はなよりほかに

    作者:西東西


     空が青から茜色のグラデーションに染まり、草木が薄闇に沈みはじめるころ。
     青森県最北端の『竜飛崎(たっぴざき)』から海を見おろす場所で、熾烈な争いがくりひろげられていた。
     闘うのは、アンブレイカブルの青年と老婆。
     『武神大戦天覧儀』の始まりを悟るなり、たがいに牽制や攻防を続けていたのだが、
    「頂点に立つのは、この俺だ!」
     白いはち巻きを額に結び、すり切れた学生服を身にまとった青年が吠え、試合をたたみかけるべく間合いに飛びこんだ。
    (「――捉えた!」)
     そう確信し、拳を繰りだした瞬間、
    「寝言は寝ていいな」
     後頭部に衝撃を受け、顔面から大地に叩きつけられる。立ちあがる間もなく追撃を受け、地面を抉りながらさらに数メートルはじき飛ばされた。
    「くッ!」
     ――回避行動をとる間も、受け身をとる間もなかった。
     その事実に混乱しながらも、青年はふたたび大地を踏みしめ、立ちあがる。
     老婆はひと括りにした薄紅色の髪を撫でながら、冷めた三白眼を青年へと向け。
    「地道に修行してりゃ、すこしは使い物になったろうに」
     ちいさく嘆息した後、トン、と地を蹴った。
     舞うように繰りだされた超硬度の脚は会心の一撃となり、青年の胸を守りごと撃ちぬく。
     青年は最期まで、眼を見開いたまま。
     その輪郭が霧散すると同時に、老婆の身体にどす黒い『力』が流れこんでくる。
    「……天覧儀に関わったのが、運のツキさね」
     眼前にひろがる海を見やり、フンと鼻で笑った。
     

    「フローレンツィア・アステローペ(紅月の魔・d07153)の危惧を受けて情報収集をしてはみたものの……。まさか三度も、『武神大戦天覧儀』の予測を視ることになろうとは」
     そううめき、一夜崎・一夜(大学生エクスブレイン・dn0023)が説明を開始する。
    「アンブレイカブル・業大老一派が、新たな師範代を生みだすべく『武神大戦天覧儀』という武闘大会を開催しているのは、すでに皆も知っての通り」
     試合会場は、海の見える場所。
     時刻は特に決まっていないが、邪魔を嫌ってか、一般人のいない時間が選ばれる。
     どこからともなく現れたアンブレイカブルが対戦をくりかえし、勝利を手にした者に『強い力』が与えられ。
     やがて、強者が現れるという仕組みだ。
     
     今回試合が行われるのは、青森県最北端の『竜飛崎(たっぴざき)』。
     対戦者を待つのは、『華刀自(はなとじ)』と呼ばれる、老婆の姿をしたアンブレイカブルだ。
     扱うサイキックは、『ストリートファイター』『バトルオーラ』『エアシューズ』に似たもの。
     動きが素早く、『カポエイラ』のような脚を主体とした独自の格闘技を使用する。
     老婆とはいえ背が高く、スタイルの良い体躯を持ち、その動きはいっさい年齢を感じさせない。
     また、すでに『天覧儀』で勝利していることもあり、戦闘力もかなり強力だ。
    「この華刀自だが、以前、竜飛崎で灼滅したアンブレイカブル……『春園しづ子』の、縁者のようだ」
     アンブレイカブルは強者と戦うためならば、素質ある者を鍛え、育てることがある。
     華刀自は素養のある者を鍛えることに心血をそそいでおり、しづ子もその養い子の一人だったのだ。
     ゆえに華刀自はしづ子灼滅を知り、岬へとやってきた。
    「……だが、そこに人間のような感傷があるとは思えん。天覧儀への参加のきっかけがしづ子灼滅であったとしても。闘いつづける理由は、また別にあるように感じる」
     それがなんであるのかは、一夜にもわからない。
     だが、華刀自も相応の覚悟をもってこの試合に臨んでいるようだと一夜は告げ、言葉を区切った。
     
