もっと熱く萌えを語れよ!

    作者:霧柄頼道

     うっすらと月の出ている夜。民家のドアが開かれ、仕事帰りとおぼしき男が入って来る。
    「おーい、帰ったぞ」
     居間の方へ声をかけると、一拍置いて、ととと……と軽やかだけれど少しばかり控えめな足音とともに、一人の女が姿を見せた。
     幼くすら見える外見の割に、なんとも熟成された色気を持つ女である。
     長く艶やかに流れる髪に、美しく着こなした着物。両の手を胸の前で合わせたその立ち姿は慎ましく、夫の帰りを待つ妻そのものだ。
    「お帰りなさい、あなた」
     男の顔を認めるなり、目元を緩め潤んだ唇を歪めて微笑む。
     心から無事と帰りを喜んでいるように見えるそれら表情の動き一つ一つが、男にしてみれば自らの征服欲を満たす所作そのもので、知らずにんまりとしてしまう。
    「飯にしてくれ。腹が減った」
    「ええ、すぐに用意しますね」
     そう言いながらも手際よく男の着替えを手伝い、台所へ向かう女。ソファーでくつろぎながら、男はその背中を見つめる。
     最高の妻だった。何も言わずともこちらの意を汲み、けれど常に夫を立て、近所でも器量よしと評判。
     料理が並べられた。二人で食卓を囲み、今日も満ち足りた食事を始める。
     と、気づけば妻がうつむき、その髪が表情を隠していた。
     細い肩がわずかばかり震えている――まるで泣いているような、あるいは笑っている風に。
    「……おい、どうした?」
     尋ねると、妻はすぐに顔を上げ何事もなかったみたいに、なんでもありません、と答える。いつもの慈母を思わせる微笑み。
     ならばいいか、と男は思う。彼女が言うなら本当に何もないのだろう。
     こんなに尽くしてくれる妻がその内側に何かどす黒いものを隠しているなど、あるはずがないのだから。
     
    「先日のガイオウガ前哨戦にて闇堕ちした一橋・聖(空っぽの仮面・d02156)の所在が掴めたぜ」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)が、集まった灼滅者達を前に口を開く。
    「一体どこで何をしているかと思ったら、ごく普通の中年男性の家に転がり込んで、若妻なんかをやっているようだ」
     男性を洗脳し、そこで理想の愛妻を演じる。一見何ら問題ない風に思える状態だが、そこには聖の幼き頃からの歪んだ強迫観念がダークネスにも如実に影響を与えているのだ。
    「聖は煩悩を捨て、慎ましく清楚な女性になるべきと半ば無理矢理に教えられて来た――それが原因で過去に堕ちた事もあるほどだ。本来は性癖的にもまったくそんな事望んじゃいねぇし、だからこそフラストレーションも溜まってる」
     だが、そのストレスこそが淫魔としての快楽に通じるのだという。
    「あえて良妻賢母としての仮面をつけて生活し、それに耐える快感を力の源とする。このままじゃ完全に堕ちるのも時間の問題だぜ」
    「それに、良き妻を演出するために利用されている男性も危険ですね」
     月曇・菊千代(高校生神薙使い・dn0192)の言う通り、男の方もいい気になって亭主関白ぶりが日に日に増しているし、いつプッツンした聖にぶち殺されてもおかしくはない。
     なんとしてもお前達の手で連れ戻してやってくれ、とヤマトは状況の説明を始める。
    「場所は都内のどこにでもあるような一軒家だな。昼は男が仕事に出て聖は一人で家事をしているから、接触するなら日中か。シンプルに普通に乗り込んで聖を倒せば、闇堕ちから救えるはずだぜ」
     聖のポジションはジャマー。サウンドソルジャー相当のサイキックと鋼糸、ビハインドとの連携で優雅に攻めてくるようだ。
    「そのまま戦うと苦戦を強いられるだろうが、聖には弱点がある。……萌えだ」
     萌えである。なんともわかりやすい。聖に対してとにかく熱く萌えを語っていけば、やがてきっと美しき煩悩にまみれたかつての聖を呼び戻し、ダークネスを弱らせられるだろう。
     もちろん、作戦もしっかり詰めていく必要はある。普通の説得と萌え語り……これらを組み合わせれば、突破口は見えるだろう。
    「なんつーか脳内ピンクなやり方だが、失敗すれば聖は完全に堕ち、もう戻って来られなくなる可能性が高い。どうか真剣に萌えと向き合い、情熱を込めて語り、聖の我慢を突き崩してやってくれ。……頼んだぜ!」


