姫君と僕のアリア

    作者:篁みゆ

    ●君を守るから
    「あ、藍姫。少しは、学校に慣れた?」
    「問題ない。わらわを誰だと思うとる」
     屋上に繋がる階段の踊場で、長い黒髪の少女が得意気に小さな胸を張る。
    「じゃが、このスカートは短くて足がすーすーするのぅ……」
    「そ、そう……だよね」
     恥ずかしげにスカートの裾を押さえる少女。つられて視線を落とした少年の視界に、少女の白い足が入る。気付かれないようにとさっと目をそらした。
    「ねぇ、藍姫の世界の人はまだ藍姫がここにいることに気がついていないのかな?」
    「そうじゃの……今はまだ、大丈夫のようじゃ」
    「でも、藍姫が最初に来た時みたいな服だったら、ひと目で分かるよね」
     少年――宏彰は自身が藍姫と呼ぶ少女が、宏彰の住むこの世界と平行に存在する世界、パラレルワールドから来たと教えられていた。その世界で藍姫はとある国の王位継承権を持つ王女であり、他の兄弟の手の者によって命を狙われているため、こちらの世界に逃げてきたという。ちなみに初めて宏彰が彼女と出逢った時、彼女は中世ヨーロッパ風のドレスに身を包んでいた。
    「馬鹿者。さすがに奴らも阿呆ではないわ。こちらの世界に合った服を着てくるじゃろうて。だから、油断は禁物じゃ……宏彰、わらわをまもってくれるのじゃろ?」
     上目遣いに願われて、宏彰の心臓が高鳴る。
    「……!」
     そればかりか藍姫は、彼の身体に抱きついたのだ。
    「もう……王位継承権などいらぬ。あんなものくれてやる。わらわは……わらわはこのまま宏彰と共にいたいだけなのじゃ……それだけで、いいのじゃ」
     女の子に抱きつかれるなんて経験なかったものだから、宏彰は行き場のない手をわたわたさせて。
    「宏彰……」
    「安心して。ぼ、僕が守ってみせるから!」
     意を決してギュッと抱きしめた。彼女は柔らかかった。
     

    「もしかしたらもう、耳に挟んでいるかもしれないけれど」
     神童・瀞真(大学生エクスブレイン・dn0069)は教室に入った灼滅者達を見て、そう口を開いた。
    「一般人を闇堕ちさせて手駒にしようという淫魔達の活動が報告されてるよ。この淫魔達は強力なダークネスになる素質のある一般人男子に狙いを定めて接触し、様々な演出を加えて忠実な配下ダークネスとして覚醒させようとしているらしいね」
     今回ターゲットとなっているのは吉方・宏彰(よしかた・ひろあき)という中学2年生の男子。現在闇堕ち直前という状況に陥っているが、淫魔が行っている演出をうまく利用すれば、闇堕ちを防ぐことが可能かもしれない。
    「闇堕ちを防ぐことができれば藍姫(あいひめ)と名乗っている淫魔を灼滅するだけで済むけれど、宏彰君が闇堕ちしてしまえば、藍姫以外に強力なノーライフキングとなった宏彰君とも戦わなければいけなくなるよ。解決方法はいくつか考えられるから、皆で相談して方針を決めて欲しい」
     解決方法としてあげられるのは、まずは変に小細工をせず正面から戦うこと。有無をいわさず藍姫を灼滅する。宏彰が闇堕ちする隙を与えずに藍姫をスピード灼滅できれば、続いて闇堕ちした宏彰を相手にしなかければならないが、同時に相手取らずに済むだろう。
     次に考えられるのは、二人を引き離して藍姫を撃破すること。後で藍姫が倒された事を知った宏彰が闇堕ちする可能性がある。その可能性を減らすためには藍姫がいなくなったことを納得させたり、宏彰の藍姫に対する好感度を下げておくなどのフォローが必要だろう。
     他にも、宏彰を説得して宏彰の目の前で藍姫を撃破するという方法も取れる。説得が不十分であれば闇堕ちしてしまうが、この時点で闇堕ちすることがなければもう大丈夫だろう。
    「この他にも色々と対策は考えられるだろうから、知恵を絞って欲しい」
     二人に接触できるのは放課後。二人は普段はひと気のあまりない裏庭の花壇に水を遣っている。
    「宏彰君は藍姫に恋をしている。一生分の勇気を振り絞って彼女を守るつもりだ。宏彰君に接触する場合はパラレルワールドから来た追っ手だと思われないように、言動に注意した方がいいかもしれない」
     藍姫はそれほど強くない淫魔だ。ゆえに守ってもらおうと画策しているのだろう。
     反対に宏彰は闇堕ちすれば強力なノーライフキングとなる。戦って勝てないことはないが、かなり強いだろう。
    「藍姫はサウンドソルジャーの皆と同等のサイキックと、サイキックソード相当のサイキックを扱うよ。宏彰君はエクソシストの皆と同等のサイキックに加えて、ウロボロスブレイド相当のサイキックを使う」
     裏庭は花壇や倉庫などがあるが、戦闘に支障はないだろう。一般人が来ないよう、物音には気をつけた方がいいかもしれない。
    「色々と考えることは多いけれど……君たちならばきっと、いい結果に導いてくれると信じているよ。頼むね」
     そう告げて瀞真は和綴じのノートを閉じた。