     華刀自は夕刻の竜飛崎で、対戦者を待っている。
     灼滅者たちはその場へ向かい、試合を持ちかければいい。
    「ただし。アンブレイカブルにとどめを刺した者は、『勝利によって力を与えられる』。つまり確実に、闇堕ちしてしまう」
     華刀自は強敵となるため、連戦を行うだけの余裕は見こめない。
     それはつまり、アンブレイカブルを灼滅した場合、かならず誰かが闇堕ちするということでもある。
     状況によっては灼滅が叶わず、敗北する可能性も否めない。
    「それでも、私はきみたちに告げよう。――幾多の苦難があると知ったうえで、なおアンブレイカブルに挑みたいという者があるなら。どうか、対応を願いたい」
     一夜は集まった灼滅者たちを見渡し。
     覚悟を確かめるように投げかけ、説明を終えた。


    参加者
    七篠・誰歌(名無しの誰か・d00063)
    月代・沙雪(月華之雫・d00742)
    風花・クラレット(葡萄シューター・d01548)
    皇・銀静(銀月・d03673)
    九条・泰河(陰陽の求道者・d03676)
    不破・桃花(見習い魔法少女・d17233)
    魅咲・貞明(殺戮概念・d21918)

    ■リプレイ

    ●守
     夕刻。
     茜色に染まる世界に、その老女は立っていた。
     スポーティーなミニ丈Tシャツに、デニムのベルボトム。
     裾からのぞく靴は厚底のヒールブーツで、半袖から覗く腕には蓮と蝶のタトゥーが彫られている。
     老女はひと括りにした薄紅色の髪を風にまかせ、足音とともに岬に現れた8人の灼滅者たちを迎えた。
    「初めましてです。貴女が華刀自さんですね。私は、月代と申します」
     敵とはいえ、武の先達。
     礼節をもって名乗った月代・沙雪(月華之雫・d00742)に、皇・銀静(銀月・d03673)も続ける。
    「我らは灼滅者……。ならば目的は、わかっていますよね?」
     老女は口の端をもたげると、逆に問うた。
    「たしかにあたしが『華』だ。が、『手合せ』だって? あんたたちこそ、ここで闘う意味をわかって、あたしの前に立ってんだろうね」
    「もちろんよ、おばあちゃん。一応レンたちも、ここで『しづ子』を殺したくらいの実力はあるのよ?」
    「貴方がどんな想いで『天覧儀』に挑んでるのかわからないけど、複数対1なのは、勘弁してね?」
     フローレンツィア・アステローペ(紅月の魔・d07153)と九条・泰河(陰陽の求道者・d03676)の言葉に、アンブレイカブル『華刀自(はなとじ)』は天をあおぎ、大口をあけて笑った。
    「はっはっは! なるほど、あんたたちが『しづ子』を負かした灼滅者かい。それなら――」
     華刀自は桜色のオーラに身をつつみ、
    「遠慮なく『死合える』ってことだね」
     笑みを深めるなり、その身を躍らせた。

