眩暈の色彩

    作者:麻人

     その男は名をヴェルティゴと言った。首に嵌めている首輪は従属の証。残虐を愛しむのはヴァンパイアの性なのか――。
    「赤」
     切り殺した女から流れる血の色。
    「赤こそ至上の色彩」
     全てを赤に染めろ。
     ぶつぶつと呟きながら一体どれくらいの赤が必要かと考える。彼は廃墟と化した街はずれの教会に居を構えていた。やっと束の間の自由を手に入れたのだから、少しくらい自分好みの根城を作り上げることに精を出しても構うまい、と。
     ヴェルティゴは深い赤を求めた。
     それは、眩暈を覚えるほどに愛しい色彩。

    「街はずれの教会に首輪を嵌められたヴァンパイアが棲みついてるみたいなんだ」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は説明を始める。
     それは、爵位級ヴァンパイアの奴隷たるヴァンパイア。
     目的は新潟ロシア村の戦いで行方不明になったロシアンタイガーの捜索――だが、長い間奴隷にされていた鬱憤晴らしに明け暮れて任務を放棄している最中なのだという。
    「ヴァンパイアの名はヴェルティゴっていって、根城にしてる教会の地下室を血で赤く塗りたくることに執着してる。四方のうち、残りはあと北だけ……」
     これが終われば満足して、事件――女を攫って血を絞り出すこと――をやめてロシアンタイガーの捜索を開始するだろう。
     だが、それを待つことなどできない。
    「いますぐ現場に向かって、ヴァンパイアの蛮行を阻止して!」

     ヴェルティゴが根城にしている教会は町の外れにある。
     教室三つ分ほどの小規模な聖堂の地下室が赤い血に塗れた彼の寝室。ヴェルティゴの行動は規則的で、深夜零時に教会を出て獲物をさらい、約一時間後に戻ってくる。
     バベルの鎖をかいくぐるため、戦いを仕掛けられるのは夜の間のみ。彼が出かけるところを狙うか、帰って来たところを狙うか。
     あるいは、それより前――もしくは後。
     いずれにしても日が暮れてから夜が明けるまでが勝負だ。それ以外は察知されて逃げられる可能性が高い。
    「ヴェルティゴは好戦的というよりは非情って言った方が近いかな。ただ血液に対する執着はすごくて、武器も解体ナイフを好んで使うみたい」
     執着は狂気となって獲物を欲し、毒の風をもって戦場を支配しようとするだろう。

     ぬるい風が街を吹き抜ける。
     血の匂いに気づいた者は、まだいない。


    参加者
    色射・緋頼(兵器として育てられた少女・d01617)
    殺雨・音音(Love Beat!・d02611)
    村山・一途(静止領域・d04649)
    水無瀬・楸(蒼黒の片翼・d05569)
    皇樹・零桜奈(漆黒の天使・d08424)
    攻之宮・楓(攻激手・d14169)
    十六夜・深月紅(哀しみの復讐者・d14170)
    システィナ・バーンシュタイン(マスカレイドミラージュ・d19975)

