お菓子の家は、森の中。

    作者:織田ミキ

    「見て見て! お菓子の家だって、お兄ちゃん」
     絵本を前に、パステルカラーで彩られた挿絵を指差した少女が、傍らの少年の袖を嬉々と引っ張る。絵本を覗き込んだ少年は、自慢げに鼻先を上げた。
    「知ってっか、ユミ。それ、ホントにあんだぞ」
     兄の発言に、顔を輝かせる少女。
    「えええ、そうなの? 絵本の中だけじゃないの?」
    「おう。この前クラスのヤツがゆってた。どっかの森ん中にあんだってー」
    「行きたーい!」
     能天気な妹の反応に、少年が眉根を寄せる。
    「バカ。帰って来れなくなってもいいのかよ」
    「帰って来れなくなるって……なんで?」
    「なんでっておまえ……。何か、怖いことが起こんだろ、たぶん」
     ……たぶん? そう言えば、どんな話だったっけ。
     学校で聞いた話の記憶を懸命に手繰っているうち、少年はそれが「怖い話」であったことを思い出した。妹を怯えさせないよう、思わず口をつぐむ。そんな兄をよそに、少女は相変わらずキラキラと目を輝かせて絵本を眺めた。
    「……ちょっとだけでいいから食べたいなぁ。……どこにあるのかなぁ」


    「ここにあります」
     西園寺・アベル(高校生エクスブレイン・dn0191)は、そう言って地図の一点を指差した。森林地帯のど真ん中。ハイキングコースから少し外れた場所らしい。
    「ある、と言うか……正確には、午後三時に『出現』します。その都市伝説の灼滅が、今回の依頼です。完全な模型というわけではないんですが、これを作りながら聞こえてきた情報をお話しします」
     先ほどから思い切り灼滅者たちの視線を集めていたソレが、いよいよ製作者アベルによって示される。教卓の上に鎮座しているのは、まさに絵本に出てきそうなお菓子の家。バタークリームで接合された壁や屋根は沢山のクッキー、ドアはチョコレート、窓はキャンディー。飾りのマシュマロや凝ったチョコレート細工が愛らしい。
    「現物は人が出入りできるほどの大きさですので、このクッキー一枚でも、人の背丈くらいあると思います。小さな子供が家の中へ足を踏み入れると、お菓子になってしまうようです。そうなると最後、元に戻すことはできません」
     それはつまり、死を意味する。
    「お菓子の家全体が都市伝説によって現れているわけですが、灼滅にはその本体であるジンジャーブレッドマンを倒す必要があります」
     都市伝説の本体は家の中にいるが、家を大きく破壊してしまうと灼滅する前に都市伝説が消えてしまい、次の出現まで何日も待たなくてはいけない。外から声をかけたり、パーツを一つずつ取ってみるなど、様子を見ながらジンジャーブレッドマンを家の外へおびき出してから戦う必要があるだろう。
    「戦闘になると、小学生低学年の方全員、もしくは一番若い方が集中的に狙われると思いますので気を付けてください」
     都市伝説が使ってくるのは、ペトロカースに似た列攻撃と、ドレインの力がある単体攻撃の二種類。いずれも後衛まで届く攻撃のため注意してほしい。
    「とにかく、本体に直接攻撃を当てることさえできれば、強敵ではないはずです」
     言いながら、アベルが灼滅者たちの前に自作のお菓子の家を置く。
    「よろしければこれ、作戦を練る際のお茶請けにでも、どうぞ」


    参加者
    紫堂・紗(ドロップ・フィッシュ・d02607)
    篠村・希沙(暁降・d03465)
    藤平・晴汰(灯陽・d04373)
    千歳・ヨギリ(宵待草・d14223)
    御印・裏ツ花(望郷・d16914)
    類瀬・莉茉(綿色ホイップ・d22592)
    塩月・ことひ(泡沫の飛魚・d25434)
    陽横・雛丸(すぐおいしい・d26498)

