満月のやさしい光が降り注ぐ、二人の少女が眠る部屋。
規則正しい二つの呼吸音だけが響く部屋の中へ、その和音を壊すことなく、音もなく一人の少年が降り立った。小さな体が一回り大きく見える、こんもりと胴が膨れ上がった奇妙な意匠の服は、月の明かりをうけて銀色に光っている。
二人分のおそろいの学習机、制服、剣道道具。仲良く並べられた色違いのスマホにメイクボックス。
部屋をゆっくりと見渡した後、少年は二段ベッドの下で眠る少女へと迷わずに歩み寄った。笑みを浮かべ、小さな唇をそっと彼女の耳によせ、囁く。
「君の絆を僕にちょうだいね」
「お姉ちゃん、おはよう!」
太陽の光を遮って、双子の妹がいつものように私を覗き込んできた。おはよう、と眠い目をこすりながら体を起こす。
妹は楽しそうな声で、今日のお昼やリップの色を私に尋ねてくる。
私はいつものように──いつものように?
大事な妹への愛おしさも、自分より勝る癖に無邪気に懐いてくる妹への狂おしいほどの嫉妬も苛立ちも、何も感じなかった。
「この前買ったリップを試してみたら」
凪いだ心に震える唇で、私は無難な答えを口にした。
「揃ったみたいだな」
教室へ集った灼滅者たちを確認すると、神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は手にしていた知恵の輪を机に置いて立ち上がった。
「絆のベヘリタス、って奴を知ってるか?そいつが動き出した」
灼滅者たちの反応を確認しながら、ヤマトは説明を続ける。彼の話によれば、関連が深いと思われる謎の人物が、一般人へ絆のベヘリタスの卵を産み付けてまわっているようなのだ。
しかも、放っておくと卵が孵化して、絆のベヘリタスが孵化してしまうという。強力なシャドウが次々と生まれてしまうのだ。
「ベヘリタスは強力なシャドウだ、普通ならとても敵わねえ。しかも卵は触れないときている」
灼滅者たちの緊張が高まる。ならばどう戦えというのだろう。
「心配ない、俺の脳に秘められた全能計算域(エクスマトリックス)はすでにお前達の生存経路を導き出している!卵が孵化した直後、ソウルボードに逃げ込むまでの10分間の間に叩けばいい。だが、戦うだけじゃ勝てねえぜ。条件を満たす必要があるんだ」
言葉を止め、ヤマトは灼滅者たちへ一枚の写真を見せた。名門高校のブレザーを着た、長い黒髪の利発そうな双子の少女が写っている。
写真の右側の少女を指差し、ヤマトは説明を続けた。
「今回、苗床として選ばれた者は、土御門・優陽(つちみかど・ゆうひ)。郊外の住宅地に住んでいる18歳の高校3年生だ」
双子の姉妹の姉で、妹の名は華月(かづき)というらしい。
「双子だが、実際に見れば見分けがつくはずだ。お前達の眼には、頭の上に生み付けられた紫と黒の気持ち悪い卵が見えるからな」
このくらいの大きさだ、と言いながら、ヤマトは顔の前で両手で卵の形を作る。
「この卵から生まれるベヘリタスは、仮面に影をまとった、日本刀を持った長身の少女。背格好は姉妹と同じ位だ。周囲には無数の刃状の影がまとわりついていて、日本刀と影の刃を使って攻撃してくる」
攻撃方法は、デットブラスター相当の『ブレードシュート』、影縛り相当の『ブレードジェイル』、雲耀剣相当の『ブレードクラッシュ』。ただし、周囲の影の刃は攻撃だけでなく、シャドウを防御するやっかいな能力があるという。
「近づけばその影に阻まれ切り刻まれ、遠方からの攻撃は刃にはじき返される。かなり面倒な相手だぜ」
近距離攻撃を行えばすれば致命傷を負い、遠距離攻撃はまともに届かないということだ。しかし、ある『条件』を満たせば能力を弱体化できる、とヤマトは力強く言う。
