学び舎が朱に染まる

    作者:南七実

     適当にふらりと入ってみた建物で、目についた少女達を戯れに襲ってみた。
    「我の手にかかる事を、光栄に思うが良い」
     自慢の刃で何人かの喉を切り裂いてから、ようやく『彼女』は気づく。ここは学校の教室で、少女達は放課後のおしゃべりを楽しんでいた女生徒だったのだと。
    「それにしても……心地良い手ごたえだったな」
     主の為ではなく、自分の為にやった『狩り』の感覚。これは、彼女が久しく味わっていなかった爽快感だった。
    「どうした、何があった……えっ!?」
     生徒達が発した悲鳴を聞いて駆けつけてきた教師達の首が――驚愕の表情を貼りつけたまま、滑稽なほど高く刎ね飛んだ。切断面から激しく噴き出した鮮血を浴びて、彼女は高らかに哄笑する。
    「くははははは、ははははははは!」
     矮小な存在を圧倒的な力で蹂躙する快楽。
    「ふむ。少し、ここで遊んで行くとしようか」
     西へ傾きかけていた陽が沈み、教室に闇が訪れる。
     とりあえず今から、校舎に居残っている者を全て殺そう。そして――。
    「朝になれば、大勢の人間共が登校してくるのか。ふふ。建物全体を朱に染めてやろう」
     撫で斬りにしてやろうか。いや、一気に殺すのも良いが、致命傷を与えず激痛にのたうつ姿をじっくり眺めるのも楽しそうだ。
     前途ある若者を皆殺しにできるのかと思うと、彼女の胸は高鳴る。
    「今しばらく任務を忘れ、我自身の狩りを楽しませて貰おう」
     
    ●『彼女』の遊戯
    「既に知っている者もいるかも知れないが……爵位級ヴァンパイア達が、現在行方不明となっているロシアンタイガーの捜索を開始した」
     深刻な表情を浮かべた巫女神・奈々音(中学生エクスブレイン・dn0157)が、厳かにそう言った。
     彼等が狙うのは、ロシアンタイガーの持つ『弱体化装置』。今回捜索に出ているのは、爵位級ヴァンパイア『絞首卿ボスコウ』に能力抑制を施され、奴隷化されたヴァンパイア達だ。彼等はボスコウの決めた禁止命令を破る事は不可能であり、その証として『忌まわしい意匠の奴隷の首輪』が嵌められている。
    「任務を成功させれば奴隷化から解放されるという条件で、単独での捜索を請け負ったらしいんだが……厄介な事に、長く奴隷として自由を制限されていたヴァンパイア達は、引き受けた任務を後回しにして、自らの欲望の赴くままに動き始めたのだよ」
     彼等がこの捜索を引き受けたのも、実のところ、ボスコウの支配から一時的にでも解放されるというところが大きいようである。
     街に解き放たれた彼等が、何をしでかすかは想像に難くない。
    「奴等は快楽を得る為に、一般人を虐げ、苦しめて、殺害しようとしている。残念ながら、既に犠牲者も出ているんだ」
     彼等の行為をシンプルに表現するなら、憂さ晴らし――といったところか。
     弱者を虐げるのは当然の権利であると考えている彼等が、自重する事はない。
     適度に満足すれば任務に戻るのだろうが、そうなるまでには膨大な数の犠牲者が出てしまう。もはや待ったなしの緊迫した状況なのである。

    「もっと早い段階で確認できれば良かったのだが……」
     奈々音は口惜しそうに、とある中学校で起きた悲劇の顛末を語った。
     生徒と教師、併せて十数名を血祭りにあげたのは、ノーマという名の女ヴァンパイアだ。貴族のような白いドレスを纏い、スカーフを首に巻きつけた姿。金糸の髪と翡翠色の瞳を持つ、美しいダークネスである。
    「先刻説明したように、惨劇はもう始まってしまった。君達にお願いしたいのは、これ以上犠牲者が出ないよう、早急にこのヴァンパイアを撃破する事だ」
     
