
豆腐屋のラッパが鳴る。
アパートと住宅が混在する、町はずれの住宅街。夕方、豆腐販売のリアカーが通りすぎる。
公園で遊ぶ幼児が、聞き慣れない音に顔をあげる。
「ばあちゃん、あれ、何?」
「おや、懐かしいねえ」
幼児に問われた老婆は、顔をほころばせる。昔はよく、この辺りにもリアカーで豆腐を売る業者が来たものだ。
豆腐のリアカーを引いているのは、これといって個性のない、中肉中背の男だった。
男の手には、べっとりと血濡れた包丁が握られていた。
「『リアカー豆腐の通り魔』という、都市伝説が出現しました」
五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は、端的にそう言った。
うわさを聞きつけたのは、雑釈谷・ヒョコ(光害・d08159)。見かけは一般的な豆腐のリアカー販売だが、その正体は通り魔なのだという。
「ふつうに商売もするらしいねー。ラッパの音で人をたくさん集めて、あるていど人が集まったら……一気に、ざくっ」
ヒョコはそんな風に説明をつけ足した。
――こいつはただの豆腐屋ではなく、何か思惑があるのではないか――。
そんな、移動販売屋に対する不信感が、都市伝説を生み出したという。
「この都市伝説は神出鬼没です。被害が拡大しないよう、一刻も早い灼滅をお願いします」
「ほうっておいたら危険だもんねー」
姫子は言い、うんうんとヒョコも頷いた。
都市伝説は、夕方過ぎにある街区に現れる。そこは小学校と中学校の通学路で、近くに公園もあるため、人通りはそこそこあるという。
「敵は『豆腐売りの男』と『豆腐が積まれたリアカー』です。個別に対処する必要があります。……まず、『豆腐売りの男』は戦って灼滅してください」
『豆腐売りの男』は、包丁で殺人鬼相当の攻撃をしてくるという。
「次に『豆腐が積まれたリアカー』。こちらも、サイキックで灼滅もできます。ただ、攻撃をするとリアカーも相応の反撃をしますので、普通に戦闘になりますね」
そして、戦闘にならずに灼滅できる方法が一つだけあります、と姫子は続けた。
「リアカーに積まれた豆腐を全て食べてください。豆腐売りの男さえ倒せば、豆腐はただの豆腐になりますから」
「前にたたかった都市伝説と同じなんだねー。全部食べないと灼滅されないのかな?」
ヒョコの指摘に、姫子は頷いた。
「はい。豆腐が全て食べきる事ができれば、都市伝説は消滅します」
豆腐は、リアカーに積まれたクーラーボックスの中にある。水の中にぷかぷか浮かんでいるので、取り出して食べてほしい。時間に制限はない。
「絹ごし豆腐と木綿豆腐が半々です。1丁400gの豆腐が、25丁あります」
味はとてもおいしいという。
「食べる人は、灼滅者でも、一般人でも構いません。けれど、リアカーから250m以上離れた豆腐は、食べかけでも残りがクーラーボックスの中へと戻ってきます。食べられないほど損壊した場合も同様です」
味つけも何もない、シンプルなただの豆腐なので、自由に工夫して、食べやすくして欲しいと姫子は言う。ちなみに、水切りをしてもいいようだ。
「たかか豆腐、されど豆腐。どう立ち向かうかは皆さん次第です。都市伝説の灼滅のため、どうかこの豆腐を食べ尽くしてきてください」
| 参加者 | |
|---|---|
![]() 巴里・飴(砂糖漬けの禁断少女・d00471) |
![]() 皆守・幸太郎(モノクロームの幻影・d02095) |
![]() 透純・瀝(エメラルドライド・d02203) |
![]() 草壁・悠斗(蒼雷の牙・d03622) |
![]() 伊勢・雪緒(待雪想・d06823) |
![]() 雑釈谷・ヒョコ(光害・d08159) |
![]() 天里・寵(桜が咲く頃・d17789) |
![]() ミツキ・ブランシュフォード(サンクチュアリ・d18296) |
●古きよき豆腐売り
ぱ~ぷ~、ぱ~ぷ~。
公園で子供が遊ぶ、往来もまだにぎやかな夕方の住宅街。リアカー引きの豆腐売りが、ラッパを吹きつつ道路を渡る。
「あいつだな、都市伝説『リアカー豆腐の通り魔』!」
