闇に燃える

    作者:佐伯都

     山々が初夏を迎え、冬枯れの木々にも葉が揃いベストシーズンを迎えた頃、ある大学の登山部パーティは真夜中にテントの外を歩く足音で目を覚ました。
    「……おい、起きろ。何かいる」
     ひらけた草地の地面を踏む足音は動物にしては不用心、動物にしては迷いがない。しかし人間ならば、歩き回るよりもまず中に声をかけるだろう。
     月のない夜、テントに相手の影は落ちない。
     意を決したリーダーの男がテントの入り口に手をかけ、外をうかがう。
    「お、おい……皆、子供だ」
     ぼわりと光を帯びたような、小さな背中。
     杖を携え、まだ小学生になったかどうかという頃合いの浅黒い肌の少女が男の声に振り返る。相手が人間と知り、テントの中の部員が明かりをつけた。
    「ヒトか。でていけ。すぐに」
     あかるい青の瞳はどこか猫を思わせる。
    「すぐでていけば、ころさない」
     子供にしては剣呑すぎる台詞を吐き、銀髪の少女は麓を指さした。
     どうみても常軌を逸したこの状況に、大学生はどこかのテレビ局の企画か、あるいは近くに山荘でも構える家族の子供がからかいに来たか、と考えたらしい。どっと嘲笑の声が上がる。
    「これ何のドッキリ? どこにカメラの人隠れてんの、早く出てきてくんないかなぁ」
    「そういうの好きじゃないんだよねー、出演料はずんでくれるなら別だけど!」
     黙ったままテントの中を眺めている少女に、リーダーは投げやりな声をかけた。
    「お嬢ちゃんも早くおうちに帰んなよ。俺ら眠くてさ、つきあってられないんだよね」
    「ガキはさっさと寝ろってかァ!?」
    「ばっかやめろよ、言い過ぎだって」
     全く取り合う気がないことを知ったのか、少女はひどく不快そうな顔で左手を突き出す。疾風の渦に呑み込まれてから、ようやく大学生らは少女の言葉が正しかったことを悟った。
     つまり、即座に退去しなければ殺されるという事を。

    ●闇に燃える
    「――いつの間にかテリトリーへ入り込んでたんだろう。登山客がダークネスを怒らせて襲われる予測が出た」
     成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)は山梨から長野にかけての地図を教卓へ広げ、赤丸がつけられた地点を指し示す。
    「名前はシロガネ。子供の姿をしたイフリート」
     覚えがある者もいるかもね、と言い置いてから樹は地図に落としていた視線を上げた。以前、セイメイが死後まもない遺体を利用しようとした件で、血気に逸った若いイフリートの中にその名がある。
     ゆるく波打つ銀髪に浅黒い肌、あかるい青の瞳で、6歳ほどの少女にしか見えない。
     その容姿と、就寝中という状況が大学生たちの判断を狂わせたのだろう。退去しなければ殺す、というシロガネの脅しにまともに取り合わず、子供の悪戯と侮った。
    「シロガネはこの辺りの山をテリトリーにしていて、以前学園と接触した時の教訓から、人と鉢合わせても殺したりはしなかったんだけど」
     もともと人命の是非など、ダークネスにとっては考慮の内に入らないものだ。むしろシロガネは退去の機会を与えるぶん、穏健派と言っていい。その怒りにふれた4名の大学生は、このまま放置すればヴォルテックスに酷似したサイキックで切り刻まれる。
    「介入できるタイミングも、シロガネがサイキックを行使する前には到着できない。言い聞かせて大人しく従わせられる状況でもないね」
     救出するには、灼滅者自身が盾になるしかないだろう。無理矢理シロガネとテントの間に割り込む形になるが、通常の依頼でも盾役が必ず被弾を肩代わりできるとは限らないのと同様、必ず庇えるわけではない。
    「単純に人数を増やせば確率は上がるだろうけど――絶対じゃない以上、犠牲は充分ありうる。シロガネとの戦闘も避けられないからには、立ち位置の移動にかかるタイムロスをどう考えるか……」
     切り捨てるべきか、代償を払って残すか。守ろうと動くあまり布陣が総崩れになっても本末転倒、線引きはメンバーの体力面も考慮したうえで検討するべきだろう。
     月の出ていない夜だが最低限の明るさはあり、場所もひらけた草地なので広さに困ることもない。当然山深い場所なので邪魔が入るはずもない。
    「ただ言って聞くような状況じゃないけど、いわゆる『殴って言う事聞かせる』的なことは試せるかもしれない。以前の報告から考えれば会話はできるから、ある程度削ったうえで撤退するよう持ちかける、とか」
     もちろんダークネスに『殴って言う事聞かせる』のは口で言うほど簡単な事じゃないけどね、と樹は溜息をついた。
     シロガネはファイアブラッドのものに酷似したサイキックとヴォルテックス、フォースブレイクを使用し、マテリアルロッドと思われる樹木の枝のような杖で武装している。難しい事を考えるのは苦手だが子供扱いされることを嫌う性格なので、会話を試みる場合は言葉を選ぶ必要があるだろう。
    「色々と難しい依頼だと思うけど、納得のいく結果が出ることを祈っているよ」


