●必要なのはあなたの力
中学二年生。肉体的にも精神的にも、色々な意味で多感で繊細なお年頃。
食休みに賑わう昼休みの教室、掃除用具入れの中。何がどうしてそうなったのか、涼也という名の少年が人生最大となるだろう危機を迎えていた。
腕の中には同級生の少女、美舞。
魔界からやって来た魔族のお姫様を名乗る、涼也の学園生活を百八十度変貌させた転校生。
熱っぽく潤んでいる、クリっとしていて可愛らしい赤い瞳。白い肌によく映える、長く艶やかな黒髪。つんと張りのある果実は涼也の胸板に潰されて……。
「ん……」
そう。美舞は今、一糸まとわぬ姿。
何故そうなったのかはあからない。ただ、涼也は掃除用具入れに隠れていた彼女を護るため、自身も中へと入り扉を閉めた。結果、密着したまま抱きしめる形となった……と言う流れである。
――あるいは、全ては美舞が仕組んだことなのだろう。彼女は求めているのだから。涼也の力を。生命の源を。
「……ふふっ」
「動くな」
理性が勝つか、本能が勝つか。
執拗に本能へと訴えかけて来る美舞を静止させながら、涼也は昼休みの後、教室移動の時間を待ち望む。
……似たような事件は何度目だっただろう? そんな想いを巡らせながら……。
●夕暮れ時の教室にて
灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、呆れたようなため息とともに説明を開始した
「一般人を闇堕ちさせて、手駒にしようという淫魔たちが活動しているようです」
この淫魔たちは、強力なダークネスになる素養のある一般人男子に狙いを定めて接触し、様々な演出を加えて、忠実な配下ダークネスとして覚醒させようとしているらしい。
「今回相手取ってもらう淫魔の名は美舞さん、一般人男子の名は涼也さんとなります」
現在、涼也は闇堕ち直前という状況に陥っている。しかし、美舞が行っている演出をうまく利用すれば、闇堕ちを防ぐ事が可能かもしれない。
「闇堕ちを防ぐことができれば、美舞さんを灼滅するだけで済みます。しかし、闇堕ちしてしまえば、美舞以外に闇堕ちした強力なダークネスと戦わなければならなくなるでしょう」
解決の方法はいくつかある。そのための方法を考えて欲しいと、葉月は概要説明を締めくくった。
続いて、葉月は具体的な説明へと移っていく。
「美舞さんが行っている演出は、所謂漫画やライトノベル的なもの、ですね」
美舞は、一ヶ月前にやって来た転校生。真実の姿は魔界に住んでいた魔族のプリンセス。侵攻してきた他種族に対向するため、そのための力を持つ涼也に近づいた。そうするうちに恋に落ちた……と言う設定。
「まあ、それが演技であることは言うまでもないでしょう」
一方、涼也は若干ぶっきらぼうな所はあるものの、困っている人を放っておけない思春期の少年。意味の分からない話とともに近づいてきた美舞を最初は鬱陶しがっていたものの、様々な事件を重ねた今となっては憎からず思っているらしい。
「まあ、その事件も全て美舞さんが裏で糸を引いていたものなのですが」
ともあれ、このままでは遠からず涼也は闇堕ちしてしまう。そうならないためにも……と、葉月は地図を広げていく。
「皆さんが赴く当日の放課後、美舞さんは体育館裏にいます。涼也さんを呼び出し、新たな作戦行動を起こすつもりだったみたいですね」
一方、涼也は教室で荷物をまとめている最中。つまり、両者が離れている状態で接触できるタイミングなのだ。
「具体的な行動は任せます。どうか、最良の結末を」
頭を下げた上で、葉月は戦うことになるだろう美舞の能力。そして、悪い方へ展開が転がれば戦うことになってしまうだろう涼也の能力についての説明を開始した。
美舞の姿は、艶やかな黒髪とクリっとしていて可愛らしい赤の瞳が特徴的な、スタイルの良い美少女。力量としては、八人ならば十分に倒せる程度。
妨害能力に特化しており、ピンク色で一定範囲内を包み魅了する力、魔術によって一定範囲内の服を破く力、抱きつきに寄って精気を吸収する力を用いてくる。
一方、涼也のダークネス……イフリートとしての力量は、八人で何とか倒せる程度。
