●黒蔦・怜
新宿駅定礎。その周辺での戦いは、決着に向かおうとしていた。
スペードエンドから出撃した灼滅者達は、周辺にいるシャドウや定礎怪人達を徐々に減らし、
「定礎の力ならば、デスギガスの制御も可能かも知れないというのに。邪魔立てをしてくれる……」
シャドウ勢の指揮を執る女性型のシャドウ、黒蔦・怜。
朝からの戦いで、幾度も灼滅者達の攻撃を退けて来た彼女の怜悧な顔にも、焦りが滲もうとしていた。
ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)は、無敵斬艦刀を振り回し、群がる定礎怪人を切り飛ばした。
「さあ、あんたも黒に灼かれるっすよ」
「小賢しいな、灼滅者……!」
黒蔦・怜の足元から、影がデスギガスの出現によってひび割れた床に広がる。
黒い蔦状の影が、一気に伸びた。
だが、ギィは止まらない。
炎の刃で影を切り飛ばし、斬艦刀の刃が導くままに、黒蔦・怜と切り結ぶ。
「これで、ラストっす!!」
大上段から振り下ろした斬艦刀が、束ねた影ごとシャドウを切り裂いた。
深々と切り裂かれた黒蔦・怜は、一瞬、呆然とするような表情を浮かべ、そのまま消滅していく。
周辺でも、シャドウ達の勢いは衰えつつあった。
新宿駅を巡る戦いは、終わりに向かいつつある。
「あとはタロットが消えれば、駅にいた人達も、ようやく避難できるっすね。もう1人の方も片付けばっすけど……」
むしろ、規模的にはあちらの方が厄介なはずだと、ギィは察していた。
●ザ・グレート定礎
「私は既に死んだ身。だが、我が本能が訴える。奴を止めろと……」
ご当地幹部、ザ・グレート定礎。
その巨体は、新宿駅のほぼ中央に出現していた。
死んでから何か月も経過しての出現だが、彼の気配を察知して追ってきたらしい定礎怪人達が、口々に訴える。
「定礎様、あなた様が頼りなのです!」
「私達を再び導いて下さい!!」
懇願する定礎怪人達に、ザ・グレート定礎の定礎顔も僅かに揺らぐ。
「いいや、そういうわけにはいかないね」
だが、その言葉と共に、ザ・グレート定礎の周辺に集まっていた定礎怪人達は薙ぎ払われた。
言葉を投げかけたのは、北逆世・折花(暴君・d07375)。
エアシューズを履いた足が弧を描き、定礎怪人達を次々に蹴倒していく。
彼女の言葉に、ザ・グレート定礎はゆっくりと頷いた。
「うむ。死した者が、生者の世界にいつまでも留まるのは悪しき振る舞いだ」
「だが、動ける限りは抵抗させて貰う。無抵抗の死もまた、ご当地幹部の名にふさわしくは無い……!」
「いいよ。満足するまで、戦っていくといい」
関ヶ原での戦いで、一度は倒した相手だ。だが、それでも油断できるわけがないことを、灼滅者達は悟っていた。
生前は、デスギガスに伍すとも言われた日本のご当地幹部なのだから!
