死者と慈愛

    作者:灰紫黄

    「オオオオオオオオオォォォォ…………」
    「聞こえています。あなたの怒りも、悲しみも」
    「アアアアア、アアァァァァ…………」
    「はい。痛みも、苦しみも。……私は『慈愛のコルネリウス』。傷つき嘆く者を見捨てたりなどしません」
    「ア、ア、ア、ア……アァ……」
    「……プレスター・ジョン。この哀れな…………をあなたの国にかくまってください。どうか安らぎを」

     ふるり、と夏の気配のするぬるい風が窓を叩く。空は快晴。けれど、口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)の表情は真反対に暗い。
    「集まったわね。……シャドウ、『慈愛のコルネリウス』のことは知ってるかしら」
     といっても、現状では『強大な力を持つ、特別なシャドウ』としか説明できない存在だけれど。
    「残留思念に力を与えるなんて、ありえないと思うけど……ダークネスの力はまだまだ未知数だってことでしょうね」
     慈愛のコルネリウスはダークネスの残留思念に力を与え、どこかへ送ろうとしているという。残留思念は特に事件を起こすことはないが、大事件につながる可能性もあるため、放置するわけにもいかない。要は、コルネリウスが残留思念に呼びかけを行ったところに介入し、残留思念を倒してほしいということだ。
     ただし、このコルネリウスは幻であり、戦闘能力はない。また、これまでの経緯から灼滅者には不信感を抱いており、交渉の余地はないだろう。
     加えて、残留思念は自分を殺した灼滅者を強く憎んでおり、まず戦闘は避けられない。
    「残留思念はデモノイドのもの……でも、詳しいことは分からないの。ごめんなさい」
     目は申し訳なさそうに少し視線を伏せた。そのまま、でも、と続ける。
    「なんとなくで、確証はないけど……『不死王戦争』やその前後の戦いで死んだデモノイドかも。なんていうか、苦しみ方が似ている気がして……」
     現在はダークネスの種族として認識されているデモノイドだが、以前はソロモンの悪魔によって生み出される存在だった。その過程では非人道的な実験や虐殺が行われ、多くの人々が無理やり、そして突然にデモノイドにされた。彼ら、彼女らのほとんどが消えゆく自我の中でもがき苦しみながら死んでいった。今回の残留思念はおそらくその中のひとつだろう、と。
     残留思念はデモノイドヒューマンのサイキックとシャウトを使う。能力は不死王戦争のときよりいくらか強くなっているようだ。
    「コルネリウスが何を考えてるかは分からないし、何が起きようとしてるのか想像もつかないけど……とりあえず、みんな無事に帰ってきてね」
     たぶん、それがいちばん大切なことだから、と目は最後にそう付け加えた。


    参加者
    鹿野・小太郎(バンビーノ・d00795)
    芹澤・朱祢(白狐・d01004)
    鏑木・カンナ(疾駆者・d04682)
    穹・恒汰(本日晴天につき・d11264)
    龍造・戒理(哭翔龍・d17171)
    斥谷・巧太(マリモのあんちゃん・d25390)
    果乃・奈落(理由なき殺意・d26423)
    百合ヶ丘・リィザ(なんちゃって武闘派お嬢様・d27789)

