みんなはもうお気づきだろうか……。そう、もうすぐ武蔵坂学園の運動会だ!
ダークネスを相手にする戦いとは違うが、これもまた戦い。組連合ごとに力を合わせて優勝を目指す時が来たのだ!
「みんな頑張ろうな」
やる気は十分と言うように拳をぐっと握っていた葉純・須凰(高校生神薙使い・dn0136)が、さっと手を上げた。
黒板に書かれた競技名はペアでボール挟みレース。簡単に言えば、ペアとなったものでボールを挟みながらゴールを目指す競技だ。
ちなみに、だいたいが挟むのは胸からお腹にかけてでサンドイッチするわけなのだが……。ただそれだけではつまらない。いや、もちろん胸からお腹にかけてのサンドイッチで挟んで頂いても構わないのだが……。
何を思ったか、挟み合う場所は指定しないと言い出した。
もちろん顔面でなんて不可能だし、何かハプニングが起こったら大変なことになりそうだし……。背中合わせ! なんて手もあるが、お互いの体に触れてしまったら失格になるらしい。
安易に挟むだけと思って話を聞いていた灼滅者たちに緊張が走る。しかし身長差がかなりある者同士がペアになったらどうすれば……。
そう、それこそが挟む場所を一切指定しないという特別ルールを儲けた理由だ。どんな場所で挟み合って頂いても構わない。
お互い同じ場所で挟まなければいけないと言うルールはない。いかに触らず挟み続け、早くゴールを目指すかにかかっているのだ。
そして過酷なルールがひとつ。ボールを一度でも地面に落としてしまったり、挟み合っていない状態になってしまったら失格だ。
「無難な方法で行くか、一か八かにかけるか……悩むな」
真剣な表情をする須凰に、周りから緊張が走る。黒板に書かれた時は、好きなあの子と密着できちゃうんじゃ!? なんて安易に考えていた者にもそれだけではいかないことが伝わってくる。
しかし、密着することに変わりはない! そんな邪な心だって意欲には変わらない!
「頑張るのは優勝のためだが、途中経過はそれだけじゃない!」
普段から考えるとちょっと熱苦しい感じの須凰が宣言した。そう、目指すは優勝、けれど過程はそれだけではない。
友情を深めたり、愛情を深めたり、ライバルたちと競い合って楽しんでもらいたい。
●スタートライン
誘ったのは自分、自分なのだがスタートラインに立った花園・桃香は改めて緊張で真っ赤になっていた。
「桃香ー、オレの後ろ回って」
七瀬・遊がボールを手に取って桃香を見る。くっつき過ぎて桃香の心臓に負担をかける訳にも行かない。
平静を装いながらも……実はわりとドキドキしていたりする。どんなに平静を装っても、遊だって年頃の男の子なのだ。
しかし平静すら装えなくなっている桃香よりはましなのかもしれない。目標は卒倒せずに無事完走すること。
三十センチと言う距離が思っていたより近くておろおろしてしまう。それでも遊が固定してくれているボールにむにゅっと胸の辺りを合わせる。
近いと言っても、夢の中で見たよりは遠い、遠い。何度も言い聞かせるが、夢の中でキスしちゃったとは口が裂けても言えない。
「桃香?」
「……っ!」
遊が声を発するとボールから振動が伝わる。ボール運び云々ではなく、別のことで息が上がってしまう桃香だ。
けれど遊も遊で、背中に当たるのは胸ではなくボールだと言い聞かせているのだった。そんな隣のコースでもひとつの葛藤が生まれていた。
密着したら……何て考えてしまった村本・寛子が雑念を払う。密着してしまったら負けになってしまう。
寛子の目の前にいる海老塚・藍はと言うと、二人の身長差のせいかおかげか視線の先がちょうど胸に……。思わず困惑してしまっていたのだが、競技中は縦並び。
猫背気味に背中から頭部にかけて藍がボールを固定する。そして後ろから寛子が胸でボールを挟む。
前しか見られない藍には寛子がどこでボールを挟んでいるのかわかっていない。
「頭にあたっているのはボールだよね」
