和月処血譚

    作者:麻人

    「わたくし、昔からこの国には興味がありましたの。ですから異文化の華をお見せ下さいませね」
     くすくすと喉で笑う金髪の女――カルラ。黒いドレスに身を包み、はだけた首元には忌まわしき意匠の首輪が嵌る。
    「あ、ああ……」
     彼女の視線に晒された男は震えながら包丁を自らの腹に向けていた。その目は、カルラの腕の中で眠る幼子だけを見つめる。手袋越しの指先が細い喉元を猫のように撫でた。
    「や、約束だ……子どもは、子どもだけは無事に……」
     ほほ、と無慈悲に笑うカルラ。
    「ならば、とびきりの血華を咲かせなさいな……!!」

     北の地の旅館にヴァンパイアが現れた。須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は順を追って説明を始めた。
    「新潟ロシア村の戦いの後、行方不明になったロシアンタイガーを探しているみたいなんだ。出没したのは爵位級ヴァンパイアの奴隷となったヴァンパイアで、名前をカルラ。奴隷から解放される事と引き換えに捜索を請け負ったらしいんだけど……」
     嗜虐の癖から、任務を放って享楽にふけっているらしい。まりんは眉をひそめ、話を続ける。
    「ある程度満足すれば捜索するために事件を起こすのをやめると思うけど、待っていたら犠牲者が増えちゃうよ……! お願い、いますぐ現場に向かって蛮行を止めて!」

     カルラの蛮行――。
     子を人質にとり、父親に切腹を強要させる。
     どこで聞きかじったのか、なにかで読んだのか。すぐに駆け付ければ父親が腹を切るより前に間に合うだろう――が。
    「うまく彼女の気を引きつけるか挑発するか……ううん、方法はなんでも構わない。とにかくカルラの腕の中にある子供を助けるためにはただ突入するだけじゃ駄目だよね。父親だって、子どもを人質にとられたままじゃ……」
     避難しろと言っても難しいだろう。
     カルラの享楽的な性格を逆手に取るしかない。
     彼女の得手は大鎌。
     優美な外見に似合わず、鎌捌きは大雑把で荒っぽい。どちらかというと気も短い方だ。刺激的な展開を好み、湿っぽさを嫌う。彼女の嗜虐心を満足させることができれば、あるいは。
     戦場となる和室は広く、戦うのに不都合はない。時は夜。美しき十六夜の月が戦いの傍観者となるだろう。

    「これ犠牲者を出さないに越したことはない――けど、もしここでヴァンパイアを逃がしてしまったら……」
     まりんはそれ以上言わなかったが、言わずとも誰もが分かっているはずのことだ。
     逃せば、カルラはまた似たような事件を起こすだろう。それだけは確かなことだった。


    参加者
    成瀬・圭(影空ハウリング・d04536)
    リーグレット・ブランディーバ(紅煉の獅子・d07050)
    狼幻・隼人(紅超特急・d11438)
    風舞・氷香(孤高の歌姫・d12133)
    越坂・夏海(残炎・d12717)
    エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)
    天堂・リン(町はずれの神父さん・d21382)

