残念! 殺人館は整地済みです

    作者:一縷野望

    「フッ、完璧だな」
     鹿内帽。
     千鳥模様のインバネスコート。
     パイプを咥え右手には樫の杖。
     その人物は、どっからどう見ても名探偵だ!
     ……うん、形から入るのは重要だよ、否定しない。
    「この館に入った者は生きては出れない!」
     ずびし!
     豪奢な洋館を背負い、名探偵コスプレ男こと六六六人衆序列四九九・唯野・圭司(ただの・けいじ)は独り言開始。
    「ノンストップ猟奇アクション、展開は急でぱったぱた死ぬ死ぬ……何故なら!」
     ククク。
     じらすようにひとしきり嗤った後で、デキの悪い生徒へ教えるように再びしゃべり出す。
     ちなみにこの場には誰もいない、まだ。
    「館には殺人鬼が紛れているからだぁ! 殺人鬼を誘い込んだのは実は名探偵であるこの我輩!」
     訳:六六六人衆を館に誘い込み、油断させるために好き勝手させます。
    「クライマックス、我輩は殺人鬼の命を絶つ――おお、なんという名探偵(物理)」
     訳:そうやって序列をあげてきました。
    「さぁて、憐れなる礎を誘い込……」
     がごん、ごんごんごんごんごんごごごごごごごごごごごごんごん。
     地響き。
     振り返った名探偵の顎がかこーんっと、落ちた。
    「んっなぁああ?!」
     栄華を誇った罠屋敷。
     序列をあげるため丹精込めて仕掛けた、隠し通路とか釣り天井とか落とし穴とかそういうの全っ部、更地。
     真っ赤なロードローラーが完膚無きまでに轢き潰したぞ!
    「隠れ家にて怠惰に耽るは既に罪悪。更なる高みを目指し、混沌を駆け巡ろうか」
     傲慢な蹂躙は憤怒も嫌悪も赦さずに、ただただ絶望をつきつける。悲哀に浸る余裕すら与えない。
     羞恥に塗れ膝を折る彼は、誇らしげに去っていく真っ赤な背にいっそ嫉妬すら抱いてしまう。
     

     謎めく六六六人衆『???(トリプルクエスチョン)』が動き出した。奴はある灼滅者に手を伸ばし、分裂という希有な特性を持つ六六六人衆を生み出したのだ。
    「それが、外法院ウツロギさんだよ」
     バーン!
     黒板に描いたロードローラー(赤チョークで着色済み)を景気よく叩き、灯道・標(小学生エクスブレイン・dn0085)は言い切った。
    「二八八位『クリスマス爆発男』の後釜に座った彼は、じゃんじゃん分裂してどんどん事件を起こそうとしてる」
     既に噂を耳にした人もいるだろう。
     全てをロードローラ―で押しつぶし、ぺんぺん草も生えやしない不毛の大地に変えてしまうダークネスのお話を。
     今回の予知はそのひとつ。
    「と言っても、みんなに灼滅してもらいたいのは、ロードローラーじゃなくて、拠点をぶっ壊された六六六人衆なんだけどね」
     標が書き付けた番号は『四九九』
     名は『唯野・圭司』
    「20代半ばの男性。見晴らしのいー現地にいけばすぐわかる、名探偵コスプレ男」
     そんな彼は、拠点利用型六六六人衆。改造済みの洋館に自分より上位のダークネスを呼び込んでは隙を突き殺して成り上がってきた。
     館を壊され必殺戦法を封じられたのだ、これは武蔵坂学園からすれば絶好の灼滅チャンス!
    「奴のメンタルはバッキバキ。畳みかけるように襲って、逃げる隙も与えずに灼滅してきて」
     灼滅者側がとても悪役ムーブだが、そうでもしないと斃せないのが世知辛くも世の定め。
    「実際さ、メンタル立て直したらヤバイと思うよ?」
     標は表情を引き締める。
    「生き延びるために一人ずつ着実に倒して、みんなが引かないなら殺すって選択も平気で選ぶだろうしさ」
     そもそも相手が今の状態でようやく勝ちが見える力量差なのだ、油断禁物。
     
