ふぉーちゅん☆きらー 未来殺しのキミについて

    作者:一縷野望


     ――切りそろえた前髪の元にそろう瞳が、胸を掻きむしりたくなる程に印象的だった。今思えばそれは、キミの拭い去りようのない哀しみだったんだね。
     転校生の墓中・現(はかなか・うつつ)は、艶やかな腰までの黒髪、人形のように整った顔立ちの、所謂『特別』な人だった。
     そんな彼女と僕、時進・来(ときすすみ・らい)の人生が交差するなんて、絶対にありえないと思ってた、あの日までは。

    「本当にいるのね『未来殺し』殺しの能力使いなんて」
     
     転校してきて一週間後に、彼女が語ったのはにわかには信じられない話だった。
    「私はね『未来殺し』って能力使いなの。具体的には、側にいてターゲッティングすれば、その人は未来を失うわ」
    「それって……」
    「死ぬのよ。偶然にしか見えない不幸に見舞われてね」
     彼女は続ける。
     この力があるせいで、幼い頃から『昏闇のご当主様』という、日本を……いや、世界を裏から操る『機関』に命じられて、人殺しばかりをしてきたのだ、と。
     病死や事故死で片付けられている有名人物の死には、彼女の能力が関わっていたことが少なくはないのだ、と。
    「そんなキミがどうして僕みたいななんの取り柄もない奴の所に来たのさ?」
    「『未来殺し』殺し」
     『機関』が探り当てた僕の力は、彼女の能力を『中和』してしまうのだという。
    「ご当主様と対立している『明瞭世界』っていう組織にあなたが渡ると都合が悪いから、殺すために差し向けたの」
     でも大丈夫、と……彼女は皮肉げに瞳を眇めた。
    「私にはあなたの未来を殺せないコトが証明された。私より遙かに強い『能力使い』だから」
    「じゃあ、墓中さんはどうなるの?」
    「あなたがいる限り使えない私だから、処分されるでしょうね」
     自分をゴミ籠に投げ捨てるように無造作に彼女は言った。
    「そもそも、私の『未来』はもうないの。この『未来殺し』の力は自分にも有効だから」
     ……でも、気づいてた。
    「ご当主様は私に追手を差し向ける、それだけで私は『不幸に見舞われて』死ぬわ」
     握った拳が小刻みに震えてるって。
    「そんなコト、させないよ!」
     刹那、はじめて彼女は笑った。
    「ありがとう。ね、来」
     白魚の指が僕を捕まえて、柔らかな胸へ導いてくる。
    「あなたの中に眠る能力ならば、私が自分の能力で未来を殺すのを防げるかも、しれない」
     潤む瞳に安堵を滲ませた笑みを、僕は守りたいと心から願ったんだ。

     ――その日から、僕は現と暮らし始めた。
     彼女曰く『未来殺し』の力を中和するには、出来うる限り共にいた方がいいのだそうだ。
     見知らぬ女の子と一緒に暮らす、それを親にどう説得するかは僕の取り越し苦労だった。
     あっさりと親は同居を認めてくれたのだ。
    「それもあなたの能力よ。目覚め始めてるのね」
     現は僕の手を取るとまた胸に押し当てる。
     とくん。
     心臓の鼓動。今だって彼女の未来は更新され続けてる。その未来を殺させなんか、しない。
     

    「淫魔の仕込みも手が込んできたね」
     しれっ。
     灯道・標(小学生エクスブレイン・dn0085)が語るには、これは淫魔の墓中・現が、強力なダークネスになる可能性を秘めている一般人・来を厨二的ラブで手なづけて、忠実な配下ダークネスへと仕向ける壮大なる計画なのだという。
    「来さん、結構ずぶずぶ。ぶっちゃけると闇堕ち寸前」
     駄目だ、はやくなんとかしないと取り返しがつかなくなるぞー!
    「とはいえ来さんは現に夢中だし、絶対守るんだーなんて主人公モード入っちゃってるから、真正面から言ったトコで聞きゃしない」
     だから。
     淫魔が用意した演出設定を利用して『なんとか』してこい。
     目標はダークネス最低1体の灼滅。
     大体の指針は3つ。

     その1、有無を言わさず襲いかかり現灼滅。
    「これはまぁ……まず来さんも闇堕ちしちゃうだろうねー」
     闇堕ちした来は現が目をつけるだけあって、非常に強いダークネスだ。2体を相手にするには相当骨が折れるだろうし、斃せたとしても後味が最悪なのは否めない。

