「こ、ここは?」
意識を取り戻した龍造・戒理(哭翔龍・d17171)が周囲を見回す。
そこは、古びた洋館の前であるようで、まわりには、自分と同じように痛む頭を押さえてまわりを見回す数名の男女。その様子から、自分も含め、何者かに連れ去られたわけでは無く、自分の足でここまで歩いてきたのだろうことが判る。
(「だが、全く記憶にない。いったいこれは、どういうことだ?」)
最初に意識をはっきりさせた戒理が、まわりの男女に声をかけようとした時、洋館の扉が音をたてて開いた。
中から出てきたのは、クラシカルなメイド服をまとった、威厳のある壮年女性。
一般人とは思えない、いや、その威厳は普通のダークネスをはるかに凌駕するだろう。
「ようこそおいでくださいました、デモノイドロードの皆様。
……いえ、これから、デモノイドロードとなる皆々様」
そう告げる声に、その場に集まった灼滅者達は、戦慄とともに顔を上げた。
「私は侍従長デボネアと申します。この度は私の招集にお応え戴き、ありがたく存じます。
皆様をお呼びしたのは、皆様が灼滅者として活動していらっしゃるにも関わらず、心の底では闇堕ちの誘惑を感じておられるからです」
反駁しようとする灼滅者を、デボネアは優雅な所作で制すると、言葉を続ける。
「いえ、隠し立てする必要はございません。皆様は、一度は自分が闇落ちした姿を想像し、その姿に魅力を感じたことがある筈です」
違いますか? と語るデボネアに、灼滅者は言葉を失う。
その言葉が正鵠を射たのか、デボネアの眼光に射すくめられたのかはわからないが。
「ですから、私が迎えに参りました。私達の元で、その力を遺憾なく発揮なさいませ。皆様が闇堕ちすれば、通常のダークネスをはるかに上回る力を得られるでしょう」
そう言うデボネアに、灼滅者の一人が反論する。
「俺達は、闇堕ちなどしない。そもそも、闇堕ちは自ら望んで行うものでは無い!」
しかし、これに対してデボネアは、まるで『出来の悪い生徒が正しい答えを導き出した』かのように、満足そうにうなずくだけ。
「勿論、存じています。灼滅者が闇堕ちするのは、『自らの命の危機』『仲間の危機』、そして『一般人の生命が脅かされている時』でしょう?」
ですからと、デボネアは続ける。
「この屋敷には、本日攫ってきた無辜の一般人が12名囚われています。皆様がこのまま帰るというのならば、その一般人の命はありません。そして、私自ら、皆様と皆様の仲間を生命の危機に陥れてあげましょう」
「闇堕ちしない皆様など、わたくしの敵ではありません。一人残らず絶命せしめて差し上げましょう。さぁ、いかがいたします?」
デボネアは、淡々と、ただ事実を伝えるように、言葉を紡ぐと、ゆっくりと戦闘態勢を整えたのだった。
(「吸血鬼が従来の計画を変更することは予想していたが、ここまでの大物が存在していたとは……」)
戦闘態勢を整えたデボネアの前で、武者震いに襲われながら、戒理は考える。
(「一人や二人の闇堕ちでは、あのメイドを抑えて仲間を撤退させる事はできないだろう。それに一般人の救出も必要だ。彼女は約束を守りそうに見えるが、翻って考えれば、俺達が逃げれば容赦なく一般人を殺すということ」)
全員が闇堕ちすれば、デボネアを倒す事も不可能では無いかもしれない。
しかし、もし、それでもデボネアに届かなければ、どうなるのか……。
戒理は、周囲の灼滅者達を振り返ると、彼ら一人一人が決意をこめた瞳で見返してきた。
闇堕ちして戦うにしろ、闇堕ちせずに戦うにしろ、逃走をはかるにしても、この場ではその行動には強い決意が必要なのだ。
だから戒理も……。
月の美しい夜、廃屋の前で……。
侍従長デボネアと対峙するデモノイドヒューマン達は、行動の決意を固めるのであった。
■これは特別シナリオです
特別シナリオ『デモノイドロードへの誘い』は、特定の条件を満たしたデモノイドヒューマンのキャラクターのみ参加できます。