    参加者
    中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248)
    結城・桐人(静かなる律動・d03367)
    蓬莱・烏衣(スワロー・d07027)
    リーファ・エア(夢追い人・d07755)
    園城・瑞鳥(フレイムイーター・d11722)
    綿貫・砌(強く優しいあの人たちのように・d13758)
    海川・凛音(小さな鍵・d14050)
    天使・翼(ロワゾブルー・d20929)

    ■リプレイ

    ●闇に駈ける
     真夜中の斜面を、蓬莱・烏衣(スワロー・d07027)を先頭に灼滅者たちが駆け上がっていく。月のない夜だが、街灯のない山奥とあって星明かりだけでも存外明るかった。
    「何もさ、殺す事はねぇじゃん。一般人は護り通す、シロガネは話し合って穏便に帰す、そうすりゃ誰も死なない。簡単な話じゃねぇか」
    「そう……ですね。勧告を聞いてくれれば楽だったのですが」
    「可愛い子死なせんの勿体無いしね」
     にひひ、と笑って最後は冗談めかした天使・翼(ロワゾブルー・d20929)の声に、海川・凛音(小さな鍵・d14050)は肩越しに振り向く。ふと綿貫・砌(強く優しいあの人たちのように・d13758)がついてきているか気になったのだ。
    「忠告を聞かねば攻撃も辞さないのはわかるが、だからと言って無益な殺生をさせるわけにもいかねぇ。悪役にするわけにもいかねーし」
     倒木を躍り越えた中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248)を横目で眺めた結城・桐人(静かなる律動・d03367)が、ちいさく短い吐息をつく。
     シロガネが警告で済ませようとしてくれた事は、嬉しかった。ダークネスの中ではそれでも穏健派であるということもわかっている。しかし。
    「結局価値観が違うんです。彼女にしてみれば、蝿を叩いたのと同じ感覚なんでしょう」
     ――それに血肉をガイオウガに捧げられたら危険そうですしね、と続いた言葉をリーファ・エア(夢追い人・d07755)は呑み込んだ。いま口にすべきではない言葉である事くらい、わかっている。
     ともかくシロガネが今回、人を殺めない事が大前提。もし大学生が死亡してしまうならもちろんのこと、今後人を殺す可能性があるなら逃がす理由もないと園城・瑞鳥(フレイムイーター・d11722)は考えている。
     やがて森が開けてきて、濃いオレンジ色の三角テントが烏衣の視界をかすめた。
     星明かりに浮かびあがる、白い小さな背中。突如渦をつくって吹きすさんだ烈風に銀色の髪が舞い上がる。
     小細工をするより直接飛び込んでいくべきと判断し、桐人は銀都の襟首を掴もうとしていた腕を引き戻した。考えてみれば、銀都を投げこむよりそれぞれ自分の脚で到達したほうが何倍も確実かつ絶対に速い。

