ひょうは雑草でねえ!~山形草食少年

    ●山形某所の民家の庭
     山形の夏は暑い。2007年まで日本最高気温を長らく保持していたくらい暑い。
    「……この雑草、夏になった途端こんなに庭中にはびこっちゃって。ふう、それにしても暑いわ」
     暑い中、主婦が庭の草むしりをしている。ぶつくさ言いながらむしっているのは、地面を這うように伸びた、赤紫色の茎に鮮やかな緑の厚みのある葉を持った、丈の低い植物。
     主婦は夫の転勤でこの春に山形に引っ越してきたばかりで、予想以上の暑さに些か夏ばて気味。
    「東北だから涼しいかと思ってたのに……ん?」
     主婦は視線を感じて顔を上げた。垣根越しにひとりの少年がこちらをじっと見つめている。
    「あら豹太くん、お帰りなさい。プールの帰り?」
     視線の主は、近所に住む小学5年生、最上・豹太(もがみ・ひょうた)だった。色白でほっそりとした草食系の美少年であるが、夏休みで毎日プールに通っているせいか、良い色に日焼けしているようだ。大人しく礼儀正しい少年なので、主婦は日頃から好感を持っている。
     その豹太の様子が、今日は何だかおかしいことに主婦は気づいた。いつもなら恥ずかしげに挨拶してくれるのに、今日は垣根越しに、トレードマークにしている豹柄のキャップの下からギラギラした目で主婦を睨み付けているだけ。
    「……豹太くん、どうかした?」
    「それ……どうするつもり?」
     無造作に摘まれている草の山を指さして、豹太は訊いた。
    「これ? もちろん捨てるわよ」
     むしった雑草がどうしたというのだろう?
    「捨てるの?」
    「ええ、だって雑草ですもん」
    「……雑草」
     豹太の声が低くくぐもった。変声期前の小学生とは思えない声だ。
     そして主婦は気づく。豹太の豹柄帽子が猫の頭のように変化していくことに。
    「……え、何……きゃあっ!」
     豹頭と化した帽子が、一声ガアッと吠えた。そして豹太は猫科の獣の素早さで垣根を跳び越えて。
    「ひょうは雑草でねえ!」
     主婦に躍りかかった。
     
    ●武蔵坂学園
     春祭・典(高校生エクスブレイン・dn0058)は、おそるおそる箸を口に運んで。
    「……あ、美味しいですね。しゃきしゃきで、軽くぬめりがあって」
     長い睫毛をぱちぱちさせた。
    「でっしょー!」
     どや顔で胸を反らしたのは、水瀬・瑞樹(マリクの娘・d02532)。ふたりの前にあるのは『ひょう』のおひたしである。瑞樹が山形の祖父母に送ってもらったものだ。

     山形で『ひょう』と呼ばれる野草……実は日本中どこでも生えてる『スベリヒユ』。
     予知の中で主婦が庭でむしっていたのはこの『ひょう』だったのだ。

    「山形では、旬の夏はおひたしや辛子和えで食べます。他の季節は干して保存しときます。これは『ひょうぼし』っつって、お正月に炒め煮にするんですよ。『ひょ~っとしていいことがあるかも』って縁起物で」
     瑞樹はそこまで一気に語ると、がっかりした表情になって。
    「そうかあー典先輩が知らないってことは、隣の秋田でも食べないんだあ。やっぱ超マイナーなんだなあ。美味しいのになあ~栄養もあるのにぃ~」
     県外から引っ越してきたばかりの主婦が知らなかったのは無理もない。
     なんかすみませんねぇ、と典は謝ってから、
    「豹太くんは、半年ほど前にお祖母さんを亡くしています。急に亡くなったので、かなりショックだったようですね。このお祖母さんが山菜や野草に造詣の深い方で、彼は幼少の頃からお祖母さんと山菜や野草摘みをするのが大好きだったんです」
    「なるほど、ひょうはお祖母ちゃんとの思い出の味なんだ」
     お祖母さんを亡くして落ち込んでるところに、ひょうが無造作にむしられ、捨てられようとしている光景を見てしまい、一気に心が闇へと傾いてしまったのだろう。
    「でも、まだ救う余地は充分あると思うんです」
    「ですよね! ひょうの美味しさを一緒に全国に広めよう、とか言ってみようかなっ」
    「その方向性も良さそうですが、お祖母さんを亡くしたショックも和らげてあげたいですね。ところで」
     張り切る瑞樹に、典は豹太との接触方法を説明する。
     場所は山形市郊外の住宅地。主婦の家付近に潜み、豹太が通りかかるのを待とう。豹柄帽子が変化し、主婦に襲いかかろうとしたところで介入。
     戦場は主婦が草むしりをしている庭がいいだろう。その際、主婦は安全に避難させよう。
    「戦闘しつつ説得を行い、豹太くんの心を闇堕ちから立ち直らせてKOできれば、彼は灼滅者として生まれ変わることができます……説得できそうもなければ、灼滅もやむを得ませんが」
     瑞樹はしっかりと頷いて。
    「精一杯頑張ってきます。豹太くんのためにも……ひょうのためにも!」