    ■リプレイ


     むかーし、むかし、あるところに――。
     陽光の差す野原。木々に囲まれたその場所を地図と見比べながら、灼滅者たちは茂みに隠れて待機していた。間もなく午後三時。おやつの時間だ。
    「わ、……ほ、ほんまに出てきた! おいしそ……!」
     篠村・希沙(暁降・d03465)の感動の声と共に、灼滅者たちは野原へ踏み出した。
     現れたのは、お菓子の家。
     ぼんやりと蜃気楼のようだったそれが、一度まばたきする間にぐっと鮮明になる。教室で見た物とほぼ同じ風情ではあるが、この大きさは凄い。森の中にそびえる実物の迫力は、想像を軽く上回っていた。目を奪われる愛らしい装飾。風に乗ってやってくる甘い香り。夢の光景に、うっかり胸がときめいてしまう。
    「まさか本物のお菓子の家が見られるなんて、ちょっと感動だなぁ……」
     言いながら殺界を形成しつつ、思わず写メる藤平・晴汰(灯陽・d04373)。
     しかしこれが子供たちの憧れに付けこみ命を奪う都市伝説なのだと思うと、やはり許せない。製菓が趣味の類瀬・莉茉(綿色ホイップ・d22592)は、そっと拳を握りしめた。甘いお菓子は人を幸せにして然るべきものだ。
    「小さな子どもたちが見つけてしまう前に、私たちでやっつけましょう……!」
    「ああ。ガキ共を狙うなんざ、ロクでもねぇ」
     フードから覗く目でジロリと都市伝説を睨み、陽横・雛丸(すぐおいしい・d26498)も戦意を新たにする。しかし、何はともあれ、本体との戦闘に持ち込むための作戦をこなさなくては話にならない。これ、すなわち――。
     『早く出てこないとお家食べちゃいますよ作戦』開始……!!

    「誰か……いませんか?」
    「ジンジャーさん、いるのかなー?」
     両目をキラキラと輝かせつつ、千歳・ヨギリ(宵待草・d14223)と紫堂・紗(ドロップ・フィッシュ・d02607)が正面からお菓子の家へ近づいてゆく。ヨギリは最年少の小学校低学年。都市伝説が狙う大本命であるだけに、中にいる本体もソワソワしているに違いない。しかしもちろん、罠と知っているため家へ入ったりはしない。むしろその代わりに、塩月・ことひ(泡沫の飛魚・d25434)の台詞が都市伝説の本体たるジンジャーブレッドマンに焦りを植え付ける。
    「お家、食べちゃいますよー?」
    「わわ、美味しそうなクッキー……これくらいなら、壊れちゃったりしないよね。んしょ」
     壁の装飾に使われていたクッキーを両手で取るヨギリ。一個でも盆くらいの大きさがある。アベルの話によると、家を大きく破壊してしまうと灼滅する前に都市伝説が消えてしまうらしいので、ここは慎重に進めなくては。紗の案に従って、声を掛け合いながら、少しずつ。
    「土台に触るのは怖いから……装飾かな。このマシュマロ、取っちゃいまーす」
    「それじゃぁ私は、こっちのチョコレートがかかったクッキーを」
     戦利品を山ほど手にした第一陣が仲間の元へ戻ると、そこは早くもお茶会場と化していた。待ってましたと迎えられ、真ん中に巨大なお菓子を並べる。森の中でリアルお菓子の家を背景に、お日さまの下で小鳥のさえずりを聞きながら。何たるメルヘンか。普段からドレス姿の御印・裏ツ花(望郷・d16914)が、雰囲気作りに拍車をかけている。
     しかし、問題が一つ。
     敵たる都市伝説が生み出したものだが、果たして食べても大丈夫なのだろうか。そんな不安と、いっそ食べてしまいたい誘惑の間で、たっぷり十秒葛藤。きっと大丈夫派が半分。ちょっと心配派もまた半分。
     そこで挙手したのは、晴汰だった。
    「それでは、僭越ながら毒見を……」
    「「お願いしますっ!」」
     皆が見守る中、一度深呼吸をしてから意を決して大きなクッキーの欠片にかじりつく晴汰。表情は笑顔だ。しかし、持参したカフェオレを即座にぐいぐいとあおってからやっと一息。 
    「お味は如何?」
     扇で上品に口元を隠して見守っていた裏ツ花が、晴汰のその反応を前に思わず尋ねた。
    「うん、美味しいよ。美味しいんだけど……甘さは、教室で食べたのと比べると、二倍……いや三倍ってとこかなー」
    「まぁ。甘さは程々の方がわたくしの口に合いますのに……仕方ありませんわね。紅茶を用意しておいて正解でしたわ」
     皆で行儀よく「いただきます」をした後、裏ツ花もクッキーを一口。そしてやっぱり紅茶を三口。いや、それでも、酷い味でもなく毒入りでもなく、ちゃんと美味しく食べられて何よりだ。
    「あ、みなさん、おしぼり持ってきましたので手がベタベタしたらどうぞ」
    「ありがとうございます、ことひさん。んー。日持ちさせるためには、これくらい甘くしないといけないのかもしれませんね……」
     自分でも作ってみるつもりなのだろうか、食べながらしっかり分析する莉茉。巨大なクッキーを裏返し、接着に使うバタークリームの硬さまで入念にチェックしている。
    「えへへ、ヴァニラも食べる? どれがいい? ほらマシュマロも取ってきてあげたよ♪」
     傍らのナノナノに微笑みかけ、紗も嬉々と巨大なお菓子の山を示す。主の予想通り、瞳をキラキラさせたヴァニラはマシュマロにまふっと頬ずり。小さな羽をぱたぱた動かしてご満悦だ。
    「やぁーん、可愛いよう!」
    「それにしても、こんなに大きなお菓子の家だと、中に入らなくてもお腹いっぱいになっちゃうよねぇ」
     晴汰の大きな声に、家の中からカタと物音がするが、見て見ぬふり。
    「ほらほら。家ん中に居たまんまで、ええのー? どんどん食べちゃうよー?」
     お家なくなっちゃうよー! と、希沙も家に向かって元気に言った。そうしてそのままお菓子の家へ再び近づき、美しいステンドグラスのような飴細工の窓を調べる。
    「わぁキャンディーの窓きらきらで綺麗! 食べたいなー」 
     端を少し割るくらいなら大丈夫だろう。最悪は小窓ごと外れても家が崩壊することはあるまい。そう決断して色の変わり目をフォークでコツコツ。ゴツゴツ。ガッガッガッ! ……やっと上手く割れたと喜んで破片を取り外した瞬間。
    「あ」
     中から、半月型をしたホワイトチョコレートの目に、睨まれた。