    ■リプレイ

    ●夜闇に紛れるモノ
    「――……」
     それは狩り。
     ヴェルティゴはいつも通り、深夜零時になると同時に教会を出た。かなり老朽化が進み、扉を開けるのにも一苦労する錆びついた蝶番。
    「やれやれ」
     あと少しの間持ってくれるかどうか――溜息をついた時、にわかに視界を両断する漆黒の太刀筋――!
    「それでは、格好つけて生きて潔く死にましょう」
     それはカードに封印した力を解放する一言である。
     村山・一途(静止領域・d04649)は何を考えているのか分からない瞳にヴェルティゴの昏い双眸を映して告げた。
    「貴様らは――」
    「ヴェルティゴちゃんは赤が好き?」
     歌うような――否、それは既に歌そのものだった。
     道化、とヴェルティゴが呟いたような気がする。目立たないように帽子をぎゅっと目深に引きずり下ろして殺雨・音音(Love Beat!・d02611)は「ファイトっ、皆☆」と囁いた。言われなくとも、と色射・緋頼(兵器として育てられた少女・d01617)は縛霊手を展開し、霊糸を蜘蛛の巣のように吐き出す。
    「灼滅者の役目を果たすと致しましょう」
    「つーわけで、ちょいとそこの陰気な悪趣味野郎さん、あっそびましょ」
     水無瀬・楸(蒼黒の片翼・d05569)は彼の視界から音音を庇える射線上に飛び込んで、クルセイドソードを斜め下から斬り上げる――手加減なしのクルセイドスラッシュだ。
    「くっ……」
    「ソノ死ノ為ニ、対象ノ破壊ヲ是トスル」
     燃え上がる炎は澄んだ蒼。
     皇樹・零桜奈(漆黒の天使・d08424)は鬼神化した腕で、他の仲間と共にヴェルティゴを扉の奥、即ち建物の中に押し込んだ。
    「深月紅……無茶は……するな……」
     先んじて、零桜奈は心配の種である弟子を嗜める。
     十六夜・深月紅(哀しみの復讐者・d14170)は唇を噛み、一瞥のみを零桜奈に返した。その瞳には深い憎しみのような感情が浮かんでいる。
    「ようやく、アイツと、同じ、ダークネス、殺せる」
     絶対に、逃がさない。
     ――殺す。
     弾かれたように跳躍。
     放たれた制約の弾丸がヴェルティゴの肩を貫き、同時に複数の明かりが彼らの腰や手元で瞬いた。
    「逃がさないよ」
     システィナ・バーンシュタイン(マスカレイドミラージュ・d19975)はガンナイフを器用に操り、零距離で組み合いつつ教会の中へと踏み込んだ。
     事前の調査でこの扉以外に出入り口が無い事は確認済みだ。ステングラスの窓は全て嵌め殺しで、そう簡単には逃れられない。
    「よっ、と」
     最後方の音音は自らの背に扉を隠した。
     奇襲によって受けた傷を手で抑え、後ずさるヴェルティゴに一途は予言の理を瞳に宿しながら迫る。
    「痛いですね。そういうものですから」
     続けて、緋頼の見えざる剣戟。
     ヴェルティゴの解体ナイフと激しい鍔迫り合いを演じる。
    「邪魔を、しないでくれるかな……」
     低い呟きには苛立ちの色が混じって聞こえた。これからという時に邪魔をされたのだ。相手が灼滅者であることを差っ引いても歓迎できるわけがない。
    「あと少しで完成するんだ。それからでよければ、お相手しよう」
    「はっ、悪趣味野郎の言う事なんざ聞いてやれっかよ」
     楸は笑い飛ばすだけでなく、実際に彼のナイフを弾き飛ばすように黒死斬を放った。ガキィンッ――鈍い金属音が教会内に反響する。
    「そんなに赤色が好きなら存分に染めたげるよ……あんた自身の血でね」
    「できるものなら――」
     皆まで言わず、ヴェルティゴは指先で血濡れた刃を繰った。
    「ちっ」
     胸元をごっそりと抉り取られた楸は不敵に唇を舐める。挑発成功、といったところだろうか。
    「庇う手間が省けていーぜ」
    「うわ~、ネオンぐろいのには耐性ありませ~ん」
     傷口を見ないように両手で顔を覆い、音音の紡ぐ防護符が楸の傷を塞いで癒す。足りない分は緋頼が祭霊光で補った。
    「思慮の足りない奴隷でしたら倒せますよ」
     と、それは先ほどのヴェルティゴが言いかけた台詞に対する答えである。
    「ほう」
     再び閃く刃。
     毒を孕む闇の嵐がいっそう激しさを増して吹きすさぶ。敵はヴァンパイアだ、決して甘い相手ではない。
    (「知ってる」)
     わかっている、だから、だから――。
    「絶対に、殺す」
     深月紅は低く呟いて、左目から薙がれる血を七色の炎と輝かせながらレーヴァテインの炎でヴェルティゴの周囲を覆い尽くした。

