●学園のグルメを求めて
教え子たちの元気な声に顔を綻ばせながら、大津・優貴先生は学園構内を歩いていた。
いや、聞こえてくるのは学生の声だけではない。小気味よくかき氷を削る音に、炒められたソースが焦げる音。肉汁を滴らせた肉が焼ける音に、次々とテーブルに並べられるお皿の音。
そう、ここはグルメストリート。武蔵坂学園の学園祭の中でも、お食事系・グルメ系の企画が集まる区画だ。あらゆるジャンルの食材と料理が揃ったストリートは、さながらグルメ界の縮図のようだ。
「皆さん、今年も盛り上がっているみたいですね。お料理も上手で、とても楽しみだわ」
今年のグルメストリート審査員を担当する優貴先生は、楽しげに独りごちた。
学園祭ももうすぐ終盤。クラブ企画投票の結果を上位企画に伝えるために、彼女はゆっくりと歩を進めていく。
●第3位~股旅館
ねこまた祭りのまたたび館
優貴先生が最初に訪れたのは、いかにもお祭りの空気をぎゅっと詰め込んだような屋台通りだった。
ここは、ねこまた祭りのまたたび館。たこ焼きや焼きそばにポテト、から揚げ、甘いものが欲しければクレープやかき氷も食べられ、更にスーパーボールすくいを初めとしたミニゲームやおみくじまで用意されている、まさに『学園祭の中のお祭り』とでも呼ぶべき空間だ。
「こんにちは、お邪魔しますね。お好み焼きをひとついただけるかしら?」
「あっ、優貴先生! ちょっと待ってな、すぐ用意するから!」
屋台の向こう側から、部長の獅之宮・くるり(劇物の奇術師・d00583)がにっと笑ってコテを振った。彼女に微笑み返して、優貴先生はじっくりと屋台を見回してみる。
出されている中で食べ物を扱っているのは、いわゆる粉ものを扱う屋台・串焼きやから揚げといった肉料理の屋台・そしてポテト、クレープ、かき氷のおやつ系屋台の三種類だ。
「まあ、特別メニューもあるのね?」
串焼きとから揚げの屋台に張られていたメニューに目を留めた優貴先生がそう言うと、くるりは屈託なく笑って答える。
「鳥・豚・牛の丸焼きを用意してあるんだ! 結構人気だったし、完食者も出たんだからなー!」
自分のことのように誇らしげに言うくるりから受け取ったお好み焼きに、優貴先生はさっそく割り箸をつけてみた。
ふわふわの生地から湯気が立ち上り、出汁とソースの匂いを振りまいている。トッピングは酸味もしゃきしゃきの食感も楽しい紅しょうがと、熱々の粉ものに添えるにはちょっと珍しいめんたいだ。
「色々なトッピングの組み合わせが楽しめるのね。これなら皆さんが気に入るのもよく分かるわ」
うんうんと頷く優貴先生の言葉に、くるりはきょとんと首を傾げる。そんな彼女に、優貴先生は優しい微笑みを向けた。
「おめでとう。グルメストリートの人気投票で、ねこまた祭りのまたたび館が第3位に選ばれました」
一瞬の沈黙。次の瞬間、股旅館の部員や、集まっていたお客たちの歓声がその場を包み込んだ。
「3位……本当か!? やったーっ!」
いつも以上のハイテンションでぴょんぴょん喜ぶくるりに、祝福のこもった注文が次々と集まる。喜びに満ちた熱気にもう一度にっこりと笑って、優貴先生は屋台を後にした。 余談だが、ねこまた祭りのまたたび館では初日限定でロシアンたこ焼きが用意されていたらしい……。
●第2位~炎血部
鉄板焼き『もふリート』
「それにしても、今日も暑いわね……いえ」
額の汗を拭って、優貴先生は目の前の看板を見上げる。そこには、鉄板焼き『もふリート』と書かれていた。熱気の源は、どうやらここのようだ。
倉庫の屋根の上にしつらえられた店には、どどんと大きな鉄板と焼き網がひとつずつ。更に、サンテーブルや長椅子、競技用マットなどが席として用意されている。
そして、その中で忙しそうに調理や配膳を行っている部員たちは――何故か、全員着ぐるみ姿だった。
「おう、優貴先生! 先生も学園祭巡りか?」
もふもふの火の鳥着ぐるみに入った炎導・淼(真っ赤なビッグバード・d04945)が、鮮やかな手さばきで焼きそばを炒めながら声を上げる。
「ええ、その通りよ。淼さん、あなたがここの店長さんね?」
「ん? まぁな」
特製ソース香る焼きそばをパックに詰めたその手で今度はイフリート焼きの金型を用意しながら、淼は頷く。豪快に生地を流し込み、あんこを詰めて焼き上げれば、直径50cm・大迫力の大判焼きが出来上がる。
「ほらよ、うちの名物イフリート焼きだ。先生へのサービスだぞ」
「ありがとう、いただくわね……と、その前に」
ほかほかのイフリート焼きを両手でしっかり持ちながら、優貴先生は淼と炎血部の部員たちを見つめて。
「発表します。今年のグルメストリートへの投票で、鉄板焼き『もふリート』は第2位に選ばれました」
瞬間、店内がどよめいた。その結果を聞いた淼が、ぐっと拳を握りしめる。
「優勝は逃したか。だが、2位入賞! 今年も沢山の奴が楽しんでくれたみたいだな!」
突き上げられた拳に、スタッフやお客のガッツポーズと歓声が続く。入賞祝いにこおリートで乾杯し、たこ焼きやお好み焼きを元気よく頬張り始める周りの顔にくっと笑って、淼はイフリート焼きの金型を再び火にかけた。