攻撃能力に特化しており、加護を砕く体当たり、毒などに抗う力を得ながら吐き出す火炎弾、短期間に連続して一定範囲内を焼く煉獄、の三種の技を使い分けてくる。
「以上で説明を終了します」
地図など必要なものを手渡し、葉月は静かな息を吐いて行く。
「色々と言いたいことはあります。しかし、一番重要なことは、一人の少年がダークネスによって闇堕ちしようとしている……そんな状況。……手法があれな面はありますが」
ともあれと、葉月は締めくくりに移行した。
「今ならまだ、こちら側へと引き戻すことができます。どうか、全力での行動を。何よりも無事に帰って来て下さいね? 約束ですよ?」
参加者 | |
---|---|
今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605) |
クラリス・ランベール(袖触れ合うも多生の縁・d14717) |
天城・翡桜(碧色奇術・d15645) |
間・臨音(マジ狩るリンネ・d21208) |
ナターリヤ・アリーニン(夢魅入るクークラ・d24954) |
神桜木・理(ミストレイヴン・d25050) |
水無瀬・冴絢(高校生ダンピール・d26418) |
レイヴン・リー(寸打・d26564) |
●偽りの物語に終止符を
放課後を迎え、部活に遊びにと賑わう中学校。暖かな陽射しが差し込む教室に、神桜木・理(ミストレイヴン・d25050)は足を運んでいた。
力を用いて生徒を装い、理は荷物を纏めている涼也の元へと歩み寄っていく。
側に立たれ、自分に用があると感じたのだろう。涼也が顔を上げてきた。
「誰? 何か用?」
「涼也だな。美舞の事で話がある。少し時間をもらおうか」
美舞、の名を出した時、涼也が僅かに身構える様子を見せた。
構わず理は背を向けて、ついてくるよう促していく。
「……」
程なくして涼也は立ち上がった。
理はひと気のない空き教室へと案内し、力を用いて何も知らぬ涼也を眠らせる。
「な……」
「すまない。悪い夢だったと思ってくれ。……勝手だな、ダークネスも、俺も……」
聞こえぬよう小声でつぶやいた後、涼也を空き教室の中心辺りに寝かせ間・臨音(マジ狩るリンネ・d21208)がしたためた……美舞の物と偽った手紙を置いていく。
その上で窓から外へと飛び出して、仲間との合流を目指して駆け出した。
――しばらく涼也が目覚めることはない。早々に美舞との……淫魔との戦いを終わらせよう。
一足先に美舞との遭遇を果たすため、体育館裏にやって来た理以外の灼滅者たち。一人佇んでいるクリっとしていて可愛らしい赤い瞳と白い肌、長く艶やかな黒髪が特徴的な少女……美舞を前にして、今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)が拳を震わせていく。
裸で抱き合うなどといった、破廉恥な事をする、そんな淫魔が本当に大嫌い!
敵意をか、単純に視線を気取ったのか、美舞が灼滅者たちへと視線を向けてきた。
「……誰?」
「涼也じゃなくて悪かったな。お前の企み、邪魔しに来てやったぜ」
まったく悪びれた様子もなく、レイヴン・リー(寸打・d26564)が身構える。
美舞も一歩引きながら、なおも問いかけてきた。
「あなた達は一体……」
「んふー、魔界の姫? そういう設定は嫌いじゃないですけども、人にご迷惑をお掛けするのはよろしくないですわねー? ま、貴方が作ったお話は、私達がウツクしくまとめておきますわよぅ。ご安心なさいませ☆」
自信満々の笑みを浮かべる臨音が応対し、一足先に武装する。
灼滅者であると伝わったかどうかはわからない。だが、敵である事は悟ったのだろう。
「そう。もうすぐで結実しそうだったのに……ま、どっちにしろ関係ないか。邪魔をするなら、容赦はしないわよ」
「涼也様の、やさしさ、つけこみ、ダークネスに、なんて……だめ、です、ターニャたちで、とめ、ます……っ」
ステッキを取り出していく美舞に対し、ぬいぐるみを抱くナターリヤ・アリーニン(夢魅入るクークラ・d24954)もナイフを手に精一杯の思いをぶつけていく。