     その2、引き離して現を灼滅。
    「たださ、来さんはすごい勢いで現を信頼してるからね。灼滅した事実を隠して『黙って現がいなくなった』とか綺麗事を並べても信じないと思う」
     恐らくは守りきれなかったと悲嘆に暮れて、来の魂は闇に喰われてしまうだろう。
     さりとてフォローせずに灼滅者達が去っても彼が堕ちるのは同じコト。確かに現を灼滅した時点で目的は達成できてはいるのだが。

     その3、設定を利用し来を説得。納得ずくで現を灼滅する。
    「具体的な方法までは提示できないのが申し訳ないんだけどさ……」
     来の世界への没頭はすさまじい。
     灼滅者達がこの世界観の中で登場人物を演じきりさえすれば、とっぴょうしもない言動も余裕で信じる可能性がきわめて高い。
     来の『現への信頼と恋心』をどこまで砕けるかが鍵だ。
     この方法がうまくいけば、来の今後の闇堕ちがなくなるのも見逃せない。 
     
    「現はサウンドソルジャーと咎人の大鎌に似たサイキックを使うよ。8人でかかれば苦戦する相手じゃない」
     標は息を継ぐと物憂げに瞼を下ろす。
    「闇堕ちした来さんはノーライフキングだね、バベルブレイカーめいた武器を操る彼は……強いよ」
     
     何にしても現は来を利用しようと騙しているのだ。
    「ミステリアスクール美少女が惚れてる、なーんてのは全部嘘。『未来殺し』って設定に負けないぐらいのアレコレをぶちあげて、来さんを魔手から解放してあげてよ」
     シリアス厨二な主人公に浸り夢見てる方が幸せかもしれないが――ま、それはそれ、なのだ!


    参加者
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    蓮華・優希(かなでるもの・d01003)
    ナタリア・コルサコヴァ(スネグーラチカ・d13941)
    月居・巴(ムーンチャイルド・d17082)
    オリシア・シエラ(アシュケナジムの花嫁・d20189)
    栗元・良顕(不燃物・d21094)
    紅月・美亜(厨二系姉キャラ吸血鬼・d22924)
    武藤・雪緒(道化の舞・d24557)

    ■リプレイ

    ●開演前の一時
     ――僕が現の特別になれた時から、世界が変わった。
     できる限り二人きりになって、ずっと手をつないでいる、彼女の『未来殺し』を中和するために。そんな行為が加わっただけで、僕の日常は鮮烈な色を纏った。
     僕の世界が鮮やかに咲いたように、彼女の淡い笑みが少しずつ深く濃くなってきている、それはきっと錯覚なんかじゃ、ない。

     放課後――。
     手をつなぎ廊下を歩く二人を、蓮華・優希(かなでるもの・d01003)は静かなる深海の瞳で見送った。
     キィ。
     屋上の鉄扉が開く音に、大人びた金糸が持ち上がる。階下から見上げたのは教育実習生のアリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)だ。
    (「成程、鍵を自由にできる程に学校を手中にしているのね」)
     設定を反芻、照れをしまい込み怜悧さ纏う。
     その脇をナタリア・コルサコヴァ(スネグーラチカ・d13941)とオリシア・シエラ(アシュケナジムの花嫁・d20189)の白と薄紅二つの桜が過ぎる。
     娘達の艶やかさを消すモノクローム、月居・巴(ムーンチャイルド・d17082)は足音も立てずに階段をあがる。ふらふらと後をついてくる伏し目の少年栗元・良顕(不燃物・d21094)に仮面越しの一瞥をくれて。
    「私の話す事は衝撃的すぎるから、割り込むタイミングが難しいかもしれないな」
     まだ人である武藤・雪緒(道化の舞・d24557)は小さく唸ると、明瞭世界の使徒達ともう一人の未来殺しの背中を見送った。
    「けれどそれが真実だからな」
     涼やかに言い切る紅月・美亜(厨二系姉キャラ吸血鬼・d22924)は、促すように三段上から雪緒を見下ろす。

