心中、手伝います

    作者:J九郎

     夕日が、水平線の彼方へ沈んでいく。
    「綺麗……。最期に、この景色を見ておいて良かった」
     砂浜に裸足で立つ女性が、そう囁く。
    「ミオ、本当にいいのかい?」
     女性の肩に手を置いた青年が、確認するようにそう聞くと、
    「いいの、もう覚悟は出来てる。今時、家柄が違うから好きな人と結婚できないなんてバカみたい。私、ワタルさんと一緒になれないなら、この世界に未練なんてない」
     覚悟を瞳に湛えて、女性はそう言いきった。
    「そうだね。この世で添い遂げられないというのなら、せめて来世で……」
     青年の手にはいつしかナイフが握られていて。
    「ミオ、すぐに僕も後を追うから」
     青年は、そのナイフを女性の胸に突き立てようとするが、手が震えて、なかなか狙いが定まらない。
    「そうだね、大切な人に刃向けるのは怖いもんねぇ 」
     二人しかいなかったはずの海岸に、突如そんな声が響き渡った。驚きの余りナイフを取り落とす青年と、周囲を見回す女性。
     見れば、黒いスーツを着込んだ少し幼さの残る顔立ちの少年が、その顔に人懐っこい笑みを浮かべて、二人の方へ歩いてくるところだった。
    「……なら、僕が手伝ってあげるよ」
     クスクスと笑う少年の手には、血に染まったナイフが握られていた――。
     
    「嗚呼、サイキックアブソーバーの声が聞こえる……。心中しようとするカップルを狙って、六六六人衆が現れると」
     集まった灼滅者達に、神堂・妖(目隠れエクスブレイン・dn0137)は真剣な表情でそう告げた。
    「……その六六六人衆は“サイ”って名乗ってるけど、本当の名前は彩瑠・さくらえ(赤闇に沈み・d02131)。この間闇堕ちゲームで闇堕ちした、武蔵坂の生徒」
     妖の言葉に、教室がざわめく。
    「……サイは心中しようとしているカップルを殺害するべく、夕刻の海岸に現れる。接触できる機会は、サイがカップルに声を掛けてから。その前にカップルを逃がそうとしたりサイと接触しようとしたりすると、彼は気配を察して姿をくらましてしまうので気をつけて」
    「解せぬでござるな。死のうとしている者を殺して、なんの意味があるのでござろう」
     源・勘十郎(高校生デモノイドヒューマン・dn0169)の発言に、妖は少し考え込んだ末、
    「……さくらえさんはかつて、ダークネス化した大切な人を殺めた経験があるらしいの。サイは、想い合う絆が壊れる様をさくらえさんに当てつける事で、過去のトラウマを刺激して絶望を与えようとしてるのかも知れない」
     しかしそれは、逆に言えばさくらえの人格が完全に消滅していないことを意味する。
    「……今ならまだ、みんなの声はさくらえさんに届くかもしれない。でも、もしサイが一人でも人を殺してしまったら、その分さくらえさんの救出は難しくなる」
     加えて、サイも六六六人衆らしく、自分の身に危険が迫れば、逃走を図ろうとするはずだと妖は言う。
    「……サイは、さくらえさんが使っていた武器をそのまま使ってくる。もちろん、殺人鬼のサイキックも使えるから、注意して」
     ちなみにさくらえが以前使っていた武器は、ガンナイフ、解体ナイフ、影業の三種類だ。
    「……できることならさくらえさんを救出してもらいたいけど、それが無理ならばせめてみんなの手で灼滅してあげて。六六六人衆として、多くの人を手にかける前に」
     さらに、今回助けることが出来なければ、彼は完全に闇堕ちしてしまい、おそらくもう助けることは出来ないだろうと、妖は言う。
    「……それでもみんななら、さくらえさんを助けられるって信じてる。今ならまだ、みんなの声は彼に届くと思うから」


