アルバストゥルの舞踏会

    作者:志稲愛海

    「ふふ、可愛いですね。もっともっと、愉快に踊ってみせてください」
    「……ッ!」
     ガタ、ガタガタッ、と、大きな音が鳴るたびに。
     不安定に揺れ動く青の舞台で踊るのは、哀れな踊り子。
     その様を、透明感のない真っ赤な液体の入ったワイングラスを回し眺めながら。
    「それにしてもボスコウ……あの成り上がりめ」
     髪も瞳も青いその男はそうぼそりと呟き、一瞬、首に嵌められた忌まわしい意匠の首輪にそっと触れるも。
    「……まぁいいでしょう。折角解き放たれたのですから、まずは楽しませてもらいますよ」
     すぐに口を噤むと、再び目の前で繰り広げられている舞踏会を悠々と鑑賞する。
     脚の長さがそれぞれ違う、小さな青いチェアの舞台。
     そしてその上で、つま先立ちで必死に踊るのは……ひとりの少女。
     両手を拘束され、その首には天井から吊るされた鎖が巻かれている。
     何かの拍子で足を滑らせれば、どうなるか。
     それが分かっている少女は必死に、滑稽なステップを踏む。
     だが……恐怖で脚が震え、体力も気力も当に限界に達している踊り子は。
    「! あ……う、ぐッ!」
     ガタンッと一際大きな音が鳴り、青い舞台が倒れ床に転がったと同時に。
     今度は、激しいダンスを踊るかのように、宙ぶらりんになってもがき苦しんだ後。
    「もう終わりですか……つまりませんね」
     ゆらり吊られ揺れながら、だらりと、動かなくなったのであった。
     

    「本当に……悪趣味にも程があるよね」
     飛鳥井・遥河(中学生エクスブレイン・dn0040)はそう小さく首を振った後。
     灼滅者達に集まってくれた礼を言い、そして察知した未来予測を語り始める。
    「新潟ロシア村の戦いは記憶に新しいよね。ロシアンタイガーを狙っていたのは業大老配下のアンブレイカブルだったんだけどさ、有力な指揮官だった柴崎明が灼滅されたから、ロシアンタイガーの捜索までは手がまわっていないようで。それで新潟ロシア村の戦いの後にね、行方不明になったロシアンタイガーを捜索しようと、今度はヴァンパイア達が動き出したらしいんだ」
     強大な力を持つヴァンパイアは、その多くが活動を制限されている。
     だが、今回捜索に出てくるのは『爵位級ヴァンパイアの奴隷として力を奪われたヴァンパイア』達なのだという。
    「彼らはね、奴隷から開放される事と引き換えに、単独での捜索を請け負ったらしいんだけど。長い間奴隷とされていた鬱憤からか、捜索よりも、自らの楽しみを優先しているみたいなんだよ……」
     その楽しみとはつまり……一般人を虐げ、殺し、苦しめること。
     そしてそんな姿を眺め、快楽を得ようとしているのだ。
    「ある程度満足すれば、ロシアンタイガーを捜索するために事件を起こすのをやめるんだろうけどさ……それを待っていることとか、出来るわけないよね」
     だからいますぐ現場に向かい、ヴァンパイアの蛮行を阻止し灼滅して欲しい、と。
     そう遥河は改めて、灼滅者達を見回し続ける。
    「このダークネスはね、『青のジョルジェ』。ヨーロッパ人風の見目で、一見すると紳士っぽい感じの二、三十代くらいな美形の男なんだけどさ……その正体はね、少女趣味で残忍なヴァンパイアなんだ」
     ジョルジェは言葉巧みに誘い出した少女を、手を縛り首に鎖をかけた状態で監禁していて。不安定な足場の上で踊り、そして首を吊って絶命するまでの過程を眺め、楽しんでいるのだという。
    「接触のタイミングはね、この少女が足を踏み外した瞬間だよ。だけど、みんなの踏み込んだ時の位置的に、どうしても彼女との間にジョルジェがいる状態になっちゃうんだ。バベルの鎖に察知されない侵入経路は、入口の扉一箇所のみだよ。それに奴隷化されているジョルジェは能力を抑制されてるけど、それでもかなりの強敵で。灼滅者8人がかりでも、倒すのは決して簡単じゃないから……この少女を助ける場合は、しっかりした対策が必要になるよ」
     足を踏み外した少女は、数分は生きているという。だが生半可な気持ちや策で救出に向かえば、少女だけでなく灼滅者達にも大きな被害が出てしまうかもしれない。もしも助ける際は、くれぐれも慎重に動いて欲しい。
    「ジョルジェは戦闘になると、ヴァンパイアのサイキックとシャウト、得物の解体ナイフと鋼糸を使って攻撃してくるよ。配下はいないけど、頭が回るタイプで、ジョルジェだけでも十分強敵だよ……あとプライドが高いから、みんなの前から逃げ出すようなことはないみたい」
     戦場は、人の姿も殆どない街外れにある、空き家の中。鍵はかかっておらず侵入は容易だ。空き家の中は広く、時間は夜だが灯りがついており、障害物となるようなものも特にないという。
     遥河はそこまで未来予測を語った後、皆へと目を向けて。
    「ヴァンパイアの悪趣味な快楽の為に、これ以上犠牲者が出るのは許せないからさ……危険な相手だけど、灼滅をお願いするね」
     そう頭を下げ、灼滅者達を送り出すのだった。


