曲がった拳

    作者:霧柄頼道

    「来い、健吾!」
    「うおぉっ!」
     健吾の放った渾身の拳打は、見事兄の防御を貫き、吹っ飛ばしてのけた。
    「つうぅ……やるな、健吾」
    「これで勝敗は五分五分だな、兄貴」
     道場の床に倒れた兄の手を取り、立ち上がらせる。
    「そうだな。いつの間にか強くなったもんだ」
    「あの世の親父を心配させないように、しっかりこの道場を守っていこうぜ!」
     健吾の夢は、亡き父の残したこの道場を兄とともに立派に立て直していく事だった。門下生も順調に増えつつあり、兄も健吾も以前とは比較にならないほど腕を上げている。
    「お前が手を貸してくれて嬉しいよ。俺一人じゃ、とてもここまでやってこれなかった」
    「まぁ兄貴だけじゃ危なっかしいもんな。俺達兄弟で力を合わせりゃ、これからもやってけるって!」
     二人は拳を打ち鳴らせ、快活に笑い合ったのだった。
     その夜、床についた健吾の枕元に、不思議な衣装の少年がすうっと現れる。
    「君の絆を僕にちょうだいね」
     少年が耳元でささやくのと、健吾が寝言で兄の名前を漏らすのは同時だった。

     翌日。
    「おっ、健吾、遅かったじゃな……え?」
     道場で朝の稽古を始めていた兄の表情が凍り付く。それもそのはず。そこにいたのは髪をジェルで固め、顔にどぎつい色合いのメイクを施し、光沢のある羽根付き革ジャンを着込んだ、なんとも変わり果てた弟の姿だったのである。
    「け、健吾、なんだそのチンピラみたいな服装は……!」
    「……おう、兄貴ィ」
     低い声で応じた健吾は取り出したタバコをくわえ、近寄って来た兄の顔面へ煙を吹きかける。
    「俺さァ、ここ出てくわ」
    「なっ、何を言ってるんだ、俺達二人で道場を支えるって、決めただろう……っ」
    「それは兄貴一人でやってくれ。俺にゃ関係ない。関係ないって事に、昨日気づいた」
     言うだけ言って、健吾はきびすを返す。道場へ土足で上がり込んだ事自体が、すでに心を決めた事の意思表示のようであり、兄は慌てて取りすがる。
    「待て、健吾! 俺の質問に答え……!」
     しかし健吾は振り向きもせずに兄のみぞおちへ肘打ちを食らわせ、そのまま立ち去って行ってしまった。
    「なぜだ……健吾」
     
    「人の人生は絆が作る。ならそれが消えてしまった時……どうなるんだろうな?」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)が灼滅者達を見る。
    「強力なシャドウ、絆のベヘリタスが動き出した。ベヘリタスと関係の深いだろう人物が一般人にベヘリタスの卵を産み付けてやがる。卵を植え付けられた宿主はそいつともっとも絆の深い相手との絆を失い、やがて卵が孵化しちまうんだ」
     このようにして卵が孵化し続ければ、大量のベヘリタスが生まれてしまうだろう。なんとしても阻止したい、とヤマトが強い口調で言い、状況の説明を始める。
    「ベヘリタスを倒すには孵化直後を狙う他はねぇ。宿主と絆を結んだ相手にはベヘリタスの攻撃力は下がり、受けるダメージは増すんだ。しかし時間が経つとソウルボードへ逃げ込み、手が出せなくなってしまう」
     絆のベヘリタスは強敵だ。だから事前に宿主と絆を結び、ベヘリタスに対して優位に立つ必要がある。
    「卵を植え付けられたのは健吾という十九歳の大学生だ。上に兄貴が一人いて、死んだ父親に代わって道場を二人で切り盛りしていた。けどその兄貴との絆を失い、同時に道場を守るという夢までなくして、すっかり人が変わっちまったようだな」
     目的を見失った健吾はあてもなく夜ごと街を練り歩き、不良との喧嘩に明け暮れているようだ。
    「健吾は正午にファミレスで遅い朝食を取り、それから卵が孵る午後六時まで街をぶらついている。この六時間以内に何らかの関係を作ってくれ。友情でも良いし憎悪でもいい。ベヘリタスの卵は健吾が路地裏で不良達と争っている時に孵化しちまう。そうなると一般人を巻き込んだ大惨事になるから、対処は必要だな。近くにひと気のない駐車場があるから、そっちへ誘導する手もある。少々骨は折れるだろうけどな」
     健吾とて道を誤ったとはいえ武術家のはしくれである。場合によっては多少強引に接触していっても大丈夫だろう、とヤマトが補足した。
    「そのあたりの工夫はお前達に任せる。健吾の頭上には紫っぽい卵があるから、見落とす事はないはずだ。まぁ触れる事もできないんだけどな。それとベヘリタスだが、こいつは孵化してから十分経つとソウルボードへ撤退する。絆を取り戻すにはその前に灼滅するしかない」
     使用するサイキックはシャドウハンターと、ストリートファイターのものを半々程度。
     ポジションはクラッシャー。仮面をつけた黒い虎のような姿形をしているという。
    「すでに健吾が道場を去ってから六日が過ぎていて、その悪評から門下生が次々辞めていっている。もしうまくベヘリタスを倒せたら、兄貴と弟の仲を取り持ってやって欲しい。喧嘩別れに近いし、こういうのは男同士、どう顔を合わせればいいか分からねぇもんだからな。それもお前達の絆の結び方次第だが……頼んだぜ!」


