孤独の咆哮

    作者:悠久

     月も星も無き夜。
     ころころと、転がり往くは小さな球体。
     人の屍を、灼滅されたダークネスの残骸を巻き込んで、どこまでも、どこまでも。
     やがて其れは、山奥で歩みを止めた。
     腐り果てた肉を、白骨を巻き込んですっかり膨れ上がり、次第に人の形を取り始める。
     筋骨隆々とした手足、頑強な肉体の男の姿だ。
     額には黒曜石の角が生え、裸の胸元には『義』の文字が浮き出た霊玉が嵌っている。
    『いずこにおられるか……わが、あるじは』
     生まれ落ちたばかりの羅刹は、漆黒の空を見上げ、ぽつりとそう呟いた。

     その忠誠を捧げるべき存在が既に喪われているなど、知るはずもないまま。


    「灼滅された『大淫魔スキュラ』が、やっかいな仕掛けを遺していたらしいんです」
     教室に現れた五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は、憂いも露わにそう切り出した。
     それは、八犬士が集結しなかった場合に備えて生前の彼女が用意していた、「予備の犬士」を創りだす仕掛け。彼女の放った数十個の「犬士の霊玉」は、人間やダークネスの残骸を少しづつ集め、新たなるスキュラのダークネスを産み出すものらしい。
     予知が行われた段階では、この霊玉は「大きな肉塊」となっているが、この段階で倒してしまうと、霊玉はどこかに飛び去ってしまう。
     また、このダークネスは誕生後しばらくは力も弱いままだが、時間が経つにつれ、「予備の犬士」に相応しい能力を得ることになる。
    「なので、肉塊から生まれた瞬間のダークネスを待ち構え、短期決戦で灼滅するしか方法はありません。もし、戦いが長引けば、かなりの危険が予想されます」
     予測によれば、15分が過ぎた時点で敵の戦闘力が灼滅者達をはるかに上回り、勝利は難しくなるという。
     それこそ――闇堕ちが必要とされるほどに。
     姫子は一瞬、哀しげに眉を寄せる。
    「なので皆さんには、素早く、確実に、この敵を灼滅して欲しいんです」
     ダークネスの誕生する場所は、とある山奥。時間は深夜。月も星も無い、暗い夜だ。
     一般人が近付くようなことはないため、戦いに集中できるだろう。
     生み出されるダークネスは羅刹。大きな金槌を持っており、神薙使いとロケットハンマーと同じサイキックを使用する。また、生まれ落ちたばかりの時点でも、かなり高い戦闘力を持つという。
    「このダークネスは、スキュラによって『八犬士の空位を埋めるべく創られた存在』です。仮に力で八犬士に及ばなかったとしても、野に放てばどれ程の被害を生み出すか、想像もできません」
     ですから、と姫子は灼滅者達を真っ直ぐに見つめて。
    「確実な、灼滅を。……よろしくお願いします」
     深々と頭を下げたその姿からは、彼女の緊張がありありと伝わってきたのだった。


    参加者
    水瀬・瑠音(蒼炎奔放・d00982)
    古賀・聡士(月痕・d05138)
    咬山・千尋(中学生ダンピール・d07814)
    霧月・詩音(凍月・d13352)
    巳越・愛華(ピンクブーケ・d15290)
    アルテミス・ガースタイン(ロストレコード・d19001)
    アイリ・フリード(紫紺の薔薇・d19204)
    アレン・クロード(チェーンソー剣愛好家・d24508)