透純・瀝(エメラルドライド・d02203)の横で、霊犬の虹もぴんと尻尾を立てている。
リアカーの豆腐売り、実は通り魔。……それが今回の都市伝説。おいしい豆腐は歓迎だが、通り魔は大迷惑だ。
(「豆腐は体にいいし、安いし、母ちゃんは減量にいいって喜ぶし、つまり正義!」)
「よし、物騒な方はとっとと片付けるぜ!」
まずは、売り手の男から灼滅を。
威勢よく宣言し、都市伝説に向かう瀝の後ろを、雑釈谷・ヒョコ(光害・d08159)が続く。
ヒョコは、かつて似た系統の都市伝説に会ったことがある。
「イモにつづいてこんどは豆腐か! モノで釣るのはよくないなー!」
悔い改めた豆腐屋になればいいのにな! と、意味なくぴかーと光るヒョコ。
「ヒョコってば、またすごい都市伝説見つけてきた、ね。お豆腐屋さん、に、いきなり刺されるとか、普通思わないし……」
「ぴょこちゃんが見つけてしまった以上、僕らも一役買いませんと」
ミツキ・ブランシュフォード(サンクチュアリ・d18296)と天里・寵(桜が咲く頃・d17789)は、ヒョコの後ろで囁き合う。
「豆腐売り男を撃破して、豆腐を食べるだけですよね。余裕です、余裕」
「めぐみ坊やは心強いですねー」
寵に声をかけつつ、巴里・飴(砂糖漬けの禁断少女・d00471)は、仲間の殺界形成と合わせてウンドシャッターを展開。
ほどなく、下校途中の小学生も、公園で遊ぶ親子連れも、潮が引くようにいなくなる。
『何だ、人通りが……?』
きょろきょろと周囲を見回す豆腐売りの男へ、背後からかかる声。
「こういう古き良き時代の光景にすら不信感を抱いて、都市伝説化させちまうとはな」
声をかけたのは、人払いのESPを使った皆守・幸太郎(モノクロームの幻影・d02095)。寂しい時代になったもんだ、と嘆息する幸太郎に続いて現れた伊勢・雪緒(待雪想・d06823)は、初めて見る豆腐を積んだリアカーに興味津々。
「この中はお豆腐ですか!? すごいのです、重そうなのです!」
『豆腐を買うかい、お嬢さん?』
豆腐売りの男の右手は、不自然に背中に回されている。
「……豆腐と通り魔を組み合わせるとは。相変わらず突飛な発想をしたもんだな」
だが、草壁・悠斗(蒼雷の牙・d03622)にクルセイドソード『天叢雲剣』をつきつけられ、男の表情がこわばった。
「突飛な豆腐屋は、旧型車で峠を爆走するだけで十分だ」
『俺は由緒正しいリアカー引きだ、ハチロクは乗らないよ』
「由緒正しいリアカー引きなら、大人しく豆腐を売っていろ」
『……豆腐も売るが、通り魔もやめられねえなぁ』
そう答えてにやっと笑う豆腐売りの男は、血塗れ包丁を腰だめに構えた。
●軽く準備運動
「おいで」
ミツキの言葉に、影技の鷹が現れる。滑空する影の鷹は、霊犬のういろうと共に豆腐売りの男に飛びかかる。
『全員、さいの目に刻んでやる!』
豆腐売りは血塗れた包丁を前へと突き出す。ヒュン、と空を裂いた包丁の先が、瀝の頬に赤い傷をにじませる。
「んなもん振り回すなよな! 豆腐売りの包丁は、そんな色に染めちゃ駄目だろ!」
飛びすさって距離をとった瀝は、手近な塀を足場に三角飛び。流星の煌めきを散らす青いエアシューズが、鋭い蹴りを都市伝説の腹に食らわせる。
「隙ありーっ!」
『ぐふぁっ!?』
ごろごろと転がり、地面に手をついて立ち上がる豆腐売り。その目の前に迫り、守りを固めるのは、壁役を担う瀝ら3人と、斬魔刀をくわえた3匹の霊犬。
ボーダーコリー風の霊犬は瀝の虹、黒柴風の霊犬はミツキのういろう。白柴の霊犬は雪緒の霊犬で、八風。
雪緒のいる後ろからは、霊犬達のふりふりする尻尾がよく見える。
(「もふもふ尻尾達がいっぱいなのです!」)
清めの風を吹かせながらも、雪緒の目はちらちらと霊犬達のもふもふ具合へと。
「雪緒ちゃんは、さっきから何を見てるのかな?」
「えっ!? いえっ、か、回復は勿論頑張るのですよ?」
飴に声をかけられて、雪緒の声が裏返る。
『豆腐の代わりに、この包丁をくらえ!』
「その包丁は、豆腐を切るために使うべきでしたね」
