黒曜石の峠

    作者:麻人

     長野県和田峠はかつて中山道の難所と呼ばれ、記念碑や史跡の類が今でも遺されている。豊富な湧水や温泉を目当てに地元民や観光客も数多く訪れる地ではあるのだが――。
    「きゃあっ!!」
     ひとりで峠を散策していた女性が、何者かに襲われてしりもちをついた。
    「だっ、誰!?」
    「天知る地知る汝知る!! 黒曜石仮面、推参っ!! とうっ」
     全身を黒いスーツで覆い、要所に黒いアーマーのようなものをつけた男は有無を言わさず女性めがけて襲いかかった。
    「きゃーっ!!」
    「こんなものはこうしてこうしてこうだっ!!」
     女性がうずくまって悲鳴をあげているうちに、黒曜石仮面は彼女の鞄を奪い取り中の物を崖の下に捨て――そして、代わりに何か石のようなものを鞄いっぱいに詰め込んだ。
    「これでよし、と」
     中身を全てすげ替え終えた彼は満足げに微笑み、また一瞬にして姿を消してしまった。
    「そして、後には黒曜石でいっぱいになった鞄が残される……」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)はペンの頭を顎にあてて、「うーん」とうなった。
    「これで名産品の布教をしてるつもりなんだから、たちが悪いよね。相手は闇堕ちしたばかりのダークネス。普通、闇堕ちしたダークネスはすぐにダークネスとしての意識に切り替わっちゃうんだけど、彼はまだ人間としての意識をかろうじて残してるみたい。救えるものなら救ってあげたいよね」
     もし彼に素質があれば撃破後も灼熱することなく、今度は灼熱者として正気を取り戻すはずだ。まりんはそう告げてから詳しい説明に入った。
     黒曜石仮面と名乗る男――青年は地元で天然石ショップを営む店長の息子で、名を前田曜介という。地元名産である黒曜石の布教にのめり込むあまり、ご当地怪人と化して人々を襲うようになってしまった。
    『黒曜石以外の物に価値などないわ!!』
     そうして、持ち物を黒曜石とすげ替えられてしまう事件が起こった。
    「今のところはその程度で済んでるけど、いつ行動がエスカレートしちゃうとも限らない。闇堕ちから救うにはいったん倒す必要があるから、遠慮なくやっちゃって! でも、完全に話が通じないわけじゃないから何か語りかけてみるのも有効かもしれないね」
     彼は昼間、峠を歩いている観光客を狙って姿を現す。灼熱者であることを隠して無力な一般人を装えば無警戒で襲いかかってくるに違いない。
    「場所は峠、狭い山道だから横に広がって戦うのは難しいかな。三人くらいだったら大丈夫なはずだよ。黒曜石仮面の攻撃は手裏剣の乱れ撃ちと黒曜石ポットで活水した水による回復。まだ眷属は連れていない」
     彼はまだ高校二年生。いつも家の手伝いをする真面目な青年で、休日は黒曜石を彫って置物や矢じりを作っていたりしたようだ。
    「本当は内向的な性格をしているぶん、はじけてとんでもないことになっちゃったみたいだね」
     まりんは小さく息をついてから、明るい声で言った。
    「それじゃ、みんな。黒曜石仮面に引導を渡してきてくれる? 無事に曜介くんを助けられて、もし黒曜石に興味があったなら、お店に案内してもらうのもいいんじゃないかな。お守りになる大きさの原石や矢じり、彫り物のペンダントなんかもあるみたいだから、ちょっと楽しみだね」


    参加者
    アナスタシア・ケレンスキー(破壊の権化・d00044)
    国崎・るか(アンジュノワール・d00085)
    大堂寺・勇飛(三獅村祭・d00263)
    川口・かれん(めらめらピンク・d02237)
    六連星・ひなた(小学生ご当地ヒーロー・d03538)
    藤倉・大樹(中学生シャドウハンター・d03818)
    時雨坂・ユーディリノーエ(高校生エクソシスト・d06016)
    神凪・燐(清廉なるそよ風・d06868)