    参加者
    水瀬・瑞樹(マリクの娘・d02532)
    炎導・淼(ー・d04945)
    松田・時松(女子・d05205)
    ンーバルバパヤ・モチモチムール(ニョホホランド固有種・d09511)
    外道・黒武(外神の憑代・d13527)
    楠木・朱音(勲の詠手・d15137)
    シエラ・ヴラディ(迦陵頻伽・d17370)
    御前・心也(高校生ファイアブラッド・d29350)

    ■リプレイ

    ●じりじりと
    「今回は、ヒョーとかいう植物のご当地怪人さんを更正させるお仕事って聞いて来たヨー?」
     ンーバルバパヤ・モチモチムール(ニョホホランド固有種・d09511)は狭い場所にぎっちりくっついて潜んでいる仲間たちを、合ってる? というように見上げ、
    「それウマイ?」
     松田・時松(女子・d05205)が肩をすくめて、
    「北海道にも当然生えまくってたけど、食べられるものとは知らなかった……おいしいとは」
    「うむ正直、雑草だと思ってた」
     正直に言ってしまった炎導・淼(ー・d04945)は、水瀬・瑞樹(マリクの娘・d02532)の顔色を見て、
    「……なんて口が裂けても言わねぇよ」
     慌てて付け加えた。
     彼らが潜んでいるのは、民家と民家の間に備えられたゴミステーションの陰。何を好きこのんで、という場所ではあるが、件の主婦宅を見張るに絶好の位置なので仕方ない。本日の収集は済んでいるのは幸いであるが、残念ながら今は夏。暑いし何となく匂うし。灼滅者たちはターゲットの出現を今や遅しとじりじり待っている。
     ついでに山形の夏の日差しもじりじり……。
    「何にしろ無理矢理はいかんよな、美味いもんも不味くなっちまう」
     汗を拭って外道・黒武(外神の憑代・d13527)が。
    「大事な人の味を守りたい気持ちは解るがな……」
    「うん、ばーちゃんを……さぞ辛かろう」
     やはりばーちゃん子の御前・心也(高校生ファイアブラッド・d29350)が悲しそうに。
    「(今度は俺が、惑う前に力になってやるよ。俺を救ってくれたあの人たちのように)」
     豹太を絶対に救ってみせると決意を新たに例の家の方に目を向けると。
    「(……あの子か?)」
     小学校高学年くらいの少年が、角を曲がって現れた。プールバッグを持って、ヒョウ柄のキャップをかぶっている。
     少年は庭で草むしりをする主婦をじいっと見つめる。そのうち主婦が彼の存在に気づき、会話が聞こえてくる。

    『それ……どうするつもり?』
    『これ? もちろん捨てるわよ』
    『捨てるの?』
    『ええ、だって雑草ですもん』

     そして豹帽子がざわざわと変形しはじめて……。
    「――今だ!」

    ●ひょう怪人
    「ひょうは雑草でねえ!」
     豹太は垣根を飛び越えたが、淼はそれより早く庭に飛びこみ、獣のように跳躍した豹太をガツンと受け止めた。
    「そんな勢いで突っ込んだら普通の人は死んじまうぞ! ……うわッ」
     ガアッと豹頭が吠え、淼の大きな体は豹太に押し倒されそうになった。見かけは細っこい小学生とはいえ、ご当地怪人になりかけの身、侮れないパワーだ。
    「通さない!」
     とっさに心也が淼の背中をぐっと肩で押しやり、補強する。
    「お前が道を間違わないように守りに来た!」
    「何の……ことだ」
     グルル、と唸るように豹太が応え、そして吠えた。
    「お前たちは誰だ!」
     瑞樹がサッと進み出ると。
    「私たちは武蔵坂学園の灼滅者! ……でもまあ、そういう話は後でいいよ。とりあえず、ひょうが雑草よばわりされたら腹立つのは、よっくわかる。私もテレビで雑草雑草連呼された時にはさ、企画だって解っててもキレかけたし! でもそこで力に訴えたらダメだよ!」