助けて上げなきゃの心を、利用して取り入ろうとしている美舞。それを知っても、涼也はきっと悲しむはず。家族も、友達も、悲しくなってしまう。
だからこそ涼也がダークネスにならぬよう、美舞を全力で止めると誓うのだ。
「うしろから、エンジョ。に、なりますが。皆様の、コウゲキ。とぎれぬよう、だれも、たおれぬよう。がんばり、ますのです……!」
「ふふ、せいぜい頑張りなさい。ま……ううん、なんでもないわ」
唇をなまめかしく舐め取りながら、美舞はステッキを掲げていく。
ピンク色の波動が放たれた時、涼也を巡る戦いが開幕した。
●少女はただ微笑んで
「……厄介なことになる前に、灼滅します」
ビハインドの唯織が得物を振り上げたタイミングに合わせ、天城・翡桜(碧色奇術・d15645)もまた螺旋状の回転を加えた槍を突き出した。
美舞を逃さぬよう仲間と囲むように移動していた紅葉は指輪に口付けし、石化の呪いを放っていく。
「絶対に、逃がさない」
「っ! この程度!」
ステッキで得物を受け止め、槍を肩に掠めさせた所に施した、石化の呪い。美舞は若干動きを鈍らせながらも、ステッキから再びピンク色の波動を放っていく。
前衛陣を包み込むその波動は、対象を誤らせる力を持つ。
大きな混乱を齎さぬよう、クラリス・ランベール(袖触れ合うも多生の縁・d14717)は翡桜、及び水無瀬・冴絢(高校生ダンピール・d26418)の前に立ち可能な限り引き受けた。
鼓動が高鳴り、視界が霞む。
思考もおぼろげなものへと変わっていく。
「……大丈夫です、この位……涼也様を救うためなら……!」
嘘だらけのストーリーである事は、クラリス達も美舞も変わらない。
違いは、導き出したい結末。
涼也を救うという未来を目指し、クラリスは叫んだ。頭を満たしていくもやを、可能な限り振り払った。
ぼやけた視界で、美舞の行動を探っていく。
指を鳴らす刹那に合わせて再び二人の前へと飛び出し、衣服への攻撃を全て引き受けた。
「っ……」
「いいカッコじゃない」
「クラリスさん感謝っす。それじゃ、覚悟するっすよ」
守られる形となっている冴絢は、少しでも早く倒すと美舞に殴りかかった。
前五発。全てをステッキに遮られ、苛立たしげに拳を握りしめていく。
「あー! じれったい!」
即座に冷たき炎を作り出し、美舞に向かって解き放った。
黒髪に白い霜が降り始めた頃、ナターリヤがクラリスに優しき光を注いでいく。
「皆様の、てが、とまりませぬよう。かいふく、えんじょ。して、いきます……」
「んふっふー、それじゃ私は攻撃で。美舞ちゃん、行きますわよぅ」
今は治療役へのサポートは必要ないと判断し、臨音が指輪から魔力の弾丸をぶっ放す。
張り付いた氷を振り払おうとして対応が遅れたか、弾丸は美舞の右腕に突き刺さった。
「……流石ね」
左腕で右腕を抑えながらも、美舞の戦意に衰えはない。ただ、動きを鈍らせながら、再びステッキを空へと掲げ……。
時折漏れ出る形で訪れるピンク色のオーラを浴びながら、冴絢は美舞の懐へと入り込む。
元々、前に出て敵と殴りあうなんて柄じゃない。あるいは、後ろから狙撃している方が性に合っている、とも思っていたのかもしれない。
しかし……。
(「敵と殴りあうなんて滅多になかったすけど、この手応えはなかなか癖になるかも……!?」)
口の端をニヤリと持ち上げながら、ドリル状に高速回転させた杭を突き出していく。
左肩に掠めさせた直後、戦闘開始後ほどなくして合流した理が先端の刀身が鈍く光る得物で美舞の背中を強打した。
即座に魔力を爆発させ、三歩ほど前へとふらつかせていく。
「辛くなってきたんじゃないか? そろそろな」
「……」
返事の代わりに、美舞は笑う。
構わず紅葉が言い放つ。
「中二病も見栄え張りもほどほどにね。ただの下っ端雑魚のくせに」
言葉とは裏腹に、苛立たしげな様子はない。ただ、指輪に口付けし、影の弾丸を浮かべていく。
冷たき瞳で狙いを定め、指輪で指し示して発射した。
「魔界のプリンセスなんて、寝言は寝てから言えよ。……永遠に眠ってからね!」
誤る事なく胸を貫いて、されど美舞の笑みが消えることはない。
