廃墟に潜むベヘリタス

    作者:立川司郎

     枕元で、一人の少年が囁く。
    「君の絆を僕にちょうだいね」
     君が育んだ大切な絆は、僕が大切に使うから。

     彼と会ったのは、私が一人で廃墟探索をしていた時だった。
     深夜の廃病院を一人で歩いていた私と彼は、二階の病棟に続く階段でばったりと出くわした。
     闇から突然ぬうっと現れた事に驚いた私は、彼を巻き込んで階下まで転がり落ちた。
     別に幽霊を探していたのではない。
     ただ、こうして人が居ない朽ちた場所を歩くのが好きなのである。そう話しながら彼の傷の手当てをしているうちに、彼も廃墟を一人で歩くのが好きなのだと聞いた。
     共に廃墟を回りながら、写真を撮って語り合う。
     一人で回るよりもずっと楽しくて、幸せな一時。
     それからは、時間が合う度に二人でいろんな所を回って話しをして、そして思い出を振り返って語り合った。
     出会ってから、彼とは廃墟探索を通じて沢山の絆を結んできた。
     私の左手の薬指には、彼から貰った指輪がある。
     だけど、何だろう……。
    「一人で……行ってみようかな」
     彼との結婚前最後の思い出にと私が調べて来た、広島の古い神社の地図がここにある。
     廃村にあった神社で、かつては祭りや神楽なども行われていたらしい。だが既に管理する人も居らず、朽ちていくばかりであった。
     二人でこの旅を通じて、結婚について語り合い、思い出にここで誓い合おうと思っていた。
     だが、ここ数日空虚な思いで私の心は一杯であった。何故かは分からないが、あれほど詰まっていた彼への思いが、ぽっかり抜けたかのよう。
     あの思いは、どこにいってしまったのだろうか。
     
     彼女、相良・隼人(高校生エクスブレイン・dn0022)の手には赤い糸があった。どうやらそれは、運命の赤い糸を示しているらしい。
     彼女は糸をじっと見つめたまま、ある名前を口にした。
     ベヘリタス。
    「絆のベヘリタスがついに動き出した。奴は自分と絆の深い『ある人物』を使って、一般人から絆を奪っている」
     そのある人物についての詳細は、まだ隼人にも分からない。その人物は、一般人にベヘリタスの卵を植え付ける事により、植え付けられた人物から絆の力を奪っている。
     卵はじきに孵化し、ベヘリタスとしてソウルボードへと向かうだろう。
    「卵はこれ一つじゃない上に、卵から孵化したベヘリタスは強力だ。次々とこんなのが孵化したら、たまったもんじゃねェ」
     だが、孵化直後のベヘリタスならば、まだ倒せない相手ではないと隼人は話す。
     到着から孵化までは、およそ1日半。
    「植え付けられているのは、三島鈴子という女性だ。廃墟マニアで、同じ廃墟好きの男性と結婚間近だ。……その旅行に彼を誘おうと思っていた所に、ベヘリタスの卵を植え付けられたって訳だ。彼女は今、広島の廃村で廃社探索に一人で向かおうとしている」
     ベヘリタスは、自分の卵の栄養となった相手……つまりその一般人の絆の相手にのみ、攻撃力が減り、かつ被るダメージが増加するという弱点を持っている。
     この約2日間、彼女が広島にいる間に何とか絆を結ぶ事が出来れば、孵化直後のベヘリタスに対して有利な態勢を敷くことが出来るのである。
     その為、隼人は2日目二日目と彼女と同じ宿に泊まれるように手配していた。
    「時間的に孵化は、おそらく2日目の夜。ベヘリタスは仮面を付けた姿で、がれきを組み合わせたような姿をしている。奴は10分経過したらソウルボードに逃げちまうから、気をつけてくれ」
     そこまで言うと、隼人は真剣な表情で制服のスカートを握りしめた。
     絆無しで戦う場合、最低2人が堕ちなければ勝つ事は出来ないだろうというのが隼人の考えであった。
     絆を多く結ぶことが出来れば、こちらも有利に戦えるに違いないが、そう簡単にはいくまい。それに、ただでさえ強いベヘリタス相手に、時間が10分と非常に厳しい。
     誰が絆を結ぶか、結んだ灼滅者はどう戦うか、万が一の場合誰が堕ちるか。
    「結んだ絆が強ければ強いほど、効果が高い。……まぁ、絆の種類には制限はないんで、憎しみだろうと侮蔑だろうと何だろうと、かまわねぇんだがな」
     ベヘリタスさえ倒せば、絆は元に戻るはずだ。
     隼人はチケットを手渡しながら、送り出した。