    ■リプレイ


     月も星も無い夜空の下、山は完全な闇に包まれていた。
     と、そこにぽっと微かな光が生まれる。咬山・千尋(中学生ダンピール・d07814)の手にした懐中電灯だ。
    「スキュラの遺した霊玉、ねぇ」
     開けた地面を探るように照らしていく。予測によれば、このあたりに大淫魔スキュラの放った『犬士の霊玉』――強力なダークネスを生み出す仕掛けが転がっているはずだ。
    「……要はリサイクル品なんだろ? なら、さっさと処分だ、処分!」
    「同感」
     と、LEDライトを準備するのは古賀・聡士(月痕・d05138)。その口元に浮かぶのは、どこか不敵な笑みだ。
    「危険の種は此処で潰しておかないと、ねぇ」
    「むむっ、あれかなっ」
     暗視ゴーグルを装着し、周囲を見回していた巳越・愛華(ピンクブーケ・d15290)が指差した場所には、朽ちた肉や骨の寄せ集めのような球体があった。
     すっかり膨れ上がったそれは、もはや人間大。ドクン、ドクンと嫌な脈動が表面から伝わってくる。
    「あといくつ残ってるんだろっ。もう、スキュラはいないのになぁ……」
     情けを掛けるつもりはない。けれど、彼らはもはや存在意義を失ったもの――そう考えると、少しだけ哀しくて。
    「道具として作られ、主に尽くす事も無く消えていくなんて……憐憫の情しか湧かないよ」
     腰にLEDライトを装着したアイリ・フリード(紫紺の薔薇・d19204)もまた、愁いを帯びた呟きを漏らし、肩を竦めた。
     やがて、霊玉が拍動を速めていく。事前の打ち合わせ通り、灼滅者達はその周りを囲むように布陣した。
    「仕掛けた本人はもういないんです。素早く灼滅して、無事に帰るとしましょうか」
     アレン・クロード(チェーンソー剣愛好家・d24508)は、僅かな緊張と共に、目元へ装着したオウル・アイの位置を調整した。
     アレンの視線の先で、霊玉は急速に人の形を成す。
     現れるのは筋骨隆々とした手足、頑強な肉体の男。――額には、黒曜石の角。
     それはスキュラの配下の中でも最強と言われる『八犬士』、その予備として作り出されるはずだった羅刹。
     裸の胸元に嵌め込まれた霊玉に浮き出た『義』の文字を見つめ、アルテミス・ガースタイン(ロストレコード・d19001)は小さく息を呑んだ。白い喉が上下する。
    「……行きましょう、ミハイル」
     傍らには、ふわりと飛ぶ執事服姿のナノナノ、ミハイルカミンスキ。暗視ゴーグルの視界の先では、ゆっくりとダークネスが立ち上がる。
    『いずこにおられるか……わが、あるじは』
    「……もう、どこにもいませんよ」
     羅刹に向けるというよりも、独り言に近い呟きを霧月・詩音(凍月・d13352)が零して。
     腕時計へと視線を落とす。
    「……15分。面倒な事になる前に、処分しましょう」
    「うーっし……これでいけるかねぇ」
     と、水瀬・瑠音(蒼炎奔放・d00982)は栄養ドリンクを一気飲み。普段はスロースターターな性質だが、今日はそんなことも言っていられない、と気合を入れて。
    「そんじゃ、さっさと終わらせるかねぇ!」
     エアシューズで滑り出した瑠音を先頭に、灼滅者達はそれぞれの武器を構え、生まれたばかりの羅刹へと駆け出した。