メールを送付されたキャラクター以外でプレイングを送信しても全て無効となりますので、ご了承ください。
このシナリオで闇堕ちし、かつ、デボネアに勝利できなかった場合、闇堕ちしたキャラクターはデボネアに力を与えられ、強力なデモノイドロードとして、ヴァンパイア陣営に加わる事になります。
武蔵坂学園に作戦を悉く邪魔されたヴァンパイア勢力の次の一手となるでしょう。
闇堕ちする期間などはお知らせできませんが、他の灼滅者が頑張って救出してくれれば、今年中には戻ってこれると思われます。
なお、闇堕ちによる戦力強化と素晴らしい戦闘プレイングがあれば、デボネアを灼滅する事は不可能ではありません(確率は高くありません)。
最後に、デボネアに協力を申し出るプレイングをかけた方については、より強力な力と、デモノイドロードの指揮官としての地位を得る事が可能となりますので、その場合はプレイングで指定してください。
それでは、皆さんの熱いプレイングをお待ちしています。
冒険出発日:11月5日
■リプレイ
●堕ちる星五つ、洋館強行突入
「ようこそおいでくださいました、デモノイドロードの皆様」
そういって、灼滅者達の前に立ったヴァンパイア婦人は、圧倒的な威圧感で、灼滅者達の闇堕ちを促した。
強大な力を持つ古きヴァンパイアの一人、侍従長デボネアに自分の意志とは無関係に招かれた11名の灼滅者達は、手のひらにじっとりと汗が滲むのを止められなかった。
目の前の洋館の中には12名の一般人が人質として囚われているのだ、彼らを見捨てて逃げる事は出来ない。
だが、だからといって、このままデボネアの軍門に降るなどありえないことだろう。
ならば……。
状況を確認した灼滅者達は互いに目配せをする。
やおらふたりの灼滅者、片倉・純也(ソウク・d16862)と鈴木・昭子(そらとぶゆめ・d17176)が、洋館の裏手へと走り出す。
正面の入り口にはデボネアが居るが、この洋館に出入り口が一つなどということはありえない。
そして、デボネアが自分達を追ってこれない事を、純也と昭子は疑っていなかった。
その2人の信頼は裏切られることは無かった。
まずは、
「堕ちるは已む無し、か……ならば、初手より全力で参る」
と言うやいなや、卜部・泰孝(大正浪漫・d03626)は、顔の包帯を投げ捨てた。
それと同時に、泰孝の態度が豹変する。
「クッハハハ、また出て来れた。感謝するぜ、オバサンよ。ま、今しばらくはこの体の我侭に付き合ってもらうけどな」
それは、泰孝であって、泰孝で無いもの……。
そして、それはバトルオーラを纏って、デボネアの前に立ち塞がったのだ。
彼の言葉に気分を害したのか、デボネアが不機嫌層に眉をしかめた。
更に、
「あの2人が、一般人を救出するまで。あなたをここに……、いや、貴様をここにくぎ付けにするっ!」
泰孝に続いて、闇堕ちしたクリム・アーヴェント(ブルーデモンドッグ・d16851)の体は急激に成長し、その体を覆うデモノイドの体も凶悪な姿に進化を遂げていった。
肩にかけていたケープがはずれ、むき出しになった肩は、凄惨な色香を滲み出す……。
そして、禍々しく蒼い螺旋の槍をデボネアへと向けた。
「フフフ。あなたは、鍛えれば良いメイドになれそうね。瑠架お嬢様のメイドの一人に育ててあげましょう」
そのデボネアの余裕の態度に、デモノイドに覆われたクリムの右の瞳が怒りの紅に染まった。
そのクリムの怒りを制するように、氷のように青く輝く鎧に覆われた腕が伸ばされる。
「安い挑発に乗せられるな」
そう言った久安・雪(灰色に濡れる雪・d20009)の姿は、氷雪の鎧をまといし、蒼き猛獣のような姿に変わっていた。
「このような力に頼りたくなかったが……今はそういう場合では無いの……。持てる力全て出し切ろうぞ……!」
その言葉の通り、闇堕ちした雪の体からは、何物にも屈せぬ覇気がほとばしっていた。