    参加者
    大堂寺・勇飛(三千大千世界・d00263)
    水綴・梢(銀髪銀糸の殺人鬼・d01607)
    神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)
    神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)
    五美・陽丞(幻翳・d04224)
    雨霧・直人(はらぺこダンピール・d11574)
    月代・蒼真(旅人・d22972)
    永星・にあ(高校生デモノイドヒューマン・d24441)

    ■リプレイ

    ●君と僕と花
     裏庭の花壇はまるで存在を忘れられたかのように雑草が伸びていた。世話をしている生徒がいるのかどうかも怪しいその花壇を見つけたのは藍姫だった。雑草を抜き、花の苗を植え、毎日放課後に二人で水を遣るようになってから数日。今日もまた、二人で過ごす。そんなささやかな日常が壊れようとしていることを、宏彰は知らない。
    「女性に頼られて縋られるなんて、現代社会でそうあることではない。まして普段縁のない環境にいればぐっときてしまうのも無理はないだろう」
     校舎の影から裏庭を覗いた雨霧・直人(はらぺこダンピール・d11574)が冷静に告げる。同じように様子をうかがう灼滅者達の瞳には、仲睦まじい二人の姿が映っていた。その中でひとり、大堂寺・勇飛(三千大千世界・d00263)は心臓のあたりを抑えて呻く。
    「い……いたい……心が……」
     思い出されるのは己の黒歴史。誰にでも1つや2つや3つや4つあるかもしれないそれが、勇飛の胃と心をキリキリと痛めつける。何となくその痛みの原因を察した月代・蒼真(旅人・d22972)は軽く苦笑を浮かべて勇飛の呟きをあえてスルーする。突っ込んでつついてしまわないのはなんというか、武士の情けとか騎士道精神とかそんなやつだ。
    「女の子の武器ってヤツだなぁ……こればっかりは対処が本当に難しいとおれは思うよ」
     蒼真は昔からどうにも周囲の女性に恵まれないというか、いい思い出がなく。いや、この学園の女性は比較的優しいとは思うのだが。
    「そうだな……純粋に彼女を護りたい、自分がしっかりしなくては、という彼の前向きな強い気持ちを無為にはしたくないところだ」
    「私達に起きている事の方が淫魔の話よりも、非現実的で残酷ではあるのよね……普通の少年をそんな世界に巻き込むわけにはいかないわ」
     直人の言葉に頷く神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)は中世の貴婦人の装いをしている。他の灼滅者たちも藍姫の作ったパラレルワールドの国の人物を装うために、それぞれ中世の騎士や魔導師や貴婦人などの装いに着替えていた。
    「行こうか」
     中世の騎士を装った永星・にあ(高校生デモノイドヒューマン・d24441)はさながら男装の麗人だ。彼女の言葉に頷いて、灼滅者達は裏庭へと足を踏み出す。