    「ウツロギさんの狙いは、上位の六六六人衆を弱体化させて、六六六人衆の殺し合いを助長させたいのかも」
     黒板のロードローラー消し終えて、ぱんぱんと手についた粉を払いながら標は締めくくる。
    「ここで圭司を逃がしたら、洋館の代わりを手に入れるためにどんな無茶をやってくるかわかったもんじゃないよ。しっかり灼滅お願いね」


    参加者
    両角・式夜(黒猫ラプソディ・d00319)
    二夕月・海月(くらげ娘・d01805)
    エウロペア・プロシヨン(舞踏天球儀・d04163)
    関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)
    天槻・空斗(焔天狼君・d11814)
    春夏秋冬・初衣(泡雪ソネット・d15127)
    セレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)
    切金・菖蒲(魂の簒奪者・d25849)

    ■リプレイ

    ●凶器は館……でした
    『わっ我輩の、館があああああ! 我輩の素晴らしき暗殺館がああああ!』
    (「完膚無きまでにアイデンティティクライシスだな」)
     とはいえ。
     見えてる凶器な館をもってして『暗殺』と言い張るのは、暗器使いたる切金・菖蒲(魂の簒奪者・d25849)としては放置できないわけで。
    「スッキリした場所だ」
     血を孕んだかのような夕焼け空をしばし見上げていた関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)が顎を引くと、清々しいまでに見通しのよい更地が視界に入る。
    「ガランとして夕陽に映える」
     無造作に下げた槍は螺旋を描き、足下に配された何かの頬を掠めていった。
    『き、君、危ないじゃないかっ』
    「よお、迷探偵……」
     ぺき、ぺきん。
     散らばる木材、煮崩れ裂けた豚肉角煮の如し。そんな角煮が天槻・空斗(焔天狼君・d11814)の足の下で弱々しく砕けた。
    「丹精込めて作り上げた屋敷が更地にされた気分はどうよ?」
     プライド挫く台詞と共に、空斗(焔天狼君・d11814)の狼のアギトが牙をむく。
    『わざわざ聞くでないっ、このどS!』
     ステッキでぎしりと止め下唇ぎゅむと噛みしめ滝涙。
     紅夕陽の中、なお銀である羽がふわり、鼻先を掠めていく。
    「……そうか、日本で主流の探偵ものは猟奇アクションか」
     ぱさり。
     納得の拳を打つ仕草の鷹、セレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)の瞳はどこまでも澄んでいた。同時に、地面を伸びる漆黒の翼は確りと圭司を捉える。
    「先生、昨今の日本推理界のムーブメントはそうなんですか?」
     首を傾げる助手両角・式夜(黒猫ラプソディ・d00319)は、セレスの影の縫い止め生かし今の空より闇受け入れた刃で脇腹をこそぐ。
    「わんっ」
     お藤さん、合いの手上手。
    「まったくもって違うぞい」
     威風堂々、腕組み返す先生ことエウロペア・プロシヨン(舞踏天球儀・d04163)は、研ぎ澄ました巨椀で突っ込みを入れるが如くエセ探偵の後頭部をしこたま殴った。
    「ミステリではなく猟奇アクションと銘打つことこそが……」
    『貴様らもあのロードローラーの如く、我輩をべっこべこにしにきたのか?! そうだな、この凶悪犯めっ!』
     なんか聞くと傷つく気がしたから遮った、が。
    「うむ」
     即答されたよ。
     ……もっと傷ついたよ。
    『か、はッ……』
     じわり広がる背中の痛みと槍が抜けた胸元に血の花。
    「館と一緒に潰れてしまえ」
     仁王立ちで行く手を阻み言い放つ二夕月・海月(くらげ娘・d01805)。
     本気だ。
    『?! 糸』
     圭司にとっては唐突としか言いようのない戒めは、眼前に踏み込んだ菖蒲からである。
    「えと、よわっ、ている、ひ、とを、みなさ、んで……」
     揺る髪をふわふわ揺らし、春夏秋冬・初衣(泡雪ソネット・d15127)は頬に手を当てもはやイジメに近い状況におろおろ。
    「ナーノッ」
    「……は」
     花月雪が警戒を示すように啼くのと海月の肩口が朱で染まるのはほぼ、同時。
     初衣は瞼を持ち上げると、聖なる風を招聘し落ちた護りごとその傷を治した。