愛らしく容姿で女の子に間違えられる藍の特徴的な声が可愛らしく響く。身動ぎすると頭に当たるのはボールのはず……。
寛子はアイドル、そして藍はまだ子供。密着するのも大胆な事もしてはまずい、理性的に振る舞わないといけないのだ。
果たして密着レースなのに密着できていないのか、実は密着できているのか……。答えを知っているのは寛子だけなのだった。
「大丈夫ソウならこれで行こうか」
「……何だかちょっと照れちゃうな」
御手洗・七狼とシェリー・ゲーンズボロがボールを挟みながら話をしている。七狼は腰に、そしてシェリーはお腹に向き合う形で固定した。
去年は二人三脚に参加した二人。どれだけ息が合うかは言わずもがなだ。
「ねぇねぇ、何処がイイ……?」
どこでボールを支えようかと言っていた群雨・紫刃が急に意味深にシスティナ・バーンシュタインに囁いた。
「挟む場所はそこで良いよ」
身長差を見せつけられているみたいで不本意ではあるが、勝つためなら仕方ないとボールを胸にあてる。そんなシスティナの方に紫刃がぐっと身を寄せる。
「システィとボールで繋がってるみたいっだね?」
直接触りたいところだが、それでは失格になってしまうと我慢した紫刃がにこりと笑う。
「……変な事ばっか言ってないでちゃんとやって……」
と顔を上げたシスティナが瞳を見開く。
「……って近いよ!」
思わず離れようとしてボールがずれ落ちそうになって慌てて身を元に戻す。
「ほらほらシスティ、もっと近づいてくっれないと、ずれ落ちちゃうっよ?」
「リア充なんかに負けてられるカー! 私は心強き味方クーガーと優勝目指す!!」
あちこちでらぶらぶな雰囲気が漂ってくる中、蓬栄・智優利が声を荒らげた。
「うし、それじゃ優勝狙っていくとするかね」
それに答えるようにクーガー・ヴォイテク(神速のグラサン幹部・d21014)が準備運動する様に身を伸ばした。智優利が胸の上にボールを置き、クーガーが覆いかぶさるように胸で抑えるのだった。
そんな智優利の声にうんうんと闇薙・ナナが頷いた。
「周りがカップルだけで、ボールを投げつけたくなりましたが」
そしてぼそりと呟く。しかし初めての運動会、楽しまないとと思うナナだ。
レースの内容が内容だけに、予想していたことだ。
「一緒に頑張って、勝利を目指しましょうね」
知らない人と行動を合わせるということは、戦闘などでもいかせるだろうと参加した大山田・小太郎(はボッチ力高い人・d20172)がナナの言葉に頷きながらボールを渡す。
「頑張りましょう」
少しでも何かを学びたいと思う小太郎なのだった。
●スタート
「日頃から鍛えているだけあって良い腰使いだな」
カニ歩きで進みながら、桃地・羅生丸がジャック・アルバートンを褒める。この二人、予想にもしなかった股間でボールを挟んでいるのだった。
お互いがお互いのテンポに合わせて腰を動かしながら進んでいく。挟んでいる場所が場所だけに、大切なのは腰の使い方なのだ。
羅生丸とジャックの絆は無敵。例え股間同士でボールを挟んでいようとも、動けない道理はないというわけだ。
「遠慮せずガッてやるのだぞ桃地、俺は一向に構わん」
ボールを落とすくらいなら、ギリギリセーフな領域まで密着しろと言うジャック。二人の熱い絆はもう声だけでも伝わってくる。
しかしそのカニ歩きはある意味、直視していいのか悩むところ。
「うおおおお桃地いいいいいい」
ゴールを視界にとらえたジャックが声を上げる。
「ウーッ! ハーッ!」
ラストスパートと羅生丸も掛け声でリズムを取りダッシュを始めるのだった。
「わっふわっふ~♪」
そんな二人の隣のコースでは、こっちもこっちで直視していいのか悩んでしまう魅惑のコースが並んでいた。
「背の割におっきな体なんですけど、役にたってるかな……?」
ここで岩永・静香が言っているおっきな体とはまさに胸。身長から考えると、大きい……かなり大きいのだ!