    ●君の現実
     タッタッと軽快な走りで二人の前へと一番に辿り着いたのは、猫変身した水綴・梢(銀髪銀糸の殺人鬼・d01607)だ。その後に直人と蒼真が駆けつけて、膝をつく。
    「藍姫様!」
    「……姫様! よくぞご無事で……!」
     接触を確認した神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)はそっとサウンドシャッターを展開する。これで声や音で一般人を引き寄せてしまうことはないはずだ。五美・陽丞(幻翳・d04224)は全体が見渡せる最後尾につき、藍姫に注意を払っている。
    「な、何じゃ!」
     突然の自分の名を知る人物の登場に藍姫はとっさに宏彰の後ろへと隠れた。その様子を見た宏彰は、震えながらも藍姫を守るようにしながら、灼滅者達を警戒心のこもった瞳で見つめていた。
    「わたし達は姫様を探していました」
    「追っ手!?」
    「追っ手ではありません。わたし達は姫様をお守りするためにあちらの世界から参りました」
     にあの説明を受けた宏彰は、真偽を確かめるべく藍姫をみる。だが当然のことながら。
    「知らぬ! こんな奴らなど知らぬ! 宏彰、わらわを守ってくれるな?」
    「……藍姫様がご存じないのも無理はありません。……ボク達はご両親より、陰ながら姫様をお守りするようにと、命を受けていたのです」
     ドレスの裾を揺らしながら進み出た蒼の横で、猫に変身していた梢が変身を解く。
    「!?」
     それを見ていた宏彰は当然、驚いて声も出ないようだ。猫が人に変身する、あるいはその逆も、普通はありえないことなのだから。非日常感を植え付けることには成功したが、まだ宏彰は灼滅者達を藍姫の味方だとは判断しきれていないようだ。
    「この少年が、宏彰様ですね。あちらの世界に残った姫様が死の淵をさまよっておられる間、彼の名を呼んでいたものですから、そのおかげで姫様を見つけ出すことができました」
    「それって、どういう、こと?」
     右手首に十字架を巻きつけた信心深そうな見た目の直人の言葉に、宏彰は興味をもったようだ。蒼真が言葉を引き取る。
    「彼女は、本当にいるべき世界で瀕死となっている。意識の一部が暴走してこちらの世界にやってきてしまったんだ」
    「詳しく説明するとね」
     嘘じゃ、信じるな宏彰――藍姫の抗議を遮るように魔術師を装った梢が声を上げた。
    「姫様がこちらの世界に来たことで存在エネルギーがこちらの世界へ流出してしまったのよ。元の世界で姫様は瀕死で……」
    「このままでは彼女は死んでしまう……こちらの世界に存在する肉体を消滅させないと」
     再び口を開いた蒼真の言葉を、宏彰は意外に落ち着いて聞いていた。そして藍姫を振り向いて。
    「藍姫、この人達の言ってることは、本当なの?」
    「本当なわけあるか! 真っ赤な嘘じゃ! こいつらはわらわを消そうとする追っ手じゃ!」
    「姫様はこちらに来た以降のあちらの世界の状況を知らないのよ、だから……」
     藍姫に縋られた宏彰は、梢の言葉にも耳を傾けている。藍姫はそんな宏彰を見つめつつも時折、灼滅者達に憎しみこもった鋭い視線を投げかけていた。万が一藍姫がなにか仕掛けてきてもすぐに対応できるように、と陽丞は真っ向からその視線を受け止め、彼女の本性に食い込むような鋭い視線を返していた。
    「姫の事を本当に思っているのなら、彼女が元の世界に無事に戻れるように、わたし達に協力して欲しい」
     にあの凛とした声に宏彰の肩が揺れる。
    「……こちらの世界の、藍姫様を消さないと、あちらの藍姫様が、死んでしまい、そうなると、この世界の藍姫様も消滅して、しまうのです」
    「そんな話、嘘じゃ! わらわは知らぬ!」
    「……混乱を防ぐため、王家の人間には、知らされていないのです」
     当然のごとく藍姫は蒼の言葉を知らないといった。けれども蒼もそれに対する言葉を用意してきた。でも。
    「そういう秘密って普通、王家の人間だけが知っているものじゃないの? マンガとかラノベとかだと、民を混乱させないため、王家の者だけが知っている秘密があるっていうのがセオリーだけど」
     顎に手を当てて考えるようにしながら灼滅者達を見る宏彰の瞳には、やや疑いの色が浮かんでいた。一瞬黙り込んだ灼滅者達。その中で一番早く口を開いたのは、こめかみを叩いて何かを考えていた勇飛だった。
    「応、もちろん俺達の世界にも王家にしか伝えられていない事があるだろう。だが事実はすべてがセオリー通りとは限らないんだぜ? 『事実は小説より奇なり』っていうだろ?」
    「そっか。確かに僕が知っているのは人の作った世界の中の話だから、全てがその通りだとは限らないよね。でも……だからといって、あなた達が本当に藍姫の味方だと判断できる証拠にはなりませんよね」
    「宏彰!」
     藍姫が嬉しそうに宏彰に抱きつく。反対に灼滅者達には緊張が走った。元々宏彰は藍姫の話を信じきっている。その上彼女には追っ手がかかっている。藍姫が『知らない』といえばまず疑ってかかる、それが自然な行動だ。
    「追っ手がわらわを消滅させようとやって来たのじゃ! あちらの世界にわらわが残っている? それが瀕死? 口ではなんとでも言えるが、証明などできまい!」
     勝ち誇ったように視線で灼滅者達を見下す藍姫。確かに灼滅者達の編んだ嘘を本当のこととして信じさせるには、今のままでは少し苦しい。宏彰はまず藍姫の話を信じる。追っ手から逃れたい藍姫が、嘘をつく必要がないからだ。
     だが、完全に説得が失敗したわけではない。宏彰の心が揺れているのは確かだった。もし、目の前の人達の言っていることが全て真実ならば、向こうの世界の藍姫が死ぬと同時にこちらの世界の藍姫も消えてしまうのだ。自分の側から藍姫が消えてしまうのはもちろん嫌だけれど、彼女という存在すべてを失うのはもっと――。
    「吉方さん、アタシ達のこと頭から信じられないのは当然だと思う。でもアタシ達が言ったことは本当よ。嘘だとしたら、どうして彼は最初から吉方さんの名前を知っていたのかしら?」
    「……!」
     明日等が示したのは直人だ。直人の言動を思い出してみる。
    『この少年が、宏彰様ですね』
     確かに宏彰が名乗るよりも、藍姫が彼の名を呼ぶよりも先に直人は宏彰の名を呼んでいた。故に、あちらの世界に残っている藍姫がうわ言で宏彰の名を呼んでいたという言葉や、灼滅者達が扮した役割に信憑性がわく。けれども。
    「ぼ、僕達の会話を盗み聞きしていて、僕の名前を知ったのかもしれないし……」
     藍姫を守る、そう決めた宏彰としては、簡単に信じるわけにはいかないのもわかる。だが今、宏彰の心はかつてないほどに灼滅者達の話を信じる方へと傾いている。
    (「嘘に嘘を重ねるのは気が引けるけれど、闇堕ちさせないためには迷っていられないわ」)
     明日等は心を決め、衣装の裾を揺らしながら宏彰に近づく。藍姫が威嚇するように睨んできたが、怯んでなどいられない。効くかどうかは分からないがラブフェロモンを使いつつ、彼の手を取り両手で挟むように握りしめた。こうすることで彼が安心して自分達を信じてくれれば、真摯な思いが伝われば……。
    「吉方さん、お願い。アタシ達に協力して。急がないと、藍姫様は本当に死んでしまうの」
    「他に、方法、は……」
     女子に手を握られることに免疫のない宏彰の動揺が、声から感じ取れる。
    「残念ながら前例の記録が殆ど残っていなくて、しかも急を要する事態なのよ。他の安全な手段を模索する時間はないの」
     梢の言葉に宏彰はす、と目を伏せた。信じるのか? 藍姫が彼の身体を揺らす。
    「彼女が君を頼っているのもわかるけれど……本当に彼女を守りたいのならば、この場は抑えてくれないかな」
     傷つけないために用意した嘘も心苦しいけれど、真実を知らせて巻き込むのもまた、考えてしまう。だから蒼真は嘘を突き通すことにする。
    「……」
     視線を上げた宏彰は、確認するように灼滅者達ひとりひとりと順番に視線を合わせていく。最後に視線を絡めた陽丞が強く頷くと、宏彰もまた、唇を噛み締めて頷いた。
    「辛い決断をさせてしまってごめんね。さあ、こっちへ」
     陽丞が手を差し出すと宏彰は縋りつく藍姫を引き剥がして彼女を見つめた。
    「宏彰!? あやつらのいうことを信じるのか!」
    「藍姫、ごめんね。藍姫と過ごせなくなるのはとてもとても悲しいけれど……でも、僕はたとえ住む世界が違っても、君が生きていてくれる方が嬉しいんだよ」
    「宏彰!?」
     すっと進み出た勇飛が、二人の間に割り入った。にあが宏彰の肩に手を添え、灼滅者達の後方へと導く。
    「だってそれならば、またいつか会えるかもしれないでしょう?」

