●ラブリンスターの学園祭潜入リポート
家庭用のハンディカメラを手に校門前にいるのは、幾重にもフリルのついたワンピースを着た少女だった。
「こ・ん・に・ち・は~♪ ラブリンスターの学園祭潜入リポートの時間です!」
少女の正体は、淫魔アイドルことラブリンスターだった。
少女の顔を見た灼滅者が時々ぎょっとした表情で振り返るが、淫魔の特徴がないことに気付いて首を傾げている。
今の彼女は闇堕ちする前の人間の姿を取っている。
淫魔の角や翼や尻尾といったダークネスとなる部分がないため、直接顔を見たことのある灼滅者が観察すれば分かるだろうが、一見するとワンピースを着た美少女といった様子だ。
よくよく観察すれば汗一つかいていないのは不自然だったかも知れないが、
「これもアイドルのたしなみですよね」
そう呟いたラブリンスターのスマートフォンが振動する。胸の谷間から取り出したスマートフォンの液晶に表示された名前を見て、ラブリンスターは通話ボタンを押した。
「はい、どうかしましたかプロデューサーさん?」
『ラブリンスター様、今日はくれぐれも騒ぎにならないようにお願いしますよ』
「分かってますよ、今日はお忍び、ですよね」
などと言いつつ、ラブリンスターは武蔵坂学園の校舎を見上げる。
何故ここにいるかと言えば答えは簡単、5月に行われたライブの時や、その後にも西明・叡(石蕗之媛・d08775)をはじめとして何名もの灼滅者から学園祭に来て欲しいという連絡を受けていたのである。
『企画を申請できるのは生徒さんだけということですから』
「もしミニライブでもできたら新曲のCDも持ってきたんですけどね」
というラブリンスターは、学園側からの提案でクラブ企画の投票を元にして実際に取材を行うリポーターを務めることになっていた。
ラブリンスター一派との関係を考えると、招待に応じる形でわざわざ来た彼女を無碍に追い返すわけにもいかない武蔵坂学園の苦肉の策といったところだろう。
好意的な生徒が一定数いるとはいえ、武蔵坂学園内でダークネスに好き放題に動きまわらせるわけにもいかない。こうしてリポーターとしての役割を割り振ることでルートを絞った形だ。
「それでは早速、行ってみたいと思いまーす♪」
気分良さげに言うと、ラブリンスターは一路ライブ&ゲーム部門の企画が行われている教室を探しに向かうのだった。
●3位
歌声喫茶☆Star light song☆
「はい! というわけでですね、こちらは3位に選ばれましたクラブ『星空芸能館』さんの企画です♪」
ライブ&ゲーム部門の人気投票で上位に入った企画の一つへと、ラブリンスターはやって来ていた。
「喫茶店巡り部門じゃなくてライブ&ゲーム部門ということは、歌重視ということでしょうか」
ライブとかやるんですかね、と首をかしげつつ店内に入るラブリンスター。
案内しようと出て来た星野・えりな (スターライトエンジェル・d02158)が首を傾げる。
「いらっしゃ……あれ?」
「しーっ。今日はお忍びですので」
驚く様子を見せたえりなに、指を立ててウインクしてみせるラブリンスター。
(そういえば、確か……)
えりなの顔を見て、彼女が前のライブに来てくれた時に、芸能活動をしていると言っていたことを思い出す。
確か同じクラブに芸能界で活動している人がいるとも言っていたので、このクラブがそういう集まりなのだろう、などと内心で納得するラブリンスターを、えりなは席へと案内していく。
「それでは、こちらにどうぞ」
「はい、ありがとうございます♪ それじゃ、この『ヴィーナス蜂蜜レモネード』をお願いしますね」
ラブリンスターの注文を受け、えりながオーダーを調理をしている灼滅者に伝えにいく。
店内にはステージが設置され、ビンゴゲームの発表が行われていたようだった。
また、店内には、昨日行われたミニライブの様子などが確認できるようになっている。店員と客が一体となって楽しむような企画となっているようだった。