年下なのに、小学校低学年なのに……神さま、世の中は不公平です……と心の中で思わず呟いてしまうエミーリア・ソイニンヴァーラだった。しかしすぐに笑顔になった。
「静香ちゃん、だいじょうぶ♪」
静香の胸の上でゆらゆら揺れるボールは二人の身長差のおかげで安定している。しかし、やはりちょっとでいいからわけて欲しいと思うエミーリアだ。
「……って、あら、エミーリアったらそんな羨ましそうに……♪」
隣で黒岩・りんごと上下でお胸サンドをしていたタシュラフェル・メーベルナッハがふふっと笑う。
「今でも十分愛らしいですし、胸ばかり気にしなくても?」
同じ様ににこっと笑ったりんごだが、大きな胸でサンドイッチされたボールの原型はほとんど見えなくなっている。そんな原型が見えなくなったボールにエミーリアの注意が行く。
「大丈夫よ、小さくてもそれそれでおいし……素敵だモノだから」
静香の大きな胸の上で揺れたボールにエミーリアが慌てて位置を調整するのだった。そんな可愛らしい会話が繰り広げられる隣で、一空・零菜が加賀美・有栖を見上げた。
「へへ、自分は全然気にしないっスから、もっと見てもいいんっスよ?」
「……っ、見てませんからね!」
テンポよく掛け声を出していた有栖の声が止まる。二人の身長差は三十センチくらい。スタート前に、胸の上にボールをと言われてその大胆さにくらくらした。
しかし零菜の顔を見ながら走れるから頑張れると思う有栖だった。そしてこちらも身長差がある二人。
というか、密着って……と顔を真っ赤にしていた桃咲・音愛だが走り始めたらそうも言っていられない。
音愛が胸で固定させたボールを時雨・翔がお腹で受け止めて挟み合っている。言っていられないと思いながらも、内心慌てている音愛に翔も気づいている。
けれど勝つためにはスピードを上げなければいけない。少しずつスピードをあげたところでそれは起きた。
「きゃっ!?」
「危ないっ」
もつれた音愛が転びそうになった瞬間、体を捻った翔が倒れない様に前で堪えようと……したが無理だった。
「いたた……音愛は大丈夫?」
微かに身を起こそうとした翔の動きが止まった。この状態って押し倒……。
「……え!?」
ぱっと顔を上げた音愛だが、瞬きした。そして一気に顔が赤くなった。
「しょ、翔おにーちゃ! あの! その!」
何か考えようとしてしまった翔の思考が音愛の慌て様にすぐに落ち着く。
「えーと、とりあえず立ち上がってもらっていいかな?」
苦笑した翔に謝りながら、さらに慌てて音愛が立ち上がる。でも少し、冷静に見える翔に寂しくなった気がする。
「うん、なんにしても音愛に怪我がなくて本当によかったよ」
そんな翔に、怪我はなかったけれどドキドキした音愛なのだった。
●ゴール前
もちろん勝ちに行くつもりだから、そこのところはよろしくな! と意気込んでみせた卦山・達郎だったが、花衣・葵が至近距離過ぎる。
そのせいで時々集中力が途切れてしまう。ボールを落とさないように何度も確認して、その度に葵の成長の証が目に映って……。
しかし必死に集中し続けようと努力しているのは達郎だけではない。葵も葵で好きな人とのボールを挟んでの距離にドキドキしているのだ。
二人でドキドキしながらゴールを目指す。ボールを挟みながら追い越し追い越され、ゴールは迫って来ている。
「触れあえないのは少し惜しいな」
進みながら思わずシェリーが呟いた。
「確かに少し残念ダな」
ボールを挟んでの距離は近い様で何処か遠い。そんなことを思っていたらボールが転がりそうになって、思わず踏みとどまる。
その途端、七狼の顔がぐっと近くになる。触れ合うギリギリの距離。
危ないところだったが何だか心が暖かくなる。そんな二人を歩幅を合わせるために内側を回った東海林・朱毘が追い越していく。
そして今日は頑張りましょうねと言った神楽・三成を見た。恋人同士ながら、そう頻繁に会っていられないのが現状の二人だ。
「朱毘さん、今のところボール……」
外側を回って歩幅を見ながらボールを確認した三成の視界がうっかり胸を見てしまい、瞬時に視線を元に戻す。
「……固定されてますね行きますよー!」
意識し始めてしまった心を無にして乗り切ろうとするのだった。
「どこで挟んでもいいって言っても、流石に手を使うのは反則でしょうね……」
ボールが落ちないように、胸の位置を微かに動かした朱毘の瞳が見開いた。隣のコースを片手同士でぼボールを挟んだ二人が駆け抜けていく。
「手、ちょっと下して」
「ふむっ」
優勝を狙うの! とぐっと拳を握った主人である今井・紅葉のために、常に速度と手の位置を微調整する深緋寺・紫炎だった。
「このまま行くよ!」