    ●闇に燃える
    「風よ此処に!」
    「その攻撃、ちょっと待ったー!!」
     桐人が銀都を投げずに大学生を庇う方向へ作戦を変えたのを見てとり、瑞鳥が翼へ伸ばしかけていた腕を引っ込める。リーファもダブルジャンプをした所で加速などできないことを思い出し、シロガネとテントの間へ飛び出した。
     鬱蒼と生い茂る樹木の葉が千々に舞い、疾風の渦となってテントを襲う。テントから顔を出していた大学生の顔が驚愕に、次いで絶望に歪んだ。
     テントの生地が引き裂ける甲高い音、複数の悲鳴。
     全身を、無数の刃に切りつけられているようだった。目元をやられないよう両腕を顔の前にかざした凛音は、自分を含め大学生を庇おうと割り込んだ盾役を見ようとして――その人数が申し合わせていた数に達しない事に愕然とする。
     一人でも多く、そして確実に庇えるよう、シロガネからの初撃に耐えるため五名を割いたのではなかったか。
     盾役ではないにしろ可能なかぎり庇うよう動いている者もいるにはいたが、これでは。
     どこか血が引いていくような錯覚を覚えた翼が、背後に庇ったオレンジ色の布の塊を振り返る。周囲には烈風の名残がごうごうと音を立てて荒れ狂っており、ずたずたに裂け原型をとどめていない布の塊の中からふたつみっつ、大学生とおぼしき人影が這い出してくるのがわかった。
    「敢えて名乗ろう、平和は乱すが正義は守るものっ! 中島九十三式・銀都だ、すまないが俺たちの話を聞いてくれないかっ」
    「うるさい、どけ!」
     全くもって聞く耳持たぬという風情でシロガネは杖を向ける。今自分が相対している八人が、ただの人間ではないことにすら気付いていないようだ。
    「その軌跡はまさに流れ星ってね、スターゲイザー!」
    「これはテレビ番組じゃねぇんだ! 死にたくねぇならさっさと逃げろ!」
     間髪いれずシロガネへ神速の蹴りをしかけに行くリーファを横目にしつつ、烏衣はテントから這い出してきた大学生へ向かって叫ぶ。
     うあぁ、あああ、とまるで意味を成さない悲鳴をあげ、足腰が立たなくなっているのか、芋虫のように寝袋を中途半端に抜けだそうとしたまま草地を這っていこうとしているようだった。
    「頼む、今日の事は勘弁してくれないか! そっちの怒る理由ももっともだ、次はないようにする」
    「だまれ! てきはころす!」
     さしずめその目に見えているのは、テリトリーを侵した許すべからざる相手を守ろうと割り込んできた、新しい人間の一団といった所だろうか。完全に怒りに我を忘れて杖に業火を宿し殴りかかってくるシロガネは、まさしく炎の幻獣そのものと言える。
     瑞鳥が撃ち出した光の刃に、白い衣服の裾が弾け飛んだ。うるさげにひとつ腕を振ったシロガネがたった一足で距離を詰めてくる。
    「くぅッ……!!」
     至近距離から叩き下ろされた杖をロケットハンマーで受けたものの、瑞鳥の全身が悲鳴を上げた。体躯だけを言うなら瑞鳥の胸くらいまでしかないはずなのに、魔力を伴ったシロガネの杖の重さは尋常ではない。
     これをもし受けきれなかったら、と考えてしまい瑞鳥の掌へ嫌な汗が浮く。互いに得物を突き放すようにして一度仕切り直すと、盾から立ち位置をかえた凛音に援護された翼が瑞鳥と入れ替わる形でシロガネの懐へもぐりこんだ。
    「ちっと痛いが我慢しろよ」
     巨大な斧が唸りをあげ、どこからどうみても子供にしか見えないイフリートの胴を薙ぎ払う。吹き飛ばされたシロガネの身体が宙を舞った。
     その隙に桐人はシロガネからの初撃で負った傷を癒やしに入るが、頭の後ろのほうにわだかまる嫌な予感を拭えずにいる。微弱な、冷たい頭痛に似た予感の原因は何かと考え、そして何気なく、攻め手を止めている砌の視線を追いかけた。
    「砌、どうし、――」
     開けた草地の真ん中、ずたずたに裂けて潰れている三角テント。
     もし今夜、月光が降り注いでいたならそこに何が見えただろうか。思わず言葉を失った桐人に気付いた烏衣もまた、事態を知ってごくりと喉を鳴らす。微妙に膨らんだままのテントの下には置き去られた荷物もあるのだろう。しかし。
     灼滅者たちが見つめるボロ布と化したテントの端に、じわりじわりと広がってゆく赤黒い染み。遅れて届いた夜風は、濃密な血臭を連れていた。