    参加者
    セリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)
    城代・悠(月華氷影・d01379)
    日向・和志(ではなく日向和子・d01496)
    二神・雪紗(ノークエスチョンズビフォー・d01780)
    ルーシア・ホジスン(低俗霊祓い・d03114)
    一・威司(鉛時雨・d08891)
    東雲・睡蓮(自然の申し子・d27400)
    荒谷・耀(一耀・d31795)

    ■リプレイ

    ●萌えとは内より湧き出で、心を震わせるもの
    「運動会の時の、「ボクに合う服を探しに行く」という契約。まだ履行されて無いのでね。戻ってきてもらうよ」
     聖の住まう民家の前へ集まった二神・雪紗(ノークエスチョンズビフォー・d01780)達灼滅者は、家の中から確かに人の気配を感じ取っていた。
    「そのためにもたとえ萌えだろうと、語らせてもらうさ」
    「……要は好意、愛着、嗜好などによる感情の励起、と。……えっと。こういう方向性は流石に想定外なんですけど」
     ぐぐってみて一応の理解に頷く荒谷・耀(一耀・d31795)だが、元々はあの炎獄で置き去りにしてしまった責任感から参加したのもあり、正直別世界に迷い込んだみたいに困惑気味である。
    「つまりは、好きな人の魅力的な所を話せば良いんですね!」
     ちら、と熱の籠もった視線の先にはこれまた萌えについて思考を巡らせる一・威司(鉛時雨・d08891)の姿がある。
    「そうだな……一橋とは会ったことはないが、同じ学園に属する者同士だ。救出に尽力しよう」
     薄く微笑み合う二人。爆発しろ。
    「……見付かったはいいが、萌えって。萌えってお前」
     頭を抱えそうな雰囲気の城代・悠(月華氷影・d01379)がなんとなく目線を逃がすと、すでに何かやり遂げた表情のセリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)がぐっとガッツポーズしていた。
     隣には素材の良さを引き立てるメイクアップと華やかな風情のドレスアップを施された、日向・和志(ではなく日向和子・d01496)……いや、和子がたおやかに佇んでいる。
    「愛しのお姉さまが闇堕ちだなんて! 聖お姉さま、今救って差し上げますわ!」
     強烈な事故……ならぬ自己暗示によって服装も心も女性となりきった和子は聖奪還に燃えているようだ。
    「……そ、そうだな、とりあえず、とっとと戻してやるか!」
     悠は見なかった事にした。というかメイド服姿の自分が何か言えた事ではない。
     すみませーん、とルーシア・ホジスン(低俗霊祓い・d03114)がドアの前に立ち、さっそく声をかけていた。
    「……はい、なんでしょうか?」
     みずみずしい女の声がする。ルーシアは訪問販売を装って挨拶し、人好きのする笑みを浮かべて用意していた壺を見せた。
    「北宋期から伝わったっていう漬物壺です。いいものですよ」
     なお本当に本物かは定かでない。これがもし目利きのきく相手ならば怒られたり追い出されたりするのが関の山だろうが。
    「待って下さい、今開けます」
     これはおびき出すのが目的。ノブが回され、糖蜜のような妖艶な香りを漂わせた女、一橋・聖が顔を出す――。
    「とつげーき!」
     瞬間、ビハインドを先頭にみんなで突入する。機動隊もかくやという特攻ぶりに聖はなすすべなく一気に押し込まれていった。
    「あなた達は……まさか!」
     おらおらーと居間まで押し戻され、とっさに戦闘態勢へ入りビハインドのソウル・ペテルを出現させる聖。
    「……聖、覚えて……ない、かも、しれないけど……約束、したから……」
     こちらの正体が掴めたその様子に、決意の意味も込めて東雲・睡蓮(自然の申し子・d27400)が告げた。
    「……また、一緒に……って……だから、戻って……ううん、戻す、絶対……っ!」