     灼滅者達の用意したいくつもの光が、羅刹の巨体を闇へ浮かび上がらせていた。
    「お目覚めのところ悪いけど、眠ってもらうよ」
     とんとん、と。聡士は踵で地面を蹴り、軽く靴音を鳴らす。
     それを合図とするように左右へ広がったWOKシールドが、前衛の仲間達へ護りを与えた。
    「……永遠に、ね」
     と、不敵な笑みは、ほんの一瞬たりとも崩れることはなく。
    「寝起きなトコワリぃけど、そのまんま二度寝させてやるぜぇ」
     シールドを纏い、飛び出した瑠音は靴裏のローラーを激しく回転させながら蹴りを放った。摩擦が、羅刹の体に小さな火を起こす。
     体は――軽い。それに熱くなってきた。ドリンク剤の効果はてき面といったところか。
     霊犬のほむらーんに攻撃指示を出しながら、瑠音は小さく笑みを浮かべる。
     一方、立て続けに攻撃を受ける羅刹は、さしたる傷を負った様子もなく、ゆっくりと灼滅者達を見据え。
    『……おまえたちが、なにものかはしらぬが』
     と、人間ほどの大きさもある金槌を構える。
    『たたかうというのであれば……ようしゃはせぬ!』
     刹那、その巨体からは想像もできないほどの素早さで、羅刹が掛けた。
     金槌の振り下ろされた先に立つのは――アイリ!
    「っ……!」
    「バーガンディ!」
     息を呑む一瞬。響いたのは、千尋の鋭い声だった。
     同時に、ライドキャリバーが滑り込むようにアイリの前へ立ち塞がり、羅刹の攻撃をその車体で受け止める。
    「助かったよ」
     と、後方の千尋へ視線を送って。アイリは攻撃後の隙を突くように羅刹へと肉薄した。
    「時間がないんだ、動かないで……!」
     尖烈のドグマスパイクが羅刹の胴を鋭く抉る。ぐ、と小さく漏れる吐息は苦痛の証だろうか。
     羅刹の動きが鈍ったところへ、ライドキャリバーの機銃が一斉に火を噴く。
     弾雨の間をすり抜けるように戦場を駆けるのは、その主人たる千尋。
    「こんな戦い、さっさと終わらせてやる!」
     斬り下ろしの後、横への薙ぎ払い。深々と刻まれた緋色の十字印が、羅刹の瞳をぐらりと揺らして。
     即座に接近したアレンが、魔導銀銃【血鬼】を筋肉質の背中へ力任せに押し当てた。
    「放て」
     短い一言と共に流し込まれる魔力が、羅刹の体を内側から爆破する。
     飛び散る血と肉片。堪らずよろめく羅刹。
     理由もわからないまま戦いに挑むその姿が、愛華の瞳にはどこか寂しげに映る。
    「だからって、容赦はしないけどねっ!」
     鬼神化した片腕で力いっぱい敵を殴りつけ、愛華は自らを――仲間を鼓舞するように、明るい笑みを浮かべた。
    「ノってきたっ! ガンガン攻めるよーっ!!」
     だが、次の瞬間。羅刹の足元から、激しい風が巻き起こる。
     やがて、風は鋭い刃へと変じ、後方のアルテミス目掛けて放たれた。ゴシックロリータ風の聖職服の裾が裂け、露出した頬には赤い線が刻まれる。
     だが、目の前の羅刹と灼滅者達が互角に戦えるのは、15分の間だけ。それ以上の時間が掛かれば、相手がどれだけの強さになるかわからない。
     ならば、優先すべきは回復よりも攻撃。
     メディックを務めるアルテミスすら例外ではない――と、頬に滴る血を拭い。
    「これくらい、かすり傷です……」
     アルテミスは展開していた武器をスカート内のフォルダに全て仕舞うと、両手を合わせてオーラキャノンを放った。ナノナノのしゃぼん玉も、ぱちんぱちんと次々に弾ける。
     羅刹の巨体を飲み込むほどの影を足元から伸ばし、詩音はそっと手元の時計を見やった。
    「……あと、10分」
     生まれ落ちたばかりのせいか、相対する羅刹は感情表現が乏しい。奥底に秘められた激情こそ感じられるものの、苦痛などの表情は薄く。灼滅者達の攻撃がどれほど効いているのか、見た目だけでは判断できなかった。
    (「……果たして、間に合うのでしょうか」)
     いや――間に合わせてみせる、と。
     影業を解かれ、再びその巨体を現した敵へ、詩音は厳しい視線を送った。


