gemini ~禍津白神~

    作者:西東西


     その夜は、嵐だった。
     強風が激しく木々を揺らし、降り続く雨はつぶてのように大地を叩く。
     曇天が明滅したかと思えば、わずかにおくれ、雷鳴が轟いた。
     街がいく度めかの稲光に照らされた一瞬、夜闇に、白い影が浮かびあがった。
     それは、純白の着物に身を包んだ六六六人衆。
     顔の上半分を着物とおなじく白の被りもので覆い、強風にあおられて時おり覗く双眸は、夜闇にあって真紅に輝いている。
     時刻は、夜20時。
     週末とあって繁華街には飲みにくりだす者、客を引く者、帰宅を目指す者など、数多くの一般人が傘をさし、足早に行き交っている。
     しかし六六六人衆は、一般人たちには目もくれず、闇を求めて彷徨い続ける。
    「『魅咲貞明』とは、『何』だ? ――ダークネスを殺す『機械』だ」
     両眼から流れ落ちる血の涙が純白の着物を汚すのも構わず、六六六人衆は自問自答する。
    「それじゃあ、今ここにいる『ミサキサダアキ』は『何』? ――解らない」
     闇の底から浮かびあがった六六六人衆は、まず手始めに流れこんできた『力』をねじ伏せ、わが物とした。
     次に『目的』を果たすべく街を彷徨ったものの、標的とできそうなダークネスの姿は、どこにも見つからない。
    「だれか教えて? ――『私』は『何』だ」
     『魅咲貞明』であった時、ダークネスと遭遇することは、そう難しいことではなかったはずなのに。
     『ミサキサダアキ』である今は、それが、叶わない。
    「思考している場合か? ――ならば、殺せ!」
     殺せ。
     ダークネスを殺せ。
     狩って。狩って。
     狩って狩って狩って狩って狩り続けて、ただただ、ダークネスを殺す兵器で在るために。
     

    「――魅咲を、見つけたぞ」
     資料を手に教室にたたずんでいた一夜崎・一夜(大学生エクスブレイン・dn0023)は、開口一番、集まった灼滅者たちへそう告げた。
     垣間見たヴィジョンを睨みつけるかのごとき鋭い眼差しで、事件についての説明をはじめる。
    「現れるのは、週末。夜の繁華街だ。そこで、魅咲――『ミサキサダアキ』は、ダークネス狩りを行おうとしている」
     出現する時刻は、夜20時。
     悪天候のなか、六六六人衆『ミサキサダアキ』は敵ダークネスを襲撃すべく、ある繁華街に出現する。
    「だが、ミサキは標的を見つけられない」
     なぜなら、いかにダークネスといえど『敵ダークネスの居場所を特定するのは簡単ではない』だからだ。
     武蔵坂学園ではエクスブレインの予測が身近であるため、つい忘れがちだが。
     灼滅者たちが事件を起こすダークネスと確実に接触できるのは、『予測』によって事前に情報を得ているからこそ。
    「よってミサキサダアキは標的とするダークネスを探し、繁華街を移動し続ける。きみたちはそこへ向かい、戦闘を仕掛けて欲しい」
     
    「まずは、繁華街に出現するミサキサダアキと接触し、足止めを行ってほしい」
     接触タイミングは、灼滅者たちの任意でかまわない。
     だがダークネス狩りを優先するため、ただ呼び止めた程度では、灼滅者たちを相手にしようとはしない。
     また、繁華街で戦闘を始める作戦の場合は、一般人を巻きこまぬよう、対策も練らねばならない。
     『ダークネスの足止め』、『一般人避難』あるいは『戦闘場所への誘導』、『逃走の警戒』など、想定される状況に応じた策を用意できれば、『戦闘』や『説得』も行いやすくなるだろう。
     なお、『ミサキサダアキ』が扱う武器は大型の弓にナイフを組み合わせたもので、『殺人鬼』『天星弓』『解体ナイフ』に似たサイキックを扱う。
     攻撃は確実に当てることを重視し、無謀な戦い方は好まない。
    「状況判断にも優れているため、戦況によって戦術を変えるといった、臨機応変な戦い方を仕掛けてくることが予想される」
     一辺倒の作戦では対応できない可能性があるため、いくつかの状況を想定し、臨んでほしいと一夜は締めくくった。
     