    ●萌えあるところそこはかとなくハッピー
    「迎えに来たよ、聖。……『真白なる夢を、此処に』」
     セリルがスレイヤーカードを解放する。衣装はそのままに右手に十字の翼杖、左手に白い刀をそれぞれ握り、マフラーが鎌首をもたげて鋭利な切っ先を聖へと向けた。
    「ふふ……これはこれは、皆さんおそろいで。お茶でも出すべきでしょうか?」
     床を這って進む影縛りをソウル・ペテルにガードさせ、艶然と笑う聖。
    「いえ、それは学園に戻った時にでも……!」
     耀が反対側からビハインドを斬りつけ、すぐさまその場から飛び退いて聖から放たれた糸を躱す。
    「そんな清楚な立ち振る舞いなんて、お姉さまらしくありませんわ!」
    「妻ならば貞淑たるは当然の事。あなた達の求めるはしたない女など、もうどこにもいませんよ」
     ハスキーボイスで叫びながら蹴りを浴びせる和子と、落ち着いた動作で守りを固める聖の視線が交差する。
     ただし霊犬の加是はどことなく和子とは距離を置いて戦っていた。
    「傍目には熱い光景なんだろうが、やっぱ違和感が……」
     気持ちは分かると癒しの矢を撃ち込みながら生暖かく呟く悠。
    「その身に眠る情熱……狙い撃たせてもらう」
     ビハインドを大きく蹴り飛ばし、聖と向かい合う雪紗がくいっと自分の眼鏡を上げる。
    「そうまでして何を訴えようと言うのです。眼鏡がどうかしましたか?」
    「ボクが語るのはメガネ萌えだ。そのすばらしさを聖さんにも感じ取って欲しい」
     ふっ、と小馬鹿にしたように聖が口元を隠す。
    「今時メガネっ娘ですか……なんともありがちで、つまらない題材ですね。やはり時代は従順な若妻――」
    「そうじゃない」
     聖を遮り、雪紗は別のメガネを掲げた。
    「あくまで「メガネ」というアクセサリー萌えであって「メガネっ娘」というキャラが良いわけではないのだ。メガネは地雷? ナンセンスだ。メガネこそが至高。萌えの原点と呼べるアイテムなのだ!」
    「な、何を……」
     興味を失いかけた聖が逆に釘付けにされている。掴みは上々だった。
    「それではわたしからも一つ!」
     抜け目なくソウル・ペテルを炎上させながら、猶予ができると同時にルーシアが指を突き出す。
    「萌えといえばやはり愚将っ娘ですね! 指揮すれば連戦連敗! 貧乳・眼鏡・アホ毛の三点セット! いるだけで普通の依頼が至難レベルに吊り上がる……!」
     合わせてビハインドがそれっぽい演技をびしばしやるので思わずうわぁ、と聖だけでなく大体の仲間も頬をひくつかせるが、ルーシアは止まらない。
    「議論はまとめられず保身ばかり! でもでもそんな「軍死」と至難超越レベルの依頼、地雷原のなかキャッキャウフフしながらかけぬけたいものです。ブラック上司萌え~」
    「そんな、萌えなど、私は認めるわけには……っ」
     心を揺り動かされているのか、ぶつぶつ漏らしながら攻めてくる聖。
     確かに手応えはあるのだ。威司も束縛しようと迫る糸をレイザースラストで斬り裂き、勇気を持って語り始める。
    「俺にとっての萌えは……外見というよりは、異性の仕草や表情に萌えを感じるな。喜んでくれた時の笑顔とか、照れてる時のもじもじした仕草とか、二人きりの時の甘えてくる様とか……真面目で健気で直向きな姿勢とか」
     まぁ、全部嫁の事なんだけどな! と照れ隠しのように耀を見る。
    「もう、威司さんったら……」
     こっちもこっちで頬を朱に染めて小さく身もだえていた。爆発しろ。
    「嫁萌えですか……スタンダードながら、ストレートでこれも中々……って、私は何を言っているのでしょうか……!」
     と、それまで白炎蜃気楼で味方を援護しつつ様々な萌え(説得)を聞いていた睡蓮は、首を傾げながらもぽつりと話し出す。
    「萌えは、よく、わかんない、けど……私が、心地いい、って……思える、事を……言って、みる、ね……?」
     目をつむり、尻尾を揺らしながら思い起こすように語る。
    「……普段、厳しい……れんお姉ちゃんが、たまに……『しょうがないですね』、って……膝枕、してくれるんだ……」
    「そ、そうですか……それが、何か?」
    「……かず姉ちゃんは、いつも……えっちぃ事、言うけど……『可愛い』って、言うと、むきになって『可愛くない!』って、真っ赤に……なるんだ」
    「……はっ、いけない、これはツンデレ……くぅっ!」
     平静を努めていた聖だが、ぶち込まれるツンデレ萌え二連撃にがくりと膝をつく。大打撃のようだった。
    「負けません……私の信念を破るなど、できはしませんよ……! そう」
     NoMore煩悩!
     ソウル・ペテルがシャツを引っ張って突き出し、聖も徹底抗戦の構え。ただ、灼滅者達もいまだ全てを語りきってはいない。
     萌えの底力を見せるのは、ここからだった。