「ベヘリタスは、卵を産みつけた人間と絆を持っている相手に対しては攻撃も防御も弱くなる。つまり!優陽と何らかの絆、心の交流を持てば有利に戦えるぜ。今回は周囲にまとった刃の効果が大幅に低下するはずだ」
絆は深ければ深いほど弱体の効果が高い。まずは、優陽に接触し、彼女と交流を図る必要があるだろう。
「ただし、あまり時間はないぜ。明日の夜八時、月と太陽が出会えば、時が満ちる」
首をかしげる灼滅者たちに、ヤマトは咳払いを一つ、言い直す。
「……帰宅した姉の優陽を、玄関で華月が出迎える時に卵が孵化する。今から約36時間後だ。能力が弱体化するといっても、無効になるわけじゃないから注意してくれ。近距離攻撃は十分通るが、攻撃者がダメージを受ける。遠距離攻撃はダメージは減る。回復も含めて、十分な戦略を持って臨んでくれ」
灼滅者たちが力強く頷くのを確認し、ヤマトも満足げに頷いた。
「最後の説明をするぜ。彼女の行動パターンと、接触できそうなタイミングだ」
ヤマトは灼滅者たちに二枚の紙をみせた。高校と自宅周辺の地図と、姉妹の行動予想のタイムチャートだ。
剣道部に部長として所属する優陽は多忙で、今日は妹と共に部活の後、塾に通い夜遅くに家にもどる。明日は本屋と雑貨店に一人で寄った後、遅くまで市立図書館で勉強をすると予想される。妹は友人とファーストフード店などに寄った後、早めに家に帰り、姉が帰るまで一人で過ごすだろう。
「日中なら同じ学校の学生のふりをして近づくか、だな。相手と結ぶ絆は友情でもライバル心でも憎悪でも、種類は問わない。お前達のやりやすい方法で交流をしてくれ」
説明を終えると、ヤマトは机においていた知恵の輪を手にとった。
「絆のベヘリタスの卵を植えつけられた者は、もっとも強い絆を持つ相手との絆を失う。忘れるんじゃなく、相手をみても何も感じなくなる。昨日までどれほど強く想っていた相手でも、だ」
少しの間、かちゃかちゃと動かすが、太陽と月を形どった金属のリングはねじれたまま、ほどけそうにない。
「突然絆を失ったことに、本人は強い戸惑いを感じて悩んでるはずだ。もっとも、優陽の場合は妹との関係に対して強い悩みをもともともってたみたいだが。絆を結ぶ上で重要になるかもしれないから覚えておいてくれ」
ヤマトは知恵の輪を机に置き、灼滅者たちを真剣な目で見つめた。
「ベヘリタスを倒せば、絆は戻る。唐突に戻ってくるんだ。……できれば、灼滅が終わったあと、二人の心のケアを頼む。厳しい戦闘な上に注文を加えて悪いが、お前達なら必ずやってくれると信じてるぜ!」
参加者 | |
---|---|
佐々・名草(無個性派男子(希望)・d01385) |
逆霧・夜兎(深闇・d02876) |
村瀬・一樹(ユニオの花守・d04275) |
白波瀬・雅(光の戦士ピュアライト・d11197) |
城戸崎・葵(素馨の奏・d11355) |
アイスバーン・サマータイム(精神世界警備員・d11770) |
桜井・かごめ(つめたいよる・d12900) |
桜乃宮・萌愛(閑花素琴・d22357) |
●迷える心
キーンコーン……
放課後を告げるチャイムが鳴り響くと、生徒達はばたばたと移動しはじめる。
桜乃宮・萌愛(閑花素琴・d22357)は行き交う生徒にまぎれて、剣道場の近くで控えていた。プラチナブランドの緩やかな髪が周囲の生徒から注目をあびていたが、『プラチナチケット』の効果で校外の人間だとは思われていない。
しばらくすると、写真で見た双子の少女が近づいてきた。一方は紫と黒の奇妙な色合いの卵を乗せている。