    ●演者は躍る
    「あなた達は一体……」
     黙り込む現を背に庇いながら、来は突然現れた三人の使徒を睨みつけた。
    「私はナタリア。彼女の言う『明瞭世界』の使徒です」
     合わせて仮面の男が恭しく胸に手を置き頭を下げる、同意だと示すように。
    「明瞭世界の、使徒?」
     黒のスーツでも隠せぬナタリアの可憐さにごくりと唾を飲み下す。
    「我々は暴力での解決は望みません。ただ貴方に真実を理解して欲しいのです」
     オリシアの申し出に、つないだ現の指が震えた。
    『来。駄目よ、騙されないで』
    「わかってる。現は守る、僕の『能力』で!」
     酔っている。
     完全に。
    「……」
     壁に凭れた良顕は手元の本へ眼鏡越しの瞳を落とす。まずは皆の言い分を把握する。
    (「現の弟、未来殺しの実体化した姿、現の開発者……」)
     どれが状況に馴染むだろうか。良顕の脳裏には様々な設定が浮かんでは消える。
    「彼女はきみを道具としてしか見て居ない。きみはそれで良いのかい?」
     巴を皮切りに使徒達は異口同音。
    「ふざけるなッ! お前達が僕と来の何を知るって言うんだッ!」
     心が炙られ煤けるように闇に呑まれる、そんな手応えに現は内心ほくそ笑んだ。
    「君の魂は君の中に眠れるものに浸食されつつあることに気が付いているかな」
     させぬ。
     巴が音を閉じ込めた中、誰も巻き込まぬとの想いを殺気に変えた優希の閑雅な声音が蒼空を震わせる。
    「そう。未来殺しの真実は人の魂を闇に堕とすと言うこと」
     すかさずオリシアが乗った。
    「そんな酷い事、現が考えてるわけないだろう!」
    「彼女の話に違和感を感じませんでしたか?」
     ナタリアに諭されて、来の心にちくりと針で刺されたような痛みが走る。

    『あなたの中に眠る能力ならば……』
    (「――眠る能力って、何? 浸食って、僕は僕じゃなくなるの、か?」)

     苦悩しだした来の厨二っぷりに親近感をきゅんきゅんさせつつ、美亜も参戦だ!
    「我が名はレイリス・ミィ・リヴァーレ・輝・スカーレット。大いなる始祖の吸血鬼の末裔なり」
     もちろん澱まず一気に言える、いつもの事だからな!
     ちなみにオリシアは自分も始祖の血統……と、つられかけてかろうじて黙った。
    「我が妹はその未来殺しに殺されるのだ」
     妹の真名も長かったが来は遮らず最後まで聞いた、彼もまたシンパシーを感じたのだろうか。
     ちなみに妹さんは生存、うざがられてます。
    「きゅ、吸血鬼って、そんなの居るわけ無いでしょ」
     だが現は即否定する。
     自分が悪者にされるのはマズイ。妹など知らない、勝手に罪を着せないでいただきたい!
    「しらばくれるのかね『未来殺し』」
     ぴしゃり。
     扇子で叩くように和装青年雪緒が口を挟んだ。
    「失礼、私は武藤雪緒。そこの『未来殺し』に家族を奪われた者だ、間接的ではあるがな」
     正体を見せる、そう紡がれた刹那、目の前にはおぞましき緑の軟体がべちゃり、とコンクリートに水音をたてた。
    『スライムの家族なんて、知らない』
     淫魔、素で言った。
    「お前の『未来殺し』に抵抗するため、人の姿を失った私によくも言ったものだな」
     でも雪緒は赦してくれない。
    「妹が死ぬ度私は時を遡り……」
     負けじと身を乗り出す美亜だが、続ける事はできなかった。
    「――やりなおして、真実に辿り着いた」
     奪われた言葉尻は寸分違わぬ内容をトレースする。
    「「誰だっ?!」」
     美亜と来の台詞が被った、素晴らしい厨二シンフォニーだ。
    「こんにちは、皆さん。私は時空統合管理調整局『ノルニル』の時空調停官」
     上品な笑みを浮かべたアリスは、証拠を示すように一瞬だけ身を装甲に包みまた戻る。
    「あなたの遡りは32周前から計測されている。ちなみに――」
     ノルニルが不整合の原因を探るためループさせたのは82回、これが83回目。
     しれっとアリスが嘯いたよ。
    『ッ……口から出任せばかりね。これが『明瞭世界』のやり方よ』

     訳:よくもまあぺらぺらと、こちらの考えていない部分まで妄言吐きやがって。

    「…………」
     沈黙。
    『歴史が繰り返すなんて戯言ね。彼らは明瞭世界の差し向けた刺客。ねぇ、来……』
     不安塗した瞳で庇護欲をそそる。無表情系ヒロインを演じていたのは、平坦な演技でも最大限の効果を発揮するためなのだー。
     だが。
    「現はどうしてループを否定するの?」
     ――来は 現へ訝しげな瞳を 向けた。

