「唐橋」制すは、天下を制す

    作者:西東西


     ある日の夕方。
     滋賀県大津市にある『瀬田の唐橋』のふもとを、地元老人会ウォーキング倶楽部のみなさんが歩いていた。
     長橋と夕陽のコントラストが映える絶景を前に、思わず感嘆の声が漏れる。
    「古くから『勢多夕照』といわれるだけあって、綺麗な景色ねえ!」
    「いやぁ~、長生きはするもんですなぁ」
    「橋を越えればゴールはすぐです。もうひとふんばり、がんばりましょう!」
     そこで、先頭を歩いていた初老の男性が、ぴたりと足を止める。
     橋の中心に人影が見える。
     妙な和服に仮面をかぶった、2人の男たちだ。
     それぞれ巨大な刀と、槌(つち)を手にしている。
     時代劇の撮影でもしているのかといぶかりながら橋を渡ろうとすると、
    「ご老人がた。すまぬが、『瀬田の唐橋』はこれより我らが破壊する」
    「怪我をしては危ない故、引きかえしてくだされ」
     と忠告し、自分たちは車のクラクションが鳴り響くのもかまわず、道路へと踏みこんでいくではないか。
     橋の途上にいた車や一般人に声をかけ、根気よく橋から追いだしていき。
     やがて橋が無人になったのを確認すると、2人はそれぞれの武器を振りあげようとした。
     その時だ。
    「まてまてまてーい! ご当地のみなさんに愛される『近江八景』を踏みにじるとは、なんたる悪行!」
    「われわれ『琵琶湖ペナント怪人』が、成敗してくれる!!」
     よく通る声が響きわたり、琵琶湖と書かれたペナント頭をなびかせ2体の怪人が躍りでた。
     敵の出現をいち早く察知した和服の男――『慈眼衆』が刀を繰りだすも、
    「甘いッ!!」
     怪人は橋の欄干を蹴り、中空へ跳躍。
     その勢いのまま、ジャンプキックを見舞おうとする。
    「……こしゃくな!」
     すぐさま槌の慈眼衆が仲間の前に踏みこみ、攻撃を相殺するとともに殴りかかった。
     ――戦闘力は、互角。
     どちらが勝っても、おかしくない状況であった。
     

    「すでに知っている者もあると思うが……。滋賀県大津市にある『西教寺』の調査を行った灼滅者たちから、近江坂本に本拠をもつ刺青羅刹『天海大僧正』と、近江八幡に本拠をもつ『安土城怪人』が、戦いの準備を進めていることがわかった」
     眉間にしわを寄せ、資料を手にした一夜崎・一夜(大学生エクスブレイン・dn0023)が説明を開始する。
    「この情報を裏付けるように、琵琶湖周辺で『慈眼衆』と『琵琶湖ペナント怪人』が争う事件が発生している」
     概要は、こうだ。
     ――琵琶湖周辺で破壊工作を行おうとする慈眼衆を、琵琶湖ペナント怪人が阻止しようとして争う。
     一見すると、琵琶湖ペナント怪人が正義のように見える。
     が、ことはそう単純ではない。
     一夜はさらに眉間のしわを深く刻み、続ける。
    「どうやら安土城怪人は、琵琶湖ペナント怪人の大量生産を行っているらしい。その力で天海大僧正との合戦に勝利し、ゆくゆくは世界征服を企んでいるようなのだ」
     つまり琵琶湖周辺の破壊工作は、琵琶湖ペナント怪人の戦力を削ぎ、安土城怪人の野望を止める手段となっているのだ。
     だからといって罪もない一般人を巻きこみ、迷惑をかけるのは許されることではないが、慈眼衆側もできるかぎり怪我人が出ないよう、配慮しているという。
    「先の調査で、天海は学園に共闘を持ちかけた。『慈眼衆』たちの配慮は、その意思の表れでもあるのだろう」
     ダークネス同士の戦闘への介入。
     場合によっては、琵琶湖の戦いの流れを決めることになるかもしれない。
     だが現時点では、どういった対応をとるのが正解なのかは、誰にもわからない。
    「よって、事件への介入方法については、きみたちの判断に任せたい」
     一夜は灼滅者たちの顔を見渡し、つぎの説明に移った。
     