    参加者
    置始・瑞樹(殞籠・d00403)
    東当・悟(の身長はプラス十センチ・d00662)
    若宮・想希(希望を想う・d01722)
    神鳳・勇弥(闇夜の熾火・d02311)
    桃野・実(水蓮鬼・d03786)
    三國・健(真のヒーローの道目指す探求者・d04736)
    日紫喜・夏芽(揺らぐ風の音・d14120)
    興守・理利(明鏡の途・d23317)

    ■リプレイ

    ●再会
     心中を図るカップルに、血に染まったナイフを握ったサイが、無造作に近寄っていく。死を覚悟していたはずなのに、カップルは理解できない事態に体が震え、身動きできなくなっていた。
     だがその時。
    「そんなこと、させへん!」
     飛び込んできた東当・悟(の身長はプラス十センチ・d00662)が、妖の槍を大振りしてサイを薙ぎ払う。
    「おっとと、危ない」
     サイはバックステップで難なくその攻撃をかわす。が、
    「本命はこっちや!」
     悟は槍の石突きを素早くサイに向け、そこから妖冷弾を放った。
    「くっ」
     かわしきれないと見たサイは手に持ったナイフで妖冷弾を受け止める。見る見る間に、ナイフが霜に覆われていった。
    「迎えに来ましたよ、さくらさん」
     すかさず、サイとカップルの間に若宮・想希(希望を想う・d01722)が割って入る。想希は眼鏡を外すと、妖の槍を構えつつ、サイに語りかけた。
    「どうです? その辺のカップルより俺たちの方が効果的だと思いますよ? もっとも……俺の命は悟の物、簡単にはやれませんが」
     そんな想希の肩に悟が手を置く。
    「さくらえ先輩の記憶も持っとるんなら、俺等がラブラブなん知っとるやろ。せやけど、俺の命も想希のもんやから渡さへんで!」
     そんな二人の様子に、サイが目を細める。
    「ああ、知ってるよ。なるほど、つまり君達は、僕に殺されたいのかな」
     そして、サイの注意が逸れたその隙に、
    「サイさんだな。初めまして、俺桃野。……退いてもらいに来た」
     桃野・実(水蓮鬼・d03786)の不意打ち気味の跳び蹴りが、見事にサイの背中に決まった。だが、サイは実の蹴りを受けても、よろけすらせず、冷たい視線を実に向けた。
    「まだ邪魔者がいたんだ? それとも君も殺され志願者かな?」
     しかし実は、サイの視線を正面から受け止める。
    「せっかくのスーツが台無しだ、サイさん」
     言われてようやく、自慢のスーツに足跡を付けられたことに気付くサイ。今や彼の意識は、完全にカップルから離れていた。
    「今でござる!」
     この機を逃さず、源・勘十郎(高校生デモノイドヒューマン・dn0169)が“怪力無双”を用いて、カップルのうち女性の方を担ぎ上げた。
    「御免!」
    「え? きゃあ!」
     その隣では、同じようにエリアル・リッグデルムが男性を担ぎ上げる。二人は頷き合うと、一目散にその場から待避していった。
    「互いを想う絆の繋がり。壊し壊される瞬間に流れる血の色が一番綺麗なんだ。……逃がさないよ」
     カップルの逃走に気付いたサイが、後を追おうとする。だがそんなサイの前に、置始・瑞樹(殞籠・d00403)が立ちはだかった。
    「お前が一般人に手を出すならば、この身を犠牲にしてでも守る」
     言葉通り瑞樹は、サイのナイフを、身を盾にして受け止める。
    「でも、これなら防ぎきれないだろう?」
     言葉と共に、今度はサイの影が逃げるカップルの方へ伸びていく。
    「俺も、ちょっとだけ尽力するよ」
    「避難は頼むぞ、諸君!」
    「貴方なんかにさくらえさんは負けないっすよ!」
     だがその攻撃を、九重・木葉、倫道・有無、埜々下・千結の3人が身を挺して受け止めていた。3人が時間を稼ぐ間に、カップルはサイの攻撃の及ばぬ所まで離脱していく。
    「サイ。人の想い合う絆は、あんたに壊せるものじゃないわよ。そんなに軟弱なものではないの!」
     日紫喜・夏芽(揺らぐ風の音・d14120)が、“殺界形成”を発動しつつ、サイを睨みつけた。気付けばサイを包囲するように、灼滅者達が展開している。
    「やれやれ。灼滅者というのは本当に邪魔な存在だね」
    「邪魔で結構。彩瑠先輩を想うみなさんの想いを叶える為に、おれの全力を尽くします……!」
     興守・理利(明鏡の途・d23317)が、鬼神化させた腕を振り抜く。理利自身はさくらえとの面識はないが、皆のさくらえを助けたいという想いは目の当たりにしてきた。ならば自分は彼らの為に全力を尽くすのみだ。
    「残念だけど、彼は僕に体を明け渡したんだ。二度と戻ってなどこないよ?」
     サイは解体ナイフで鬼神変を受け流しつつ、もう片方の腕にガンナイフの紅蓮を構え、逆に理利に斬りつける。
    「堕ちる道に迷い込んだなら光差す導を示す! 今こそ皆の一致団結の力でさくらさんを連れ戻すぞ!」
     だがその一撃は、エアシューズで突っ込んできた三國・健(真のヒーローの道目指す探求者・d04736)が妖の槍で受け止めていた。
    「絶対に護る、さくらの心も絆も。そして絶対に取り戻す」
     さくらえの幼馴染である神鳳・勇弥(闇夜の熾火・d02311)は、六尺寸棒“Flamme”で守りを固めつつ、決意を口にする。自分にとって悪友で弟分で最大の理解者で最高の親友であるさくらえを呼び戻すために、彼は今、ここにいる。
    「……それじゃあ、君達を皆殺しにしようか。さくらえと君達の絆が壊れていく様を見せつければ、彼も完全に僕に体を明け渡す気になるだろうからね」
     カップルの殺害からさくらえを想う灼滅者達の殺害へ。目的を切り替えたサイは不敵に微笑んだ。
     