    ●本能を刺激する萌えの真髄
    「チッ、ふざけて見えてだいぶ面倒だぜ……!」
     聖の猛攻に舌打ちする悠。ビハインドと連携してまき散らされるバッドステータスに手を焼いているのだ。
     純愛を奏でる歌声に、張り巡らされる糸が身動きを奪ってくる。さらには自らも回復するため、長期戦は免れない状況だった。
    「ふふ、どうですかこの糸さばき……このように縛ってあげると、主人もとても喜ぶのですよ」
     どんなプレイをしているのか。
    「そうだね……僕からは義娘について話そう」
     相手を観察しながら手を止めたセリルが、ゆったりした口調で口火を切る。
    「訳有って引き取り、娘として愛情を注いでいる子なんだ。何もかもが愛おしくて、些細な事が至福になる……喜怒哀楽の全てが、小さな事でも僕に向けてくれるもの全てが、狂おしい程に心を揺さぶるんだ」
     この子の為に生きると、未来を見守ると決めた。そう言ったセリルからは何ら迷いも気負いも感じられず、ただ無口なあの子への親愛だけがあふれている。
    「……萌えと言うか愛? でも娘萌えってアリだと思うんだ。娘可愛いよ娘」
     照れたように笑ってごまかすが、肝心の聖はというと。
    「それは……ぐすっ、とても胸を打つ話ですね……!」
     なんか感動されていた。感動と萌えのハーモニーは深く聖の胸に刻み込まれた事だろう。「いい話の後だとすげぇ語りにくいんだが……なんだ、聞いてくれ」
     そろそろ喋らないといけない感じになって来た悠が、観念したように腕を組む。
    「この間、たまたま、弟の風呂上りに出くわしちまってな……。そ、その時にさ、なんかすごいドキドキしちまって、さ、何時も以上にカッコ良く見えて」
     まばたきもせず聖が見つめてくる。怖い。
    「それ以来、一つ一つの仕草が、可愛かったり、カッコ良かったりするんだよな、うん。多分、アタシは弟に萌えてんだろうなぁ、って思ったわけよ」
    「ぶっ!」
     聖が盛大に鼻血を吹き出した。ぎょっとする灼滅者達。
    「じ、実弟萌え……いい、い、いえ、駄目です、こんなものは不潔……!」
     積み重なって来た葛藤が爆発したのだろう。目の焦点は合わず、鼻を押さえて呪文のように煩悩退散と呟いている。
    「どうしてこうなった……」
     こみ上げる羞恥にうなだれる悠。萌える。
    「お姉さま!」
     加是とともにソウル・ペテルを撃ちながら和子が声を上げて訴えた。
    「愛は異性に向けるもの? いいえ、愛は誰にでも向けれるもの! 動物にだって同性にだって! 愛は障害があるほど燃えるもの!」
    「やめて、何を言っても私には届きません!」
     ならばと素早く聖達に蹴撃を浴びせながらルーシアも進み出た。
    「愚将ちゃん言行録!」
     闇堕ちして情報を得てください!(失敗の可能性は考えない)
     これは重傷でも特攻ですね……。(ただし自分が行くとはいってない)
     武蔵坂はあと10年は戦える!(私の指揮の下、一丸となって進むのです!)
    「愚将……ッ、だがイケメンやJK美少女だったらやむをえないといいつつ困難の打破に努めるだろっ」
    「萌えざるを得ない伝説としてきっと語り継がれる事でしょう……恐るべし愚将ちゃん!」
     愚将ちゃんインパクトに後半が聖っぽい言葉遣いに。これは効いている。多分。
    「そ、そうですね……では、私も……」
     もじもじと耀が口を開く。
    「最愛の旦那様……威司さんの事です。いつもくーるでかっこいい風にしてるんですけど、時々それが崩れたりして、そこがまたかわいいんです」
     心からの幸せそうな調子に威司がごほん、と赤面しながら咳払い。
    「何でも見透かすような、しゃーぷで、でも優しい視線も大好き。見つめられると、心がきゅんきゅんして胸の中に飛び込みたくなっちゃう」
     きゃー、恥ずかしい♪ と顔を隠しぶんぶん首を振る。
     かと思えばはっとして。
    「……あれ、これってもしかして本人を目の前にしてのノロケになってます?」
    「惚気だね」
     雪紗以下仲間からの総ツッコみが入るほどどう見てもただの惚気である。
    「何もこんな所で惚気をかまさなくても……でも、そんな風に思ってくれて嬉しいよ」
     威司が穏やかに微笑んでいる。爆発しろ。
    「伝わってくるこの圧倒的萌えパワー……うぅ、たまりません」
     はぁはぁ、と苦悶なのか分からないがとにかく荒く息をつく聖。
    「……萌え、萌え……きゅ~ん……☆」
     隙を突いた睡蓮がハートを手で作り、その間からオーラキャノンを飛ばす。
     ハート型のピンクオーラがソウル・ペテルに直撃。「NoMore煩悩」のシャツが破れ、ともに消えていく。
     睡蓮を睨む聖だが、普段のスタイルと違い武装しているためにぎこちない動きと、無防備な前屈みの体勢と強調された胸元が視界に入り。
    「ぶふぉっ」
     本日二度目の鼻血を噴いた。