     事件が起こるのは、夕刻。
     場所は、瀬田川にかかる『瀬田の唐橋』。
     道路2車線と歩道をもつ、全長260メートルの歴史ある橋だ。
    「今回だが、接触タイミングは『慈眼衆と琵琶湖ペナント怪人が戦闘を始めた後』としてくれ」
     それ以前に介入しようとすれば、ダークネス同士の戦闘が発生しなくなる可能性がある。そうなっては、任務達成どころの話ではない。
     なお出現するダークネスは、『慈眼衆』・『琵琶湖ペナント怪人』ともに各2体。
     『慈眼衆』は大刀(無敵斬艦刀)と、大槌(ロケットハンマー)を装備した者が各1体づつで、2体とも神薙使いに似たサイキックを扱う。
     『琵琶湖ペナント怪人』は盾(WOKシールド)とオーラ(バトルオーラ)を装備した者が各1体づつで、2体ともご当地ヒーローに似たサイキックを扱う。
     戦力は互角のため、どちらが勝利するかは不明。
     灼滅者たちがどう介入するかで、この戦いの結末は、いく通りにも変わるだろう。
     
    「『どちらか一方との共闘』『勝ち残った勢力の灼滅』『三つ巴の戦い』。考えられる介入方法はいくつかあるが……。ほかにも作戦を思いつくのであれば、試してみるのも良いだろう」
     ただし、現場にはダークネス4体が集結する。
     どの介入方法であっても、作戦の進め方しだいでは失敗もありえること。
     最悪の場合は、4体のダークネスを相手にする可能性もあるということ。
     それを忘れてはならないと、一夜は警告する。
    「もう1点。橋が通行止めになってしまうため、周辺住民にいくらか影響が出てしまう。――七湖都」
    「……ん」
     呼ばれ、七湖都・さかな(終の境界・dn0116)がひょこんと手を挙げる。
    「場所が場所だけに、混乱が広がるのは得策ではない。誘導でも、代替輸送でもなんでも構わないので、橋周辺の一般人対応を頼みたい」
    「わかった」
     こくりと頷き、同行する灼滅者たちへ視線を向けた。


    参加者
    狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)
    片月・糸瀬(神話崩落・d03500)
    阿剛・桜花(性別を超えたハンマーガール・d07132)
    百舟・煉火(キープロミネンス・d08468)
    朔夜・碧月(ほしのしるべ・d14780)
    エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)
    八千草・保(楊柳一枝・d26173)
    陽横・雛美(すごくおいしい・d26499)

    ■リプレイ


     ひと気のなくなった、橋の上で。
     夕陽を受けながら、2つのダークネス勢力が睨みあっている。
     その様子をすこし離れた物陰からうかがうのは、この争いに介入する8人の灼滅者たちだ。
    「特撮とか見てるみたいよね。この状況だと、私たちが加担するのは悪役の方だけど」
     ピンクの羽をふるわせ、つぶやいたのは陽横・雛美(すごくおいしい・d26499)。
    「善悪の基準は、もとより曖昧なもんやしねぇ。今はボクらにできる、最善の行動を」
     八千草・保(楊柳一枝・d26173)が応え、タイミングを見計らうべく仲間たちと目線を交わす。
    「甘いッ!!」
    「……こしゃくな!」
     慈眼衆とペナント怪人による戦闘がはじまったのを確認し、灼滅者たちはスレイヤーカードを手に、次々と橋の上へと躍りでる。
    「貴方の魂に優しき眠りの旅を――!」
     カードから解放された翡翠色のオーラを身にまとい、真っ先にペナント怪人の前に飛びだしたのは狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)。
    「すみません! お邪魔します!」
    「一般人にご配慮いただいた礼はしねーとな」
     もう1体の怪人の間合いへ踏みこんだ片月・糸瀬(神話崩落・d03500)とともに、利き腕を異形巨大化させ、そろってペナント怪人を豪快に殴りとばす。
     2体の怪人は橋に叩きつけられ、身を起こすなり灼滅者たちを非難した。
    「いきなり現れて何様のつもりだ灼滅者!!」
    「これは我々、ご当地怪人と慈眼衆の戦いだ!」
     だが、警戒したのは慈眼衆も同じ。
     灼滅者たちから距離をおくと、
    「何用だ、灼滅者」
    「邪魔だてするなら容赦はせぬぞ」
     大刀と大槌を構え、8人を睨みつける。
     朔夜・碧月(ほしのしるべ・d14780)は構わず進みでると、ひょこんと頭をさげ、声をかけた。
    「慈眼衆のおにーさんたち、はじめまして! 私、武蔵坂学園の朔夜碧月っていうよ。どうぞよろしくなんだよぅ!」
    「同じく、私は阿剛・桜花。安土城怪人の野望阻止のため、協力させていただきますわ!」
     ESP『サウンドシャッター』を展開し、阿剛・桜花(性別を超えたハンマーガール・d07132)も名乗りをあげる。
    「……天海大僧正は武蔵坂と共闘する意思があると聞いた。その意思が本当かどうか、確かめさせてもらう!」
    「戦闘後に話したいことがある。まずは、加勢する」
     腕に装着した『Brightness:0』に昏い杭を装填させ、厳しい口調と態度で臨む百舟・煉火(キープロミネンス・d08468)。
     そして、各ダークネスの動きを油断なく見据えて告げるエアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)。
     慈眼衆たちは各灼滅者の目を見つめかえすと、ふいに、手にした武器の切っ先を怪人へと向けなおした。
    「……なるほど。貴様たちが、大僧正様の見こんだ『武蔵坂の灼滅者』か」
    「なれば、我らに敵対する道理はない」
     言うなり、ふたたびペナント怪人たちへ斬りかかる。
     雛美はその背に追いすがると、足並みをそろえ、クルセイドソードで怪人の急所を切断してみせた。
    「一緒に戦うわ!」
    「好きにしろ」
     その声を了承とり、保は「ありがとう」と声を張りあげ、援護にまわる。
     ――己は回復手で、この戦闘では守られる立場にあるけれど。
    (「皆で無事帰れるよう、戦闘終了まで、立って回復を続けます」)
     桜の花弁が刻まれた指輪を撫で、仲間たちの、そして慈眼衆たちの背を見据え、しっかりと地面を踏みしめた。