    ●生きる道
    「ここまで逃げれば大丈夫でござるな」
     サイから充分距離を取ったと判断した勘十郎は、適当な岩場で担いできていたカップルを降ろした。
    「な、なんなんですか、あなたたち」
     すっかり混乱した女性が、おびえた声を上げる。
    「そ、そうだ。私達は死ぬつもりで……」
     状況が分からないながらも、なお心中にこだわる二人へ、神園・和真が問いかけた。
    「一緒に死んで、それで幸せになれるだなんて本気で思っているのか?」
     押し黙った二人に、今度はクラウディア・ヴェルデが声をかける。
    「認めてもらう努力はしたんですか? 未来は未確定です。その絶望が断ち切られる未来もあるかもしれないんですよ?」
     その後を受けて、羽柴・陽桜も必死に言葉を紡いだ。
    「二人とも、お互い大好きなんでしょ? なら、死ぬ道じゃなくて、一緒に生きる道を選んでほしい。生きる事を諦めないで」
     3人の思いが届いたのか、カップルの男女はどちらともなく見つめ合い、やがてお互いを抱きめあった。
     もし再び心中しようとしたら魂鎮めの風で二人を眠らせようと構えていた東間・玄に、片倉・純也が話しかける。
    「これ以上気に掛ける必要は無い。自らを消す意思はこの二名から既に無い」
     その言葉に、玄は構えを解く。
     この後二人がどんな選択をするかは分からない。だが、とりあえずサイの魔の手から逃し、心中を思い留まらせることには成功したようだった。
     