     その間。
    「奥さん、失礼します」
     プラチナチケットを使った楠木・朱音(勲の詠手・d15137)が、主婦をカバーできる位置に入りながら避難誘導に取りかかっていた。
    「申し訳ありません、自分たちは豹太くんと同じボーイスカウトのメンバーなのですが……彼は今気が立っておりまして。後ほど事情を説明致しますので、ここは自分たちにお任せください」
    「え? えっと……」
     豹太の豹変ぶりに驚いていた主婦であるが、朱音の爽やかな好青年ぶりと紳士的なふるまいには悪い気はしないらしく、
    「そ、そうなの……それにしても、どうしたのかしらね、豹太くんは?」
    「お家の中で説明させていただきますので、さ、行きましょう」
    「驚かせて……ごめんなさい」
     シエラ・ヴラディ(迦陵頻伽・d17370)も一生懸命しゃべりながら殊勝に頭を下げる。
    「彼の事、私たちに……任せて」
    「お子さんだけで大丈夫かしら?」
    「大丈夫ですとも。さ、いつまでも外にいたら熱中症になってしまいますよ?」
     心配げな主婦を裏口に押し込む。

     熱心にひょう愛をアピールする瑞樹を不審そうに見上げつつも、豹太は力を抜いて淼から離れた。そこに黒武がすかさず、
    「ま、自分の思い出の味を馬鹿にされたら悔しいですよねん」 
     わかるわかると言うように頷いて。
    「けどな。そんな力任せで押しつけるのは、マイナスイメージを植え付けることになるぜ?」
     そう言っている間に、主婦はシエラと朱音によって、家の中に押し込まれた。ただ中高生に囲まれている豹太に、後ろ髪を引かれる様子ではある。それに時松は「ここはボクらに任せてください!」的な眼差しを送ってひとつ頷いてみせてから豹太に向き直り、
    「君は本当にひょうを大切に思ってるんだね。想いの深さを感じるぞ! なればこそ、知らない人にその魅力を伝えてあげて欲しい!」
    「そうだよ、美味いなら作って食わせてやれよ。女を殴るな」
     心也がそう言うと、うつむき加減に黙って灼滅者たちの話を聞いていた豹太が、顔を上げた。豹帽の目と豹太の目が、同じ緑色に凶悪に光っている。
    「……上から目線でずいぶんカッコイイこと言ってるけど、お前たちひょう食ったことあるのか?」
    「え……」
     それを言われるとつらい。
    「わ、私は食」
     慌てて瑞樹がフォローに入るが、
    「食ったこともないのに、キレイ事言ってんじゃねえ!」
    「うわあっ!?」
     豹太の背中からぶわあっと緑の葉っぱをつけた赤紫色の蔓が沸き上がり、灼滅者たちに襲いかかった。