     そのころ。
     橋上のダークネスの意識が戦闘に向けられたのを確認し、一般人対策のために集まった9人の灼滅者たちは行動を開始していた。
     橋の周辺は、すでに車の渋滞や、立ち往生した歩行者で混乱がはじまっている。
     三角コーンや立ち入り禁止の立て札、「KEEP OUT」と書かれたテープは、理利(d23317)と七音(d23621)が十分に用意していた。
    「混乱を広げるわけにはいかない」
    「手分けをして、橋の周辺を封鎖してまいりましょう」
    「はりきってこー!」
     忠継(d24137)、アルテミス(d19001)、奈々(d00267)の3人が、各種道具を手に駆けだして行く。
     同時に、ESP『プラチナチケット』を使用した七湖都・さかな(終の境界・dn0116)とエル(d24272)の2人が橋の両端を陣取り、一般人の侵入を防止。
    「この橋は工事中のため、迂回をお願い致します」
    「迂回路までご案内します。どうぞこちらへ」
     阿剛家に仕えるメイドであるエルの丁寧な物腰と、ラピスティリア(d15728)の穏やかな口調と笑顔もあって、橋の片側の混乱は順調に収まっていった。
     一方、
    「ここは今、通れない」
    「通れないわけないだろう! あそこに人がいるじゃないか!」
     言葉足らずのさかなの説明に食いかかる者が居れば、
    「映画の撮影中なんや、堪忍な。唐橋の観光やったら時間潰してからまた来たらええわ。多分、1時間はかからんと思うで」
     七音がうまくフォローし、事なきを得る。
    「……ありが、とう」
    「なんの。ものは言いようやで」
     ポンとさかなの肩を叩き、引き続き誘導に励む。
     さらに理利は渋滞元をたどり、立ち往生する車の運転手たちに声を掛けてまわった。
    「この先は現在侵入不可です。別の経路をとってください」
     誰しも、渋滞には巻きこまれたくないもの。
     真摯な対応もあり、一般人たちは理利の言葉を信じ、指示に従った。

     誘導にあたった者のほとんどが『プラチナチケット』を使用し、警備員やガードマンに近しい服装で対応にあたっていたため、「そのように」受け取られ、混乱を収める助けとなった。
     一刀(d27033)もESPを使い誘導にあたっていたのだが、
    「きみ、迷子なのかなぁ~?」
     親とはぐれ泣いていた幼子を見つけ、手持ちの人形『雨姫』『砂侍』の2体で人形回しを演じてみせる。
     やがて合流した母と子は、一刀を見やり、こう言った。
    「どうもありがとうございました。お若いのに、大道芸をしてらっしゃるんですか?」
    「じゃあねぇ、人形使いのおにいちゃん!」
     母子の眼には、橋のたもとで興行を行う大道芸人と映ったらしい。
     一刀は「くくくっ」と含み笑うと、2体の人形を操り、去りゆく母子に向かって大きく手を振らせた。