    ■リプレイ

    ●欲望の取引
     カタン――……。
    「?」
     どこか、遠くで物音がした。カルラはふと視線を上向ける。ネズミだろうか? 目の前では人間の男が震えながら包丁を構えている。腕のなかの子は大人しく眠っていた。
    「さあ、早く……」
    「――待てよ!」
     正々堂々と、成瀬・圭(影空ハウリング・d04536)とリーグレット・ブランディーバ(紅煉の獅子・d07050)は表から駆け付けた。
     カルラは鷹揚に笑う。
     人質をとっている、という状況が彼女に優越と余裕を与えていた。
    「あら? 邪魔者が入ってしまいましたわね」
    「その子を離せ」
    「ふふ、ありきたりな台詞ですこと。ちょうどいま、面白いものが見られるところですのよ。あなた達もご一緒にいかが?」
     リーグレットは興味なさげに鼻を鳴らした。
     どうでもいい、とでも言わんばかりだ。
    「せっかくだが、私はそんな子供などどうでもいいのだよ。欲しいのは貴様のその首だ」
    「ちょっ、リーグレット!」
     果たしてどこまでが本心でどこからが芝居なのか――。
     あらあら、とカルラは碧眼を瞬かせる。
     叫んだのは父親だった。
    「や、やめてくれ! そいつに手を出したら俺の、俺の子供が……」
     必死の懇願に圭は覚悟を決めたように頷いた。
    (「焦るな」)
     ゆっくりでいい。
     この会話は仲間たちが突入の準備を整える間の時間稼ぎでもあるのだから。手に汗をかいているのは決して演技だけではなく、実際に緊張しているせいでもあった。
     圭は親指で己を指して、ひとつの提案を持ちかける。
    「オレが代わりに喉だろうが腹だろうが派手に掻っ捌いてやらァ。そうすりゃちったァてめえの気の紛らしになんだろ。だからよ、そのガキ離せよ」
    「――」
     カルラが少しびっくりしたように睫毛の濃い目元を瞬かせた。
     正気か、と今度はリーグレットが目をみはる番だった。
    「おいおい何を考えてるんだ、ナルセ」
     考え直せと制する腕を払いのけ、圭は言い切った。
    「どうだ? そんな非力そうなおっさんじゃ、腹かっさばく前に気ぃ失っちまいそうだ。俺ならこいつでばっさりいってやれるぜ。切る場所のリクエストがありゃ、それにも答えてやるよ」
    「それ、本気ですの?」
     たずねつつ、カルラの眼は輝いている。
    「確かに、あなたくらい生きのよろしいお方なら、さぞかし美しい華が咲きそうですわね……! でも、この子を離すのはお見せくださったその後ですわ。よろしくて? 切る場所はお腹でなければ駄目ですわよ。真一文字に切り裂いて、そう、一気に」
     カルラは身を乗り出して、そこは譲らなかった。
     圭は頷き、震える両手で槍の柄を逆手に掴む。
    (「自刃とかマジおっかねえクッソあー」)
     割とガチでガックガク震えているが――やるっきゃねぇよな――!
    「――……っ」
     圭は細く息を吐いて、きつく歯を食いしばりながら己の脇腹に穂先を突き刺した。

    ●血華咲く
     グループ会話状態の携帯電話から聞こえてくるやり取りにマーテルーニェ・ミリアンジェ(散矢・d00577)は僅かな吐息を吐いた。
    (「……無茶をするものですね、本当に」)
     いま、マーテルーニェは風舞・氷香(孤高の歌姫・d12133)、エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)と共に隣の和室に忍び込んでいる。
    「(俺はこっちに)」
     人差し指で奥の襖を指差しつつ、エアンは聞こえてくる会話に耳を澄ませた。
    『ぐっ、ふ……!』
     それは圭の悲鳴。
     宿敵と対峙する否応なしの高揚に、ひやりと冷たい緊張を刺すような苦悶の声だった。しっ、と霊犬のあらかた丸を静まらせた狼幻・隼人(紅超特急・d11438)が息をひそめるのは、外の縁側である。
    「…………」
     越坂・夏海(残炎・d12717)は血の海に倒れる遺体を見つけ、無言で拳を握りしめた。今はまだ感傷に支配されるには早すぎる。片膝を立てて跪き、いつでも飛び出せるように合図を待った。
    『その子供の為に命を賭して流した血だ、飲みたまえ』
     それはリーグレットの、剛胆さを隠しもしない毅然とした言葉だ。圭の呻き声が微かに聞こえる。
    (「早く」)
     天堂・リン(町はずれの神父さん・d21382)は心の中で祈った。
    『まあ、気が利きますのね』
     血に酔ったカルラの声がして、直後――。
     確かに、合図の言葉が紡がれた。