「普通のライブじゃなくて、皆さんで歌うんですね」
「はい、歌声喫茶は、お客様と一緒に歌うんですよ」
注文のレモネードを運んで来たえりなが笑顔を見せる。
「みんなで歌うの、楽しいですから」
「私のライブもそうしたいんですけど、歌詞を予習して来てもらわないことには難しいんですよねー」
基本的にライブがゲリラライブ状態になるラブリンスターにとっては遠い世界の話であった。
「作詞作曲のアスタリスク先生に言えば、一緒に歌うような曲も作ってもらえるんでしょうか」
最近、詩の発想を得るための旅に出ると言ったきり連絡を取れないのだが。
とりとめのない思考を巡らせながら店内を見渡して、ラブリンスターはふと瞬きをする。
「喫茶以外の物販もやってるんですか?」
「はい、今日明日限定のCDもあるんですよ」
「強気ですねー」
CDの売れ残りに悩むラブリンスターは、まぶしそうにえりなを見つめるのだった。
●2位
水妖祭
次にラブリンスターがやって来たのは、プール横に建てられたプレハブのような建物だった。『海坊主』とデカデカと掲げられた看板が、見る者を圧倒する。
「こちらが第2位に選ばれましたクラブ『あやかしびと』さんの企画です。外観迫力ありますねー」
「さーさ、いらっしゃいませ。遠慮なく好きなだけ食べてって下さいませ~」
桜森・紅子 (ワイルドフラワー・d01792)が客を店内に案内しているのにしたがって、ラブリンスターは建物内に入った。
建物内は海の家めいた装いが施されていたが、その中身はスイーツパーラーのようだ。
ラブリンスターが入ると早速皿に乗せられた茶色い物体が運ばれてくる。
「どら焼きどうぞー!」
「海っぽくないですけど、なんだか国民的な人気が出そうな気がしますね♪」
アイドルらしく小口で少しずつどら焼きを食べながら、ラブリンスターは店内を観察する。
隣接する会場からは、賑やかな音楽が聞こえて来ている。
妙に得点が低く出ているようだが、これだけ賑やかだとマイクが周囲の音を拾ってしまっているのかも知れない。
「ああいう機械だと、本職が歌っても正しい点数が出ないこと多いですからね」
何しろ歌手本人が歌っても90点も出なかったりする。
ラブリンスター自身は、自分の曲はカラオケでもしっかり得点を出せるように練習しているのだが、勝ち負け以前にバベルの鎖のせいで誰も歌ってくれないのが実情であった。
「向こうのブースでは、水妖コンテストと題して、参加自由の水着コンテストを行っているみたいですね」
水妖祭に水妖コンテスト。
水曜日と関係があるのだろうか、と思いながら、どら焼きの乗っていた皿を返してラブリンスターはコンテストの方を見学に向かう。
「昨日今日と、プールでも水着コンテストが行われてるそうですけど……」
かなりの大人数が参加する水着コンテストとは別口で、このクラブが主催して有志での水着コンテストを行おうという趣旨のようだ。
誰でも参加可能というから、年齢性別を問わず、横断的に行うということには、一定の意味があるのだろう。
「投票は、締め切り時刻までに頼むぜ」
新海・マキナ(無一物・d00598) がコンテストに訪れる灼滅者達にそう告げている。
「ラブリンプロダクション内でもやったりしますからね、コンテスト」
1位は必ずラブリンスターなのだが、総得票数が非常に少ないために、2位以下は毎回波乱の展開になっていたりする。
「コンテストの見学ですか? こちらから見れますよー」
「はい、ありがとうございます」
九鬼・清正 (仔虎王・d14927)の案内に沿って、コンテストを見学していくラブリンスター。
「皆さん、しっかり自己アピールできてるみたいですね」
桜庭・遥 (名誉図書委員・d17900)のスクール水着姿を見ながら、ラブリンスターは考える。自分の武器となる長所を把握しておくのは大事なことだ。
たとえば自分がああいうスク水を着たとしても、自分に望まれる需要は満たせないかも知れない。