    「七湖都にも、回復や支援を手伝うよう頼んである。その他にもさせたいことがあれば、遠慮なく指示をだしてくれ」
    「……できること、精いっぱいがんばる、から。どうぞよろしく、ね」
     名をあげられ、一夜のとなりに立っていた七湖都・さかな(終の境界・dn0116)が、ぺこりとお辞儀をする。
    「『説得』が届けば、ダークネスの弱体化を狙うことができる。しかしそれが叶わなければ、ミサキサダアキの灼滅を決断する必要も、出てくるだろう」
     今回を逃せば貞明は完全に闇落ちし、おそらく、二度と救出の機会は訪れない。
     迷いが生じれば、それは灼滅者たちの隙となってしまう。
     どのような言葉が届くかは、一夜にはわからない。
     ただ、先の任務を依頼した時。
     覚悟を問うために聞いた言葉を、よく、覚えている。
     ――僕はただ優秀であろうと。自分が存在する意味を残そうと。そうやって、生きている。
    「……あの時、私は『8人』を送りだしたのだ」
     つぶやき、手にした資料を握りしめる。
     最後の1人が戻らなければ。
     その行く末を見届けなければ、エクスブレインとしての務めを果たしたことにはならない。
    「私には、私の戦い方がある」
     「武運を」とつぶやき、一夜は静かに、頭をさげた。


    参加者
    浦波・仙花(鏡合わせの紅色・d02179)
    詩夜・華月(白花護る紅影・d03148)
    皇・銀静(銀月・d03673)
    杉凪・宥氣(闇を喰らうしんぶんし・d13015)
    エルカ・エーネ(いつかのその日にさよならを・d17366)
    緑風・玲那(フェザーウィンドヴァルキリー・d17507)
    月姫・舞(炊事場の主・d20689)
    リリアドール・ミシェルクワン(繋いだ手のその先には何もない・d24765)