そんな紅葉と紫炎の前を走る智優利がクーガーに声をかける。カニ歩き……いや、早歩きで進む二人の意気込みはばっちりだ。
一歩の大きさが身長差のせいで変わるのも考慮に入れて、ペースを合わせるのはクーガーが。そのクーガーが本気を出せる様に気合を入れて頑張るのが智優利だった。
「お腹くらいならまだ余裕かな……」
落ちて来たボールに小さく呟いたシスティナが、紫刃を見る。
「あ……」
自分は大丈夫だが紫刃は大丈夫じゃなさそうだ。ちょっ……ちょちょ!? と焦っている。
「そこっマズイ……っふぁ!?」
それでも何とかボールを落とさずに持ち直す二人なのだった。
●ゴール
手で挟み合うという策に走った紅葉と紫炎だったが、一歩手前で智優利とクーガーにゴールテープを切られる。
「やったね♪」
嬉しそうに声を上げた智優利とクーガーがハイタッチしてみせる横で、紅葉が頬を膨らませる。策は良かったが、少し身長差が問題だった様だ。
「しーちゃんとお弁当食べにいくの」
「……ふむ」
慰めるのはペットの役目と紫炎が頷くのだった。
「やっとゴールッスね! お疲れさ、ま!? れれれ零菜ちゃん!?」
有栖にはボールにさよならしてもらって零菜が抱き着いた。
「不意打ちはずるいッス……」
ぼそりと呟いた有栖がお返しとばかりに零菜をぎゅっとする。
「あー、癒されるッス……」
「ウーッ! ハーッ!」
癒された二人の声に熱い声が重なっていく。一位は取り逃したが、二人の熱い絆は変わらない。
股間大丈夫なのだろうか……という気持ちはあるが、二人はボールを落とすことなく見事にゴールを駆け抜けるのだった。
続けてゴールした達郎がほっと息を吐く。葵を至近距離に感じる恥ずかしさから解放される。
そう思った瞬間、葵の体が倒れ込んでくる。
「だ、大丈夫!? ごごごごめんね」
慌てて顔を上げた葵の動きが止まる。時が止まったように視線を合わせた二人の顔が真っ赤に染まる。
もう精神は手一杯状態の達郎はどうにも動くことが出来ない。そんな達郎に葵が少しだけぎゅっと恥ずかしそうにしてみるのだった。
なだれ込むようにゴールして行く中で、システィナと紫刃も無事ボールを運び終える。
「一時はどうなるかと思ったけど……」
ゴール出来たみたいだね良かったと言うシスティナに紫刃がやったねん♪ と手を伸ばす。
「それじゃシスティ、好きなだけ触っていーい?」
すでにボールをどこかに放った紫刃が嬉しそうな笑顔をみせる。
「……だから近いよ!」
人前で距離が近いと変に意識してしまうシスティナなのだった。
「ご、ゴールっ……!」
順位を確認して、ちょっと慎重すぎたかな? と静香が首を傾げた。でもすぐにエミーリアと顔を見合わせて嬉しそうに万歳する。
「おつかれさまでしたっ♪」
用意していた手作りのいちごミルクを静香がエミーリアに差し出しているとタシュラフェルとりんごがゴールしてくる。
そしてそのままりんごが三人にぎゅーっと抱きつく。
「きゃんっ♪」
笑い声がその場に溢れる。いつもとは違うアングルでのりんごの胸を堪能するのも良かったが、やっぱり思いっきり触れ合うのが一番良い。
いろんな気持ちがいっぱいで、息が上がっていた桃香も最後まで気を抜かずゴールしようとする。
「あとちょっとだ、転ぶなよー?」
遊の声に、息を弾ませた桃香も何とかゴールしたのは良いのだが……。
「桃香ー!?」
卒倒した桃香が遊の背中めがけて意識ごとダイブしたのだった。
「ふぅ、お疲れ様でした」
お互いに声を出した三成と朱毘がボールを外す。含みも何もなく朱毘が三成の腕を組む。
力を合わせるって良いもので……と言っていた三成の動きが止まる。密着されていると気づいた途端、卒倒してしまったのだ。
「……大丈夫……じゃ、ないか」
うろたえていいやら、呆れていいやら……木陰まで三成をおぶっていく朱毘なのだった。
「触れ合うならボールより君の方が好いな」
ゴールした瞬間に達成感が嬉しくて思わず七狼に抱き着いた。そんなシェリーを受け止めて何狼が呟く。
「漸く触れられたナ」
ボール一つの距離にどきどきしたり、ボール一つ分の距離がなくなってどきどきしたり。熱い友情の絆を証明したり……。
それぞれにいろいろな気持ちが生まれたレースは終了するのだった。
作者:奏蛍 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年5月25日
難度:簡単
参加:29人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 9
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