夜半過ぎ、住宅街の一角が黒い煙とオレンジの炎に包まれる。
家屋を包む炎は勢を増し、隣家に届かんとしていた。
到着したばかりの消防車が勢いよく放水をする。パジャマ姿の親子が炎の中から飛び出してくる。
鎮火には、まだしばらくかかるだろう。
――集まり始めた野次馬に混じり、火事を見上げる男がいる。
(「ああ、きれいだ。激しくて、美しくて、熱くて、光り輝いて……」)
放火は月のない夜に限る。暗闇と炎のコンラストがいい。
ほとぼりが冷めたら、また火をつけよう。次はもっと古い家がいい。古くて、木造で、よく燃える家が。
(「……本当に、いい光景だ」)
かつての自分はなぜこの行為をためらっていたのだろうと、男は心底不思議に思う。
「贖罪のオルフェウス。わたしたち『病院』が戦っていた強力なシャドウです」
天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)はベッドの上にきちんと座り、普段よりやや固い口調で話を切り出した。
「オルフェウスは、ソウルボードを利用して人の罪の意識を奪います。そして罪の意識を奪われた人は、闇堕ちにつながる行為を抵抗なく行うようになります」
私が見つけたのはこの人です、とカノンは資料を並べる。
「灰場・焦吾(はいば・しょうご)。50代、工場勤めの独身男性です。老いた母親と2人暮らし。小さい頃から炎が好きで、子供の頃に軽いボヤ騒ぎを起こしたこともあるとか」
それでも、成人後に犯罪行為をおかしたことはなかった。……半年前までは。
「今の仮は放火への罪悪感をソウルボードの中に捨て、炎を見たいという衝動から放火を繰り返しています」
これまで、彼は放火への欲求は内に秘めつつも、長い間自制してきた。そのため、今まで罪なき者として社会生活を営めてきたわけだが……。
「彼は既に3軒の放火を行っています。これ以上の放火を重ねないよう、贖罪のオルフェウスとのつながりを断ち切ってください」
まず、焦吾の家に忍び込み、ソウルボードにアクセスする。裏口は開いているので、ここまでは問題なくできるだろう。
夢の中で、焦吾は燃えかすを土に埋めている。埋め終わると罪悪感の処理も終了。すっきりとした気持ちで目が覚める。
この作業を邪魔すると、焦吾は人型の消し炭のような、シャドウのようなダークネスもどきになって襲ってくる。その戦闘能力はシャドウに匹敵し、同じく消し炭でできた配下を4体呼び出す。
もしも作業を邪魔するだけでなく、放火の罪を受け入れるような説得ができれば、焦吾はダークネスもどきにはならない。その代わり、焦吾とは別に、人型の消し炭のような、シャドウのようなダークネスもどきが現れる。
この場合、ダークネスもどきの戦闘力が下がるが、被害者をかばって戦わなければならなくなる。
焦吾の説得に成功した場合、出てくるシャドウもどきは、デッドブラスター相当のサイキックの他、遠くまで燃えた灰を広く飛ばす攻撃と、近くの相手には炎に包まれた丸虫を飛ばす攻撃をする。
また、4体いる配下は近くの相手に体当たりをしてくるという。
「焦吾さんの説得に失敗した場合、彼がなるのはシャドウもどきと同じ外見の、より強いシャドウもどきです。強敵になりますので、用心してください」
「私たち『病院』が灼滅しきれなかった相手……どうか、よろしくお願いします」
そこで言葉を切ったカノンは、詰めていた息を吐きつつ、最後につけ加えた。
「……ここからは、ちょっと蛇足ね。焦吾さんの説得に成功したら、彼は目が覚めてから罪悪感に苛まれると思うの。説得しなかった時は罪悪感が消えないから、しばらくは罪を重ねるかもしれない。
どちらにしろ対処をしたいかもしれないけど、私達のできることは限られている。やれることはやるとしても、あまり深入りしすぎないようにねっ」
参加者 | |
---|---|
千布里・采(夜藍空・d00110) |
小坂・翠里(いつかの私にサヨナラを・d00229) |
久篠・織兎(糸の輪世継ぎ・d02057) |
川原・咲夜(吊されるべき占い師・d04950) |
鴨打・祝人(みんなのお兄さん・d08479) |
神西・煌希(戴天の煌・d16768) |
雀居・友陽(フィードバック・d23550) |