「やむをえませんね」
顔の半面を隠し、三色に別れたマフラーを自在に動かし、デモノイドの体液をべしゃりべしゃりと足元に垂らしながら、不知火・レイ(シューティングスター・d01554)は、ゆっくりと前に出る。
「まずは交渉というわけにはいかないようだからな」
その歩みは無造作に見えるが、自らの意志で動くマフラーは油断なく周囲を警戒し、決して隙を見せようとしない。
「……愛姫、ごめんな」
自らが守護すべき少女にそう言葉を紡ぎ、蓮条・優希(風よりも清く・d17218)はダークネスの力に身を任せた。彼のデモノイドの証は、哀しい涙の跡のように頬を濡らし、自らを戒めるように腕に蒼き咎人の印を浮き上がらせた。
「この力は呪われた力だが、誰かを守る力ともなる。そうだろう?」
優希の問いに、デボネアは莞爾とほほ笑んだ。
「そのとおりですよ。私のダークネスとしての力は、お嬢様をお守りするためにあるのです。そう、あなたと同じように」
そう言うと、デボネアは、音を立てることなくスカートの裾を翻すことなくエプロンドレスを乱すことなく、5人の闇堕ち灼滅者の元へと滑るように駆け寄った。
その最初の一撃を受けたのは、優希である。
いつの間にかデボネアの両手に現れたガンナイフの銃弾が零距離から、優希に打ち込まれる。
「なっ、なんて速さだ」
優希はたまらず両腕で銃弾を庇い膝をつくが、その彼を守るように現れたシールドにより、態勢を立て直すことができた。
「一撃で、この威力だとはな」
優希にソーサルガーダーを発動させたレイは、今後の戦いの展開を思い嘆息する。
(「回復に手を取られればジリ貧だ。だが、それでも回復に手を抜くわけにはいかない」)
だが(「いや、それで良いのか……。少なくとも時間は稼げる筈だ」)と気を取り直して、デボネアの動きに注意を引き戻す。
そのデボネアの足元は、まさに影が産みだされデボネアを飲み込もうとしていた。
「笑止」
影の攻撃を受けたデボネアは、その攻撃を行ったであろうクリムに言い放つ。
クリムの攻撃を受けて平然としているデボネアに、トラウマの攻撃などは、まさに笑止であるのだろう。
ある程度ダメージから回復した優希と雪がタイミングを合わせてデボネアの左右から、螺旋槍を突き出すが、それも、大きなダメージを与える事はできなかった。
「それじゃ、これはどうかな?」
そう言って放たれた泰孝の鬼神変も同様で、デボネアは小揺るぎさせる事も出来ない。
そして、灼滅者達の攻撃を受け切ったデボネアは左右のガンナイフから的確に銃撃を続け、クリム、雪、泰孝の三人を射すくめてみせた。
3人のダメージは深刻であるようだったが、レイのソーサルガーダーでは彼らを癒す事は出来ない。
レイはウロボロスシールドで自らの防御を高めるにとどまった。
続いて、クリムはエンジェリックボイスで、雪は集気法で自らの回復を行なう。
回復せずに続けてデボネアの攻撃を受ける事は敗北に直結する。
攻撃が手薄になってしまうが、自分達の役割がデボネアの足止めである以上、ある意味望む所である。
だが、勿論全く攻撃をしないわけでは無い。
回復が間に合うようならば、デボネアの体力を削りとれるだけ削るべきだ。
「抗雷撃!」
優希は、闘気を変じた雷の拳をデボネアに撃ちこむ。
が、まるで大木に拳を撃ちこんだかのように、有効打を与えたという感触を得る事は出来なかった。
「アンタを殺して逃げても、負けてもこの体は俺のモノになるんだ、悪い話じゃないさ」
泰孝は自らを集気法で回復させると、デボネアをそう挑発する。
回復に手を取られるのは彼の本意では無かったが、回復の手が足りないのならば、やむを得ないだろう。
「どうやら、前の2人は腰が引けてるようね。残念ですが、そのような腰の引けた攻撃では私に届きませんよ。後の3人は悪くないでしょう。まずは攻撃を当てる事を優先する……ですね。ですから、まずは後ろを潰しましょう」