    ■リプレイ

    ●呪われた生
     夜20時。
     雷鳴がとどろくたびに人々が上空を見あげ、足早に行き交う繁華街にて。
     白い着物姿の六六六人衆『ミサキサダアキ』は、悪天候をものともせず人波の中を歩いていた。
     女性のようにも見えるその姿を見咎める一般人は、どこにもいない。
     獲物を求め、六六六人衆がさらに人の多い場所へと移動しようとした、その時だ。
    「ひさしぶりですね、貞明さん。ダークネスを見つける手段なら……ありますよ」
     傘をささず、ずぶ濡れのままの皇・銀静(銀月・d03673)が眼前に現れ、呼びかける。
     サダアキは白いかぶりものの奥から真紅の瞳を向けるも、
    『君たちはだれ? ――灼滅者。 なにしに来たの? ――解りきってる』
    「救いに来た。それ以外に、なにがある!」
     自問自答するように言葉を紡ぐ姿に眉根をひそめながらも、同行していた杉凪・宥氣(闇を喰らうしんぶんし・d13015)が言いはなつ。
     六六六人衆は血の涙を流しながら、口の端を歪め、一笑に伏した。
    『なにそれ? ――バカだ』
     2人を振り払うように跳躍すると、別の道へと身をひるがえす。
     ――灼滅者に用はない。
     ――ようやく自由に動けるようになったというのに、『救出』などされてはたまらない。
     しかし灼滅者たちとて、ようやく見つけた『貞明』を易々と逃すつもりはなかった。
    「……随分とまぁ、醜くなったな?」
     雨に打たれながら、空飛ぶ箒で上空から追跡していた楓・十六夜がひとりごち、仲間たちへサダアキの位置情報を伝える。
     連絡を受け、近辺で待機していた外法院・ウツロギはすぐに六六六人衆の前に立ちはだかった。
    「ダークネスを狩りたいのかい? それなら、案内しよう」
     だが、灼滅者の案内など信用ならないと踏んだのだろう。
     ふたたび逃走を試みようとするサダアキの背後に、緑風・玲那(フェザーウィンドヴァルキリー・d17507)が回りこむ。
    「だったら、こういうのはどう? 私を闇堕ちさせれば、戦えるよ。『ヴァンパイア』と」
     玲那の言葉を受け、六六六人衆は逃走の気配を解いた。
     灼滅者たちが『貞明』の救出にやってきたのは明白。
     ――となれば、どれだけ逃亡を試みたところで、追撃の手は止まぬだろう。
     手にしていた大弓を、勢いよく地に突きたて、
    『堕ちたいの? ――なれば、堕ちよ!』
     皮膚と、白い着物全体に、一瞬にして脈動する血管が浮かびあがる。
     次の瞬間、呪いをはらんだ竜巻が巻き起こり、周囲の一般人もろとも、灼滅者たちを吹き飛ばした。
     焔宮寺・花梨は、霊犬『コナ』とともに一般人への攻撃を身を挺してかばったものの、手の届かなかった何名かが、傷だらけで道に倒れた。
     雨に濡れた路上を、血が、赤く染めていく。
     花梨は唇を噛み、玲那を相手取り戦闘をはじめた六六六人衆へ向け、叫んだ。
    「お願い、戻ってきて! 貴方が向かうべき先は、そっちじゃない!」
    「貞明お義兄さんに、だれも殺させたりしないです……!」
     同じく一般人をかばった魅咲・狭霧は、己の傷を後回しに、倒れた一般人たちを次々と癒していく。
     回復を手伝いながら、貞明のクラスメイトである九条・椿も呼びかける。
    「……帰ろう。貞明君の席が空いているのは、寂しいよ」
     駆けつけたエルカ・エーネ(いつかのその日にさよならを・d17366)はこれ以上の被害を出してはならないと、即座にパニックテレパスを展開。
    「みんな、ここから離れて……!」
     周囲に居た一般人たちへ、この場から離れるよう指示を送った。
    「お前さんの相手は、俺たちだ」
    「うまくすれば、何体ものダークネスを狩り尽くせるかもね!」
     化野・十四行と堺・丁が挑発し、玲那とともに攻撃を仕掛けながら、仲間たちの待つ場所へと誘導していく。
     やがてたどり着いたのは、薄暗い路地裏だ。
     道の先には玲那、十四行、丁の3人の灼滅者のほかに、銀静と宥氣の姿もある。
    『六六六人衆相手に、たった5人? ――無謀だな』
     自問自答でつぶやいて、六六六人衆が灼滅者たちへ迫るべく路地を進んだ、瞬間。
    「有無」
     5人の背に隠れていた七湖都・さかな(終の境界・dn0116)が、声とともにESPを発動。
     同時に、六六六人衆の背後に位置する路地の入口でも、倫道・有無が『殺界形成』を展開する。
     さらに玲那がサウンドシャッターをはりめぐらせ、一般人を完全に排除した戦場を形成する。
     退路を塞がれたと気づいた六六六人衆が逃亡を図るも、
    「ダークネスと戦うために、闇堕ちしちゃだめです! 私たちは、違うんですから!」
     浦波・仙花(鏡合わせの紅色・d02179)は真っ白な魔道書を手に、叫んだ。
     目に見えない死の魔法によってサダアキの足を凍りつかせ、その場に縫いとめる。
     続く詩夜・華月(白花護る紅影・d03148)は仲間の立ち位置を確認し、包囲を固めるべく間合いを詰めた。
     華月にとって、貞明は義理のある相手ではない。だが、
    (「ダークネスごときの思い通りにさせるのは、癪なのよ」)
     夜影にも似た漆黒の闘気を拳に集束させ、
    「己を全うしたいならば、闇などに囚われている暇はないわ」
     叱責とともに、怒涛の連撃を叩きこむ。
    『『魅咲貞明』とは、『何』だ? ――ダークネスを殺す『機械』だ』
     防御の構えをとる六六六人衆へ、追い撃ちをかけるように捻りの加えられた槍を突きだしたのは、月姫・舞(炊事場の主・d20689)。
    「『機械』はそもそも考えませんし、ましてや自分の定義なんか求めませんよ」
     六六六人衆は舞を蹴り飛ばし、とり囲む灼滅者たちから距離をとった。
    『それじゃあ、今ここにいる『ミサキサダアキ』は『何』? ――解らない』
    「あんたが何かなんて、どうでもいい。存在する意味なんて、ここにいる俺たちで十分だろう」
     リリアドール・ミシェルクワン(繋いだ手のその先には何もない・d24765)――兄のミシェルクワンはそう告げ、摂取した薬物の効果で、力がみなぎっていくのを確かめるべく、拳を固めた。
     稲妻が光り、路地を照らす。
     雨が周囲の音をかきけし、世界を色濃く染めあげていく。
     六六六人衆は天に向かって大弓を構え。
     そして、真紅の眼で灼滅者たちを睨めつけた。
    『思考している場合か? ――ならば、殺せ!』