    ●破
     老女の殺気を受けスレイヤーカードの封印が解きはなたれるのと、風が唸ったのは同時だった。
     とつじょ吹きあれた暴風にまかれ、敵の間近に立っていた5人が背面から弾き飛ばされる。
     攻撃を回避したのは、みずから体勢を崩した風花・クラレット(葡萄シューター・d01548)のみ。
    (「――なんて、速い!」)
     後衛位置から注視していた沙雪も、追うのがやっとだ。
     間近で相対していた者たちにしてみれば、敵の姿を見失い、とつぜん背中から打撃をくらったようなものだろう。
     いそぎ清めの風を招き、仲間たちの傷を癒しにかかる。
    「バカ犬!」
     魅咲・貞明(殺戮概念・d21918)も霊犬『ガルム』に命令を飛ばし、負傷者のもとへ走らせた。
    「ったく、婆さんはさっさとおねんねしてくれないか?」
     仲間を援護すべく死角に踏みこみ、解体ナイフで一閃。
     しかし、
    「それなら、子守唄でも歌ってみることだね」
     老婆は瞬時に身をよじり、同時に攻撃を仕掛けてきたクラレットの蹴りを、片腕で受けとめる。
    「いい動きだ」
     短く褒めたかと思えば、ふたたび蹴りをはなった。
     至近距離からの一撃を回避することは難しく、仲間の手も間にあわない。
     クラレットはとっさに受け身をとり攻撃を耐えきると、華刀自を見据え、問いかけた。
    「あなたはなぜ、戦い続けるの?」
    「業大老とは、お知りあいなのですか?」
     WOKシールを掲げ、仲間たちの守りを固めながら、不破・桃花(見習い魔法少女・d17233)も問いを重ねる。
    「口を動かす前に、身体を動かしな」
     ステップやバク転を駆使し、全身を使って舞うように跳ねながら、老女は灼滅者たちの攻撃をいなし、回避する。
    (「なかなかに、難しそうな相手だな……!」)
     七篠・誰歌(名無しの誰か・d00063)は魔導書を手に、老女へ原罪の紋章を撃ちはなつ。
     紋章はたしかに、ダークネスの身に刻まれた。
     しかし、華刀自は表情ひとつ変えず、誰歌に狙いを定める。
    「死に急ぐ気かい?」
     跳躍し、一気に間合いを詰めたアンブレイカブルへ向け、誰歌はとっさに拳を突きだすも、
    「――っ!? ぐあっ!」
     死角からはなたれた蹴りを受け弾き飛ばされたところへ、さらに怒涛の連撃と追撃が襲う。
     なおも攻撃を繰りださんとする老女の攻撃線上へ、銀静が螺穿槍を手に飛びこんだ。
     繰りだした一撃は高く跳躍した老女に回避されてしまうも、
    「沙雪さん!」
     倒れていた誰歌を確保し、駆けつけた仲間と霊犬に後を任せる。
    (「敵を知り、己を知れば、と思っていましたが……!」)
     銀静は出発前に、華刀自についての情報を集めようとした。
     だが情報は限られており、予測を行った一夜も、己の視た情景を再度伝えることしかできなかった。
     ――その限られた情報のなかに。戦況を覆すきかっけとなりえる、手がかりがあったのではないか?
     そんな考えが脳裏をよぎるも、もはや戦いは始まっている。
     あとは決意にしたがい、挑むのみだ。
    (「華刀自は、しづ子よりもさらに鋭く重いオリジナル。油断は禁物ね?」)
     攻撃を途切れさせてはならないと、フローレンツィアも鉤爪をそなえた鐵の手甲を手繰る。
     その動きにあわせ、老女の間合いに飛びこんだのは泰河だ。
    「覚悟なら、これまで戦った相手にだってしてきたんだ!」
     フローレンツィアの糸が死角から斬り裂くのに続き、泰河も異形巨大化させた腕を振りかぶる。
     しかし、華刀自は糸を受けながらも、剛腕の一撃を回避。
     ふたたび誰歌めがけてはなたれた蹴りを、
    「させません……っ!」
     間一髪、桃花が拳をぶつけることで相殺する。
     防いだ腕がしびれ、手指に痛みが走る。
    「すまない、桃花。助かった」
     『怒り』を付与したがために攻撃を受け続けた誰歌は、すでに他の仲間より多くの殺傷ダメージを受けている。
     ここで、早々に倒れるわけにはいかない。
     貞明は天星弓に持ち替え、ダークネスに狙いを定めた。
    「正義なき力は暴力。力は、笑顔を守るためにあるものよ!」
     葡萄とリボンで装飾された『クラレットロッド』を手に、クラレットが殴り掛かった瞬間、弦を弾き、矢を撃ちはなつ。
     身の内を暴れまわる魔力の奔流を踏みたえた老女を、彗星のごとき矢が射抜いた。
    「青くさい戯言だね」
     華刀自はつぶやくなり、桜色のオーラを癒しの力へ転換。
     受けた傷と、枷を打ちはらう。
    「『力』は『力』さ。正義だ、悪だと振りわけるのは、『力』に意味をもたせ、振りかざしたがる輩のするこった」
     つぶやき、華刀自は目を細める。
    「あんたたちは、どうもおしゃべりが好きみたいだからね。あたしも、聞かせてもらおうか。あんたたちが、どうして『武神大戦天覧儀』に挑むのか」
     トン、と地を蹴り、老女のすらりと伸びた身体が跳ねる。
     ふくれあがった桜色のオーラを花弁のように散らし、アンブレイカブルははっきりとした声で、告げた。
    「――『命』をくれてやるのに、足る相手なのかを」