     羅刹の纏う清めの風が、その体に燃え上がっていた炎をかき消す。
    『……おまえたちは、いずれ、わがあるじのわざわいとなろう』
     静かに発せられたその言葉に、アイリは哀しげな微笑を浮かべた。
     既に主人が灼滅されたとも知らず、羅刹はただ己の忠誠心のままに灼滅者達と戦っている。
    「……最期に見せてよ、あなたの忠義を。僕は忘れないから」
     アイリは躊躇うことなく神霊剣を振り下ろした。それが目の前の敵に対する敬意だから、と。
     非物質化された刃に切り裂かれ、羅刹が苦悶の声を上げた。
    「……よそ見してていいの?」
     と、聡士は苦しむ羅刹の死角へ足音ひとつ立てずに接近して。
    「ねえ、もっと遊ぼうよ! もっと、もっとさぁ!!」
     既にかなりの傷を負っているはずなのに、苦しみをほとんど表に出すことはなく。代わりに口元へと浮かぶのは殺気交じりの薄い笑み。敵の護りを剥ぎ取る斬撃には欠片の容赦もない。
     その隙に詩音は腕時計を確認する。
     ――残り時間、あと5分。
    『おお……おおおっ!』
     凄まじい雄叫びと共に、羅刹が金槌を地面へ叩き付けた。
     衝撃に、地面が激しく揺れる。前衛の3人が堪らず体勢を崩した。
    「夜霧よ……」
     アルテミスは解体ナイフを胸に抱くと、前衛の姿を癒し、覆い隠すように夜霧を生み出した。援護するように、ナノナノもふわふわハートを飛ばす。
     ――消耗が激しい、と。周囲の木立へ巧みに姿を隠しつつ、アルテミスは小さく息を吐いた。
     自分も仲間達も、回復に費やす手番がだんだん多くなってきているのだ。
     だが、恐らくは羅刹もかなりのダメージを負っているはず――。
    「頼んだぜ、相棒」
     仲間達を攻撃に集中させるため、瑠音は護りを務める霊犬へ回復に専念するよう指示を出した。
     霊犬が一吠えして走り去るのを確認すると、即座に左手に装着したDOMINIONを駆動。そのまま一息に羅刹との距離を詰める。
    「オラオラァ! 遠慮せずぶちのめしてやんよぉ!」
     傷口から滲む血液は、揺らめく炎へと変わっている。全身を包む熱さのままに繰り出された杭は、羅刹の脇腹を大きく抉った。
     初めて、羅刹の口から絶叫が上がる。
     だが、苦痛のまま闇雲に振るわれた巨大な腕が、主人を庇ったライドキャリバーの動きをとうとう止めた。横倒しになった車体は、やがてふっとその場から掻き消える。
    「バーガンディ! ……やってくれたな、おい!!」
     舌打ちひとつ、千尋は足元から影の長槍を伸ばし、敵の巨体を高々と突き上げた。
    「そのまま串刺しになってろ!」
     叫ぶ千尋の息は荒い。後衛の彼女ですら、ダメージが蓄積してきているのだ。
    「……あと、2分」
     メディックの援護に回っていた詩音は、腕時計の示す時間を確認、その顔へ緊張を露わにした。
     同時に、霊玉の嵌め込まれた胸元の筋肉が急激に脈打つ。まるで、灼滅者達を急かすように。
     ここからは攻撃に集中しなければいけない、と。
     次の瞬間、詩音の唇から紡がれたのはディーヴァズメロディ。
    「孤独なる羅刹、闇夜に吼え。されど咆哮も嘆きも、主に届く事無く。仮初の命は無と還るだろう――」
     神秘的な美しさを感じさせる歌声が、さらなる催眠を重ねた。羅刹の体がとうとう傾ぐ。
     愛華はすかさず跳躍すると、駄目押しとばかりに飛び蹴りを叩き込んだ。
    「倒れろーっ!!」
     力いっぱい叫ぶ愛華。羅刹の後頭部に、流星の煌めきが炸裂する――!
     その隙を逃すことなく、アレンが駆けた。
    「これで、終わりです」
     激しく耳障りな音を立てる刃を自在に振り回し、未だ動けないままの羅刹の体を幾重にも切り刻む。
    『あ、ああ……!!』
     苦悶の絶叫は、やがて吐息の如き静けさへと変わって。
    『……わが、あるじ……』
     最後にそう呟くと、羅刹はその巨体をどう、と地面へ沈めた。


    「名前があるならば、覚えておいてあげますよ」
     倒れた羅刹へ、アレンは静かにそう尋ねた。
     けれど、羅刹は微かに首を振り、そのまま事切れてしまう。
     ――もしかしたら、生みの親であるスキュラから名付けられるはずだったのだろうか?
     だが、スキュラも羅刹も喪われた今、本当のことは何ひとつわからない。
    「……少し、残念な気もしますね」
     と、アレンは小さく息を吐いた。
    「まあ、灼滅できて何より、ってな」
     少し危なかったぜ、と。瑠音は全身の傷口から燃え立つ炎に肩を竦めて。
    「大丈夫、ミハエル……?」
     アルテミスは衣服の汚れを軽く払いながら、傍らのナノナノにそう尋ねる。問題ない、と言うようにナノナノがくるんと回った。
    「しかし、スキュラも面倒なものを遺したねぇ……」
     肩を竦め、しみじみ呟く聡士へ、愛華が溌剌と笑って。
    「でも、わたし達が力を合わせれば何が来ようときっと大丈夫!」
    「ああ。どれだけ出てこようと、片っ端から灼滅するだけだ」
     頷く千尋は、消えたバーガンディが気がかりなのか、そっと視線を彷徨わせる。
    「……ええ」
     と同意する詩音の視線の先、地に伏した羅刹の体がゆっくりと消滅した。
     残ったのは『義』の文字が刻まれた霊玉ひとつだけ。やがてそれも灰へと変わり、夜風にさらさらと吹かれ、消えていく。
     その様子を見つめ、アイリは少しの間、黙祷を捧げた。
     名も無き羅刹。その刹那の忠誠心を弔うように。

    作者:悠久 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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