     豪華な板チョコの扉を開け、ソレがいよいよ姿を現す。小柄な人間ほどの大きさのジンジャーブレッドマンは、たいそうご立腹だ。
     ダメダメヤメテと、アッチイケシッシッのアクションを激しく繰り返している。しかしもちろん、注意されてもむしろ怒りを煽り立てるように新たな装飾パーツを外して駆け戻る灼滅者たち。
    「いいぞ……このままもっと引き寄せろ。サイキックが当たって灼滅の前に家がブッ壊れちまったら元も子もねぇからな」
     持ち場を離れた都市伝説の本体を観察しながら、雛丸が仲間たちへ低く呟く。思惑通り、もう一つ外したクッキーをワザとその場でかじって見せたことひを、ジンジャーブレッドマンが追いかけてきた。
     チョコペンで描き殴ったような迫力のない怒り顔で、お菓子を取り戻そうとする都市伝説。しかしヨギリと目が合ったときだけは急に可愛い笑顔で「ジンジャーブレッドクッキー」を演じて見せている。まさかまだ彼女を家の中に誘うことを諦めていないのだろうか。それとも単なる職業病か。
    「貴方のお家は美味しく頂いております。これ以上壊されたくなければ、わたくしたちを止めてみることですわ」
     裏ツ花の挑発に敵がまんまとこちらのお茶会場まで出てきたところで、希沙はサウンドシャッターを展開した。ここまでくれば、森をバックにしてサイキックを仕掛けられる。雛丸は都市伝説を睨み、カードを手に咆哮を上げた。
    「いくさじゃあーー!!」
     狙われるのはヨギリのみ。カードを次々と解除する灼滅者たちに、早くも「美味しいお菓子になれちゃう素敵な魔法」が襲いくる。前衛の皆が、もれなく巻き添えだ。甘い匂いを吸い込んだかと思った瞬間、急に身体の芯が強張るような奇妙な感覚に見舞われる。
    「私たちの出番ですね……行きましょう、ヴァニラさん! 私たちが、しっかりサポートします……から。皆さんは、思う存分……ブレッドマンさんを、やっつけて下さいね……!」
    「一気にBS耐性もかけときましょか!」
     莉茉の風と、ナノナノの飛ばすハート。さらに希沙のワイドガードで、準備万端。一方では、冷たい炎の中、氷塊の突き刺さったジンジャーブレッドマンに闇のつぶてを食らわせ、エネルギー障壁を展開した甲で左右から殴りつけたところを斬撃で真っ二つ。
     容赦のない攻撃に、都市伝説の本体は一度ペタリと野に伏した。ところがそれでも、クッキーの身体をしならせてゆらりと立ち上がる。
     しかしながら腕の付け根に早くも大きなヒビが入っており、灼滅者たちの目の前でソレがぽろっと落下した。