紅葉もまた表情を歪めることはなく、淡々と強き光を浴びせていく。
度重なる攻撃に押されたか、美舞が動きを止めていく。ステッキから、何かが放たれることもない。
好機、と守護に専念していたクラリスが指輪で美舞を指し示した。
「一気に畳み掛けましょう」
魔力の弾丸を撃ち出して、左肩を貫いていく。
ビハインドのラオシーが霊障を重ね、美舞を二歩分ほど押し返した。
導かれるように、レイヴンが懐へと飛び込んでいく。
「他人の恋心を利用するってのはどんな気持ちだ? いや、知りたくもねーけどな」
求めぬのに、静かな笑みで応える美舞。
構わず、レイヴンは拳を握りしめる。
「観念していい思い出ってやつになりやがれ!」
真っ直ぐに拳を突き出して、美舞を更に一歩分退かせた。
刹那、ぴくりと美舞の腕が動いた。
ステッキを手元に引き寄せていく。
力が戻ったのだと判断し、翡桜はすかさず空へと飛び上がった。
「……」
高めに高めてきた力と重力と共に足に乗せ、流星のごとく蹴りつける。
喉元へと突き刺し、飛び退きながら美舞の行く末を見守った。
美舞は何も語らない、何も語れない。
ただ、静かな笑みを浮かべたまま、煙のようにふっ、と掻き消え消滅した。
●ジニアの花を貴方に捧ぐ
簡単な治療を終えた後、理は翡桜に涼也が眠る教室の場所を伝達した。
「それじゃ、後は宜しくな。……うまくいくことを願う」
切なる願いと共に送り出し、残る者たちは戦場の事後処理へと移行する。
中心は、クラリス。
荒れてしまった場所を舗装しながら、ジニアの花を植えていく。
「花言葉は別れた共への思い、いつまでも変わらない心、高貴な心、幸福……きっと、わかってくれると思います」
「残された涼也くんの気が少しでも紛れればいいんすけどね」
手伝う冴絢も静かな息を紡ぎながら、一輪ずつ、丁寧に作業を進めていく。
同様に作業を行いながら、ナターリヤは静かな願いを捧げていた。
――涼也様が、今後穏やかな時が過ごせるように……と。
程なくして作業が終わり、後は別の場所で翡桜と合流すると言った段階へと移行。
立ち上がり、レイヴンはラオシーに問いかけていく。
「闇堕ちから救ったとはいえ、騙して無理やり引き離したことには変わりねーよな。正しかったと思うしかねーけど。どう思う? ラオシー」
返答はなく、ただ、ラオシーは微笑ましげに見つめるのみ。
何はともあれ、己等の役目は完了した。後は翡桜の行動を待ち、涼也が花言葉を知っていることを祈るのみとなるだろう。
一般人の目を欺く力を使う翡桜が空き教室に到達してからしばらくして、涼也は目覚めた。
寝ぼけ眼で周囲を見回した後、封筒を発見して手に取っていく。
己の、そして美舞の名が記されていたからだろう。涼也は覚醒し、慌てた調子で封筒を破り中を開いた。
――涼也へ。
他国からの援軍により、魔界は危機を逃れました。しかし、荒廃した本国を立て直す為に帰らねばならなくなり、別れを告げるべく涼也を呼び出しましたが、来ないまま旅立ちの時が迫り、眠っているのを見つけたので、手紙だけを残し立ち去ります。
……ふふっ、こんな硬い口調でのご挨拶は少し照れますね。
さようなら、お元気で。別れる共に、変わらぬ心を。
「……」
――全ては臨音がしたためたもの。
はたして美舞が記した物だと思い込んでくれただろうか?
震える腕から思い込んでくれたのだと信じ、翡桜はマッチを擦る。
涼也が持つ手紙を、そして封筒を燃やし尽くし、改めて様子を伺った。
何もない手を見つめたまま、涼也は何も紡がない。表情を崩すこともない。
しばし観察した後、翡桜は背を向ける。
即座に、仲間たちの下を目指し駆け出した。
やれることは全て行った。願わくば、この一連のできごとが。青春の甘酸っぱい思い出の一ページとなれるよう……。
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年5月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 7
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