暗き穴を抜ければ、そこは

    作者:波多野志郎

     ごろん、と肉の塊が坂道をゆっくりとゆっくりと転がっていく。それは、普段は閉鎖された山道だ。舗装もされていない道路が続き、その中心に『忠』と書かれた霊玉が埋まる肉塊はやがてトンネルへと入っていった。
     地面はそのまま、強引にくりぬいた様なトンネルだ。その半ばほどで、肉塊は止まる。そして、闇の中でミシリ、ミシリ、ミシリ! と、肉の軋む音が響き渡り――。
    『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
     咆哮が、闇の静寂を掻き毟る。肉塊が変貌したのは、真紅の虎だ。炎に燃える尾を振り払い、真紅の虎はゆっくりと歩き出す。
     その歩を、止める者はいない。口の端から炎をこぼしながら、真紅の虎は……。

    「本当、厄介っすね」
     しみじみと唸ると、湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は語り始める。
     今回、翠織が察知したのはスキュラの置き土産とも言うべき、スキュラダークネスだ。
    「もう知ってる人もいると思うっすけど、八犬士が集結しなかった場合に備えて生前のスキュラが用意していた、「予備の犬士」を創りだす仕掛けなんすよ。犬士の霊玉は、人間やダークネスの残骸を少しずつ集めて、新たなるスキュラダークネスを生み出すんすけどね?」
     問題は、この霊玉は大きな肉塊の時点で倒してしまえば霊玉がどこかに飛び去ってしまうことだ。加えて、誕生後しばらくは力も弱いままだが、時間が経つにつれ、「予備の犬士」に相応しい能力を得ていく。
    「なんで、肉塊から生まれた瞬間のダークネスを待ち構え、短期決戦で灼滅するしかないっす。もし戦いが長引いたら、闇堕ちでもしない限り勝利することはできなくなるっすから、短期決戦で挑んで欲しいっす」
     戦場となるのは本来なら侵入禁止となっている山道、そのトンネル内だ。
    「決して足場はよくないっすけど、みんななら問題ないっす。ただ、電灯なんてないっすから光源は必須っすね」
     広さは大型トラックが十分に生き返る広さがあるので、問題ない――ただし、敵も大柄なのだが。
    「相手は、真紅の虎のイフリートっすね。イフリートのサイキックとチェーンソー剣のサイキックを使用してくるっす」
     体長は四メートルほどだ。それに見合った攻撃力と、タフさがある。単騎ではあるが、八犬士に及ばないにしてもその戦闘能力は高い。十分な作戦と覚悟が必要となるだろう。
    「はっきり言って、強敵っす。ましては、時間がたてばたつほど強くなるんすから……文字通り今が、最後のチャンスっす。お願いするっすよ」
     翠織は、そう真剣な表情で締めくくった。


    参加者
    龍海・光理(きんいろこねこ・d00500)
    御幸・大輔(雷狼蒼華・d01452)
    喜屋武・波琉那(淫魔の踊り子・d01788)
    海堂・月子(ディープブラッド・d06929)
    倉澤・紫苑(ソニックビート・d10392)
    祟部・彦麻呂(凶災の継ぎ手・d14003)
    カツァリダ・イリスィオ(黒百合インクィジター・d21732)
    佐門・芽瑠(歩く速射砲台・d22925)