    参加者
    間乃中・爽太(バーニングハート・d02221)
    クラウィス・カルブンクルス(叶わぬ夢に酔いしれて・d04879)
    黒崎・白(黒白の花・d11436)
    葦原・統弥(黒曜の刃・d21438)
    氷室・侑紀(ファシキュリン・d23485)
    武乃宮・敬子(無謀な格闘家・d26618)
    破鋼・砕(撃砕の刃拳・d29678)

    ■リプレイ

    ●拳で語る
    「あなたが健吾さん、かな?」
     正午、ファミレスで食事を終えた健吾が店を出ると、道の横に女子制服姿のセトラスフィーノ・イアハート(戀燕・d23371)が立っていた。
    「なんだ、お前。……俺に何か用か」
     恫喝するように健吾が問いかけても、セトラスフィーノは余裕の笑みを浮かべ、品定めするみたいに健吾を眺めて一言。
    「ふーん、なるほどね……ふふ、これは期待だな」
    「あぁ?」
    「とても強い人がいるって噂、良く聞くよ。そんなあなたと勝負したいっていう人達がいるの知ってる?」
     あくまでマイペースにセトラスフィーノは話を続け、健吾の目線が疑念と興味に彩られる。
    「俺と闘り合いてぇ連中って何の事だ」
    「もう少ししたら向こうの方から接触があるかもね。そうしたらさすがのあなたでもひとたまりもなかったりして」
     健吾から視線を外し、露骨にうそぶくセトラスフィーノ。
    「舐めるんじゃねえぞ……相手が誰だろうと俺は負けねぇ」
    「それなら、せいぜい気をつけるといいよ。それだけだから」
     話は終わりとばかり、セトラスフィーノが背を向ける。
    「何者だ、てめぇ、答え……」
     健吾が掴みかかった次の瞬間、視界がぐるりと回転し、背中に衝撃が走る。
     足払いで地面に叩きつけられたのだと知ったのは、その数秒後だった。
     身を起こし、見ればセトラスフィーノはどこにもいない。まるで空気の中にとけ消えてしまったかのよう。
    「なんだってんだァ……!」
     拳を握りしめ、ふらふらと立ち上がって歩き去っていく健吾を、セトラスフィーノは少し離れた場所から旅人の外套を使った状態で眺めていた。
     健吾の頭上には気味の悪い卵がある。あれのせいで、健吾は本来の絆を失っているのだ。
    「絆をモノとして奪う……つくづく、ダークネスの力って恐ろしいね。一体何が目的なんだろう……」
     そうしてきびすを返し、今度こそその場を後にしたのだった。