    ■リプレイ

    ●地下
     世界は闇に満ちている。比喩ではない。深夜の地下鉄の構内は非常灯の緑の光しかない。
     灼滅者達はデモノイドを逃がさないために……確実にもう一度殺すために、二手に分かれた。実体化したところを挟み撃ちにする算段だ。
     やがてホームに降りると、灼滅者達は淡い光に包まれた少女の姿を見付けた。コルネリウスだ。虚空と言葉を交わしている。
    「コルネリウス! 苦しんだ人間を復活させて更に苦しめて、『慈愛』だって? 笑わせんじゃねえよ!!」
     斥谷・巧太(マリモのあんちゃん・d25390)はたまらず叫んでいた。デモノイドヒューマンとして、一人の人間として、死者を何かに利用しようというなら、それは許せない。怒りの青い炎が胸中に渦巻く。
    「もう終わってしまったものを呼び起こす。報告には聞いておりましたが……いささか、趣味が悪い」
     表情に嫌悪が表れ、百合ヶ丘・リィザ(なんちゃって武闘派お嬢様・d27789)の眉が寄る。デモノイド現れた戦いは彼女が入学する前に起きたことで、伝聞でしか当時のことは知らない。けれど、今回の事件はその再現でしかないことは理解できた。
     コルネリウスは灼滅者に一瞥もしない。ただ見えぬ者の言葉に耳を傾けるだけだ。最後に小さく頷くと、その姿は薄くなっていく。代わりに灼滅者達のよく知るシルエットが色づき始める。
    (「残留思念に力を与えて、それで彼らを救えるって言うのかしら」)
     ライドキャリバーのハヤテを前衛に向かわせながら、鏑木・カンナ(疾駆者・d04682)は意味がないと分かりつつもコルネリウスの眉間に狙いを合わせていた。
    「……憎まれるようなことをした覚えがない、とは言わねーよ。そんでもそいつをもう一度苦しませる必要なんてねぇだろ」
     芹澤・朱祢(白狐・d01004)の脳裏に阿佐ヶ谷の戦いが蘇る。犠牲を少なくするために犠牲を払うという、残酷な戦いだった。
     少なからず、コルネリウスに怒りを抱く者もいた。だが、彼女はデモノイドの苦しみとは無関係だ。デモノイドの魂は彼女がいなくても苦しみ続けている。その苦しみを与えたのは、ソロモンの悪魔とノーライフキングに率いられたアンデッド、そして。
     デモノイドの記憶に刻まれた直接の加害者は灼滅者だ。灼滅者を殺そうとするのはデモノイドの意思であり、コルネリウスはそれを叶えたにすぎない。再びデモノイドに苦しみを与えるとすれば、それは他でもない灼滅者だ。
     けれど、コルネリウスに怒りを転嫁したいのも当然といえば当然だ。特別な力を持っていても、灼滅者達は少年少女にすぎない。その憎しみを受け止めるには若すぎた。
    「ガアアアアアアアアアアアッ!!」
     少女の姿が消えるのと同時、蒼い肉体は完全に実体化した。咆哮には灼滅者への憎しみと、復讐の歓喜とが滲んでいた。