    ■リプレイ


     ――暗闇が、どこまでも続いていた。見通せないその闇を、佐門・芽瑠(歩く速射砲台・d22925)はINNOCENCEへとオウル・アイを装着させる。
    「これは……また雰囲気のある場所ですね」
     むき出しの土壁、舗装されていない道。まるで、自然の洞窟を思わせる光景だった。その地面にランプを置いて、喜屋武・波琉那(淫魔の踊り子・d01788)も視線を闇の奥へと向ける。
    「ここまで来ると、入り口も見えないわね」
     方向感が狂いそうな、濃密な闇だ。そこにぽっかりと空いたような光源の照らし出した空間が生まれ、御幸・大輔(雷狼蒼華・d01452)はしっかりとその広さを確認するために足を動かし続けた。
    「確かに、広さは問題ないね」
     大型のトラックを通れる空間だ、それに加えてむき出しの土壁は足場に事欠かない――大輔にとっては、よいコンディションだ。
    「来た、みたいです」
     龍海・光理(きんいろこねこ・d00500)は闇の奥からした音に、そちらへ視線を向ける。芽瑠もすかさず、機械弓に装着させた光源を向けた。
     ゴロン、と肉塊が光源の下へとその姿を現わす。ミシリ、ミシリ、ミシリ! と、肉の軋む音が響き渡り――その咆哮が、トンネル内に響き渡った。
    『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
     そこに生まれた真紅の虎――イフリートに、倉澤・紫苑(ソニックビート・d10392)は息を飲んだ。
    (「デモノイドのときは人間を元にしてたけど、霊玉の場合は何もないところからダークネス作るんだっけ? 欲しがる組織は多そうだけど。というか迷惑極まりない……」)
     目の前で強大な存在が生み出された瞬間を目の当たりにしたのだ、その価値は計り知れない。ましてや、この肌に伝わるほどの強大な存在でさえ生まれたばかりの赤子に過ぎないのだ――。
    (「最初はただのゾンビとか思ってたけど、この子に罪は無い……でも見過ごすことはできない。私の甘さのせいで失われるかも知れない命に、責任を持てないから」)
     生まれたばかりの、皮肉にも無垢な存在を前に祟部・彦麻呂(凶災の継ぎ手・d14003)は決意を決める。虐殺者になる「予定」とか、害を及ぼす「かもしれない」で殺したくない――ダークネスだからと言って、ただ殺してしまいたくない彦麻呂にとって、このイフリートを傍観する事によって引き起こされるだろう『被害』を、見過ごす事はできなかった。
    「害獣駆除ですね。異端者とは言えませんが、人々の生活を守るのもボクたちの仕事ですからね。ろくな自我も無いでしょうが、大人しく滅されてください」
     断言したのは、カツァリダ・イリスィオ(黒百合インクィジター・d21732)だ。向けられる虎の視線に真っ直ぐ返して、カツァリダは言い捨てる。
    「安心するといいでしょう、どのような者でも主の御元へ帰ることを赦されるのだから――救われぬ者に救いの手を、異端者に神威の鉄槌を、Amen!」
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     こちらを敵と認識したスキュラダークネスが、地面を抉るように蹴った。その殺気を一身に浴びて、海堂・月子(ディープブラッド・d06929)は嫣然と微笑む。
    「溺れる夜を始めましょう?」
     その言葉に応えるように、紅蓮の炎が闇を焼き払った。


     オオオオオオオオオオオッ! と、熱せられた大気が、洞窟内に焼ける音を反響させる――スキュラダークネスは着地し、しかし、その動きを止めなかった。
    「その身に刻んであげるわ!」
     バニシングフレアの炎が、断ち切られる――月子のグラインドファイアの一閃が、イフリートを捉えた。その間隙に、大輔が踏み込む!
    「時間がないからね。速攻で終わらせる」
     振り払った蒼玉の一打が、イフリートへ直撃した。しかし、ガクリと大輔の動きが止まる。踏ん張ったスキュラダークネスが、ビクともしなかったのだ。そして、イフリートは構わずに、加速した。
    「おっと」
     吹き飛ばされそうになった大輔が、壁を蹴って宙を舞う。サマーソルトのように、空中で大きく回転する――パルクールでいう、フリップだ。
    「動かないで、ね」
     波琉那がガシャンと展開した縛霊手により、除霊結界を発動させる。ヴン! とスキュラダークネスの動きがわずかに鈍る瞬間、霊犬はピースは彦麻呂の傷を癒した。彦麻呂はそれに背中を後押しされるように疾走、螺旋を描く槍を突き出す。
    「――ッ」
     穂先が、スキュラダークネスに突き刺さり感触を彦麻呂へと伝えた。生身の、確かな手応えは、生々しく彦麻呂の手に刻まれる。
    「さあ、逃げ惑いなさいダークネス。私は狩る者、貴方は狩られるだけの得物です」
     そこへ、芽瑠はそこへINNOCENCEへ向けた。ガガガガガガガガガガガガガガガッ! と爆炎を宿した銃弾の雨、狙いをすましたその一弾一弾が、仲間をかいくぐり、スキュラダークネスのみに着弾していく。
    『ガ、ア!!』
     わずらわしげに、スキュラダークネスはその体を震わせた。大きく横へ跳ぼうとするスキュラダークネスへ、光理は回り込みサファイアが填め込まれた白銀の杖を振り下ろした。
    (「少しでも、ダメージを稼いで――」)
     しかし、スキュラダークネスは構わない。質量差で強引に駆けるスキュラダークネスへと、ビハインドのアクリスが鉈のような刃を振り下ろした。
    「みなさん、いきますよ!」
     カツァリダが異端処刑具・斬首の剣を薙ぎ払った瞬間、風に変換し開放された祝福の言葉が、吹き抜けていく。その風を感じながら、紫苑は風に乗るように跳躍した。
    「恨みがあるのはスキュラにだから八つ当たりなんだけど……覚醒されると困るのは確かだし、恨まないでよね」
     天井でエアシューズのローラーを加速、炎をまとわせた蹴りを紫苑は豪快に落とす。そのグラインドファイアに、毛並みを切り裂かれ肉まで裂かれたスキュラダークネスは、構わず炎を宿した尾を紫苑へと叩き込んだ。
    「大丈夫ですか?」
    「ええ」
     光理の問いかけに、着地に成功した紫苑が肯定する。嘘でも強がりでもない、胴に受けた一撃は確かに重いが耐えられない一撃ではなかった。
     問題は――これが時間の経過により威力が増す、その事だった。
    「回復に回っていたら時間切れもあり得るわ、個々の役割に集中よ!」
     月子の言葉に、仲間達はうなずく。一分一秒が惜しい状況で、迷う時間はない。灼滅者達は、まっすぐにスキュラダークネスへと挑みかかった。


