●時が来たようだな
正餐の鐘が鳴り響き、全てが動き出す。
若き熱情の轟きが腹腔を揺るがし、馨しき香りが鼻孔をくすぐる。いま、まさに、グルメ戦国時代の幕が切って落とされたのだ。
そして、その戦国の地に、一人の男が舞い降りた。
そう、その男こそ……、
「俺の名は神崎・ヤマト。最も高い代償を支払うことにより、全てのグルメを食べ尽くす権利を得た男と覚えておいていただこう」
神崎・ヤマトその人であった。
グルメストリートの審査員を任されたヤマトは、あらゆるグルメを自由に食べる権利を有している。
つまり無料である。
そして、無料より高いモノは無い。
ゆえに、このヤマトこそ、最も高い代償を支払っていると言って過言では無いのだ。
おそらく、きっと、もしかしたらであるが。
そして、ヤマトは、
「どうやら、俺の全能計算域が今までに無い程に活性化しているようだな。さて、お前達に、この俺を満足させる事ができるかな?」
と、格好良いポーズでそう宣言しつつ、スタイリッシュな歩調でグルメストリートへと歩み始めたのだった。
●第3位~総合武術同好会
飯処~総武~
ヤマトが最初に辿り着いたのは、人気投票第3位の店『飯処~総武~』である。
学生街に必ず一件はありそうな、定食屋。
つまり、名物メニューに激盛系があるタイプの定食屋である。
「ならば、俺は、この霊峰豚丼を選ぶぜ」
店に入り席についたヤマトは、接客に出てきた部長の竹宮・友梨に、お前、背中が煤けてるぜとか言いそうなポーズで、そう言い放った。
「ヤマト君、メガ盛りはやめておいたほうがいいよ。体育会系の猛者でも、なかなか……なメニューだからね」
が、普通に阻止された。
確かにヤマトは、体育会系では無い。
灼滅者達にくらべて運動量が少なめの、エクスブレイン系なので、メガ盛りは少し難しいようだった。
「では、この店……。グルメストリート人気投票第3位、飯処~総武~で、一番のメニューを用意してもらおうか」
ヤマトがバシっとキメたポーズでそう言うと、友梨は一瞬きょとんとした後、嬉しそうに微笑した。
更に、周囲の団員やお客達も喜んで、友梨達を大いに祝福する。
体育会系らしい、野太い声も、こだまして、飯処~総武~はちょっとしたお祭り騒ぎ。
「3位ね、これも総武寮の飯飯コールで鍛えられたからかしらね」
友梨の言葉に、うんうん頷く団員達。
さらに、ヤマトの前には、俺のおごりだと、団員やお客から様々な料理が置かれていく。
おごられなくても、無料で食べれるのだが、おごってもらえるならば、それそれで嬉しいと、ヤマトは、次々と料理を平らげていった。
「む、これは……。懐かしい昭和の味がする味付けでは無いか、おぉ味噌汁の湯気の向こうに、まるで高度成長期の幻が見える」
平成生まれのヤマトは、嬉しげに料理をぱくついていく。
この勢いならば、もしかしたら霊峰豚丼も完食できたかも? という風情。
更にお味噌汁もおかわりして、存分にタダ飯を平らげたヤマトは、腹回りをさすりながら、席を立った。
「さすがは、第3位の店だった……と言わせてもらおう。
だが、俺の全能領域が言っている。お前達は、この程度で満足する器では無いと。
世界は広い、更に高みを目指し、グルメの真髄を極めるのだ」
ヤマトは、ぷはーと、大きく息を吐きながら、そう評論して店を去っていく。
格好良いポーズは忘れないが、お腹が苦しそうなので、なんとも微笑ましい。
団員と店にいたお客は、そんなヤマトを、忍び笑いで見送るのだった。
●第2位~ちょーほー部
スパイしーなカレー屋
「なんということだ。この俺が、まさか初戦からこれほどのダメージを受けてしまっていたとは。だが、まだだ、まだ終わらんよ」
ヤマトは、食べ過ぎの為に暴走しかけている左脇腹を右手の封印の力で抑え込むと、新たな敵との邂逅のため、戦略的な行軍を続けていた。
目指すは、人気投票第2位の店、スパイしーなカレー屋である。
「インディア4000年のスパイシーな香りに導かれ、この俺、神崎・ヤマト、ここに参上!」
バタンと扉を開けると、そこには、20cm×20cmの小型の黒い箱が用意されていた。
「これは、まさか……爆弾なのか? 神は、この俺の全能計算域を試そうとしているとでも言うのか。だが、甘い、この俺の前に、この程度の爆弾など、ものの数では無い」
ヤマトはそう言うと、これみよがしにポケットから取り出したルービックキューブをカチャカチャと回し、あっと言う間に1面を揃えて見せたのであった。
「まずは、光学センサーを解除する。闇のヴェールよ、我が領域を光の神より隠したまえ」