     迅速かつ的確な対応で周囲の混乱が取りのぞかれていく合間にも、慈眼衆と灼滅者、ペナント怪人の戦いは続いている。
     ペナント怪人とて、ダークネス。
     奮闘はしたものの、
    「ボクの前で、誰ひとり倒れさせへんよ」
     保をはじめとする灼滅者たちの手厚い回復の前には、どうあがこうと戦況を覆すことはできなかった。
    「ぐぬぬぬぬ! 数のうえでは我々が劣勢!」
    「しかーし! 不屈の琵琶湖愛にかけて、この橋は守りきってみせる!」
     慈眼衆と武蔵坂が共闘し10人となった敵を前に、2体のペナント怪人たちはさすがに不利を悟った。
     しかし、その危機感がいっそう地元愛を燃えあがらせ、怪人たちの攻撃を激しいものにしていく。
    (「――安土城怪人は、もともとはスキュラの勢力ですし、霊玉の事件になにか関与しているのでしょうか」)
     そう考えた翡翠が、
    「犬士の霊玉を解読する目的は、なんですか!」
     高速回転させたウロボロスブレイドを繰りだし問いかけるも、怪人は盾で攻撃を受け流し、一笑にふした。
    「敵対を宣言し、攻撃をしかけておきながら交渉のつもりか!」
     怒りとともに向けられたオーラキャノンが慈眼衆を狙うも、
    「させないよ……!」
     縛霊手を構えた碧月と、淡い虹色のオーラをまとった煉火が身を挺してかばい受ける。
     あからさまに守る行動は慈眼衆の不興を買うのではと思っていたのだが、2体の様子を盗み見た限りでは、その様子はなさそうだ。
     続けて怪人へ攻撃を見舞った大刀持ちの慈眼衆の背中を見やり、煉火は強く、唇を引き結ぶ。
    (「避けられる戦いは避けたい。けど、いつ裏切られるかもわからない」)
     葛藤を抱えながらも、協力の意志があることを伝えるべく、叫ぶ。
    「慈眼衆! ボクたちは盾持ちの怪人、オーラ持ちの怪人の順に集中攻撃を仕掛ける!」
     共闘するとは告げたが、足並みをそろえてくれるとは限らない。
     無視されることも覚悟したが――、
    「承知」
    「相、わかった」
     2体から即座に返答がかえり、オーラ持ちに攻撃を与えようとしていた慈眼衆が、振りかぶった槌を盾持ちの怪人へと叩きつけた。
    「この勢いで、一気に畳みかけるぜ」
     槌の攻撃を受けはね飛ばされた怪人へ向け、糸瀬は追い撃ちをかけるべくマテリアルロッドを叩きつける。
     打撃とともに流しこんだ魔力の奔流が、怪人の身を内から破壊し、大きく引き裂いた。
    「おのれ、灼滅者どもめ!!」
     ひざを折り、満身創痍でうめく盾持ちの怪人へ向け、桜花は容赦なく鍛えぬかれた超硬度の拳を撃ちはなつ。
     橋の欄干に叩きつけられた怪人は、そのままバランスを崩し、
    「我が琵琶湖愛よ、永遠に――!」
     茜色に染まる『近江八景』に落ち、捨て台詞とともに中空で爆散。
     あとかたもなく消えていった。
    「まずは1体灼滅、ですわ!」
    「たとえ最後の1体となろうとも、母なる琵琶湖を前に、背を向けてなるものかッ!!」
     残るオーラ持ちの怪人がそう吠え。
     オーラを集束させた拳を大刀持ちの慈眼衆へ撃ちはなとうとした瞬間、怪人の身を冷気が襲った。
     霊子強化ガラスに鎧われた己の魂を削り、雛美が『冷たい炎』をはなったのだ。
    「そろそろ、現実を受け入れたらどう?」
     身の奥底から凍りつく炎に蝕まれ、頭部のペナントがぼろぼろと崩れていく。
     大刀持ちの慈眼衆はその隙を逃さず、残る怪人へ斬りかかった。
     超弩級の一撃に続き、エアンは非物質化させた聖剣を抜きはなち、
    「覚悟しなよ」
     敵めがけ、一閃。
     霊魂と霊的防護だけを破壊する。
     次々と繰りだされる攻撃に、怪人はついに膝をつき。
     ご当地ヒーローである煉火が進みでて、赤縁の眼鏡越しに、怪人を見やった。
    「ペナント怪人……。地元を大切にする姿勢には共感するが、最終目的が世界征服とはいただけないね」
     己の命運を察してか、満身創痍の身をおし、怪人はふたたび立ちあがった。
    「琵琶湖を愛し、広めんがため、我らは世界を征服する! その覚悟! 最後の、最後まで見せつけてくれる!!」
     その言葉を合図に。
     橋の左右から、怪人とヒーローとが同時に走りだす。
     橋を蹴り、先に飛びあがったのは、ペナント怪人。
    「琵琶湖、クルージングキーーック!」
     ご当地への愛を燃えあがらせ、一直線に空を割く。
     対する煉火は『天つ風の靴』で橋を駆け、さらに、さらに、加速した。
    「ご当地其々の良さを認めあう、魅力」
     つぶやくように、口にして。
     身をかがめ、力強く地を蹴り、跳ねあがる。
     まっすぐに伸びた怪人の蹴りと、炎をまとった煉火の蹴りとが交差し。
    「――身をもって、知りたまえ!!」
     半身を捻った煉火の蹴りが、怪人を橋へと叩き落とした。
     キラリ、閃光がはしったかと思うと、
    「安土城怪人様、どうか、悲願達成を……!」
     怪人はバンザイをするように諸手をあげ、盛大に弾け飛んだ。
     ひときわ大きな爆発が起こり、橋から遠ざかろうとしていた一般人や、誘導をしていた灼滅者たちが、何事かと橋を振りかえる。
     もうもうと立ちのぼる灰色の煙に、黄金の陽の色が写り、輝いて。
     風にたなびき、しだいに薄く消えていく煙を前に、保は思わず、声を漏らした。
    「夕照、綺麗やねぇ」
     武器をおろし、夕景を臨む灼滅者たちを前に。
     2体の慈眼衆も、つられるように暮れゆく空をあおいだ。