そのデボネアの声と同時に、真紅の逆十字が泰孝の喉笛を描き切った。
それは、ほぼ、致命傷となる一撃であったろう。
(「くっ、攻撃を庇う隙が無かった……。デボネアの言うとおり、ディフェンダーの攻撃ではデボネアに脅威を与える事はできない。そしてダメージ効率を考えれば、デボネアの狙いが後衛になるのは必定……」)
レイは、忸怩たる思いを抱えながらも、ウロボロスブレイドをデモノイドの力で巨大化させて、デボネアに切りかかるが、その攻撃は空を斬りデボネアに届かない。
「間に合ってみせなさい!」
怒ったようにエンジェリックボイスを発動させるクリス。
クリスの回復は、泰孝の傷を充分に癒すには至らなかったが、泰孝自身の集気法があれば、なんとかなる。
雪はそう判断すると、デボネアに向けてオーラキャノンの砲撃を加えた。
その砲撃は、見事に命中する。この戦い初のデボネアへのクリーンヒットであった。
が、その雪は続く泰孝の攻撃が自分に向かう可能性がある事を失念していたのだ。
泰孝の手から放たれた影の触手が、雪を捕え絡め取ったのだ。
それを見たデボネアが、口角を釣り上げた。
●幕間 見守る三
純也と昭子が裏手にまわり一般人の救出に向かい、5人の灼滅者が闇堕ちしてデボネアに戦いを挑むと、残る4人の灼滅者の一人、原・三千歳(純翠千・d16966)は、純也と昭子の後を追い洋館へと向かった。
彼ら3人が、一般人の救出班となるだろう。
残る3人のうち、龍造・戒理(哭翔龍・d17171)とフィナレ・ナインライヴス(九生公主・d18889)とは、戦闘開始と共に闇堕ちして戦線に加わろうとしたが、交渉を意図する七士・姫(未来の新星・d17105)の動きを見て、思いとどまった。
デボネアに勝つ可能性をあげる事を優先するのならば、5人の闇堕ち者と共に闇堕ちして戦うべきだろう。
だが、当面の目的は『一般人救出のためのデボネアの足止め』であり、それは、現在の5人で充分に成果をあげている。
そして、デボネアに打ち勝つには、洋館に向かった、純也、昭子、三千歳の3人に加えて、戦後の交渉を企図する姫が戦列に加わらない以上、自分達2人が戦線に加わっても、勝利は望めない。
「(ならば、我は交渉の結果が出るまで待機する)」
フィナレが視線だけで戒理に自らの意思を伝えると、戒理も同意した。
「(あぁ、交渉は姫に任せよう)」
そして、任された姫は、茫洋とした表情で戦闘の流れを見つめていた。
目の前の戦い、デボネアが口角を釣り上げて笑みを作った時点で、勝敗は決していた。
後衛2人が大きなダメージを受けている状態で、更なるデボネアの攻撃を受けた為、泰孝と雪が戦線を離脱。
ディフェンダーのレイと優希が前線を支え、メディックのクリムが懸命の回復に努めるが、そう長くは持たないだろう。
(「困ったなー。一般人の救出間に合うかなー。まぁ、間に合わなければ、その時にこそ交渉が必要になるんだけどね」)
姫は、闇堕ち者が一分でも長くデボネアを足止めする事と、洋館に向かった3人が一分でも早く一般人を救出する事を祈りつつ、眼鏡をくぃっとした。
少なくとも、8人で戦って敗北する時間よりも長く、デボネアとの交渉を長引かせなければならない。
それが、彼に期待された戦果なのだから。
●探索する三と囚われし十二、吸血鬼の洋館
「おーい、待ってくれ」
戦闘開始を見届けて、先行した2人を追った三千歳が声をかけると、裏口へと向かって急いでいた純也と昭子が振り返る。
それを確認して、三千歳は腕を鳴らして、こう提案した。
「裏口にまわるより、こっちの方が早いって」
言うや否や、三千歳は、窓ガラスを鬼神変でぶちやぶると、身軽に館の中へと乗り込んだ。
「今、5人が闇堕ちしてデボネアを抑えているんだ。でも、そんなに長くは持ちそうにない」
だから、多少荒っぽくても急ぐよ。