     灼滅者が現場に到着できるのは、深夜。
     居残っていた人々を襲い尽くしたノーマは、4階の端にある音楽室で、ピアノを奏でながら夜を過ごすつもりらしい。
     彼女は誰からも隠れるつもりはないらしいし、実際その必要もないのだ。
    「音楽室の出入口は両開きの扉ひとつのみ。勿論窓もあるが、外からアプローチするのは難しいだろうな」
     ノーマに気づかれずに教室へ侵入するのはまず不可能だと奈々音は言う。つまり、不意打ちはできないと考えなければならない。
    「生徒を装うにしても、灼滅者として立ち向かっても、ノーマから見れば『狩りの対象』に変わりはない。有無を言わさず君達を殺しにかかる筈だ。万全の体制で挑んでくれ」
     彼女は一般人や灼滅者の事を完全に見下していて、実際、それに見合うだけの力を持っている。
    「そう、ボスコウの制御下にあってもなお、な」
     ノーマの持つ武器は、月光の輝きを秘めた、まるで日本刀のような細身の刃。彼女は血を見るのを何よりも好む。故に、戦闘では斬撃が中心となるだろう。
     気位の高いノーマが無様に逃げ出す事はない。
     灼滅者との戦闘に、飽きてしまわない限りは。
     
    「ノーマの犠牲となった者が、校舎のあちこちに横たわっている」
     音楽室にも、二名の被害者が倒れているらしい。
    「望みは薄いが……もしかしたら、まだ息がある者がいるかもしれない。だが、救助を優先して時間や人員を割いてしまうと、それに気づいたノーマが、予想外の行動を取る可能性がある――例えば、君達に対する見せしめの為に、被害者のトドメを刺しに動く、とかだな」
     つまり、人命救助をするのであれば、早急にノーマを討ち滅ぼしてしまわなければならないという事か。
    「この残虐なヴァンパイアをこのまま放置すれば、朝には膨大な犠牲者が出てしまう事になる。強敵ではあるが、決して倒せない相手ではない。必ず奴を灼滅して、被害者の無念を晴らしてやって欲しい」
     健闘を祈る――そう言って、奈々音は深々と頭を下げた。


    参加者
    紗守・殊亜(幻影の真紅・d01358)
    一・葉(デッドロック・d02409)
    皇樹・桜(家族を守る剣・d06215)
    天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)
    緑風・玲那(白焔を纏いし戦乙女・d17507)
    流阿武・知信(優しき炎の盾・d20203)
    犬塚・小町(壊レタ玩具ノ守護者・d25296)
    久寝・唯世(ぼんやりダンピールっぽいもの・d26619)

    ■リプレイ

    ●朱色の死
     不気味なほど静まり返った、夜の校舎。
     昇降口を突っ切った灼滅者達が、廊下へ足を踏み入れた途端――あちこちに転がっている犠牲者の亡骸が彼等の視界に飛び込んできた。
    「……どうして、こんなに残酷な事ができるんだろう」
     流阿武・知信(優しき炎の盾・d20203)は原形を留めていない死体から目を逸らして、口元を押さえた。理不尽に奪われた未来と笑顔。残された人々の気持ちを考えると、やりきれなくなる。
     許せない――涙を滲ませながら頭を振る知信の横で、紗守・殊亜(幻影の真紅・d01358)もまた彼と同じ言葉を口にした。
     息がある者が校舎内にいるのなら直ぐにでも救出に向かいたい。だが、ここで安易にエクスブレインの情報から外れた行動を取ってしまえば、状況が更に悪化する恐れがある。
    「……まずはノーマが先。分かってる」
     荒ぶる感情を理性で押し込めた殊亜は、申し訳なさそうに死体を避け、足早に階段へと向かった。
    「急ごう」
     血の匂いが途切れない。この校舎には一体いくつの『死』が転がっているのだろう?
     自身の中に眠るもう一人が目覚めぬよう、緑風・玲那(白焔を纏いし戦乙女・d17507)は奥歯を噛みしめながら前を行く仲間についてゆく。
    (「もしも闇に堕ちてしまったら、私もまたノーマのように血の饗宴を愉しむような存在になってしまうのでしょうか……」)
     途中の階には立ち寄らず、一直線に目的の階へ。四階の廊下に降り立った時、闇の向こうから澄んだ旋律が聞こえてきた。
    「…………!」
     あれだけ惨い事をしておきながら、敵は平然とピアノを奏でているのだ。
    (「気持ち悪い。ぞっとする……ボクが探している宿敵も、こんな風に冷酷な奴なのかな」)
     大切なもの全てをダークネスによって奪われた犬塚・小町(壊レタ玩具ノ守護者・d25296)が、口に出さずにそう呟く。あんな思いは二度としたくないし、できれば誰にもさせたくない。これ以上犠牲者を増やさないよう、確実にここでノーマを灼滅しなければならないと、彼女は決意を新たにした。
     全員が静かに音楽室の前へ立つ。ピアノの音がぴたりとやんだ。
    「どうやら奴さんはお待ちかねみてぇだな。行くぜ」
     そう言って、一・葉(デッドロック・d02409)は半開きになっていた扉を勢いよく開き、そのまま室内へ飛び込んで行った。