     闇が、炎に焦げていく。その焦げ臭い中を、波琉那は滑るように駆け抜けた。スキュラダークネスの尾が、波琉那の首を狙う――その牽制を寸前で身を沈めた波琉那は、頭上を尾が通り過ぎると跳躍する。
    「合わせるよ!」
     そこへ、彦麻呂も合わせて跳んだ。ドォ!! と二つの流星のごとき重力を込めた跳び蹴りが、スキュラダークネスへと叩き込まれる!
    「今よ!」
    「了解!」
     スキュラダークネスの動きが止まった直後、波琉那の合図に紫苑がすかさず生み出した氷柱を射出する。バキン! と突き刺さった妖冷弾に、しかし、スキュラダークネスは尾でそれをへし砕いた。
    「まだまだ、です!」
     そこへ手を緩めない、駆け込んだ光理の非実体化した斬撃が、肉ではなく魂を断つ。だが、スキュラダークネスはより魂を奮い立たせるように吼えた。
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
     その直後、ヒュガガガガガガガガガ! と芽瑠のマジックミサイルが雨あられのように降り注ぐ。間近に居た光理にはかすりもしない、その動きさえ先読みした精密射撃だ。
    「私の弾が当たる物はダークネスです」
     その謎の強気には、確かな技術と確信がある。地面を蹴ったスキュラダークネスへ、アクリスは青く輝く左手をかざし霊衝波を叩き込んだ。鈍い爆発音、しかし、スキュラダークネスは歯牙にもかけない。
    「十分経過よ!」
     紫苑がそう叫んだ直後、スキュラダークネスが吐き出した炎が荒れ狂った。カツァリダがセイクリッドウインドを吹かせ、ピースの眼差しが回復させる――しかし、回復が足りない。
    「いえ、覚悟の上です」
     カツァリダは、呟く。これは、そういう勝負だ。倒すか倒されるか、その二択しかないのだ。
    「アナタの死を穿つ!」
     影を滑るように――否、自身を影を切り裂く鋭い刃へと変えて疾走し、月子はジェット噴射で加速しその杭を撃ち込んだ。スキュラダークネスの動きが止まった直後、大輔が駆ける。
    「スキュラが死んだとはいえ、淫魔の策略がうまくいくなんて考えただけで吐き気がするんだ。だから絶対にお前は灼滅する!」
     大地に眠る有形無形の『畏れ』を翠玉へとまとわせ、大輔は渾身の斬撃を振り払った。その猛攻さえ、スキュラダークネスは受け止める。ミシリミシリ、その肉が軋む音が、目の前のスキュラダークネスからはした――文字通り、この瞬間にも『成長』しているのだ。
     回復に回っていたら時間切れもあり得る――月子のこの考えは正しい。時間という敵も同時に相手をしなくてはならないこの状況において、一撃一撃が状況を左右するのは確かだ。
     だが、だからこそ――『手数を確保する必要』が大きかったのだ。
    「十五分、ラストよ!」
     紫苑の言葉と同時、スキュラダークネスのバニシングフレアが荒れ狂った。これまで積み重なったダメージは、既にカツァリダだけでは賄い切れないラインへと達していたのだ。
    「それ、でも……!」
    「アクリス!」
     波琉那が彦麻呂を、アクリスが大輔を庇ってくずれ落ちる。それを見たカツァリダが、迷わずに疾走した。
    「ここで、倒し切ります!」
     カツァリダの異端審問具・蘇格蘭の深靴が、炎を宿す。その全身の体重と加速を乗せた蹴りが、スキュラダークネスを切り刻んだ。炎に燃えるスキュラダークネスを、月子は影の中を幻惑するように走り抜ける。スキュラダークネスはそれに反応して尾を繰り出したが――それを身を翻した月子はかいくぐる。
    「何処を見ているの? アナタの相手はこっちよ!」
    「そうだよ、絶対にここで止めるんだから!」
     左右から月子と彦麻呂が、同時に駆け込んだ。オーラの輝きが闇に無数の軌跡を描く――月子と彦麻呂の閃光百裂拳が、スキュラダークネスを連打する!
    「お願い……!」
     そこへ光理が加わり、蒼い軌跡を描くフォースブレイクで殴打した。スキュラダークネスが大きくのけぞるそこへ、突撃したピースがその喉笛に斬魔刀を突き立てた。
    『ガ、アアア、アアアアアアアアアアアアアアアア!』
     スキュラダークネスが、吼える。そこに、大輔が走り込んだ。両手で真紅の虎の背をオブジェクトに跳躍、レギュラー・ツーハンデッド・ヴォルトから翠玉をスキュラダークネスの背へと突き刺した。
    「いけえ!!」
     そして、跳躍した紫苑の跳び蹴りが炸裂する。スターゲイザーの一撃に、スキュラダークネスの動きが完全に止まった。
    「砲塔構築……完了。砲身展開……完了。動力稼動開始、砲身回転速度……規定値、射撃準備、完了――!」
     芽瑠のゴージャスモードによって巨大な6連装ガトリング砲台を呼び出し、地上に杭で固定――砲弾のごときガトリング連射が、動きを止めたスキュラダークネスを直撃した。ガガガガガガガガガガガガガガガッ! と着弾が巻き起こした砂煙が、視界を埋め尽くす。
     全力を尽くした、猛攻だった。だからこそ、これは――。
    『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
     ――全力を受け切り、凌いだスキュラダークネスこそ褒めるべきであっただろう。
    「この子を人里に出してしまえば、どんな被害が出るかわからないから――」
     撤退はできない、そう彦麻呂が駆け出そうとする。スキュラダークネスから感じる圧力は、もはや生まれたばかりの比ではない。実際、その大きささえも増していたかもしれない――その咆哮に込められた音に、紫苑は息を飲んだ。
     音は心の写し身だ、そう考える紫苑だからこそ。