ヤマトはそう言うと、手元を布で覆い明かりを弱めながら作業を開始した。
「さぁ、いまよりパンドラの箱を開けよう。どのような災厄が現れようとも、最後には希望が残されるのだ。恐れる事は無い」
更に、ポケットに入っていたネジで蓋を取り外そうとするヤマト。
「むっこのネジは……、まさか逆回転だとっ! なんという狡猾な罠だ、だが、俺の前では意味など無い。てやぁ」
そして、見事に蓋を開けることに成功する。
が、ヤマトの快進撃は、ここまでであった。
「なにぃ、震動センサーだと、ばかな、そのようなものがあったならば、蓋をあけるときに作動していた筈、いや、箱の蓋をあけるまでは固定されていたのか? くっ俺の油断を誘うとは、やるじゃないか」
どかーん。
「残念じゃったのぅ、ヤマト」
解体に失敗したヤマトに話し掛けたのは、フィンランド出身の11歳、シルビア・ブギ(目指せ銀河ヒーロー・d00201)であった。
いわゆる、ひとつの、ちょーほー部の部長様だ。
「ふっ、この程度の爆発では、俺の本気を引き出せなかったというだけだ。気にしていないぜ」
とても悔しそうに、ヤマトが答え、そして本題を切り出した。
「だが、本気を出してはいなかったとはいえ、この俺の予測を超えた爆弾を用意するとは、さすがは、グルメストリート人気第2位の店といえよう。さぁ、この俺の前に、最高のスパイシーなカレーを用意してみせるがいい」
まわりくどいが、翻訳すると、
「グルメストリート人気第2位おめでとうございます。この店の看板メニューを頂けますか?」
という事なのだろう。
さっそく、シルビアは、一番人気のキーマカレーを用意してきた。
金沢カレーも捨てがたいが、一番人気といえばキーマカレーなのだ。
「ならば、さっそく、試食させて貰おう。その肌がカレーぽくなるまで炒めたというキーマカレーを……。うぉぉぉぉ。なんといううまさなのだ。この味覚は、この俺の全能計算域を持ってしても計算しきれないぜ。この肉は、香辛料は、いや、違う、これはあれであーして。命名しよう、この料理の名は……」
そう褒め称えるヤマト。
そして、そのセリフの最後にかぶせてくるシルビア。
「この料理の名は、キーマカレーじゃ。あたりまえじゃの」
まったくもって、その通りであった。
「ふっ、俺とした事が醜態を晒してしまったようだ。だが、敢えてこのセリフを言わせてもらおう。この店のキーマカレーは学園一であると。では、さらばっ!」
ヤマトはそう言って去り、残されたシルビアは珍妙な顔で見送った。
「まいどありーなのじゃ」
学園一のキーマカレー、是非、ご賞味あれ。
●審査員特別賞 ご当地の友
ご当地名産品展
「これが支払った代償の大きさなのか……。だが、俺にはまだ秘策がある。この力だけは使いたくなかったが……。
能力名:パーフェクトスキャン発動、対象はこのグルメストリート全域、頼んだぞっ!」
そう言うと、ヤマトは、学園祭のパンフレットを高速で捲りはじめた。
今、この時、自分に必要な店を求めて。
そして、ヤマトのパーフェクトスキャンが指し示したのは……。
「ならば、俺は、こう言わせてもらおう。ご当地名産展に向かう……と」
そして、ヤマトは、パーフェクトスキャン能力によって示された場所へ向かい、その運命の扉を開け放った。
「ふっ。邪魔させてもらうぜ。早速、ご当地果物のフルーツポンチを頂くとしよう」
スパイしーなカレー屋と最後まで得票を競り合った、ご当地名産展は、日本中のご当地のおいしいものが全部味わえるという、グルメショップ。
そして、この店を審査員特別賞に選んだと言う事は……。
「俺は、伏せてあった能力、アナザースタマックを発動する。それが、この俺が導き出した勝利への糸口なのだ」
各種ご当地果物のフルーツポンチは、主食系が続いた後の一服の清涼剤となる事であろう。
「ヤマトちゃんいらっしゃい。オレの自慢の店にようこそ的な?」
接客に現れたのは、部長の、小清水・三珠(茨城沙悟浄・d06100)。
さっそく、フルーツポンチを作りながら、茨城竜ヶ崎コロッケの皿をヤマトの前に差し出した。
「こいつはおごりだよ。茨木はいいぜ、茨木は」
どこか遠い目をして、フルーツポンチを作る三珠。
が、ヤマトはその皿を押し返した。
「ふっ、この俺を誰だと思っている。俺こそは、このグルメストリートを支配する神に等しい存在、あらゆるグルメストリートの食事を無料で食する権利を持つもの、審査員なのだ! おごりなど無用の長物」