血塗れた包丁に、飴はあえて体をぶつけるようにして攻撃受けとめる。そうして、帯電する飴のアッパーカットを都市伝説の顎へと振り抜かれた。
よろめく豆腐売りの後頭部に、ごりりっとヒョコのマテリアルロッドがめり込む。ぴかりと光る杖は、魔力を豆腐売りの中で爆発させた。
「豆腐をもらうために、こいつは、とにかくさっさとやっつける!」
「ぴょこちゃんに続かせてもらいますよ」
寵もマテリアルロッドで雷を呼び起こす。
負けじと豆腐売りはラッパを口にあてる。精神を揺さぶり、意識をかすませる破壊の音波。しかしその程度の攻撃で灼滅者達は怯まない。
「来い、数珠丸」
悠斗は霊犬と共に、都市伝説を挟撃する。数珠丸の斬魔刀にひるんだ隙を狙い、悠斗が縛霊手『祭霊【明王】』を展開、霊力を放射。
「お前のカタは今、ここでつけさせてもらう」
「俺は朝食抜いてきたんだ、早く終わらせて豆腐をいただこう」
悠斗に続く幸太郎の閃光百裂拳は、かろうじて立っている都市伝説への決定的な致命打。
「行くぞ、虹!」
最後の一撃は、虹の斬魔刀とコンボで決まる、瀝のグラインドファイア。
「くらえ! 必殺・相棒クラーッシュ!」
とどめの蹴りをくらった都市伝説は、姿を留めきれずに空へと溶けていった。
●豆腐の攻略
豆腐売りは灼滅され、残ったのはリアカーに積まれた大量の豆腐。
「豆腐を全部食べるのです!」
雪緒はいそいそと包丁を取り出し、まな板シートの上で豆腐を切り始める。
「下準備は私がやりますので、調理する人はお願いしますなのですよ」
「あ、僕、薬味持ってきたんですよ」
寵は雪緒に皿を差し出す。切った豆腐に、寵の持参した刻みネギと鰹節、そしてめんつゆをお好みでかければ――。
「冷や奴、ね。おいしそう」
「どうぞ、ミッキちゃん」
寵から受け取って、ミツキは冷や奴を一口。美味しさにふっと頬をゆるめる。
「ほぉ……いい豆腐だな」
冷や奴を口にした幸太郎もうなる。
大豆の味と香りが濃く、舌ざわりはなめらか。薬味とめんつゆが豆腐の味を引き立てる。
「うっし! 武蔵坂学園お豆腐料理キャンペーンだぜー!」
かちゃかちゃと、瀝はカセットコンロを組み立てる。悠斗のカセットコンロとナベも並べて、お湯の中へと豆腐を放り込む。……あっつあつの湯豆腐のできあがり!
「普通の豆腐だけ、じゃ、アレだし。絹豆腐、もらう、ね」
ミツキがつくるのは白玉団子。豆腐でつくると柔らかくてもちもちしたお団子になる。
「距離的に250m制限があるし、キッチンがある訳でもないからな……」
できることには限界があると、悠斗は湯豆腐からまず攻略開始。
「冷や奴にポン酢もいいですよ。はい、ヒョコちゃんの分」
「うん、ありがとう」
「寵、湯豆腐にも薬味もらうぜ」
実食担当の飴とヒョコ、つくりながらも食べる瀝。悠斗も湯豆腐を皿にとる。
「豆腐は、中々に侮れない食べ物でな……」
語りながら、幸太郎は手際よくフライパンに水を入れ、市販の麻婆豆腐のもとを投入する。
「確かに豆腐単体の味はシンプルだが、その分、他の食材との親和性が非常に高い」
そして、さいの目に切った豆腐をフライパンにイン。
「加えて、原料は『畑の肉』と称される大豆で栄養も豊富……おっと、薀蓄語ってる場合じゃない」
少し煮立ててトロミ粉液を入れれば、あっという間に麻婆豆腐の完成。味は甘口と辛口の二種類。
「カレーだって、市販のルウで美味いものができる。麻婆豆腐だって一緒だ」
幸太郎は弁当箱のご飯も取り出す。麻婆豆腐のまま食べてもいいし、ご飯に麻婆豆腐をかければ麻婆豆腐丼。
次々に完成する料理を、みんなで食べていく。
「僕、客引きしてきます」
「私も行くよー」
早々に箸を置いた寵に、冷や奴をちまちまつついていたヒョコが続く。
ヒョコはおもちゃのラッパで、ちょっとチープな、豆腐屋と似て非なる音を響かせる。
「豆腐の試食会だよー」
「あなたにもぜひ、おいしい豆腐を。こちらへどうぞ」
寵が手をとって声をかければ、買い物帰りの主婦は顔を赤くしてこくんと頷く。その様子に、ヒョコがひゅーひゃー、と口笛をふいた。