    ●ひょうとの戦い
    「くれぐれも庭には出ないよう、お願いしますね」
     朱音とシエラは主婦をキッチンに退避させ、豹太とお祖母さんとひょうのことを虚実混在で説明した。主婦は不得要領なところもあれど、淼の殺界形成の効き目もあるのか、しばらく庭に出ないことを了解してくれた。
    「では」
     ふたりは頭を下げて、キッチンを出る……出るなりSCを解除しながら廊下を走り抜け、裏口から庭に飛び出す……と。
    「うわああーっ!」
     豹太の背中から伸びた絡み合い触手のように蠢くひょうが、心也を捕まえて家の壁目がけて放り投げようとしていた。しかも時松が必死に清めの風を吹かせている。既に一発はやられているらしい。
    「危ないっ!」
     朱音は咄嗟に心也が投げられた地点に滑り込んで身体で彼を受け止めた。
    「ったく……旨い食材だってんなら、武器にするなよな……っと!」
    「いてて……朱音、サンキュ」
     シエラも素早く駆け寄ってきて、ギターで浄化のメロディを奏でる。
    「おいコラ、ヒョータ! 少しは話、聞くですヨー!」
     ンーバルバパヤが石の穂先の素朴な槍『ブドウパン』をビシリとひょう触手に絡みつけてジャマーだけに邪魔し、
    「確かにンーたちはひょう食べたコトないヨー! でも興味あるヨ。ひょうの素晴らしいところを語るイイヨ!」
    「ひょうの素晴らしいとこ……」
     くたり、と槍に絡みついていたひょう触手から力が抜け、敵意と不信にぎらぎらしていた緑の瞳が少しだけ穏やかになり。
    「ひょ……ひょうは、世界のあちこちで古くから薬草として食べられてきたんだ。抗酸化物質をいっぱい含んでて、鉄分も豊富で、解毒作用もあって、動脈硬化の予防に優れた効果がある。フランスとかでは生でサラダにもするんだ」
    「「「へー!」」」
     灼滅者たちは感心して声を上げた。
     しかし豹太はうつむいて。
    「……って、お祖母ちゃんが言ってた」
    「そっか」
     淼が豹太の顔を覗き込んで、
    「俺は知らなかったぜ、ひょうが食えるなんてよ。役立つこと教えてくれて、いいばーちゃんだな」
     瑞樹もそろりと接近し。
    「うちの祖母ちゃんもひょう干し作ってくれんだけどさ、スボラだから毎年ちょっとだけなんだよね。めいっぱい送ってもらいたいのにさー。君の家ではひょう干しの炒め煮はどんなの? ウチは油揚げ入れるんだけど」
    「……打ち豆入れる」
    「おお。美味しそうだね!」
    「(打ち豆?)」
     これもピンと来なかった人が多いだろう。打ち豆とは、日本海側等の豪雪地帯の大豆保存食。大豆を木槌などで平たく叩いて潰してから乾燥させる。球形のままより乾燥・戻し・調理時間が短くて済むという優れものの伝統食材である。
    「でも……」
     豹太はうつむいたまま小さな声で。
    「もう食べられない。お母さんは面倒くさいからひょう干し作らないって……」
    「そんなら」
     黒武がいいこと思いついた、というようにひとつ手を叩き、
    「そんなに美味いもんなら、お前が料理して食わせてやんなさいな」
    「そうだよ」
     回復を受けた心也が、むしり残しのひょうを踏まないよう気をつけて布陣に戻りながら。
    「お前がばーちゃんの味で、みんなを幸せにしてやればいい」
    「俺が……?」
     シエラも訥々と、しかし熱心に。
    「私にも……ひょうの……料理のしかた……教えて……ほしいな。日本に来てから……まだ、食べたこと……ないの。だから……もう、こんなこと……やめよ?」
     淼が磊落に笑い、
    「どっかのばーちゃんの名言でな『刃物を握る手で人を幸せに出来るのは料理人だけだ!』ってよ」
    「わかってるよ、暴力がいけないことくらい」
     豹太は獣じみた長く汚い爪が生えた自分の手を見つめて。
    「でも俺、お祖母ちゃん死んでから変なんだ。胸とか頭の中に黒いモヤモヤがいつもあって、泣いても笑っても消えなくて、どんどんどんどん大きくなって――とうとうさっき」
    「ああ、わかるよ。ボクも入学前におじいさん亡くして落ち込んだからさ」
    「大切な人……突然失う気持ち……わかる……よ。寂しくて……悲しくて……どうしようも……なくて……」
     時松とシエラが傷ましそうに頷いて、しかし心也は厳しい表情で。
    「今は盆だ。ばーちゃんは横で見てるかもしれない。今のお前の姿、胸を張って見せられるか?」
     言われた豹太の目から涙がひとしずく。
    「俺……どうしたらいい? 黒い心、どうやったら消せる?」
    「俺たちが祓ってやるよ」
     朱音が『-Caledbwlch-』をスラリと抜いた。
    「そのために来たんだ。君を救うために」
     輝く剣を見て、戦わねばならぬと悟ったのか、豹太はごくりと唾を飲んだ。
     時松も護符をぺたぺたと前衛の背中に貼りながら、
    「君もやり返していいよ。怒りや悲しみは、今全部ボクらにぶつけて晴らしてしまえばいい」
    「タダシ、忘れちゃダメヨ!」
     ンーバルバパヤがビシッと槍を突きつけて。
    「ひょうの素晴らしさを教えてくれた恩人は誰かってコト!」
     淼がシールドを構えながら更に豹太に近づいていき……。
    「お前、今はちょっと暴走してるだけだ。その力の使い方教えてやる。祓い終わったら……代わりにひょうの事教えてくれよな!」
     体重を載せて思いっきり殴りつけた。それを皮切りに灼滅者たちは一斉に攻撃に出る。瑞樹は『無慈悲の刃』に炎を載せて斬りつけ、朱音が振り下ろした剣の目映い光は彼自身をも包みこむ。黒竹は毒弾を撃ち込み、ンーバルバパヤの石槍はザクリと豹帽子を破いた。すると、
     ガアアーッ!
     豹帽子は地を震わせるような吠え声を上げ、開いた口から緑色のビームを吐いた。
    「!?」
     そのビームは瑞樹を一直線に狙う……が。
    「させねぇッ!」
     淼が身体を張って庇う。
    「あっ、ありがとう、炎導さん!」
     淼の回復にはシエラの霊犬・てぃんだが駆けていって、瞳を光らせる……と、
    「――豹太っ!」
     心也が槍を構えて突っ込んでいきながら、
    「大事な思い出を守る為に、人を傷つけたらばーちゃんはどう思うだろうか!?」
     言われて豹帽子と同調してぎらぎらと光っていた豹太の瞳に、サッと人間らしい影が戻り、心也の槍は深々と腹を穿つ。
    「おばあさんも、落ち込まれるより、笑顔で思い出してもらえるようになった方が、きっと嬉しいよ!」
    「みんな、あなたの味方よ……あなたは、ひとりぼっちじゃ……ないよ!」
     時松はご当地愛を込めてつららを撃ち込み、シエラも必死で叫びながら影の刃を伸ばす。
    「……いってぇ……」
     腹を押さえ、よろめき唸った豹太の背中から、またむくむくと触手状のひょうが伸びていく。回復中の淼の方へ。それを認めて朱音が咄嗟に叫ぶ。
    「豹太! 祖母ちゃんの味、大事にしたいんだろ!」
     びくりと触手が震え、動きが止まった。
    「もうちょっとだけ辛抱してくれ!」
     朱音は伸びかけたひょう触手をかいくぐって踏み込むと『双金冠白鋼棍』で魔力を流し込み、ンーバルバパヤは怪しい土俗的な九字を切って氷弾を撃ち込んだ。回復なった淼は聖剣を振りかぶって突っ込み、心也は槍に浄化の炎を載せる。シエラは囁くように子守歌を歌い、時松は揃えて突き出した両手から、オーラを撃ち込む。
    「ぐ……」
     がくり、と豹太が膝をつき、前のめりの姿勢になった。背中ではまだざわりざわりとひょう触手が蠢いているが……。
    「……お、ばあちゃ……」
     必死に堪えている様子。
    「今終わらせてやるからな! いきますん!!」
    「はいっ!」
     黒武がエアシューズで助走しはじめたのに合わせ、瑞樹は円錐の錘が先端についた長い鎖状の影『戒めの鎖』で豹太を喰らいこむ。
    「たあーっ!」
     高く跳んだ黒武は、星を散らしながら渾身の蹴りを決めた……すると。
    「わあっ!?」
     ボワッ。
     豹太の細っこい身体を包み隠すように真っ黒なひょうの蔓が大量に沸きだし……しかしそれはすぐに夏の陽光に溶けるように消え失せて。
     その後には、頬に涙の跡を残した少年がひとり横たわっていた。脱げて破れた豹柄帽子と共に。

