市内の病院。仕事を終えた克俊はその一角にある病室を訪ねた。
「お袋、調子はどうでえ?」
「あんたのだみ声が聞ける程度には元気だよ。悪かったね」
ベッドから聞こえる母親の憎まれ口に克俊は舌打ちしながらも苦笑する。
父親が克俊の幼い頃に他界し、女手一つで育ててくれた母親が過労で倒れた時はどうなる事かと思ったが、順調に回復しているようだ。
「大体あんたのその臭い、どうにかならないのかい? 油っくさくてしょうがない」
「しゃあねえだろ。仕事場から風呂にも入らずに来たんだからよ。ったく、今頃は仲間と呑みに行ってるのに、どっかの死に損ないババアがぶっ倒れてくれたおかげで忙しいったらねえや」
「別に来てくれなんて頼んだつもりはないけどね」
ベッドで寝返りを打つ母親に、克俊は肩をすくめる。
「これじゃ当分は死にそうにねぇな。んじゃ俺は帰るからよ、とっとと身体治して退院してくれや」
「言われなくても分かってるよ。でもあんたの顔を見ない分、こっちの生活の方が快適だねぇ」
口の減らねぇババアだ、と克俊は笑い、病室を後にした。
その夜、家で一人眠りについていた克俊の近くにおかしな風体の少年が姿を見せ、こうささやいた。
「君の絆を僕にちょうだいね」
「おう克俊、駅前の屋台で一杯引っかけてこうぜ」
「おうよ、分かった」
翌日、仕事帰りの同僚から声をかけられ、克俊は特に考える素振りもなく頷く。その様子に気がついた別の同僚が首を傾げる。
「あれ、お袋さんの見舞いに行くんじゃねえのか? 昨日もそれで俺の誘い断ったろ」
「そだっけ? ……そうなんだけどなあ」
克俊は腕組みをした。確かに母親の身は心配だが、それに対して何らかの行動を起こそうという気分にならないのだ。むしろ、なぜ今まで愚直に見舞いや差し入れをしていたのか不思議なほどである。
「ま、軽い病気だし、ほっといても死にゃしないだろ。それよりよう、早く行こうぜ」
「あ、ああ……」
同僚達は怪訝そうに顔を見合わせたが、それ以上何も言う事はなかった。
「それが母親だって事は分かってる。だがそれ以上の感情が湧いてこない。これが絆を奪われるって事なんだろうな」
神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)がもの思わしげに灼滅者達へ語りかける。
「絆のベヘリタスが動き出している。ベヘリタスと強い関係性を持つだろう謎の人物が、一般人の絆を奪ってベヘリタスの卵を植え付けてやがるんだ。この卵は宿主ともっとも深い絆を持つ相手との絆を養分とし、やがて孵化しちまう」
孵化したベヘリタスは恐るべき脅威となるだろう。それが何体も生まれるとなると手がつけられない。だからそうなる前に灼滅して欲しい、とヤマトは言う。
「といってもこいつは正面からかかっても勝てるかどうか分からねぇ強敵。おまけに十分経過するとソウルボードへ逃げ出しちまう。だが手がないわけじゃない」
ベヘリタスを灼滅できるタイミングは孵化した直後。そして、宿主と絆を結んだ相手には攻撃力が減衰し、受けるダメージは増加するという特徴がある。
絆を結ぶためには宿主と交流を持ち、何らかの感情を抱かせれば良い。その思いが強ければ強いほど絆は強まり、ベヘリタスとの戦いで効力を発揮するだろう。
「卵の宿主となったのは克俊という二十代後半の男性だ。頭上に黒紫の卵があるからすぐ分かる。しかしその時点では手が出せないから気をつけてくれ。本人は竹を割ったような江戸っ子気質で、朝から晩まで工事現場で働いてる。仕事終わりの午後六時からはいつも仲間と酒を呑んで帰宅するぜ」
母親が入院してからは誘いを断っていたが、絆を奪われたその後の数日間はまったく顔を出していない。
「本人も違和感はあるようだが、元々あまり深く考える性質じゃねえのか、さほど気にしていないようだな。でも親思いな男だから、強く揺さぶりをかけるって手もある。卵が孵化するまでの猶予は二日だ。一日目はバイトとして接触するのが楽そうだぜ。さすがに未成年で克俊と一緒に酒を引っかけるのはおすすめできねぇからな」