    ●咆哮
     バシュウウ!
     デモノイドの口から強烈な酸が放たれ、ホームに大穴を開けた。鹿野・小太郎(バンビーノ・d00795)はそれをギリギリで回避する。前髪が跳ねた酸で少し溶けたが。かつて倒したデモノイドの姿がフラッシュバックした。
    「救われなかった事を、恨んでいますか?」
     銀爪が蒼い肉体を抉る。あの時は、放っておけば確実に大きな被害が出た。今回もその可能性がある以上、同じことをするしかなくて。
    「日常を奪われ、異形となり、死した。その無念、わからないでもないが、それ故に……消す」
     龍造・戒理(哭翔龍・d17171)の槍から氷の弾丸が飛び出し、デモノイドの体に突き刺さる。バキバキと音を立てて冷気でその肉体を蝕んでいく。ビハインドの蓮華がそれに合わせて霊力で追い打ちをかける。
    「アアアア、ァ、アアアアアアアアアア!!」
     デモノイドは痛みにのたうちまわりながら、氷を引き剥がそうと自分の体をかきむしる。ダークネスの体力なら、大したダメージではないはずだ。けれど、彼あるいは彼女にとっては耐えがたい苦痛に違いない。目こそないが、蒼い血を流す様は、全身から涙を流しているようにも見えた。
    「オレらを恨んでるんだったら、憎しみとか苦しみとか全部ひっくるめてぶつかって来ればいい! 来いよ、受け止めてやろーじゃんか!」
     デモノイドの大剣に吹き飛ばされ壁に叩きつけられても、穹・恒汰(本日晴天につき・d11264)は何度でも立ち上がった。血が噴き出ても、ナノナノのイチのおかげですぐに止まる。灼滅者がデモノイドを倒したことは事実だ。なら、最期まで、いやその後も付き合ってやってもいいだろう。身体を張るくらいしかできることなんて思い付かない。
     光線を放つデモノイドの背後で、紅と蒼が走った。果乃・奈落(理由なき殺意・d26423)だ。片手には紅の光剣、もう片方には蒼の片刃刀。鋏のように交差させ、翼をねじ切った。返り血を浴びた奈落の表情は、目深に被ったフードのせいで分からない。けれど、二振りの剣からは並々ならぬ殺気が放たれていた。あらゆる理屈も感情も凌駕して、灼滅という結果のみを求める衝動。奈落を突き動かしているのは、つまり殺意だった。
    「ウオオ、オオオオオッッ!!」
     デモノイドが再び叫んだ。誰もいない頭上に向けて、太い光線を撃つ。地面を貫いて地上まで達したのだろう。僅かな光が空から差し込む。穴から見えるわずかな星を眺めて、デモノイドは刹那だけ鎮まったように見えた。そして次の瞬間には跳躍しようと力を溜め始めた。

    ●慟哭
     デモノイドの行動の意図を、灼滅者達は瞬時に悟った。
    「……逃げる気か」
     天井から吹き込む風が奈落のフードを揺らす。デモノイドがホームを蹴るのに合わせ、奈落も跳んだ。このデモノイドに飛行能力はないらしく、純粋な膂力で飛び越えようとした。だが、奈落の影が壁を伝って穴をふさぎ、さらに黒牙でデモノイドに食らいつく。
    「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」
     悲鳴。喉元に一撃をもらった巨獣はたまらず鳴いた。しかし、逃走も諦めなかった。影を振り払い、空中でもうひと跳び。片腕が天井をつかんだ。
    「っ、逃がさない!」
     ハヤテを蹴り、カンナも跳んだ。両の拳が金とピンクに瞬き、デモノイドの腕を連打で天井から引き剥がす。ここで逃がせば、それこそ阿佐ヶ谷の再来だ。何をしでかすか分からない。それだけは絶対に避けたい事態だ。だって何のための犠牲か分からない。
     ずしん、と大きな音を立ててデモノイドがホームに落下した。あまりの衝撃に駅全体が揺れる。
    「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァッ!!」
     慟哭だった。何も知らぬ者には怪物の咆哮にしか聞こえぬだろうが、灼滅者にはその悲哀が確かに伝わってきた。
    「くそっ。何言ってんのか分からんねーよ」
     感情はこれでもかと伝わってくるのに。言いたいことは山ほどあるだろうに。コルネリウスのように言葉を理解することはできない。朱祢が腹立たしいのにはダークネスだけではない。
    「倒すしかない、か」
     分かりきったことを呟く。戒理の表情からは、感情は読み取れない。姿勢を屈め、弾丸のように、あるいは肉食獣のように駆けた。流星の輝きを脚にまとい、青い闇を切り裂く。
     幾度目かの光線砲が閃いた。仲間の前に立ったリィザはシールドとバベルブレイカーを交差させて受け止める。損傷は軽くない。けれど、まだ戦える。まだ受け止められる。にっと不敵な笑みが浮かんだ。
    「ベスパ、頼んだぜ」
     主の声にライドキャリバーはブオン、とエンジン音で応えた。巧太はベスパを含め、前衛を回復で支援し続けている。
    「せめて名前は思い出せるだろか……無理かな?」
     拳をかわしながらでも、恒汰は優しく言葉をかけてみた。すると、デモノイドは少し硬直した。混乱しているのだと思った。そしてエクスブレインがデモノイドの出自を明言しなかった理由を理解した。デモノイド自身でさえ、自分がどこの誰だったのか覚えていないのだ。たくさんのデモノイドの一体。それ以上の情報はどこにもない。確かなのは怒りと憎しみ、そして生の執着が残っていることだけ。
    「何度も苦しい思いをさせてすみません……ごめんなさい」
     小太郎の刀が大地と共振し、畏れをまとう。ソロモンの悪魔がデモノイドに変え、そして灼滅者に倒された。武器を手にしながら謝罪を口にするのは自己満足かもしれない。それでもそうせざるをえないのは、彼自身の性分か。
     刃は思ったより深くに食い込み、デモノイドに致命傷を与えた。
    「グ、アアアアァァァ…………」
     巨体がぐらりと傾き、やがて倒れる。今度は衝撃はない。その体はもう消えかけていた。