そういう三千歳に、純也と昭子もうなずいて、三千歳に続いて窓を乗り越えた。
「造りは古いですけれど、手入れは行き届いているようですね」
洋館に乗り込んだ昭子は、周囲を見渡してそう告げる。
廃墟の洋館を利用したというわけでは無いようだ。
「敵の気配は感じられないな。だが、隠れた敵がいないとは限らない」
純也は、警戒しつつも急ぎ足で洋館を進む。
「ここからは手分けして探そう」
純也の提案に三千歳も同意と昭子も賛成する。
「それじゃ、ボクは、右側の部屋を探していくよ。昭子は左側、純也は奥でいいかな」
「わたしはそれでいいです。純也君も三千歳君も気を付けて」
「捜索は手早く、その後は2階に続く大階段の前に集合だ」
2人の賛成を受けて、純也が予定を告げて捜索が開始された。
闇堕ちしてまで足止めをしてくれている5人の為にも、可能な限り早く目的を達しなければならない。
3人は、その覚悟をもって、探索を始めた。
結局、1階には、一般人だけでなく人の気配は全く無かった。
大階段に集まった3人は、残る二階へと捜索の手を伸ばす。
その探索の結果、2階の大部屋に縛られて転がされている12人の人の姿を発見することができた。
昭子と三千歳は、手分けして縛られた縄を解き、その間に純也が状況を説明する。
「時間が無い。このままでは殺される。避難への協力を。其方の生存には無謀な同種の誇りがかかっている。頼む」
謎のメイドに誘拐され、謎の洋館に囚われて縄で拘束されていた彼らは、謎の中高生に縄を解かれ、現実離れした言葉をいわれて、きょとんとしていた。
無謀な同種の誇りがかかっていると言われても、何も知らない一般人には、ちんぷんかんぷんなのだから。
だが、それでも、説得の真摯さと必死さは理解してもらえたのだろう。
誘拐されていた一般人達の半数は、避難する事に同意してくれる。
少なくとも、この中高生は自分達を助けてくれるものだと判断したのだろう。
残り半分の一般人についても、避難に同意した一般人達が説得してくれた為、ほどなくして全員が撤退する事に同意した。
最後まで残ると言っていた男性も、一人だけ洋館に残されてはたまらないと、最後にはしぶしぶながら同意してくれたのだ。
「(いらない手間を取ったか……。もう少しうまく説得出来ていれば……)」
「(仕方ないですよ。客観的に見れば、わたし達も十分怪しいですからね)」
「(それなのに、うまく説得できたのだから、成功成功)」
少し後悔する純也に、昭子と三千歳が小声で返すと、まずは一階への階段へと向かった。
脱出経路については、
「裏口から洋館の裏側に出て、すぐにここを離れましょう。幸い、デボネア以外のダークネスは確認されていません。皆がデボネアの足止めをしてくれていれば、脱出は可能なはずです」
と、昭子が、デボネアと戦っている仲間と合流せずに脱出する事を提案し、純也と三千歳にも異論が無かった為、そのまま裏口へと向かう。
既に、他の仲間がデボネアに敗北していたならば、裏口からの脱出は悪手になるかもしれないが、今は、信じるしかない。
3人の灼滅者と救出した12人は、裏口の扉を開け、吸血鬼の洋館から足を踏み出した。
まずは、この場を離れ、一刻も早く武蔵坂に向かうのだ。
そして、そのためには、振り返っている余裕などありはしない。
●五の敗北と三の交渉、侍従長デボネア
目の前には戦闘力を奪われた5人の闇堕ち者達がいる。
姫、戒理、フィナレの三人は、倒れ伏す闇堕ち者と、戦前と同じく一部の隙も無いメイド服姿でたたずむデボネアとを見比べて思案を巡らせた。
この戦闘で稼ぐことができた時間は十分程度。
デボネアとの実力差を考えれば、充分に善戦したと言えるだろう。
だが、足りない。
だが、足りないのだ。
(「救出班が一般人を発見し、説得し、一般人を連れて館を脱出し、そして十分に距離を取るためには、おそらく30分は必要だろう」)