二日目は休日で、克俊は夕飯代わりに近所の屋台へ行くまではずっと家にいる。卵は屋台で夕食を取った後で孵るので、当然一般人も近くにいるから孵化する前の対処は必要だろう。
「ひと気のない路地裏が近くにあるから、そこへ克俊を誘導できれば人払いに時間はかけずに済むな。生まれるベヘリタスは仮面をつけた死神みたいな格好をしている。大鎌から神薙使いやシャドウハンターのサイキックを放つ、攻守そろった難敵だ。十分しか制限時間がないから良く戦術を練っていってくれ。母親との絆はベヘリタスさえ倒せば戻るが、克俊もそれまでずっと母親を放置していた事にひどくショックを受けるだろう。できるならそのあたりのケアもしてやって欲しい。絆を結ぶためとはいえ、相手から強く憎まれたりしていた場合はそれも難しいだろうが……お前達ならうまくやれると信じてるぜ!」
参加者 | |
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古室・智以子(中学生殺人鬼・d01029) |
苑田・歌菜(人生芸無・d02293) |
東谷・円(ミスティルプリズナー・d02468) |
桐城・詠子(逆位置の正義・d08312) |
高沢・麦(とちのきゆるヒーロー・d20857) |
夜伽・夜音(トギカセ・d22134) |
ラハブ・イルルヤンカシュ(アジダハーカ・d26568) |
志水・小鳥(静炎紀行・d29532) |
●
「お疲れ様っス!」
休憩時間、一息ついた克俊が目を上げると、今日入って来たバイトの高沢・麦(とちのきゆるヒーロー・d20857)と志水・小鳥(静炎紀行・d29532)が歩み寄って来た。
「おう、新入りか。やってみてどうだい、少しは慣れたか?」
「いやー、まだまだ全然っスよ」
「克俊さんは手際良いなぁ、いつからここで働いてるんですか」
小鳥の質問に、克俊は考え込む仕草をする。
「そうさなぁ……俺ぁもうかれこれ十年くらいか? 中退してからずっと働きっ放しでよお。貧乏だったからしょうがねえんだけどな」
今は入院してるお袋の分も稼がなきゃならねえからよ、と克俊が冗談めかして続けると、麦がへえ、と口を開けた。
「実は俺の母ちゃんも入院してるんスよ。手術するかもだし医療費いるじゃないっスか。そのためにバイトに来たんですよねー。あ、こっちの小鳥は幼なじみで、わざわざ付き合ってくれてるんスよ、超イイ奴っ!」
麦が小鳥と肩を組むと、小鳥は苦笑する。
「俺、両親がいないんで、こいつの母さんにずっと世話になってたんですよ。だからその恩返しっていうか、こいつが無茶しないように見張っときますんで、って約束したんだよな」
「無茶なんかしないしー!」
「嘘つけ、さっきも重機の下敷きになりかけてたろ」
笑い合いながらも小鳥の瞳の奥にちらつく悲しみが真実味を引き立てており、克俊は神妙な表情で聞き入っていた。
「おめーらも若い頃から苦労してんだなぁ……」
「入院中の世話とかも何したらいーのか全然分かんなくて! 克俊さん相談乗ってもらえません?」
「俺でよけりゃ話くらいは聞いてやらあ」
自分の胸をどんと叩く克俊の目を、麦が真正面から見つめた。
「約束っスよ! 頼りにしてます!」
「……おう! 大船に乗った気でいやがれ」
そんなふうに談笑していると、彼らの後ろから小さく声がかかる。
「あ、あの……」
振り向くと、ペットボトルの麦茶三本を重そうに抱えた古室・智以子(中学生殺人鬼・d01029)と、クッキーの入った箱を持った桐城・詠子(逆位置の正義・d08312)が並んで立っていた。
「お、ちーちゃんによみちゃん! もしかして応援に来てくれたの?」
「ああ、そっちの黒い子はこいつの妹で、こっちの小さい子は俺の妹なんです」
驚く克俊へ小鳥が説明する。
「兄がお世話になっています。携帯を忘れてたので届けに来ました」
克俊に見つめられて尻込みしながらも、智以子はぺこりと一礼した。その隣で詠子が作業員達に見えるよう箱を持ち上げて。
「あの、クッキー作ってきたので是非皆さんで食べて下さい」
「飲み物もあります。よかったらどうぞ……」