    ●闇に問う
     翼によって強かに吹き飛ばされたことで多少頭が冷えたのか、身体を起こしたシロガネにすぐさま攻勢に転じる気配は見えない。
    「……力を示せば、怖がって逃げたと思うぜ」
     第一、殺してしまったら忠告も相手にはわからずじまい。シロガネを悪者にはしたくなかった、という銀都の一縷の願いは砕かれてしまった。
    「なんだ……すれいやー、か」
    「気付いてなかったのかよ……」
     烏衣がどっと肩へ疲労感をにじませる。クロキバと協力している今、その間は不要な戦いは止めるという約束を取りつけたうえ撤退を促すつもりだったが、大学生に被害が出ないという前提での事だ。
    「一般人はシロガネさん達にとって、戦うに値する相手ではなかったでしょう」
    「殺さなくたって方法はあっただろうよ……立ち入り禁止の看板立てたりとか。テリトリー護る方法も教えるし、手伝おうと思ってたんだよ」
     なんとか矛を収めさせ説得できないものかと思っていた凛音も、こうして被害が出てしまった以上は共通方針に従いシロガネを灼滅するしかない。もし軋轢が生じれば手を貸すと申し出るつもりでいた翼もまた、やるせない思いだった。
    「前、クロキバが必要以上の被害が出る事を望んでいないのは聞いただろう。お前がやった事は、まさにそれだ」
    「シロガネは、ニンゲンにやさしくしてきた! でていけばころしていない!」
     これはクロキバの意に反する行動であったと告げる烏衣に、心外と言わんばかりにあかるい青の瞳を瞠ってシロガネは叫ぶ。
    「なわばりからでないなら、てきだ。シロガネは、なわばりをまもった。クロキバがおこるのはおかしい!」
     以前若いイフリートたちが先走った件と、今回の状況と経緯が違うことに灼滅者たちは思い至る。クロキバはシロガネが一般人の安全に配慮しないため死者が出かねないと言ったのであって、今回と同じく殺すべき敵と見ていたわけではない。被害が出ようが意に介しないのと、殺すべき敵、とでは意味が違う。
     一派のイフリートが灼滅されるのもやむなしとのクロキバの言質はあるが、縄張りを侵し敵とみなしたとしても殺すのは悪、という人間の都合がダークネスに通じるはずがないのだ。
     どれほどの人間と遭遇してきたかなどわからないが、なにより翼の嗅覚がたった今までシロガネが誰一人手にかけてこなかったのは真実であると告げている。ただひとつ残念なのは、それももう過去の話である、という現実だが。
    「すれいやーもてきをころす! シロガネだけわるいのは、おかしい!」
     ダークネスを数多く葬ってきた灼滅者と一体何が違うのか納得いかない、といっそう声を荒げるシロガネへ、リーファは霊犬の【猫】を撫でながら溜息をつく。
     そもそも不殺を取り付けたとしてもここで得られたはずのものはただの口約束でしかなく、それは確約とは言えない。
     もともと瑞鳥ともども会話に加わる気はなかったので黙っていたが、瑞鳥とリーファが見るかぎり話はどこまでも平行線だ。ダークネスと人間の価値観は根本から相容れない以上、何を訴えたとしても無駄だろう。
    「せめて少なくとも、クロキバと俺たちとの関係が、悪くないうちは……人は、殺さないで欲しかった。クロキバがそれを望むようになった時にまで、強制するつもりも、なかった」
     桐人自身、言葉が過去形になってしまうのが残念だった。
    「君が、警告で済ませようとしてくれた事。俺は嬉しかった」
     ダークネスと人間の間に横たわる、深く暗く、冷たい川。それが埋められることは決してないのだ。