    ●さあ食べよう
    「あ、目、覚めたネ、良かったヨー」
     灼滅者たちは豹太を見守りながらひょう摘みをしていたのだが、庇の陰で目覚めた彼の顔を皆で覗き込んだ。
     但し、朱音とシエラは即行主婦の元にお詫びと説明に向かっているのでいない。
     黒竹が摘んだひょうを片手に楽しそうに、
    「折角だし、ここん家の奥さんにひょう料理1品食べてもらいませんかなん? 仲直りも兼ねて」
     彼はネットでレシピも調べてきた。
    「それこそ辛子和えなら、私でもすぐに作れるよ」
     瑞樹は慣れた手つきでせっせと周囲のひょうを摘み、
    「辛子醤油か、旨そうだな!」
     淼は舌なめずり。時松は豹太の傷の具合を見ながら、
    「ひょうを愛するご当地ヒーロー、期待してるよ!」
     と笑う。
    「あのさ」
     心也は豹太の枕元に改まった様子で座り。
    「俺のばーちゃんも山菜料理得意でさ……帰ったらひょうのこと教えてやりたいんだ。教えてくれるか?」
     豹太はこっくりと頷いた。
     心也はホッとしたように微笑んで。
    「今日から俺たちは友達だ」
     豹太に手を差し出した。

    作者:小鳥遊ちどり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 2
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