    ●説得
    「さあ、みんな血を見せてよ。美しい血をね」
     サイの殺意が限界まで膨れ上がり、物理的な衝撃となって前衛で戦う者達に襲いかかる。
    「俺は、守る。一般人だけでなく、灼滅者の仲間達も」
     瑞樹は自らが傷つくのも顧みず、一歩前に出て理利をかばった。かつて、さくらえが闇に墜ちることになった事件で、彼の心を闇から守れなかった後悔が、肉体の痛みよりも強く瑞樹を苛み続けるから。
    「想希が想い果たせるよう、全力で守ったる!」
     悟はWOKシールドを最大限まで展開して自身と想希を守り、一人攻撃を耐え凌いだ夏芽の傷を、ナノナノのイリスが癒していく。その傍らでは、実の霊犬・クロ助が悟の傷を癒していた。
    「加具土、お前も大好きなさくらの為だ。あと少し、頑張ってくれ!」
     勇弥は霊犬の加具土に傷ついた仲間達の守りを任せると、リングスラッシャーを瑞樹の周囲に展開させる。
     だがその間にも、サイは悟の守りをかいくぐり、想希の懐に飛び込んでいた。その手に輝くのは、血濡れのガンナイフ“紅蓮”。
    「想希。君が死ねば、きっとさくらえも完全に墜ちてくれるよね?」
     サイがナイフを振り抜こうとするが、そのナイフの刃を掴んで止めた者がいる。いつの間にか飛び込んできた実だ。
     実は泥のような目でサイの目を覗き込み――、
    「――おどれはワシらを舐めすぎじゃ!」
     断罪輪“縊螺”を構えたまま自らの身を回転させ、サイの肉体を切り裂いていく。
    「彩瑠さん……大丈夫だ。どんな汚れた事をしたって、変わらない。それでも俺は帰って来て欲しいと思ってる」
     それから実は、サイの血塗れたナイフと、そのナイフの刀身を握ったことで血塗れになった自らの手を見比べ、
    「……正気じゃないって言うなら、俺も大概狂ってる。安心しろよ」
     そう言って、滅多に見せることのない笑みを浮かべて見せた。
    「くっ」
     必殺の攻撃が防がれ、飛び退くサイ。だがそこに、理利が追いすがっていく。
    「闇に沈みきったら、ここに集まった人達ともう二度と言葉を交わせなくなりますよ? それでも良いのですか、彩瑠先輩……!」
     陽炎幽契刃で、サイのスーツを切り裂く。理利自身にはさくらえとの面識がないからこそ、ここに集まった人達の説得の時間は自分が稼ぐ。その決意で、理利は連続で攻撃を繰り出していった。
     その間にも、夏芽が声を振り絞る。
    「あなたが自分をどう思っていても、居て貰わないと困るんだから。聞きたいお話も、見せてほしい姿も、いっぱいあるの。夜警のみんなも、あなたのことを必要としてるのよ。みんな、あなたのことを待ってるの。だから、さくらえ。戻ってらっしゃい!」
     彼女に続くように、喫茶『夜警』の仲間達が、一斉に言葉を重ねていった。
    「帰って来いよ、未来を見たくない訳じゃ無ぇだろう。自分ではなく誰かの未来を見たい、応援したいのだとしても、それも十分お前さんの夢と言えるだろうよ」
     そう投げかけたのは三峰・玄旺で、
    「誰かの夢や未来を応援したいと思ってくれる、貴方自身がココにいてくれないと意味が無いのよ。だってそれは『彩瑠さくらえ』じゃなきゃいけなんだもの」
     そう続けたのは月之瀬・華月だ。そして、サイの瞳にわずかな揺らぎを見い出した想希が続ける。
    「がんばりましたねさくらさん。ちゃんと守れましたよ。ここに瑞樹さんがいることがその証。壊すだけじゃない」
     想希の言葉に、瑞樹が無言で頷く。あの時さくらえが闇墜ちを選択していなければ、瑞樹は今ここにいられなかったかもしれないのだから。
    「さくらさん。俺、言いましたよね。俺の未来の延長線上にさくらさんもいてほしいって。忘れたなら何度でも言います」
    「……黙って、くれないかな」
     想希の言葉を、サイが遮る。逆手に構えた解体ナイフで、想希を切り裂こうとするが、その攻撃を、悟が見逃すはずもない。身を盾にして想希を守ると、悟もまた言葉を紡ぐ。
    「さくらえ先輩覚えとるか? 廃校で堕ちて俺護ろうとした事。護る為に本気で熱い先輩すげーって尊敬しとる。先輩が護ろうとしたもんは強いもんやから、お返しに来たんや。絶対壊れへん! 想希が! 大事な人がおるから負けへん! 闇を払ったるから、この腕の中へ帰ってこい! 一緒にまた笑おやないか」