    「……国産をナメてんじゃねぇぞ、てめぇ!!」
     ヨギリを狙った攻撃を、彼女を庇った巨大なヒヨコが果敢に受け止める。戦闘時の愛らしい外見になみなみならぬギャップを感じるが、中身はしっかり雛丸だ。
    「もう! 分かっていたけど……ヨギばっかり狙わないで……!」
     こちらを攻撃してはアイシングで割れた部分をくっつけているジンジャーブレッドマンに、ヨギリは頬を膨らませて炎の蹴りを喰らわせた。向こうはヒビ割れだらけでボロボロだが、いっそ黒コゲにしてやりたい。
    「ヨギリさん、大丈夫ですか? また防護符でお守りしておきますね」
    「ありがとう、莉茉お姉さん。雛丸お兄さんも、庇ってくれてありがとう……ヨギ、頑張る……!」
     止まない集中攻撃の手。実を言うと怒り付与で向こうの狙いを逸らせようと試みているのだが、敵も中々にして頑固。小さな子供の命を奪うことへの執念というか、何というか。
    「ジンジャーブレッドマンさん、お菓子は人を幸せにするもの。悲しくさせたら嫌です……」
     言いながら、ことひは裏ツ花の放った影縛りを追うように自分も同じ技を繰り出した。人魚姫さながらの足元から伸びた影は、闇色の魚の群れ。
    「さ、お魚さん、出番ですよー」
     二人分の闇に呑まれた敵を、影を纏った紗の矢が真っ直ぐと貫く。その漆黒の軌跡も消えないうちに間合いを詰めた晴汰は、つぎはぎだらけのジンジャーブレッドマンの胸に思いきり拳を埋めた。砕け散る破片が、スパイスの香りと閃く光の中で今度こそ一つ残らず粉々になってゆく。
     そうして最後の一撃を放った瞬間、背後のお菓子の家は、霧のようにかき消えた。 


    「本当はお菓子の家の中にいるヴァニラが見たかったんだけどなあ!」
     だって絶対に可愛いと思うの、とナノナノを抱きしめる紗。
    「お菓子の家が消えてしまったのは残念ですが、もう同じ都市伝説は現れないでしょう。倒す前に味わえたのは幸いでしたわ。ですけれど……」
     ドレスの裾を払いながら、裏ツ花が何もない野原を見据える。食べた分も胃の中から消えてしまったのだろうか。あれだけ食したというのに、やたらと空腹だ。
    「お腹、空いちゃいましたよね。どこか寄って帰りましょうか」
     ことひの提案に、灼滅者たちが笑顔をかわし合う。
     夢いっぱいの、お菓子の家。幸せで残酷な、絵本と同じ。お伽話の住人になったようなあの貴重な感覚を、自分たちはきっといつまでも忘れないだろう。
     魔女のおばあさんではなかったけれど、無事に悪者を退治することができました。めでたし、めでたし。
     皆できちんとゴミを片付け、最後に一言――。
    「「ごちそうさまでしたー!」」

    作者:織田ミキ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 1
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