    ●深夜の座興
     ザンッ!
     淡い月光のような斬撃が、先陣を切って突入した灼滅者達を横薙ぎにした。
    「そう来ると思った」
    「何っ?」
     ピアノの側に佇んでいた赤いドレスの女――ノーマを貫いたのは、不意打ちを警戒していた殊亜がすかさず放った反撃の氷柱。
    「うらあっ!」
     一瞬怯んだノーマの隙を突くようにして躍りかかった葉のフォースブレイクが、相手の腹部を正確に捉える。打撃で前のめりになった体を起こして短く息を吐いたノーマは、獲物を見つけた猛獣のような表情で、自分を包囲する侵入者達を睥睨した。
    「ほう、灼滅者か……予想外の珍客だな」
    「わー、本物だー」
     窓際に置かれたランプの光が、室内をぼんやりと照らし出す。高速演算モードに入った小町へ癒しの矢を放った久寝・唯世(ぼんやりダンピールっぽいもの・d26619)は、緊張感もなくノーマの姿に緩く驚いてから違和感に気づいた。確か、教室で聞いた彼女の服装は『白いドレス』だったような。
     そして気づく。彼女が身に着けた『赤』の正体を。
    「……あ」
    「犠牲者の血か、それ」
     汚いものでも見るような葉の視線を受けて、ノーマは納得したように嗤った。
    「成程、正義の味方気取りで我を倒しに来たのか」
    「別に。目の前のアンタがムカつくから、その鼻っ柱をぶっ叩く。ただそんだけだ」
     葉の言葉が終わらぬうちに、ノーマは高らかに笑い出した。
    「くははははは! ならば、座興代わりに少しだけ付き合ってやろう」
    「へぇ、それはそれは。精々楽しませてね!」
     真正面から突撃した皇樹・桜(家族を守る剣・d06215)の螺穿槍をひらりとかわしたノーマが、品定めでもするように灼滅者達を眺め回した。
    「だあぁぁぁぁぁぁ!」
    「呪血の契約にて命ず、宝珠剣【紅姫】!」
     知信と玲那の拳を左右から食らったノーマの死角に飛び込んだ天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)が、敵意を覆い隠したまま鋭い斬撃を繰り出した。
    「さっさと消えて貰おうか」
    「ヴオォォォォン!」
     エンジン音を轟かせたライドキャリバーのディープファイアに轢かれかけたノーマは、煩わしそうに舌打ちをした。静寂を切り裂く騒音に不快感を抱いたのかもしれない。
     月光の如き衝撃が、再び前衛陣に襲い掛かる。びしゃりと飛び散った鮮血で、壁が朱に染まった。
    「砕けろ!」
     体が深く抉られる感覚をものともせずノーマに飛び掛かった葉が、渾身の力を込めてロケットハンマーを叩きつけた。
     畳みかけるように放った妖冷弾を避けられた殊亜は、ノーマに揺さぶりをかけてみる事にする。
    「絞首卿ボスコウってのは趣味の悪い奴なんだろうね」
     その名を聞いた途端、ノーマの表情が醜く歪んだ。これは恐れ……いや、憤りか。
    「さあな。一つ問おう。何故、わが不愉快な主の事を貴様が知っている?」
     殊亜は当然、答えない。もとより返事など期待してはいなかったらしく、ノーマは鼻で笑って「続けよう。かかってくるがよい」と灼滅者達を促した。
     舐められているのだ。
    「いつまで余裕綽々でいられるかな!」
     マテリアルロッドによる桜の殴打に続き、灼滅者達のサイキックが次々とノーマに降り注ぐ。しかし、この忌まわしいヴァンパイアは、それらの攻撃を軽々と避けてしまった。
     やはり強敵、一筋縄ではいかないようだ。
    「これは長丁場になりそうかも」
     後方から控えめに戦場の様子を窺っている唯世。自分はできそこないだと思ってきたし、学園の仲間達のように宿敵を恨む気持ちも執着も、特にない。なのに、ノーマを目の当たりにした時から感じている、このざらついた気分は一体何なのだろうか。
     彼女は気づいていないのだ、自分の心の奥底に沸々と湧き上がる怒りの感情に。
    (「とにかく今は、ぼくにできる事を精一杯こなしていこう」)
     前衛の中で一番ダメージを受けている仲間へ癒しの矢を放った唯世の動きを、ノーマは敏感に察知した。
    「貴様が回復役か。戦いに水を差さないで貰おう」
    「……っ!?」
     緋色の逆十字が瞳に映った刹那、凄まじい激痛が唯世の全身を貫いた。
    「おい、ターゲットを間違えてねぇか」
    「よそ見をするなあっ! お前の相手はこの僕だろう!」
     葉の殴打を避けたノーマが、初っ端から積極的に攻めてくる知信を一瞥し、貴様等の都合に付き合ってやる謂れはないと彼の叫びを嘲り笑う。横合いから叩きつけられた殊亜の炎に包まれても、ノーマは全く動じない。
    「なかなか殺しがいがありそうだね♪」
     力の差は歴然としていて、余裕など全くない。それでも敢えて明るく振る舞いながら、桜はオーラを滾らせて、苛烈な拳の連打をノーマに浴びせかけた。間を置かず床を蹴って跳躍した黒斗が鋭い刃を一閃、標的を袈裟切りにする。
    「!」
     ピアノの横に着地した黒斗の瞳に――敵でも味方でもない二人の人間の姿が飛び込んで来た。ノーマの犠牲者。薄暗くて気づかなかったが、彼等はずっとピアノの下に倒れていたのだろう。苦しそうに呻く声。生きているのだ。だが黒斗は眉ひとつ動かさず、ノーマへと視線を戻した。
    「ほう? 灼滅者にしては珍しい反応だな」
     ノーマは怪我人に手を差し伸べようともしない黒斗を、面白そうに見据える。
    「『奪い奪われるのが世の習い』と教えられたものでね」
     一般人などに興味すら湧かないと言い切った黒斗の言葉の真偽はともかく、彼女の動きは結果として被害者からノーマの注意を逸らす事に繋がったようだ。
    「ピアノを奏で、この者共が苦しみ悶える姿を眺めながら夜明けまで暇を潰すつもりだったが、貴様達とこうやって遊ぶ方が楽しそうだ」
    「お……お前はぁ!」
     それまで無理矢理抑えていた怒りを剥き出しにしつつ、知信が殺人注射器をノーマに突き立てた。
    「人の命を何だと思っているんだぁぁっ!」
     我を忘れて突っ込んで来た知信に侮蔑の視線を向けたノーマは、次いで突進してきた玲那の【紅姫】を受け流し、激しく疾走するディープファイアを横っ飛びで避け切った。
    「青いな。灼滅者」
    「ちょこまか動かないでくれるかな!」
     小町が巻き起こした毒の風が竜巻となってノーマを巻き込んでゆく。
     息苦しく激しい攻防戦は、まだ終わらない。