    ●通り魔的な集団暴行
     青天の霹靂な館崩壊にプラスして灼滅者たちが間髪を入れず襲いかかったため、圭司はとにかく目につく者へ攻撃を見舞う。
    「すこ、し……で、も、あとの、ひと、た、ちをき、ずつけ、は、させま、せん」
     傷つくのは一人ずつ、連続して狙われ過剰に打たれる事もない――初衣は落ち着いて花月雪の手を借り仲間を癒していく。
     一方で、
    「丸裸の罠士など、仕留めてくれと言っているようなもの」
     たゆたう夢見のナイフを翳し、羽ばたきひとつ。羽先で蒼をくるり弧を描き、圭司の戒めを刻み増やす。
    「なあ、保険には入ってないのか?」
    『ははッ、保険屋はよい餌となってくれたわッ』
     どこから聞こえたかわからぬままで答える圭司、つまり契約はしてないらしい。
     ぴ。
     場所を気取られる前に峻は的確に足の腱を裂いた。
    「知能派ならこういう状況に備えておくべきだぞ」
     よろけ前に出た顔を高速の漆黒がぶち当たる。
    「探偵も舞台がなくちゃ推理も出来ないな」
     クーの足をじゃらすように腕に絡めながら肩より高く掲げた指輪、そこから射出された海月の弾丸だった。
    『そういえばあの保険屋も五月蠅かったなぁ、ああ、思い出す。だから殺す』
     殺人者のどす黒さ剥きだしに圭司はぐるり灼滅者立ちを昏い瞳で見回す。だが顔に落ちた影は、空斗が飼い慣らすより暗い光に照らされあっけなく沈んだ。
    「鹿内帽が無いとただのおっさんだな……」
     のけぞった拍子に落ちた帽子は切り裂かれズタズタ、それを拾い上げて空斗はこれ見よがしに人差し指で回す。
    「で、職業なんだっけ?」
    「ボクも知りたいな」
     優雅な足取りから一転無拍子で距離を詰めた菖蒲の裾から現れたるは、刃。
    「だから名乗るチャンスを与えてあげるよ」
     ステッキを握るギリギリで止めて、菖蒲はからかうようにこの刃の銘を問うた。
    『……ぬ、ぬぬ。待て、よく見せろ? これは確か五十年前に……』
     カッ……ン。
     口から出任せを絶つように菖蒲は手首を打った。苛烈に響く痛みはステッキを握る指から感覚を奪った。
    「……その程度の知識ではせいぜいが『迷』探偵がいいとこだろ」
     ぎりり。
     嘲りに歯がみ、溜まりに溜まったストレスをぶつけるように圭司は胸にありったけの息を吸い込む。
    『成程、ようやくわかったぞ!』
     ――ここまで五分。
     だが冷静に傷の深さを辿り舌なめずり。彼らは遙かに格下、さすがに屋敷に誘い込む餌程無力ではないが……。
    『諸君らは、所謂『なり損ない』という奴だなぁ』
     力の方向を暴虐へ傾けながら。
    『名探偵、我輩の敵ではな……』
    「さて、そこな偽者名探偵」
     まだ口上の途中なのに、名探偵エウロペアさんは容赦なくぶった切った。此処からが揺さぶりの本番との内心で。
    『ハッン、格下がぁ! 我輩を愚弄するとはいい度胸だ』
    「でもさっき銘がわからなかったな」
     さっくり菖蒲が刺しアシスト。
    「わらわには単なるファンのコスプレにしか見えぬのじゃが……のう、助手よ?」
    「わん!」
     浄化してくれたお藤をねぎらうようにちょんと額に触れた後で、式夜はすぐまた助手の仮面を被り一所懸命思案(の振り)
    「先生、わかりました!」
    「ほう、答えを聞こうかの」
     貫禄充分な物言いに、式夜はぐっと拳を握ると初々しく唇を動かした。
    「あえてそう言った格好をする事で何か推理の道を開いてる……」
    「ほう?」
     怪訝そうな先生が星の綺羅を纏い踵落としにあわせ、助手は地面を焦がす火花をつれて顔面に足を思いっきり押しつける。
    「筈です」
     意訳:格好だけ。
    「しかし屋敷もこうとなると、その恰好なんの意味もなくなったな」
     海月さん見事な追い打ち。
    「……あ、の」
     よくわからない悲鳴をあげて蹲る圭司へ初衣はかける言葉もない。
     親の歪んだ育て方故に人との関わり合いの方法がプラスもマイナスもわからない。戸惑いは声にならず、ただしがみつくように時計針へ頬を寄せる。