    ●離
     ふたたび襲った暴風が、灼滅者たちを薙ぎはらう。
     すぐに沙雪と霊犬『ガルム』が駆けつけ、癒しを施すも、これまでの傷もかさんでいるなか、仲間たちの動きはしだいに鈍りはじめていた。
    (「ここで止めなければ、さらに強いダークネスになってしまうのです……!」)
     回復に専念するため、戦いに参じるだけの余裕はない。
     ならば、己は己のなすべきことをと、沙雪は戦況を見据え、的確に仲間たちを支え続けた。
     一方、仲間たちの強化は、華刀自によってことごとく撃ち壊された。
     華刀自へ仕掛けた枷もまた、機を見て解除されていく。
     それでも銀静は相手の手数を奪うべく、果敢に攻撃を繰りだし、仲間への攻撃をその身に受け続けた。
     銀静は一度、闇堕ちをしたことがある。
     それは辛く、苦しく。恐ろしい経験だった。
     けれど恐怖やリスクに苦しみながらも、前に進まねばならない時が、ある。
     それが、今なのだ。
    「僕も、そして仲間も。絶対に闇には負けません。己の闇にも、打ち勝ってみせます……!」
     叫びとともにはなった影業は、しかしダークネスを捕えることなく、空をきった。
    「だれにも負けない力より、ひとを想う心の方が大切だということを、みなさんから教わりました」
     続く桃花は叫び、正々堂々、正面から華刀自へと立ち向かっていく。
    「華刀自さんがだれかを傷つけるというのなら、わたしは逃げませんっ!」
     WOKシールドを振りかざし、殴り掛かろうとするも、
    「心意気だけは、買ってやるよ」
     後頭部への一撃を受け、地面に激しく打ちつけられてしまう。
     戦況を見かねた貞明は、桃花へ向け、すぐに癒しの矢をはなった。
    (「……まずいな」)
     胸中に抱いていた『もしも』の不安が、脳裏をよぎる。
     貞明の想いをよそに、フローレンツィアは勝利を信じ、華刀自へ向かい、駆けた。
    「レンは強くなりたいの。ここに来たのは強い相手から戦い方を、戦闘経験を手に入れるため。――だから、奪いに来たの!」
     スカートの裾をひるがえし、フローレンツィアは舞うように糸を手繰る。
     緋色のオーラをまとった糸が老女を斬り裂くも、華刀自は傷を受けてなお、迷いなく少女の首を狙った。
    「フローラ!!」
     ――次の一撃をくらえば、倒れる。
     それをわかっていながら、誰歌はフローレンツィアの前に身を投げた。
     呼吸が止まるほどの衝撃。
     そして、中空を舞う、浮遊感。
    「誰歌!」
     呼び声は聞こえた。
     けれど追撃を受け、遠く蹴り飛ばされた誰歌は、応えることなく意識を失った。
    「まったく、開いた口がふさがらないね。この程度で『武神大戦天覧儀』に挑もうなんざ、命知らずもいいところさ」
     いそぎ誰歌の身を戦線から離脱させる沙雪を見やり、老女は嘆息交じりに告げる。
    「それでも! 私たちには、覚悟よりも強い希望がある!」
     クラレットが叫び、重力を宿した飛び蹴りを炸裂させる。
    「このメンツで、負けるつもりなんぞない!」
     続く泰河も誰歌たちから注意を逸らすべく、己に降ろしたカミの力で風の刃を撃ちはなった。
    「独りでも、複数でも。死ぬときゃ死ぬのさ」
     華刀自は逆巻く風に飛びこみ、身を斬られながらも、両脚を旋回させる。
     ごうと唸る暴風が巻き起こり、泰河を、フローレンツィアを、桃花を蹴り飛ばす。
    「だれ一人、死なせはしません……!」
     クラレットをかばうべく飛びだした銀静の身が、地面を抉りながら数メートルはじき飛ばされた。
     したたかに身を打った銀静の体力は限界に達しており、意識はあるものの、指先ひとつ動かすことができない。
     見れば攻撃を受けた桃花も、倒れ伏したまま、動かない。
     ――とどめを刺すには、あと、どれだけ足りない?
     しだいに、残る灼滅者たちの胸に、焦りと、不安が重くのしかかっていく。
     フローレンツィアは暗雲を振りはらうように、解除コードと同じ言葉に、力をこめた。
    「来なさい……! 黒き風の、クロウクルワッハ!!」
     高速で繰りだされた糸が、ダークネスの身を引き裂き。
     しかしそれでも、ダークネスの勢いを削ぐには足りない。
     次々と倒れゆく仲間を背に、クラレットはふたたびロッドを振りかぶる。
    「このっ!」
     渾身の力をこめて叩きつけた先で、アンブレイカブルはまっすぐに、こちらを見据えている。
     破裂した身から、鮮血が飛び散る。
     その紅が全身を汚すのもかまわず、華刀自は身をひるがえし、つぶやいた。
    「ここまでだね」
     クラレットのそばにあった殺気が、一瞬で、フローレンツィアの元へ跳び、
    「させない――!」
     叫び、飛びだした泰河が後頭部から蹴り倒され、顔面から大地に叩きつけられる。
     土と血にまみれ反撃にかかろうとするも、追い撃ちをかけるように繰りだされた蹴りに捉えられ、そのまま、意識を手放した。
     なおも立ち続ける仲間を癒しながら、ガルムが吠えたける。
     沙雪は倒れた泰河のもとへ駆けながら唇を噛みしめ、叫んだ。
    「たとえ……。たとえ強敵と戦い敗れたとしても。死なず、心が折れなければ、真の敗北ではありません!」
     負けるつもりなどない。勝つつもりで、ここへ来たのだ。
     それは沙雪だけではない。
     仲間たちも、同じだ。
     倒れたままの4人に、立つ4人。
     華刀自はふいに優しい目をして、微笑んだ。
    「安心おし。死ねば、勝ち負けなんざ関係ないさ」
     その言葉を聞いた貞明は、仲間を回復しようとして、やめた。
     ――壁役に重きを置いた編成。
     ――必要最低限の癒し手と、各自回復。
     ――敵の回避能力と、枷の付与。
     ダークネスはそれらの不安点を的確に突き、8人の連携を崩すべく立ち回っていた。
     灼滅者たちのとった戦法は、これまでのアンブレイカブルが相手であったなら、粘り勝つことができただろう。
     しかし。
     今回の相手は、『武神大戦天覧儀』を勝ち抜いたアンブレイカブル。
     その一撃は想像以上に重く、灼滅者たちを圧倒していた。
    (「相手が強いのは、わかってた。なら、それを補う対策でも、作戦でも、なんでも。思いつく限り、試してみるべきだったんだ」)
     仲間たちが次々にアンブレイカブルへ挑みかかる。
     攻撃を受け、相殺し、反撃をくり返しながら。
     それでもまだ、灼滅には届かない。
     撤退をするべきだった。
     だが華刀自の猛攻は、残る4人にその猶予を与えなかった。
     もとより、ダークネスには灼滅者たちを逃すつもりなどなかった。
     ここは、『武神大戦天覧儀』の舞台。
     命と、命をやりあう場所。
     はじめから、全員『殺す』つもりだったのだから。
    「おわりにしよう」
     幾度めかの、暴風が巻きおこる。
     それが華刀自の回し蹴りによりものだということを、灼滅者たちはもう、知っている。
     フローレンツィアとクラレットの身が軽々と弾き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
     決死の覚悟を決めた沙雪が攻撃に転じ、風の刃を撃ちはなつ。
     ダークネスは全身を血に染めながら、倒れたフローレンツィアにとどめを刺そうとしていた。
     貞明の周囲から、音が消える。
     己の内を見据えれば、その闇はずいぶんと、手近にあるように感じて。
    (「これが、苦難か?」)
     遠く、8人の。
     いや、7人の帰りを待っているであろうエクスブレインに、問いかける。
     そして――。