陽横・雛美(すごくおいしい・d26499) |
●罪悪感を埋める男
ざくり、ざくり。
中年の男が、燃えかすに土をかけている。
ソウルボードに入ってすぐ、男――灰場・焦吾は見つかった。淡々と作業を続ける男の様子に、神西・煌希(戴天の煌・d16768)は藍の瞳を細める。
「贖罪のオルフェウスも、なかなかに悪趣味なことしてるじゃねーか」
「人の罪の意識を無くすって怖い事するよね、本当に」
煌希の呟きに、陽横・雛美(すごくおいしい・d26499)が頷く。焦吾は一心に、放火の罪悪感を消す作業を続けている。
夢の中で罪悪感を消し、すっきりした状態で目覚める。……そして彼は、放火の罪を繰り返す。陰で糸を引く、ダークネスの存在に気づかずに。
「んじゃ、早いトコ放火魔更生させるか!」
雀居・友陽(フィードバック・d23550)は、軽い調子を意識しながら声をかける。
「よー、おじさんは何やってる人?」
友陽の声に、男は顔をのろのろと上げる。意識的にか無意識か、燃えかすの上を手が覆うようにかざされた。
「こんにちは!」
友陽の後ろから、久篠・織兎(糸の輪世継ぎ・d02057)がひょいと顔を出す。
「焦吾さん、埋めるのちょっと待ってほしい。それは大事なもので、埋めて忘れちゃいけないものなんだ」
「それが何か、灰場さんはわかってはりますか?」
千布里・采(夜藍空・d00110)が、柔らかい口調で重ねて問う。少し考えこんだ焦吾は、ああ、と呟いて、焼け焦げた炭のかけらにそっと触れた。
「……これは、私が昨日燃やした家だ。火の回りが早くて、カーテンがよく燃えていた」
きれいな花か空を語るような焦吾の口調は、采をうそ寒い気持にさせる。
(「悔いる心を無く罪を重ねる、化物を創り出す気なんやろか」)
「炎がきれい、というのは分かるっすよ」
「お嬢さんも、炎が好きかい?」
うれしそうに笑う焦吾の隣にしゃがみ、小坂・翠里(いつかの私にサヨナラを・d00229)は慎重に言葉を続ける。
「でも私は、ロウソクだったり暖炉の火だったり、暖かいものに対してっすね」
「ふぅん?」
「大きな火は熱さや痛みを与えて、恐怖を感じるものになってしまうっす……」
燃えかすに触れていた焦吾の手が、ぴくりと揺れた。
さりげなく埋める作業を続行しかけた焦吾へと、川原・咲夜(吊されるべき占い師・d04950)の声がかかる。
「埋めて隠しているのは、分かっているからですよね? 見られちゃいけない事をしているって」
「…………」
焦吾の顔が曇る。そこに、ひときわ大きい声が響いた。
「思い出すんだ、炎が何を奪い去ってしまうものなのか! 何を傷つけてしまうものなのか!」
焦吾が何か反応するより早く、鴨打・祝人(みんなのお兄さん・d08479)は自身の傷口から炎をほとばしらせた。目の前の咲夜へ向けて。
(「咲夜君……演技とはいえ焼くことを許してくれ……」)
咲夜は炎に向けて一つ頷き、無言で腕をかざした。
(「……祝人さんは、以前闇堕ちして自分を助けてくれた恩人……。そんな無茶するダメな人なんで、フォローしないと」)
逆巻く炎は、咲夜の腕をすっぽりと包んだ。
●炎のもたらすもの
焦吾が、ぽかん、と口を開けた。
火が恐ろしいとかどうこういう以前に、目の前の展開が信じられないというふうに。
「うわっ……」
煌希も思わず声をあげる。
通常の炎は灼滅者を傷つけないが、腕が燃えれば普通に痛い。咲夜は痛みに歯を食いしばる。
(「でも、この人を救えなかったら、私は勝手に罪の意識を覚えるだろう」)
――熱イ痛イ苦シイ――。
(「なら、この自傷行為も贖罪だ――貴方を今まで救えなかった罪を、一緒に贖うよ」)
よく見えるようにと、咲夜は燃える腕を高く掲げる。瞬間、大きな痛みが腕全体に走る。
「う、ぐぅっ……!」
バベルの鎖があるからって腕を焼くとか、つくづく常軌を逸してると思う。彼も、自分も。
「君だって炎がどれだけ恐ろしいものか、分かっていたはずだろう? 炎は大切な物も、焼きつくしてしまうんだ!」
だめ押しのように、祝人の声が響く。その言葉は、パニックに陥った焦吾の耳に届いているかは怪しい。
「あ……う、うあぁ……」
後ずさる焦吾の表情には、明らかな恐怖の色がある。そのことに采は内心で安堵する。それは、彼にまだ、人の心がある証。