    参加者
    高宮・琥太郎(ロジカライズ・d01463)
    空飛・空牙(影蝕の咎空・d05202)
    ヴィルクス・エルメロッテ(空虚なりとも端然たれ・d08235)
    折原・神音(鬼神演舞・d09287)
    大豆生田・博士(凡事徹底・d19575)
    ブランコ・ティーグル(ネームレスビースト・d20920)
    宇佐・紅葉(紅蓮浄焔・d24693)
    午傍・猛(高校生ストリートファイター・d25499)

    ■リプレイ

     彼女とは、道中のバスの中で出会った。
     話に聞いていた通りの容姿で、一人窓の外をぼんやりとつまらなそうに眺めて居た。本当なら、ここに婚約者と来ていたはずである。
     心にぽっかりと開いた穴。
     そして、頭の真上にポンと乗っかったおかしな卵。
     あんまりアンバランスで奇妙な様子だから、つい視線を奪われてしまう。気付かないフリをしながら、ヴィルクス・エルメロッテ(空虚なりとも端然たれ・d08235)と宇佐・紅葉(紅蓮浄焔・d24693)は顔を見合わせた。
     行く先は、ヒト無き山奥にある廃村であった。バス停で降りると、そこから更に奥へと歩いて行くのだが、同じ所で降りて歩き出した二人に三島鈴子が気がついて振り返った。
     一人は中学生ほどの少女、もう一人はアジア人では無さそうだ。
    「…あの」
    「もしかして、お姉ちゃんもこの先の廃村に行くんですか?」
     紅葉が声を掛けると、鈴子はこくりと頷いた。
     優しそうな笑顔で、ヴィルクスと紅葉を交互に見る。紅葉も実は廃墟が好きで、鈴子と同じようにこうして探索する事が興味があった。
    「こっちは俺のお姉ちゃんなんすよ。お母さんがドイツの人なんです」
     紅葉はそう説明しながら、地図を片手に歩き出した。その後ろを、二人のんびりと話ながら歩く。
     獣道のような道をゆくと、すぐに集落の跡が見えて来た。
     鈴子は少し警戒しているようだったが、やはり紅葉とヴィルクスは似ていると言いがたい為、当然だろう。
     周囲はうっそうと草木が生い茂っており、日差しもあまり届かない有様。ヴィルクスは、そのひっそりとした廃墟の有様をぐるりと見まわし、息をのんだ。
     朽ちていく、村。
     ヒトの気配と、残された温もり。
     ダークネスとは違った、不気味さがそこにはあった。
    「……大丈夫ですか?」
     鈴子が声を掛けると、はっとヴィルクスは振り返った。ヴィルクスの様子に、くすりと笑って鈴子が手を差しだす。
     まるで、自分の方が妹のように手を引いて導かれていく。そんなヴィルクスの様子に、鈴子は少し警戒心を解いたようだった。
    「最初はみんな怖いんですよ。何が怖い、って生きた人間との遭遇、なんですよね」
     鈴子はそう言って困ったような顔をした。
     多分、ヴィルクスは生きた人間ならば怖くはない。ダークネスであっても、そんなに畏れはしないだろう。

     同じ宿に泊まっていると話したのは、帰り道の事だった。
     チェックインの後、電話を掛けていた紅葉と二人で残りの仲間とともに鈴子を訪ねた。
     残り六人は、これもまた様々。
     少なくともアジア人ではなさそうなブランコ・ティーグル(ネームレスビースト・d20920)から、方言から西日本ではなさそうな雰囲気が感じ取れる大豆生田・博士(凡事徹底・d19575)。
    「お友達とご親族?」
    「ああいや、オレ等みんな親戚なんだ。法事でこっちに来てて、せっかくみんな集まったんだからどこか行こうぜって話になってさ」
     さらりと、話を作る高宮・琥太郎(ロジカライズ・d01463)。ちなみに、ブランコはヴィルクスの方の遠い親戚で……と言うと、何となく納得したようだ。
     話し続ける琥太郎は、人なつこい態度でうまく警戒を解いてくれていた。
     紅葉は、大久野島のパンフレットを、鈴子に差しだす。
    「明日はみんなでここに行くっす」
    「二人も懐いちまってるようだし、もしよければ明日大久野島まで一緒にどうです?」
     紅葉に合わせて、空飛・空牙(影蝕の咎空・d05202)が誘ってみた。
     空牙が話す大久野島は、瀬戸内海にある戦時中の廃墟が残る島である。兎を沢山島に放っている事で、ちょっとした有名所であった。
     島は心霊スポットとしても有名だから、見守り役でと空牙は話すが、彼女からすれば自分達も子供に違いないだろうかと笑う。
     人数が多いせいで警戒されるかもしれない、と考えていた折原・神音(鬼神演舞・d09287)は仲間のフォローもありほっと一安心していた。
     ただ、絆を深く結べる者そうでない者と分かれるのは必然。
     戦いとなったその時、どれだけ戦えるか……神音は、皆を見まわして不安を抑えるのだった。