「おっ、気が利くじゃねぇか!」
克俊の同僚達が続々と集まってくる。詠子は愛想よく受け答えしていたが、智以子は作業員の一人に軽く礼を言われただけで思わず詠子の後ろに隠れてしまった。
「はは、面白い子だぜ。……ぐぶっ」
微笑ましげにクッキーをかじっていた克俊の喉から、奇妙な音が漏れる。
「あの、お口に合いましたでしょうか」
「お、おう……」
平然と尋ねる詠子に、克俊は引きつった面持ちで頷く。だがまずい。このクッキーだけ絶望的にまずいのだ。
「超うめー! さっすがよみちゃん!」
「この麦茶も生き返るよな……」
麦や小鳥達は皆舌鼓を打っているのに、これはどうしたことだろう。
けれどこんなことでへこたれてはいられないと、残りのクッキーを無理矢理口へ押し込んでいく。
「こ……こんなうめぇクッキー食ったの初めてだぜ」
「それはよかったです。では、私達はこれで……」
一礼した二人は背を向けて歩き出す。だがその瞬間、何かにつまずいたみたいに詠子の膝が折れ、盛大にスッ転んだものである。
「きゃあっ!? わ、大丈夫ですごめんなさい……」
作業員達のどよめきをよそに立ち上がった詠子は何事もない素振りだったが、立ち去り際にゴルゴのような劇画調の顔つきになっていた。
そんな克俊達から少し離れた場所で水分補給していた麦が、克俊の頭にある不気味なベヘリタスの卵を見据える。
「母親に恩返ししようって年齢の男子から絆を奪うなんてゆるすまじ!」
「崩れるときは一瞬とは言うが……これは悪戯の所業に過ぎるよな」
小鳥も頷き、二人はベヘリタス打倒に向け改めて気合いを入れ直したのだった。
時刻は夜。夜伽・夜音(トギカセ・d22134)と東谷・円(ミスティルプリズナー・d02468)は克俊がやって来るであろう路地の一本で待機していた。
「母との絆を奪うこと。……僕はそれを、絶対に許さない」
普段ならば寝ぼけ眼で過ごしている夜音だが、今回に限っては真剣そのものといった風情で呟きを漏らす。
夜音の過去において、母と共に過ごす一時は何物にも代え難いはずなのだ。それを慈悲なく奪い取るベヘリタスは断じて見過ごせなかった。
「これがベヘリタスじゃなきゃ割とどーでもいいんだがな……。まぁ、野放しにするわけにもいかないし、サクッと灼滅するに限る」
面倒くさそうに言いつつも、円は夜音を気遣うようにぽんぽんと肩を叩いている。
その時、道の先から男の大声が響き渡った。
「ぬおぉーーーっ!」
続けて何か怪獣っぽい、三つくらい重なった鳴き声が夜気をつんざいてくる。
「「「GRRRaaaaaAAAAAA!!!!!」」」
それを合図に、円と夜音が飛び出していく。すると曲がり角から仕事帰りの克俊が顔面を真っ青に染めて走り込んで来ており、一拍遅れてその背後から紅に光る眼光を備えた三つ首の灰竜が追走してくるではないか。
「いやーっ、助けてー!」
裏返った声で女々しい叫びを上げる克俊だが、彼を追う異形姿のラハブ・イルルヤンカシュ(アジダハーカ・d26568)の展開している殺界形成によって一般人は近寄れない。
「何だ?」
わざとらしく驚いた円が持参していた弓を引き絞り、襲い来るラハブの足下へ矢を放つ。
足下へ突き立った矢にラハブは少しだけ速度を落として見せた。
腰を抜かしかける克俊の前へ今度は夜音が立ちふさがり、ラハブに当たらないよう照準をずらし、デッドブラスターを仕掛けた。
弾丸は明後日の方へ飛んでいくが、ラハブは機敏に飛び退きながら別の路地へと姿を消す。
「大丈夫さん? 怪我とかしてない?」
「お、おおう……」
夜音の問いかけに克俊は立ち上がるものの、膝ががくがくと震えている。ラハブによる襲撃と円達の救出劇は、良くも悪くも彼に強烈な印象を与えたようだ。
「あ、あんがとな……助けてくれて。もう少しであの怪物に食い殺されるとこだったぜ。ところでおめぇら誰だ、なんか弓矢とかビーム的なものを出してたような気がするんだが」
「通りすがりの弓道男子だ。まぁ深くは気にするな」
「そうだよぉ。きっと気のせい、気のせい」
「いや、でも……」
「無事ならそれでいいんだぁ」