    ■リプレイ

    ●闇と呼ばれしもの
     ――何事もまた、過ぎたるは及ばざるが如し。
     峠を前にして藤倉・大樹(中学生シャドウハンター・d03818)の脳裏をよぎったのはそんな格言だった。
    「とはいえ、助けられるものなら助けてやり直させたいもんだが……」
     と、大樹は隣の時雨坂・ユーディリノーエ(高校生エクソシスト・d06016)を振り返って肩を竦める。
    「本当にその格好でいくのか?」
    「もち! だって私、キラキラしたものが大好きだもの」
     屈託なく笑うユーディリノーエは一般人を装うどころか、いたるところに黒曜石を纏っている。
    「まあ、遠目から見れば変わった格好の人がひとり混じってるくらいどうってことないと思うけど……それにしても派手ね」
     六連星・ひなた(小学生ご当地ヒーロー・d03538)は「よいしょ」と大きな荷物を肩に背負い直した。狙われやすいように特別大きなものを選んだのだ。ばらまかれても大丈夫なようにと、こちらは中身を軽い服の類に絞った川口・かれん(めらめらピンク・d02237)は、無邪気にユーディリノーエの手首を飾る黒曜石を眺めている。
    「こくよーせき、か……きれいだね」
    「ええ、キラキラ透けてキレイですよねぇ」
     頷く国崎・るか(アンジュノワール・d00085)の腰で水等を入れたポシェットが揺れた。まるで遠足を楽しむような風情である。
     狭い峠を三列になって進む彼らの視界には一面の緑が冴え渡る。
     山、川、木々――。
     大自然に恵まれたこの地に眠る石の名を、黒曜石という。天然ガラスである黒曜石は石器として用いられ、人類の進化と密接な関わりがあるとされる。
    (「神秘だな」)
     神妙な顔で大堂寺・勇飛(三獅村祭・d00263)は胸の内のみに呟いた――と、鋭い眼差しが不穏な気配を察して細まる。
    「あっ!!」
     肩にかけたトートバックをひったくられたアナスタシア・ケレンスキー(破壊の権化・d00044)が悲鳴をあげた。
    「出ましたね」
     すぐさま態勢を整えて犯人を見据えた神凪・燐(清廉なるそよ風・d06868)の前に、黒曜石を詰め終わった鞄を抱えた黒曜石仮面の姿がある。
    「おや、私を知っているのかね?」
     彼はふっと笑った。
    「黒曜石仮面も有名になったものだ」
    「幸せな思考の持ち主ですね……まあいい。はじめてお目にかかります。この周辺で無理やり黒曜石を押し付ける不審者は貴方ですか?」
    「不審者とは失礼な。それ、君達の荷物にもたっぷりと黒曜石を詰めてやったぞ」
     偉そうに胸を張って返された鞄の重さにひなたは顔をしかめる。
    「おっもーい! ちょっと、峠道で持ち物全て黒曜石に変えられたら重くて大変じゃない! それに崖下に捨てられた元の持ち主の中に大切なものがあったりしたらどうするのよ」
     真っ当な反論に対して、黒曜石仮面は次のように返した。
    「黒曜石より大切なものがこの世にあるのか?」
    「うーん……こういうの、とりつくしまがないってゆうの?」
     かれんは小さくうなり、訴える。
    「こんなことされたら、逆にそれ、キライになっちゃう、よ……? ムリヤリだと、ヤだもん……。ヤな想い出と一緒に貰ったもの、好きにはなれないと思うよ」
     実際、抵抗むなしく力ずくでポシェットを奪われたるかは頬を膨らませるようにして怒りを露わにしている。大好きなお菓子を捨てられてしまったアナスタシアなど、トートバックを崖の上に差し出して言った。
    「アナの大好きなお菓子たちを捨てたのね……! お返しにコレも捨てちゃうよ!」
     アナスタシアが思い切りよく黒曜石を投げ捨てた途端、悲痛な叫びが峠にこだました。
    「ああああああぁぁあああ!! 私の黒曜石をよくもっ!!」
    「これでこんなことされた人の気持ちが分かるでしょ……って、ちょっ、みんな気をつけて!」
    「ご当地怪人のくせにこっちが変身するの待たずに襲いかかってきた!?」
     ひなたは着替え用のタオルを頭から被ると同時にスレイヤーカードを解除、中からは元気なご当地ヒーローが姿を現した。
    「山吹色の太陽疾走! キラ☆サンライトイエロー! 身勝手なご当地アピール絶対に許しません!」
    「るかちゃんも、通り魔はよくないと思いまぁす」
     空中を回転しつつ手元に落ちてきた日本刀を左手で受け取り、鞘から引き抜く。飛びかかってくる黒曜石仮面のキックをいなしながらこちらも同じキックと炎を纏った抜刀で迎撃と相成った。
     やれやれ、と勇飛は肩を竦めながら縛霊手を構える。
     どうやら話の分かる相手ではなさそうだ――彼の予感は見事的中することになる。