「優陽先輩ー」
返事をして近づいてくる彼女に、萌愛はふわりと微笑んだ。
「部活、見学してもよろしいですか?」
「ええ、歓迎よ」
「よかったー。この前の練習試合すごかったです、あこがれますー」
「ありがとう。ゆっくり見て行ってね」
萌愛の言葉に優陽は照れながら、剣道場の中へ入っていった。
白波瀬・雅(光の戦士ピュアライト・d11197)と桜井・かごめ(つめたいよる・d12900)は、剣道場に部員として潜入していた。
練習は地稽古を行う時間になっている。
雅は、道場の中心で優陽と対峙していた。
下段に構えた優陽に対し、雅は竹刀を正眼に構える。足を滑らせ距離をつめ、気合の声と共に一息に踏み込む。
喉元を狙った雅の突きは、開き足でかわされた。反撃を竹刀で弾き、後方へ跳ぶ。呼応して間合いを取り直した相手が、素早く小手への打突を仕掛けてくる。
(「気を紛らわせる為に無理に打ち込んでる、ってとこっすかね。でも、続かないっすよ」)
苛烈な攻めを凌いでいると、気が切れたように、甘い打突を優陽が放ってきた。雅は足裁きで軽く流し、すかさず面を狙い竹刀を打ちつける!
周囲がざわめいた。
「い、一本!」
雅は強い口調で言い放った。
「優陽さん、他のことに気をとられていませんか。剣が荒れていました」
そんなことは、と力なく呟く彼女に、雅は苛立たしげに続ける。
「……今日はもう、帰ります」
強いため息と共に一礼し、雅は道場の出口へと向かった。
(「うう、こういうのは苦手っす」)
背後の動揺を感じながら、心を痛める雅であった。
雅が去った後、優陽は道場の端で休息をとっていた。時折、顔をあげては稽古中の妹たちを眺めている。
かごめはそっと近づき、優陽へ呟いた。
「先輩、今妹さんのこと見てましたよね?」
「えっ」
「実は、僕も双子なんです」
双子の姉妹、それから剣道。かごめは告げた後、物憂げに目を伏せた。
沈黙の後、優陽がぽつりと呟く。
「華月はね、優秀なの。学業も、剣道だって本気ならあの子のほうが強いよ」
「自慢の妹、かな?」
そうね、と優陽は曖昧に笑う。かごめは迷いつつ、小さな声で話を続けた。
「僕は、苦しかったです。同じ顔だからこそ、必要以上に自分と比べてしまう」
「……私も。辛い、ううん、辛かったのよね」
優陽は過去の事のように遠い瞳で呟く。
その表情に、かごめは彼女の頭上を険しい目を向けた。
(「胸糞悪い玉子。きっちりかち割ったげるから覚悟しなよ」)
夜、22時過ぎ。塾の講義が終わり、新入生として紛れ込んでいたアイスバーン・サマータイム(精神世界警備員・d11770)は、優陽と共に夜道を歩いていた。優陽の家近くのマンションの場所を調べた上で、道を尋ねたのだ。自分の家の近くと知ると、優陽は自ら一緒に帰ると申し出てきた。
会話は弾んでいた。本の話や、近隣のおいしい店。イタリアンピザの店の話が長くなったのは、アイスバーンの趣味だ。
「新しい学校ちょっと不安だな……」
「私に話しかけた勇気があるもの、平気よ」
「一緒に通う妹とかいれば、ちょっとは不安もマシなのかなって思うんですが」
楽しそうだった優陽が一転、表情を強張らせる。
「そうかな……さ、後はここからすぐよ」
気づけば、最後の十字路まで来ていた。
「今日はありがとうございます。えっと、よければ……また一緒に帰っていただければ嬉しいなって?」
慕うようなアイスバーンの申し出に、優陽の表情が和らぐ。いつでも相談に乗るよ、とアドレスを交換し、互いに手を振って二人は別れた。
●たいせつなもの