言いかける克俊を振り切るように二人は背を向け、足早に夜の闇へ紛れて行った。
●
「あーっ! 偶然っスねー!」
翌日、近所の屋台を訪れていた克俊に、麦と小鳥が偶然を装って通りかかった。
「あれ、おめぇらか」
「隣、座ってもいいですか?」
「おう、構やしねぇよ」
克俊が頷くのを見るが早いか、二人はささっと克俊の両隣へそれぞれ腰掛ける。
「おう大将、熱燗くれや。いつもので」
「いきなり呑むんですか?」
「なんか昨日えらい目に遭ってさぁ、呑まなきゃやってられねぇのよ、これが」
「そんなのいいから飲む前にまず相談乗ってくださいよー」
酒を受け取りかける克俊の腕を麦ががしっと押さえつけた。
「あ、てめ、放しやがれっ」
「おいおい、あんまり克俊さんに迷惑かけんなよ」
おでんを食べながら麦が騒ぎ、小鳥が合いの手を入れ、克俊がツッコみをしまくっている。
その屋台へ苑田・歌菜(人生芸無・d02293)が近づきながら呟いた。
「絆を栄養源にするあたり、シャドウらしいっちゃらしいわね。いちいち面倒くさい感じ。ソウルボードに潜り込む前に蹴散らさないとね」
そして血の気の引いた表情で駆け寄り、克俊へまくしたてる。
「すみません、助けてください! 母が変なところで転んで起きられなくなってしまって!」
克俊の腕を引いて路地裏の方を指し示し、半ば拝むように頼み込む。
「お、おい、待てよ嬢ちゃん、もうちょっと詳しい話を……」
混乱しながらも生来の面倒見の良さか、言われるままに立ち上がる克俊に麦と小鳥も野次馬のように着いていく。
「どんな人なんでえ、嬢ちゃんのお袋さんてのは」
「おっちょこちょいで、変な所で突っ走っちゃう人なんです」
「いやいや、俺が聞いてんのは特徴とかなんだけどよぉ……」
「それでも自分に似てるんだから笑っちゃいますよね」
「……あーでも、そんなもんだよな、母親ってのは」
小走りに話す歌菜に、克俊も思うところがあるのか頷いている。
「えっと、このあたりだと思ったんですけど……ちょっと探してみます」
「つっても誰もいねぇみてえだがよ」
路地裏を見渡す克俊は首を傾げた。その途端、卵にヒビが入る。
「お? なんだなんだ……?」
ヒビを中心に殻部分がどす黒く染まり、ベールのように花開くと、その中から奇怪な仮面をつけた死神のようなベヘリタスが生み出されていた。
「な、なんじゃこ……っ」
わめきかけた克俊がふいに押し黙った。背後から忍び寄っていたラハブが当て身を食らわせて速やかに気絶させたからである。それから咆哮を張り上げ、周辺一帯に殺界形成を張り巡らす。
「来たわね……待ってたわ」
それまでの演技をかなぐり捨てた歌菜はベヘリタスへ向き直ると、不敵な笑みを浮かべたのだった。
●
「うまいこと気を失ってるな……」
克俊が失神しているのを確認した円が携帯のアラームにスイッチを入れ、昨日も使った弓をため息混じりに取り出す。
「流れ弾が行っちゃわないように気をつけないとねぇ」
戦場へ躍り込んだ夜音がスターゲイザーを浴びせ、ベヘリタスの注意を引きつける。
「逃がすつもりは、毛頭ないの。きっちりここで、けりをつけるの」
罠にかかったと認識した敵が後退しようとすると、先んじて待ち構えていた智以子が飛びかかり、横腹へ無数の連撃を見舞う。
「ここで消えて貰います」
よろめいた相手の背後を取って退路をふさいだ詠子とライドキャリバーのヴァンキッシュが、それぞれデッドブラスターとキャリバー突撃で追撃していく。
「休ませる暇は与えないわよ」
歌菜が狙い定めたデッドブラスターもベヘリタスの額を撃ち抜いて揺さぶり、さらに毒を付与してのける。
「大切な家族との絆、返してもらうぜ」
「行くっスよ!」
小鳥が怒りを込めたクルセイドスラッシュとそれに息を合わせた麦の鬼神変で左右から打ち据え、霊犬の黒曜が体勢を崩した敵を斬り裂く。
吠え声がとどろいた。すかさず肉薄したラハブがベヘリタスの骨張った二の腕を食いちぎって行ったのである。その感触を味わおうとして、ぺっと吐き出した。
「絆を吸って孵る卵……まずい」
ぶつぶつと呪詛を吐くラハブめがけ、敵が大鎌を振るって神薙刃を放つ。