    「絆、ね。強い感情が絆と言うのなら、私の胸に残るこの傷痕も絆なのかしら? ま、この拳を磨けるのなら後はどうでもいいけど」
     それから後、セトラスフィーノの呟きに応じるかのように、破鋼・砕(撃砕の刃拳・d29678)が一人、薄暗い路地で肩をすくめていた。
     と、顔を上げれば、角を曲がった健吾が肩を揺すりながら歩いて来て、目が合う。
    「あァ……?」
    「あなたが健吾ね? 私は砕。ちょっとした格闘技やってるんだけど、一勝負どう?」
    「……お前、あの女の仲間か?」
    「セトラスフィーノに会った? なら話が早いわね……戦いたいんでしょう? 相手になってあげる」
     健吾は笑った。正体などどうでもいい。ただ先ほどの憤りをぶつけられる相手が現れたと、自然に笑みが浮かんだのである。
    「……再起不能にしてやらァ」
    「うふふ、全力で楽しみましょう?」
     砕がバトルリミッターをかけるが早いか、健吾が突進する。
     砕も防御を捨て、相手に合わせてこちらも拳打を打ち出した。
     腕と腕が交差しあい、互いの殴打がこめかみや顎に炸裂する。
    「中々……いいパンチじゃねぇか」
    「そっちも、期待通りよ、とってもいいわ……!」
     再び両者は激突した。健吾は打撃をこれでもかと浴びせるが、砕はそれらを受けつつもまったく怯む様子がない。
     どころか、体格差をものともせず健吾を力任せに殴り飛ばす。
    「うふふ、ふふ……もう終わり?」
     健吾はすぐさま跳ね起きた。砕の顔面を殴り抜き、組んだ両拳で後頭部を叩き落とす。
    「やればできるじゃない……!」
     切れた皮膚から血を流しつつも笑みは消えず、むしろ大きくなるばかり。伏せたまま健吾に足を引っかけ転ばせ、立ち上がり際のアッパーカットで吹っ飛ばす。
     同時に体勢を立て直した二人は猛烈な拳の応酬を繰り返し、やがて始まりと同じような交差した拳がそれぞれの急所へ叩き込まれて。
     刹那、ほんのわずかだが、健吾の一撃が強く、そして早く砕の脳天を揺らしていたのである。
    「……どっちが勝ってもおかしくなかった」
     荒々しい気配もなく、倒れた砕へ静かに健吾が語りかけた。それはまるで格闘家が敬服した相手に見せる仕草であり、砕も満ち足りたように笑い返す。
    「私も、楽しかったわ」
    「楽しい、か。全然忘れてたな、そんな事……」
     呟いた健吾が背を向ける。砕は仰向けになったまま、血潮をたぎらせた戦闘の余韻に浸っていたのだった。