    ●説得と戦闘
    「お前は黒曜石を押し付けるだけで……黒曜石の魅力を何一つ伝えてねーぞ!!音場で心で伝えやがれッ!!」
    「黒曜石が良い物なのは確かだけど、無理やり押し付けられた物を好きになれると思うか?そんな無茶をしていては素晴らしい黒曜石を駄目にしているも同じ。今ならまだやり直せる、闇に負けるな!」
    「貴方のする事はただの押し売りです。肝心の黒曜石の素晴らしさは伝えていますか?無理やり押し付けられた者に不快感を持つのは当然でしょう」
     矢継ぎ早に繰り出される説得の数々。
     正論過ぎるそれらに対して、黒曜石仮面は腕組みをして首を傾げた後、飽きたように耳をほじり始めた。
    「うっわあ、明らかにこっちの話聞いてない!」
     ヒカリモノに目がない彼女からすれば、黒曜石とて宝石。彼の所業ではなくその見た目の方が重要なユーディリノーエはとにかく「キラキラ」したものが好きな自称ヒーローであった。
    「まあいいや、いくよ!」
     二列目――中衛にて愛用の大鎌を一振りしたユーディリノーエの手元からご当地ビームが放たれる。同時に駆け出したアナスタシアはロケットスマッシュを発動しつつ、黒曜石仮面めがけて力の限りにハンマーを振り下ろした。
    「いけっ、ベールクト!」
     それは『荒鷲』を意味する言葉。
    「くっ!!」
     黒曜石仮面はハンマーを手甲で受け止め、後ずさる。
    「なかなかやるな」
    「俺の本気、見せてやるよ……!」
     封じていた力を解放した大樹は仲間の後方から練り上げた闇の弾丸で戦いに加わった。
    「言っとくけど、俺は黒曜石が嫌いであんな事言ったんじゃないからな。むしろ、独特な光沢とか綺麗で結構好きだ」
    「む……?」
     大樹の言葉に黒曜石仮面が反応する。
     毒を含んだ手裏剣を放ちつつ、尋ねた。
    「ならばなぜ私の邪魔をするのだ? 一緒に黒曜石の布教に勤しもうぞ!」
    「……あなたの黒曜石を愛する気持ちはよく分かりました」
     頬を手裏剣に裂かれながら燐は己の闇で峠を覆い尽くす。課された使命に相応しく苛烈な少女はこと戦いにおいて容赦というものを知らない。
    「私のお説教は長いですよ。これより先は同じ仮面のヒーローとして邪魔させて頂きます」
     短く息を吸った後、影喰らいからデッドブラスターに繋いで一気に畳みかける。相手は一人だ。対してこちらは役割を分担して戦いに望むことができる。
     今回、クラッシャーが3人にキャスターが3人、そしてスナイパーが2人という単純かつ破壊力に富んだ布陣となっている。
    「ガンガン攻めちゃうよー!」
    「ひなた、やる気……まんまん……」
     かれんはナノナノを後ろに下がらせ、仲間の応援を命じた。頷いたナノナノの吐き出すハートが緑ばかりの景色に映える。バニシングフレアの奔流が黒曜石仮面を飲み込んだところへ、るかのレーヴァテイン――炎を纏わせた日本刀が肩口を斬り裂いた。
     黒曜石仮面は短い呻きとともに自らの傷を癒すが、彼を取り囲んだ前衛達はその暇を与えない。
    「漢が魂こめた拳にはな! 不可能なんかねえんだよ!!」
    「ぐぅっ、ぐはっ、はうあっ!!」
     抗雷撃、縛霊撃、鋼鉄拳――。
     持ち得る全ての殴打を使い尽くす勢いで、勇飛は黒曜石仮面に拳を食らわせ続けた。
    「お前の黒曜石の情熱はわかった。だがな。モノを直接押し付けたって何も伝わらないぜ!! ――おい、お前は機銃掃射でやっこさんの足止めだ」
     付き従うライドキャリバーはナノナノと共に後衛まで下がる。足止めるように放たれる機銃の弾丸に黒曜石仮面は舌をうった。
    「ほらほら、前がお留守だよ!」
     ハンマーを振り回すように前へ出たアナスタシアは、同じ前衛のるかと勇飛をフェニックスドライブで援護する。制服のスカートが派手に翻るがスパッツを履いているので安心だ。ユーディリノーエのヒーリングライトも加えれば余裕で戦線を維持できる。
    「ありがとうございますー」
    「感謝する」
     破魔の力を得た彼らによって命中率の上昇を阻止された黒曜石仮面は悔しげに言った。
    「私の布教活動を邪魔するか、お主ら……!!」
    「それはこちらの台詞ですよぉ。だって、いくら黒曜石が大切だっていっても、例えば食糧だったり機械だったり……るかちゃん、普段お世話になっているはずの物も価値が無いって言っているように聞こえましたぁ」
     るかは時に闇で場を支配し、また時には敵の懐に斬り込んで彼の纏う服を引き裂く。仮面にヒビが入り素顔をさらしかけた黒曜石仮面は、慌てて仮面を手で押さえた。
    「ぐぬっ……所詮、石は生活必需品でないと言いたいのだな。しかし、人はパンのみに生きるにあらず……!!」
    「だから、そういう話じゃねえっつってんだろっ!!」
     どこまでも話を曲解する相手に焦れて、勇飛はついにその顔面へと拳を突き出した。砕け散った仮面の下から思っていたよりも少年らしい顔が露わになる。それを隠そうと黒曜石仮面は攻撃の手を止めて、手で顔を覆う――。
    「くっ」
    「もう……おわりに、しよ」
     かれんの闇で象られた刃がざっくりと黒曜石仮面の脇腹を裂いた。問答無用でトラウマを引きずりだした燐は厳しい眼差しで苦痛に顔を歪める彼を見据える。
    「これで最後だ!」
     大樹の掛け声と同時に赤き十字架が文字通り、生える。無数に放たれる光線の中、勇飛は鍛え抜いた拳を振りかざした。
    「せめて祈ろう。汝のオモイに救いあれ!!」
     拳は黒曜石仮面が纏っていた黒曜石をことごとく撃ち砕く。
     峠道を闇と血色で彩った戦いの中ついに黒曜石仮面は膝を折り、後には意識を失った少年だけが残された。