     空が夜闇に塗りかえられていくなか、ひと息つく間もなく、慈眼衆たちはそれぞれの武器を手に、橋を叩き壊そうとしはじめた。
     8人全員で止めにかかり、話し合いに応じるよう呼びかける。
    「戦闘前の周辺住民の皆さんに対するご配慮、感謝いたしますわ」
    「でも、周囲の一般人に影響を与える破壊活動は、控えて欲しいんです」
     一礼する桜花と、破壊活動の中止を提言する翡翠を前に、慈眼衆たちは2人を見おろした。
    「私たち、貴方たちと一緒に、琵琶湖周辺での警戒活動や、怪人の灼滅に協力したいって思ってるの」
     雛美の言葉に桜花が頷き、
    「引き続き、ペナント怪人の灼滅と琵琶湖周辺の警戒活動には協力させていただきますわ。ただし、住民の皆さんの生活のため、橋を壊すのは待ってくださいませんでしょうか?」
     黙りこんだ2体へ向け、エアンが静かに問いかける。
    「破壊工作の理由があるなら、教えて欲しい。やみくもに琵琶湖周辺を壊しているとは思えないし、『大戦』に備えるためのものかと思ってね」
    「その理由ならば、簡単なこと」
    「安土城怪人の先兵たる琵琶湖ペナント怪人の力を削ぐためには、琵琶湖にちなんだものを破壊するのが効果的。ゆえに、この破壊活動は、彼奴らの戦力を削ぐために必要なものだ」
    「そうまでする安土城怪人と天海さんには、なにか因縁があるの?」
    「安土城怪人は、大僧正様の不倶戴天の仇敵である」
     翡翠の問いに即答するのを見やり、エアンと糸瀬はそれなら尚のこと、と畳みかけた。
    「破壊活動を控えてもらう代わりに、琵琶湖周辺を警戒することで、俺たちも協力できる」
    「武蔵坂学園にも安土城怪人とは浅くはねー因縁もあるし、『大戦』ってヤツでも、お互い協力できると思うんだよ」
     慈眼衆たちは目線を交わしあうと、大刀持ちの慈眼衆が武器をおろし、頷いた。
    「……よかろう。今回の加勢の件もある。この橋は、残して去るとしよう」
    「――待ってくれ!」
     背を向け、去ろうとする慈眼衆たちを、煉火が呼びとめる。
    「正直なところ、キミたちが目論む『大戦』に、武蔵坂学園が協力できるかは、まだはっきりしていない。だが、これだけは約束してくれ。ボクらは人間だ。一般人に被害をだしたくない。『大戦』は避けられぬだろうが……。その際には、極力ひとの住む地で戦わぬよう、天海大僧正に頼むことはできぬか」
     フンと鼻で笑い、槌持ちの慈眼衆が笑う。
    「いかにも、人間らしい身勝手な言い分だ」
     糸瀬はひるまず、問いかける。
    「身勝手ついでに、教えてもらえるとありがたいんだが。――安土城怪人を倒したら、次にあんたたちは何をやりたいと思ってる?」
    「『大戦』で勝てたら、それでいいってわけじゃないよね……?」
     続けて問う碧月へ向け、大刀持ちはすぐに答えをかえした。
    「あの御方のなさることだ。この世界に『救い』をもたらすことであろう」
    「……『救い』?」
     首をかしげる碧月をよそに、仲間たちは次々と言葉を重ねる。
    「できたら近いうちに、しっかりとした話し合いの場も欲しいわ」
     雛美が提案すれば、
    「ほんならボクの言葉も、ついでに天海大僧正に伝えてもらわれへんかな」