姫は、そう計算すると、手にしていたウロボロスブレイドを捨てて、デボネアの前に歩み出た。
「はあ、仕様がありませんね。分かりました協力しましょう」
その言葉に、戒理とフィナレは目を剥くが、姫の交渉の邪魔はせず、静かになりゆきを見守った。
「俺達の目的は、一般人12人の無事の解放です。すでに、仲間が救出に向かっていますが、彼らが無事に脱出するまで手を出さないでもらえないだろうか」
デボネアはしばし目を細めて、館の様子を伺う。
そして、状況を察したのか、姫に向き直った。
「俺とは、あなた一人の事ですか? 残りの2人は?」
デボネアの問いに、姫は2人に振り向いた。
フィナは、姫に一つ頷いて決意の声で姫の決断を後押しする。
「デボネアを救出班に向かわせないためならば、私は闇堕ちをためらわない。私にロードになれる素質があるのならば、この力を操る事も出来るはずだからな」
逆に、戒理は、首を横に振った。
「俺に闇堕ちしろというならば、俺は全力で戦わざるを得ない。たとえ敵わない相手であろうと、俺は、もう二度と、過ちを犯したくない」
その二人の返答を聞いた姫は、デボネアに向き直った。
「俺と彼女は、一緒に行く事に同意する。こちらの彼には、救出班と合流してもらい、交渉の結果を伝えてもらう役目をお願いしたい」
姫の言葉に、デボネアは薄く笑む。
「救出に向かった3人と、その男を見逃せと。随分と都合の良い交渉ですね。私があなた達3人を倒して、逃げ出した者たちを追いかければ全員が手に入るというのに」
返答に詰まる姫。
だが、そのデボネアの言葉に答えたのはフィナレだった。
「メリットはあるさ。この交渉をけった場合に、お前は大きなデメリットを受けることになるだろう」
その好戦的なフィナレの言葉を聞いたデボネアは眉を顰めながら、続きを促した。
「デメリットですか。それはなんなのでしょう。口から出まかせで時間を稼ごうとするならば許しませんよ」
と。
「簡単な事だな。貴様が我らと戦うのならば、我らは、そこの五人に止めを刺す。闇堕ちしているとはいえ、戦闘力を失っている今ならば充分に可能。そうだろう?」
フィナレの言葉に、デボネアは驚きの表情を浮かべるが、冷静さを取り繕い答えをかえした。
「おかしいですね。わたしは、武蔵坂学園は仲間をとても大切にすると聞いています。闇堕ちしたものであっても、それを救わずにいられないくらい……ね」
それは、デボネアの勝利宣言であったろうか。
「いいや、それは違う!」
そのデボネアの勝利宣言を覆したのは、戒理であった。
「俺達に対する情報は完全では無かったようだな。俺達はつい最近、ソロモンの悪魔となった元灼滅者を、完膚無きまでに灼滅しているんだ。そして、俺は、二度と、過ちは犯さないためならば躊躇いはしない」
戒理の言葉は、実際は恫喝に過ぎなかった。
しかし、彼の発した言葉は全て真実であった為、デボネアの判断を狂わせることとなった。
「わかりました。そこの5人と、あなた達2人で満足するとしましょう」
デボネアが折れ、交渉は成立した。
戒理は、姫とフィナレに見送られ、救出班へと向かう。
交渉が成立し追っ手がかからないだろうという事を伝える為に。
(「ネメシスお嬢様……俺がいなくなって……少しは心配してくださるでしょうか…?」)
戒理の姿が消えた後、姫は闇堕ちし、デボネアの配下に降る。
そして、フィナレは、その力を求める意志から闇堕ちと同時にデモイドロードの力を得て、デボネアを喜ばせる。
「……この力は、貴様を喜ばせる為のものでは無い。いつか、お前を超えてお前を滅ぼす為の力だ」
フィナレの挑発にも、デボネアの機嫌が損なわれる事は無かった。
「その覇気を失う事の無いようにしなさい。そうすれば、お前はロード・パラジウムを超えるデモノイドロードの女王となれるでしょう」
そのデボネアの言葉が真実となるか否かは、現時点で知るものはいない。