    参加者
    九条・風(紅風・d00691)
    色梨・翡翠(黒蝶アンサイズニア・d00817)
    古城・けい(ルスキニアの誓い・d02042)
    冴凪・勇騎(僕等の中・d05694)
    トランド・オルフェム(闇の従者・d07762)
    皇・千李(復讐の静月・d09847)
    虹真・美夜(紅蝕・d10062)
    桜庭・成美(ダンボガールスタンディング・d22288)

    ■リプレイ

    ●紅き道標
     深い闇に包まれた夜の世界は、酷く静かで青褪めていて。
     往く道を照らすのは、美しくも残酷な紅の彩をした月光だけ。
     今宵、一人の少女が犠牲となってしまうというが。
     それは――抗える可能性のある未来。
     灼滅者達はヴァンパイアが潜む、街外れの空き家へと急ぐ。
     解き放たれた奴隷吸血鬼が起こすのは、快楽の為の蛮行。
    (「首輪付きがまた面倒起こしてくれやがって……しかも人質付きたァ良い趣味してんじゃねェの」)
     胸糞悪ィ、と。そう九条・風(紅風・d00691)が吐き捨てるのも至極当然。
     今宵『青のジョルジェ』が催す舞踏会は、残忍非道以外の何物でもない。
    (「ヴァンパイア……宿敵であり、許せない存在……です」)
     快楽の為にまた誰かの人生を狂わせるのならば灼滅するまで、と。
     色梨・翡翠(黒蝶アンサイズニア・d00817)も仲間達と歩みを進めるも。
    (「……でも、怖そうです……」)
     不気味な夜の空き家を前に、首元のチョーカーを握り締め、少しだけ慄く。
     でもすぐに一度、深呼吸して。
    「皆さん、行きましょう」
     来るべき時の為に、空き家へと近づく。
     窓から漏れるのは、灯りと男の声。刹那、ガタガタッ、と大きな音が鳴る。
    (「絶対に残らず滅してやります……」)
     窓から覗く宿敵の姿を見据え、桜庭・成美(ダンボガールスタンディング・d22288)は、改めてそう心に誓いながら。
    (「悪趣味な遊びに付き合わされている女の子も救出しなければなりませんし、色々と情報も聞き出せればいいのですが……」)
     青の吸血鬼・ジョルジェを滅する事は勿論。
     爵位級ヴァンパイアや他の奴隷の事も何か分かればと思うも。
    「! あ……う、ぐッ!」
     ガタンッと一際大きな音が鳴った瞬間。扉を開き、仲間と中へ突入する。
     まずは、この残酷な舞踏会を終わらせる為に。