そう宣言するヤマトに、三珠と部員達は「無料ならば、なおさら食べていって」と、自分達のご当地にゆかりの名物を机の上に並べていった。
「な、なんだと。この俺の完璧な作戦が、こうも簡単に崩壊させられるとは……。まさに、お前達こそ、審査員特別賞の名にふさわ……しい」
多数のご当地グルメの前に、ヤマトは見事に撃沈する事となった。
まさに、ご当地パワー侮るべからずである。
●優勝~炎血部
鉄板焼き『もふリート』
「艱難辛苦を乗り越え、グルメストリートよ、俺は帰ってきた」
保健室での一時の休息を終えてヤマトがグルメストリートに帰還したのは、ご当地名産店を出た32分後であった。
わずかの休息ではあったが、医学的見地から施された適切な介抱により、ヤマトの体調はそれなりに復調へと向かっていた。
完全復活とはいかなかったが、戦い方によってはまだまだ戦える。そのくらいの回復である。
窓から差し込む夏の陽光を避け、影の部分を伝って歩きながら、ヤマトは、現在の回復具合と、これから戦う仮想敵との激戦のシュミレートを開始する。
「見えたっ、これが勝利への道筋かっ! 常人であれば、蜘蛛の糸程度の微かな道にすぎないが、可能性が0で無いのならば、必ず勝利を掴む事ができるだろう。俺の奇跡の舌の前に、全てのグルメがひれ伏す姿が見えるようだ」
クククと悪人のような笑みを浮かべたヤマトの前には、グルメストリート最強の刺客が立ち塞がっていた。
学園のはずれ、平屋の建物の屋上に設置された、鉄板焼き『もふリート』、その偉容である。
ヤマトが足を運んだ時、屋上は様々な客でごったがえしていた。 この店のメニューは、お好み焼き、焼きそば、たこ焼きといった学園祭の定番達。
屋根の上は広いが柵などは無いワイルド仕様でもあった。
「ちっ、忙し過ぎて、水着を見る暇も無いぜ!」
そう言いつつ働く部長の炎導・淼(真っ赤なビッグバード・d04945)に、ヤマトは、格好良いポーズで話し掛ける事とした。
「実は、お前に話があるんだ。お前が、この店の店主だよな?」
「あぁ、そうだぜ。だが、俺は忙しいんだ。大した様じゃないから後にしな」
「ふっ、この俺、神崎ヤマトの情報に重要で無い情報などあったかな? いや、ある筈が無い」
「しょうがねぇ、聞いてやるぜ」
自信満々のエクスブレインの言葉に、淼が耳を傾けると、ヤマトは、勝ち誇ったように胸を張った。
「ならば言おう。このグルメストリートの神たるこの俺の言葉、決して、聞き逃す事はゆるせないんだぜ」
芝居掛かったヤマトのセリフにまわりの客や団員達も、なんだなんだと寄ってきて、ヤマトの次のセリフを待った。
が、ヤマトはなかなか次の言葉を紡がない。
格好良いポーズのまま、まわりを睥睨し、そして最高のタイミングをはかり、口を開いた。
「時は来た。今こそ、グルメストリート人気第一位の発表を行おう。天よ、地よ、人よ、全てのものは、俺の声を聞け。その名は、その名は……、炎血部主催、鉄板焼き『もふリート』なり!」
高らかに宣言するヤマト。
このアキラの言葉に、淼が、正拳突きのようなガッツポーズを見せ、団員やお客達も、学園に響き渡るような歓声をあげ、何人かがトランポリンに飛び乗って、空高く舞い上がって第一位の喜びを舞で表現する。
その喜びのさまは、イフリートのような野性味があり、倉庫屋上の気温が体感で2度くらいあがる程であった。
「まぁ、なんだ。2日間忙しく働いた甲斐があったぜ」
淼は、そう言いつつ、喜ぶ仲間達を目を細めて見やり、そして、ヤマトにお好み焼きの具材を手渡した。
「鉄板焼き、喰っていけよ。学園一のグルメだぜ」
「ふっ、のぞむところだ」
そして、ヤマトは学園一のグルメ、鉄板焼きとの戦いを開始した。
お好み焼き、焼きそば、たこ焼き……。
粉物系は、以外に腹にたまるが、ここで負けるわけにはいかない。
「俺こそは、このグルメストリートの神なのだからな」
その言葉通り、ヤマトは最後のイフリート焼きは、つぶあんとこしあんとカスタードクリームの3個を食べきった。
「てめぇ、なかなかやじゃん」
「あたりまえだぜ。俺を誰だと思っているんだ……。
だがな、最後に一つだけ、教えてくれ。つぶあんとこしあんの違いってなんだ?」
そう言い残して、ヤマトはゆっくりと目を閉じた。
その表情は、とても安らかで、全ての戦いが終わり、自らの責務を全うしたものの充実感を表していたようだ。
蛇足ではあるが、
「つぶあんは皮ごと、こしあんは皮を取り除いているのさ」
という、淼の返答は、ヤマトの耳には届かなかったようである。
これにて、グルメストリート発表、一巻の終わり。