    ●名探偵夕陽に吠える
     灼滅者達の口撃に胸を掻きむしる。怒りはそのまま叫びへ変えてまずは戒めをふりほどく。
    「……ッ」
     警戒を示すように仲間へ目配せする海月。セレスは再び動きを止めるまでと、羽先から影を伸ばした。
    「パズルのような芸術殺人が得意だったと音には聞いている。さあ、後学の為に見せてくれ!」
     さあさあと、芝居がかった口調でからかうのは忘れない。
    「見せようにも館がないな」
     すかさず峻もつなぎ精神をえぐりにいく。回り込んだ先は、ぽかんとあいた更地の真正面。指し示すように翳した槍を器用に取り回しインバネスコートの止まる場所を狙い突いた。
    「……あっ、洋館無ければダメなのか。すまない」
     しゅんとしおれる翼、もちろんわかっていてだ。
    「ところで、この館を失ったお前に何が残るんだ?」
     高速で回し穿ちながら峻は言葉を遊ばせる。
    「……あ、ごめん愚問だった」
     何も残っていないのに。
     槍が抜けた所へ、セレスがぼそり。
    「人の命を守るのが一般的な名探偵だけれど、洋館の命は護れないのか」

     灼滅者の攻撃を時に喰らい時にステッキで弾く圭司は、身に溜めた怒りを放つよう前に立つ者達へ強烈な殺意を放った。
    『図に乗るのもここまでだ』
     散らし根に流し込んだ癒えない傷と殺意が放つ痛みが共鳴し、灼滅者達を深く深く傷つける。
    (「嗚呼、これが本質だ」)
     ――いつでも六六六に裏返ってしまう殺人鬼の本質だと、 時間の経過に従い夜が流し込まれつつある空と同じ刃を逆手に持ち、峻は瞳を眇めた。
    「……ッ、うぅ」
     どうし……よう、と初衣の声にならぬ声が胸で続く。
     深く傷ついた場合、どういった優先順位で回復するのか? 渦巻く惑いは彼女を緊張へと追い込み薄墨は必要以上に傷ついた仲間を次々映し彷徨った。
    「これしきの攻撃で図に乗るとは、序列持ちも大したことがないな」
     初衣に届かせるよう朗々とした声で述べ、海月は生み出した気で傷をふさぐ。
    「俺は平気だ」
     なじむ剣を地に刺しあふれる黒紫を足下に空斗は冷静な声音で自状態を報告した。
    「……」
     初衣は頷くと峻へ剣を翳す。
    「ナーノッ」
     花月雪は胸で作ったハートを式夜へ飛ばす。
     それらを確認した空斗は、剣に重心を預けくるり巡り黒紫の炎を浴びせるように蹴りを見舞った。
    「まだまだ、先生とは並ぶことはできませんね」
     六文銭の跳ねる音に紛れた式夜の軽口に、エウロペアは笑みをたたえる。
    「助手よ、同然じゃ」
     ――まだ後衛に下がるダメージでもなかろうて。
     踏み込み巨椀をふるう様に聞こえる先生の声に「はい」と式夜は瞳を細め盾からの護りを前衛に展開する。
    「『迷』探偵殿、『迷』探偵殿」
     黒の籠のように少女を取り巻く影は、しゅるり撓り圭司へと。
     この銘もわからぬだろう、と巫山戯たように笑う菖蒲はトラウマを幾重にも編み上げ浴びせつけた。