翌日。逆霧・夜兎(深闇・d02876)、城戸崎・葵(素馨の奏・d11355)、そして萌愛の3人は雑貨屋を訪れていた。思い思いの場所で雑貨を選びながら優陽を待つ。
夜兎が陣取ったのは、『にゃんこ特集』の看板を掲げたコーナーだ。白黒のブチ猫をモチーフにした付箋と、他に幾つか小物を選び取ると、周囲を見渡し優陽の姿を確認する。
夜兎は彼女へ向かって歩き出し、雑貨に気をとられた振りで軽くぶつかった。手から小物が零れ落ちる。
「ごめんなさい!」
「ごめん。大丈夫だった?」
夜兎はしゃがみ、狭い通路に散らばった雑貨を拾い始めた。優陽も慌てて拾うのを手伝う。
立ち上がる時、視線が合った。相手が美形の男性であったことに気づき、優陽が驚く。夜兎は照れたように笑った。
「オレ、こういう可愛いの好きなんだ……おかしい……かな?」
「いいえ! 猫、私も好きです」
「君のソレも可愛いね?」
「これですか?」
ひとしきり優陽と雑貨話を繰り広げた後、レジにいくから、と夜兎は話を打ち切った。
印象付けは成功だろう。夜兎の次の課題は、この雑貨を買うかどうかだった。
萌愛と会話した後、優陽はプチギフト品のコーナーを訪れた。そこでは葵が、接触機会を待っていた。優陽は心ここにあらずといった様子で、隣で悩みオーラを発している葵には気がついていない。
気を引くように、葵は唸るようなため息を吐いた。彼女がちらりと葵を見る。
「あの……ちょっと良いかな?」
「は、はい」
身構えた少女の警戒心を解くよう、葵は穏やかな声で続けた。
「女兄弟には、どんなプレゼントをあげたら喜ばれるだろうか」
「妹ですか?」
「いや、姉に誕生日プレゼントを贈りたくてね。大変なようだから、労いもかねてね」
プレゼントという響きに、優陽の脳内に萌愛の言葉が浮かぶ。
「好みや価値観って、例え同じ環境で育っても不思議と違うそうなんです。だから喧嘩もするけれど、思いやることもできるんだって……。誰かを想って贈り物を選ぶと『思いやり』の心思い出します」
(「この人は、お姉さんを思いやっている……たぶん、私の妹も」)
優陽は真剣に悩み始めた。ふと、葵を囲む香りに気がついたように鼻をひくつかせる。
「……香り。疲れているならアロマとか」
優陽はポプリのポーチがついたぬいぐるみを手に取る。
「これならお手入れも楽です。疲れていると手間のかかるものは嫌だから」
「なるほど、確かにそうだね。参考になったよ」
葵は柔らかい笑みを浮かべ、優陽にお礼を述べた。
佐々・名草(無個性派男子(希望)・d01385)は、図書館の奥の席で優陽をまっていた。先刻、書店では接触はできたが、優陽が素早く本を拾って去ってしまったのだ。
名草が力を尽くして守りたいのは、自分が認識できる世界──日常、そして絆だ。絆を奪うシャドウであるベヘリタスは、名草にとって宿敵中の宿敵。
絆を取り戻し、せめて回復の喜びを。名草は目を引く装丁の『花言葉辞典』を腕に抱え立ち上がった。
図書館の入り口へ向かうと、ちょうど優陽が歩いてきた。名草は驚いた声をあげる。
「キミ、本屋であった人だよね?」
「あっ! さっきはごめんなさい!」
頭をさげようとする優陽を制し、名草は茶目っ気たっぷりに笑う。
「今日初めてこの街に来たんですけど……こんな短い間に二回も会うなんて、すごい偶然。何かの縁かな?」
「ふふ、両方とも本関係ですね。本が」
名草の抱えた本に気づき、優陽は言葉を一度とめる。
「花言葉、好きなんですか? 本屋でも、持っていたような」
名草は苦笑いを浮かべた。
「黙っているだけじゃ、伝わらないから。だけど、直接言葉にするのも勇気が必要で」