    ●禍津白神
     撃ちはなたれた真紅の矢は、血の雨のごとく灼滅者たちに降りそそいだ。
     玲那が仙花へ向けWOKシールドを掲げ、銀静が舞へ降りそそぐ矢を回転させた妖の槍で弾き飛ばし、攻撃をはねのける。
     華月は矢を受けながら、サダアキの間合いへ飛びこんだ。
    「闇に身をやつした今のお前は『魅咲貞明』ではないわ。そのまま戦い続けたとて、『魅咲貞明の存在する意味』は、残らない」
     深紅に染めあげられた槍を繰りだし、一閃。
     銀静は間をおかず繰りだした六六六人衆の大弓を、己の槍の柄で絡めとった。
     弓に据えられたナイフの刃と、血の涙を流す眼が間近に在る。
     その眼は、クラブで見た貞明のそれとは違い、紅に蝕まれている。
    「確かに灼滅者の力は、ダークネスにはまだまだ及ばないでしょう。それでも――」
     手にした槍に言葉と想いをこめ、
    「僕たちはダークネスに打ち勝ってきました。その力、その一念、その執念を、貴方自身も味わいなさい!」
     銀静は捻りを加えた穂を、惑うことなくサダアキの身に突きたてた。
     続く舞は退路を塞ぐべく、六六六人衆の死角へ迫る。
    「自分が存在する意味を残したいのでしょう? 堕ちたままじゃ絶対に無理ですよ。だから――」
     呼吸とともに、マテリアルロッドを振りかぶり。
    「戻ってきてください!」
     渾身の力とともに叩きつけたロッドは、しかし、空をきり。
    「……だめ」
    「逃がしま、せん……!」
     とっさにさかなが氷の刃をはなち、回避したサダアキを、リリアドールが影業で絡めとる。
    「『clothe bound』」
     宥氣は額にかざしたスレイヤーカードを振り、顕現したバトルオーラをその身にまとった。
     両手首に縛られた黒いリボンを外し、拳を固め。
    「ったく、嘘なんかつきやがって。一人で抱えこむの、やめろって言っただろ!」
     説得代わりのぼやきは、ひとつ。
     想いは百の拳にのせ、ひたすらに六六六人衆の身を撃った。
     追撃を受け、殴り飛ばされたサダアキの前には、玲那の姿。
    「独りで行動することは、『自身が存在する意味を残す』ことと、矛盾しませんか?」
     六六六人衆の繰りだしたナイフをWOKシールドで受け流し、『貞明』へ向け、問いかける。
     当の本人とは、あまり話をしたことがない。
     けれど、この場に来られなかった者たちの代わりに、自分は今、立っている。
     だから――。
    「必ず、連れ戻す!」
     万感の想いとともに、WOKシールドを叩きつけ。
     怒りに叫んだ六六六人衆は、双眸から血の涙をあふれさせた。
    『どうして身体が重いの? ――まさか。まさか、まさか!』
     降りそそぐ攻撃と、言葉と、想い。
     そして冷たい雨をその身に受けながら、六六六人衆は混乱し始めていた。
     皮膚や着物に張り巡らされた血管が、引きつるように脈動する。
     呼吸が乱れ、手足が重くなる。
     身を刻む刃の傷よりも、何よりも。
     向けられる言葉のひとつひとつが、サダアキの動きを乱していた。
    『考えるな! ――そうだ、殺せ。殺せ、殺せ!!』
     玲那を切り刻もうと大弓を構えた隙を逃さず、仙花は毒を仕こんだ手裏剣を、大量にサダアキの背へ投げつける。
    (「……私には、魅咲さんとの面識は、ありません。でも、それでも。同じ学園に通う、学生さんですから」)
     ――もしもこの手が届くなら。助けたいと、思った。
    「このまま、ダークネスになっていなくなっちゃうと、寂しがるひと、たくさんいるですよ!」
     仲間たちの傷を癒しながら、エルカも言葉を重ねるべく、叫ぶ。
    「貞明は機械なんかじゃない。……ううん、機械にだってなりきれてない!」
     みんなで過ごした時間も、関わりも。
     経験や絆として、貞明のなかにも残っているのだと、信じている。
     ――だれよりも人間らしい、ただの人間。
     それを知らないのは、きっと、本人だけ。
     だから。
    「自分に意味がないなんて。そんなこと、言わないで……!」
    『違う、違う、違う!!』
     悲鳴にも似た叫びをさえぎるように、稲妻が轟いた。
     サダアキの逃走を警戒していた禰宜・剣もまた、影業で足止めを仕掛けながら、言葉を紡ぐ。
    「おまえは確かに兵器として育てられたのかもしれない。だが……それは全ておまえが『生きて』、己の生を全うするためだ!」