    ●奴隷の末路
    「うう。ちょっとぼく……ピンチかも」
     戦場の後方で自らの傷を癒していた唯世が、何度目かに放たれたノーマのギルティクロスによって、儚く力尽きた。
    「さあ、どうする。仲間が倒れてもまだ続けるのか? 無論、我は一向に構わぬがな」
     影を宿した武器でノーマを横殴りにした葉が気炎を吐く。
    「聞くまでもないだろう? 無駄口叩いているヒマがあったら、かかってこい!」
     「……っ!」
     凍てつく氷柱を敵に撃ち込みながら、殊亜は焦りを感じ始めていた。思っていたよりも戦いが長引いている。音楽室にいる被害者はまだ辛うじて生きているが、このまま放置しておけば遠からず息絶えるだろう。それに、他の場所にいるかもしれない生存者を捜索する時間も欲しい。一人でも多く救いたいのに――。
    「ちょっとは大人しくして欲しいんだけどな」
     桜の足元から伸びた影が触手となってノーマの身体を絡め取る。しかし彼女は余裕の笑みを崩そうとはしない。
    「食らえ」
     炎を纏った黒斗の激しい蹴撃。ディープファイアの容赦ない機銃掃射を浴びるノーマに、知信が渾身の力で注射器を突き立てる。
     それでもなお、ノーマは倒れない。
     緋の斬撃を繰り出した玲那が、自身の吸血衝動を抑えながら苦しげに呟く。
    「何てしぶとい。まさに化け物……ですね」
     けれど――と、影の触手でノーマの足元を捕えながら小町は思う。
    (「彼女の足取り……だいぶ鈍くなってきたみたいだな」)
     その証拠に、最初は避けられてばかりだった攻撃も、かなり命中するようになってきていた。
    (「もしかして、ノーマはボクらを軽く見すぎていて、油断するあまり失念しているのかも知れない。本来の能力を制御されている事を……」)
     いつ終わるとも知れない8対1の苛烈な攻防が続く。
     ノーマは次の攻撃対象を、執拗に食らいついてくる葉に決めたようだ。
    「見せてみるがいい、貴様の力を」
    「上等だ、やってやる!」
     競り合いは激しく、戦場が噎せ返るような血の匂いに満たされてゆく。
     そして――何度目かの打ち合いの末、ノーマの体が大きくぐらついた。ダメージの蓄積が、遂に足にきたのだ。
    「……!?」
     何故。まさか。我が灼滅者などに後れを取る筈が。そんな言葉が聞こえてきそうな表情を、ボロボロに切り裂かれた葉は見逃さない。
    「……なあ、アンタも首輪付いてんだろ? そのスカーフで隠してるつもりか?」
     はっとしてノーマが首元を押さえる。彼女が初めて見せた動揺だ。
    「く……この忌々しい首輪めが……!」
     逃走するつもりだろうか? いや、気位の高い彼女が無様に逃げ出す事はないと教室で聞いた筈。だが、挑発するのであれば――今がまさに好機。
     黒斗は蔑むように声を張り上げる。
    「首輪付きの飼い犬らしく、尻尾巻いてご主人様に助けを求めたって良いんだぜ?」
    「逃げるの? 矜恃捨てて逃げるなんて、奴隷風情のヴァンパイアにはそうやって逃げるのがお似合いだね」
     すかさず追い打ちをかける桜。もしも唯世がまだ立っていたのなら、きっとこう言ったに違いない。「できそこないのぼくより本物のキミの方が弱虫なんだね」と。
    「負け犬に成り下がるくれぇなら、俺一人くらい道連れにしてみろよ――ほら……、殺ってみろよ!」
    「ふ。ふふふふ。我が灼滅者如きに背を向けると思うのか。舐められたものだな。望み通りにしてくれよう!」
     くわっと鋭い牙を剥いたノーマが葉を激しく床に押し倒し、その胸元に深々と刃を突き立てた。
    「ぐ……あっ!」
     反撃も許さぬ強烈な一撃が、葉の意識を瞬時に断ち切る。
     同時に放たれた灼滅者達の集中攻撃が、ノーマの命の炎を消し飛ばし――。
    「ば。馬鹿な……奴隷に堕ちた我の、これが結末、だというのか。おのれ……おのれおのれおのれえええっ! この我が貴様等なぞに! 認めぬ! 認めぬぞォォォッ」
     見苦しく喚き散らし、風に飛ばされる灰の如く虚空へと消えてゆくノーマへ、殊亜が怒りの言葉を叩きつける。
    「俺だったらお前は奴隷でも要らない。奴隷以下の虫けら以下め!」
    「……ッ……ァァ……」
     最後にノーマが何と言ったのか、それは永遠に判らない。小町は祈るように天井を仰いだ。
    「――さようなら。キミは殺しすぎたんだよ」
     かくして、無慈悲に校舎を襲った吸血鬼は、最初から存在しなかったように――跡形もなく消滅したのである。