     ちりん。

     もう一つ鳴った、その鈴の音に、咆哮以上の戦慄を感じずにはいられなかった。


     その音に、スキュラダークネスは振り返る。その視線の先にいたのは、大輔だ。
    「音が、消える前に……」
     ちりん、と鈴の音を響かせ、大輔は後方へと跳んだ。それに、スキュラダークネスも反応して飛び出す。それを、仲間達は見送るしかない――あの瞬間、もっとも迷わなかったのが彼なのだと、誰もが知っているからだ。
     ――炎が踊る中を、大輔は舞う。それは、どこか神楽のごとく神聖なもののような、まるで神話の一幕のような美しさだった。
     宿敵であり憎い淫魔が起こした事件で、相手が淫魔でなくても負ける事は淫魔に負けた事と同義になる――その想いが、憎いはずの淫魔をその心から呼び覚ましたのだ。
     スキュラダークネスの振動する尾の一撃、それを素手で受け止めた大輔は、歪んだ笑みを浮かべた。
    「よくも、傷をつけたな? 覚悟は出来ているだろうな」
     尾を掴まれたままのスキュラダークネスが、牙を剥く。それに、『大輔』は横へステップ――崩れたバランスを利用して、スキュラダークネスの巨体を宙に舞わせた。
    「いいか? これは俺のモノだ。俺だけが傷つけ、俺だけが絶望させ、俺だけがそれを愉しんでいい――」
     空中で体勢を入れ替えようとするスキュラダークネスへ、『大輔』は怒りに燃える瞳を向ける!
    「その領域に踏み込んだからには、万死に値すると思え!!」
     突き上げられる翠玉の一撃が、スキュラダークネスの胴を抉り、刺し貫いた。もがきあがくスキュラダークネスを、『大輔』は楽しげに見詰め、言い捨てる。
    「あがき、苦しみ、そして逝け――!」
     重みで回転する杭が、突き刺さっていく――やがて、完全に貫いた杭にスキュラダークネスは破裂した風船のように内側から炎をぶちまけて消滅した。
     そして、再び闇がそこに横たわる。残されたのは、笑い声と絶望――それだけだった……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:御幸・大輔(雷狼蒼華・d01452) 
    種類:
    公開:2014年6月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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