     愛しているからこそ、生き延びてほしかった。
     何者にも屈することのない『強さ』を、願った。
     そのはずなのだ、と。
    (「――それは、良い。異論は無い。間違っていない。けれど、それを願った者たちは、あっさりと死に」)
     閉じこめていた感情が。
     次々と、胸中に浮かびあがってくる。
     心身を戒めていく。
    (「解放されたのに。遺された僕はただ、優秀であろうと、自分が存在する意味を残そうと――」)
     闇雲に攻撃を繰りだす六六六人衆の攻撃に、灼滅者たちは幾度も傷ついた。
     九条・有栖と九条・御調は仲間たちを癒すべく回復を施しながら、望みをかけ、声をはりあげる。
    「あなたは大事なことを忘れてる。目の前にいるのは、ダークネスでも、一般人でもない。あなたを助けようとしている『仲間』よ!」
    「帰りましょう、一緒に。皆で帰らなきゃ、意味がないのよ……!」
     己の身を癒すことさえ忘れ、六六六人衆は弓を引き、ナイフを閃かせ続けた。
     手厚い回復に支えられた灼滅者たちとは反対に、純白の着物は、時が経つごとに汚れ、裂け、赤に染まっていった。
    『『魅咲貞明』とは『何』だ! ――ダークネスを殺す『機械』だ!』
    「貞明さん! 貴方は『兵器』ではない! 人は『兵器』にはなれない!!」
    「存在する意味を残したいのなら、闇を捻じ伏せて、自分を取り戻してみせなさい……!」
     ふたたび降りそそいだ血の雨をその身にかばい受け、銀静が叫び、八角棍『血潰花』を手にした華月が殴りかかる。
     内から破裂するわが身を片腕で抱えながら、なおも六六六人衆は大弓を構え、攻撃の手を止めようとはしない。
    『じゃあ、今ここにいる『ミサキサダアキ』は『何』!? ――解らない!』
    「ひとは周りに仲間がいて、初めて『意味』を残すことができると思う。だから、戻ってきて!」
    「帰ってこいよ! おまえ居ないと、つまらないんだよ!」
     玲那の招いた雷に貫かれたところへ、宥氣の影業が迫り、そのまま飲みこんだ。
     出現した『トラウマ』を振りはらうように矢を射り、叫ぶ。
    『解らない解らない解らない! ――『私』は『何』だ!!』
     あまりに深い闇を前に、仙花は言葉を失い。
     それでも、仲間がふたたび学園へ戻ることを信じて、幾度目かの死の魔法をはなつ。
    (「まるで、終わりのない迷路を彷徨ってるみたいだよ」)
     エルカは思わずこぼれ落ちそうになった涙をぬぐい、唇を噛みしめる。
     攻撃を続ける仲間たちを癒しながら、想いを紡ぐ。
    「……ねえ、貞明。あなたは、自分のことがわからない? 自分のことが怖いの?」
     変わる自分。
     不安定な自分。
     望まれた姿から離れていくこと。
     その、不安。
     もし、『機械』であろうとする気持ちが、そこに起因するのなら。
    「私も、クラブの皆も。ずっと待ってる、だから。たくさん関わって、変わっていこう?」
    『僕は! いや、ちがう私は……!』
     白い着物は雨を吸って重たく。
     濡れて張りついた髪を振りみだし、サダアキはなおも苦悶する。
    「まったく、往生際の悪いやつだ。さっさと帰ってきてもらうぞ」
     呆れたように告げるミシェルクワンに、
    「そうとも。君が屠るべきダークネスを示す者は、外におらぬ。諸々の答へはこれから先、学園で見つけていけば良い。そのためにも、彼らの手を取り給え!」
     有無が同意し、そろって影業で縛りあげ。
     ふいに仲間たちを制し、身動きの取れなくなった六六六人衆の前に、舞が進み出た。
     血に濡れた槍を手に、問いかける。
    「貴方は、私を殺してくれる? それとも、殺されるのかしら?」
     しかし、答えはなく。
     真紅の眼だけを向け、睨みつけるばかり。
    「どうしました? 睨むばかりでは、私たちを倒せませんよ?」
     見据える瞳には、まだ紅が色濃く見える。
     けれど舞は臆することなく、六六六人衆の攻撃の間合いまで歩み寄った。
     そして。
    「戻ってきてください。でないと――」
     その、紅の眼に。
     手にした指輪『天津照』が映るようにと、掲げ見せる。
    「誕生日プレゼントのお礼を、言えないじゃないですか」
     見開いた眼の色が、揺らぐ。
     ――空を思わせる、青の色。
     それが一瞬でも見えたなら、十分だ。
     舞は微笑み、迷いなく六六六人衆の胸に槍を突きたてた。
     そして。