     負った傷は深かったが死に至るものではなく、唯世と葉はほどなく意識を取り戻した。
     二人の無事を確認した桜が、ほうっと安堵の息をつく。
     一方、部屋の片隅では知信が半泣きで懇願していた。
    「死なないで……お願い!」
     ピアノの下に倒れていた二人の生徒は、もう虫の息だった。手遅れならトドメを刺して楽にしてやろうかという小町の言葉を却下し、殊亜は思いつく限りの蘇生術とヒールサイキックを彼等に施してゆく。
    「生存者の捜索に向かいましょう。一先輩と久寝さんは、さすがに無理でしょうけれど……分担を再考する必要がありますね」
     玲那の言葉に、知信が素早く手を挙げる。
    「一先輩達が担当する筈だったこの階は、僕が引き受けるよ。桜さんは一人でも大丈夫だよね」
    「任せて」
    「行くぜ」
     階段を降りるのももどかしく、黒斗は窓の外へと消えた。電話を探して救急車を呼ばなければと思いながら、殊亜も彼女の後に続く。動ける灼滅者達も次々と音楽室を出ていった。
    「う、痛たた」
     ノーマに切り刻まれて痛む体を起こした唯世は、辛うじて生きている被害者達に寄り添って、その手を取った。
    「これで、良かったのかな」
    「……やれる事はしただろう。俺達だけでできる事なんて限られているしな」
     それで自分を納得させなきゃやってらんねぇよ、小さく呟いた葉が悔しそうに視線を床へ落とす。
     ノーマが滅びても、彼女が遺した過酷な現実が消える事はない。
     皆が少しでも多くの命を救ってくれますように――そう言って、唯世は静かに目を閉じた。
     

    作者:南七実 重傷:一・葉(デッドロック・d02409) 久寝・唯世(くすんだ赤・d26619) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