    ●治ラズノ病~厨二病~
    『……は?』
     予想外の反応に現の顎が落ち声が裏返る。
    「ループ」
     来の瞳は現を見てない。
     もちろん、灼滅者も見ていない。
    「その『巡り』にいる存在は、謂わば脚本を知らず舞台に上げられた役者にすぎない」
     勝手に用語作って語り出したぞ!
    「僕達は今『脚本』の欠片を垣間見たんだ。それを『信じられない』だけなら、わかる。でも現は『明瞭世界の嘘』だって決めつけた」
    『え、ええ』
     ――どうしよう、なにをミスったんだろう? 来が何言ってるかわからないよ。
     顔を引きつらせる淫魔が気の毒だと思わないでもないが、灼滅者達は厨二の姿勢を崩さない。
    「じゃぁ、どうして『明瞭世界』は、キミにとっては『こんな見え透いた嘘』をつくんだい?」
     真剣な顔で『キッ』ってされたけど、現は頭が???状態でクールに顔を逸らすのがやっとでした。
    「僕だって、ループとか彼らの真剣さがなければ信じられなかった。それぐらい突拍子もない話だよ」
     ――普通は言ってる人が真剣でも、信じないんですけどね。
    「そもそも来を騙し討ちするなら、こんな嘘をついて接触するなんて悪手もいい所だよ」
     ようやく会話のとっかかりが出てきたと、ナタリアがオーバーアクションで頷いた。
    「接触したのは他でもありません。私達は特殊な力を持った人達を保護する事も活動としています」
    「……私の家族も保護されていれば、こんな姿にならずに済んだかもしれないな」
     ぶじゅるじゅる。
     俯くように垂れるスライムに、オリシアは俯き唇を噛み、巴は深々と辞儀、それぞれ心からの申し訳なさが滲む。
     その真摯な態度が、来の『明瞭世界』への好感度をあげていくぞー。
    「そもそも始まりを思い出してください」
     オリシアの台詞の後をナタリアが引き取る。
    「真っ当な組織が暗殺などという手段に出るでしょうか? 対立する組織に渡したくないからといって」
    「でも、現は昏闇のご当主様に命令されたからで……」
     言い淀みながらも現を庇うように改めて背に隠す。
     まだ現への想いは残っているのだと巴は慎重に来の感情を測った、可能な限り彼の闇堕ちは回避したい。
    「巻き込まれるのが嫌なら、保護されなくたっていいんだけどね」
     唐突に響く台詞。
     ぱほん。
     本を閉じ立ち上がった良顕は、ランドセルの肩ベルトを右手で握りしめると、初めてしゃべる。
    「私も『未来殺し』殺しの能力使いだけど、明瞭世界に協力はしてない。影響者との交流を断たれれば、普通の日常を生きる事は可能だから」
     今までは相づちぐらいでわからなかったが、幼い見目に反した落ち着いた物言いだ。
    「影響者……」
     来の吃驚に応えるように、眼鏡越しの瞳は現を捉えた。
    「未来殺し殺しが二人だと?! やはりここで斃さねばならぬようだな」
     美亜はぎゅっと拳を握りしめると、鋭い眼差しで現を射た。
    「奴は、未来殺し殺しの能力を使って指向性を持たせ、思うが儘に人を殺せるようになりつつある。そう……」
     砕けるように美亜の口元が歪む。有り有りと浮かぶ悔しさに、来は目を奪われる。
    「その実験台にされたのが私の妹だ!」
     蒼空に打ち上げられた叫びは、行き場無く結局は舞台へ戻ってくる。
    「――話はそんなに個人的なレベルで終わらないのよ」
     憤る美亜を腕で制止、全てを知るものの憂いを浮かべたアリスはもったいつけるように一同へ視線を巡らせる。
     ……仲間達の畳みかけを今こそ集約し、仕上げにかかる。
    「指向性を持たせた『未来殺し』の能力を、彼女は自分に向けているわ」
     す。
     現を指さしアリスは狙いを引き絞るように瞳を眇める。
    「けれど自らを滅ぼさないように来さんの『未来殺し』殺しの力を利用しているわ」
    「そんな、莫大な負の力を蓄えてどうする気だ」
     怜悧な道化の声が珍しく震えた事の重大さに、来は瞳を見開き続きを待った。
    「死の波動を爆発的にばらまいて、復讐として世界と心中するつもりよ」
    「…………それに気づいたから、私の家族は」
     雪緒が口元を覆い哀しみを堪え……あ、スライムだった。
    「そんな……現が世界の破滅を、望んでいたなんて……」
     今まで信じていた現実が裏返ったり、ヒロインから裏切られたりはテンプレート展開ですよね――と、痺れた頭が自己防衛を繰り出しつつも、来は思いっきり動揺している。
    『……いい加減にして』
     このままだと敗走どころか灼滅されると、現は抑えめアルトで叫ぶという器用な真似でイニシアティブを奪取した。
     とはいえどうしたものか、妄言勝負だと8対1で断然不利。
     躊躇いを棄てこの舞台に心ゆくまで身を浸す彼らに、来は完全に説得(?)されている。
    『来、彼らは私を殺しに来たようではないみたい。帰りましょ』
     ならば逃げる。
    「復讐で世界を滅ぼすって話」
    『もう私からは復讐心なんて消えた。来、貴方と出逢ったから』
     真っ赤に染まる頬にぬれた唇を近づけて囁きかける。
    『だから、眠る能力を覚醒させて――此からもずっと、そばで私を護って欲しい』
     ずっとずっとずっとずっとずっとずっと、一緒よ。
     絶大なダークネスの力で、私を護ってね。
     誓いを結ばせるように、唇が頬に触れる刹那、
    「本当に添い遂げようというならば、何故魂を浸食させようとする」
     穏やかにして苛烈に、優希が真実を晒し斬り込んだ。