    ●黒の猶予
    「! なっ!?」
     完全に虚を衝かれ声を上げたジョルジェへ見舞われたのは。
    「その醜い顔で、紳士を名乗るとは……哀れだな……」
     雷天に降る氷雨と猫を模した着流しを靡かせ、先陣を切り回転させた得物を振るう、冷笑宿す皇・千李(復讐の静月・d09847)の鋭撃であった。
     さらに、成美の呪装篭手が唸りを上げジョルジェを殴りつければ、網状の霊力がその動きを縛らんと迸って。
    「まさか、人質を取らなきゃ勝てないなんて言わないですよね? いくら奴隷でもそこまで誇りを捨ててはないでしょう?」
     自分達へと意識を向けるべく、挑発を。
    「くッ!」
     そんな予想外な灼滅者達の襲撃と煽る言動に、表情を険しくするヴァンパイア。
     そしてその隙をつき、すかさず『Scarlet Kiss』を構えた虹真・美夜(紅蝕・d10062)が撃ち出すのは、特殊な弾丸。
     だがその真紅の銃口の狙いは、青の吸血鬼ではない。
    「あ、ぐぅ……ッ!?」
     少女の命を脅かしている、鎖の根元であった。
     美夜の狙撃により、鎖が弾け飛んだ瞬間、死から解放される少女の身体。
    「よォ、首輪付き。中々面白そうなことしてんじゃねェの、下卑た趣味が似合いの顔だなァ?」
     風もすかさず大きく地を蹴り、少女の元へ向かおうと動きをみせるも。
    「く、灼滅者!? 人間風情が……思い通りになるとでも?」
    「……!」
     風に容赦なく牙を剥いたのは、ジョルジェの成した赤き逆十字の斬撃であった。
     その強烈な一撃が、少女の元へ行かせまいと、風の行く手を阻む。
    「そんな浅はかな作戦が成功するとでも? 残念でしたね」
     だが――その時だった。
    「残念なのは首輪付き、てめぇの方だ」
    「……!」
    「キミを助けに来た。遅くなってすまない」
     少女の身体が地に落ちんとした直前。
     風に続いて地を蹴っていた古城・けい(ルスキニアの誓い・d02042)が、彼女の身体を受けとめたのだった。
     そして風やサラマンダーが身を呈し敵の前に立ちはだかる間に。
     少女を抱えたけいが、すかさずヴァンパイアから離れるべく動きをみせれば。
    「く、小癪な……っ!」
     それを追い、刃を向けんと身を翻すジョルジェ。
     しかしそんな行動を阻害せんと展開されるは、トランド・オルフェム(闇の従者・d07762)の成した眩き霊力の結界。
    「このような幼気な少女を甚振るとは……貴族とは名ばかりですね。主の枷が解けたら喜び勇み、自制も効かぬ。犬畜生以下の存在と変わりないではありませんか」
    「この私が、犬畜生以下……と?」
     ジョルジェはトランドの結界を薙ぎ払いながらも、その言葉にピクリと反応を示すが。
     再び少女へと、冷酷な青の視線を移す。
    「おいおい、弱い奴に手出すくらいしか出来ねぇってか? ……あぁ、悪い。奴隷に墜ちたエセ貴族じゃその程度だよな」
     その視線に気付き、すかさずジョルジェを挑発する冴凪・勇騎(僕等の中・d05694)。
     そして巨大なる法陣を展開し、前に立つ仲間に天魔を宿らせながらも、捕らわれていた少女へと一瞬だけ目を遣った。
     もしも作戦の失敗や仲間の死を招くのならば、少女の犠牲はやむを得ないと。割り切って依頼に臨んではいる。
     でも、それでもやはり、極力助けてやりたいと勇騎は思う。
     それは……この少女にもきっと、大切な人がいるのだろうと。
     武蔵坂に来て、そう思える様になったから。
    「邪魔しないで。今度は貴方が無様に踊ってよ、少女趣味の惨めな奴隷さん」
     その綺麗な顔立ちに冷笑を浮かべ、翡翠もジョルジェの前へと突入して。相手の足を止めるべく、死角からの斬撃を放つ。
     それを踊るかの様にかわしたヴァンパイアは、連れ去られる少女へと、ちらりと目を向けるも。
     興味が失せた様にあっさり視線を逸らした後、ふっと残虐な色を孕む青の瞳を細めた。
     踊り子は――あの少女でなくても、いいのだ。
    「では今度は、貴方達に踊っていただきましょうか」
    「……!」
     刹那、毒を孕む強烈な竜巻が激しい渦を巻いて。
     複数の灼滅者を、一気に飲み込む。