     翌日の大久野島探索では、合流した六名が鈴子をエスコートした。
     島はあたり一面、ウサギだらけ。
     紅葉は嬉しそうに目を輝かせると、鞄をひょいと午傍・猛(高校生ストリートファイター・d25499)に渡した。受け取った猛に、カバンよろしくと一言言って駆け出していく。
     すると旅行中で荷物の多い鈴子から、猛はひょいと大きなバッグに手を差しだす。
     申し訳なさそうにする鈴子に、猛は平気だと首を振って荷物を取った。
    「従姉妹の分のついでなんで、遠慮はいらねぇっすよ」
     自分の荷物はそんなに多くないし、と猛は付け加えて平然としている。女性の方が男性より荷物が多いのは、年齢など関係ないようだ。
     幾つも荷物を抱えたまま、猛は歩き出す。
     まずはぐるりと島を探索、と猛はウサギと戯れていたブランコ達に声を掛けた。ついウサギに釣られてしまったブランコは、慌てて駆け寄る。
    「島中にウサギは居るわよ」
     鈴子の言うように、貯蔵庫や工場跡付近にも兎は所々で姿を見せていた。真剣な表情で見て回る彼女に、ブランコは声をかけた。
    「三島さん、三島さんはどうして廃墟を巡ろうと思ったんですか?」
     ブランコの問いには、奪われた絆も含まれている。
     少し考えた様子であったが、鈴子は取り乱すこともなく落ち着いた様子で答えた。
    「どうしてだったかなぁ。……学校の旧校舎探索が面白かったとか、その辺りが廃墟探索の走りだった気がするわ」
     自分でも、もうよく覚えて居ないらしい。
     学生時代や、社会人になってからも、友達とあちこち回った事があると鈴子は話す。
    「今日は友達と一緒じゃないんけ?」
     廃墟を回った友達はどうしたのだろう。
     博士が聞くと、彼女は答えに仕舞ったのか口を閉ざした。さほど彼女は悲しそうではなく、じっと地面を見つめる。
     ふと気付くと、左手にまだ指輪が指輪が光っていた。
    「どうしてかしら。……何だか、一人になりたくなっちゃったのよ」
     ぽつりと零した彼女の言葉は、無くしたものの大きさを物語っている。
     彼女の様子を見た琥太郎が、アイスティーのペットボトルを取り出して差しだした。カバンに入っていた飲み物は、まだひんやりと冷たい。
    「廃墟に兎って、なんか神秘的っすよね」
     笑顔で言う琥太郎に、ふと鈴子は笑顔を取り戻した。