    ●君は……
    「わらわの邪魔をするかぁぁぁぁぁ!」
     藍姫が叫びとともに斬りかかったのは、近くにいた勇飛だった。
    「龍星号!」
     ライドキャリバーの名を呼び、手にした『藍の星賢”ソゥ・ユーヒ”』を介して意識を集中させ、己に暗示をかける勇飛。龍星号は命に従い、藍姫へと突っ込む。
    「急いで!」
     その間ににあは少しでも宏彰を安全な場所へ、と振り返ろうとする彼を連れて藍姫から離れる。宏彰を藍姫の攻撃から守ろうと、仲間達が次々と間に入るべく動いてくれた。
    「……さあ、生き残る為、返りましょう」
     蒼の手から伸びた『風と踊る白木犀』が、藍姫を飲み込むように覆う。
    「宏彰様、俺達は姫様に危害を加える事はしません。これは、姫様の本体を救うためだと心得てください」
     直人が放つのは悪しきものを滅ぼし善なるものを救う光。そう言われても、藍姫の姿をしたものが痛めつけられるのを見るのは彼にとって辛いだろう。
    「今度は私達の事も信じて欲しいわね」
     明日等の構えたライフルから放たれた鋭い光線が藍姫を穿ち、その身体を苦痛に反らせる。ライドキャリバーがそれに追い打ちをかけて。
    「宏彰、宏彰! 助けるのじゃ! わらわは宏彰を好いて……」
    「藍姫、今回は遊びが過ぎている。そんな妄言を吐くならもう……還れ」
     まだ半分演技を続けている藍姫に冷たい視線と言葉を投げかけながら、陽丞は勇飛の傷を癒していく。梢の槍から放たれた氷柱が藍姫の身体に突き刺さるのを見た宏彰は、思わず目をそらした。その身体が小刻みに揺れている。
    「トーラ、宏彰君のためにも早く終わらせよう」
     合わせたように蒼真と霊犬のトーラが藍姫を傷つける。
    「来るよ、気をつけて!」
     藍姫の動きを注視していた陽丞の注意喚起に前衛が身構える。爆発した光に怯むこと無く次々と灼滅者達は敵と定めた姫に傷を負わせていく。否、彼女は姫本体ではない、分身。分身を倒すことが、姫を救うことに繋がるのだ。
    「せめて祈ろう。汝の魂に幸あれ……」
     深く斬りこんだ勇飛のその呟きは、細くなって消えていく藍姫の悲鳴にかき消されて、宏彰までは届かなかった。