「おっと、やらせねーよ」
円が即座に癒しの矢を撃ち出し、ラハブの傷を再生させながら感覚を研ぎ澄まさせる。
灼滅者は克俊と結んだ絆があるものの、相手の一撃の威力や回復力が半端ではなかった。
炎を投げつけて敵を火だるまに変えながらも、歌菜の顔色は優れない。克俊と接触した時間が短かったこともあり、彼女にはそれほど強い絆は結べなかったのである。
「七分……」
歌菜が呟くと同時、円の携帯からアラームが鳴り響いた。
「こうなったら、やるしかないよ!」
表情を引き締めた夜音が右手を構えると、その指先から影の蝶を模った弾丸が撃ち込まれる。
「まったく、生まれたての赤ん坊に植え付けた親は誰かと問うだけ愚問でしょうか」
防御を捨てた詠子達とサーヴァントの猛攻が死力を尽くして敵を追い込む。
「まずい奴はブレイズゲートでおとなしく分割存在してればいい」
ラハブが三つ首を振り回して食らいつき持ち上げ、あっち行けとばかりに高々と吹っ飛ばす。
「……」
空中の敵へ無言のまま切迫した智以子がバベルブレイカーを掲げた。
しかし敵も最後の抵抗とでもいうふうに、鋭い闇色の弾丸をぶち込んで来る。
智以子は激しい衝撃に胴体を跳ねさせるが、痛覚を無視して渾身のバベルインパクトを敵の仮面へ叩き込み、炸裂させた。
夜空に花火が咲き、見上げた灼滅者達が目にしたものは黒い煙に包まれて消えていくベヘリタスの姿だった。
「それなりに紙一重、ってとこか……」
円が携帯を確認すると、タイマーが残り二分半を回るところだった。
●
「こ、ここは……おめぇら、一体……」
「驚かせてごめんなさい。でも、もう終わったわ」
意識を取り戻した克俊へ歌菜が言う。克俊は目を丸くしていたがやがて絆が戻ったのか、息を呑む。
「お、俺ぁ、やべえ、お袋のことずっと放って……!」
「お母さんは、あなたを待っているの。放置していたことを後悔するより、これから先どうするのかを考えるの」
智以子が静かに口を開き、詠子も頷く。
「血は水より濃いんです。切って切れる事ではありません。貴方の母親を大事にして下さい」
「アンタの母親はまだ生きてるんだ……今から挽回すれば良い」
な、黒曜、と小鳥が霊犬を撫でて寂しげに笑う。
「けどよう……」
「ね、お母さん……きっと良くなってるよ、早く元気なお母さんに逢いに行ってあげるとかどうかなぁ? ……貴方とお母さんの絆、大切にしてほしい。傷ついたものは治るかもしれないけど、失ったものを取り戻すのはきっととても大変だから」
「……」
と、それまでつまらなそうに眺めていた円が気づかれないよう何も言わずきびすを返す。
「あ、アズくん……」
ただ夜音だけは、物問いたげな眼差しでじっと見送っていた。
「ん、遅くなった」
その時、入れ違いで人型に戻ったラハブがのほほんと現れ、しょげる克俊を一瞥する。
「別に見殺しにしたわけじゃない。生きてるなら会えばいい」
へこんでる暇があるなら会いに行け。何なら今すぐと細められた眼が語っていた。
「ホンキで反省してるとか落ち込んでるとか。そーいうのってなぜか言わなくても伝わっちゃうのが親子ってもんでしょ! 言葉はいらないから早く顔見に行ってくださいよー」
「今からでも間に合うわよ。行ってらっしゃい、お母さん、きっと待ってるわ」
麦と歌菜に後押しされ、克俊はついに立ち上がり、大声で叫んだ。
「……だな、俺らしくもねぇ! よーし、今から病院行ってくるぜ、おめぇら、ホントありがとな!」
灼滅者達の声援を受け、走り去っていく。もう心配はいらないと、その背中はすっかり活力を取り戻していた。
「ってあれ、さっきの紅い眼のガキ、誰だっけ? どっかで見た気が……まあいっか!」
作者:霧柄頼道 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年10月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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