     日が暮れると、八名は戦闘の時刻に向けて緊張の色を濃くした。それでも紅葉は撮った写真を鈴子に見せて彼女の傍を離れなかったし、琥太郎は鈴子の笑顔を保とうとしていた。
     時刻を確認しつつ、神音がふと時計を見た。
     そろそろ、時間だと小さな声でブランコに告げると、ベヘリタスの攻撃に備えてカードを手に握る。
     ぽろりと鈴子の手から、携帯電話がこぼれ落ちた時だ。
     そこには、彼女の婚約者らしき人の写真があって……その瞬間に音を立てて、卵が孵化したのだった。
     崩れた瓦礫を組み合わせたような、奇怪な姿のシャドウがホテルの室内に姿を現す。
     和室であるおかげで戦うスペースは確保されているが、その大きさと奇怪さはいっそう際立っていた。
     突然の出来事に、呆然と鈴子が座り込んでいる。
    「な……っ」
     突然現れたシャドウに、鈴子は恐怖に硬直していた。紅葉はその腕を掴み、王者の風を使って怒声を上げる。
    「逃げてください! 早く!」
     紅葉の声を聞き、弾かれたように紅葉は立ち上がって扉から転がり出た。後ろ手に、パタンと紅葉は戸を閉じる。
     時間は十分、一秒だって無駄には出来ない。
     ギチギチと瓦礫を蠢かしながら、ベヘリタスが腕を動かす。
     声無く、そして意志も感じられず。ゆっくりと攻撃の手を繰り出した。瓦礫の隙間から、黒い弾丸が一斉に発射される。
     乾いた音が、鳴り響いた。
    「しもつかれ、フルスロットルだべ!」
     後衛を庇った博士のキャリバーが、ベヘリタスの一撃を受けて弾け飛ぶ。装甲をまき散らしながら転がったしもつかれの様子は、いかにベヘリタスの攻撃が強力であるかを示していた。
     あまりの事に、博士は呆然とする。
     だが、すぐに戦意を取り戻すと空牙に防護符を放った。
    「……キャリバーはどうする!」
    「おら達じゃ保たねぇ、せめてしもつかれが時間を稼ぐ間に攻撃してくんろ!」
     後衛の自分が倒れれば、仲間は十分間誰が支える。
     博士は前衛を支える為に、しもつかれへ時間稼ぎを指示する。そして自分は、空牙……ヴィルクス、そしてブランコと次々防護符を放っていく。
     琥太郎は槍を構え、神音に攻撃開始の合図を出した。
    「行くぞ!」
    「羅刹の力、その身に刻むといい!」
     刃先で抉るようにベヘリタスに突っ込んだ琥太郎、続けて横合いから神音が斬鑑刀を振り下ろす。直線的な琥太郎の槍の動きと、叩き斬るような神音の攻撃が合わさる。
     ベヘリタスの動きを引き留めるべく、神音は斬鑑刀を目一杯振り下ろしたつもり…だった。
     だが、ベヘリタスは微動だにしない。
    「効かない!」
     神音は目を見開き、エアシューズを使ってベヘリタスの懐に滑り込む。空中から蹴りを叩き込むようにしてベヘリタスへ攻撃を繰り出すが、ベヘリタスはそれでも神音の攻撃に反応する様子はなかった。
     効いてはいるはずだ。
     だが、反応が鈍い。
    「俺の攻撃なんか、効かねェって言うのかよ!」
     静かな物腰の神音から、激しい声が溢れた。
     ずるりと体を揺すったベヘリタスは、神音には笑ったように見えた。更に攻撃しようと腕を異形化したが、その時ブランコが声をあげた。
    「無茶をするな、折原!!」
     とっさに割って入ったブランコの体を、ベヘリタスの腕が殴り飛ばす。
     吹き飛んだブランコの体を後ろにいた猛が受け止め、一歩二歩、後ろへ後ずさりした。体勢を崩しつつも、猛が矢でブランコを貫く。
     矢の痺れるような接触の感触が、ブランコに戦意を取り戻させる。
    「堕ちて終わろう、ってのは無しだからな」
     ブランコの言葉に、神音がふと笑う。
     堕ちずに帰る……それが出来ればいいが、もしそうなれば堕ちるしかないと神音は考えている。それでも、どこかで決めきれずに居るのは……。
     猛に礼を言うと、ブランコは再び前に立つ。
    「奪った絆で強がるなよ。胸糞悪くて反吐が出る!」
     吐き捨てるようにブランコは言うと、バベルインパクトを構えた。
     神音も蹴り技からの斬鑑刀などで応戦するが、やはり効果はあまり上がらない。蹴り技でベヘリタスの動きがやや鈍ったのが幸いか。
     この間もベヘリタスの攻撃は容赦がなく、フォローに入ったしもつかれを完全に大破した。
     あざ笑うように、ベヘリタスは瓦礫を揺らす。
    「絆……絆の力って訳か」
     神音は、ベヘリタスからの一撃を覚悟して深呼吸をした。シャドウの力が増したのを感じ、漆黒の弾丸を撃ち出すべく構えるベヘリタス。
     しかし、その瓦礫の隙間が打ち出された弾丸を受けたのは、ヴィルクスだった。
     凛とした表情で、ベヘリタスを見つめるヴィルクス。打ち込まれた弾は、彼女の体をわずかに削っただけであった。
    「お前をここで逃す訳にはいかないのだ」
     盾を構えると、ヴィルクスはベヘリタスに飛びかかる。
     その瞳には、怒りが浮かんでいるように空牙には見えた。盾で滅多打ちにする彼女に、ベヘリタスも怯む。
     はっと空牙は視線を動かすと、琥太郎に声を掛けた。
    「おい逃すなよ!」
     声を掛けた後、自分はヴィルクスへと突っ込むベヘリタスを横合いから掴んだ。組み付いたまま、ちらりと琥太郎を見やる。
     槍を構えた琥太郎は、笑うように唇を半円に引きつって踏み込む。
     強烈な連撃が、鋭い槍から繰り出された。槍を持つ手に込められた力は、琥太郎の指を白くさせている。
    「お前は……男と女が出会って、一緒に幸せになろうって決めるまで、どんだけ色んな想いがあったと思ってんだ」
     空牙が掴んだベヘリタスに、琥太郎は容赦なく攻撃を叩き込む。
     連撃でベヘリタスの瓦礫は弾け、歪に歪む。
    「それなのに、お前が一方的に奪ってんじゃ……ねぇよ!」
     空牙の羽交い締めから逃れたベヘリタスは、そのまま琥太郎の攻撃で床へと転がるように叩きつけられた。
     起き上がったベヘリタスの腕を空牙の爪が切り裂き、残った腕で弾丸を繰り出す。漆黒の弾丸は、お返しとばかりに、弾丸は空牙の腕を血に染めた。
     腕を押さえた空牙に、後方から猛の矢が飛んだ。
    「背中は俺に任せておけ、存分に暴れろ」
     矢をつがえた猛に、空牙は安心しろと笑う。
     爪を光らせた空牙がベヘリタスの正面に立つと、ベヘリタスに再び爪を叩きつけた。だが、その背後に紅葉が迫っている事に気付いていた。
     空牙の影から、紅葉が飛び出す。
    「うろうろと逃げんなよ瓦礫仮面!!」
     仮面を弾き飛ばすように、紅葉の蹴りがベヘリタスの体を破壊した。