    ●萌えよ灼滅者
    「煩悩を縛る鎖から解き放たれたろう、さあメガネをかけるといい」
    「ちょっ、やめ、やめなさい!」
    「どんなキャラがメガネをかけたっていい。そうだろう聖さん」
     一人となった聖へメガネをかけさせようとにじり寄る雪紗。
    「メガネをかけたお姉さま……いいと思います!」
    「威司さん、私もメガネ似合うと思いますか?」
     外野の声を尻目に雪紗を突き飛ばし、思い切り鋼糸を薙ぎ払う聖。
    「一度や二度じゃボクは諦めないよ」
     だが、動揺のためか精彩を欠く一撃はアンチサイキックレイで相殺できた。
    「もう最初の頃の優雅さとか原型なくなってるよな……それはそれとしていい加減、元に戻りやがれ!」
     気の毒に思わないでもないが、そろそろ聖には帰って来て欲しい。
     そう願いを託し和子をラビリンスアーマーで防護する。
    「ドジっ子可愛い愚将ちゃん言行録その二! OPの情報が全てとは限りません! 私には見えます、隠されている真の目的が!」
     天災軍死と盲信する地雷プレイヤー達と悲しみのMSとが織りなす萌えエネルギーを含んだルーシアの強烈な螺穿槍が聖を吹き飛ばす。
    「認めません、萌えなど……あなた達など!」
    「何が萌えだとか、そんな定義はどうでも良い」
     至近距離で聖と斬り結び、セリルは静かに語りかけた。
    「要は、何に対して情熱を、愛情を注いでいるかどうか、だろう? ならば僕は、娘の――ムイの事だと断言しよう。全てを賭けて、あの子の未来を創る。僕の情愛は、この先の生涯を賭して、ムイの為に使うと決めている」
    「うぐ……頭が……私の、本当の思いは……っ!」
     うめく聖。そこへ耀が容赦なく斬撃を食らわせて追撃する。
    「16歳の人妻というのも、萌えです?」
    「俺にとっても萌えだぞ」
     威司も妻に合わせてグラインドファイアを叩き込み、互いに見つめ合う。
    「なんたって、ここで語るには時間が足りないくらいだからな……」
    「威司さん……」
    「現実にはこんなにも萌えが溢れている。学園に戻ってくれば、きっとお前が萌えを感じる出来事がたくさん待っているはずだ。――戻ってこい、一橋」
     髪を振り乱し着物は崩れ、吼えながら聖は最後の力を振り絞って襲いかかってくる。
     その正面に恐れず、睡蓮が立った。
     普段無表情なのに嬉しそうにはにかみながら、首輪とリードを差し出し、小首を傾げて尻尾と耳をぱたぱた振って。
    「……お散歩、する……?」
    「馬鹿な――だぼだぼよれよれパジャマとノー下着の相乗効果ッ! 高身長なのにあざとい仕草と上目遣い、甘やかな声音にお散歩グッズから漂う小動物的、萌、え……ッ!」
     ごばぁっ、と血の噴水が吹き上がった。言うまでもなく聖の鼻血である。それは致命的な隙だった。
    「ギャップがあれば萌えるもの! 普段地味なのに眼鏡外すと美人とか! 慎ましいのに意外な趣味があるとか!」
     次々と萌えを見舞いながら突撃する和子。今の聖に止める手立てはない。
    「偽りの姿でなく本当の姿を見た瞬間こそ最高にときめくひと時! そして同性を愛し!本能に生きるお姉さまが! 私は大好きです!」
     熱い告白を携えて懐に入った刹那。レーヴァテインが聖を貫いていた。