    ●綴じる分岐
     澄んだ深海の瞳を瞼に隠し、優希は何処か寂寞を纏いし声で続けた。
    「何故浸食され、自意識の消えた彼を求めるのか」
     嗚呼、彼女が上辺でなく心から……いや、人が求める『形』で傍にいる事を望んでいてくれればいいのに。
    『…………ッ、ごちゃごちゃ煩い』
     埒があかないと現は音で優希を刻みにかかる。
     流麗に受け流されて舌打ち、斯くなる上は交戦状態に持ち込む――自らが傷つけられるために。

     アリスから迸る白魔の奔流に打たれ血にまみれ助けてと呻く声に、来は瞳を揺らす。
    「……僕は、ねぇ現。僕は、キミを守りたいと心から願ってる」
    『だったら、ねぇ解放してよ。来の『未来殺し殺し』の力を』
    「――」
     糸で現の手首を割りながら、良顕は息を呑んで二人のやりとりを見守る。現時点で回復の必要がない、それ程に手応えのない相手だ。
    『それで、明瞭世界の刺客の未来を奪って』
     明瞭世界の使徒からの炎に灼かれ螺旋を穿たれ聖撃で斬られながら、淫魔はそう請うた。
     ……聖撃に寄り添い剣を向ける男に内心歯がみしながら。
    「現。僕は、僕としてキミを守りたい。そのためならば世界を敵に回したって構わないよ」
    「それは絶対に駄目だ! 誘惑を跳ね除けろ、世界を守るために!」
     雪緒をたゆたう髑髏がかたりと話すように揺れ、同時に放たれた呪いが現の肩口を石へと変ず。
    「赦さぬよ。我が妹の魂に掛けてな」
     レイディアントシルバーウルフの放つ六文銭を背負い、美亜は明度の高い剣を渾身の力でもってつきたてる。
    『痛い……ねぇ、来、助けて』
     脈打つように痙攣しながら、なおも現は来へと手を伸ばす。
     ――此方の領域に来て、闇に眠る力に身を委ねてよ。
    「うわぁぁぁぁぁぁあああああ!」
     獣じみた叫び。
     堕ちてしまったのかと灼滅者達が焦り息を呑むも、

    「現、どうして……そのままでいいって言ってくれないの?」

     来は人として、人のまま……泣いていた。
    『……え?』
     この淫魔の女には理解ができない。
     ダークネスに堕ちる、いや還るコトこそが世界の理だと信じているから。脆弱な殻に等しい人間でいたい、その意思が――理解(わから)ない。
    『やっぱり、現は『未来殺し』だ。僕とキミが過ごす未来を殺してしまった』
    「大丈夫。殺されていない」
     包むような視線を向けて、優希は現の姿を隠す。
    「誰だって守ってあげるよ? ボクは守り人だから」
     戦いの最初に述べた矜恃を繰り返し、背に触れさせた杖から魔力を注ぐ――。

    「不整合の修正を確認。彼の魂は浸食をしりぞけたようね」
     幕引きをアリスが口ずさむ。
     唯、
    「僕は、僕のまま生きるよ……現」
     自己意識に執着し闇を退けた魂は、もはや堕ちる事はないだろう。
     それを為したのは、淫魔の作ったアレな舞台に真っ向から立ち向かい演じきった灼滅者達だ!

    作者:一縷野望 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月11日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 12/キャラが大事にされていた 4
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