     ドアを開くと、廊下で彼女が気を失って倒れていた。
     猛は彼女の肩を揺すり、うつろな目でぼんやりと見上げる彼女を抱えて部屋まで連れ戻す。部屋に戻った所で、鈴子はようやく状況に気付いて声をあげた。
    「…バ、バケモノが……!」
    「化け物?」
     猛が首をかしげると、空牙がけらりと笑った。
     いくら何でも、化け物ってのは可哀想だと猛をチラ見。怒った猛が、立ち上がって空牙を追い回した。
     変わらぬ光景を見た鈴子は、狼狽したように言葉を失っていた。そう、そこにあったのは先ほどと変わらぬいつもの光景。
    「何か疲れているんじゃないですか?」
     神音は、そっと鈴子の額に手を当てる。
     うん、熱はないようです、と神音は笑顔を浮かべた。早めに休んで、明日はゆっくり帰ったらいい。
     神音の話を聞きながら、鈴子は手元をふと見下ろす。
     そこにあったのは、先ほど自分が見ていた携帯電話の写真。
    「それが鈴子さぁの婚約者け? 仲よさそうだべな」
     博士が写真の二人を見て、そう言う。
     博士の言葉に、じわりと鈴子の目に涙が浮かんだ。
     無くした絆が、確かにそこに戻って来ている。
    「鈴子さぁも、今度はこの人とまた来るといいべ」
    「そうそう。…海外にも廃墟は一杯ありますよ。新婚旅行ってのもいいんじゃないですか」
     ブランコは、廃墟になった建物を思い返しながら、鈴子に話して聞かせる。
     今度は、絆の戻った相手と旅が出来るように……と。話を興味津々で聞いているのは、紅葉もそうである。
     鈴子と真剣に話しを効いている紅葉の様子に、鈴子は涙を拭って笑った。
    「そうね。……今度は、新婚旅行で海外の廃墟巡りをするわ」
    「うん、やっぱりおねーさんは笑顔が一番似合ってるよ」
     琥太郎は、嬉しそうに笑う鈴子にそう言った。
     窓辺から外を眺めながら、ヴィルクスは彼女達の笑い声を耳に聞く。その声がとても温かくて、そして強いものである事を知っていたからだ。
     どんな力よりも、絆が強い力である事を。

    作者:立川司郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
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