    ●何かが足りない
    「絆を歪めるシャドウ、か。シャドウはどうしてこう厄介なことをしてくれるのかね。まぁ、僕は宿敵を灼滅するだけだが」
    「ダークネスの介入で無くした絆と夢……見過ごせない事案です」
     時刻は午後五時半に差し掛かろうというところだろうか。クラウィス・カルブンクルス(叶わぬ夢に酔いしれて・d04879)や氷室・侑紀(ファシキュリン・d23485)達灼滅者は路地裏で健吾がやってくるのを待っていた。セトラスフィーノや砕も合流している。
    「兄弟の絆を取り戻さないといけませんね……!」
    「誰かの絆を守る為に戦う……くーっ、なんだかとってもヒーローっぽいよな!」
     強い決意を見せる葦原・統弥(黒曜の刃・d21438)や、今からわくわくが止まらないのか行ったり来たりする間乃中・爽太(バーニングハート・d02221)達の前で、武乃宮・敬子(無謀な格闘家・d26618)が声を上げた。
    「……来ましたわ!」
     ゆらり、と健吾が現れる。道をふさぐように立つ灼滅者達を目にし、うろんげに頭を傾けた。
    「失礼、健吾さんですね?」
     黒崎・白(黒白の花・d11436)が進み出る。
    「私達は格闘技同好会として活動しているのですが、その武術の腕前を見込んで、一度手合わせを願いたいのです」
    「……ああ、ファミレスの前で会った奴といい、そこにいる奴といい、それがお前らの目的ってわけか」
     健吾が納得したように頷き、舌打ちする。
    「で? 全員で俺を袋だたきにするつもりか? 別にいいぜ、それでも……クズ共の相手は慣れてるんでな」
    「いえ、お相手していただくのはこちらのお二人のみです」
     クラウィスが白と敬子を指す。
    「部長などをやっています、白です」
    「OBの敬子よ、よろしくですわ!」
    「爽太っす。審判役とかしまーす、よろしく!」
    「ええと、怪我をした方の治療とかを行います、統弥です」
    「厳密には同好会の人間じゃないが、手当てくらいはやらせてもらう」
    「私はもう楽しませてもらったから、観戦に回るわ」
     それぞれ自己紹介や自分の役割を話した上で、クラウィスが切り出す。
    「あちらに駐車場があります。私達がいつも集まる場所なので、そちらへ来ていただけますか」
     しかし、健吾は馬鹿馬鹿しそうに笑う。
    「同好会っつー割には、女だの、小学生だの、ふざけた組み合わせじゃねぇか。くだらねぇから帰れよ。ガキは寝る時間だぜ」
    「なっ、誰がガキだ、俺は高校生じゃ、こんにゃろー!!」
    「……別に、女に間違われるのは慣れてるけどな」
     つっかかる爽太や眉をひそめる侑紀達をよそに、身を翻そうとする健吾。だが、クラウィスの鋭い言葉が追撃する。
    「負けるのが怖いのですか」
    「何ィ……?」
    「無理もありませんね、今のあなたでは逃げ出してもおかしくない」
     健吾が剣呑な表情で向き直る。舐められたままでいられないのは、元々道場の名誉を背負っていたからか。
    「いいぜ、全員ぶちのめしてやる」
     そしてやって来た駐車場。戦いはトーナメント形式であり、最初に白、次に敬子の順で試合を挑む手はずになっていた。
    「では、一手お願いします」
    「そんな貧相な腕でやり合えんのか?」
    「お気遣いなく」
     微笑みを返した白は、せせら笑う健吾に対して予備動作なく飛びかかって行った。
     油断していた健吾は蹴り抜かれ、鞭のようにしなる腕に打ち据えられ、壁面へ打ち付けられ、いきなりのアクセル全開に爽太が声を上げる。
    「うわっ、容赦ねぇ……!」
     別に馬鹿にされたから猛攻を加えたとかそんなではないだろう多分。先手を打たれた健吾も応戦し、見る間に激しさを増していく。
    「うおぉっ!」
     健吾の攻撃を白が躱し、返す手刀でカウンターを決める。
    「ちィ、やるな……!」
    「そちらこそ、さすがです」
     たおやかに笑う白は余裕たっぷりという感じ。健吾はがむしゃらに殴りかかり、いよいよ戦いは佳境を迎えようとした時。
    「降参です」
     白が構えを解く。健吾は拳を振り上げた体勢のままずっこける形になった。
    「ふ、ふざけてんのかッ!」
    「本当ですよ。もう体中ぼろぼろで、立っているのもやっとです」
     とかいうのに白の身体に傷らしい傷はほとんどない。余力もあるだろうにあっさりと引いた事に、健吾が引きつった笑いを浮かべた。
    「く、食えねぇ女……」
    「えっと、勝ったのは健吾さんっす!」
    「続いて武乃宮様、どうぞ」
    「ようやく私の出番ね!」
     勇んで敬子が進み出る。健吾は気を取り直し、向き合った。
    「なかなかいい腕らしいじゃない。私にも見せてもらえない?」
    「こっちも身体が温まって来たところだ。OBの実力、見せてもらうぜ」
    「それじゃあ二人とも、ファイッ!」
     審判っぽく爽太が腕を上げるとともに、両雄はぶつかり合う。
     敬子の腕力は健吾にも引けを取らず、力と力が拮抗する。
    「なんつう、馬鹿力だ……!」
    「山で、とにかく四肢は鍛えられましたのよ!」
     敬子がそのまま力ずくで健吾を投げ飛ばそうとするが、健吾はさらにその力を利用して投げ返す。
    「いいぞ! がんばれ!」
     爽太の応援や野次をBGMに戦いは続く。
     実力はほぼ互角。ならば精神がどちらを上回るかが勝敗の分かれ目と言えた。
    「くそ、この俺が……!」
     健吾はいつものような力が出せず、次第に追い込まれる。
     迷いのない敬子を前に、力をふるう意味を失った健吾に彼女へ打ち勝つだけの気骨が残されているはずもなく。
     健吾の防御が破れ、敬子の渾身の頭突きが突き刺さった。もんどり打って倒れる健吾に、爽太が高々と叫ぶ。
    「勝負あり! 勝者、武乃宮先輩!」
    「負けただと……? お、俺が……」
    「まだ納得できないのなら山籠もりをお勧めするわね。死を身近に感じたら、大抵の事は何でもないと感じる様になりますわ」