     ぺろぺろ。ぺろぺろぺろ。
    「うーん……?」
     目を開ける聖。
    「あ……戻った……」
     頑張って聖の頬を舐めていた睡蓮が目元を緩める。
     闇堕ち前の人格が帰って来たらしく、聖はぽかんとした顔で灼滅者達を見上げていた。
    「良かった、戻って来たんだね」
    「そのメガネ、よく似合うよ」
    「ってあれ、なんでアタシがメガネを……」
     気絶していた時にこっそり雪紗がかけさせていたようだ。
    「救出終了! お疲れさん、お前等」
    「あはは、心配かけさせちゃったみたいだね。……なんでメイド服?」
    「いや別に、深い意味はねーよ」
     苦笑する悠。拒否反応に耐えながら全力を尽くした甲斐はあったというものだ。
    「萌えはもおええ……という親父ギャグがでるほどの難事であった!」
     夢から覚めただろう男のために三下り半の書置きを残し、持ってきた壺を重しにしておくルーシア。
     ものすごく疲れたが、終わりよければ全てよし。
    「いけない、もう時間だわ!」
     そうでもない人物がいた。
    「え、あれ、もしかして……」
    「あとはお願いね! 聖お姉さま、お元気で!」
     走り去る和子の背中を誰も追いかける事はできなかった。むしろここからが彼、いや彼女にとっての地獄の始まりだろうから。
     ちなみに後日、日向和志はストレス性胃腸炎で一週間学校を休んだとかなんとか。
     萌える。

    作者:霧柄頼道 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年10月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 5/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 7
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