「あれ? それはそれで新しい需要を開拓できる気もしますね……」
真剣に考え込むラブリンスター。
魅力とか性欲とかいうものは、かくも奥が深いものであった。
●審査員特別賞
3年0組からの挑戦状
「ここが灼滅者の皆さんが解くことができていないという超難問クイズの会場ですね!」
ラブリンスターは、鍵を開けられた教室の一つを訪れていた。
室内に入ると部長の宗原・かまち(徒手錬磨・d01410)が、じろりとこちらを見つめて来る。
壁に貼りだされた問題は、そのいずれもが難問揃い。
最終問題に至っては正答者0名というから驚きだ。
にも関わらず結構な票数を集めているので、それだけ密かに問題に取り組んだ人がいたということだろう。
ラブリンスターが興味を持ったのも、その点だ。
「もし私が解けなかったら審査員特別賞あげちゃいますからね」
「……そりゃ、どうも」
「では、張り切って挑んでみたいと思います!」
アイドル淫魔は、勇んで問題に取り掛かった。
そして、十分後。
「解けませんでしたごめんなさーい!!」
「またどうぞ」
ダッシュで逃げ去るラブリンスター、それを見送る部長のかまち。
正解者0名の壁は、可愛いアイドルらしいブリっ子をしているラブリンスターが破れるものではなかったようである。
●1位
生放送ぼいらじ!学園祭スペシャル
「ラ、ラブリンスター!? なんでここに……」
「歌って踊ってエッチもできるスーパー淫魔アイドル・ラブリンスター、人気投票の結果を伝えに登場です♪」
驚いた様子の来栖・清和 (武蔵野のご当地ヒーロー・d00627)に、ラブリンスターは軽く決めポーズをとりながら応じる。
だが、彼女が見る限り、清和を部長とする『放課後創作部』による企画のブースは、前日の賑やかさを残しつつも終了ムードが漂っていた。
「『生放送ぼいらじ!学園祭スペシャル』さんがライブ&ゲーム部門で人気投票1位を取ったんでうかがったんですけど」
「おお!」
ガタッと音を立てて立ち上がる清和。
その喜びから確かに該当者らしいと判断したものの、妙に静まり返っているのはラブリンスターにとって不思議な部分であった。
「生放送だって聞いたんですけど、今は放送してないんですか? もしかして終わっちゃったムードですか? 早くないです?」
「メインパーソナリティの一人が喉やっちゃってな」
渋面で答える清和に、なるほど、と応じるラブリンスター。
だが、周辺にあった過去の放送のリストを見ると、確かに1日目の放送分だけで人気投票を1位のまま走り切ったことも納得できるだけの努力をしているのは感じられた。
「他のクラブや、水着等の企画宣伝などもされていたんですね」
せっかくだから、と図々しくブースに乗り込むラブリンスター。
ほとんど職業病のノリで、清和は自然とマイクを彼女に向ける。
「それにしても、WEBラジオですかー」
「ラブリンプロダクションでは、やらないのか?」
「前に、一時的に流行したことはあったんですけどね」
何しろバベルの鎖のおかげで訪問者数が悲しいことになったので、所要時間を考えるとあまり有効でないという結論に至り、他のアイドル淫魔はあっさりと止めてしまっていたりする。
「でも、私は続けてますからね! 是非、検索してみてください!」
今もラブリンスターは精力的に動画サイトから生放送配信を行っていたりするのだが、その不屈の精神は確かに他のアイドル淫魔とは一線を画した存在なのだろう、と聞いていた清和は思う。
「折角だから、ここで曲のCMでもしてったらどうだ?」
清和の言葉にラブリンスターは突然営業スマイルになると言った。
「4枚目のシングルの新曲『飛び出せ初恋ハンター!』が全国のCDショップで発売中です♪ 皆さん、よろしくお願いします♪」
誰かCD音源持ってこい、と指示する清和に応じて、部員がCDの調達に駆けていく。
ちなみに、その後、清和がこの録音と一緒に曲を放送で流したものの、バベルの鎖のせいでその回だけ誰にも聞かれていなかったという──。