    ●拳で取り戻す
    「すごいっすね! かっこよかったっす!」
     座り込む健吾に、爽太が興奮さめやらぬ風で手当ての準備をする。
    「健吾さんはどうして武道を修めようと思ったのですか、大切な目的があるのでは無いでしょうか?」
     包帯を巻く統弥がまっすぐな視線を送る。格好は不良そのものだが、健吾の本来の姿はこんなものではない。だから、きっと言葉は届くはず。
    「……目的なんか……」
    「人は一人では生きていけない。何か、置き忘れてしまったものがあるんじゃないか」
     敬子の手当てに回っていた侑紀が振り返り、小さく呟いた。
    「忘れた……? お、俺……は……」
     その瞬間、ぴしり、と健吾の卵にヒビが入る。
    「みんな、孵化するよ!」
     旅人の外套を解いたセトラスフィーノが叫ぶ。その外見もすでに、銀髪に金の瞳、リボンの色までが赤から青へと変じている。
     そしてヒビの入った卵はみるみる肥大化し、やがて中から奇怪な黒い虎が飛び出して来た。
    「なんだ、ありゃあ!」
    「後ほど説明しますから、一旦避難して下さい!」
     殺界形成を展開した統弥が、健吾を押して駐車場から避難させる。同時に白もサウンドシャッターを行使し、外部への音を完全に遮断した。
    「ここからは灼滅者としての戦いね!」
     武器を腕に同化させた砕が戦闘態勢に入り、爽太もゴーグルをつけ、解除コードを叫ぶ。
    「燃え上がれ、俺の心っ!」
     最初に動いたのはクラウィスだ。周囲を見回すベヘリタスへ接近、横殴りにその仮面へマテリアルロッドを叩き込む。
    「生まれたところ済みませんが、とっとと消えてもらいます」
     すかさず白が距離を詰め、強烈なスターゲイザーで蹴り上げた。
     そうしてその先に、これまで姿を隠していた霊犬の黒子が銭弾で追い打ちを掛ける。
    「今のうちに……!」
     セトラスフィーノがワイドガードで守りを固め、統弥が”フレイムクラウン”を手に果敢に攻め込む。
    「思いっきり暴れさせてもらうぜ!」
     爽太の左手に燃え上がる赤い炎。絆に強化されたそれが敵へ叩きつけられ、ベヘリタスは我が身に迫る危機に後退を始める。
     だが、身体の一部を蛇化させた侑紀が螺穿槍を見舞う。
     効果あり。泡を吹いて飛び跳ねる敵へ向けられるのは侑紀の冷たく沈み込んだ視線。
    「人の心に踏み入ったんだ、これぐらいの応酬は覚悟できていただろう?」
     相手は壁へ張り付き、三次元的な動きを見せながら襲来する。けれどその豪腕を押しとどめて見せたのは敬子だ。
    「これなら先ほどの方の方がずっと手強かったですわよ!」
    「悪いけど今の私達、最高に研ぎ澄まされちゃっててね!」
     ベヘリタスの横っ腹を砕の左ストレートがぶち抜く。
    「そちらへ行きました……逃がしてはいけません!」
     紅蓮斬で薙ぎ払ったクラウィスが仲間達へ呼びかける。
     敵は立ちはだかる白へ特攻するが、白は身をひねって回避、勢いそのままに鋼鉄拳で反撃を決めてのけた。
    「やる気あるんですか?」
     敬子のビハインドと黒子が回復を繰り返し、セトラスフィーノのグラインドファイアが敵を追い込む。
     青い炎をまとった爽太と侑紀の注射銃型バベルブレイカーが波状攻撃し、統弥の”フレイムクラウン”がついに敵を捉え、大上段に叩き斬る。
    「奪った絆は返してもらう」
     両断されたベヘリタスを背に統弥が言い捨て、残り四分の猶予を残して戦いは終わりを迎えた。

    ●殴り愛
    「俺……って奴ぁ、なんて事を……」
     絆を取り戻し頭を抱える健吾に、統弥が優しく微笑みかける。
    「これは夏の怪談話。お兄さんに素直に謝って、元の健吾さんに戻ればそれでハッピーエンドですよ」
    「まぁこれはあれっすよ、魔が差したってやつっすよ。だから、何か勘違いした不良みたいな格好よりも元の感じの方が俺は格好いいと思うぜ!」
     びしっと爽太がサムズアップし、健吾は苦笑気味に顔を歪めた。
    「気まずいのは分かります。ですが、謝るべき事は謝り、もう一度一緒に夢を目指したいと伝えるべきでしょう。たった一人、残された家族なのですから」
     クラウィスが目を閉じ、思いにふけるようにしながら言って、侑紀はややぎこちなく、敬子は諭すように頷く。
    「血を分けた兄弟だ。話せば分かってもらえないということは無いだろう。今まで通り、正面からぶつかっていくといいさ」
    「生きて道を同じくする方は貴重ですのよ?」
    「武道家なんでしょ。帰ってさっさと兄さんと殴り合えば良いじゃない。拳で伝わる物とか、あるんじゃないの?」
     砕が面倒くさそうに言うと、健吾はようやく好青年らしい笑みを見せた。
    「そうだな……兄貴に、思いっきり殴られてくるよ」

     風の噂で、とある道場にやたらと強く仲の良い兄弟が今日も切磋琢磨し、修行に来る入門者が絶えないとか。


    作者:霧柄頼道 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年8月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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