     苦痛を押しのけてそう語る悟の後を、再び想希が続けた。
    「今、闇に溺れそうになってるんでしょう? 泳げないんだからちゃんと掴め。迎えに来ましたよ。戻ってこい、さくらさん……さくら!」
    「黙れって言ってるんだ!」
     サイが叫びと共にどす黒い殺気を解き放ち、自らの周囲に集まっていた灼滅者達を吹き飛ばす。その顔にはすでに、余裕はない。
    「……まさか君達の言葉如きが、こんなに力を持っていたなんて。これは少し、態勢を立て直した方がいいみたいだ」
     言うや、サイの姿がかき消えた。いや、灼滅者達の包囲の隙をつき、高速で駆けだしたのだ。
    「いけない! 奴は逃走を図る気です!」
     サイの動きを注視していた理利が叫びつつ、神薙刃を放ち逃走を阻止しようとする。
    「邪魔だよ!」
     だがサイは神薙刃をなんなくかわすと、己の影に理利を飲み込ませた。
    「サトリ!」
     万事・錠がシールドリングで影を打ち払う間にも、サイの足は止まらない。
     しかし、
    「こっから先は、ヒーロータイムだ!」
     そんなサイの前に天方・矜人が立ちはだかる。そして、矜人をかわすために一瞬動きの止まったサイに、冴泉・花夜子の大鎌が振り下ろされた。
    「……本当に、苛立たしい連中だね」
     サイが動きを封じられたのは一瞬だったが、灼滅者達はその間に、再度包囲を完成させている。もう、逃げる隙はない。
    「これだけの人達がお前を迎えに来ている。早く帰って来い。俺にも、『お帰り』を言わせてくれ」
    「さくらえさん! 一緒に行きたい所はまだまだ一杯あるし、話だってしたいのよ。だから戻ってきて!」
     今を好機と、綾瀬・貴耶、涼子の兄妹が説得の言葉を投げかける。
    「……黙りなよ! さくらえなんてもういないんだ! 僕はサイ。この体の、本当の主だ!」
    「大丈夫。さくらえは強いから、君を無い事に、『もう』、しない。君も背負うって、一緒に歩くって、決めたんだ。なぁ、さくらえ…っ」
     月原・煌介は、サイとさくらえ、双方へそう呼びかけ。
    「さくら、『今』だけじゃないんだ。俺はお前の全てを助けたい。3月の約束も守ってるだろ?『何があっても絶対消えない、壊れない、手を離さない』」
     幼馴染みの勇弥の言葉が、サイの自我を揺らしていく。そして、勇弥に続いて『灼滅者専用資料喫茶』フィニクスの仲間達が、さくらえに声を投げていく。
    「皆彩瑠先輩が大事なんです! だから、前を見て生きて行って欲しいんです」
     御納方・靱がそう呼びかければ、
    「彩瑠さん、私、フィニクスに戻ってきました。また彩瑠さんとお話がしたいから。今だけじゃない、これから先の未来もずっと貴方と友達でいたいです」
     月宮・昭乃も、精一杯の声でそう訴える。
    「僕は昔の事を知らないけど、出逢って知った今のさくらさんもさくらさんに違いないだろ? 女形の艶やかな着物姿に日本伝統の踊りを舞う姿、何時か見てみたいって思ってる位だし、何より縁を結んだ面子がココに沢山いる。又、皆で美味い飲み物に菓子食べないか?」
     健の言葉に、フィニクスの仲間達が一斉に頷き。サイは追い詰められたように数歩後ずさった。
    「やめろ……お前達、いい加減に……」
     しかし、勇弥は言葉を止めない。
    「俺の未来にはお前が必要なんだ。俺の淹れた珈琲片手に、よく腹抱えて笑うお前が。さくら、俺達はお前の全てを信じてる。だからお前も自分を信じて――過去も今も未来も絆もその名も、闇から全て奪い返して帰ってこい!」
    「うわあああーっ!」
     サイが、頭を抱えて叫ぶ。さくらえを取り戻すチャンスは今しかないと、灼滅者達の誰もが、理解した。
    「返してもらいますよ、さくらさんを!」
     想希のフォースブレイクが、
    「帰るのが怖いなら泣いてもいい、叫んだっていい。それでもいいんだ……大丈夫だ、彩瑠さん!」
     実のご当地ダイナミックが、
    「殴ってでも連れ戻すから!」
     夏芽のチェーンソー斬りが続けざまに炸裂し、最後に、
    「闇の心は凍らせ砕く! 播磨の雪嵐、龍冷弾!!」
     健の放った氷弾が、サイを射抜いた。
    「そんな……せっかく、この体を完全に支配する機会だった……のに」
     その言葉を最期に、サイは仰向けに倒れていった。