    ●探偵犯罪者の終演
     夜が近づく足音に心を寄せる峻。だが濁った笑い声がそれを壊す無粋に肩を竦め、だが文句を吐くより黒紅で疵を刻みつけた。
    『はっはーっはーっはーっ……くっそう、あの館さえあれば貴様らなぞ……』
     痛みを抱きながらも朗々とした笑いを止めぬ探偵は、この短い間にかけられた嘲りトレースするトラウマに顔を顰めた。その間にも容赦なく膝の後ろを深く深く絶ち、菖蒲は彼が痛みに晒されるように仕向け続ける。
     まるで喜劇だ、知り合いが関わってなければ笑い飛ばせるのに、と式夜は首を竦める。
     全てを轢き潰し何処かへ去ったロードローラーの意図はわからないが――一番知りたいのは恐らく館を壊された圭司だろう――そんな疑問を浮かべる間も、海月は器用に殲術道具を切り替え攻撃を手を緩めない。
    「いま……なおしま、す」
     戦いの中、仲間からの声かけや行動から回復タイミングを掴み、初衣はもう迷う事なく回復を施していた。
    『ッはぁ、ああくそっ。道を空けたまえ!』
     流れる血がちらつく視界に初衣とエウロペア、セレスを映し、苛つき露わに圭司はステッキを掲げた。黄昏が夜に浸食されゆく空より招くは護り緩める竜巻。
     ばさり。
     翼が忌まわしの風を打ち消すように大きな羽音を、たてた。
    「確かに……」
     舞い散る銀があけた後には傷つかず飄々としたセレスの姿。
    「猟奇アクションすらこなせぬか。これではロードローラーに勝てなどせぬだろう」
     その隣のエウロペアはぐっと歯を食いしばる。
    「先生!」
    「これぐらいなんの事はないぞい」
     モノクロスーツを裂かれるのはいただけないが、無様は晒さぬと優雅な所作でエウロペアは皮手袋の指でシルクハットを押さえた。それは早々に鹿内帽を無くした圭司と対照的で……もちろん心を抉るための計算でもある。
     一方、初衣に向かう竜巻は黒紫の揺らめきが阻んだ。
    「……させんよ」
     服を断つ音を聞きながら空斗は淡々とした儘、相手の服を同じだけ裂きにかかる。
     ――この黄昏に狼が起きる事はないだろう。
     膝を折りそうにもない仲間に視線を巡らしながら、空斗は唇の端を持ち上げた。さぁ仕上げだ。
    「趣味の悪いコートもこれで動きやすくなるだろ?」
     もはや言い返す気力も無いのか、返るは悔しげなうなり声。
    「……そろそ、ろ……」
     す。
     短い発声の間にも息を継ぐ。だがいつもより心持ち大きく初衣が吸ったのは攻撃に転じるためだ。
    「終わり、に……しま、しょう」
     横に構えた日本刀からあふれ出る光で、圭司を灼く。
    「同意するよ」
     ひらり。
     黒のレースと金の糸を靡かせた菖蒲は、すれ違い様にほんの小さく袖の中の指を動かした。
     ぴ、ぴし……り。
     それだけで、エセ探偵の腕はぱくりと石榴のように裂けてしまう。
    「最初に言ったがの」
     エウロペアはシルクハットをきちりとかぶり直す。
    「猟奇アクションを謳う事こそ、推理の出来ない偽者である証拠である。つまり真犯人は――唯野・圭司! そなたじゃ!」
    「流石です先生!」
     これでもかと瞳を見開く助手の演技がやけにカンに障る。
    「只単に協力者のいる真犯人と変わらないという事ですね!」
     探偵とその助手にしこたま蹴られぼやける頭でもそれは感じて、いる。
    「お前にやる未来はない」
     手をさしのべるような優しさを向けるつもりはないと、峻の口より刃が鷹揚に物語る。
    「その格好は嫌いなんだ」
     今までの茶化すような声音はなりを潜め、
    「祖父以外の者が着るのはな」
     そこにあるのは獰猛な狩りの申し子。凍てつく気配そのままに放たれた氷は、セレスの羽に似ている。
    『はっはは、崖が欲しいねぇ。館がないなら、さぁ』
     形式美を望む男は、セレスの影から忍び出た少女の瞳に海を見る。そこに落としてくれるのか、いや落とすのは我輩だと葛藤する彼へ手をさしのべたのは――海月のクー。
    「私はこちらの方が得意なんだ」
     さぁ、海へと帰ろうか――。
     ざぷん、と。
     身が塩水に包まれる錯覚を感じながら、探偵めいたダークネスはその命を永遠に手放すのであった。

    作者:一縷野望 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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