    ●狂彩
     闇と埃と錆に支配された聖堂を人工的な光が満たすのは一体何年ぶりなのだろうか。座るものの無い椅子を濡らす、血の赤。
     それは命の色だ、と一途は知っている。
     脆く儚く、そしてなにより尊い色。
    「駄目ですよ、穢しては」
    「穢す?」
    「命は、いたずらに奪うものではありません」
     告死の刃と毒を散らす嵐のせめぎ合い。
    「命……」
     なるほど、とヴェルティゴは頷いた。
    「どうりで話が合わぬはず……命など、至上の色彩の前には霞んでしまう代物よ」
     突き出された解体ナイフが零桜奈に到達する寸前、滑り込んだ攻之宮・楓(攻激手・d14169)の腕を切り裂いた。血――ヴェルティゴの顔に陶酔の色が浮かんだ。
    「うわぁ……」
     システィナは気味悪げに顔をしかめる。
    「まったく、いい趣味じゃないね。いったいどれだけの人が犠牲になったのかな」
     ヴェルティゴのまき散らす霧に対抗するように、システィナは次から次へと技を繰り出した。一途と連携して常に一定のエフェクトがヴェルティゴの行動を阻害するかのごとくのしかかる。
    「ボクも闇堕ちしたらこんな非行に走ってしまうのかな」
    「まさか」
     楓は高らかに笑った。
    「こんな悪趣味、ヴァンパイアからしても下の下ではなくて? ほら、血がお好きなのでしょう、わたくし達の血には興味はございませんの?」
     ガッ、ガッ、ガッ!!
     楓が攻撃にいそしむ様はその名の通り『攻激手』。攻め手としての矜持が楓に引くことを許さない。その全身から血を迸らせながら行う蹴撃は炎と流星を交互にまき散らせながらヴェルティゴを押し始めた。
    「血――」
     ヴェルティゴは好戦的なのではなく、非情。
     その興味は色彩にしか向かず、故に彼の意識は戦いよりもその度に咲く赤の色に注がれる。
    「隙、だらけ」
     零桜奈と双翼の剣と化して、深月紅は糸を通すような正確さで解体ナイフを繰った。
    「っ……!!」
     さすがに、これだけエフェクトが重なると辛い。
     生憎とキュアの持ち合わせがないヴェルティゴは為す術なく、己も解体ナイフで意趣返しする他なかった。
     一歩、また一歩と壁際に追い詰められる。
    「ほら、あなたの血だって赤いのに」
     一途の言い放つそれは強烈な皮肉だ。
     だが、灼滅者たちの負う傷もまた、深い。ぽう、と一途の縛霊手に陽炎のような光が舞い降りる。
    「水無瀬さん、大丈夫ですか?」
    「はーん、こんぐらい平気」
     頬の血を拭い、楸は飄々と笑ってみせた。
    「使いも満足に果たせない幼児以下の敵に負けるわけないしねー」
    「…………」
     あからさまな挑発に、ヴェルティゴの眉がぴくりと動いた。
     反応すれば敵の術中にはまることになるし、無視すれば認めたことになる。手詰まりというやつだ。
    「どちらが悪趣味なのだか……」
     自らの性癖を棚にあげ、独り言つ。
     おや、と音音が片方の眉だけを器用にあげた。
    「それって褒め言葉だったりして?」
     前髪を一房持ち上げて、ウインク。
    「そうそう、ネオンも血は好きだよ。大好きな弟と繋がってる証だから。でもね、赤はキライかな……」
     とん、とんっ、と跳ねるように移動する足跡が巨大なオーラの法陣を描いてゆく。帽子を手で抑え、「あはっ♪」と笑った音音は次の瞬間にはもうしゅんと肩を落としていた。
    「ヴェルティゴちゃんの赤も綺麗だけど、痛そうだね」
     カッ――。
     発動する天魔光臨陣。
    「このまま、最後までお願いします。私も回復に専念しましょう」
     緋頼は瞬時に戦況を把握して、自らもセイクリッドウインド――聖なる風を呼び起こした。指先を起点として吹き抜ける清涼な空気の流れは、ヴェルティゴが満たした重たげな霧ごと払ってしまう。
    「くっ」
     反撃は強烈な暗示をもたらす赤十字――!!
     しかし、それを読んでいた楸は集気法でそれを払う。
    「……すまない……」
     短く礼を呟いて、零桜奈は溜息をついた。
    「奴隷……風情が……醜いな……」
     指先で操るワイヤーの先で、ギュルンと旋回する断罪輪。
    「さようなら、ですわ。同じ赤でも紅葉でも眺めていれば良かったのでしょうに……」
     清めの風が最後の毒を払う。
     楓はもう一度、エアシューズで駆けた。隣に深月紅とシスティナが並び立つ。彼らは三方からヴェルティゴを壁際に追い詰めて、一気に勝負を決めにかかった。
     システィナのガンナイフが深々と喉を抉り、深月紅の解体ナイフが胸元に突き刺さる。
    「そんな……」
     自らの愛する色を吐きながら、ヴェルティゴは頼りなく視線をさまよわせた。
    「綺麗なもの、見られましたか?」
     一途の問いかけに頷きかけて再び、血を吐く。一瞬にしてヴェルティゴの体は灰と化し、聖堂に散った。

     がらがらと、地下室が崩れてゆくのを一途は真っ直ぐな瞳で見つめていた。弔いは手を組み、祈ることだけ。
    「……では、帰りましょうか」
    「お疲れさま♪」
     音音は彼女らしい表情で仲間を労った。
    「ったく、抑えつけられて鬱憤溜め込んだ奴ほど性質悪いモンはないねー」
     全てを済ませた楸はそれだけ言ってさっさと背を向ける。長居はしないとばかりに深月紅は既に姿を消していた。気づけば零桜奈の姿もない。
    「甘いものでも食べて帰らないって誘おうと思ってたのになー……」
     結局ロシアンタイガーの手がかりは見つからなかった。システィナはぼやいて、一途の後を追いかけるように教会を後にする。
     楓はもの言いたげに教会を振り返り、黙祷するようにまぶたを伏せた。緋頼と並び、帰路につく。
     教会は何事もなかったかのように沈黙している。その内部がどれだけ変わろうと、何も知らない街はただ静寂の闇に埋もれるばかりだった。

    作者:麻人 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年5月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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