「来る!!」
折花が言った瞬間、地下からの震動が灼滅者達を襲た。
ザ・グレート定礎が足を踏み出すと共に、新宿駅が激しく鳴動したのだ。
新宿迷宮の遥か下からの溶岩が噴出し、フロアを熱に包む。
これも、日本のご当地幹部たるザ・グレート定礎のほんの力の一部に過ぎない……。
一撃ごとに新宿駅を駅だったものへと追いやりながら、ザ・グレート定礎だったものは攻撃を繰り返す。
だが、その姿に、折花はその力に空虚さを感じていた。
「もう、終わりにしよう」
繰り出してくる数々の攻撃を乗り越え、ザ・グレート定礎の巨体へと、躊躇なく拳と蹴りを叩き込んでいく。
「死ぬ前のキミと戦いたかったよ、ザ・グレート定礎」
「ああ……お前達ならば、デスギガスにも勝てよう」
そう言葉を残し、ザ・グレート定礎の姿は、完全に地上から消滅した。
●大将軍アガメムノン
大将軍アガメムノンと武蔵坂学園の最初の戦いは、2014年までさかのぼる。
業大老が仕掛けた『武神大戦』に、獄魔大将の一人として参戦したアガメムノンは、決勝の舞台まで辿り着いたものの、武蔵坂学園とコルネリウス軍によって多大な被害を受け、勝者となることを阻止された。
だが、その後もアガメムノンは諦めることを知らず、歓喜のデスギガス軍を事実上一人で取り仕切り、四大シャドウである贖罪のオルフェウス、慈愛のコルネリウスを敗北に追いやり、デスギガスを、シャドウ大戦の勝者に押し上げたのだ。
オルフェウスが武蔵坂学園に敗れて現実世界への侵出に失敗し、戦力をすり減らしていた状況があったとはいえ、凡庸な将に出来ることではない。
大将軍という呼び名に相応しい働きを続けてきた存在だと言えた。
だが、今、灼滅者達の前に姿を現したアガメムノンの姿は、その異名にそぐわぬものだった。
虚空に向け、ぶつぶつと言葉を発し続けているアガメムノン。
その金色の体の表面には、変容を続けるタロットの姿が浮き上がっては消える。
「ど、どうなってるの?」
久我・なゆた(紅の流星・d14249)の問いに、鬼神楽・神羅(鬼祀りて鬼討つ・d14965)は首を振った。
「タロットの力を得ることが、アガメムノンの狙いだったはず。ですが、サイキック・リベレイターによって、準備が整わぬうちに現実世界に進出した結果……」
「ああなっちゃった、ってこと!?」
なゆたが言った直後、タロットの背中の後光状の部位が光り輝き、灼滅者達へと降り注いだ。
「……デスギガス様を、守るのだ」
もはや失われようとする自我の中で、それだけを命じるアガメムノン。
アガメムノンと共に、シャドウ大戦を勝ち抜いて来たシャドウ者達もまた、その命令に従い、防衛戦を始める。
灼滅者達に幾重にも攻撃を浴びせかけられながらも、アガメムノンの巨体は揺るがず、その黄金拳は、風圧だけでも灼滅者達の体を吹き飛ばさんとする程の勢いで振るわれる。
「レム!!」
ウイングキャットが、アガメムノンへと飛び掛かる。
アガメムノンは装甲でそれを弾くが、その一瞬の間に、なゆたの体はアガメムノンの顔の前に跳んでいた。
「大将軍! これで、どうだーっ!!」
一瞬のうちに、無数の拳がアガメムノンへ向けて繰り出される。
拳に痛みが走るが、それでも構わずになゆたは殴り抜いた。
アガメムノンの巨体が、ついに、力を失い、倒れ伏す。
「決して誰も、デスギガス様に近づけさせはしない……我は、デスギガス様の、友、なれば……」
「反逆しようとしたの? それでも守ろうとしたの?」
デスギガス唯一の友と言われつつも、赤の王にならんと欲したアガメムノン。
両者の間にあったものは、果たして何だったのか。
消滅していくアガメムノンの姿に、なゆたは奇妙な感慨を抱くのだった。
●アリサ(壱風・アリア)
デスギガスの右足、廃墟化した高層ビル群へと攻め込んだ灼滅者達。
迎え撃ったのは、歓喜のデスギガスとそして大将軍・アガメムノンを守護せんとするシャドウの軍勢。
現実世界に出現したシャドウ達の戦闘力は決して侮れず、廃墟ビルの通路を部屋を怪談を巡って、シャドウと灼滅者の戦いが繰り広げられた。
たった数メートルの廊下を、階段の踊り場を、隣のビルと繋がる外階段を確保するため、血で血を洗う激戦が続いたが、その抵抗もほぼ終わり、後は、残敵を掃討して征圧するのみという段階となった。
だが、討ち減らされたシャドウ軍の中にあっても、指揮官である壱風・アリア、否、シャドウのアリサは、配下のオルフェウスの軍勢の残党と共に、最後まで抵抗を続けていた。
シャドウ大戦に敗れたといえど、オルフェウス配下に弱卒はいない、その事実を見せつける奮戦であったろう。
しかし、いくらアリサが奮戦した所で、戦いはやはり数である。彼女も、衆寡敵せず、戦場の敗北は確定的となっていた。
「クッココマデノヨウデスネ」
既に着衣はボロボロに汚され、炎に焼かれた体は一部が炭化しているようにも見える。
だが、それでもアリサは抵抗をやめようとはしない。
それは、彼女の背後にある黒い靄のような不定形部分が、彼女を糸によって操っているのだろうか?