    ●闇に消える
    「殺界形成が使えれば、こんな事にはならなかったのかもしれませんね」
     悲しげに目を伏せた凛音の声音に何かを感じたのだろうか、シロガネはこほりと一つ小さな咳を落としてマテリアルロッドを持ち上げる。
    「猫!」
    「お前は子供じゃなくて……しっかりしてるなら解るだろ。悪いが、こうなった以上は倒す……!」
     【猫】がリーファの声に従いシロガネへ向かって駈けだした。恐らく格上と思われる相手、まずは動きを封じるべく烏衣は瑞鳥と共に間合いを詰める。瑞鳥のロケットハンマーが白煙を噴きあげた。
    「この先、誰かがお前のせいで不幸になるのは見過ごせないからな!」
     渾身のロケットスマッシュをシロガネはぎりぎり去なし、続けて死角から襲いかかった【猫】の斬魔刀をバックステップで躱す。が、さすがに烏衣がたたみかけてきた蹴り技までもは躱しきれなかった。
     相手が巨体ならばまだしも自分より体躯の小さな相手、とっさに下段の回し蹴りへと切り替えてのスターゲイザーにシロガネは苦痛の声を上げる。さきほど翼に薙ぎ払われた左脇を銀都は無敵斬艦刀【逆朱雀】で狙いにいった。
    「俺の正義が真紅に燃える、無益な戦いを終わらせろと無駄に叫ぶっ! くらえコノヤローっ!」
     炎を吹き上げる得物が伝えてきた、重く確かな手応えに銀都は内心複雑な気分になる。灼滅しなければならないと理解してはいる、しかしだからと言ってすぐに割り切れるほど、まだ非情にはなれない。
    「シロガネ、は、ガイオウガのせんし」
     小さな身体を折って咳き込んだシロガネの口元に、火花が散る。
    「せんしはしぬまで、たたかう!」
     肩で息をしながら撃ち出した炎の奔流が翼をはじめとした前衛を呑み込むが、その凄まじさにまだ目立った陰りは見えない。すかさず桐人が回復にまわり、足りぬ分はそれぞれが自己回復で補う。
     もし今回のようなことで戦う必要がなければ、何か違う未来があったのだろうか。巧みに蛇咬斬と妖冷弾を織り交ぜてシロガネから自由を奪い、かつ思いを押し殺して攻撃に徹する凛音の胸の中もまた晴れることがない。
     やり場のない思いがひどく渦巻いていて苦しかった。
    「もし目的が一致するのであれば、協力したかったのですが」
    「オレ達が何とかしてやれれば、な」
     一度は申し出ようと考えていた『次』の機会。それがもう永遠に来ないことを、翼もまた受け入れざるを得なかった。星明かりしかない夜だけに影業のフォルムは見えにくいが、闇夜にはじけた赤い炎がその存在を知らせる。
     さすがに効いてきたのか、一瞬シロガネが足をもつれさせたのをリーファが見逃すはずもなかった。果たして顕現するべきトラウマがあるのかどうか想像もつかなかったが、続けざまにクルセイドソード『L・D』に影を纏わせ放った一撃は確実にシロガネを消耗させる。
     瑞鳥もそうだったが、元々シロガネに対し思う所のないリーファは感情に惑わされることがなかった。冷静に攻めどころを見極め、着実にダメージを積み上げてゆく。
     小さな背中に炎の翼が顕現し、草地に小柄な体躯の影を浮かび上がらせた。シロガネの一撃一撃は確かに重いが、灼滅者の数の有利は簡単に覆せるものではない。
     何より行動阻害をキャンセルする手段を持たないシロガネには、八名もの灼滅者相手に早いうちに勝負を決めきれなかった時点で圧倒的不利に陥ることは明白だったのだ。
     果たしてその炎がレーヴァテインによるものなのかバニシングフレアによるものなのか、凛音にもわからない。肌の色は浅黒いのになぜか不思議と白い印象のあるシロガネだが、今や全身が炎に包まれどこまでも赤く、そしてまぶしかった。
     リーファの剣をそれで受けようとしたのか、シロガネが杖を両手で支えて身体の前へかざす。クルセイドスラッシュの斬撃が光り輝く白い尾を引いた。
     ばちんと静電気がはじけるような音がして、シロガネの身体に火花が沸き立つ。
     シロガネさん、と思わず声を漏らした凛音の目に、ゆっくりと前へくずおれる小さな身体が見えた。かつてあれほど怒りに歪んでいたはずの顔は、不思議に凪いでいるように思える。
     その名にたがわぬ白銀(しろがね)の火花を散らし、幼いイフリートは宵闇の中にかき消えた。
     灼熱の炎が燃え尽きるように、灼滅という言葉通りに。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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