    ●おかえり
     目覚めたさくらえの額に、想希の指が伸ばされる。
     でこぴんしようとしていたその指は、しかし寸前でさくらえの髪に触れ。
    「お帰り」
     漏れ出たのは、万感の想いを込めたその一言。
    「さくらえ先輩、頭アフロになっとるで。ま、想希心配さした罰や。毛伸びる迄まんまでおりや」
     悟はそんな冗談で、さくらえを和ませようとする。
    「お帰り、さくら」
     勇弥は泣き笑いの表情でさくらえと自分の額を合わせ、
    「頑張ったな。店にとっときの創作珈琲とデザートと話を準備してあるよ」
     話したいことは色々あれど、全ては日常に戻ってからだ。
    「……みんな、ありがとう。信じてた。必ず、連れ戻してくれるって」
     さくらえが、自分のために集まってくれた一人一人に礼を言う。
    「違う。謝るのは私の方だ」
     突然、さくらえの前に飛び出し、土下座したのはハノン・ミラーだ。さくらえが闇墜ちを選択したのは、彼女が殺されそうになったのを防ぐため。だからどうしても伝えておきたかった。
    「助けてくれてありがとう、堕としてしまってごめんなさい」
     そして、同じ依頼に参加していた瑞樹も同じ思いで。
    「先の戦いで闇堕ちを選択させてしまったこと、俺も謝ります。そして、一般人だけでなく、灼滅者の味方をも巣食う闇から守るために強くなることを約束させていただきたいのです」
     深く頭を下げる二人に、さくらえは小さく首を振り、
    「あれは私の選択。二人のせいじゃない」
     二人の肩に、そっと手を置いた。
     その時、気が抜けた健のお腹の虫が鳴り、重くなっていた周囲の空気を和ませていった。
     喫茶『夜警』のマスターであるジンザ・オールドマンが、さりげなくさくらえにコーヒーカップを差し出す。
    「好物のエスプレッソは充分に用意されてるでしょうけど、まずは一口いかがです?」
     そして、さくらえがエスプレッソで一息ついたのを見計らい、
    「さあ、帰ろう。もう一度、卒業記念ならぬ、帰還記念の祝勝会をやろうじゃないか」
     神崎・摩耶が帰還を促す。
    「……本当に、良かったです」
     理利は、さくらえを中心に和気藹々と帰路についた一行を見届けると、折角の再会に水を差す事はせず、黙って立ち去っていった。

     仲間を護るために闇に墜ちた彩瑠・さくらえは、再び仲間達の手を掴んで、こうして帰還を果たしたのだった。

    作者:J九郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 7/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 5
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