花言葉辞典を抱えなおすと、名草の笑みが照れたものに変わる。
「でも大事な人に伝えたい言葉があるなら、伝えないとね」
「大事な人……今の私に、伝える資格はあるのかな」
不安な表情で呟く優陽。名草は小さく拳を握った。
(「大丈夫。絆を、君の世界を壊させはしない」)
図書館の読書席。村瀬・一樹(ユニオの花守・d04275)は、優陽の背後の席に座っていた。用意していたペンケースを、そっと背後へ落とす。
「あ、落ちましたよ」
優陽が拾い上げ、微笑みながら一樹へ差し出す。一樹はお礼をいいながら、優陽の向こうへ視線をむけた。
「勉強がんばってるね。僕ももう高3だし、進路の為に頑張らないと」
「一緒ですね、私も3年です」
「僕は大学に進学したいと思ってるんだけど……君はどう、家族とかはどう言ってる?」
「えっと、同い年の妹と、一緒の大学に行こうって」
「……いいなあ、僕は一人っ子だから。兄弟がいる人にしか分からない事も沢山あるんだろうな、羨ましいや」
「いいことばかりじゃ、ないですよ」
困ったように優陽は笑い、声を潜めた。
(「喋ってると、怒られちゃうから」)
そう言い、彼女は勉強へ戻っていく。
(「僕も兄弟がいたら、一緒に色々できたんだろうなあ……」)
喧嘩できるのさえ羨ましいや、と一樹は思った。
●絆を食らう闇
午後8時前。灼滅者たちは郊外の住宅地へ集まっていた。
優陽に怪しまれない場所へ身を隠し、彼女の帰りを待つ。家までは約100メートル。下見に時間を掛ければ良い場所が見つかったかもしれないが、今は時間がなかった。
頭上にどす黒さを増した卵を乗せた優陽が、門の中へ入っていく。灼滅者たちも追って門へと移動した。
ぱり。ばりぱりばりっ!
殻を破る、乾いた音が響き渡る!
門へと飛び込んだ灼滅者たちが見たのは、少女の頭上から噴出した仮面のシャドウが、周囲の夜闇を切り裂きながら、ぬるりと這いずり出す様だった。恐怖で座り込んだ優陽を、庇うように妹が抱きしめている。
シャドウの胸元には、大きなクラブのマーク。
ベヘリタスがゆっくりと振り向く。
灼滅者の姿を確認したベヘリタスは、周囲の闇を吸い、ぶよぶよとした下半身を大きく膨らませた。噴出した影が無数の剣となり、体全体を覆う。
剣はすぐさま、かごめへと襲い掛かった。その射線を夜兎がすかさず遮る。
「……っ! 大丈夫か?」
短く頷いたかごめが飛び出し、闇の剣を蹴散らしながら強烈な螺穿槍を叩き込む。かごめに続き、他の灼滅者たちも傷を負いながら近接攻撃を中心に放っていく。
夜兎は戦況を視るため一歩引いた位置にたち、影喰らいを撃った。地面を穿つ剣筋の深さと、各々が負った傷の量を比較して状況を把握する。反撃を見る限りでは、絆が圧倒的に深いのは、完全に無効化しているかごめ、次点が雅とアイスバーンだ。
「葵と一樹は無理をするな!」
攻撃を受け止めた夜兎の腕は、まだびりびりと違和感を訴えていた。ディフェンダーでなければ、強力な灼滅者でも体力の半分をもっていかれるだろう。
(「オレも耐えて3発って所だな……頼むぜ、ユキ」)
ユキはくるくると回ると、夜兎をしゃぼん玉で包んだ。
戦闘開始から6分。
影縛りから雲耀剣の連撃で灼滅者たちを脅かし、攻撃をかわしていたベヘリタスも、積み重なる捕縛やプレッシャーの影響で動きが鈍っていた。
アイスバーンが器用にサイキックを使い分け、着実な攻撃でベヘリタスの体力を削り、雅とかごめは強力な近接攻撃を重ねていく。葵の攻撃で積み重なったトラウマの効果で、ベヘリタスは自らを守るはずの剣で、自身を大きく傷つけていた。