    ●ア・ヴォートル・サンテ
     カタ、ン――。
     畳を汚す血の色。
     コロコロと転がるグラスは、しかし、誰の眼にも映っていなかった。
    「そこまでです、外道」
     声は頭上から降ってくる。
    「きゃあっ!?」
     それも、容赦ない蹴りと同時に。
     天井裏に潜んでいたリンは、器用にカルラの顔面だけを蹴り飛ばした。腕から放り出された子供を隼人の腕がさらう。とっさに奪い返そうと動いた手首にあらかた丸が噛みついた。
    「いたっ! なっ、あなたがた一体どこから……!!」
    「救える命はひとつでも救う、それが俺の願いだ」
     子供と父親を庇うように割り込む仲間たちを、更に背に隠すようにして。手の甲を中心に展開する光の盾ごと夏海はカルラ目がけて突っ込んだ。
    「くっ」
     カルラが伸ばした手に現れるのは、巨大な黒鎌。
    「ん……」
     目を覚ました子どもを安心させるように笑みかけて、隼人は氷香の肩を借りて退避する父親の元に彼を届けた。
    「あ、ああ……よかった、よかった」
    「……あとは私達が片付けますので、落ち着いてお逃げください」
    「そう、とにかく落ち着いてこの場から早く逃げるように」
     エアンは父親の背中を励ますように叩いて、急がせた。
     既に氷香は唄を紡ぐために封印を解除している。霧を呼ぼうとして――否、癒しの矢を番える。文字通り命を賭して戦端を開いてくれた圭のために。
    「サンキュ」
     腹を手で庇い、圭は痛みに顔をしかめつつ体を起こした。
     真っ赤に染まった服はまるで特攻服。怒りの炎を両目に宿して、己の血に塗れた槍を旋回――螺穿槍の一撃を、撃ち込む!!
    「やっぱ死ぬほど痛かったじゃねぇか! チキショウこの怒りは全部ぶつけてやるぞビッチ」
    「なっ……」
     カッ、とカルラの頬に朱が走った。
    「な、なんてことをっ……わ、わたくしがビ、ビッ……!?」
    「違うのですか?」
     錯乱して振り回す大鎌とクルセイドソードで鍔迫り合いを演じつつ、マーテルーニェはあっさりと訊ねた。
    「ぶ、侮辱でございますわ! 最大級の侮辱ですことよ!?」
    「さあ? あなたがそう思われるのならばそうなのでしょう」
     マーテルーニェは取り合わない。
     戦いは遊戯ではなく、依頼は仕事として請け負ったもの。余計な口遊びに付き合うつもりなど毛頭なかった。
    「酷い侮辱ですわよ!」
    「そうか。貴様のその余裕の面がどう歪んでいくのか興味があったのだが。思いのほか早く見れたようだな」
     どこまでも突き放すような、孤高の物言い。
     リーグレットの手元からは陽炎のようにオーラがたちのぼる。その利き腕が掴むProuder――妖の槍に肩口を穿たれたカルラが悲鳴をあげた。
    「受けた侮辱はこの場で返させて頂きますわよ!!」
     ブォン、と薙がれた大鎌は空間を裂いて無数の刃を召喚する。
    「お使いすらまともにできんで寄り道するような奴には負けんわ!」
     体を切り裂かれるのも構わず、隼人はクルセイドソードを切り上げながら刃群の中へと突っ込んだ。
    「そんなんやから奴隷なんやで、なあ?」
     回復は信頼するあらかた丸に任せ、隼人は渾身の力で刀を薙ぐ。
     ガッ!!
     カルラの構える大鎌の柄がそれを受け止めた。
    「ふっ、あんまり馬鹿になさらないで下さる……!?」
     振り下ろされる一撃はデスサイズ。
    「はっ! 俺も65%の力で相手したるわ。おら、こいやっ!!」
    「死んでおしまいなさい!!」
     だが、二撃目が隼人の首を切り裂くより先に滑り込む青年の背中があった。ぎりぎりで影業を自分たちとカルラの間に張り巡らせた夏海は、爽やかに笑って言った。
    「敵はひとりじゃないんだぞ。なあ?」
    「っ!」
     はっとして、カルラは周囲を見渡した。
     怒りに我を忘れていたが――そして、己の力を過信してもいた――八方を囲まれている。眼前には氷香の歌声によって体勢を立て直す隼人と、影を操って責め立てる夏海。