    ●黒曜石
    「これ、結構いいな」
     大樹は武器飾りになりそうな黒曜石の細工を見つけ、声をあげた。少年――曜介の実家が運営するショップで彼が勧めた玉通しの紐である。
    「その……ご迷惑おかけしてすみませんでした」
     すっかり元の人格を取り戻した曜介は請われるまま彼らを店まで案内したのだった。ユーディリノーエは笑って首を横に振る。
    「いーのいーの! おかげでキラキラ楽しめたしね」
    「ええ。せっかく長野まで来たのですから、名産品くらい堪能していきませんと」
     手彫りの置物など見つけた燐はそのリアルさに感嘆の声を漏らした。フクロウを模した置物なのだが、実物大くらいの大きさをしている。
    「これ……しろいもよう、はいってる……?」
     かれんは白い筋の浮かぶ石を指差して尋ねた。
    「あ、はい。和田峠の黒曜石によく見られる模様です」
    「へぇ」
     まるで子供のように目を瞬かせる。
     少しでも罪滅ぼしになっただろうか、と不安げな曜介の肩をたたいて、るかはいっこりと笑った。
    「元に戻ってよかったですねぇ」
    「ああ。なにか語りたいことがあれば何でも言えよ」
     だが、勇飛の申し出に曜介は頬を染めて俯いた。
    「そんな……恥ずかしいです」
    「ああもう、そんなだからいろいろたまっちゃうんだよ! ねえねえ、勉強のお守りになりそうなの何か見繕ってもらえない?」
    「は、はい!」
     アナスタシアのために曜介は慌てて握り石と呼ばれる手のひらにおさまる程度の黒曜石を探しに走った。黒曜石仮面だった頃の名残りはただ、黒曜石への情熱のみ――黒曜石すり替え事件はここに無事、解決された。

    作者:麻人 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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