    ●静寂
     何人かの灼滅者が倒れたデモノイドに駆け寄った。巧太が真っ先に手を伸ばした。
    「もう、苦しまなくていいからな。ゆっくり休んでくれよ」
     けれど、伸ばした手は空を切るだけ。青い身体は見えているのに触れない。その返答に、デモノイドは武器化した腕をかざした。最期の一瞬まで憎しみは消えない。それを悟って巧太はまっすぐそれを受け止める。もう攻撃する力はないが、たとえ必殺の一撃があっても彼はよけなかっただろう。
     そこで初めて、デモノイドは武器を外した。本当は理解していたのかもしれない。自分が救いようのない怪物で、灼滅者達が力ない人々を守るために戦っていたことを。
    「……あ、おうおう……えええええええぇぇっぇ」
     すすり泣くような声。悔しさと諦めが滲んでいた。その青い肉体はだんだん薄くなり、やがて完全に闇に溶けて消えた。灼滅者はデモノイドを救えただろうか。否だ。そもそも死者を救うなんて、できるはずもない。
     静寂の戻ったホームで、灼滅者達はしばらく立ち尽くしていた。蓄積した疲労で座り込んでいる者もいる。
    「……戻りましょっか」
     どれくらい経ったろうか。ハヤテにもたれかかったカンナがそう言った。灼滅者にも日常がある。いつまでもこうしていうわけにもいかない。次の戦いまで身体を休める必要もあるだろう……と無理やり自分を納得させる。
    「ええ。テストも気になりますしね」
     精一杯の苦笑を浮かべて、リィザも立ち上がる。両腕にはまだ戦いの熱気が残っている。同時にデモノイドの打撃の感触も。せめて忘れないように、と腕をそっと撫でた。
    「……ああ、うん。そうだな」
     力なく頷く朱祢。あのデモノイドは結局、何も残さなかった。いや、本当に? 自分達が分からなかっただけで、きっといろんなことを伝えたかったかもしれない。疑念は消えない。
     小太郎は刀を鞘に納めないままずっと眺めていた。刃にはべっとりと付いていた青い血はもうない。存在ごと消えてしまったようで、それを少し残念に思う自分がいた。
    「蓮華。……いや、大丈夫だ」
     戒理は肩に置かれたビハインドの手にそっと手を添える。そんなに心配をかけただろうか、と自問してすぐに歩き出す。立ち止まっては何もできないから。
    「やっぱり甘いものはいーね」
     ポケットから出した棒付きのアメを口に放り込む恒汰。わざとらしく口に出すのは、理由があってのこと。元来た道を戻る恒汰にイチも続く。
     後ろを歩く奈落はふと上を見上げた。デモノイドの開けた穴から月が見えた。丸い月だった。
    「・・・・・・来世というものがあるのであれば、こんな事に関わらない人生を送れるといいな」
     誰にともなく呟いて、立ち去る。そしてホームは完全に静寂に包まれた。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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