     右からはマーテルーニェの足元から迸るナイフ形の闇刀がカルラの足元をしつこく狙い、左からは的確にクルセイドソードを打ち込むエアンが告げる。
    「時間をかけるのは好きじゃないだろう?」
     それは確かに事実ではあったので、カルラは無言のままエアンを睨み付けた。
    「じゃあ、さっさと決着をつけようか。……俺もお前の血華が見てみたい」
     ああ、と圭が不敵に笑った。
    「オレの血見た感想はどうだよ。今度はテメェが見せやがれ!!」
    「……不躾な男たち……!!」
     カルラは嫌悪感を丸出しにして、乱暴に鎌を薙いだ。
     生み出される闇の咎。
     肌にねっとりと絡みつくような――。
    「……霧よ」
     氷香の指先が伸びた先より湿った空気が戦場を満たす。それは咎を浄化する、夜露が蒸発して生まれる霧だ。
    「……たかが奴隷風情の人が鬱憤を晴らす為に一般人を襲っていい理由にはなりません」
    「うるさいですわ!!」
     カルラは反撃を試みるが、当初ほどの勢いはない。白い肌から流れ出た血が転々と畳の上に滴り落ちる。更にはトラウマの影が視界をちらついて集中できないことといったら――……。
    「性根の腐ったヴァンパイアらしく、無様にトラウマに怯えなさい」
     とは、自他ともに厳しいマーテルーニェの言葉である。
    「くっ……」
     幾度も鎌を振るうのだが、どうにも効きが悪い。カルラが前衛への列攻撃を控えるまでかなりの時間を要した。我を忘れて、減衰していることに気がつかなかったのだ。
    「ならば――!!」
    「させるかよ!」
     後衛に向けて殺到する刃を、夏海は身をていして受け止める。
    「外道」
     ぽつり、と誰かがつぶやいた。
     カルラの真後ろ――。
     リンが、エアシューズを駆ってしつこく懐に入ろうと試みる。カルラがそれを避けようと必死になればなるほど、炎を纏ったエッジは彼女の頬を、こめかみを掠めて醜い火傷を負わせるのだった。
    「女の顔を狙う、どちらが外道でありますこと!?」
     ふむ、と格好ばかりは考え込んで見せるが、リンに悪びれる気などないのは明白だ。彼は憎悪と嫌悪感を身の内にひそめ、表面上は冷徹にある『機会』を狙っている。
     ぴん、ときた隼人が耳元でささやいた。
    「アレやろ」
    「はい、アレです」
    「おっと、俺も混ぜてくれよ」
     圭まで乗るさまに、「?」とリーグレットが首を傾げた。
    「はあ、はあ……」
     息を切らせ、エアンの見えざる刃に押されて後退するカルラを前後から追い詰めて、リン達は同時にそれぞれの武器を振りかざした。
    「灰は灰に、塵は塵にだ、クソッたれがァ!!」
    「吸血鬼の心臓には杭と、大昔から相場が決まっています――エイメン」
    「ヴァンパイヤ退治には杭打ちが伝統やっ!」
     片や、直前にぶっ刺しておいた槍を――。
     片や、虎の子である蹂躙のバベルインパクトと尖烈のドグマスパイクを――。
     ――撃ち込む!!!
    「きゃあああああああっ!!」
     けたたましい悲鳴とともにカルラの体は灰になっていく。灼滅された後には何も遺らない。無に成るのだ。
     見送る氷香は表情ひとつ変えずにそれを見送った。哀れとは思わない。ここまで卑劣な相手は初めてだった。

    「やすらかにな」
     夏海は静かに黙祷をささげる。
     父子の姿はなかった。遠く、安全なところまで逃げおおせたのだろう。マーテルーニェはほっと胸を撫で下ろした。
    「人が来る前に去りましょう」
    「そういえばケイ君、君には相談中の借りがあったな。お望みなら続きをしようか?」
     依頼は遂行されたが、まだ問題は残っていたようだ。リーグレットはそう言って、手を腰に当てた格好で彼を振り返った。

    作者:麻人 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