萌愛と夜兎、轟天とジョルジュは、集中して受けぬよう連携して攻撃を捌き、仲間を辛うじて守りきっている。
名草と一樹、ユキは、懸命な回復で全員を支えていた。剣の反撃はヒールで癒しきれるが、本体の攻撃で深い傷がたまり、ディフェンダー陣は限界が近い。
自らを奮い立たせるように、萌愛が叫ぶ。
「ベヘリタス……貴方は絶対に勝てない。絆って弱いようで強いのだから!」
萌愛の歌声が響く。左手を胸に添えながら、攻撃に転じた一樹が歌声を重ねる。
「僕らの絆を甘く見ちゃいけないよ!」
タクトのように振るわれた一樹の剣が、ベヘリタスをびしりと指し示す。ベヘリタスの周囲の剣が一斉に本体へ襲い掛かった。二人の歌の催眠効果だ。
「そろそろ……終りだ」
好機とみた夜兎は、反撃に億さず、ぎりぎりの体力で閃光百裂拳を放つ。
「絆を奪うベヘリタス……僕は僕の世界を、誰かの世界を壊す輩を許さない!」
渾身の力で名草がロケットハンマーを叩き込んだ。
ジョルジュの霊撃に続き、葵がオーラキャノンで胸のスートを穿つ。
大きく抉れた所へ、アイスバーンの妖冷弾とデッドブラスターの連撃。仰け反ったベヘリタスへ、かごめがフォースブレイク──あと少し。
かごめは雅へ視線を送った。
雅は無敵斬艦刀を、剣道のように正眼に構えて気を整えていた。太陽に似た光が刀へ集まる。
「あなたが奪った絆、返してもらうよ!」
振り下ろした光と共に、影が弾ける!
ひぃああぁあ……
悲鳴のような風を切り裂く音と共に、影が霧散していく。
金色の仮面が乾いた音を立てて床へ転がり、ぶすぶすと地に溶けた。
●ほどいて、結ぶ
戦いを終えた灼滅者たちは、玄関で震えている双子を振り返った。
妹は警戒を露に睨み、優陽は座り込んだまま、顔の色を失っている。
名草はゆっくりと優陽へ近づくと、しゃがみこんで視線をあわせた。
「大事なもの、見つかりました?」
名草の言葉に、優陽は妹、華月をゆっくりと見やり──瞳に涙をにじませた。一度あふれ始めた想いは、とめどなく彼女の頬をぬらす。
「お姉ちゃん!?」
「大丈夫。この方たちと話がしたいの、先に家に入ってて」
「でも!」
「大丈夫」
姉に諭され、華月は渋々家に戻っていく。その背を見送り、優陽は改めて灼滅者たちへと向き直った。
「ごめんなさい」
アイスバーンが大きく頭を下げた。
「新しい学校とかは全部嘘なんですが……でも、土御門さんが優しくて、頼りになるのは本当のことですよ?」
「立場の話には嘘もあったけど、僕らが優陽さんに伝えた思いに嘘はないよ」
一樹は優しい微笑みを浮かべ、立てぬままの少女へ手を差し伸べた。ゆっくりと立ち上がる彼女を、そっと支える。
「僕が双子だっていうのは本当。でも、今は亡くしてしまった」
かごめが静かに告げた。脳裏に思い描くのは、大切な半身。
「色々あって混乱してると思うけど、悔しさも妬みも認めた上で感じるのは、きっと震える位の愛おしさだから。だから、一歩踏み出して抱きしめておいで」
言葉を詰まらせた優陽は、頭を下げると、家の中へ走り出す。
(「絆を失うのは悲しい事……元に戻せてよかった」)
取り戻した大切な人と、どんな話をするのだろう。傍らの愛しいジョルジュを見つめながら、葵は姉妹の行く末に思いをはせるのだった。
作者:東加佳鈴己 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年6月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 1
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