「ひ、ひぃぃっ……」
焦吾は後ずさり、尻もちをつく。翠里は焦吾を驚かせないよう気をつけながら、肩に手を置いてそっと声をかけた。
「大きな火は熱さや痛みを与えて、恐怖を感じるものになってしまうっす……」
ここが正念場と、慎重に語りかける。
「灰場さんがきれいと感じても、その裏で誰かが死んでしまったりするかもしれないことも、考えてほしいっす」
「俺のせいで……あんなふうに、誰かが燃えたり……死んでしまったり……」
「灰場さん。もし自分の家が放火にあって、母親が逃げられなかったら……って考えてみてほしい」
織兎の指摘する母親との関係は想像のものだったが、その言葉は確かに焦吾に届いたようだった。
織兎の手には、焦吾が埋めようとしていた黒い燃えかすがある。
「自分の為にも、こんなことしちゃだめだ。罪の意識を思い出してくれよ!」
そう言って織兎は、燃えかすを焦吾の手に握らせた。
「……」
受け取った燃えかすを――自分の行った放火の罪を、焦吾は胸に抱きこんだ。しばしの沈黙の後、かすかな嗚咽が漏れる。
「貴方だって苦労して働いてきてるんだものね。貴方が燃やしたものがどれだけ価値があるかって、わかってないはずがない」
雛美がそう言った時、ごそりとうごめく、闇の一角。
人型の消し炭のような、シャドウもどき。配下はいない。焦吾は、シャドウもどきにはならなかった。
「……つまりこれって、うまくいったってことだよな?」
身構えつつも、煌希が笑みを浮かべる。白い細身剣を構え、一歩前へ。
「よし、もう四の五の言いっこなしだ。お前らのやること徹底的にジャマしまくって、あの陰気矢印を表に引きずり出してやる!」
友陽の姿はイフリート人間形態に変化する。角は脳天へと湾曲し、竜の尾が空を薙ぐ。瞳は炎の色に。全身を巡る血液の炎、焦げつく熱さに友陽は身を震わせる。
「あと一息ですね。こいつを倒せば……」
「……終わりだな! お兄さんもまだまだ頑張るぞ!」
腕を治癒した咲夜と、祝人もスレイヤーカードを展開する。
采の霊犬が主の意を受けて駆け出す。耳をぴんと立てて、霊犬は焦吾の服を引っぱった。
●夢の中の異物
消し炭を人型にしたようなシャドウもどきは、大きく身をそらせ、焦吾へと漆黒の弾丸をはき出す。
「若者の未来、ここで潰えさせてたまるか! 守る炎の力を見せてやる」
真っ先に飛び出した祝人が、シャドウもどきの攻撃を胸元で受け止める。壺をかぶったナノナノが祝人に追いつき、ふわふわとハートを飛ばして傷を癒やす。
白い霊犬に引きずられながら、焦吾は呆然とその光景を見ていた。
「ひ、火が!? あれは一体、人が、も、燃えて……!」
「――灰場さん。ひとつ、聞いてえぇですか?」
静かに、采は声をかける。
「『誰に』その燃え滓、埋めたらえぇと、聞きはったん?」
「……え……?」
そんなことは考えたことがなかった、とでもいうような焦吾の反応。本心から、己の意思だけでこの夢を見ていたと思っていたのだろう。だからシャドウはタチの悪い、と采は思う。
そんなソウルボードの主を嘲笑ように、人型の消し炭は身を震わせる。熱を孕んだ灰が巻き上がり、彼らの頭上から降り注ぐ。
「アタシは色白が売りなの、こんがり美味しくウエルダンとか本当に勘弁してよね!」
雛美の姿は巨大なカラーヒヨコ。焼き鳥にはなるまじと迫る熱灰をかいくぐり、祝人へと癒しの矢を飛ばす。
「祝人、次は俺が!」
煌希も積極的に焦吾をかばう。引火も厭わず縛霊手を展開。煌希の霊的因子に縛られた黒いシャドウもどきへと、ライドキャリバーが激突する。消し炭の人型は中空へと放り上げられる。
そこに追いかけるように影が伸び、空中でシャドウもどきを掴まえる。采の繰り出す影の形状は動物の翼や爪、牙。さらに影から骨化した獣の腕が現れる。
「よぅ考えてや、灰場さん。……なくなった気持ちは、奪われてるもんなんやで」
白い霊犬に守られ、その場に座り込む焦吾に声をかけ。
くふりと笑った采は、シャドウもどきを容赦なく地へと叩きつけた。
転倒するシャドウもどきの黒い頭部へと、冷気のつららが突きささる。妖の槍を構えた咲夜が、厳しい眼差しでシャドウもどきを捉える。
「その罪も、熱ごと奪い尽くしてやるよ」
「効いてるっす、あと少しっす!」