    ●秘すれば花
    「バカ犬!」
     呼び声に応え、霊犬が振りかえった、その時。
     解体ナイフを手にした貞明が、フローレンツィアから華刀自を引きはがすべく斬りかかった。
     切断された腕を見やり、即座に間合いをとった華刀自が笑う。
    「フン。本気で、子守唄を歌う気にでもなったのかい?」
     貞明は――もとい、殺人鬼は答えず、手にした凶器を再び閃かせる。
     主を援護するように、霊犬『ガルム』もアンブレイカブルへ刃を立てた。
     残る少年少女は走りはじめていた。
     沙雪は誰歌を。クラレットは泰河を背負い、満身創痍ながら立ちあがった銀静、桃花にフローレンツィアをともなって。

     灼滅者たちの姿が消え、月明かりに照らされた岬の上で。
     血の海に沈んだ老婆の身体を見おろし、殺人鬼は己の身にどす黒い『力』が流れこんだことを知った。
     薄れゆく意識のなかで、『貞明』は血に濡れた手を、握りしめる。
    (「――あっけないもんだな」)
     それは、いつかに感じた、喪失感にも似て。
     やがて殺人鬼は己の意味を残すべく、闇へと身を消した。
     
     

    作者:西東西 重傷:七篠・誰歌(名無しの誰か・d00063) 九条・泰河(祭祀の炎華・d03676) 
    死亡:なし
    闇堕ち:魅咲・貞明(赦さぬ白・d21918) 
    種類:
    公開:2014年7月6日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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