    ●祝福された生
     刃を受けたサダアキの身体が、地面に崩れおち。
     慌てて駆け寄った仲間たちの腕に抱かれ、貞明は眼をひらいた。
     そこにあるのは、青空を思わせる、青の瞳。
    「お帰りなさい!」
    「おかえりなさい」
    「おかえり、なさい……」
    「おかえりなさいっ!」
    「……お帰りなさい……!」
     仙花、舞、リリアドール、エルカ、そして銀静の迎える声に、貞明は小さく頷きかえす。
    「バカっ! ……要らん心配ばかりさせて!」
    「戻っていきなり馬鹿とは、……ッ!」
     泣きついた宥氣に、貞明は思わず顔を歪める。
     慌てて全員で傷を癒して。
     ふと見やれば、全員、満身創痍にびしょ濡れのひどい有様だ。
     そこでようやく少年少女たちは笑い交わし、肩の力を抜いて、路地に膝をついた。

     気がつけば嵐を振りまいた雨雲はどこかへ去り、空にはぽっかりと月が浮かんでいる。
     月光に照らされた貞明の横顔をみながら、それまで沈黙を貫いていたさかなが、口を開いた。
    「……わたしも、自分が『何』か。よく、わからない」
     気がつけば灼滅者として覚醒し、学園へやってきた。
     ――なんのために戦うのか。
     その理由を、ずっと、探さねばならないと思ってもいた。
    「でも。……学園にきて。みんなの背中を、見て。まだ、ぼんやりしたままでも、いいのかなって。今は、そう、思ってる」
     それは一緒にいてくれる『仲間』ができたからだと、結び。
     さかなの言葉に、エルカと銀静が頷く。
    「そうだよ! 貞明は私の大事なお友達だし、まだまだ、話し足りないんだからっ!」
    「今は、僕たちがいるんです。貴方はもっと僕たちとともに戦い、笑い、楽しみ。そして、生き続けなければ」
    「誰かのためになにかを成そうというのなら、魅咲さん自身が、『ここ』に居なくてはね」
    「ほら。とっとと帰って、ほかの奴らにも顔を見せてやろうぜ!」
     玲那の言葉に、ミシェルクワンが手を伸べ、貞明が立ちあがった。

     路地に伸びた影は色濃く。
     それは己の闇にもにて、底がしれない。
     抱える闇は深くて。
     また、囚われてしまうかもしれない。
     けれど、空の色がうつろい、赤くも、青くも染まるように。
     ひとの心もまた、うつろいゆくもの。
     この先、どんな色に染まろうとも。
    (「――今は、もう。独りではないのだから」)
     耳に残る「おかえり」の声を反芻し。
     貞明は月を見あげ、そっと、眼を細めた。
     
     

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年7月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 3/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 1
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