた様なもの。けれども地に伏す一瞬に見せたのは、今までとは違う僅かに柔らかになった表情であった。
     

    「アナタ達も人間らしく、絶望に打ち勝ってみなさい」
     少年と老人の間へと天花が展開させたのは死の魔法。
    「小春さん、誰かに頼まれたって言ってなかった? 例えば、診察の先生とか」
     得られる情報は無いかもしれない。不可視の魔法により体温が奪われ凍っていく老人と少年に視線を向けながら一つ問う。
    「そんなの聞いても無駄。教える必要がないもの。……氷は溶かせられないけれど、癒してあげる」
     答えぬ二人の代わりに、天花に応えたのは小春であった。響く歌声は確かに身を浄化する力は持たないけれど、一段と癒しの力が込められていて。
    「その力に頼れば、大切な人も、大切な事も失う。……それでも良いのですか?」
     栞の槍が狙うのはより疲労している老人で。そして、小春の歌声が途切れた瞬間、広がったのは霊的因子を強制的に停止させる結界であった。
    「家に待つ人が居るでしょう。悲しませていいの?」
     今ならまだ引き返せる。戻ることが出来るのだから。
     四国犬にも似た霊犬――杣が仲間を癒しているのを視界の端に止めながら、銘子が長い黒髪を靡かせる。
     持たぬ家族をもつ者達に羨ましい気持ちもあった。純粋に同情だってする。けれども――。
     掛けていった言葉を思案するように、老人と少年の動きが鈍くなれば湊詩は得物を握り直す。半身鳥となった体が風を切り、振り上げた杖は老人へ。たった一度の打撃。けれども、その一撃に込めた魔力は老いた体を内側から爆破させていく。
    「……ごめんね」
     倒れいく老人の姿を見ながら、湊詩の言葉は夜風の中へと消えていく。
     亜梨は守護の力を込めた符を栞へと飛ばす間に、ビハインド――雪花が少年へと霊撃を繰り出せば、その後ろに控えるのは漆黒の槍を少年へと向ける響斗。その穂先には浮かぶは暗き思いが作り出す漆黒の弾丸。
    「今日の事は悪い夢。ううん、小春さんと契約した時から悪い夢が始まってたのかもしれないね……。出来れば早く忘れてね」
     響斗の弾丸が少年を貫けば、少年の体は再び立ち上がることはなかった。
    「酷いな。どうしてアナタ達っていじわるをするの? 三人共、怪我が治って喜んでいたのに」
     残されたのは一体の淫魔。
     言葉に反して小春は肩を小さく揺らし笑えば、灼滅者達の方を向きながら後ろに歩く。その先は少し高くなった段差があるのみ。
    「戯言を……! こんなことになったきっかけは誰だ?」
     それは霊犬――クベベと共に回復に専念していた珠郎だった。言葉とともに珠郎の影が小春を捉える。
    「逃がしませんよ?」
     放っておけば隙を見つけた小春は屋上から逃げるであろう。小春の死角へと回り込み漣はそっと小春へと囁いた。そして、その身を切り裂き退路を断つ。
    「貴方の姿は見るに堪えません」
     全て始まりは目の前にいる淫魔。奇跡を求めた者達を支える共に歩むべきなのは、彼らともっと繋がりの深い者達であるべきだから。
     栞が漣の横へと歩み、更に道を塞げば小春は表情を歪めれば喉を震わせ灼滅者達を惑わせる歌を紡ぎだす。
    「響斗君、合わせるよ!」
     ルーン詩が書き込まれた護符を構えた天花が声を上げれば、先行する響斗は水の蒼を湛えた気を拳に集め小春の体に連撃を、天花の符はその心を惑わせる。
    「貴女方を派遣している人って失敗を許してくれないのかしら」
     別の病院で戦った時、その時の淫魔は何も話さなかった。銘子が伸ばす影は小春を飲みこむも、小春はそれを阻止しようと足掻いていく。
    「優しい言葉は、時に毒になる。……さよなら、ナースさん」
     小春の弱った箇所を瞬時に見切った湊詩が繰り出したのは正確な斬撃。 力なく四肢を垂らし影に飲み込まれ行く小春は、最後に影が纏わり付く手を動かし口元へ人差し指をあてた。
     そこに言葉は何もない。
     小春を飲み込んだ影が持ち主の元へと戻った時、小春の姿はそこにはなかった。
     
     灼滅者達が給水タンクの裏側に潜んでいれば、屋上の扉の向こうから聞こえてきたのは看護師の慌てる声。
     戦いでの傷は癒やしているから、後は病院の者達が彼らのことをやってくれるであろう。
     ――貴方達らしい道を歩めるように。
     夜風に載せた漣の祈り。風は穏やかに彼らの元へと向かっていった。
     

    作者:鳴ヶ屋ヒツジ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月3日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 9
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