    ●青と赤の舞踏会
    「此処で待ってて、直に戻る」
     少女を戦闘範囲外まで避難させたけいは、震える彼女を少し落ち着かせてから。ジョルジェの凶攻が彼女に及ばぬよう護衛していた風と共に、戦場へと戻るべく駆け出した。
     少女を、死の運命から救った灼滅者達。
     だが――相手は、強敵・ダークネス。
     救出に人手を割いた事は、少なからず戦況に影響していた。
    「成熟する前の、もう少し幼い少女の方が私好みなのですがね」
     ジョルジェは逆巻く竜巻を再び成し、灼滅者達を纏めて巻き込んではある程度の衝撃を与え、毒で蝕みつつ、抜かりなくシャウトして。
     品定めするようにぐるり灼滅者達を見た後。傷をさらに抉るべく、変形させた解体ナイフの冷たい閃きを、己の好みに最も近い者へと向ける。
    「さぁ舞台でいい声で存分に啼いて、綺麗な赤を躍らせてくださいね!」
    「!」
     その斬撃の標的は、一番小柄で年齢が下の、成美。
     じわじわ全体に衝撃を与えながらも、その趣向からか執拗に彼女を狙うジョルジェ。
     だがその前に立ちはだかるのは、ライドキャリバーのサラマンダー。皆を守るべく攻撃を肩代わりし、射撃や突撃するその行動に、ジョルジェは多少苛つきをみせると。
    「……目障りですね、さっさと消えなさい」
     巻きついた鋭利な糸の衝撃がライドキャリバーを消滅させて。
    「私と楽しく踊りましょうか、お嬢さん方」
     一見紳士的に、そう女性陣へと微笑む青の吸血鬼。
     だが、誘いの答えは勿論。
    「お断りね。悪趣味の変態」
     バサリとそう切り捨てた後、極光の白に黒と緋が映える装いの美夜が纏うのは、大地に眠りし『畏れ』の力。吸血鬼へと見舞われるは、重圧感を与える鬼気迫る斬撃。
    (「どこまで通用するか試させて貰うよ……」)
     魂を改竄し手に入れた、人狼の力。
     吸血鬼化した弟を、いつかこの手で殺す為に。
     そんな美夜の攻撃にジョルジェが気取られている隙に。
    「僕が成美さんの回復を」
     誰も傷ついて欲しくない、そんな利他的な思いを抱きつつ。回復を担う勇騎へと声を掛け、集めた癒しのオーラで成美の傷を癒しながらも。
     翡翠は、憎悪の色を宿す萌黄の瞳をヴァンパイアへと向ける。
     今度はそんな翡翠を狙い、赤きオーラの逆十字を出現させるジョルジェだが。
    「やれやれ、理不尽な……お嬢さんを愛でるならありのままが一番だというのに」
     咄嗟に彼女を庇ったのは、戦場に戻ってきたけい。
     飛沫く己の血も厭わず、むしろ護る事に喜びを感じながら。
    「『踊る様』が観たいのなら、鏡の前で独り勝手に踊っていろ。『絞首卿の狗』」 
     自らへとその刃を向けるようにと、振り翳した盾を叩きつける。
    「……悪趣味にも程があるな」
     偏執的な少女趣味全開のジョルジェに、勇騎はそう吐き捨てて。
    「観客がいなくなれば舞台はそもそも成立しねぇんだよ……とっととそこを降りろよ、『観客』」
     悪趣味な観客を引きずり降ろすべく、馬鹿にした呆れたような物言いで挑発を続けながらも。仲間の傷を癒すべく、戦場に優しき浄化の力を宿す風を招けば。
    「さあ、次に踊るのは貴方の番ですよ。その首輪にお似合いの縄をつけてあげましょう」 
     大正浪漫を思わせる優美な装束を翻す成美の結界が、まさに奴隷を縛り付ける縄の様に張り巡らされる。
    「く……この首輪さえなければ……!」
     少女救出に手を取られていた最初こそ、灼滅者達を圧倒していたジョルジェだが。
     少女救出が完了し総手で攻められ、さらに灼滅者達の挑発と状態異常の効果で、徐々にペースが乱れているようだ。
    「そんな小さな刃すら、まともに扱えないのか……?」 
     再び巻き起こる毒の竜巻を見極め、青の振袖を翻しかわした千李は。
    「長い黒髪に、赤い瞳の女……吸血鬼を知っているか……? あぁ、貴様のような奴隷ごときが、知るわけない、か……」
     煽るようにそう尋ねてみるも、反応はやはり期待外れ。
    「女? 私は少女にしか興味ありませんから」
     それに続き、勝負を賭け巡る運命の輪の如き盾を広げて。仲間の状態異常への耐久力を強めながら、風もジョルジェに尋ねてみる。
    「聞くのも無駄だろうが、ボスコウってのは何処に居やがるんだ?」
     その言葉を聞き、これまで紳士面であったジョルジェの顔が歪む。
    「ボスコウ……たかだか奴隷を作る力で爵位を得た、成り上がりのくせに……この首輪がなければ、貴様等など!」
    「それが貴族の立ち振る舞いですか? 矢張り、奴隷が相応の身分かと」
    「何だと!? 灼滅者の分際でっ」
     煽りに激昂するそんな吸血鬼の姿を、眼鏡の奥の細い瞳で捉えながら。
    (「己を闇に堕とすというのは一種の掛けです」)
     舞踏会に赴くような正装に身を包むトランドは、リスクを負う必要は無いと、戦場という舞台で死角からの斬撃を繰り出す。
     そんな友人のトランドと連携し動くのは、翡翠。
     心強い友達を見た後、その緋きオーラが逆さ十字と成る。
     だがヴァンパイアを前にした今、翡翠の心に湧き上がるのは、憎悪。
     ヴァンパイアによる犠牲者は出したくない。でも……そんな抑え切れるか分からない感情のまま、痴態を晒したくもないと。
     そう一瞬、心が乱れるも。
     ふっとスプリンググリーンの瞳を閉じ、大きく息を吸い込んで深呼吸をして。
    「……!」
     敵を引き裂くべく、冷静に逆さ十字からの衝撃を繰り出せば。
    「行こうか……緋桜……」
     耳を彩る青と銀の色を煌かせ、朱塗りの鞘から引き抜かれ放たれた千李の一撃が、奴隷吸血鬼を斬り捨てんと閃く。飛沫くその血で、桜花を咲かせるかの様に。