「おおー、さすが最近やたらイケメンの寵さん! モテモテじゃーん!」
「この調子で子供から熟女まで連れてきてやりますよ。期待してください」
……まあ、ラブフェロモンをめいっぱい使っているからね。そうなるよね。
●食べきるのは結構大変
残りの豆腐はあと1/3。豆腐試食会と銘打って、道ゆく人にどんどん豆腐を食べてもらう。
「豆腐はタンパク質を初め栄養価が高くてな。食べれば俺みたいないい男になれるぞ」
甘口麻婆豆腐を子どもに配りつつ、さらなる蘊蓄を展開する幸太郎。
「じーちゃん、ばーちゃん、柔らかくて熱々の湯豆腐だぜーっ!」
「シンプルな冷奴もどうぞーなのですよ」
孫を連れた老夫婦へと、瀝がぽん酢をかけた湯豆腐を配る。雪緒もテーブルに並べた冷や奴を、通りがかる人に勧めていく。
「思ったよりは時間がかかるな」
地平線の下に沈みかけた太陽を見て、悠斗がひとりごちる。残りわずかな麻婆豆腐を温め直した幸太郎が、机に並べながらそれに答える。
「調理要員は多かったが、食べる者は少なかったらな。まあ、ゆっくり味わうのもいいだろう」
最後はさっぱりしたいと、幸太郎の手には冷や奴。
「はい、めぐみ坊やの分」
あとこれだけは食べてねと、寵の皿には飴から冷や奴が追加される。
(「やばい、豆腐、とっくに飽きました」)
しばし皿の上の冷や奴を眺め、ちらりと豆腐に取り組む面々を見る。気づかれないよう、寵はこっそりと足もとへ。
「ういろちゃん、冷や奴はどうで――」
「ういろは、こっち。白玉団子。これなら食べれる、よね?」
霊犬たちの前には、ミツキの白玉団子。ういろうだけでなく、八風も尻尾をぶんぶん振って、雪緒と並んで白玉団子をもぐもぐ。
「おっ。虹、美味いか? よかったなー」
団子に夢中な虹の頭を、わしわしと瀝は撫でてやる。
「さあ、もうちょっと食べようよ、寵さん!」
かくんと肩を落とす寵の背をヒョコが叩く。そういうヒョコも、さっきからちまちまとつまむだけだが。
「食べるのは大変ですけど、たくさんお料理があってワクワクです!」
「美味しいものがたくさんあると、うれしいですね」
マイペースで食べ続ける雪緒と飴は、食後のデザートにとミツキの白玉団子。
「最近あったかいし、抹茶シロップ、とか、かけたら美味しい、と思うの」
抹茶独特のほろ苦さと甘い風味りが、柔らかな口当たりの豆腐白玉団子によく合う。デザートならと、ヒョコも少しだけ皿にとる。
「……うん。ミツキさん、白玉団子おいしいよ」
少し形はいびつだけれど。それとも手作りならでは。
「よかった。お料理あんまり上手くない、けど、コレくらいなら大丈夫、な、はず、だから」
最後の豆腐を食べ終わる頃には、とっぷり日も暮れていた。
豆腐がなくなったリアカーの姿が薄れゆくころには、公園には街灯がぽつりと灯る。
「どうにか終わったな」
幸太郎は缶コーヒーで一服。
時間はかかったものの最後まで食べ続けた。お腹は正直苦しいが、豆腐は消化がいい。ほどなく腹はこなれるだろう。
「これでまた、平和で懐かしい風景が戻るといいな」
「通行人の人にもたくさん配りましたし。みんなで美味しく豆腐を食べたことで、都市伝説の怖いうわさが消えてくれればいいんですけれどね」
瀝の呟きに、しみじみと飴が答えた。
消えていくリアカーが、『おいしく食べてくれてありがとう』と灼滅者に言っているような、そんな気もしなくもない――そうだったらいいな。
「なんだろう……成仏させてやれたような気分だぜ……」
涙をぬぐうようなしぐさをする瀝。雪緒は、消えたリアカーのあった場所に手を振った。
「ごちそうさまでした。お豆腐、とてもおいしかったのです」
| 作者:海乃もずく |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
![]() 公開:2014年5月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 7
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