     保も進みでて、眼鏡の奥から2体の慈眼衆を見据えた。
    「もし協力することになったら、『大戦』後、黙って手ぇ切るようなことはせんといてほしい。なにか新しい行動を起こす時は、武蔵坂に知らせてくれるよう、約束してもらわれへんかな、て」
     そう告げて頭をさげる保に、
    「委細承知。お前たちの言葉は、必ず伝えよう」
     大刀持ちの慈眼衆が、重々しく頷く。
     糸瀬は念のためにと、電話番号を記したメモをさしだした。
     大刀持ちが紙を受け取ったのを見やり、灼滅者たちが喜んだのもつかの間。
    「――なれど、安土城怪人の戦略がペナント怪人の琵琶湖化による戦力増強であるならば、我らの琵琶湖破壊工作は継続して行わねばならない」
     槌持ちの慈眼衆も灼滅者たちを見おろし、忠告するように続ける。
    「お前たちがペナント怪人の琵琶湖化を食い止めるというのなら、このような作戦は行う必要がなくなるだろう」
     灼滅者たちの返答がまだ確定でないのと同じように。
     慈眼衆たちの返答もまた、確定ではない。
     ――それでも。
    「……サンキュ。今の話も、きっちり持ち帰って武蔵坂の皆に知らせるわ」
    「今日はお話してくれてありがとう! この出会いが、良い結果に結びつくといいと思うの。次に会った時も、またこうやってお話できたら嬉しいな」
     糸瀬と碧月は希望をこめ、慈眼衆たちへ笑顔を向ける。
     槌持ちの慈眼衆は応えることなく、灼滅者たちに背を向けた。
     大刀持ちの慈眼衆は7人の灼滅者たちと、ひとり、厳しい目線を向け続ける煉火を見やり、つぶやいた。
    「――さらばだ」
     橋の欄干を乗りこえ、跳躍し。
     2体の慈眼衆は夜闇にまぎれ、姿を消した。

    「ちゃんと、伝わったでしょうか?」
     慈眼衆たちの姿を見送り、翡翠が不安げにこぼすのへ、
    「あら。私は大丈夫だと思うわよ?」
    「……どういうことだ」
     胸をはる雛美に、エアンが問いかける。
     雛美は、笑って答えた。
    「あの慈眼衆たち、最初こそ回復が効いていなかったけど。途中から、ちゃんと傷が癒えていたのよね」
     回復サイキックは、相互の味方意識があってこそ、効果を発揮する。
     つまり、慈眼衆たちが灼滅者たちを『味方』と認識したからこそ、癒しの効果が発揮されたのだ。
     ――それは少なくとも、あの慈眼衆2体の信頼を得られたということに、他ならない。
     場の空気が和らいだ、その時。
     橋の向こうから、さかなが駆けてくるのに気づいた。
    「もう、全部、終わった……?」
     問いかける声に、
    「「「そうだった!!」」」
     橋周辺の交通整理を手伝うため、8人は慌てて、方々に散っていった。
     
     

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年6月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 13/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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