「よっしゃ、まだまだ焼くぞ! 俺たち炎血部のもふリートは終わらねえ!」
料理の鉄板よりも熱く燃え上がる部員たちの背中に微笑んで、優貴先生は先ほど受け取ったイフリート焼きに口をつける。まだ十分に温かい生地の中には、さらりと甘いこしあんがぎっしりと詰まっていた。
●審査員特別賞 努力同好会
努力の大食いチャレンジャー
グルメストリートを歩く優貴先生は、少しだけ悩ましい表情を浮かべていた。
学園祭のパンフレットをめくり、実際にクラブ企画を目で見て、更に舌でも味わってきた。それでも、学園生たちの企画はどれもそれぞれ素敵で選びがたい。
しばらく悩んでいた優貴先生だったが、いつまでもそうしている訳にもいかない。
「そうね……これは、審査員特別賞。なら、私が選ぶのは……」
ひとつの指針を見つけた顔で、優貴先生は歩きだす。向かった先は、努力同好会のクラブ企画ブースだった。
「ん、先生? まさか先生もチャレンジに?」
大量の肉じゃがを片っぱしからミニ椀によそっていた伏木・華流(桜花研鑽・d28213)が、ぱちりと目を瞬かせた。どうやら、ここの大食いは小さな皿の料理をたくさん食べる形式らしい。
ミニ椀は彼女の前のテーブルにどんどんと勢いよく並べられ、挑戦者たちが一心不乱にそれを平らげていく。淡々と食べる者、必死の形相でかき込む物、その表情は様々だ。
「ふふっ。それでは折角ですから、私も挑戦してみようかしら」
そう答えてテーブルについた優貴先生の前に、すかさずミニ椀がずらりと並んだ。よく煮込まれて優しい味わいの肉じゃがを数杯お腹に収めたところで、優貴先生は確信と共に箸を置く。
「ギブアップ宣言か?」
「そうね、私に大食いは少し難しかったみたい。でも、華流さんに言うことはもうひとつありますよ」
華流の問いかけに、優貴先生はまっすぐにそう答えた。そして、先生はゆっくりと言葉を続ける。
「おめでとう、華流さん。グルメストリート審査員として、努力の大食いチャレンジャーに審査員特別賞を贈ります」
その言葉に、誰もの箸が止まった。
けれどそれも一瞬のこと、すぐに突き上げられた無数のミニ椀がこの店の特別賞受賞を祝福する。
「特別賞……? 本当に貰っていいのか?」
「ええ、勿論。皆さんが壁にぶつかったとき、それまでの努力はきっと皆さんの力になります。努力することを楽しく思うことができれば、それは素敵なことだと思いますから……それを感じさせてくれたこの企画に、私は賞を贈りたいの」
祝福を込めて華流の手を取り、優貴先生はそう告げた。
●第1位 Jaeger
Jaegerのコスプレじゃがバター屋さん
武蔵坂学園の、とある空き教室。動物のコスプレをした部員が呼び込みをしているその店からは、バターの香りがほのかに漂っていた。
この店こそが、今年のグルメストリート第1位。その名も、Jaegerのコスプレじゃがバター屋さんだ。
傾き始めた陽光が、店内に斜めに差し込んでいる。そのオレンジ色に僅かに目を細めながら、優貴先生は店ののれんをくぐった。
「いらっしゃいませ!」
満面の笑みで出迎えてくれた風見・真人(狩人・d21550)に笑みを返して、優貴先生は学園生たちが選んだ店の中を見回してみる。店員の他にもお客と思しき数人が動物のコスプレをしているのは、店で借りられる衣装だろう。
「こんにちは。大盛況ですね、真人さん」
「お蔭さんでな! 先生も何か食べていきなよ」
さっと差し出されたじゃがバターは、ほっくりふかした芋の上にバターを乗せただけのシンプルなもの。けれど、芋本来の甘みとバターのコクが溶け合った風味は、まさに自然の恵みの味だ。
「ありがとう。でも、今回は他にお話がありますよ」
「へ?」
俺何かした? と言いたげに首を傾げる真人。その表情にくすりと笑ってから、優貴先生は拍手と共に唇を開いた。
「グルメストリート人気投票1位は、Jaegerのコスプレじゃがバター屋さんになりました。真人さん、皆さん、本当におめでとう」
優貴先生の心からの祝福の直後、教室中に歓声が響き渡った。駆け寄ってきた友達や部員たちにもみくちゃにされながら、真人は目を丸くしたままで繰り返す。
「え? え? ……マジで?」
「本当ですよ」
「マジなのか……! やったーっ!」
喜びの雄叫びがいくつも重なる中、店内はそのままお祝いパーティの会場に変身した。優勝を祝してと、あちこちから次々注文が飛ぶ。
「ロシアンじゃがバター!」
「ロシアンこっちもー!」
大人気のロシアンに、優貴先生はあらあらと笑う。こうしたゲーム性も、きっと人気の理由のひとつなのだろう。
「皆さん、楽しそうね。私にもひとつ、ロシアンでいただけるかしら」
「はーい、ロシアンお待たせー!」
味噌を塗った和風のじゃが芋を受け取って、優貴先生はもう一度学園生たちの顔を見回す。誰もが浮かべた笑顔に心から嬉しそうに笑ってから、優貴先生は空き教室を後にした。
こうして、今年のグルメストリートも大きな盛り上がりのうちに幕を閉じた。名残惜しそうにそれを見届けながら、優貴先生はそっと呟く。
「美味しいものと、皆さんの笑顔。今年も幸せで一杯のストリートになったみたいね」