    ●蒼の絞首
     冷静さを欠いているとはいえ、敵はやはりダークネス。
     そう容易に倒れる相手ではないが。
     灼滅者達も戦線を支え合い連携を心がけ、倒れぬよう全力で立ち回って。
     長期戦になるほど手数の優位が効き、次第にヴァンパイアを追い詰めていく。
    「……てめぇを奴隷として扱ったっていう爵位級のヴァンパイア……ボスコウ、だっけか。そいつの鼻を明かす最期の機会……逃すあんたじゃねぇだろう?」
     一つに纏めた漆黒の髪を靡かせ、弓の如き孤を描く月の様な裁きの光で仲間の傷を癒しながら。体力の底が見え始めたジョルジェに問うのは、勇騎。
    (「それにしても、いくら逆らえないといってもこれだけの数の奴隷をただ野放しにするでしょうか……?」)
     同じく、疑問点が幾つもある成美も。
    「信用があるわけでもないでしょうし、主人が貴方達の動向を知る手段があるの……?」
     奴隷を監視する別の存在を疑いながらも、言葉を続ける。
    「トドメを刺す前に一つ。知っていることを話しなさい。他の奴隷のことでもボスコウのことでもいい」
     だが。
    「最期? この高潔な私に、貴様等灼滅者がトドメ? それに何の為にこの忌々しい首輪を嵌められてると思ってる? ボスコウの鼻を明かすだと? 貴様等灼滅者ごときに何かできる? 全くもって笑わせる!」
    「……!」
     成美の傷を広げんと容赦なく振るわれる、ジョルジェの変則的な刃。
     だがその強烈な一撃を受けても尚、何とか持ち堪えて。
     友達は勿論、仲間を傷つける事は許せないと。翡翠は癒しのオーラで成美の傷を塞ぎつつも、完全に狂気を顕にしている宿敵へと視線を投げる。
     だが我を忘れた姿を晒すまでもなく、目の前のヴァンパイアも満身創痍。
    「何なら奴隷化された時のトラウマ思い出させてやっても良いんだぜ」
     ……いやだってか、そんじゃさよならだ、と。
     奴隷吸血鬼を喰らわんと襲い掛かるは、風の足元から生まれた様々な生物の骨。
    「う、あ……ッ!」
     その愚骨の一撃が、ジョルジェのトラウマを呼び起こして。
    「おや。飼い主との素敵な思い出を思い出したのかな?」
    「こんなところで油を売るとは……随分と余裕だな……もう一度、奴隷に戻る、か?」
     トラウマや催眠を付与し、肉体だけでなく精神攻撃で敵を追い込んでいくけいや千李。
     そして普段と変わらぬ形の良い唇をしならせ笑むトランドが。
     その細い相貌をさらに細め、眼鏡の奥の鋭い眼光で敵を射抜いた刹那。冷気のつららが、青の吸血鬼を貫いて。
    「あんたの仲間に、真っ赤な髪と目をした紅魔って吸血鬼居る?」
    「ぐ……うおおぉ!!」
     残る力で襲い掛かってきた敵を役立たずだと判断した、美夜の半獣化させた鋭い銀爪が。
    「じゃあもう消えて」
    「……ッ!」
     吸血鬼の身体を引き裂き、その息の根を止めたのだった。

    ●終演
     少女を救い、奴隷吸血鬼を滅した灼滅者。
     トランドは他に捕らわれている者がいないか確認した後、少女の怪我を祭霊光で癒して。
    「もう大丈夫。悪い夢は終わったよ」
     胸の中で泣き出した少女を撫でてあげるけい。
     そして、風がふと視線を向けたのは――ジョルジェに嵌められていた首輪。
     戦闘で破損しているが、学園に持ち帰るべく、それを拾い上げて。
     千李は振り返らず、静寂の戻った空き家を後にする。
     残酷な青の舞踏会は、主催者の死によって、終幕したのだから。

    作者:志稲愛海 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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