    ●君と僕の終曲
    「……貴方のおかげで、藍姫様は助かりました」
     藍姫はダークネスであるからして、遺体を残さず消え去った。それが、分身を構成するエネルギーが元の世界の藍姫の元に戻ったという言い訳に真実味を付加している。
    「本当に、あっちの藍姫は無事なんだね……」
     へたり込んだ宏彰に手を差し出して立ち上がらせながら、陽丞は言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
    「君の想いは決して無駄ではないよ。君が居てくれたおかげで彼女は俺達の世界に帰れるんだ」
    「貴方のお陰で姫を救うことが出来た。世界を繋ぐ穴は塞いでしまうが、……強い目をしているな。貴方の選択が一人の女性を護った事は誇りに思っていい」
     直人の言葉に、宏彰の瞳に涙の膜が張る。
    「ありがとう……君のあたたかい勇気が次に繋がりますように」
     そっと陽丞が祈るように告げた。
    「これをあなたにあげるわ。姫様の側近の証よ」
     そう言って梢が差し出したのは、金古美のネックレス。つられるように出された宏彰の掌の上に乗せたそれは、男性がつけてもおかしくないような、そしてどこか中世っぽいデザインのもの。
    「僕……」
    「吉方君、君にはまた違う形で会える気がするよ。その時に全てを話すから。どうか誰かを想う気持ちを忘れないでいてね」
    「……はい」
     きゅっと証を握りしめて涙を拭いた宏彰は、陽丞の、そして全員の瞳を順に見つめて頷いた。
    「またいつかね」
     その言葉を合図として、勇飛やにあを先頭にして灼滅者達は裏庭を去る。
     建物の影に入って宏彰の視界から外れると、裏庭から嗚咽が聞こえてきた。
     少年は、一人の少女を守ったのだ。
     そして灼滅者達は、一人の少年を守ったのである。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