「アリアさん。あなたは精一杯戦いました」
「オルフェウスも、こちらに来ているんだ。オルフェウスへの義理立てももう必要ないんだよ!」
「だから、そんな操り糸を断ち切って、私達と一緒に戦いましょう!」
「お願いだから……。もう一度、灼滅者としてっ!」
灼滅者達が、アリサに訴えかける。
更に、八蘇上・乃麻は、不定形部分に向けて縛霊手で攻撃を仕掛けた。
不定形のエネルギー体を破壊する事ができれば……という願いを込めた一撃……。
更に、操り糸に狙いを定めて、鍛冶・禄太が影業を振るう。
その攻撃は、確かに、糸の数本を断ち切ってみせる。
「よーっし! いけるっ! モーゼル……ビームッ!!」
更に、リースリング・ヴァイングートが、バスターライフルからご当地ビームを発射し、その力で、アリサの闇を一時的に振り払ったのだ。
操り人形のようであった、アリサの表情が変わる。
その表情は、シャドウのアリサでは無く、灼滅者壱風・アリアのものであったろう。
「みなさん……。ありがとう、私を取り戻させてくれて。でも、だめなの……すぐにアリサが……」
アリアは、助けを求めるように手を差し伸べる。
しかし、その手は届かなかった。
再び実体化した不定形部分から放たれた糸が彼女の体を拘束したのだ。
「ニガサナイッテイッタヨネ? アリア、アリアノ全テは、アリサナデスカラ」
アリアの口からアリサの声が響く。
だが、同時に、アリアの声が重なった。
「私はアリア。あなたの自由にはならない! 私の決着は私がつけなければならないのよ!」
糸に拘束されたまま、アリアは、ディバインスピアにありったけの影を宿すと、自らの胸に突き立てた。
生半可な攻撃であれば、アリサを操る糸によって阻止されたことだろう。
だが、このアリアのトラウナックルに乗せられた力は、そのような小細工を許さない威力が秘められていた。
「アリサ、私と一緒にいきましょう」
そう呟くと、アリアは、アリサを道連れにして、戦場の露と消えていった……。
「あと、もう少し……。もう少しで、届いたはずなのに!」
差し伸べられた手を取る事ができなかった、灼滅者達は、その様子をただ見守る事しかできなかった。
●タロットの言葉
愚者(フール) | 星の輝きを辿って行こう。 |
魔術師(マジシャン) | 塔の建立は魔術の価値を高める。 |
女教皇(ハイプリエステス) | わが責務、愚者と隠者には分かるまい。 |
女帝(エンプレス) | 慎み無き恋人たちよ呪われよ。 |
皇帝(エンペラー) | 審判は私の剣である。 |
法皇(ハイエロファント) | 悪魔の囁きこそがわれらの弱点を指し示す。 |
恋人(ラバーズ) | 太陽が私達を祝福している。 |
戦車(チャリオッツ) | 法皇を守れるのは、この私だけ。 |
力(ストレングス) | 女教皇に、果たして私が扱えるのか。 |
隠者(ハーミット) | 節制を友とせよ。 |
運命の輪(ホイールオブフォーチュン) | 誰も死神からは逃れられない。 |
正義(ジャスティス) | 世界は私と共に歩むべきなのだ。 |
吊られた男(ハングドマン) | 僕は運命の輪に従うだけ。 |
死神(デス) | 戦車は素晴らしい。多くの死を運んでくれる。 |
節制(テンパランス) | 我は女帝と皇帝の間を揺れる。 |
悪魔(デビル) | 誰からも何の感情も向けられぬ者が居る。 |
塔(タワー) | 安心せよ。嘘つきは存在しない。 |
星(スター) | 魔術師に星界の狂気を贈ろう。 |
月(ムーン) | 吊られた男は果たして悪か。 |
太陽(サン) | 力こそ我が映し身。 |
審判(ジャッジメント) | 正義は我が友。 |
世界(ワールド) | 隠者に我が空虚を見透かされるのが怖い。 |