動きの鈍くなった敵へと、翠里はガトリングガンの引き金を引く。同時に霊犬の蒼が斬魔刀で斬りつける。
ぼろぼろと崩れかけた黒炭状の人型へと向かう、獣じみた咆吼。
「友陽!」
誰かが自分の名前を呼んでいる、それがとても遠くに聞こえる。
(「頭灼ける……影を見たらもうダメだ」)
友陽も自覚はしている、内から沸騰し溢れる、制御のきかない激情。
まぶたの裏に、いなくなったみんなの姿が浮かぶ。
(「悪趣味なドチキショウ……! どうせ踏ん反り返って見てんだろ!」)
体当たりするように距離を詰め、ゼロ距離から杭を射出する。炎をまとう巨大な杭が、シャドウもどきの体を深く深く貫き、灼いた。
●夢の終わりに
崩れかける人型の炭へと、祝人が跳躍する。空気を切り裂く鋭い衝撃が閃き、スターゲイザーの飛び蹴りがシャドウもどきの胸板へと炸裂する。
「若者の未来を奪わせはしない! 消えろ、心の闇よ!」
流星の煌めきが崩れゆくシャドウの周囲に散らばる。それでも人型の消し炭は、きしみながらも動いていた。
「まだ動くの、しつこいのね!」
雛美は立て続けに風で仲間を癒し、祝人と煌希へは癒しの矢を飛ばす。
最期の一撃と、シャドウもどきの放つ漆黒の弾丸が焦吾へと向かった。
「そっちがその気なら、とことんまで守りぬくまでた!」
弾丸の射線へと滑りこむように身を躍らせるのは煌希。併走するライドキャリバーが機銃掃射で弾幕を張る。
「……君たちは、俺を庇ってるのか……」
「もう少し待っててな。このまま一気に終わらせてやるからさ!」
焦吾にニッと笑いかけ、煌希は白いクルセイドソードを振り上げる。非物質化した剣はシャドウもどきの体をすり抜け、コアの部分を直接叩く。
そこに、一気に距離を詰めてきたのは友陽。手にする殺人注射器から灼熱の弾丸が迸る。
「相手が火なら、より熱い炎で灼き尽くすだけだ!」
次から次へと友陽の目からは熱いものがこぼれる。炎に包まれるシャドウもどきを、回り込んだ渦巻く風の刃が取りまき、あっという間に切り刻んだ。
「これで、終わりだ!」
織兎の言葉どおり、それが最後の一撃となった。神薙刃で砕かれた人型の黒炭は、完全に粉となってそのカタチを失った。
「雀居さん……」
「泣いてなんかいねえ……!」
差し伸べられた翠里の手を振り払い、友陽は天をふり仰ぐ。シャドウもどきのいなくなったソウルボードの中、既にダークネスの気配はない。それでも、多分、どこかで。
「……いい加減出て来い、オルフェウスウゥ!!」
虚空に向けて、友陽は叫ぶ。
抑えきれない炎が、激情が、全身からあふれた。
「……」
「あのさ」
次々と起きる出来事に半ば自失している焦吾へと、織兎が声をかける。
「迷惑かけたことに変わりないけど、これからどうするかだと思う」
織兎を見返す焦吾の手には、織兎から受け取った燃えかすが、そのまま握られていた。
「灰場さん、放火の罪はしかりと償って下さい。それが本当の贖罪です」
もうわかってはるんやろ。そう続ける采へと、焦吾は首を小さく縦に振る。
ソウルボード内の景色は徐々にが薄れていく。焦吾の目覚めが近い。
「祝人さんは何か、いいんですか?」
咲夜に声をかけられ、祝人は頷く。自分たちができるのはここまでだ、と。
「若者なら、正しい道へ戻ってくれるさ! お兄さんはそう祈っているんだ!」
「……焦吾さんは、もう五十代ですけれどね」
「未来がある者はすべてが若者! そして、お兄さんはみんなのお兄さんだ!」
苦笑しつつも咲夜は、最後にもう一度だけ焦吾を振り返る。
(「母親もいてすぐに罪を明かすのは難しいかも知れない。でもいつかは明かして下さい……燻る罪が心を焦がしてしまわぬように」)
「本人のせいじゃ無いとしても、やってしまった事に対しての罪は償って貰わないとね」
はっきりと言いきる雛美へと、祝人は満面の笑顔で頷いた。
「大丈夫。若者なら分かっているはずだ!」
作者:海乃もずく |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年5月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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